- 1元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:31:25
彼女は静かに泣いていた。俺の亡骸に縋りつき、泣いていた。
かすかに震える細い肩、老いてなお、美しい長い髪。
俺は今日、この世から旅立つ。彼女を、子供たちを、孫たちを残して。
共に歩んだ長く短い80余年。いつかは訪れる終幕。それが今日。
はっきりと見えているのに質量を持たぬ己の身体。
彼女に触れることも、温かみを感じることも最早出来ぬこの身体。
彼女からも、お友達からも認知されぬこの身体。
十分に生きた。未練など、無いはずだった。
最後は笑顔で送り出して欲しかった。逆の立場なら出来ぬだろう。わがままでしかないだろう。
でも、彼女には、笑って送り出して欲しかった。叶わぬ夢、未練。
最早役に立たぬ、この身体でそっと彼女を抱きしめる。
しかしそれも叶わぬ。彼女の細い身体をすり抜け、虚空を抱きしめる真似事をするだけ。
この世に留まりたい。ただ彼女を見守りたい。だが、今の俺には何もできない。ただ、佇むだけ。
「お客様、そろそろ発車時刻です。お急ぎを。」
不意に声をかけられる。振り返ると駅員と思しき恰好の男。
帽子を目深に被り、口元近くまでマフラーを巻いているため、顔は分からない。
発車?どういうことであろうか?こちらが問いかける前に男は続ける。
「乗車されるのでしょう?右手に乗車券をお持ちですので。」
男の言葉で右手を見てみると、確かに持っている。それは一枚の切符。
この世界の言語ではない文字で何か書かれた切符を。
読めぬはずなのに内容が頭に流れ込んでくる。
"4番乗場発 急行 天国行"
そうか、これがお迎えか。そうなると、この男は天使ということになるのだろうか?
混乱する俺を尻目に男は背中を押し、進むように促す。
「さあ、お急ぎください!乗り遅れると大変なことになりますので。」
すすり泣く彼女に後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ歩を進める。 - 2元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:31:49
気が付けば、古めかしいレンガ造りの駅にいた。
壁に書かれた文字を見ると"現世駅-4番乗場"とまた頭の中に流れ込んでくる。
どうやら文字は読めなくとも、意味は理解できる様だ。
列車の前に着くと、駅員は懐から手帳を取り出し、こう告げた。
「奥様の乗車券は10年後、ご本人にお渡ししますので。」
突然の宣告、そうか、彼女の余命は後10年か。
それまでは、向こうで一人。彼女がまだ生きられることは喜ばしいが、寂しくもある。
「それでは、良い旅を。」
案内された列車に乗り込むと、別の男から声をかけられる。
「車掌でございます。乗車券、拝見します。」
持っていた切符に改札鋏で切り込みが入れられる。
「空いている席におかけ下さい。まもなく発車します。」
乗客はまばら、それも老人ばかり。皆、天寿を全うした者たち。
近くの席に腰掛け、発車を待つ。
「お向かい、よろしいですか?」
声の主に目をやると、老人が一人。彼もまた、同じ旅人の一人だろう。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
しばしの沈黙、そして、鳴る鳴る、汽笛は高く。
相席の老人と共に、車窓から流れる景色を眺める。これでこの世ともお別れか。彼女ともお別れ。
一抹の寂しさ、未練。10年、これまでの生涯から見れば短い時間。しかし永遠にも感じる10年。
感傷に浸っていると、老人から声をかけられる。
「あなたは、未練は有りますか?」
含みのある問いかけ。勿論ある。包み隠さず話そう。
「未練は、有ります。カフェを、家内を残して逝くこと。そして、最後に彼女の笑顔を見れなかったこと、です。」
「奇遇ですね。私もなんですよ。」
老人は続ける。
「私、長患いしてましてね。今際に見たのは、涙を流す妻なんですよ。」
「笑顔の素敵な人でしてね。それだけが心残りなんです。笑顔で見送られたかった、それだけなんです。」 - 3元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:32:11
彼もまた、同じ未練を持ち、旅立つ。妙な親近感を持つ。
「案内してくれた駅員の方が教えてくれたんです。10年後、妻もこちらに来ると。」
「本音で言えば、妻には苦労をかけたのでもっと長生きして人生を謳歌して欲しかったんです。寂しいですけどね。」
照れくさそうに笑う彼の姿が自分と重なる。
「奇遇ですね。私も同じです……良ければなんですが、友達になって頂けませんか?」
「うれしいですね。10年間、どうやって待とうか考えていたところなんです。よろしくお願いします。」
俺と老人はお互いのしわの刻まれた枯れ木の様な手でしっかりと握手を交わし、お互いの伴侶との思い出話に花を咲かせた。
