- 1二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:39:47
「────妹離れをしようと思うのよ」
あまりに衝撃的な言葉に、俺は思わず持っていたペンを落としてしまった。
カランと軽い音が、静寂に包まれたトレーナー室に響き渡る。
紺色の長い髪、特徴的な四角い流星、左耳には青いグラデーションの耳飾り。
担当ウマ娘のヴィルシーナは、真剣そのものの表情で、そう語った。
俺は襟を正し、背筋を伸ばし、彼女の問いただす。
「キミは妹離れって言葉の意味を、ちゃんと理解しているのか?」
「……まさかそこから心配されるとは思わなかったわ、もちろんよ」
「……本気か?」
「本気よ、これはシュヴァルやヴィブロスのためなのよ」
ヴィルシーナは心苦しそうに顔を顰めて言う。
それはまさしく、苦渋の決断と言わんばかりの表情であった。
……正直にいえば、彼女の言葉はにわかには信じ難いものである。
ヴィルシーナと二人の妹の存在は、切っても切り離せない関係といって良い。
彼女自身は姉妹の長女として、二人の模範となるように努めている。
妹二人もまた、彼女を尊敬し、目標として励んでいた。
そんな妹達を────彼女は心の底から愛している、溺愛しているといっても良い。
日頃から事あるごとにお世話をしたがったり、二人のレースがある日はいまいち集中力欠けたり。
口を開けば妹達のことが出て来たりと、ちょっと悪い言い方をすればシスコン、という感じである。
そんな彼女が、妹離れをする、と言い出したのである。
……改めて考えると、これは本当に不可思議な現象と言わざるを得ない。 - 2二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:40:06
「……ちょっとごめんね」
「ひゃっ、きゅっ、急に額を触ってどうしたのよ?」
「いや、熱とかないかなって」
「…………心配しないで、本気じゃなければ、冗談でもこんなこと言わないから」
少し顔を赤らめながら、ヴィルシーナは呆れたようにそう言った。
なるほど、彼女の言葉には確かな説得力がある。
となると追及するべきなのは、何故そういう結論至ったのか、ということだろう。
「なんで急に妹離れなんだ? 特に喧嘩とかしたわけじゃないんだろ?」
「ええ、今でも仲は良いし、私にとって何よりも大切な、可愛い二人の妹よ」
「だったら」
「最近、二人ともトレーナー契約をしたじゃない?」
「ああ、キミが嬉しそうに話していたし、俺もその担当とは会ったことがある」
担当契約、というのはウマ娘のキャリアにおいて一つの壁である。
専属にしてもチームにしても、まずはこれを果たさなければレースに出走することも出来ない。
ヴィルシーナが二人の契約の報を聞いた日は、パーティでも開きそうな勢いで喜んでいた。
そして、姉妹だったり親友同士だったり、関係性の深いウマ娘同士のトレーナーは交流を持つことが多い。
スケジュール合わせのためだったり、情報交換のためだったり、とにかくメリットが大きいのだ。
二人のトレーナーはとても優秀で誠実な人柄で、きっと彼女も安心して妹を任せられることだろう。
……で、何故それが妹離れに繋がるのか。
彼女は少しばかり声のトーンを落として、俯いたままその理由を言葉にする。
「私が、二人のトレーナーとの交流を、邪魔しちゃいけないと思って」
「……いや、別にキミが少しどうこうしたところで、邪魔になんかならないと思うけど」
「でも、私のせいでトレーナーとの時間が減って、あの子達に何かあったらって思うと……!」 - 3二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:40:32
ヴィルシーナは胸をぎゅっと抑えて、とても苦しそうに声を絞り出す。
……そういう気持ちは、正直わからないでもない。
例えば、彼女のレース前。
歩いて数歩の距離にある飲み物を取ってあげたり、荷物を全部持ってあげたり。
身体の調子をあれこれ聞いたり、蹄鉄の状態をギリギリまで確認したり。
信用はしているはずなのに、彼女が無事完走するため、出来ることは全てしたくなってしまう。
つまるところ今の彼女の精神状態はそういうものなのだろう。
そう考えると、一概に彼女の想いを否定する気持ちになれなかった。
ただ、ずっと続けて良い影響がある、とも考えづらいんだよなあ……。
