- 1仮面の蒐集家◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:18:44
このスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです。
イベントとは名ばかりのSS投稿スレですので、感想などはご自由に書き込んで下さって構いません。
スレ立て時の本スレ
ここだけダンジョンがある世界の掲示板 第4529層|あにまん掲示板前スレhttps://bbs.animanch.com/board/2665686/設定スレhttps://bbs.animanch.com/board/2652682/姉妹スレhttps://bbs…bbs.animanch.comあらすじ(依頼文)
『法会の後に語りもせずに』:制限解除依頼
元は死者のために加持祈祷を行う僧侶、呪師が欲望に呑まれ悪しき呪術師となった
この僧侶は元は善良な男であったが、同時に九相図に描かれた人が腐り朽ちる様を見て恍惚に耽るような破綻者でもあった
これまでは自身の破綻した性質を抑え真面目な僧侶として生きていたが、ある日ひょんなことから肉を腐らせる呪術を手に入れてしまった
この呪術によって心の歯止めを失った呪師は出奔し、男女種族を問わず見た目が若く美しい者を襲ってその肉を腐らせているという
その呪術の原理は未だわからず、見た所対象となる者を無分別に腐らせているようだ
あまりにも危険な男だ、放置するわけにもいくまい
どうか、あの男を討ち倒してやってくれ
(ここだけダンジョンがある世界の掲示板 第4493層 23レス目より)
https://bbs.animanch.com/board/2639465/?res=23
なお、以降のセリフや描写などの表記についてはダンジョン攻略スレやイベントスレではなく本スレのものを踏襲します。
つまりは「」で括られない台詞が出てきます。ご了承下さいませ。
- 2◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:20:49
【とある小さな町。ある町民は興奮した様子で、またある町民は訝しげな様子で、集会所へ足を運んでいた】
【その目的は、法会。旅の僧侶が貴重な絵巻物と共にやって来て、説法をするというのだ】
【なんでも絵巻物に用いられる顔料が日焼けしやすいと言うので、集会は夜更けに行うことになった】
【そして、集まった20~30名ほどの町民たちの前に、一人の僧侶が姿を現す】
「やあ、やあ、お集まり頂いてどうもありがとうございます……」
「某の素性……は、ひとまず横に置きましょうか。皆さまのご興味の対象は、恐らく……こちらでしょうから」
【いたって柔和に微笑みながら、僧侶は一つの木箱を持ち上げる】
【年季の入った木箱の蓋には──掠れて殆ど読めないが──薄らと、何かが書いてあるのが見える】 - 3◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:21:23
「こちらは、某がこれよりお話しする経典の内容を描いた絵巻物が納められた箱でございます」
「箱は二つございまして、つまり絵巻物も二本。いま某が掲げております箱へは、うち前半部分が納められております」
「……ええ、はい、前半部分のみで。後半部分は、あちらの別室にございます」
「後半の方は経年劣化が激しく……本当に光に弱うございますので。説法のあと、御覧頂ければと」
【さて、と話を始めようとした僧侶へ、町民の一人から待ったがかかる】
【ひとまず前半部分だけでも見せてくれ、気になって話に集中できそうにないから……と】
【僧侶はその言葉に眉を顰めるでもなく、むしろ道理だとでも言うように頷き、箱を開いて見せた】
「ええ、これは失礼をば……ではお話に先立って、前半部分を御覧に入れましょうか」
【丁寧な手つきでそっと取り出された絵巻物を、僧侶が紐解き……ゆっくりと開いていく】
