- 1◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:41:09
- 2◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:41:44
【Never leave the City-side】
- 3◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:42:49
音があった。
断続的に床に落ちる水の音は、静まり返った部屋のうちにまで届いてくる。
シャワーの音だ。
曇りガラスに覆われたシャワールームでは、ライトに照らされるように中にいるもののシルエットが浮かび上がっている。
長い髪を両手で持ち上げ洗っている姿は必然的に上半身を突き出すような形になり、アールの強いボディラインがさらに強調される。
自分にはない耳のシルエットが、やけに強く目に焼き付いた。
どうしても意識してしまい、首が向いてしまうそちらを向かないよう必死に窓の外を見続けて。
……どうしてこうなったんだっけ……。
思考を変な方向へむけないようにと、ベッドに腰掛ける己は今に至るまでの経緯を思い返し始めた。
● - 4◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:43:48
「新潟大賞典?」
「そう」
一日分のトレーニングを終えた後。
トレーナー室に戻り先ほど撮ったランニングフォームのビデオを確認していた時、担当ウマ娘ことゴールドシチーから次のレースの提案を受けた。
窓の向こうの夕陽を背に、尾花栗毛を濃いオレンジに染めたシチーはまっすぐにこちらを見つめ、「どう?」と小さく首を傾げる。
「春天も終わって、次のおっきい目標って宝塚記念じゃん。URAファイナルズ前年チャンプとしてはさ、ぜったい落としたくないし」
「だから、調整レースね」
「そ」
確かに、とトレーナーは頷いた。
大目標に向けて、同じような距離で現段階での実力、コンディションなどを測っておくのは悪くない。
今年の天皇賞は開催が早かったおかげで疲労も抜けている。五月後半のレースは今現在の仕上がりの試金石として十分使えるだろう。
しかし、
「どうしてまた新潟で? 宝塚と同じ阪神のほうがいいんじゃない?」
「ああ、うん」
ジャージの上着を脱ぎ、腰で袖を結んで巻きつけながらシチーは頷く。
そんな何気ない動作すら特別かっこよく見え、ましてや少し汗をかいた白いTシャツは鎖骨のあたりにはりつき、奥のデコルテラインを想像させてしまう。
どきりと跳ねた心臓を意識しないように顔を逸らしていると、「いや、さ」とシチーの声が追いかけてきた。
「そこに関してはホントに申し訳ないんだけど、ほら、こないだ発売になった雑誌、あったでしょ?」
「今までイタリアでしか撮影してこなかったカメラマンさんのやつ?」
「そう、それ。あの『イル・ビアンコ』の表紙に載ったおかげでギョーカイ的に波が来ているらしくて、今ものすごいモデルの案件が溜まってるんだ」
「超人気かつ波に乗りまくってるカリスマモデル・ゴールドシチーのガッチガチのスケジュールからマネジさんが何とか空けてくれたのが新潟大賞典の土日、ってこと。なるほどね」
- 5◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:45:00
そういうことなら、全く異論はない。
「おっけ、わかった。じゃあ次のレースは新潟大賞典だ!」
がんばろうね! とこぶしを握ると、シチーも腰のあたりでガッツポーズしてくれた。
……よし、それならレースの調整期間を設定して――
頭の中でトレーニングのスケジュールを簡単に組み立て始める。
「シチー、今どんくらい疲れてる? シチー目線で」
「あー、今週はプールとジムの往復だったし、脚はそこまで。50%くらい?」
「おっけ、わかった。じゃあ大事を取って明後日から! キタサンちゃんたちに併走頼んでおくね」
明日はビデオ分析やレース戦術講座で疲労を抜き、全力を振り絞る併走トレーニングはその次の日から始めるほうがいいだろう。