俺は小さくため息をついて、指を一本立てた。
「一週間だ」
「えっ」
「まずは一週間の間は、キミの妹離れに協力するよ」
「……一週間だけなのかしら?」
「とりあえずは、ね、それ以降はもう一度話し合ってから考えるべきだと思う」
俺は、ヴィルシーナに妥協案を伝えた。
まずは短い期間で行ってみて、影響を確認してから、今後の予定を考える。
ちょっとしたリスクヘッジ────という建前であった。
本音でいえば、この妹大好きお姉ちゃんが一週間も耐えられるわけない、という打算もある。
彼女は少しだけ不満そうな表情を浮かべたものの、こくりと頷いた。
「わかったわ、まずは一週間妹離れをしてみる……トレーナーさん、協力をお願いするわね?」
「ああ、任せておいてくれ、キミが妹のところに行きそうになったら、ちゃんと止めるから」
俺は、一つの誤算をしていた。
ヴィルシーナというウマ娘のことを、甘く見ていたのであった。 - 4二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:41:00
「うう、シュヴァルのお世話がしたい……ヴィブロスとお話がしたい……!」
「初日でこれってマジか……?」
次の日のトレーニング後。
ヴィルシーナは、トレーナー室に戻るやいなや否や机に突っ伏して泣き言を漏らした。
レースで敗れた時ですらここまで彼女が落ち込むことはない。
ある意味かなり珍しい姿ではあるものの、そうも言っていられなかった。
今日のトレーニングにおけるデータに目を落とす。
若干ではあるもののラップタイムに乱れが生じ、タイムも想定した時計より少し遅い。
普段であればちょっとした下振れ、くらいに考えるが、目の前で小さくなる彼女を見ると楽観は出来なかった。
今でこれということは、今後はもっと悪化する可能性が高いだろう。
「ヴィルシーナ、そんなに辛いなら止めておかないか?」
「……っ! ダメよ! 妹達のために、私がちゃんと我慢をしないと!」
そう言ってヴィルシーナは顔を上げて、自身を奮い立たせる。
しかしその目は少しばかり充血していて、目尻には小さな雫が溜まっていた。
……彼女は案外、頑固なところがある。
そして大切な妹が絡んだことにより、鞄の底に沈めた有線イヤホンの如く面倒なことになっていた。
とはいえ、このままだとトレーニングに影響が出たり、最悪怪我もあり得る。
何とかしないと、と思考を巡らそうとした瞬間、ぐぅー、と腹の虫が大きくなった。
「……」
「……」
ヴィルシーナが、じっとこちらを見る。
この場には二人しかおらず、彼女は自身のお腹が鳴っていないのを認識しているのだろう。
となれば、誰のお腹が鳴ったのかは、明白なわけで。 - 5二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:41:59
「……トレーナーさん、お腹空いているのかしら?」
「あっ、ああ、今日は忙しくてお昼食べてなくて……悪いけど、ちょっと摂らせてもらうよ」
「ええ、それは構わないけれど」
俺は頬を少し熱くさせながら、鞄の中にあったプロテインバーを取り出す。
期間限定のサツマイモ味はサクサク食感で、なかなか悪くはなかった。
すぐに食べ終わり、水をぐびりと飲むと、改めてヴィルシーナに向き合った。
────彼女は信じられないとばかり目を丸くして、こちらを見ていた。
「お待たせ、ってどうしたの?」
「……トレーナーさん、まさかとは思うけど、今のが昼食てことはないわよね?」
「いや、そうだけど」
「…………ちなみに、今日の夕食のメニューの予定は?」
「決めてないけど、まあ今食べたばかりだから、コンビニでカップ麺でも」
バンッ、と突然机が叩かれて、ヴィルシーナが立ち上がった。
じっとこちらを見る彼女の顔は明らかに怒っている。
何が起きたのかがわからず、俺はぽかんと彼女を見つめてしまう。
やがて呆れたように眉を下げて、彼女は小さくため息をつく。
「はあ……トレーナーさん、今日は必ず、食堂で夕食を摂ること」
「えっ、いや、今日もちょっと仕事の残りが」
「い・い・わ・ね?」
有無を言わさぬヴィルシーナの態度に、俺は頷くしかなかった。
彼女は俺の返事に一先ずは溜飲を下げたのか、優しく笑みを浮かべる。
「まったく、トレーナーさんったら」
言葉とは裏腹に、その目はどこか嬉しそうに輝いているようだった。 - 6二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:42:16