【そこに描かれていたのは、まさに風光明媚、豪華絢爛。美しい色彩と柔らかな筆致で表現された、見事な極楽浄土】
【芸術に造詣の深い訳でもない町民たちであっても、思わず嘆息を漏らすほどの世界がそこにあった】
【その様子を見、僧侶は深く頷き……そして、法話が始まった】 - 4◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:22:03
【僧侶は語る。いつかの昔、どこかの国、二人の男がいたと】
【男たちはある日、とある商人から不思議な酒を買う。なんでも、それを呑んで眠れば極楽の夢を見られるとか】
【商人の言う通り、その酒を呑んで眠った男たちは夢を見た。美酒美食が溢れ、花が天女と共に舞う極楽の夢を】
【一人の男は、日毎その酒を買い求めた】
【「現実に極楽は無く、夢幻に過ぎずとも。あの世界に行けるならば、金など惜しくはない」とまで言って】
【その男は買った酒を呑んでは眠り、起きては酒を買い……何もかもを売ってまで酒を買い、二度と覚めぬ眠りに就いた】
【一人の男は、昼夜を問わずに勤しんだ】
【「現実に極楽は無く、夢幻に過ぎぬなら。あの世界を作れるならば、命など惜しくはない」とまで言って】
【その男は骨身を削って働き、心を病んでまで勤しんで……夢に見た極楽の完成を見ぬまま、二度と瞼は開かなくなった】 - 5◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:22:30
「絵巻物に描かれた極楽浄土は、まさしく男たちが夢に見て、そして身を亡ぼすに至った幻」
「皆さまの中にも、先程御覧になった時に憧れた方がいらっしゃるやもしれません」
「いえ、憧れることは良いのです。大志を抱くこと、目標を持つことは素晴らしいことです」
「肝要なのは、省みること」
「身を持ち崩してまで追い求めるモノなのでしょうか」
「身を粉にし骨を折って得られるモノなのでしょうか」
「様々な世界と繋がるこの世界では、死後の世界も様々……その中に、極楽浄土もあると言います」
「清い心身を以て善い行いをし、正しい生を全うした者が招かれる、常世の春……」
「仮初の悦に浸るのも、泡沫の幻に惑うのも、正しい生とは言い難くございましょう」
「己を省み、節度を守り、手の届くものを慈しむ……それだけで心身は満ち足り、余計なモノは遠退くのです」
「穏やかな心、清らかな体。それを保ち続ければ、極楽からの使いは招かずともやってくる……」
「皆さまがどうか、極楽へ往生できますよう。そうなれるような生を送れますよう……某は、祈っております」
【そう締めて静かに一礼する僧侶へ、町民たちは拍手を送った】
【話はありきたりでも、先程見た絵巻物は確かに心を揺さぶり、だからこそ破滅した男たちの心情がよくわかる】
【故に、幻想たる今世の極楽ではなく、あり得るかもしれない来世の極楽を……という言葉も、よく沁みるのだ】 - 6少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:23:00
「……それでは……お待ちかねの方もいるかと存じます、後半部分の絵巻物を御覧に入れましょう」
「併せて解説もさせて頂きたく……さても、どなたからにいたしましょうや……」
【町民たちをゆっくりと見渡す僧侶。その視界に、ぴん! と挙げられた手が入るのと、声が響くのは同時だった】
『はーい、はーい♪ わたくし、とっても見たいですー♪』
【元気よく手を挙げているのは、金色の髪をした少女だった】
『実は、父さまと母さまには内緒で来てしまったのですー♪ けれどー、帰る前にどうしてもー……♪』
「おや、そうでしたか……それは何とも熱心ですね、大変結構……して、如何しましょう」
【頷きながら、僧侶は町民たちの様子を窺う……少しの困惑があるものの、先を譲ろうと言う雰囲気があるか】
「……ふむ。それでは折角ですし、お嬢さんを一番にしましょうか」
『はーい♪ 町の皆さま、ありがとうございますー♪』
「子供を大切に扱うのも、ひいては社会の為となる善い行いでしょう……さ、こちらですよ」
