(SS注意)ヴィルシーナが恋を自覚してしまう話

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:36:25

     私は『女王』にふさわしい、気高い人物になりたかった。
     私は大好きな妹達の模範となる、立派な人物になりたかった。
     パパとママはそれを目指すことの教育をしてくれて、私もそれに応える努力をした。
     私が思い描く、理想の私に、近づいていると思っていた。

     ────でも、それは、大きな間違いで。

    「ヴィルシーナ、その荷物持つよ」
    「えっ、ええ、お願いするわね、トレーナーさん」

     トレーナーさんの、少し大きな、ごつごつとした手が私に向けられる。
     その手に、私は目を奪われてしまう。
     たくさん頑張った私を、褒めてくれた手。
     後一歩のところで一着を逃した私を、慰めてくれた手。
     その後一歩を踏み出すために、何回も何回も、背中を押しくれた手。
     そんな、私を何度も助けてくれた手を、何故か握りたいと思ってしまう。
     気が付けば、荷物を持っていない方の手を伸ばして。

    「……ヴィルシーナ?」
    「……っ! なっ、なんでもないわ、じゃあ荷物をよろしくね!」

     トレーナーさんに声をかけられて、私は反射的に荷物を渡してしまう。
     受け取って、微笑んで、背中を向ける彼を見て、心の中でため息一つ。
     今まで、様々な苦難や困難に対して、私は一歩を踏み出して来た。
     それはトレーナーさんや妹達、タルマエさんやジェンティルさんがいてくれたからだけども。
     ────トレーナーさんに対する一歩を、私はどうしても踏み出すことが出来ないでいた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:36:37

     私は、小さな頃から『2』に縛られていた。
     大事なレースでも、大事な場面でも、肝心なことで一着を逃してしまう。
     呪いなんて信じないで、ただひたすら一人で努力と研鑽を続けて、それでもダメで。
     その鎖を解いてくれたのが、トレーナーさんだった。
     彼は、ただ努力を繰り返す私に、息抜きと正しい努力のやり方を教えてくれた。
     二着に甘んじることを良しとしない私のために、勝つための戦い方を考えてくれた。
     妹の関係に思い悩む私の話を、たくさん聞いてくれた。
     たくさん、たくさん、たくさん、私のことを助けてくれて、支えてくれて。

     気が付いたら────私の心の中心に、トレーナーさんがいるようになって。

     それからは、私はおかしくなってしまった。
     日頃からトレーナーさんの姿を探したり、トレーナーさんのことを考えたり。
     格好良いところを見せようとして、無理をして失敗したり。
     可愛い服を見せようとして、選ぶのに時間をかけすぎて遅刻しかけたり。
     彼の前だと、私は女王にふさわしい姿に、なれなくなってしまった。

    「はあ……ごめんなさい、せっかくのお出かけなのに」
    「気にしなくて良いよ、それよりも足、本当に大丈夫?」
    「ええ、擦りむいただけで、それ以外のところは痛くないわ」
    「うん、それは良かった」

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:36:55

     トレーナーさんは安心したように微笑んだ。
     そんな彼の顔を見ているだけで、心がぽかぽかとしてしまう自分が、嫌だった。
     帰り道、私はトレーナーさんを食事へと誘った。
     以前ヴィブロスとデートしていた時立ち寄った、美味しいレストランがあったのだ。
     少しばかり迷いながらも辿り着いたお店は、定休日。
     慌てて別のお店に案内しようとして、私は躓いて、転んでしまったのである。
     全く持って、情けない。
     ちゃんとお店の場所や予定を確認しなかった挙句、不注意でトレーナーさんに負担をかけた。
     彼に恩返しとしようとすればするほど、私は空回りしてしまう。
     こんなの、生まれてから初めてのことかもしれない。

    「……飲み物買って来るよ、ヴィルシーナは何が良い?」
    「……ミネラルウォーターをお願い」
    「了解、ちょっと待っててね」

     そう言って、トレーナーさんは私をベンチに残して、駆けだしていく。
     多分、私が、少しだけ一人になりたいと考えていたのを、察してくれたんだと思う。
     その心遣いがとても嬉しくて、とても、痛かった。
     ふと、今何時だろうと思って、私はスマホを取り出す。
     お昼時はとっくに過ぎてしまって、ずんと心が重くなってしまう。
     そして、LANEに新着メッセージが来ていることに気づいて、アプリを起動させた。
     相手は、私の可愛い妹、シュヴァルグランと、ヴィブロスからだった。