「トレーナーさん、お昼はもう食べたかしら?」
翌日のお昼休み。
珍しい時間にトレーナー室へ現れたヴィルシーナは、開口一番、そう告げた。
思わぬ来客に呆気に取られながらも、俺は質問の答えを返す。
「……いや、まだだけど」
「ちなみに昼食の用意は?」
「昨日のプロテインバーの別のフレー」
「わかったわ、それはおやつにでも回して、今日はこれを必ず食べること」
俺の言葉を遮って、ヴィルシーナはドンとデスクの上に何かを置いた。
それは青と白を基調とした巾着袋。
行動の意味や意図が掴めず、俺はただ彼女の顔をじっと見つめてしまう。
彼女は少し照れた様子で目を逸らしながら、口を開いた。
「……お弁当よ、私のトレーナーさんが不健康な生活を送ってるなんて、許せないから」
「えっ、いや、悪いよ」
「大した手間ではなかったから気にしないで、それに、もう作ってしまっているのよ?」
「……そうだね、うん、わかった、ありがたく頂かせてもらうよ」
俺はヴィルシーナの作ってくれた弁当を手に取った。
彼女はもう一つ、自分用のお弁当を持っていたようで、俺達はミーティング用の机に向かい合って座り、弁当を広げる。
ご飯と、色彩豊かで、良い匂いのするおかずの数々に、食欲が刺激されてしまう。
ちらりと彼女を見れば、どこか不安そうな目で、じっとこちらを見つめている。
耳はくるくると回り、尻尾はゆらゆらとゆっくり揺れていた。
俺は少し緊張しながらも、いただきますと小さく告げて、まずは唐揚げを頂く。
じゅわっと溢れる肉汁、肉本来の旨味が口の中に広がって、醤油の風味がそれを更に拡大させた。
ゆっくりと味わって咀嚼して、こくりと飲み込む。 - 7二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:42:30
「……美味しい! 凄い美味しいよヴィルシーナ! こんなの初めて食べたかもしれない!」
「そっ、そうかしら? ちょっと大袈裟じゃ」
「そんなことないって! あっ、他のも食べていいかな!?」
「……ふふっ、もちろんよ、トレーナーさんのために作ってきたんだから」
ヴィルシーナは安心したように、柔らかな微笑みを浮かべる。
彼女のお弁当は────本当に素晴らしい出来栄えだった。
どのおかずととっても絶品という他なく、ご飯ですら味が違う気がしたほど。
量は少し多め(彼女の分と比較すると減らしてはくれていたようだが)だったものの、まるで気にならない。
言葉すら忘れてがっついてしまい、あっという間に食べ切ってしまったのであった。
「……ご馳走様、ありがとう、本当に美味しかった」
「お粗末様でした、見てて気持ち良い食べっぷりだったわ……あっ、もう」
ティッシュを一枚取り出して、ヴィルシーナはそっと俺に手を伸ばした。
その手は優しく俺の頬を撫でて、彼女はどこか懐かしむように目を細めた。
「ご飯粒ついてたわよ、トレーナーさん」
「……ごめん」
「なんだか小さな頃の妹達みたい……そう、妹達……みたい……?」
何かに気づいたのか、ヴィルシーナは大きく目を開いてじっとこちらを見つめた。
その目は、砂漠を彷徨っていた人がオアシスを見つけた時のようにキラキラと輝いている。
────その日のトレーニングは、普段よりも良い結果を叩き出した。 - 8二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:42:50
翌日も、ヴィルシーナはお昼にお弁当を持ってきてくれた。
前日に遠慮したのだが、彼女の妙に強い押しに断り切ることが出来なかったのだ。
弁当自体は嬉しいし、かなり楽しみなのだが、問題が一つ生じていた。
「トレーナーさん、こっちも自信作なのよ」
「あっ、ああ」
「はい、あーん♪」
「……………………あーん」
俺の隣に座るヴィルシーナは、母性を感じさせる目で、こちらに箸を向ける。
なんかこう、接し方が妙にフレンドリーになったのである。
勿論、普段から俺達は良好な関係が築けていたとは思っている。
しかし、こんな風に食べさせてくれるような関係では、間違いなくなかった。
ちなみに拒否すると物凄く悲しそうな表情をするため、実質拒否権は存在していない。
彼女の箸の先にある明太玉子焼きを、ぱくりと口にする。
とても美味しい、美味しいはずなのだが、状況の奇妙さに味が素直に入ってこない。
「ふふっ、おかわりもたくさんあるわよ?」