【講壇の辺りまで出て来た少女は、見送る町民たちにペコリと一礼し、僧侶の後に続いて別室へのドアを潜った】 - 7少女/魔猫◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:24:20
「ええと……ああ、お嬢さん。失礼ですが、お名前は」
『わたくしですかー♪ ええ、サンドラと申しますー♪』
「サンドラさん。素敵なお名前ですね……一応某も名乗りましょう、某は──『腐僧呪』──え、は?」
【名乗りを返そうとし、僧侶は目を見開く。それは名乗る前に名を答えられたという驚愕】
【──サンドラという少女が知る筈もない、秘匿している筈の名を答えられたという驚愕】
「な、何故、その、名を……」
『なぜって……貴方を討てという依頼を受けたからには……』
【狼狽する呪術師の目の前で、少女は自身の顔へ手を当て──その姿を、猫の特徴を持った獣人へと変化させる】
『……それくらい知っていて当然だニャーッ★』
【木箱を抱えた呪術師を裏通りへと続くドアごと吹き飛ばす、漆黒の猫獣人による渾身の吶喊が見舞われた】 - 8魔猫◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:25:32
「ぐぅっ……貴様、どこぞの差し金か!」
『ニャ、ハ、ハ! ご明察、ご名答★ 冒険者ギルドから来た……で、伝わる?』
「……は! 何でも屋風情が、この某を屠れると!」
『そのつもりで無くちゃ此処にいない……にゃーんて、それくらいは言わずとも分かってほしいニャ★』
【暗く陰鬱な裏路地で向かい合うは、僧侶を騙る呪術師と少女が変じた猫獣人】
【いきなりの体当たりを受けたにも関わらず、呪術師は殆どダメージが見受けられない】
「言っておれ、化け猫!」
【叫びながら、呪術師は懐から呪符を幾つか取り出して放る】
【地面へと貼りつくように落ちた呪符が妖しい輝きを放つと、表面から影色の枝が幾筋も飛び出した】
『んー★ そんにゃの、ミーに通用するとでもー?』
【夜闇に紛れる色合いの枝が、鋭く向かい来る……それを、猫獣人は踊るように避けつつ、呪術師の元へ駆ける】
『猫、にゃめんなよ★』
「な、速い……っ、ぬぅ!?」
【猫獣人は呪術師の横をすり抜け、その背後へ着地した……すれ違いざま、爪で呪術師を切りつけながら】
【確かな手応えを感じつつ、猫獣人は追撃に移るべく素早く振り向く】
『……は?』
【……そして、信じられぬものを見た】 - 9魔猫◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:26:02
「……ふゥゥウ……全く、驚かせてくれる」
【爪の一閃で付いた、けして浅くはない筈の傷。そこへ先程放ったものと同じ呪符を当てる──】
【表面に書かれた文様が輝きを放つ──と、呪術師の体にあった傷が塞がっている】
『はぁあっ!? 何ソレ、インチキじゃニャい!?』
「ふ、くはははっ! 化け猫に言われる筋合いはないと思うが……なぁっ!」
『わ、ちょ、ぉわっとぉ!』
【驚きを隠せない猫獣人へ、今度は呪術師自身が襲い掛かる──その手に、拳闘のバンデージの如く呪符を握って】
「ち、流石に機敏だな」
『……うへぇ……★』
【術者には影響を与えないのだろう、影色の枝を透過しながら呪術師は殴り掛かった】
【その拳は空を切り、偶々そこへ置いてあった植木鉢に当たって──咲いていた花を、瞬く間に腐敗させた】
『その呪符、にゃいし文様がカギと見た★ ……あ、いや、てことはさっきの枝も……』
「ほう、勘が良いな。流石はケダモノ、猫畜生か?」
『……それ、ミーはともかく、愛猫家の前で言わにゃい方が良いと思うよ★』
「何、貴様に心配されるまでもないさ……その猫好き共も、某の呪術の餌食にしてくれるまでよッ!」
【大振りながら必殺の拳を振り回し、呪術師は猫獣人を攻め立てる】