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:37:08

    『姉さん、今日のお出かけ、楽しくなると良いね』
    『お姉ちゃん! 今日のデート頑張ってね~! キラキラな土産話期待してるよ~!』

     二人からの、応援のメッセージ。
     いつもなら私の心を奮い立たせてくれるはずなのに、今は心に突き刺さるようだった。
     ああ、今の私は、妹達の模範となる姿にも、なれていない。
     どうして、こうなってしまうのかしら。

    「……あら?」

     ポツ、ポツと、スマホのディスプレイに水滴が落ちる。
     雨でも降ってきただろうかと思い、空を見上げると、一面に広がるは青い空。
     もう一度下を向いたら落ちていく水滴を見て、私はようやく自分が涙を流していることに気づいた。
     心が乱れて、目尻が熱くなって、次から次へと溢れてしまう涙を抑えられない。

    「ダメ……早く……止めなきゃ……!」

     優しいトレーナーさんは、きっと心配する。
     余計な面倒を、あの人にかけてさせてしまう。
     両手で目を押さえてみても、涙は溢れるばかりで一向に収まらない。
     どうして、こんなに気持ちが抑えられないんだろう。
     どうして、こんなに心が痛いんだろう。

     どうして────こんなに、好きなんだろう。

  • 5二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:37:22

    「……えっ?」

     ぽろりと、私の知らなかった言葉が、零れ落ちる。
     それを拾い上げた瞬間、涙がピタリと止まって、心の中に温かいものが満ちていく。
     おかしくなった私の心に欠けていたピース、それを確かめるように、言葉を紡いだ。

    「……すき」

     その言葉は、すとんと私の中で落ちて、ぴたりとハマった気がした。
     心臓の鼓動が、トクトクと早鐘を鳴らしていく。
     
    「好き」

     沈んでいた心はふわふわと浮かび上がって、景色がどこか色づくのを感じる。
     徐々に早くなっていく胸のドキドキを、両手で押さえながら、私はもっと具体的な言葉にする。

    「私は、トレーナーさんが、好き」

     私の中に、ぴしゃんと雷が落ちるような心地だった。
     想いを自覚した瞬間、頬がかぁっと熱くなって、心臓は音を響かせ、頭はのぼせてしまいそう。
     燃えるような頬を両手で押さえて、私は俯きながら、言葉にならない声を漏らしてしまう。

    「えっ……あっ……これ……うそ……」

     今まで理由が分からなかったこと全てに、説明がついたようだった。
     何故、女王にふさわしい姿になれなかったのだ。
     何故、妹達の模範となる姿になれなかったのだ。
     何故、こんな生まれて初めて直面するような事態に、なってしまったのか。
     わかってみれば、答えはとてもシンプルなものだった。
     家族以外の人を、こんなに好きになったことが、生まれて初めてだったから。

  • 6二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:37:40

    「…………っ!」

     思わず、バタバタとその場で足踏みしてしまう。
     格好悪い、恥ずかしい、情けない────でも好きで好きで、仕方がない。
     涙は止まったのに、今度は胸の奥から溢れる気持ちが、全く抑えられない。

    「ヴィルシーナ、大丈夫!?」
    「……あっ」

     とても心配そうに戻ってきた、トレーナーさん。
     当然だろう、足を擦りむいたと言っている担当ウマ娘が、足をジタバタさせていたのだから。
     彼は私に顔を近づけて、じっと、真剣な目で見つめて来る。
     それを直視出来なくて、変なことになっている私の顔を見られたくなくて。
     私は両手で熱くなり、真っ赤になっている顔を押さえながら、消え入るような声で彼に言った。

    「み……」
    「み?」
    「見ないで……今は……私の顔を見ないで……」
    「……うん、わかった」

     トレーナーさんはあっさりと、顔を背けて、そのまま私の隣に座った。
     しばらくの間、お互いに何も話さないで、ただただ静寂の時間が過ぎ去っていく。
     私の顔の熱が引いて、心臓の音も静かになった頃、私は彼に小さく声をかけた。

    「……もう、大丈夫だから」
    「……うん、落ち着いた?」
    「ええ、その、せっかくのお出かけなのに、情けないところばかり見せて、ごめんなさい」

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:38:08

     まずは、トレーナーさんに謝罪を告げる。
     呆れられるだろうか、嫌われてしまうだろうか。
     そんな不安に心を苛まれながら、私はじっと、彼の反応を待つ。
     ────しばらくすると、ぽんと優しく、私の頭にごつごつとした手が置かれた。
     いっぱい私を助けてくれた、私の大好きな、彼の大きい手のひら。
     前髪や耳の間を、撫でられると、心が落ち着いて、肩の力が抜けて、思わず目を細めてしまう。