「……おう」
幼い子どもを慈しむような優しい表情を浮かべるヴィルシーナ。
ここまであからさまだと、流石の俺も気づかざるを得ない。
つまりところ────妹離れによって溢れる衝動を、俺に対して発散しているのだろう。
普段の彼女であれば、俺にこんなことは絶対にしない。
そのくらい、彼女が追い詰められている、という証左であった。
……こりゃやっぱりダメだな、一週間経ったら絶対に中断させるべきだ。
出来ればすぐにでも止めさせたいが、彼女にも意地やプライドがある。
なので最初の目標期間だけはやり遂げさせて、その後になんとか説得する方向で行こう。 - 9二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:43:18
俺は、一つの誤算をしていた。
ヴィルシーナというウマ娘のことを、甘く見ていたのであった。
翌日のお昼、彼女はひどく落ち込んだ様子でトレーナー室に現れる。
何か悪いことでもあったのかと思い、心が騒めく。
俺が問いかける前に、彼女は大きく頭を下げて、申し訳なさそうに謝罪を口にした。
「ごめんなさい……! 今日は朝忙しくて、お弁当が用意出来なかったのよ……!」
「ああ、気にしなくて良いよ」
思わず、拍子抜けしてしまう。
あまりに深刻な様子だったので、もっと大変なことなのかと思った。
まあ、少し残念なのは事実だけども。
これで話は終わりかなと思っていたら、彼女はツカツカと早足でこちらに近づく。
そしてぎゅっと俺の手を掴んだ。
「だから、今日は食堂でお昼を食べましょう、良いわよね?」
「えっ、いや、その、構わないけどさ」
ヴィルシーナの小さく細く、そして温かい手の感触に心臓の動きが早くなる。
そして、彼女は手を繋いだまま、さも当然のように俺をトレーナー室から連れ出す。
いや待てよ。
俺は慌てて、彼女を制止した。
「ちょっ、ヴィルシーナ! 手を繋いだままはまずいって!」
「……なんでかしら?」
「いや、なんでって」
「手くらい誰だって繋ぐわよ……それとも、私の手を繋ぐのは、嫌?」
「……嫌ではないけどさ」
「ふふっ、ありがとう、じゃあこのままで良いわよね」 - 10二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:43:35
良くねえよ、と言いたかったがどこか有無を言わせぬ雰囲気に呑まれて言葉が出来ない。
通りすがりの生徒やトレーナーから注目されながらも、俺は彼女に手を引かれて食堂に行く。
流石にその時ばかりは手を放してくれたのだが。
「トレーナーさん、野菜もちゃんと摂らないと、あーん♪」
いや、嘘だろ。
周囲の騒めきがまるで耳に入っていないかの如く、ヴィルシーナはトレーナー室と同じよう振舞った。
ここに至り、俺はようやく気付いた。
妹達に対する衝動を、俺に対して発散させている、なんて生易しい状態ではなかった。
妹達と接することの出来ないショックとストレスで、彼女は完全にバグってしまっているのだ。
ここで拒否しようものなら、彼女がどんなリアクションをするか、まるで予想できない。
観念して、差し出された箸を咥える。
周囲の騒めきが大きくなり、色めいた悲鳴や歓声すらも聞こえて来た。
ちらりと視線を周りに向ける。
────遠くの方で、シュヴァルグランとヴィブロスが青い顔をしていた。
まずい、これはまずい。
正気に戻った後、彼女と俺の関係が悪化するのは、最悪まだ良い。
しかし、彼女達姉妹の絆に亀裂が入るようなことは、絶対にあってはならない。
俺は彼女のされるがままになりながらも、必死に思考を回転させるのであった。 - 11二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:44:17
翌日、トレーナー室でヴィルシーナがご機嫌な様子で弁当を用意する最中。
こんこん、とドアがノックされる。
来てくれたか、と思いながらも俺はそのノックに「どうぞ」と返事を返した。
控えめに開かれると扉、そこには二人のウマ娘が並んで立っている。
「シュヴァル、ヴィブロス!? なっ、なんでここに……!?」
ヴィルシーナは尻尾と耳をピンと立ち上がらせて、大きく目を見開く。
そこにいたのは彼女の大切な妹二人、シュヴァルグランとヴィブロスであった。
シュヴァルグランは帽子で顔を隠すように、ヴィブロスは泣きそうな表情をしている。