【小柄な体格と機敏さで猫獣人は回避を続ける……が、戦場は狭い裏通り。すぐに一対一の鬼ごっこは終幕を迎えた】 - 10魔猫◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:26:35
「口ほどにもない。もう逃げるのはお終いか?」
『……ハ。こんにゃ可愛い子を追い詰めておいてよく言うニャ』
【そこは飛び出してきた集会所からは遠く離れ、人の気配のしない路地の深奥】
【人がいない故に声がよく響くが、それは到底助力など見込めないという意味でもある】
「今の貴様は可愛らしい猫ではなく、哀れな袋のネズミよ……さあ、観念せい!」
『──っ!』
【呪符を握った呪術師の拳が、猫獣人へ迫る】
『……ニャ、ハ! ……は、あ、がぁッ!?』
「……いたずら猫、捕らえたり」
【フェイクとして放たれた左の拳を躱して見せた猫獣人だが、それが精々】
【本命の右手は回避しきれず、細首を掴まれ──そして】
『──ッ! ぁ────ァァァ──ッ!』
「……く、ははははははは! 先程の見立て、見事だったぞ!」
『──! ──っ! ンの、ぉ──ぎ、ぃィ──……!』
「そうとも、文様こそが某の呪術の起点! ……ならば、掌に彫り込んでおけば……?」
【猫獣人の首を握る呪術師の手から、輝きが漏れ──シュウシュウと、煙が立つ】 - 11魔猫◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:26:56
『──っ、ぐゥ……っ! は、にゃせぇ……!』
「っ、く! この畜生め……! くぅっ!?」
【首を絞められ、呪術により痛めつけられ。それでも猫獣人が夢中で振り回した爪は、呪術師の腕へ深く突き刺さった】
【呪符で傷を塞げるとは言えど、傷を負うことによる痛みは無くならない。堪らず呪術師は猫獣人を投げ出した】
『……ぉえ、っ! ぇほ、ゲホっ! ゲホ、げほっ……』
「……どこまでも手のかかる、いたずら猫め……!」
『……っ、ゃめ……ぐッふぅ……っ!』
「貴様になぞ、手で触れることさえ惜しい! 文字通りの足蹴で十分よ!」
【喉を押さえて蹲る猫獣人を、呪術師はボールでも扱うかのように蹴り飛ばす】
【塀にぶつかり、ずるりと地面に崩れる猫獣人。呪術師はずかずかと近寄ると、ぐりぐりと踏みつける】 - 12魔猫/少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:27:43
【暴力からなんとか身を守ろうと、猫獣人は必死に縮こまる】
【その猫耳が、尻尾が、解けるように消えていき──艶やかな黒髪が金色になり──猫獣人は、少女の姿になった】
「……ふん。やはり化け猫だったか……いや、こちらが素か? まあ、どうでもよい」
『く、ぅ……』
【呪術師は無遠慮に少女の髪を掴み、ひょいと片手で吊り上げる】
【少女はボロボロになりながらも、変わらず呪術師を睨みつける】
「その目。ああ、その目! 反抗的で、しかし恐怖に押し潰されそうな、絶望の目だ!」
『……っ』
「……合格だ。やはり貴様を選んだのは間違いなかった」
『な、にを……っ、ひぃ』
【口角を歪め、呪術師はゆっくりと、少女の髪を掴んでいない方の掌を開き見せつける】
【少女の視界に映るのは、先程猫獣人の姿で戦ったときに見えた、呪符の文様】
「分かるだろう? 是より己がどういう目に遭うか」
『……ゃ、やめて……ください……っ』
「散々手を煩わせてくれたことへの仕置きだ」 - 13少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:28:38
【少女の怯えた表情を見て、満足げに呪術師は頷く】
【その後、懐から轡を取り出して咬ませ、品定めをするようにその体を見分して】
「顔は惜しい。腐り落ちる様をじっくり愉しみたいし、苦悶に歪む表情も味わいたい」
「四肢はつまらん。見たところ肉もそう多くない、すぐに奥の骨まで届いてしまおう」
「……では、そうさな。うむ……やはり、肉は無くとも臓腑の詰まった、腹にしよう」
