(SS トレウマ)白鳥は凍らない

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:01:23

     ほう、と白い息を吐く。
     昼間の日に温められた空気は、夕方にはすっかり冷え込んで肌と肺を刺してくる。

     肥えた買い物袋を片手に、なんとなくトレセンと逆方向──病院、ケイエスミラクルの出かけた先に歩を進めていた。

     今日はよく冷える。寒さにやられてやしないか。
     そんな心配事に足行きを変えたものの、陽が落ちるまでミラクルが病院に入り浸るはずもない。
     寒波にやられてるのは自分の頭か、と思考を切り替えて踵を返す。

    「──ミラクル?」

     自嘲と共に吐いた、やけに灰色がかって見える気霜の向こうに、澄んだ後ろ姿を見つけた。
     氷色の髪、普段より厚手の白い耳カバーは雪を被った様で。今にも霞んでしまいそうな痩躯は、遠目でも確かに震えていた。

     呆然と呼んだ声に振り返ったミラクルが、バツの悪そうな顔をしている。
     これはお説教だ。厳しく言わなければならないやつだ──きっと長続きしない怒りを作り、彼女に駆け寄った。

    🪿)))

    「行きがけにゼファーと会ったんですけど……あまりにも薄着で。おれは陽が高い内に帰るつもりだったから、コートと手袋貸しちゃったんです」

     案の定、ミラクルは人の為に身を削っていた。その後病院の子たちに捕まり、帰ろうとするとぐずられて…… あれよあれよと、陽が傾くまで残っていたのだ。
     引き止められ、ぐずられた理由が「いつもはトレーナーさんがケイちゃんを独り占めしてるから今日ぐらいは」だと言うのだから責め様がない。

    「看護師さんに上着貸すよって言われたんじゃないか?」
    「走って帰る内に温まるから大丈夫って」

     ……そして、悪癖はさらに重なっていた。こっちはちゃんと責めよう。

  • 2二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:01:51

    「君は走った後もあまり体温上がらないだろうに」
    「えっと……大丈夫ですよ。ほら、子どもは風の子なので」

    「言ったな?よし、子どもは大人の言うこと聞きなさい」
     やられた、と眉を下げて笑うミラクルに有無を言わせずコートとマフラーを着せ、手袋を差し出す。

     無防備になった首に刺さる寒気を負けん気で追いやる……が、にわかに吹いた北風に体が震えてしまうのを彼女が見落とすはずもなかった。

    「……やっぱりトレーナーさんが着てください。去年同じことやって風邪引いたじゃないですか」
    「あー……あれだ。ほら、子どもは風の子なので」

     苦しい言い訳をしていると、珍しく意地の悪い顔をしたミラクルが笑みを深めた。
     ……こうなると、大抵こちらが言い負かされるのだ。

    「……こらっ。温かくしないとだめ。
    子どもなら、お姉ちゃんの言うこと聞けるね?」

     いつかのように叱られてしまった──俺の年齢設定えらく低くない?

    「おれはまだお酒飲めませんし、学生ですから。普段通りでもまだギリギリ子どもです。
    風の子と大人寸前なら、おれがお姉さんですよね」
    「ズルいな!? ……くそう、誰だようちのミラクルに変な影響与えたの」

     元々、痩せ我慢と空元気には一日の長のあるミラクルだ。我慢の押し付け合いにはどうにも勝てない。
     だが、こっちだってトレーナーとして大人として、引き下がる訳にはいかないのだ。
     視界の端に、手を繋いで歩く幼い姉弟が見えた。もういいやプライドなんぞ捨てちまえ。

    「じゃあ──手を繋いで帰ろうよ、"お姉ちゃん"」
    「えぇ……!?
    ……はは、ズルいですよ。トレーナーさんの影響じゃないですか」

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:02:38

     結局、折衷案としてコートはミラクルに。マフラーは2人まとめて巻き、手袋は片手ずつ。もう片方を繋いで帰ることにした。

     お互いがお互いの為に隠れて無理をし続けた、最初の2年間。いつかの別れの為の、再会の約束をした3年目。
     再会の後の、長い約束をした後。
     今は、こうしてお互いによく叱り合い、分け合うようになった。心配性の俺たちには、これぐらいがちょうどいい……年長者としては格好つかないけど。