カフェ、寂しい思いをさせてしまうが、しばらくは向こうで人生を謳歌して欲しい。こちらからも君を見守っているよ。
こちらに来るときは迎えに行くよ。俺の愛しい人。
―10年後。
すすり泣く子供たち、そして孫たち、状況を理解できぬ幼いひ孫たち。
主人に先立たれた、あの日からだ。お友達が姿を見せなくなったのは。
あれから10年、子供たちは孫たちと共に頻繁に会いに来てくれた。気落ちした私を気遣い、何度も足を運んでくれた。
私は幸せでした。アナタの分も生きようと思い、残り少ないであろう人生を楽しみました。
そして今日、私の人生は終わりを迎えました。
子供たちは皆、立派に成長してくれた。もう、思い残すことは有りません。
いえ、一つだけ有ります。主人に、アナタに会いたい。一目で良いからまた、会いたい。
今際に、また、来てくれると思っていましたが、アナタの気配も、姿も有りませんでした。それだけが心残りです。
今の私は、質量の無い身体でただ佇むだけ。ああ、無常。 - 4元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:32:36
「お客様、そろそろ発車時刻です。お急ぎを。」
不意に声をかけられる。振り返ると駅員と思しき恰好の男。
帽子を目深に被り、口元近くまでマフラーを巻いているため、顔は分からない。
発車?どういうことであろうか?こちらが問いかける前に男は続ける。
「乗車されるのでしょう?右手に乗車券をお持ちですので。」
男の言葉で右手を見てみると、確かに持っている。それは一枚の切符。
この世界の言語ではない文字で何か書かれた切符を。
読めぬはずなのに内容が頭に流れ込んでくる。
"4番乗場発 急行 天国行"
彼が、私をあの世まで案内してくれる水先案内人、ということでしょうか?
今の私には、選択肢はない。彼の案内に従い、旅立つだけ。
彼の背を追い、歩を進める。
気が付けば、古めかしいレンガ造りの駅にいた。
壁に書かれた文字を見ると"現世駅-4番乗場"とまた頭の中に流れ込んでくる。
きっと、この文字はあの世の言葉でしょう。読めないが感じることはできる。
列車の前に着くと、駅員は懐から何かの紙を取り出し、こう告げた。
「お連れ様より電報が届いております。お受け取り下さい。」
お連れ様?もしかして……。私が問いかける前に、駅員は言葉を続け、列車に乗るように促す。
「それでは、良い旅を。」
案内された列車に乗り込むと、別の男から声をかけられる。
「車掌でございます。乗車券、拝見します。」
持っていた切符に改札鋏で切り込みが入れられる。
「空いている席におかけ下さい。まもなく発車します。」
乗客はまばら、それも老人ばかり。皆、天寿を全うした者たち。
近くの席に腰掛け、発車を待つ。 - 5元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:32:56
「お向かい、よろしいですか?」
声の主に目をやると、一人の老婦人。彼女もまた、同じ旅人の一人だろう。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
しばしの沈黙、そして、鳴る鳴る、汽笛は高く。
相席の老婦人と共に、車窓から流れる景色を眺める。これでこの世ともお別れ。
感傷に浸っていると、老婦人から声をかけられる。
「あなたは、あの世でしてみたいことは有りますか?」
含みのある問いかけ。これから行く、あの世でのこと。
「有ります。」
「奇遇ですね。私もなんですよ。」
老婦人は続ける。
「私、10年前に主人に先立たれたんです。」
「ずっと病に臥せっていたんですよ。でも、いつも笑顔でいてくれたんです。本人が一番つらいのに。」
「主人の今際の時、笑顔で送り出そうって思っていたのに、出来なかったんです。」
「だから、あの世でまた会ったら笑顔で会おうって決めてたんです。」
彼女もまた、同じ別れを経て、同じ願望を持ち、旅立つ。妙な親近感を持つ。
「案内してくれた駅員の方が渡してくれたんです。主人からの電報を。」
「内容は"エキデアイマショウ"ですって。あの人らしいわ。」
少女の様な笑みを浮かべる彼女を見て、私も折りたたまれた電報に目をやる。
「奇遇、ですね。私の主人も同じです。"エキデアイマショウ"……あの人らしいです。」
「まあまあ!奇遇ですね!素敵な偶然ですね!」
ころころと笑う彼女に私はある提案を持ち掛ける。
「良ければなんですが、友達になって頂けませんか?」
「うれしいですね!お友達は多いほうが楽しいもの!よろしくお願いしますわ!」
私と老婦人はお互いのしわの刻まれた枯れ木の様な手でしっかりと握手を交わし、お互いの伴侶との思い出話に花を咲かせた。 - 6元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:33:14
そうしているうちに、目的地の駅に着く。
