【モブウマSS】彼女と星の靴

  • 1二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 20:56:20

     日曜日、休日出勤から帰って椅子に座り込む。テレビの電源をつけると流れてくるファンファーレ。今日は、高松宮記念か。トゥインクルシリーズに出てくる若いウマ娘を見ると、妬ましいような、微笑ましいような、言葉にならない感情が沸々と湧き上がってくる。私も昔は、あそこで走っていたんだ。G1なんて夢のまた夢で、G3に出ることが出来た、それだけを誇りにしていた。十年も経っていないのに、すっかり老いてしまった気がした。

    『4番人気にはキングヘイロー、今度こそG1に手が届くのか』

     今現役で走ってる子なんて殆ど知らないけど、キングヘイローは知っていた。私が憧れたウマ娘の子だから。

    「良血なら何回負けてもG1に出られるのね。羨ましい限りだわ」

     そんなことないのは当然分かってる。私よりずっと速くて強いことなんて。だけど、皮肉の一つも言いたくなってしまう。

     煙草に火を付ける。現役の時は肺に悪いからとあんなに毛嫌いしていた煙草も、気が付けばすっかり馴染んでしまっていた。大人になるってこういうことなのだろうかと思いながら煙を吐く。

    「中距離に、長距離にマイルに短距離まで。この間はダートを走ってボロ負けしてたらしい。数撃てば当たるってわけでもないし、かわいそうになってくる」

     そんなこと言う私はナニサマだ。トゥインクルシリーズで結果も残せず、今はブラックな会社員。煙草とアルコールで泣きたい気持ちを誤魔化してる。

    『キングヘイローがまとめて撫できった! ついにG1に手が届きました!』
    「……うそ」

     テレビの向こうでは、散々バカにしたキングヘイローが一着を取っていた。誰が見ても、文句つけようのない、王者の走りだ。

    「はは……まあ、努力してるんだもん。いつかはどっかで取るよね」

     負け惜しみみたいな言葉が溢れる。やっぱりどんな陰口を叩いても、テレビの向こうに居るのは、私には手が届かない天才だ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 20:56:57

    『十回の敗北を経てついに得たG1勝利、どのような気持ちですか?』

     テレビの向こうでスターがインタビューを受けている。どんな優等生な答えを返してくれるのだろうか。煙草はもう三本も灰にしていた。

    『……私は、これまでずっと誰かを見返す為に走って来たわ』

     自分の予想とは違う語り出しに、煙草を持つ手が止まる。

    『レースに真摯に向き合っていたとは言えない。レースを、私の価値を証明する為の道具にしか見ていなかった。それまで勝てなかったのは当然よ。私は、私が思うより真剣になれていなかった』

     レースを見ていても、彼女が全身全霊を出していなかったことはない。私はいつも、勝てないのによくもあれだけ泥臭く走れるものだと嘲笑していたくらいだ。彼女が真摯じゃないとするのなら、誰が真摯なのか。

    『フェブラリーステークスを負けた時に、どうしてここまでG1を取ることに躍起になっていたのか、自分を見つめ直したわ。誰かを見返す為じゃない。私は、私がこれまで歩いてきた道を肯定できるように、一流のウマ娘として胸を張れるように』

     キングヘイローは、私が憧れたあの瞳と同じ色をしていた。

    『私が、私自身を認められるように』

     気が付いたら、家を飛び出していた。

  • 3二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 20:57:32

    「はぁ……はぁ……」

     衝動のままに走り出して、気が付けば、家から離れた公園まで来ていた。スーツ姿で、子連れの母親の視線が痛い。現役の時はステイヤーだった筈なのに、ほんの数百メートル走っただけで目がチカチカする。体はデスクワークで鈍っていて、煙草はやっぱり肺を汚していたらしい。

     キングヘイローの言葉が思い出される。私は、あんなに本気で走っていただろうか。レースを甘く見ていたということはけして無い。だけど、あんなにはっきりと堂々と私は頑張っていたと言えるだろうか。今だって、私は流されるままに生きているというのに。

     そうだ、私はあのがむしゃらな姿勢に惹かれていたんだ。血筋とか才能とか、結果としてはそれが大きな壁になって、超えることはできないのかもしれない。重たい枷になって、人を沈めてしまうのかもしれない。それでも、進むべき目標に向かって走り続ける姿に魅せられた。

    「まだ……間に合うかな」

     もうレースに戻れるような歳ではない。だけど、彼女のような生き方は、まだ間に合うかもしれない。自身のことを愚痴って管を巻いているような人生ではなく、どんな苦境でも全力を尽くせるような生き方をしたい。星を掴むような話でも、キングヘイローを見ていれば、辿り着けるような気がした。

     とりあえず、もう少しだけ走ろう。火照る体を覚ますように、私はもう一度地面を蹴った。





    『彼女と星の靴』Fin

  • 4二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 20:59:41
  • 5二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 21:01:06
  • 6二次元好きの匿名さん22/01/04(火) 22:00:16

    age

  • 7二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 01:23:13

    age

  • 8二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 01:49:06

    よかった。
    モブウマ娘物は供給が少ないから助かる

オススメ

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