(SS注意)ネイチャさんのお悩み相談

  • 1二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:16:49

    『後でなんでも奢るからっ! 一時間だけお願いっ!』

     ……クラスメートにそう頼み込まれて、ネイチャさんはまんまと引き受けてしまいましたとさ。
     まあ、あま~いスイーツでも奢ってもらってヨシとしましょうか。
     そんなわけで、アタシは一人、暇を持て余している。

    「ファン感謝祭で、『ウマ娘お悩み相談室』ねえ」

     頼んできた当のクラスメートを含んだ、数人の子が立てた企画。
     彼女達は人の悩み相談なんかをする機会が多くて、その経験を役立てたいと思ったらしい。
     ただ直前になって、一人の子に外せない急用が出来てしまった。
     そのローテーションの穴を埋めるために、アタシに白羽の矢が立ったというわけ。
     ……引き受けた理由は、なんだか他人事の気がしなかったから、というのもある。

    「それにしてもまあ、見事な閑古鳥で」

     苦笑を浮かべながら、誰もいないテント小屋を見回す。
     内装はテーブルをはさんで椅子が二つだけ、といったシンプルかつ質素なもの。
     『気軽にお話聞きます!』がコンセプトらしく、アタシは正体がバレないように全身をフード付きローブで覆っている。
     なおこの格好は逆効果だったようで、ちょっと前に覗きこんだ人が悲鳴をあげて逃げてしまった。

    「まあ、ネイチャさんとしては暇な方がありがたいけどねー」

     アタシはスマホをいじりながら、ただ時間を潰す。
     少々退屈なのは問題だけれど、これでお高いスイーツを奢ってもらえるなら割の良いバイトだろう。

     ────と考えていた矢先、人の気配が近づいて来るのを感じる。

  • 2二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:17:03

     げっ、お客さんかあ、任された以上は、来てくれた人には真面目に対応をしなくちゃいけない。
     スマホを仕舞って、背筋を伸ばして身構えていると、一人のウマ娘が姿を現した。
     尻尾かと見紛う程に長く伸びた、ダークブラウンのポニーテール。
     右耳には星のマークがついた耳カバー、どこか近寄りがたい、影を背負っているような雰囲気を持っていた。
     直接お話したことはないけれど、名前だけは聞いたことがある。
     彼女────アドマイヤベガさんは困惑した様子で中を見回すと、遠慮がちに口を開いた。

    「……ここにドトウがいると、聞いているのだけれど」

     アドマイヤベガさんの言葉に、アタシは首を傾げる。
     ドトウ、というのは彼女とも良くいるメイショウドトウさんのことで間違いないだろう。
     そちらとも面識はないけれど、タンホイザからたまに話を聞くんだよね、確か────。
     そこで、ピンときた。

    「あの~、フクキタルさんの占い小屋は一つ先の区画で、ここはお悩み相談室なんデス……」
    「……えっ」

     それを聞いたアドマイヤベガさんは、慌てた様子でパンフレットに目を落とした。
     今年の聖蹄祭は小さな団体の催し物に力を入れているらしく、フクキタルさんの占い小屋も正式に認められている。
     タンホイザが嬉しそうに、今年はいっぱい手伝うぞ~、むむん! と話していたことを覚えていた。
     やがて、勘違いに気づいたのか、アドマイヤベガさんはこめかみに手を当てて、小さくため息をつく。

    「……教えてくれてありがとう、邪魔して悪かったわね」
    「いえいえー、お気になさらずー」

     そうして彼女を見送ろうとして、ふと考える。。
     ……一応、お客さんが来ているのに、何の勧誘もせずに帰すのはちょっとアレかも。
     謎の責任感に目覚めたアタシは、ダメで元々の精神で声をかけた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:17:16

    「えっと、せっかくだからお悩み相談どうですか? やったりますよー! ……なんちゃって」

     言わなきゃ良かった、心の中でアタシはそう思った。
     顔が隠れてて本当に良かったと思う。
     なんだか急いでたみたいだし、声かけなくても良かったカモ、と考えていると。

    「……そうね、じゃあ少しだけ」

     と、アドマイヤベガさんは椅子にあっさりと腰掛けた。
     アタシが思わずポカンとしてしまうと、彼女は不審そうに眉をひそめてこちらを見る。

    「……どうしたのかしら?」
    「いっ、いえ、なんだか人を探していたみたいだったので」
    「ドトウが昨日ボールペンを忘れて行ったから届けようとしただけ、急いでいるわけではないわ」
    「それと、ちょっと意外だったというか……わっ、悪い意味ではないんデスケド!?」

     誤解されそうな物言いが出てしまい、慌てて弁明をする。
     しかし、アドマイヤベガさんは嫌な顔はせず、アタシの言葉にハッとしたような表情をした。
     やがて、恥ずかしそうに頬を染めて、目を逸らした。