春天からそこまで日が空いているわけでもなく、彼女のレース勘はまだ高く残っているはずだ。
だから、
「全力で併走してもらうように、言っておくから」
「……やる気だね、トレーナー」
「だって、『ゴールドシチー』はどんな時でも誰かに負けたりしないでしょ?」
「当たり前じゃん」
右の犬歯を見せるようにして、にやりとシチーが笑う。そんな何気ない表情でさえ映画のフィルムから切り取ってきたかのように、かっこよく決まっていて目がまぶしい。
頼んだよ、と頷き、自分は既にファイルへまとめてあった前回のレースのデータを手に取った。
●
- 6◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:46:21
『一着はゴールドシチー! 黄金のシティガールが、新潟に集う刺客たちを撫で切った! 6バ身の大差です!』
「やった!」
圧勝に沸く歓声がターフを包むよりも早くゴール版を駆け抜けた金の髪に、全力で拳を握る。
速度を落としながら走り続けるシチーも笑顔で右手を突き上げ、その自信に満ちた姿にまた観客席のボルテージが上がった。
「トレーナー!」
「シチー!」
きらきらとした顔でこちらに駆け寄ってきたシチーは、まだ息を弾ませたまま、しかし高揚した顔で笑っていた。
「どうだった?」
「最高の走りだったよ!」
「ふふ、当然!」
こちらが挙げた右手に、シチーの右手が打ち合わされる。歓声に負けないほどの快音で、勝利のハイタッチが響き渡った。
「じゃあ、ダウンしてくる」
「うん、先に控室に行ってるね」
地下馬道へと戻っていく背を見送り、自分も控室へ戻るべく速足で歩き始めた。
そして、夜。
ウイニングライブまでを完璧にやり終えたシチーを連れ、予約していたホテルへとたどり着いた時には時刻は21時を過ぎていた。
- 7◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:47:21
「『トレセン学園』さまでのご予約ですね。……はい、確かに。本日、ダブルベッドのお部屋でご予約を伺っております」
「はい」
「お部屋は7階にご用意しております。こちらがルームキーです」
ホテルの受付が一礼する。差し出されたカードキーの封筒を受け取り、中身を確認する。二つ折りの封筒には、カードキーが二枚入っていた。
「……あれ? これ一部屋分の鍵じゃないですか?」
「え? ええ、そう伺っております」
「……えっ」
言われた内容が理解できず、一瞬思考が真っ白になる。
一部屋の予約、とは、いったい。
「トレーナー?」
「シチー……」
首を傾げ、待合のソファから立ち上がりやってきた彼女に謝る。
いくら同性とはいえトレーナーと担当ウマ娘である以上、二室取るのは当たり前のことだ。
「シチーごめんね、もうちょっと待ってて。……すみません、今からもう一室押さえる事って可能ですか?」
「少々お待ちください」
受付は頷き、何度か手元のPCを操作した後頭を下げた。
「……申し訳ございません、お客様。本日満室となっておりまして、別のお部屋のご用意ができかねます」
「そう、ですか。……じゃあ申し訳ないけど別のホテルか……?」
「その、大変申し上げにくいのですが。……実は本日、人気男性アイドルグループのライブツアーがこの近くで開催されておりまして。おそらくその参加者とトゥインクルシリーズの観戦者で、どこのホテルも満杯かと思われます。……先ほどから弊ホテルにも空室の問い合わせが多数来ているので」
「そんな……」
……まずい。
これがツインベッドならまだいいが、少しでもシチーにくつろいでもらおうとダブルを取っていたことがあだとなった。
- 8◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:49:29
いっそ自分は車ででも寝るか。そう覚悟を決めた時、横からシチーに肩を叩かれた。
「トレーナー、部屋が一室しか取れなかったってこと?」
「……うん、ごめんねシチー。私は車ででも寝るから、シチーはレース後なんだし部屋でゆっくりして?」
「は、なにそれ」
眉をひそめ、彼女は強い目でこちらを見つめてきた。
