- 1二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:11:58
「キミ達の尻尾って、本当に綺麗だよな」
ミーティングが終わった後。
帰り支度中の彼女に対して、なんとなく思ったことが、そのまま口に出てしまった。
担当ウマ娘のヴィルシーナは、その言葉に青毛のロングヘアーをたなびかせて振り向く。
その髪と同じくらいに艶やかな尻尾が、身体に合わせてゆらりと揺れた。
彼女は少しだけ訝しげな顔を俺に向けた。
「私、達?」
「ああ、シュヴァルグランやヴィブロスも同じくらいに綺麗だから」
「……貴方を妹達に会わせるのは今後考えた方が良さそうね」
「…………いやいやいや!? そんなずっと見ているわけじゃないからね!?」
「冗談よ、ただセクハラだと受け取る子もいるから、少し考えた方が良いと思うわ」
「……肝に銘じておきます」
それに関しては、ヴィルシーナの言う通り、俺の言葉が迂闊だったかもしれない。
そんな俺の様子も見て、彼女は機嫌良さそうに微笑んで、尻尾を軽く指で梳いた。
少なくとも、彼女にとっては尻尾を褒められることは嫌なことではないようだ。
「尻尾の手入れに関しては一日たりとも欠かしたことはないわ、きっとシュヴァルも、ヴィブロスも」
「……シュヴァルグランもなんだ、あの子トレーニングに熱心だから、そういうのは後回しにするタイプかと」
「あら、あの子だって身嗜みはちゃんと気にするのよ? ……私達にとって尻尾が特別なのもあるけど」
ヴィルシーナのその言葉に、少しだけ違和感を覚えた。
ウマ娘にとって尻尾は特別な器官である、それは彼女達姉妹に限ったことではないはずだ。
何故、『彼女達にとって特別』なのか、ということがどうしても引っかかってしまう。 - 2二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:12:17
「トレーナーさんって、本当に顔に出やすいわよね」
突然、ヴィルシーナは呆れたようにそう言った。
我に返って慌てて取り繕うも、当然時すでに遅し。
彼女はそんな俺の様子を、隠し事がバレた子どもを見守るように微笑んで眺めていた。
「気になるのよね? 別に隠していることじゃないし、教えてあげるわよ」
「いや、でもキミに時間を取らせるほどでは」
「いいのよ……多分、貴方にも知ってもらいたいと、私が思っているの」
そう言うと、帰り支度をしていたヴィルシーナは席に戻り、俺と向き合った。
そして鞄から水を取り出して、少し口を濡らすと、大切な思い出を語るように口を開く。
「過去のトゥインクルシリーズにいた、尻尾のないウマ娘、って聞いたことがあるかしら?」
ヴィルシーナの言葉を聞いて、俺は記憶を辿る。
そして、正直に、自分の認識を彼女へと伝えた。
「……そういうウマ娘がいた、というのは聞いたことがある、ただ、ちゃんと調べたことはない」
「まあ、そうよね、そんなウマ娘は滅多にいないし、都市伝説か何かだと思ってる人もいたわ」
「でもキミが言うってことは」
「ええ、確かに尻尾のないウマ娘は実在したわ、多分、トレーナーさんが小学校に入る前くらいの頃かしら」
ということか、ヴィルシーナが生まれる前ということになる。
何故彼女は、そんな昔のウマ娘のことを、見て来たかのような口ぶりで話すのだろうか。
流石の俺も、ここまで話されれば、なんとなく察した。
こちらの態度に彼女も気づいたのか、耳をぴこぴこと動かした。 - 3二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:12:32
「そう、ご想像の通り、その尻尾のないウマ娘こそが────私達姉妹のママよ」
尻尾がないことは走ること自体には影響しない、と思うかもしれないがそんなことはない。
ウマ娘の尻尾は走る際に、身体のバランス調整などにも使われる器官であるからだ。
また、俺達トレーナーの走りに関する知識は全て、『尻尾のあるウマ娘』を前提にしたもの。
どの程度の影響が出るかは未知数だが、一切不利がなかったということにはならないだろう。
そして、トゥインクルシリーズとは日本有数のウマ娘がしのぎを削る場。
例え僅かな不利だったしても、レースにおいては大きな差となって現れてしまう。
「尻尾がないことで『色々』とあったみたいで、コンプレックスとなり、ママは自信を失っていたわ」
ヴィルシーナは少し悲しそうな表情を浮かべた。
『色々』の内容については、これ以上に突っ込むべきではないだろう。
少しの違いは、大きな軋轢を生むことがある、そういう話だと思う。
「でもね、ママが未勝利の頃からずっと応援してくれる人がいたのよ」
そして、ヴィルシーナは花が開いたかのように、明るい笑顔を咲かせた。
その顔はまるで、恋の話を語る乙女のような、彼女には珍しい歳相応の少女の表情であった。
尻尾は大きく左右に揺れていて、この話をするのが楽しくて仕方がない、という様子。