【襤褸切れのようになった服から覗く、雪のように白い腹部に目を付けた】 - 14少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:29:56
【呪術師はゆっくりと──その時間さえ味わうように──広げた掌を少女の腹部へ宛がう】
『……ひ』
【轡の奥から、少女のか細い声が漏れる】
「……く、はは。ははは、ははははははははははははは」
【裂けんばかりに開かれた呪術師の口から、笑い声が溢れる】
「さあ、始めようか……! く、くくく……っ! くはははははははははは!」
【そして、少女の腹部へ押し当てられた呪術師の掌が輝きを放ち──】
『────…………』
【まるで糸の切れた人形のように、少女ががくんと俯き──その体躯が崩れ──】 - 15少女/ ◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:30:20
【──轡と路地とがぶつかる音が響くと同時、姿が解けるように消えて】
「ははは──は?」
……魔術スクロール:《初めから/ダ・カーポ》、起動
【少女を模っていたモヤから、楽譜のような形状の拘束魔法が飛び出した】 - 16 ◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:31:23
「は──な、なんだとぉっ!?」
【小柄とは言え、持ち上げていた少女一人ぶんの重みが一瞬で消えた】
【そんなことを到底想像していなかった呪術師は前へ──拘束魔法へ自ら身を投ずるが如くにつんのめる】
「くぅっ……ぬぅ、ぅゥウウッ! 放、せェ!」
【じたばたと藻掻き、拘束から抜け出さんと暴れる呪術師。その懐から、一枚の呪符がひらりと落ちる】
「ぐゥ……ッ! しめた、コレで……」
【身を捩り、呪術師は指先で呪符に触れる。自身と呪符を呪力で繋いでしまえば、これを発動させられれば……】
「……な、ぜ……!? なぜ、何故、なぜだっ!?」
【だが、闇に差した光明が如き一縷の望みは、果たして露と消える】
【《初めから/ダ・カーポ》。対象へかけられた補助効果の解除と、魔封じの効果を持った拘束魔法である】
【魔封じの効果が呪術に対してどれほど発揮されるのかは分からないが、少なくとも今この場では一度は成立し】
【そして、そのたった一度は、あまりに大きな意味を持った】 - 17 /怪異◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:32:05
??/怪異
【驚愕、困惑、焦燥、苦悩……必死に拘束を振り解こうと悶える呪術師の前で、モヤがゆらりと立ち上がる】
【霧散するでもなく、而してヒトのカタチを取るでもなく。それでも明確に、少女がいた場所に立っている】
【……やがてモヤの内側から一対の手袋が現れ、次いでフード付きの外套を引っ張り出してモヤに纏わせる】
【半ば恐慌状態に陥った呪術師の目の前で、何かが起きている】
【暴風雨が如き思考の中で、呪術師は悟った。悟ってしまった──目の前のソレは、終わりを告げに来たのだと】
【外套の向きからして背を向けているソレが、呪術師の方へと向き直る】
……やぁ、さっきまではどうもぉ
【状況に見合わぬ暢気な口ぶりで。ひらひら、と事も無げに手まで振って。ソレは呪術師へ話しかけた】
「──ぁ、ああ、あ」
【ソレの心中を表情から読み取ることは叶わない。なぜなら、そこには──顔がある筈の場所には】
うーん、改めて自己紹介しようかぁ
……おばけだよぉ……なぁんてねぇ
【ただ、モヤに仮面が浮かんでいるだけだったから】 - 18仮面の怪異◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:32:38
【仮面の怪異が、藻掻く呪術師を見下ろす──仮面に目は付いていないが、見られていると直感する】
「な、なんだ、きさま……」
【仮面の怪異が、呪術師の声に反応を示す──仮面に耳は付いていないが、聞かれていると理解する】
ええとぉ、どういう意味かなぁ?
