(SS注意)幸福の女王様

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:06:23

     吐く息は白くなって、空へと立ち昇っていく。
     この日はぐんと気温が下がり、本格的な冬を感じさせる寒さだった。
     俺もコートや手袋、マフラーを出して、完全装備の状態で学園の校門前に立っている。
     今日は担当ウマ娘と共に、トレーニング用品のセールに出かける日。
     俺の予定が予想外に早く終わったため、珍しく俺が彼女を待つ形になっていた。
     ちらりと時計を見れば、待ち合わせ時刻の30分前、恐らくそろそろ来ると思うのだけど。

    「あら、トレーナーさん、今日は早いのね?」

     後ろから声をかけられて、俺は振り向いた。
     長い青毛の長髪、菱形に少し垂れた流星、右の目元には泣きぼくろ。
     担当ウマ娘のヴィルシーナは少し意外そうな表情で、俺の前に立っていた。
     ────防寒具らしきものを一切身に纏っていない、制服姿で。
     思わず、ぽかんとその姿を見つめていると、彼女は首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。
     整った、美しい顔立ちがアップで視界に飛び込んできて、思わずドキリとしてしまう。

    「……トレーナーさん?」
    「あっ、ああ、ちょっと色々とあってね」
    「そう、なら早速行きましょう、出来れば妹達の分まで買っておきたいのよね」

     そう言ってヴィルシーナは意気揚々と、先立って歩き出していく。
     ……寒くないのかな。
     ウマ娘の体温は、一般的な人間のそれよりも高めといわれている。
     そして、男性より女性の方が寒さに強いと聞くし、もしかしたら寒さには強いのかもしれない。
     そんな予想を立てて、自分を納得させながら俺は彼女の後ろを付いて行った。

  • 2二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:06:37

    「……くちゅん!」

     その時、やけに可愛らしいくしゃみが俺の鼓膜を揺らした。
     ……良く見てみれば、尻尾はしおしおと力がなく、耳は垂れてプルプル震えている。
     顔と立ち振る舞いには一切それを感じさせないのは流石というべきか、何というべきか。
     俺は小さくため息をつきながら、小走りで彼女に追いついて、自分のコートを羽織らせた。
     彼女はぴこんと耳を立てて、申し訳なさそうな顔でこちらを見る。

    「風邪引いちゃうよ、ヴィルシーナ」
    「……でも、悪いわよ」
    「俺は手袋もマフラーもあるから、俺なんかのコートなんて嫌かもしれないけどさ」
    「嫌、では、ないけど…………貴方だってコート無しじゃ辛いでしょう?」
    「キミが寒そうにしているのが何よりも辛いからさ、遠慮なく使ってくれると助かるよ」
    「……っ、もう、じゃあ有難く使わせてもらうわね?」

     ヴィルシーナはふわりと微笑むと、口元を隠すようにコートの前を締めた。
     耳はぴこぴこと舞い踊り、尻尾は陽気に揺れ動く。
     とりあえず、十分な暖気は取れたようなので、ほっと一安心。
     ……ひとまず状況が解決すると、根本的な疑問が生まれる。
     確かに昨日に比べて急激に気温が冷えた日であり、防寒具の用意が間に合わない人もいるだろう。
     しかし、真面目で、妹達の模範であろうとする優等生な彼女が、その手の準備を怠るだろうか。
     
    「…………コートと手袋は、ちゃんと用意していたのよ」

     ヴィルシーナはバツの悪そうな表情で、俺の心の中の疑問に答え始めた、
     ……どうやら、かなりわかりやすい態度を取っていたようだ、少し反省。

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:07:02

    「だったら、どうして今はどちらも持ってないんだ?」
    「私は用意していたのだけれど、ヴィブロスがコートを出し忘れたみたいで」
    「……まさか」
    「それで、私のコートを貸してあげて」
    「……ちなみに手袋は?」
    「……シュヴァルがこの間釣りに行った時、手袋をダメにしてしまったらしくて」
    「…………ヴィルシーナ」
    「だっ、だって仕方ないじゃない! 姉として妹達のピンチを見過ごすなんて出来ないわ!」