「……姉さんと一緒に、ご飯が食べたいと思って」
「お姉ちゃん最近付き合い悪くて寂しい~! ね、ね? 良いでしょ~!?」
「それは、えっと、貴女達のために……!」
ヴィルシーナは、困ったような表情を浮かべてオロオロと視線を彷徨わせる。
俺はゆっくりと立ち上がって、ぽんと彼女の背中を叩いた。
「ここ使って良いから、一緒に食べなよ」
「でっ、でも私は、妹離れを」
「やるにしたって、ちゃんと本人達と話して決めるべきだと思うよ」
「それは……」
「まあ、それに、これはとりあえず、俺の意見なんだけど」
俺はトレーナー室から立ち去るべく、扉に向けて歩みを進める。
シュヴァルグランとヴィブロスに軽く会釈してから、もう一度ヴィルシーナを見た。
「俺は彼女達と一緒に居る、一番綺麗で、可愛らしいキミを見ていたいと思ってるよ」
「……っ」 - 12二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:44:45
ヴィルシーナは少し顔を赤らめて目を逸らした隙に、俺はトレーナー室から出た。
それでもちょっとだけ不安だったので、こっそりと聞き耳を立てる。
『姉さんは心配し過ぎだよ……それに、姉さんとの時間も、僕は大切だと思ってるんだ』
『シュヴァル……!』
『トレちは良い人だけど、お姉ちゃんじゃなきゃダメなこと、いっぱいあるんだよぅ』
『ヴィブロス……!』
『……でも食堂のアレは本当に止めて、次やったら姉妹の縁を切るから』
『シュヴァル……?』
『あれはー、私もちょっと、かなり、ドン引きだったかな……』
『ヴィブロス……?』
……まあ大丈夫だろう、いや大丈夫なのか? きっと大丈夫なはずだ、多分。
俺はトレーナー室から離れて、中庭の方へ移動し、ベンチに腰かける。
昨日のトレーニング後、俺はあの二人に連絡取った────その前に向こうから連絡が来た。
二人の調子が上がらなくなったので、そのトレーナーが気を利かせてくれたのである。
きっと、あの二人も会う時間が減って寂しく思っていたのだろう。
食堂の件がトドメになったわけじゃないと思いたい。
さて、とりあえず俺も昼食を摂ることとしよう。
こっそり持ち出していた鞄から、プロテインバーを取り出す。
────私のトレーナーさんが不健康な生活を送ってるなんて、許せないから。
ふと、彼女の言葉と顔が、脳裏に蘇る。
そして、封を切ろうとしていたプロテインバーを鞄に戻した。
「……食堂に行くか」
また、怒られちゃからな。
苦笑を浮かべて頬を掻きながら、俺は食堂へと向かうのであった。 - 13二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:45:22
「はい、今日のお弁当よ、トレーナーさん」
翌日、さも当然と言わんばかりにヴィルシーナから渡されたお弁当を、俺は思わず二度見する。
昨日のトレーニングの時間では、とても晴れやかな表情をして彼女はやってきた。
各種トレーニングで出た数字もここ数日では一番良く、改めて妹離れの間違いを痛感した。
……はずなのだが、何故今日もお弁当があるのだろうか。
「妹離れは終わったんじゃないのか?」
「ええ、私にはあの子達が必要で、あの子達にも私が必要って、わかったから」
「……じゃあ、なんで?」
「妹離れとトレーナーさんへのお弁当は別の話よね?」
そう告げるヴィルシーナの目には一点の曇りもなかった。
申し訳ない気持ちになりながらも、彼女からお弁当を受ける。
あっ、そうだ、一つだけ言っておかないと。
「……あーんはもう勘弁してくれよ?」
「そっ、それはもうないから、アレは本当に忘れて……っ!」
真っ赤な顔で必死に否定するヴィルシーナ。
その様子に、本当にもう大丈夫なんだなと安心出来て、思わず笑みを浮かべてしまう。
────すると、彼女はきょとんした顔を、こちらに向けた。 - 14二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:45:50
「……どうしたの?」
「えっ、ああ、いえ、ちょっと、そういうことかと思って」
「……? ところで、今日はあの二人のところに行かなくて良いのか」
「今日はここで食べることにするわ、明日と明後日はあの子達と一緒に食べるけど」
「そっか、それが良いと思うよ、弁当作りも、無理にしなくたって」
「私がやりたいからやってるのよ、気にしなくて良いわ」