【仮面の怪異が、慄く呪術師へ言葉を返す──仮面に口は付いていないが、問われていると察知する】
「ひ、っ……ゃ、やめろ、来るな、くるな……来るなくるなクるな……!」
……残念だけれどぉ、そのお願いは聞けそうにないなぁ
【仮面の怪異が、死に物狂いで拒絶せんとする呪術師の顔を、掴む】
【左手は呪術師の右頬を包むように。右手は呪術師の左頬を包むように。指先は下顎の縁へ掛かるように】
【見ようによっては、まるで親が子を慈しむように】
それじゃ……始めるよぉ
【そして、仮面の怪異の両掌が淡く輝き──】
「ゃ──やめ──」
……だぁめ - 19仮面の怪異◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:33:02
「ォ──ぉおお──っ!?」
【呪術師の意識が、自身の身体から剥離していくのを感じ取る】
「ぅくおおおっ……この、おおォ──ッ!」
【拘束され、謎の能力を行使され。精神が限界を迎えつつある呪術師は、土壇場でその本能を剥き出しにした】
【肉体の限界を超える力を発揮し、力尽くで拘束魔法を破る。そして、がむしゃらに手を振り回す】
「はぁっ──はァッ……! ォお……っ! なぜ、なぜえぇぇ……ッ」
【殴打や引っ掻きが当たれば、少なからずダメージを与えられるだろう】
【文様を刻んだ掌が当たれば、腐らせられることも出来るかもしれない】
「掴めん! 当たらんッ! なぜだ、なぜ……ぐぅぉオ──オオ──」
【だが、呪術師が反撃を試みている相手は、仮面の怪異である】
【およそこの怪異の実体と呼べる部分は本体たる仮面部分のみであり、触れたとしても腐らせることは叶わない】
【猫獣人との戦闘で体力を消耗し、仮面の怪異の手に魔力を吸われながら、自我の剥離という奇怪な感覚に苛まれ続ける】
【尋常の状態ならいざ知らず、この状況で正気を失った呪術師にとり、正常な判断など望むべくもなかった】
「ぁ──ァァああぁアア──あぁァァあア……ッ……」
「某……それがし──それ、がし──が──ぁああアアああアああ」
【そして、終に】 - 20仮面の蒐集家◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:33:29
────はい、おしまい
【その肉体から、「呪術師」が──『腐僧呪』が、剥ぎ取られた】 - 21 ◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:34:18
【場面は再び、町民たちが待つ集会所】
【いつまで経っても戻ってこない僧侶と少女を心配し──或いは怪しみ、別室へのドアを開けた町民たち】
【彼らが見たものは、いる筈の二人がいなくなった空間と、乱暴に壊された裏口ドアだった】
「どういうことだ」「何があった」「二人はどこへ」
【疑問と困惑の言葉を口にする町民たち……と、裏通りを窺っていた一人が声を上げる】
「アッ、いたぞ! 僧侶さんとお嬢さんだ、どこかへ行っていたのか」 - 22僧侶と少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:34:43
【果たして、僧侶は再び現れた。片手にぐずる少女を連れて、もう片手にボロボロの箱を抱えて】
「やあ、やあ。皆さま、どうもお騒がせしまして」
「……実は、このお嬢さんと一緒に部屋を移ったところ、この絵巻物を狙った強盗と鉢合わせましてね」
「何とか犯人は捕まえましたが、これこの通り……いざこざの最中に、絵巻物はやられてしまいました」
【僧侶が木箱の蓋を開くと、そこには無惨な姿となった絵巻物が納められていた】
【残念がる町民たちへ、僧侶は申し訳なさそうに続ける】
「お待ち下さっていた皆さまには、なんとお詫びすれば良いか……このお嬢さんも、怖い目に遭わせてしまった」
【努めて平静を装おうとし、しかし明らかに気落ちしている僧侶へ、町民たちは声をかける】