     ヴィルシーナは顔を赤くして、そう主張した。
     まあ、なんとも彼女らしいというか、なんというか。
     俺としてはもっと自分を優先して欲しいのだが、妹を大事にするからこその彼女でもある。
     そこをフォローしてあげるのが、トレーナーとしての俺の仕事なのだ。

    「どうする? 一度寮に戻ってから行く?」
    「……いえ、セールの目当ての品がなくなるかもしれないし」
    「それだったら俺だけ先に行っても」
    「それに、このコートはとても温かいから、貴方が良ければ、このままで」

     少しだけ恥ずかしそうにはにかんで、ヴィルシーナはそう言った。
     気品に溢れる彼女と、俺の安物のコートではあまりに釣り合いが取れていない。
     けれど彼女はそのコートを、大切そうに、愛おしそうに、ぎゅっと握っていた。
     俺は「そっか」と告げて、このまま一緒に行くことに決めた。
     もう少し良いコートを買えば良かったな、と思いながら。

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:07:39

    「それにしても人に自分の物を与えて、自分が……って何かの童話みたいだね」
    「……確かにありそうだけれど、すぐに浮かばないわね」
    「なんだっけ、鳥と銅像が出て来る話だったと思うんだけど」
    「…………『幸福の王子』? 燕が王子の銅像に頼まれて、民へ銅像の装飾を配っていくの」
    「それだそれ、だったらキミは『幸福の女王』かな?」
    「ふふっ、では貴方はその手助けをする燕かしら? 燕達は苦手だけど、一羽なら可愛いものよね」

     そう言って、俺達は顔を合わして笑いだす。
     しかし、しばらく経つと、二人して何とも言えない複雑な表情になってしまった。

    「でもあの話って」
    「結構なバッドエンドよね……」

     王子の銅像はその身に飾られていた宝石、金箔を一つ残らず失い、みすぼらしい姿に。
     燕も暖かい南に渡り損ねて、冬の寒さに耐えきることが出来ず、力尽きる。
     銅像は心無い人々によって失われ、残された鉛の心臓と燕の骸はゴミとして捨てられてしまう。
     ……一応、ラストは二人とも天国で幸せに暮らすのだが、それがハッピーエンドというならこの世に悲劇はないだろう。

  • 5二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:08:13

    期待

  • 6二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:08:14

    「でも、少しだけわかる気がするわ、大切な人達の幸せのためなら、どうなっても良いという気持ちは」

     そう言って、ヴィルシーナは遠くを見つめる。
     きっとその目には、彼女にとって何よりも大切な、二人の妹の姿が写っている。
     その妹達が苦しんでいれば、両目のサファイアも、真っ赤なルビーも渡してしまうのだろう。
     コートと手袋を渡してしまった時のように、いともあっさりと。
     その時、俺は彼女を止めることは出来るだろうか。
     ……どうだろう、むしろ、彼女の背中を押してしまうような気がする。
     さながら、破滅へと向かう王子の手助けをし続けた、燕のように。
     その時はせめて、俺の最後の一瞬まで、彼女の傍に寄り添うことが出来れば。

     ────ふと聞こえて来た、すりすりと擦るような音に、意識が引き戻される。

     反射的に音が鳴る方向を見てみれば、ヴィルシーナが両手を擦り合わせていた。
     時折、白い息を両手に吐きかける彼女を見て、俺は自身の手袋を外す。

    「ヴィルシーナ、この手袋も良ければ使って」
    「……流石にそれは、貴方だって寒いでしょうに」
    「いや、俺にはまだマフラーがあるから全然平気だか……はっくしゅっ!」

     突然ぴゅうと吹く、北風一陣。
     ぶるりとするような寒気に襲われて、俺は反射的に大きく顔を逸らしてくしゃみをしてしまう。
     幸い、ヴィルシーナのいる方も、手袋がある方も避けることが出来たのだが……。
     ちらりと、彼女を見やる。
     彼女はにやりと、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:08:33

