- 1二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 18:50:59
「――うぅ~……。緊張するなぁ……」
食材の詰まった買い物袋を手に、しばし思案する。
やや赤みがかった短めの茶髪に、白の耳カバー。そして、右耳にリボンを着けたウマ娘。
彼女はサクラチヨノオー。押しも押されもせぬダービーウマ娘である。
彼女が見つめる先には、なんの変哲もないアパートのドア。
――否、彼女にとって、まるで国技館のドアのように神々しく感じるそれは、担当トレーナーの住居のもの。
「住所も……表札も合ってる。……よし……!」
意を決して呼び鈴を鳴らすと、いつも聞き慣れた声が返ってきた。
「はーい」
「あっ、あのっ! 私、サクラチヨノオーと申しますがっ!」
「あはは、いらっしゃい。今行くから、ちょっと待っててね」
ややあってドアが開く。Tシャツにジーンズという、ラフな出で立ちの青年が顔を覗かせた。
「やあ。こんにちは、チヨノオー」
「こ、こんにちは! 本日はお招き頂き、ありがとうございます!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。さ、上がって」
「お、お邪魔します……」
トレーナーに迎え入れられながら、訪問のきっかけとなった出来事を思い返す。 - 2二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 18:51:13
あれは、およそ一週間前のこと。
まるで秋など無かったかのように、あっという間に冬の気配が街を覆い始めた頃。
ふと、トレーナーが呟いた一言がきっかけだった。
「最近急に冷え込んできたよなぁ……。なぁ、チヨノオー」
「はい、なんでしょう?」
チヨノートに今日のトレーニングの成果をメモしつつ、相槌を打つ。
「チヨノオーって、お父さんが力士だったよな? やっぱり家でもちゃんこ鍋食べたりするのか?」
「そうですねぇ……。いつも、というほどでは無いですが、時々作ったりはしますね。私もよくお手伝いをしてました」
「そうなのか……。なぁ、ちゃんこ鍋って何か特別な工程とかあったりするか?」
「特にないですね。具材を切って投入したら、後は煮るだけなので……」
と、説明してふと考える。もしかして、トレーナーさんは――。
「あの……差し出がましいようですが、もしかしてちゃんこ鍋作ろうとしてる、とか……?」
「あぁ、鍋料理だし、煮るだけなら簡単かなと思ってさ。冷えてきたから、温まるのにも丁度いいかなと思って」
トレーナーさんが、ちゃんこ鍋を……。
興味を持ってくれたという嬉しさに、耳と尻尾がバタバタと揺れてしまう。
「それでしたら……。あの、トレーナーさん。来週末ってご予定ありますか?」
「来週? 特に予定はないけど……」
「でしたら、私にちゃんこ鍋を作らせて頂けないでしょうか? ある程度勝手が分かるウマ娘が居たほうが、何かと都合がいいでしょうし……」
「チヨノオーの都合さえ合えば、俺は大歓迎だよ。じゃあ、申し訳ないけど、俺の家まで来てもらってもいいかな? トレーナーじゃあ寮に入れないから……」
「分かりました! チヨノオーにお任せください!」
来週末の予定をチヨノートに書き込む。
トレーナーさんとちゃんこ鍋を作る。場所は……トレーナーさんの、お家……。
『ちゃんこ鍋』という単語に舞い上がってしまったが、これはもしやお家デートなのでは……?