【「仕方のないことだ」「二人だけでも無事でよかった」「捕まえてくださってありがとう」……等と】
「……おお、おお! 有難い、有難い……皆さまの温かなお心遣い、本当に有難く存じます」
「この絵巻物は、なんとか修復出来ないか、と思っております。修復の暁には、是非御覧頂きたく」
「……描かれていた男たちの欲した極楽と違い、絵巻物はここに在ります。諦めなければ、きっと、必ずや」
【変わらず弱弱しく、しかし精一杯の力を込めて宣言して見せた僧侶へ、町民たちは拍手を送った】 - 23僧侶と少女◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:35:05
「慌ただしくて恥じ入るばかりではありますが、どなたか、もう一本の絵巻物を持ってきて下さいませんか」
「善は急げと申します。劣化が進まぬうちに持ち帰り、修復作業に入りたく思いまして」
【深く、何度も頭を下げながら、僧侶は前半部分が描かれた絵巻物の箱を町民から受け取る】
【それでは失礼をば……と出て行こうとする僧侶の衣の裾を、少女が握っていた】
「む……おお、某としたことが! 共に犯人捕縛にあたった、勇敢な協力者を忘れているとは」
「これは修業をし直せねば……ともあれ、このお嬢さんを親元へ送り届けてからといたしましょう」
【宜しいですかな、と僧侶が問えば、小さく、それでも確かに、少女は頷いて見せた】
「きちんとした挨拶も出来ず、説法も最後までやり通せず。これも、某がまだまだ道半ばであるが故」
「今一度修行をし、出直して参りましょう。それでは皆さま、またお目にかかれる日を祈っております」
【途中で幾度も振り返り、その度に深く礼をしながら。少女を連れ、箱を抱えて、僧侶は集会所を去っていった】 - 24 ◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:35:27
【翌日。小さな町の住民たちの会話は、僧侶の絵巻物を巡る事件で持ち切りだった】
「なあ、おい。聞いたかよ、例の事件のことを」
「聞いたさ、もう朝から何べん聞いたか分からねえ」
「集会所に入った盗人、僧侶さんに瓜二つだって言うじゃないか!」
「どんな偶然か、はたまた運命の悪戯か……不思議なこともあったもんだ」
「不思議と言えば、僧侶さんと一緒にいたお嬢さんだよ」
「あの子、どこの子だろうね? オレぁ見かけない顔だと思ったが」
「小せえっつっても、この町も人は多いからなあ……子供一人の区別なんて付くもんかい」
「それでも気になるんだよ! あんな不思議な子、ホントに見たことないんだから」
「見てない……そういや、結局後半部分を見たのはあの子だけなのかね」
「いや。二人が部屋に入った時には、もう強盗が外に出ようとしてるところだったとか」
「なぁんだ、それじゃつまりアレかい? 僧侶さん以外に、誰も中身を知らないってのか」
「そうなるなあ。前半を見たからには、後半も見たかったが……」
「アタシゃ絵巻物の後半よりも、犯人確保の瞬間が見たかったね!」
「あ、不思議といえばそれもよ! 現場は裏通りの深い所で、誰も見てなかったんだって?」
「どうもそうらしいね、ずっと奥までグチャグチャだったとか聞くよ」
「そんな大捕り物をやってのけて、涼しい顔で戻ってくるなんて……あの僧侶さん、只者じゃないぜ」
「ホントかねえ……まあ、あの不思議尽くしの僧侶さんなら不思議じゃないかもだが」
「全くだ。自分のやったことを、警邏の兄ちゃんたち以外にゃ話さずに行っちまった」
「考えれば考える程、不思議ばっかりさ! 結局、あの──」
「『法会の後に語りもせずに』なあ」
【了】 - 25◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:40:03
おまけ
『覚書:呪術についての一考察』