    「なんだか悪いなぁ」
    「んー?」
    「おれの手、冷たいでしょう?トレーナーさんの手は温かいのに、おれで冷えてしまうから」

     申し訳なさそうに接触面を減らそうとする細い手を捕まえ直す。ミラクルの手は芯まで冷えきっていた。

    「……白鳥の足、羽毛とか無いのに真冬の水の中でも凍らないだろ?」
    「え? 」

    「授業だよ。あれは根性とかじゃなくて、ちゃんと凍らない様な作りをしてるんだ。
    『対交流熱交換器』。『ワンダーネット』とも言うかな」
    「熱交換……血管、ですか?」
    「正解」

     理学療法士になりたいというミラクルとは、たまにこうして解剖学の話をするようになった。
     非常に色気のない会話だが、必死で覚えたのに使わなかった知識で彼女の新しい夢を支えられる事は嬉しい。

    「足の心臓に戻る冷たい静脈を、心臓から出る温かい動脈と密着させて温める。これで内臓の冷えを防いでるんだ」
    「動脈、冷やしちゃうんですか?」
    「動きに支障がない程度にね。どのみち外界に晒されて冷えちゃうから。
    足先で20℃マイナスされるなら、先に体内に10℃渡してしまえばいい」
    「……そっか。10℃ぶんロスした熱量を抑えられるんですね」
    「よくできました」

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:03:08

     だから、離さなくていい。
     実際は俺とミラクルは別の熱源だから、屁理屈もいいところなのだが。

    「ミラクルが温まると、俺の内側も温まるから」
    「──はい」

     ミラクルが肘を、肩を寄せ。
     ぶかぶかの手袋に包んだ手が俺の腕を抱いた。

    「手が冷たい人は心が温かいって言うじゃないですか。おれ、あれは間違いだと思うんです」

    手が温かい人の心はそうでもないみたいじゃないですか、と拗ねたように彼女が頭を肩に添えた。

    「手が冷たい人は心が温かいんじゃなくって。
    温かい人たちに囲まれてるから、どんなに冷えても心が凍らないんです」

     包まれた細い手が開き、お互いの指を一度重ねて、絡めて。
     熱を染み合わせるように深く握り合って。


     行きはよいよい、帰りはさむい。
     2人並んで、温かい。

  • 5二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:06:24
  • 6二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:09:35

    いい……素晴らしい……

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:11:05

    ミラクルとミラトレ良いよね…

    寒い夜にいいものを読ませて頂きました

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:11:08

    >>包まれた細い手が開き、お互いの指を一度重ねて、絡めて。

    熱を染み合わせるように深く握り合って。

    ここ恋人繋ぎしてるんじゃないですか奥さん!!!!

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:12:27

    良きものを見せて頂きました
    感謝……

  • 10二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:12:34

    推せる〜!!!
    もっと幸せを分かち合ってくれ

  • 11二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:37:50

    >>8

    >ミラクルが肘を、肩を寄せ。

     ぶかぶかの手袋に包んだ手が俺の腕を抱いた。


    なんならその前から腕組んでますわよ奥さん!

    推せる〜!

  • 12二次元好きの匿名さん23/11/29(水) 23:46:24

    尊い…

  • 13二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 05:42:11

    すき

  • 14二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 10:34:19

    >>13

    美しい…

    このミラクルすごく美人ですごい

  • 15二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 16:45:05

    盛るペコ盛るペコ
    2人に幸せな未来を盛るペコ

  • 16二次元好きの匿名さん23/11/30(木) 16:56:36

    >>2

    苦しい言い訳をしていると、珍しく意地の悪い顔をしたミラクルが笑みを深めた。


    珍しく意地の悪い顔をしたミラクル


    あまりにも魅力的かつ非常に貴重なシーン来たな

    ここが超見たいわ!絶対惚れちゃう!

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