一度意識したら、そうとしか思えなくなってしまう。
数秒前に元気よくピコピコと動いていた耳は、気恥ずかしさであっという間にペタンと垂れてしまったのだった。 - 3二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 18:51:23
ちょっと散らかってるかもしれないけど、と前置きされたものの、男性の一人暮らしにしては比較的整理されているように思えた。
……私室の机の上に、ウマ娘のトレーニング理論に関する本が平積みされていたのは見なかったことにした。
それだけトレーナーさんが私のトレーニングを練ってくれている証拠なのだから。
買い物袋をダイニングのテーブルに下ろす。
今回はスタンダードなちゃんこ鍋を作るつもりで食材を買い込んでいる。
メイン食材は鶏もも肉に、鶏団子。野菜類は、白菜、長ねぎ、にんじん、しいたけ、水菜。後は豆腐に油揚げ。
ここにカセットコンロもあればよかったのだが、あいにく独身男性のアパートにカセットコンロはそうそうあるはずもなく。
備え付けのコンロで煮込んでから、テーブルへ持っていくことにした。
「前にもちょっとお話ししましたが、ちゃんこ鍋自体はスープを作って、後は食材を煮込むだけなんです」
説明しつつ、てきぱきと食材を切り分けていく。
「いやぁ、さすがに手際が良いな……。お手伝いしてるっていうだけあるよ」
「えへへ……」
チヨノオーがごきげんそうに耳と尻尾を揺らしているうち、一口大にカットされた食材達が次々と容器に入れられていく。
「よし……と。あとは鶏団子ですね。これはボウルに鶏ひき肉とねぎ、生姜と卵を入れて、よく混ぜればOKです」
「へぇ。てっきり、もっと手間がかかるものかと思ってたよ」
「ハンバーグなんかと同じで、手がベタベタになっちゃうのが難点ですね。薄いポリ手袋なんかがあると、手を汚さずにすみますよ」
なるほどなぁと感心するトレーナー。
さて、これで具材の下準備は全て完了。後はスープを作って煮るだけ。
「土鍋にお水と鶏ガラスープの素、にんにく、生姜を入れて、あとはお塩で味を整えて煮立たせれば……鍋スープの完成です。後は食材を入れて、煮えるのを待つだけです」
「鶏団子はどうやって入れるんだい?」
「これは大きめのスプーンを使います。ボウルから掬ったら、もう一本のスプーンで形を整えながらお鍋に入れると、きれいに丸くなりますよ。……一緒にやってみますか?」
「せっかくだし、ちょっとやらせてもらおうかな」
「……おっ、上手ですよ、トレーナーさん。それじゃあ、他の食材も入れて……煮えたら完成です!」 - 4二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 18:51:33
「「いただきます!」」
「さあさあ、どうぞお召し上がりください、トレーナーさん」
「……うん、スープも出汁が効いてる感じだし、鶏団子も美味しいよ。何より、やっぱり温まるなぁ……」
「それはよかったです! それじゃあ、私もいただきますね」
まずはちょっと冷ましつつ、スープを一口。トレーナーさんの言う通り、鶏肉と野菜の旨味がにじみ出ている。
そして鶏団子。かじってスープと肉汁が溢れ出てきたところに、生姜の爽やかな風味が鼻を抜ける。
よく煮えた白菜はトロトロとした食感になっていて、ほんのりと甘みを感じる。
油揚げもよくスープを吸って、さらに染み出した油と大豆の風味がコクを与えている。
次はどの食材にしようか、と顔を上げたところで、トレーナーと目が合った。
「あ、あの……トレーナーさん? 私の顔に何か付いてます?」
「あぁ、ごめんごめん。チヨノオーがあんまりにも美味しそうに食べてるから、ちょっと見とれちゃった」
「えっと……。ありがとう、ございます……?」
「いやぁ、ちゃんこ鍋は美味しいし、幸せそうなチヨノオーも見れたし、今日は大収穫だな」
幸せそう、といわれて、嬉しいやら照れくさいやら。
ただ、もしこの鍋を一人で食べていたとしても、多分今のような顔にはならないだろう。
それはやはり、一緒に鍋を囲んでくれる人がいるからこそ。
これまで一緒に鍋を囲んできた人達に加え、今は更に、トレーナーとも鍋を囲んでいる。
多ければ多いほど良いのは、鍋の具材も人付き合いも一緒。――と、ふと閃く。
「トレーナーさん、格言を思いつきました!」
「うん、聞かせて欲しいな」
「『ちゃんこ鍋の具材は人脈の豊かさにあり』、ですっ!」
「……う~ん……。ちょっと分かりづらいかなぁ……」
「そんなぁ~……」 - 5二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 18:52:18
- 6二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 19:05:11
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- 7二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 19:06:49
普通に格言に対して辛辣で草
- 8二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 19:30:42
チヨちゃんって感じで良いね
格言は意味不 - 9二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 19:31:31
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- 10二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 19:36:40
改めて言うことではないかもしれないが俺は健気なチヨちゃんが好きだ
- 11二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 22:08:29
- 12二次元好きの匿名さん23/11/27(月) 23:54:28
心温まるちゃんこなSSでございました
ちゃんこは寒い日にも暑い日にも遭難した日にも美味しくて良いよね… - 13123/11/28(火) 00:17:46
- 14二次元好きの匿名さん23/11/28(火) 02:04:31
- 15123/11/28(火) 08:48:11