    「実はね、キミがそういうところを見せてくれて、嬉しいって思ってるんだ」
    「……えっ?」
    「キミって、女王にふさわしくあろうとしたり、妹達の模範になろうとしているだろ?」
    「……それは、そうだけど」
    「そんなキミが、俺の前で年相応の姿を見せてくれるのが、凄い嬉しいんだ」

     そう言って、トレーナーさんは照れたように微笑んだ。
     その顔が、その言葉が、なんだかとても嬉しくて、少しだけイラッとして。
     私は貴方に格好良い姿を見せたいと思っているのに、貴方は私の格好悪い姿が見たいと思っている。
     それが、なんだかとってもモヤモヤして。

    「トレーナーさん、やっぱり私、今日は歩けないかもしれないわ」
    「……今日は?」
    「ええ、今日だけは、だから、その、ね────おんぶを、してくれないかしら?」

     だから今日は、トレーナーさんに年相応の我儘な姿を見せてやることにした。
     彼は私の言葉にきょとんとした表情を浮かべると、どこか嬉しそうに微笑んでみせた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:38:25

    「どう、辛くない?」
    「私は、大丈夫よ……トレーナーさんは大丈夫?」
    「全くもって問題なし、ヴィルシーナは軽いからさ」

     私は、トレーナーさんの大きな背中に揺られて、帰路に着いていた。
     誰か知っている人に見られないか不安だったけれど、彼の背中に顔を埋めているうちに、吹き飛んでしまった。
     その背中はじんわりと温かくて、少しだけコーヒーの匂いがして、凄く、落ち着く。
     気が付けばこくりこくりと船を漕いでしまって、うとうとしていたところで目を覚ます、を繰り返していた。

    「ヴィルシーナ、寝てても大丈夫だよ」
    「……えっ」
    「寮が近くなったらちゃんと起こすからさ、俺の背中で良ければ、ゆっくりしてよ」

     トレーナーさんは、そう言ってくれた。
     この温もりと匂いを堪能できるせっかくの機会なのに、勿体ないなとも思う。
     けれど、誘う睡魔には勝てず、私は彼の言う通りにすることにした。
     途切れそうな意識の中、何とか言葉を口にする。

    「じゃあ……そうさせて……もらうわ」
    「うん、おやすみ」

     その言葉に、心が安心してしまったのか、一気に睡魔が襲って来る。
     遠のいていく意識の中、私はふと考えた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:38:38

     ────今だったら、どんなことを言っても、寝言だと思ってくれるのではないだろうか。
     
     今日、芽生えた言葉。
     きっと、今それを伝えても、彼は応えてくれないだろう。
     私は中等部の子どもで、彼は成人の大人だから。
     でも、どうしてもこの胸いっぱいに溢れる想いを、彼に伝えたくて、口にしたくて。
     意識が落ちてしまう直前、私は寝言を口にするように、その言葉を口にした。

    「…………すき」

     トレーナーさんがぴたりと止まって、何かを言った。
     その言葉は、夢の世界へと旅立った私には、聞こえることはなかった。

  • 10二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:39:23
  • 11二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:40:03

    お美事
    できておるのう

  • 12二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:44:31

    やめてくれ、そうやってシーナ姉の可愛さを見せつけてくれるのは
    辛抱たまらなくなってしまう…

  • 13二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 21:46:25

    >>10

    元スレの1です

    もう、あの、なんというか


    やばい(小並感)


    ホンマにありがとうございます😭

  • 14二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 22:03:14

    うお…

  • 15二次元好きの匿名さん23/11/23(木) 22:15:40

    あっ(心停止)

  • 16二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 00:21:48

    あーやばい!

  • 17二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 06:17:31

    あまーい!

  • 18二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 07:42:56

    年相応の情緒を見せるヴィルシーナは健康にきく

  • 19123/11/24(金) 18:30:02

    >>11

    良い概念があったのでー

    >>12

    サポカだけでも可愛さが滲み出てるよね……

    >>13

    良き概念をありがとうございました

    >>14

    >>15

    >>16

    >>17

    とりあえず響いたようで何よりです

    >>18

    中等部設定には驚きましたが逆いえば中等部の女の子っぽいところもあるのかもしれないという希望でもありますねえ

  • 20二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 18:45:56

    供給助かる

  • 21二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 19:47:51

    >>20

    もっと増えて欲しい

  • 22二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 21:11:27

    素晴らしいですわ!素晴らしいですわ!

  • 23123/11/24(金) 23:16:40

    >>22

    ありがとうですわ!

  • 24二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 07:28:04

    素晴らしいものを見た

  • 25123/11/25(土) 18:23:57

    >>24

    そう言っていただけると嬉しいです

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