「まあ、それにしたって、わざわざ俺と一緒に食べなくても」
「……そうねえ」
ヴィルシーナは一瞬だけ不満そうな表情をして、すぐに悪戯っぽい笑みを見せる。
そして彼女はそっと近づき、顔を寄せて、俺の耳元で小さく囁いた。
「私と一緒にご飯を食べる、一番素敵な貴方を見ていたい────というのはどうかしら?」 - 15二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:46:49
お わ り
サポカ実装前最後のタイミングだったので好き勝手書きました
明日どのくらいエアプ感が出るのかがある意味楽しみ - 16二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:47:11
妹のことを考えて、トレーナーのことを考えて行動する
優しさとどこか不器用なところがとても良かったです - 17二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:50:46
少ない情報でどうやってこれだけの解像度を…?
お見事です - 18二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 01:51:49
非常に新鮮で、非常に素晴らしい
- 19二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 02:00:50
シュヴァルとヴィブロスにベッタリなお姉ちゃん可愛いね
ところでシーナにあーんして欲しいんですがトレーナーになればできますか? - 20二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 02:06:29
このレスは削除されています
- 21二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 03:55:08
良い…
- 22二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 04:12:12
夜更かししてよかったと思える良作
ありがとうございます…… - 23二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 05:35:30
いいSSだ……
- 24二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 06:44:45
- 25二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 06:54:31
素晴らしいものを見た…!ありがとうございます
- 26二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 07:27:16
良いもの見させて貰いました
性格はっきりしたらまた執筆して欲しい - 27二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 10:36:51
しゅき
- 28二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 10:43:35
こういうクリークレベルに片足突っ込んでいるかハヤヒデレベルの姉力なのかは気になるよね
内容はめっちゃ楽しませてもらいました - 29二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 11:02:35
トレーナーが弟にされる(?)かと思ったけど、ちゃんと丸く収まってよかった。とはいえそっちはそっちで読んでみたいかもしれん。
- 30二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 14:34:26
スレ主の感想聞きたいから保守するね
- 31二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 14:38:38
そこまでイメージと離れてないの面白い
- 32二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 16:43:14
今北