    「私はー、トレーナーさんがー、寒そうにしているとー、何よりも辛いわー」
    「うぐ」
    「……もう、貴方も私と変わらないじゃない、王子って呼んであげましょうか?」
    「……勘弁してください、でも、手袋は使ってよ、トレーナーとしてキミを優先するのは当然だから」
    「…………私よりも仕方ない人ね、わかったわ、片方だけ貸してちょうだい」

     そう言ってヴィルシーナは右手を差し出してくる。
     ……片手じゃあまり効果はないのではと思いつつも、言われるままに右の手袋を渡した。
     彼女はぶかぶかの手袋を右手に着用し、それを嬉しそうに眺めながらグーパーと具合を確認する。

    「ふふっ、やっぱり大きいわね、じゃあトレーナーさんは反対側を付けてね」
    「えっ、ああ、わかった」

     ヴィルシーナの指示通り、左手に手袋を着用した。
     ────次の瞬間、何もつけていない右手が、ぎゅっと握り締められる。
     ひんやりとしていて、すべすべとしていて、しっとりとした、小さな手。
     
    「こうすれば、二人とも暖かいでしょう?」
    「……いっ、いや、確かにそうかもしれないけど、これは」

     その手の感触に、俺は分かりやすく動揺を表してしまう。
     ヴィルシーナはそんなことお構いなし、と言わんばかりに手を引いて、歩みを進めた。
     斜め後ろから見る彼女の頬は少しずつ赤くなり、握られた手も、じんわりと熱を持って行く。
     ……これは何も言わない方がいいかな、そう考えて、無言のまま彼女に追従した。

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:08:49

    「そうそう、トレーナーさん、一つ訂正しなければいけないことがあったわ」

     突然、ヴィルシーナは足を止めて、くるりとこちらを向く。
     頬は真っ赤に染まっているものの、勝気な笑みを浮かべながら、その目は真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。
     
    「私はね、女王『様』なのよ」
    「……えっ?」
    「王子よりも偉そうで、傲慢で、我儘で、そして何よりも、欲張り」
    「……おっ、おう?」
    「だから、大切な人が困っていれば助けるし、それによって気品を失うつもりもないわ」

     ヴィルシーナは軽やかなステップで、こちらに一歩を踏み込んでくる。
     息がかかりそうなほどに顔が近づいてくるが、手を握られているため、退くこともままならない。
     そして彼女は、手袋に包まれた右手で俺のネクタイを掴むと、くいっと軽く引っ張った。

    「そして、共に居てくれる燕を失うつもりも、南へ旅立たせるつもりも、全くない」

     引き寄せられた俺の身体は、更にヴィルシーナに近づいてしまう。
     周囲から見ていたら口付けでもするのかと思われそうなほどの距離で、俺達は向き合う。
     彼女は俺の耳元に口を寄せて、小さな声で、そっと囁いた。

    「だから覚悟をしていてね────燕さん?」

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:09:27
  • 10二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:10:48

    ビューテホー……
    良き作品でござった……

  • 11二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:14:51

    この女王様がいろんな人を狂わせている…
    もちろん自分含め

  • 12二次元好きの匿名さん23/11/24(金) 23:25:12

    実装されてないのに供給される幻覚の数が多すぎる
    それはそれとして今年の冬はコート脱いで過ごすことにした

  • 13二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 00:18:35

    トレーナーのコートに喜んでるシーナちゃんカワイイ

  • 14123/11/25(土) 07:12:46

    >>10

    そう言っていただけると嬉しいです

    >>11

    なんなんでしょうね……

    >>12

    風邪ひかないように

    >>13

    美人で可愛いお姉ちゃんとか無敵だよね……

  • 15二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 07:14:50

    素晴らしいです
    心置きなく成仏できます

  • 16123/11/25(土) 18:24:26

    >>15

    逝かないで……

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