【SS】26時のBLTサンド

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:49:02

     こそ泥は合い鍵を使って部屋に侵入した。靴を脱いで丁寧に揃え、目指すは廊下の奥の自室。当然だが忍び足だ。
     廊下の途中にある、星形のプレートが提げられたドア。その奥で眠る、この部屋の主――正確には片割れ――を起こさぬように、そろり、そろり。そのドアを開けたい気持ちをぐっと堪え、通り過ぎていく。
     何しろこの部屋に忍び込むのは一週間ぶり。早く彼女の顔を見たかったが、明日の朝にはきっと顔を合わせるのだから。  
     こそ泥は持っていたカバンを置き、着ていた上着をハンガーに掛けると、着替える間もなく足早に自室を出た。無論、音を立てぬように。
     辿り着いたのはキッチンである。流し台には食器一つなく、清潔に保たれている。家主は自分のこととなると手を抜きがちだ。不在の間きちんと食事をしていたかどうか不安になりつつ、こそ泥は冷蔵庫をそっと開けた。何か食べるものはあるだろうか、最悪戸棚のカップ麺でも――
     
    「泥棒」

     その時、背後から低く鋭い声がした。いとも容易く自分の正体を見抜いた声に恐る恐る振り返ると、そこには何者かが立っていて。この数分で目が慣れた暗闇の中から、厚手のパジャマの輪郭が浮かび上がる。
     にわかに緊張が走った部屋を、眩い明かりが照らした。家主が手にした懐中電灯である。彼女はそのまま顎の下から自分の顔を照らし上げるようにして――明かりにより陰影が露わとなった、幽鬼のような形相。あるいは般若か。いずれにせよこの世の物とは思えぬ恐ろしさに、こそ泥は思わず声を挙げた。

    「ウワーッ!」
    「うるさい」

  • 2二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:49:23

     ぱちりと音がして、今度は部屋全体が明るくなった。
     床にへたり込むこそ泥を不機嫌そうな顔で見下ろすのは、物の怪の類などではなく。間違いなくこの部屋の主、アドマイヤベガであった。絶世の美女を般若呼ばわりとは、なんと罰当たりな。
      
    「こんな時間に大きな声出さないで。近所迷惑でしょう」
    「ごめんなさい」
    「……分かればいいけど」

     溜め息一つ。渋々何かを受け入れるときに決まって行う、彼女の昔からの癖であった。

    「……今帰ってきたの?」 
    「思ったより早く済んだから。ごめんな、起こしちゃって」
    「早く帰ってこられるなら先に言ってちょうだい。驚くでしょう」

     先ほどハンガーに掛けられたばかりのこそ泥の一張羅に消臭剤を吹き付けながら、アドマイヤベガは言う。
     「外から帰ってきたらこうするのは当然」とは以前の彼女の言だが、まだ二十代半ばのこそ泥としては少し傷つくところだ。

    「ごめん。時間も遅いし、待っててもらうのも悪いと思ったんだ。それに……」
    「それに?」
    「朝起きたらアヤベの驚く顔が見られるかなって」
    「……あなたのそういう所、相変わらず分からないわ」

     また、溜め息一つ。
     
    「……サンドイッチくらいなら作れるけど、食べる?」
    「え?いや、そんな。悪いよ」
    「着替えもせずに冷蔵庫漁りするくらいだから、お腹空いてるんでしょう。カップ麺がどうしても食べたいなら止めないけど、少しでもちゃんとした物が食べたいなら私の気が変わる前よ」
    「もち、空いてます。よろしくお願いします」
    「じゃあ、先にシャワー浴びて着替えてきて。ああそう、シャツは皺になるから、ちゃんとハンガーに掛けて」

     かくして家主の厚意により、こそ泥は些か遅めの夕食にありつくことができた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:49:42

     言われた通りシャワーを浴びて、着替えを済ませると、ダイニングテーブルには二人分のサンドイッチが用意されていた。

    「二人分?」
    「作っていたら食べたくなったの。体型には気をつけているから別にいいでしょう」
    「まあね。それじゃ、頂きます」

     言うやいなや、こそ泥はベーコン、レタス、トマトを挟んだパンにかぶりついた。その様子をしばし眺めた後、アドマイヤベガもそっと自分の分をかじる。
     レースを引退してから長いが、アドマイヤベガは依然ストイックに自分の身体を鍛えていた。現役の頃の癖が抜けないのだという。
     彼女のトレーニングには、暇さえあればこそ泥も付き合う。お互い熱が入りすぎて現役時代さながらのメニューをこなしてしまうこともしばしばだ。

    「もう少しゆっくり食べたら?喉に詰まらせるわよ」
    「好きなんだ、アヤベのサンドイッチ。シンプルだけど丁寧に作ってくれてるなって感じがして」
    「大げさ。別に誰が作ったって変わらないわよ」
    「そんなことない、誰が作ったかで美味しさっていうのは変わる。俺はねアヤベ、どんなことでも愛情っていうのは結果に表れると思うんだ」
    「……サンドイッチ一つにそこまで愛情をかけてると思う?」
    「思うさ。初めて作ってくれたサンドイッチよりもさらに美味しいから」

     アドマイヤベガが初めて彼にサンドイッチを作ったのは、現役時代――記憶が確かなら、日本ダービーを勝った年の夏合宿のこと。あの頃の彼女にとって、彼は”よくわからない人”だった。
     星の数ほどいるウマ娘の中からわざわざ自分を選んで、何度遠ざけても懲りずに後をついてくる。仕事には病的なまでに熱心なのに、私生活には驚くほど無頓着。それまでそんなおかしな存在に出会ったことがなかったから、何度面食らったことか。
     では、今はどうだろう。そんな彼にいつの間にかすっかり心を許して、共に生きることを決めた今のアドマイヤベガにとって、彼はどんな存在だろうか。――それはやっぱり、”よくわからない人”なのだ。むしろ、今まで知らなかった一面に触れた分、その考えはより一層深まったといえる。
     結局甘えるくせに一度断ってみたり、買い物を頼んだらわざわざ一番安い店まで遠出してきたり、ここは自分の家でもあるのにわざわざこっそりと帰ってきたり。結局、何から何までよくわからないのだ。

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:49:59

    「その考えはよくわからないけど……美味しいのなら、よかった。――愛情は、込めたと思うから」
    「やっぱりそうだろ」

     誰にだって好奇心というものはある。未知のものには誰もが恐れを抱き、そしてそれ以上の魅力を感じる。自分が彼に抱く感情もその類ではないかと、アドマイヤベガは一時期考えていた。いつか彼の全てを理解したとき、空虚な気持ちに襲われやしないかと心のどこかで思っていた。
     しかしそれは違うと、今は自信を持って言い切れる。付き合う時間が増えるほどに彼の謎は増えるし、もしその全てを理解する日が来たとしても、きっとそのとき感じるのは空虚などではなく――この上なく満たされた気持ちに違いない。道半ばの今ですら、こんなにも幸せなのだから。

  • 5二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:51:27
  • 6二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 22:55:16

    >>5

    良いスレなのに5のせいで台無しにするとはな

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:01:32

    スレタイ我慢したら今度は煩悩が漏れてますね…

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:26:12

    反動出てて草
    いつもながらアヤベさん愛を感じる…

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:38:01

    今からでも遅くはないんやで

  • 10二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:44:36

    よくわからない人のままなの好き
    よくわからなくない人になっても良いと思ってるのもっと好き

  • 11二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 07:49:33

    しゃーない年始のドスケベ晴れ着アヤべに切り替えていけ

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