「トレーナーだって女子じゃん。もし車で寝て襲われたり、風邪ひいたりしたらどうすんの。アタシのトレーニングは?」
「それ、は……」
痛いところを突かれ、トレーナーは言葉を詰まらせた。
トレーニングプランはデータとしてまとめているが、確かに風邪でもひいてシチーのトレーニングを直接見ることができなくなるのは痛い。何より信頼してついてきてくれているシチー本人に申し訳が立たない。
「ラブホとかなら空いてるかもしれないから、ちょっと探し――」
「いいじゃん、一緒の部屋で」
「……えっ」
普通のテンションでさらりと告げられた言葉。内容が理解できず、ホテルの受付カウンターに右手をついたまま固まった。
そんな自分を訝しげにのぞき込み、シチーは「だから」と一歩近づいて。
「一緒の部屋で良いじゃん、って。どうせ女どうしなんだし、良く知らない人じゃなくてトレーナーだし」
「……えっ、いや、でも……」
「何? アタシと同室なの、嫌なの?」
「そんなことはないよ!」
「そ」
思わずノータイムで否定した言葉に頷き、シチーは言質を取ったとでもいうように唇を釣り上げて笑う。
「じゃあいいじゃん。――すみません、そういうことなので、このままで大丈夫です」
「は、はい。承知しました」
「ほら行くよ、カバン持って」
「う、うん……」
これ以上フロントで騒ぐのも迷惑だろうと、自分は脇に置いていたボストンバッグを手に取る。
……ソファか、それがなければ床で寝よう。
さっさとエレベーターに向かってしまった金の髪を追いかけながら、己はそう心に決めた。
●
- 9◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:53:14
そうして入った部屋には長いソファがなく、床で寝る以外の選択肢がなくなったのだった。
座るベッドのマットレスは程よく沈み、腰をしっかりとホールドしてくる。
「……シチー」
つぶやく。
背中側、ガラス扉一枚のみで隔てられたそこでは今、「あの」ゴールドシチーがシャワーを浴びている。
世に一億人はいるであろうシチーファンに滅多刺しにされそうなほどうらやましがられるシチュエーションに置かれていることはわかる。
わかるのだが、自分からしてみれば担当ウマ娘であり、苦楽を共にして4年目に突入する仲だ。
そこに色恋や邪な空気を挟むことなど職業倫理上許されることではなく、万が一にも心を動かすようなことがあっては信頼に背くことになってしまう。
「……いや、でもなあ……」
深く吐いた溜息はシチーによって十二分に加湿された部屋の空気にかき消された。
「シチー、かっこいいし可愛いし、きれいなんだもの」
同性に対して恋愛感情を感じたことがあるわけではない自分でも、練習後に汗をぬぐう横顔や、ふとした時に見せてくれる微笑みなどは魅力に溢れて見えてしまう。
「正直女の私でもどきっとすることあるもん。シチー綺麗すぎるし、あの顔面は凶器だよ……」
「へえ、アンタもそんな風に思ってたんだ」
「し、しちっ!?」
背後から聞こえた声に飛びあがる。
慌てて振り向くと、面白そうな顔をしたシチーと目が合った。
「し、シチー、これはその……」
「いいよ、わかってる。これもアタシの武器だもん」
ほんとうに気にしていなさそうな声で、シチーは濡れた髪をバスタオルで拭いている。
濡れていることもあり、いつもよりボリュームの少ない髪はしっとりと頬や首筋にはりついており、常よりほっそりとした首のラインを意識させられてしまう。
その上。
- 10◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 11:55:17
「し、シチー、その恰好」
「ああ、これ? バスルーム出たところにあったからさ、せっかくだからと思って着てみた。どう、似合ってるでしょ?」
「似合ってるけど……」
袖をつまんで両手を広げるシチーが身に着けているのは、ホテル備え付けのバスローブだ。
黒いタオル地の生地を細い腰帯で結び、シャワーで上気した胸元が危ない角度で隠されている。黒い布との対比でいつもより白く見えるシチーの肌が、ベッド横のスタンドライトで照るようにひかった。