正直実装後に書かれたものかと思った、解釈の精度が高い - 33二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 16:57:06
良いSSだった、ありがとう
- 34二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 18:16:10
実際そんなに離れてない感じする
ヴィブロスを甘やかすかで脳内シーナ会議してたしな…
よく情報無しでここまで解像度が上がるもんだと感心する
もちろん文章もよかった! - 35二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 18:46:18
おかしい…実装後と解像度が変わらんな…
- 36123/11/20(月) 18:47:03
感想ありがとうございます、無事サポカも引けました
身内にはひたすら甘いタイプだなと考えていました
実際のところはただ甘やかすだけというタイプではなかったですね
ヴィルシーナのSSは何度か書いていてその成果一応あったかなと
とはいえサポカだけでも結構違いが出てきます、実装が楽しみです
実装されたばかりのキャラは書くの大変ですけど楽しいです
きっと実装されれば妹欠乏症になったヴィルシーナがお世話してくれるイベントが出て来るから……
ヴィルシーナお姉ちゃん良いよね……
夜更かしして書いた甲斐がありました
そう言っていただけると幸いです
ギリギリ実装前に出せて良かったです
ヴ三姉妹は素晴らしいよね……
色々と新情報があって悩みどころです
お姉ちゃんの魅力は万病に効く
実際のところはハヤヒデよりはべったりですがクリークみたいな感じではないという感じですかね
- 37123/11/20(月) 18:51:58
- 38二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 18:59:55
まだサポカテキスト読んだだけだけど全く違和感なくてしゅごい
- 39123/11/20(月) 19:36:41
そう言っていただけると幸いです
- 40123/11/20(月) 19:45:02
サポカイベを読んでのだらだらとした感想。
特に面白いものでもないので、興味ある人だけどうぞ。
〇口調に関して
公私できっちり使い分けるタイプ。
良いとこの娘さんで、良い教育を受けてるのだから想定するべきだったと反省。
身内以外に対してはお堅めの敬語。
身内に対しては『わよ』『なのよ』などのいわゆる女の子言葉を使う。
恐らく育成ストーリーでは最初はお堅い敬語で接して、徐々に口調が柔らかくなるヴィルシーナが見られるんじゃないかなあ。
なんとなくお母さんお父さんって呼ぶと思ってたらパパママだった、可愛い。
〇性格に関して
一着に対する意識は思ったよりも強い。
イメージとしてはダスカ以下ネイチャ以上といったところ(おっぱいの話ではない)。
二着ネタに関しては思いの外深刻に捉えている可能性が有り。
身内以外には物怖じしないでバスバス言う。
女王様、というのが強調されているけどサポカ範囲だと気位が高いくらいの印象。
妹に対しては甘いけど、締めるところはちゃんと締める。
とはいえ溺愛しているのは間違いなさそう、月一デートとか夢が膨らむ。
もっと妹に対しては押せ押せなタイプかと思ったけど、ちゃんと妹それぞれのことを考えて対応してくれる良いお姉ちゃん。 - 41123/11/20(月) 19:45:20
〇設定周りに関して
ヴィルシーナとタルマエが同室という聞いただけでえっちに感じる設定。絶対良い匂いする。
……じゃあリッキーのシナリオでタルマエがふさぎ込んでた時何してたんだと思わなくもない。
設定の綾といえばそこまでだけれど、色々考えてみると面白い。
同じドバイで成功した妹がいるヴィルシーナでは励ますことが出来なかった、とか。
挫折からは自らの力で立ち上がらなくちゃいけないと考えていたから、とか。
一番驚いたのは中等部という設定、絶対高等部だと思ってた。
となるとやっぱあの貴婦人も中等部になるだろうか、レース以外では仲良い感じが良いなあ。
〇見た目に関して
こんな姉専用ボディで女王様名乗るなんて各方面に失礼だよね。
ほんとはシスコンなんじゃないの? 正体見たり! って感じだな。
しかしそのブルマ誉れ高い。
(キャラ実装されたら)今更止められねえよ! 天井スイッチONだ!