覚書:呪術についての一考察とある呪術師の討伐依頼に際して、個人的に考察した点が幾つかある。そこで備忘録も兼ねて、覚書という体で私見を纏めておこうと思う。
なお、前提として「人間」という文言については、今回は「社会性を持つもの」程度の意味であることを付記する。
そもそも呪術とは、どのようなものなのだろうか。
呪術という文字を見、その意味を極めて素直に受け取るのならば、それは呪いの術である。
この場合、「呪い」は「のろい」と読むのが一般的であろうが、或いは「まじない」と読むことも可能だ。
更にこれらの意味を求めれば、前者ならば「人間や霊体等が、悪意などを持って他者や集団へ害を為すもの」、
後者は「主に人間が、超自然的な力を以て願いを叶えようとするもの、或いはその力を操ろうとするもの」と言えよう。
筆者の個人的な感覚では、どちらかといえば後者が前者を含むような意味合いであろうと推察する。
即ち、「広義の呪術」が「まじない」、「狭義の呪術」が「のろい」である、というような。
さて、先の区分でいう後者の呪い───「まじない」の意味を見ると、どこか似たような概念があると気付く。
それは魔術や妖術、仙術、巫術……などと呼ばれるものたちだ。…telegra.ph『資料:備考欄』
資料:備考欄備考(1):参考資料として回収した物品について今回の依頼に於いて、受注・解決に尽力した冒険者が回収した物品について、以下の要素が確認された。
・絵巻物(上)
:二本の絵巻物のうち、描かれている内容が説話の前半部分に該当するもの。
極楽浄土が描かれており、絵に紛れるようにして魅了・催眠・陶酔といった効果を持つ呪術式が記されている。効果自体は微弱であり、また絵から目を離せばごく短時間で効果は失われる。
また、描かれた絵より少し離れた部分(巻物の芯側)に呪文の記された短冊状の紙が三枚貼り付けられている。呪文の内容は備考(2)を参照のこと。
・絵巻物(下)
:二本の絵巻物のうち、描かれている内容が説話の後半部分に該当するもの。
極楽浄土に魅入られた二人の男が身を亡ぼしていく様子が描かれている。
絵に紛れるようにして強力な効果を持つ呪術式が記されている。効果を受ける対象は極めて限定的であるが、一度受けた効果は失われないとみられる。具体的な効果の内容は備考(2)を参照のこと。
なお、当物品は依頼中の戦闘で著しく損傷したものの、現在は専門家の修復作業によって状態は回復している。
また、描かれた絵より更に…telegra.ph - 26◆YDQHxpAITA5s23/11/23(木) 05:56:46
※
以上、本スレ4494層にて『少女と少年』名義で受注した、『法会の後に語りもせずに』の依頼描写でした。
書いている間にみるみる文量が膨れ上がり、webの文字数カウントで確認したところ9000字越えの約430行という……
これだけの量を本スレや脳内スレに出すわけにもいかず、かといってテレグラフだとちょっと見づらいか……?
ということでイベントスレ外伝という形を取らせて頂きました。
そしてどうせイベントスレ外伝を立てるならおまけも(テレグラフ利用を前提に)書いてしまえ!
……ということで(本スレ4492層の「魔術と呪術の違い」を参照しつつ)私なりの呪術観、
そして呪術師が持っていた絵巻物、及び行使していた呪術の設定を書き出しました。
そして前者は3300字越えの約110行、後者はおよそ1800字の60行越え。書きすぎですね。
ともあれ、これで制限解除依頼『法会の後に語りもせずに』の描写については完了とさせて頂きます。 - 27神国の冒険家教徒◆N4REyuGpSI23/11/23(木) 09:05:54
お疲れ様でしたー!!!
後半の逆転の流れや、戦闘後の町人への対応や町人達の反応が鮮やかで面白かったですわ!!説話の方も作り込まれていて、思わず引き込まれる様な内容でした!!!!
僧侶さんも呪具の影響を少なからず受けてしまっていたの悲しいなあ…………