裾はぎりぎり勝負服のジャケット丈といった長さであり、冗談みたいに長い足が惜しげもなく晒されていた。
「その、露出が、ね? 多いというか」
「何か困るの?」
「わた、私が目のやり場に困るかな」
「ふーん」
髪の毛をタオルでくるみ、アップにまとめたシチーはソファに腰掛け、向かい合って足を組んだ。
何やらいたずらっぽく笑い、もう一度ふーん、と声をあげた彼女は頬杖をついて。
「いいじゃん、女どうしなんだし。見たいなら見れば?」
シチーは足を組んだまま身をこちらに乗り出した。前でなんとか合わせられていた身頃が深く広げられ、Vの字に見えていた肌色が増える。
……う。
「いやっ、いいよっ、大丈夫! しゃ、シャワー浴びてくるね!」
「ふふ。ハイハイ、いってらー」
頬に急激に熱が集まる。逃げるようにベッドから立ち上がってバスルームへ歩くトレーナーに、すべてお見通しだというように微笑んだシチーがひらりと手を振った。
- 11◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:24:38
「あ、危なかった……」
脱衣所に駆け込み、一息をつく。
どくどくと脈を打っている心臓が痛い。
自分を落ち着かせるために、何とか掴んできた新しい下着入りのシャワーセットを洗面台に広げ、息を整える。
「だめだ、忘れよう、そう、シャワーを浴びて、浴びる。浴びてから、いやっ、浴びるから、うん、服を脱ぐ」
ぎこちなく脱衣かごに放り込み、シャワー室に立ち入る。濡れたままの床やかすかに残るシチーのシャンプーのにおいにまた心臓が跳ねたものの、ぐっとこらえて頭からシャワーをかぶった。
……まずいなぁ……。
いつもはこちらと適切な距離を保ち、あまりテンションを上げてこないシチーが、今日はやけに機嫌よく距離感も近い。
泊りという非日常を楽しんでいるのだろうか。それならばいいのだけれど。
壁に両手をつきシャワーの温水を頭で受け止めながら心を落ち着かせる。
こちらは普段から、シチーの魅力にくらっと来てしまっていることが多々あるのだ。それが一緒の部屋で夜を過ごすともなれば、変な間違いを犯してしまうとも限らない。
「耐えなきゃ……!」
シチーは未来あるウマ娘なのだから。
自分が手助けをするのではなく、可能性をつぶすようなことは絶対にしてはいけない。
そんなことをしてしまえば、たちまち自分は立場を失い、聖職者としての矜持を守れなかった失格者の谷間に真っ逆さまに落ちていってしまう。
「……谷間」
前で閉じられていた黒のバスローブが内側の存在感に押し広げられ、球体の以上半分と共にくっきりと見えた谷間。ピンク色にうすく上気した肌と、深い谷間に吸い込まれていくように光る汗の粒が落ちていって、わずかに見えた白いレースの花柄はシチーの――
「ばか!」
頬を張る。
気を抜くと先ほどの光景をフラッシュバックしてしまうくらいには、先ほどの光景は男性も女性も経験のない自分には刺激が強いものだった。
「……頑張れわたし、相手は担当、相手は担当……」
ここまで言い聞かせないといけないところまで追い込まれている時点でどうしようもないのだが、そのことは努めて考えないようにする。
シャワーをずっと浴びていたからだろうか、頭の芯までくらくらとするほどに熱かった。
●
- 12◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:27:12
「……お、あがった? こっちこっち、炭酸水冷えてるよ」
水音が止んだと思ってからやけに長い時間が経って。
やっとシャワー室から出てきたトレーナーは、なぜか顔だけをのぞかせていた。
「……なに、どしたの」
「いや、そのぉ……」
床とこちらの顔を交互に見比べている斜め向きのトレーナーの顔は、やがてこちらを見て止まった。
「ちょっとね? 問題が発生したというか」
「問題? お風呂上り用の化粧水忘れたとか? アタシの貸そうか?」
組んでいた足をほどき立ち上がる。
シャワー室出た横に置いてあるカバンの中には確か、先方から先行試供品として貰ったミニボトルが何本か入ったポーチがあったはずだ。