そんな彼女が、なんだか微笑ましく感じた。 - 4二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:12:51
「その人は当時から多忙な人で、なかなか応援には行けなかったけど、レースの都度ファンレターをくれたの」
「そうなんだ」
「ママはそれを見て勇気づけられて、自信を取り戻して、ついに勝利を収めたのよ」
「……それは凄いな」
思わず、素直に感心してしまう。
どんな恵体で、健康であろうとも、一度の勝利も掴めないウマ娘が殆どなのがトゥインクルシリーズ。
身体的な不利の中、勝利を収めるということが、彼女やそのトレーナーにとってどれほど大変なことだったか。
ヴィルシーナは自分のことのように、嬉しそうに語り続ける。
「その後も何度か勝利をして、ママは引退したわ、満足はしてないけど悔いはなかったって」
「うん、それは本当に良かった」
「ふふっ、それで卒業後、ずっと応援してくれたファンの人に直接お礼を伝えに行ったんだって、積極的よね?」
「……あー、もしかして」
「そのファンの人が私達のパパなのよ、ロマンチックだと思わない?」
ヴィルシーナは両手を頬に当てて耳をぴこぴこと動かしながら、憧れを口にするように言った。
……かなり珍しい反応に思わず目を丸くしてしまう。
まあ、彼女が妹達を含んだ家族を大切にしているのは、良く知っている。
それ故に、自分の母親の話をする時も感情的になってしまうのかもしれない。 - 5二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:13:20
「……それで結婚して、私が生まれた時、気づいたんだって」
────この子に、尻尾の扱い方を、教えてあげられない。
トーンダウンしたヴィルシーナの口振りには、深い絶望が感じられた。
伝聞だけでもこれなのだ、気づいた時の本人の気持ちは、どれほどのものだったのだろうか。
「それからママは子育ての傍ら、尻尾の手入れの勉強をしたの、今や専門の人でも舌を巻くほどよ?」
言葉では簡単に言うヴィルシーナだが、その顔には深い感謝の念が含まれていた。
ウマ娘の走りを指導するトレーナーですら大変な仕事である。
一人の人生を育むということの大変さが、俺の想像以上であることは、理解出来る。
それと同時に、自分にない尻尾の手入れの勉強をするとなれば、尚更だ。
「ママは尻尾の手入れを熱心に教えてくれたわ、私達に大切な人が出来た時、ちゃんと教えられるようにって」
「……そっか、良いお母さんなんだね」
「ええ、自慢のママなんだから」
ヴィルシーナは、胸を張ってそう言った。
自分の尻尾を、愛おしそうに撫でながら。
……なるほど、彼女達にとっては尻尾の艶やかさは、家族の絆でもあるわけだ。
聞いて良かったな、と心の底から思いながら息をつく。
しかし、彼女達の母親については少し気になってきた。
今度時間があるとき調べてみようかな、もしかしたら彼女が喜ぶ情報とかあるかもしれないし。
────ふと、視線を感じた。
見れば、彼女がじいっと、何かを考えながら、俺のことを見つめていた。 - 6二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:13:42
「……そっか、そうよね」
「……ヴィルシーナ?」
「トレーナーさん、一つ、お願いしたいことがあるのだけど」
「えっ、ああ、俺で出来ることならなんでも」
「そう、じゃあ遠慮なく」
するとヴィルシーナは、くるりと俺に背中を見せた。
ゆらりと尻尾が揺らめいて、彼女は顔だけをこちらに向け、少しだけ頬を赤らめた。
「たまにで良いから、私の尻尾の手入れを、してくれないかしら?」
その言葉に、俺はぽかんとしてしまう。
先ほどの話を聞く限り、彼女にとって尻尾の手入れはとても大切なことのはずだ。
それを突然、俺にやらせると言わんばかりのお願いをする理由が、わからなかった。
「ふふっ、トレーナーさんって本当に顔に出るわね」
ヴィルシーナは俺の顔を見て、くすりと笑う。
そして、楽しそうに尻尾を左右に振ると、俺の疑問へと解答を口にしてくれた。
「これからトゥインクルシリーズも本番、私も忙しくなるわ」
「それはそうだろうけど」
「疲れて尻尾の手入れどころじゃなくなるかもしれない、そんな時、トレーナーさんに頼れたらって」
「……少しくらいはサボっても大丈夫なんじゃないか?」
「ダメよ、ママは尻尾の手入れに関しては厳しいの……滅多に怒らない分、怒ったらパパより怖いわ」
「…………キミ達姉妹が全員が手入れを欠かさない理由はわかったよ」 - 7二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:14:02
まあ、話の流れはわかった。
なんとなく誤魔化されている気もするが、わざわざ追及するほどでない。
ただ、問題点が一つ。
「でも尻尾の手入れなんて、俺はそこまで詳しくないぞ」
