【SS】夢と知りせば覚めざらましを

  • 1二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:09:38

     レースを引退してもなおこの国に残る決断をしたのは未練か、それとも違う何かだったのか。現役時代に積み上げた実績は思った以上に役立つようで、少なくとも両親を心配させることはない程度の稼ぎは得られるようになっていました。
     そんなある日のことでした。普段は珍しい残業を終え、傘を差しながら駅へと向かう道中によく見知った顔を見かけたのは。
    「……お久しぶりです、トレーナーさん」
     私と同じように、ビニール傘を差したトレーナーさんの姿。正直なところ、最初は見て見ぬふりをするつもりでした。それでも、一度は強く恋い焦がれた相手を前に何も言わず立ち去ることができるほど、私も強くはありません。
    「久しぶりだね、グラス」
     最後に会ったときよりも陰影が増し―年相応の風格というのでしょうか―少し頼もしくも見える顔は、今でも私の心に安らぎを齎してくれました。一度振られた相手になおも恋煩いをしてしまうようないたいけな乙女だなんて思っていませんでしたが、いざ向き合うと言葉を紡ぐことすらできないほどに緊張してしまいます。
    「そういえば、ここはURAの本部近くでしたか」
    「とはいえ、まさかグラスとまた会えるとは思ってなかったけれどね」
     どうやらトレーナーさんも自分の仕事を終えたばかりのようで、慣れない様子のスーツの襟元を軽く緩めていました。無自覚ながらも、そういった仕草の一つ一つが、私の心を擽ってきます。
    「せっかくの再会に乾杯、と行きたいところだけど先にご飯でも済まそうか」
    「ええ、せっかくの機会ですのでご一緒させて頂きますね」

  • 2二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:09:53

     正直なところ、トレーナーさんの誘いに応じたところから記憶はぼんやりとしていました。夢見心地のまま口に運んだ食事の味も思い出せず、お店を出た後はトレーナーさんに引かれるまま格式高そうなバーに入りました。初見というわけではなく、多少は行き慣れているかの様子でカウンターに腰掛けていました。
    「こういうお店は初めてだった?」
    「いえ、その……思ったより、慣れたような様子でしたので」
    「すべてグラスのお陰だよ。一度名声を得たこともあって、こういうお店で話をすることも増えてね」
    「……それは、仕事の話でしょうか」
     実のところ、最初に入ったお店でも食中酒としていくらかお酒を頂いていたこともあり、この頃には私の自制心もどこか壊れてしまっていたようです。ぼんやりとした意識の中でも、彼の薬指が未だに空っぽなことだけは見ていました。
    「まぁ、そうだね。少なくとも、女の子を連れ込んだのは初めてかな」
    「またそう言って……」
     幼子のような扱いをする、という言葉を吐きかけたけれど、彼の手が自らの手を掴んでいることに気付いてとっさに引き下がりました。かすかに震えながらも、ゴツゴツとしたその感触の手は懐かしい記憶を呼び起こしてくれます。
    「正直な事を言うと、あの日に伝えたかった。でも俺にはその勇気がなかった」
    「……今更、それが免罪符になるとお思いですか」
    「これから言うことが迷惑だったら、すぐに支払いを押し付けて帰ってもいい。それでも大事な担当であることには変わりないからね」
     狡いトレーナーさんです。私がそういうことができないと知っておきながら、自ら逃げ道を作ってしまうなんて。

  • 3二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:10:04

    「正直な気持ちを話すと、君に惹かれていく自分自身が怖かった」
     先程までの声色とは違う、まるでレース前の集中した時に出すような声。それほど彼の覚悟が決まっていることが分かってしまい、必然、私も体を固くしてしまいます。
    「未来ある君を、一時期の気の迷いで狂わせてしまったのではないか、そんな思いすら抱いていた」
     一時期は私もそう思っていました。これは思春期の悩み、身近な異性というだけで抱いた胡蝶の夢にも似た恋慕の情、どうしても立場的に近くなってしまうトレーナーとウマ娘であれば抱かざるを得ないもの。そう言って、なんとか言い訳し続けてきたつもりでした。
    「だけれど、居なくなってからその大きさに気付いてしまった。グラスのことが、想像よりも大きくなっていたことに」
     視界が歪んで、返す言葉を亡くしていました。そんな私の顔を見られたくなくて、彼の肩に額をぶつけます。それでも、せめてもの抵抗として、彼の言葉を遮って私の気持ちを伝えます。
    「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

  • 4二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:12:46

    グラスのキャラソンであるsecret graduationを聞いた時に感じた何かを軸に書きました。
    普段めったに書かないけれど好きなキャラであるグラスでどうしてもお話を書きたかったので、楽しんでいただければ幸いです。

  • 5二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:28:26

    こういうのすき
    貞淑だけど負けず嫌いなのいい

  • 6二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 03:31:38

    >>5

    ありがとうございます

    大和撫子らしさと自分の主張は曲げない心の強さがグラスの本質だと思ってたので共感してもらえて嬉しいです

  • 7二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 06:00:38

    激エモです。

  • 8二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 07:34:18

    このレスは削除されています

  • 9二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 08:09:37

    巡り合わせの妙…良いですねぇ

  • 10二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 08:53:38

    朝上げ

  • 11二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 08:58:00

    よい…

  • 12二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 09:26:11

    >>4

    そこから繋がると考えると歌詞終わりの新しい恋が呼んでるが完全に強がりと自分にとって彼以上が現れなかったここに至るまでのグラスを感じてこうこのオチにより込み上げるものがありますね

  • 13二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 09:34:52

    いつぞやの百人一首スレ思い出した

  • 14二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 12:23:02

    >>12

    女の恋は上書き保存、だなんて言いますがこのグラスは新しい恋自体を見付けられず過ごしていたイメージでした

    歌詞の最後は精一杯の背伸びで強がって見せてた、というのはいい解釈ですね.......書いた本人が言うのも何ですが、凄く好きです

  • 15二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 17:58:22

    このレスは削除されています

  • 16二次元好きの匿名さん23/12/01(金) 18:01:34

    まだ現行で残ってたので
    グラスでちょっとしんみりする話を書きたいと思ってたのですが何かいいネタありますかね

  • 17二次元好きの匿名さん23/12/02(土) 05:39:21

    このssのグラトレもありですね。

  • 18二次元好きの匿名さん23/12/02(土) 17:12:32

    このレスは削除されています

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