そう思い一歩を踏み出すと、なぜかトレーナーは慌てたような声をあげて止めてきた。
- 13◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:40:21
「何」
「いやっ、いいよ、大丈夫! 忘れたわけじゃないからっ、うん! シチーは戻って座ってて? むしろ向こう見てて!」
……なんか隠してる。
モデルとして活動していくうちに身につけた顔色伺いのスキルを使うまでも無いほどに、トレーナーは焦って何かを隠そうとしている。
ふっと胸中で顔を持ち上げてきた悪戯心から、シチーはつかつかとバスルームへと歩み寄っていく。
「ちょ、ちょっと待ってシチー、ほんとダメ……!」
制止する声を無視して、トレーナーが閉じようとしたバスルームの扉を開く。
「……や、ぁ……」
「……ッ」
脱衣所の床に力なくへたりこんだトレーナーは、自分と同じ黒のバスローブを羽織っていた。
明るい洗面台の明かりに照らされて、床に女すわりをしているトレーナーの白い腿が光る。
思わず息が詰まり、生唾を飲み込む。
……ちょっと、刺激が強いというか……。
黒のバスローブの雰囲気が、いつもの「一番身近な大人」というトレーナーを何倍にも大人っぽく見せている。
開いた鎖骨から谷間にかけての肌に、濡れ髪が何房かはりつく。
……やめてよ、急に……。
どきっとする。
元からどうにか振り向かせようとアプローチを繰り返してる相手なのに、こうして想定外のパンチが来ると動揺してしまう。
「もう、来ないでって言ったのに……」
立ち上がり、赤くなった頬を右手で扇ぎながらトレーナーが文句を言う。
「アンタが変に恥ずかしがるからでしょ? 別に恥ずかしい恰好してるわけじゃないんだし、堂々と出てきなよ」
「……だって、シチーと同じ格好なんて」
「は?」
ペアルックとは少し違うかもしれないが、それでも同じ衣装だ。
少なからず自分としては見た瞬間からテンションが上がっていたのだが、トレーナーはそうではなかったのだろうか。
- 14◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:51:08
「いいじゃん、似合ってるって。安心しな?」
「……そう?」
「ん、ほんと。ほら、立って立って」
「うう、ありがと……」
トレーナーの右手を取り立ち上がらせる。
左足を立て、右足を伸ばそうとした時にかがみこんだトレーナーの胸元が下に大きく広がる。
「ぅ……」
自分より大きな“そこ”がローブの内に見えた。
……黒、って。
ただでさえトレーナーの中に大人を見出している最中だというのに、下着の色で更にアピールしてこないでほしい。
「……チー、シチー?」
「っえ、なに!?」
眼に焼き付いた白い半球をリフレインし続けていると、前に立ったトレーナーから肩を揺すられた。
「もう、手ー握ったまま急に固まらないでよ。大丈夫?」
「っ……ごめん、大丈夫。行こっか」
自分より背の低いトレーナーが正面から、上目づかいで見つめてくる。こちらの胸元に押し付けられている重量感と瞳から目を逸らし、シチーはトレーナーの手を取りバスルームから一歩踏み出した。
「……で? なんであんな恥ずかしがってたのさ」
「いや、そのぉ……」
ひとり掛けのソファに向かい合って座り、コップに注いであった炭酸水を勧めながら問う。
トレーナーはひと口それを飲み、「……怒らない?」とまた上目づかいで伺ってきた。
「内容による、かな」
「いや、そんな大した理由じゃないんだけど。寝間着で持ってきたTシャツをカバンの中に忘れちゃって、バスローブしか着るものがなかったの」
「うん」
「で、シチーがそれだけ着こなしてるのに、私が同じものを着て横に並んでも見劣りするだけだと思ったら気おくれしちゃって……」
「出るに出れず何とか寝間着を取ろうとしてたってこと? ……ばか」
「返す言葉もありません……」
よよよ、と泣き真似をするトレーナー。
化粧品や普段着など、だいぶ自分好みかつ元から整っているトレーナーの魅力を引き出すようにプロデュースできているとは思う。
思うものの、どうもこの人は自己評価が低いのだ。