車窓からホームを眺めていると……待っていてくれた。アナタが、私の愛しい人が。
車窓から見えるあの人は初めて出会った時の姿。
でも、喜びも束の間。今の私は年老いたお婆さん。このまま若返ったアナタに会うことは気が引ける。
不安が強くなる中、無邪気に伴侶に手を振るお友達にふと目をやると……。
どういうことでしょうか?先ほどまで向かいに座っていた老婦人は若い美女へと変貌しておりました。
私の視線に気付いた彼女は私を見て、こう言ってくれました。
「あらあら、まあまあ!今までの貴女も素敵でしたけど、若返った貴女も素敵!さあさあ、お互いの主人に会いに行きましょう!」
困惑している私の手を引き、共に駅に降り立つ。
「カフェ!」
「……アナタ!」
もう、何も言葉いりません。私たちはお互いを強く抱きしめ合うだけ。
長く短い80年。死が二人を別つまで。
そしてまた10年。私たちは再会した。
「もう、アナタのことは離しません。」
「俺もだよ。カフェ。」
私たちは、お互いのお友達と共にここで子供たち、孫たちを見守り、待ちましょう。
ずっと二人きりで。 - 7元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:34:31
待たせたな
ダイスの結果見て幻覚がシェケナしたから書いたぜ
ちょい長なっちまったから別スレ立てて投稿する
良かったら感想くれや
元スレ:
結婚……異世界のイメージです。|あにまん掲示板価値観の違うもの同士が、長年連れ添うなんていうのは土台無理な話。最初は良いかもしれませんけど、しかしこの窮屈の世界が死を迎えるまで終わらないなんて…私にはあまりにも退屈すぎて…刺激を求めてしまうかも……bbs.animanch.com - 8オレハマッテタゼ23/11/25(土) 22:39:22
滲んで読み返せないぜ……
- 9元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:43:37
- 10二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 22:48:02
シェケナだぜシェケナ(最高の意)
シェケナベイベー!(尊さによる断末魔) - 11元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 22:49:06
- 12二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 22:58:06
- 13二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 23:03:25
このレスは削除されています
- 14元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/25(土) 23:14:21
- 15二次元好きの匿名さん23/11/25(土) 23:42:57
- 16二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 00:40:30
すごくよかった…
車掌さんといい、事務的なのにどことなく雰囲気優しいの好き - 17元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/26(日) 00:56:23
- 18二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 09:38:18
草
- 19二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 09:52:04
- 20二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 10:34:56
- 21二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 20:02:51
ありがとう
いいお話だった - 22元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/26(日) 20:34:53
- 23二次元好きの匿名さん23/11/26(日) 20:56:22
素晴らしいお話をありがとう………
2人ともあっちで幸せになって……… - 24元スレ40◆9DG7zjaBf.QW23/11/26(日) 21:06:10
- 25二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 02:13:16
- 26二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 10:09:13
既に地獄の責め苦は始まっているという訳か