勿論、最低限のやり方はトレーナー学校でも学んでいる。
しかしトレーナーの本分はあくまでレースに関する指導、専門のそれと比べれば雲泥の差だ。
ヴィルシーナの話を聞く限りでは、彼女達の手入れの技術の方が、はるかに高水準だと思われる。
俺の言葉に、彼女は待っていたと言わんばかりに、微笑んだ。
自分の尻尾を見つめていた時のように、愛おしげにこちらを見つめながら。
「大丈夫よ────私がちゃんと、トレーナーさんに教えてあげるから、ね?」 - 8二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:14:54
お わ り
すでに散々使われてそうなネタですか書いてみました - 9二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:21:24
尻尾がないお母さんネタは意外と見なかった気がします
上手く調理していて非常に良かったです - 10二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:21:29
寝る前にとても素敵なものが読めました
圧倒的感謝 - 11二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:22:49
非常に爽やかで、非常に素晴らしい
- 12二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:40:20
おかげで寝れなくなったじゃねぇか!
- 13二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:51:59
夜中に良作を書くな
ハルーワスウィートの尻尾ネタは描かれてなかった気がしますからここから広げていくのはありでしょう - 14二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 02:54:25
パパとママの馴れ初め紹介してるとこが、完全に乙女のリアクションでよき…
- 15123/11/29(水) 07:44:35
- 16二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 08:37:12
史実ネタを上手く話に出来て凄く良いものを読ませてもらった
- 17二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 12:12:48
良いSSを見て満足した
- 18二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 12:20:39
良い・・・
- 19二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 12:27:26
このレスは削除されています
- 20二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 13:03:18
サポカで母親と定期的に連絡取り合ってるの分かるの良いよね
仲良し家族! - 21二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:24:11
その馴れ初めならヴィルシーナが恥ずかしがって言うのもわかる
もう甘々なのよ - 22二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:56:45
良い(語彙力崩壊)
- 23二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 02:27:24
このレスは削除されています
- 24二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 02:43:00
まだ育成きてないのに
容易にスンと入ってくるのなんでだろう? - 25二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 05:45:12
このレスは削除されています
- 26二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 05:46:52
毎度のことながら良いSSをお書きになられる
性癖破壊された少年の小説のタグ荒らしにあわないようにロックかけた方がいいのでは?BSSじゃないと明言してるとはいえ世の中通じない人間もいるんだ(経験者) - 27123/11/30(木) 07:12:47
- 28二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 11:27:17
このレスは削除されています