- 15二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 12:53:00
助かるトレ♀シチ助かる
- 16◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:57:56
フぇミニン系が似合う幼めの顔立ちも、平均より少し低い身長も、その低身長に見合わぬ出るところが出たプロポーションも。
……アタシがこれだけ魅了されてるんだから、自信持てばいいのに。
どれだけ心動かされているか、伝えてしまいたくなる衝動に駆られる。
「……アンタはさ、かわいいんだから。自信もてばいいんだって」
「私はかわいくないよー。かわいいってのはユキノちゃんとかフラワーちゃんとか、それこそカレンちゃんとか、そういう子のことをいうんだよ」
「ふーん……」
――わかった、そこまで言うなら。
何か腹の奥から湧き上がるものに突き動かされるように、シチーは立ち上がるとテーブルを回り込み、トレーナーの横に立った。
「シチー……? うわ」
両手で抱き上げたトレーナーは、冗談みたいに軽かった。
「ふふ、軽いね、トレーナー」
「まって、シチー、重いって!」
「ぜんぜん? ふふっ、羽根みたい」
風呂上がりの高い体温が密着する。
自分より柔らかい感触が両手に伝わる。
……やばいかも、これ。
正直、冷静な状態ではないと思う。
それでも、その先へ進みたいという欲求には逆らえそうになかった。
……だって。
この人しかいないのだ。
モデルじゃない、ただの競技ウマ娘としての「ゴールドシチー」を信じてくれて、支えてくれて、見事に頂点までのし上がらせてくれたのも。
シチー自身が自分のビジュアルも、スタイルも、走りも全部含めて胸を張れるようになるまで、ずっと隣にいてくれたのも。
――あたしがこれだけ、好きになったのも。
トレーナーしかいないのだから。
だから逃す気などない。回り込んで囲い込んで外堀を埋め立てて、自分の全部を使ってモノにしてみせるのだ。
- 17◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 12:59:54
「ねぇ」
「な、なに……? 下ろそ? ね?」
「このままベッドまで連れてってあげよっか?」
「まって、シチー……」
耳元で囁けば、みるみるトレーナーの顔は真っ赤に染まった。
……うぁ……。
見たことないくらいに頬を染めて、目じりに涙まで浮かべてトレーナーはこちらを見上げてきている。
……今、コイツは、どうすることもできないんだ。
ウマ娘の力に、人間は逆らうことができない。だから気を付けるようにと、小中学校で口を酸っぱくして教え込まれた言葉が脳裏をよぎる。
――どうにでも、できる。
どくどくと内側から膨れ上がるようにこめかみが痛む。
毎晩寝る前に枕を抱えて考えていたあんなことやこんなことを、今ならトレーナーとすることができる。
腕に抱えたトレーナーの退路を塞ぐように、ベッドの壁際にそっと身体を下ろす。
「いや、いいよ、私床で寝るから!」
「いいから。アンタもベッドで寝るの」
勇気を出して告げると、トレーナーは一層身をよじった。
おそらく担当バと一定以上の距離感を保ってとかどうこう言い出すのだろう。
しかし、こちらだって相当に勇気を振り絞り、策を練りに練ってここにいるのだ。今日だけは止まるつもりはない。
「でもっ、ダメだって!」
「アタシが一緒に寝たいから。……それじゃダメなの?」
気づけばバカみたいに早くなってしまう心臓を何とか落ち着かせ、告げる。
頬が熱い。きっと今、自分の顔は真っ赤になっている。
まだ腕の中で暴れていたトレーナーも頬と耳を真っ赤にして、ぴたりと動きをとめた。
- 18◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:01:02
- 19◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:05:14
- 20◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:07:46
ありがとう…!