大体こんな感じ。 - 42123/11/20(月) 19:45:41
ついでに過去の実装前ヴィルシーナSSも供養しておきます
ヴィルシーナと買い物に出かける話「トレーナーさん、今度の週末、買い物に付き合ってもらっても良い?」まだ寒さは残るものの、少しずつ春の訪れを感じるようになった二月末日。
トーレニング後、汗を拭いながら青毛の長い髪をたなびかせて担当ウマ娘のヴィルシーナは問いかけた。
俺は今日のトレーニングのデータをまとめながら、彼女に言葉を返す。
「構わないよ、新しいシューズでも見に行くのか?」
「いえ、昨日話に出た、ショッピングモールに行きたくて」
「新しくできたっていう……うん?」
ヴィルシーナの言葉に頷きながら、ふと疑問を抱いて首を傾げた。
そのショッピングモールは学園から少し離れた駅の近くにある。
若者向けの衣料や化粧品、雑貨などをメインに取り扱っているらしく、学園の一部生徒の間でも話題になっていた。
しかし、そこにはトレーニング用品の専門店などは存在していなかったはず。
それだったら彼女の妹であるヴィブロス、あるいは他の友人と一緒に行った方が良さそうだが。
あれこれ思考を巡らして意図を考えていると、ぽつりと小さな声が聞こえて来た。
「……ダメ、かしら?」
ヴィルシーナは不安そうな表情を浮かべ、耳を揺らしながら、じっとこちらを見つめていた。…telegra.phヴィルシーナと買い物に出かける話 2「これで二人も喜んでくれると良いんだけど」ヴィルシーナは不安そうに包みをぎゅっと抱き締めている。
シュークリームを食べた後、俺達はショッピングモールを回って、様々なお店を巡った。
楽しそうに、そして時には誇らしげに妹のことを語りながら、彼女は幾つもの品物を見て、候補を選んでいく。
そして数時間後、その膨大な候補の中から、彼女は何とか渾身の一品を見繕ったのであった。
……しかし、どうやら購入が済んだ後でも、不安が拭い切れない模様。
「大丈夫だよ、キミがあれだけ考えて選んだプレゼントなんだから」
何ともまあ、月並みな励ましではあるが、別に根拠がないわけでもない。
彼女の担当という立場故に、俺は妹二人とも、何度か話をしたことがある。
少なくとも、心からの贈り物を無下にするような人物ではない、ということは知っていた。
妹達のことを思い浮かべたのか、柔らかく顔を綻ばせて、彼女は口を開く。
「そうね、二人で選んだんだもの、きっと大丈夫よね」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないわよ、いっぱい感想やアドバイスもくれたし、服も、ふふっ、ねえ?」
「…………キミが笑ってくれて何よりだよ」
「あ…telegra.ph(SS注意)にいさん同盟結成秘話|あにまん掲示板「むむむ~……一等とか、贅沢言わないからさー……!」 商店街の福引会場。 お正月ほどではないけれど、それなりの品物を狙える機会。 アタシは祈りを捧げながらガラガラのハンドルを握り締める。 固唾を飲んで…bbs.animanch.com一番色々とやらかした形になったのは最後のヴィルシーナとネイチャのSS。
ヴィルシーナが高等部だと思っていた弊害がモロに出る形になってしまっている。
更にいえばヴィルシーナも初対面相手にはこんなフレンドリーに話すタイプではないなあと思いました。
- 43二次元好きの匿名さん23/11/20(月) 19:48:23
今日初出の情報多いしこの見た目で中等部は予想出来ないからしゃーない
- 44123/11/20(月) 20:02:27
まあそれはそれで夢が膨らむので良いと思います
- 45二次元好きの匿名さん23/11/21(火) 06:32:29
めちゃくちゃ良かった…
- 46123/11/21(火) 13:21:20
そう言っていただけると嬉しいです
- 47二次元好きの匿名さん23/11/22(水) 00:51:17
- 48二次元好きの匿名さん23/11/22(水) 01:02:27
とても良いお話でした…
- 49123/11/22(水) 07:01:02
- 50二次元好きの匿名さん23/11/22(水) 18:16:40
描いたなコイツ!