- 21二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:08:41
す
- 22二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:08:55
両方ってのは贅沢ですか……?
- 23二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:10:03
か
- 24二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:10:26
ksk
- 25二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:10:59
なるほど?
- 26◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:12:58
奇数ですね、ありがとう。
全部終わってからもう片方も置いておきますね - 27二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:13:33
両方見せていただけるとは…ありがたい
- 28◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:14:22
①
「シチー、駄目」
硬い声に制止され、腰帯に伸びていた手をつかまれた。
「トレーナー……?」
「そこから先は、駄目」
「っ、だって、アタシはっ――」
食って掛かろうとした唇に何かが触れた。
見ると、それはトレーナーの人差し指で。
こちらの言葉をとめたその指を自分の唇にも触れあわせ、彼女は優しく微笑んだ。
「……卒業するまでは、だめ。わかるでしょ?」
「……それ、って」
「ごめんね、もう少しだけ我慢して」
……受け入れられた。
胸の奥がぐっとせりあがる。
こんなときでも余裕ありげに振る舞う姿から、自分がどれだけ幼い行動をしていたのか間接的に突きつけられているようで恥ずかしく感じてしまう。
……それでも。
否定せず受け入れてくれた。それだけで、今すぐ走り出してしまいたくなるほどに胸がいっぱいになっている。
「わかった」
頷く。
膝立ちになっていた体勢から足をシーツの中に伸ばし、自分は右半身を下にしてベッドへ寝そべる。
「じゃあ寝よ、トレーナー」
「いや、シチー? 話聞いてた?」
「聞いてたよ」
もとから寝かされていたトレーナーの左腕を自分の方へと伸ばさせる。
「だから、寝るだけ。いいでしょ? どうせベッドは一つしかないんだし」
左を下に、向かい合う形でこちらを見ている彼女に見せつけるように。左腕を枕にして頬をこすりつける。一瞬こわばった腕は、やがて観念したように脱力していった。
「……今日だけだからね」
「はあい」
素直に返事をして目を閉じると、トレーナーは右手で頭をなでてくれた。
- 29◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:15:08
- 30◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:15:53
●
光を感じた。
まぶたにやさしく差す光に、己はかすむ目を開く。
「れー、なー……?」
寝ているうちにすっかりと固まった舌でどうにか呼ぶ。
隣にあったはずの体温は感じられず、寝起きの頭のまま右手で探すもシーツが何度か叩かれるだけで。
「いないの……?」
かすれる声で呼んだすぐ後、額に何かが触れた。
――今のって?
柔らかい感触だった。
なにをされたのか一足遅れで認識した頭が一気に覚醒し、シチーはベッドから上半身を起き上がらせた。
まだうまく開かない目を開けると、マグカップ片手にトレーナーが微笑んでいるのが見えた。
「おはよう、シチー。よく眠れた?」
「……よく寝た。おはよ……」
「よかった」
くすくすと笑いながらカップを傾ける顔を見つめる。
あんなことがあった翌朝なのに、大人っぽい余裕は全く崩れていなくて。
……敵わないなあ。
結局この人に勝てる日はまだ遠そうだと、シーツを胸元までたぐり寄せながら、シチーはまぶしさに目を細めた。
- 31◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:18:11
【Never leave the City-side】 Fin.
- 32◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:21:23
以上です!安価ご協力感謝!
別ルートとおまけは夜にまたお出しします! - 33二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:25:23
乙でした!初のトレ♀シチにこれほどの良作にめぐりあえて嬉しい…
- 34二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:26:33
ありがとう…ありがとう…これはとても良い♀トレシチだ…
もう片方も期待して夜まで待つよ! - 35二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:30:09
美しいものを見た
美しいものを見た
最高の物語をありがとうございます - 36二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:30:43
ありがとう
期待して待っておく - 37◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:33:38
ごめん、よく考えたら夜まで引っ張るほどの文量なかったや
- 38◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 13:33:49
②
「……トレーナー」
「シチー……」
震える唇を噛みしめ、シチーは腰の帯をほどく。
肩を滑るように押さえをなくしたバスローブが滑り落ち、肩と背が外気に触れた。
「電気、消さなくていいからさ」
「ぁ……」
「ぜんぶ綺麗だって、褒めてよ。……あんたになら、言われても嬉しいし」
恥ずかしいことを言っている。
自覚はある。
ある、が、ここで踏み込まなければ自分は一生後悔するだろうから。
月明りを背負い、シチーは胸を張った。
「――あんたにしか見せない私を、見てよ」 - 39二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:40:36
よきかな…
- 40二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:40:40
良い…
- 41二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 13:44:59
シチーは育成後は男だろうが女だろうがグイグイきそうで解釈一致すぎる…
それにしてもキタちゃんは併走で引っ張りだこすぎる… - 42二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 14:07:47
シチトレ♀ってなかなかないのよね
- 43二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 14:33:18
いいものを見た
- 44二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 16:51:00
支援あげ
- 45二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 18:38:43
好きですねぇ…
- 46二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 18:45:35
昨晩相談スレ立ててた人かな?
とても素晴らしい作品でした。
文章が柔らかくて素敵です。
次作も期待しております。 - 47二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 19:25:40
ありがとう………シチトレ♀はたくさん増やしていいんだ
- 48二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 20:54:55
このレスは削除されています
- 49◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 20:55:27
●
「もしもし? 先ほど予約の電話をしましたトレセン学園の者ですが。……はい、はい、ええ。そうです、その二室予約の、はい。……すみません、大変恐縮なんですが、こちらの予約、一部屋に変更させて頂けませんでしょうか? ……あ、可能ですか、すみません。はい、一室で、ダブルで、はい。すみませんが、よろしくお願いします。はい、失礼します、はーい……」
「…………おっけ、これで良し。わざわざ左右回りの違うレースに出る意味、疑われなくて良かったー……」
「……泊まりの、同じ部屋、同じベッドにまで持っていったら。さすがのアイツでもちょっとは手ー出す気、起きるでしょ」
「……清楚めな新しいやつ、買っておこうかな」
- 50◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 20:59:45
- 51◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 21:00:48
- 52◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 21:02:42
- 53◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 21:03:54
- 54◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 21:04:32
どんどん増やしていきたいね、どっちにせよシチーには勝てないんだし
- 55◆c9lhrm1TVU22/01/05(水) 21:07:49
あと宣伝するほど大した作品を書けてないけど、
ムカつく...ぽっと出のくせに調子に乗って…そうだ……!Part2|あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/255217/前スレオグリ×前スレ1の妄想をしよう!!!bbs.animanch.comここのスレの78が私です。
オグ1も流行れ流行れ…
- 56二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 21:13:09
♀シチトレってなかなか無いけどなんでなんだろ
- 57二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 21:22:33
次も期待してる
- 58二次元好きの匿名さん22/01/05(水) 22:42:44
夜あげ
- 59二次元好きの匿名さん22/01/06(木) 08:26:43
支援
- 60二次元好きの匿名さん22/01/06(木) 18:28:37
あげ
- 61二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 01:38:17
寝る前あげ
- 62二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 08:39:02
本当に、ありがとう…
それしかいう言葉が見つからない… - 63二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 10:55:04
- 64二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 13:22:43
ああ、なるほどマネジさんの存在か…
- 65二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 23:12:04
保守♡