    「……そうね、以前の私だったら、すぐにでも立ち去っていたでしょうね」

     彼女は耳を微かに垂らしながら、少しだけ嬉しそうな響きを含ませて、呟く。

    「まったく、誰の影響なのかしら」

  • 4二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:17:30

    「私のトレーナーさんが、遠征の時、ついでに観光をしないか、って言いだして」
    「ほほう」

     アドマイヤベガさんは、困ったような表情で、ゆっくりと話し始めた。
     遠征ついでに観光、というのは、なんだか覚えのある話。
     デビューしたばかりの時、トレーナーさんが提案してくれたこと。
     自分の力に対する不安で、どんなレースにも自信が持てないアタシに、彼は選択肢をくれた。
     気遣いも嬉しかったし、観光も楽しかったなあ。
     ここからアタシは調子を上げて行って、大きなレースにも挑戦できるようになったんだよね。

    「それによって実際に調子を上げたウマ娘のトレーナーから、その話を直接聞いたらしいの」
    「へえー、そうなんですか」

     アタシみたいな子も、結構いるもんなんだね。
     いやー、しかし懐かしいですなー、確かあの時に出たレースは。

    「その子は京都新聞杯と鳴尾記念に出て、見事勝利を収めたそうよ」

     へえ、そんなとこまでアタシと一緒なんだ。

    「京都で漬物巡り、兵庫で蛍を見たりして、普通にレースで勝つよりも成果が得られたとか」

     へっ、へえ、そんなとこまでアタシと一緒────いやどう考えてもアタシの話だコレ!
     トッ、トレーナーさん!? 何でそんなことを他の人に話しちゃってるの!?
     ここだけ切り取られたらアタシとトレーナーさんがレースついでに観光デートしてるみたいじゃん!?
     叫んで逃げてしまいたい衝動を必死で抑え込み、アタシはフードを深く被る。
     ……動揺を、アドマイヤベガさんに悟られないように。

  • 5二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:17:46

    「私は必要ない、って言ったのだけど、トレーナーさんの方がどうしても乗り気になってしまって」
    「ソウナンデスカー」
    「二人の好みに合いそうな観光地や、食事が出来るお店を、調べてくれたり」
    「……うん?」
    「私が好きそうなプラネタリウムの場所を調べたり、綺麗な夜空が見れそうなスポット探してくれたり」
    「……ううん?」
    「気が付いたら旅のしおりまで作ってしまって……子どもみたいよね?」

     呆れた果てたような口振りとは裏腹に、アドマイヤベガさんは満更でもなさそうな表情をしている。
     最初は近づきがたい、影を背負った、クールな女性に見えていたのだが、今やその印象はどこかに行ってしまった。
     今の彼女は、言うなれば、まるで、恋する乙女のような表情に見える。

    「本当に、おかしな人なんだから」

     アドマイヤベガさんはそう言って、小さく、柔らかな笑顔を浮かべる。
     それは同性のアタシですらドキリとして、見惚れてしまいそうな、綺麗で、可愛らしい笑顔だった。
     ────それはそれとして、この人、相談ってどういうものなのかわかってるのかな、とアタシは思った。

  • 6二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:18:01

     アドマイヤベガさんには、そこまで準備されたのなら素直に楽しんだ方が良いと思う、という雑な助言をした。
     その助言はお気に召したようで、彼女はアタシにお礼を告げて、去っていった。
     ……なんだかすごい疲れた気がする。
     結局アタシは何の話を聞かされていたのだろうか。
     しかもその発端がアタシ自身というのだから、手に負えない。
     
    「まっ、さすがにもう誰もこないでしょー……」

     椅子にぐでーっとだらしなく座り、力を抜く。
     そして、ぼーっとしながら視線を外に向けると、視界の端に何かが写った。

    「……ん?」

     物陰からちょこんとはみ出ているのは栗毛のウマ耳と、その耳にぶち抜かれたキャスケット。
     時折ちらちらと顔を出して、くりくりとした大きな、ひまわり色の瞳をこちらに向けていた。
     ……あれ、隠れているつもりなのかな。いやまあ、確かに今の今まで気づいてなかったけど。
     一応、正体は隠すことになっているので、少しだけ声を変えて、話しかけた。

    「タ────お客さん?」
    「わわっ、バッ、バレちゃった……ってあいたぁ! あっ、あうぅ……」
    「ってアンタ、大丈夫!? ほらほら、鼻血が出ちゃってるじゃんも~……」

     アタシの友人であるマチカネタンホイザは、声をかけられた瞬間、驚いて顔から転倒してしまう。
     慌てて彼女に駆け寄ると、目には涙を溜めて、鼻からはツゥと血が流れてしまっていた。
     幸い、鼻血の方はすぐに収まって、その他にこれといった怪我はないようだった。

    「いやぁ~助かりました~、なんか聞き覚えのある声が聞こえた気もしましたけど」
    「……気のせいじゃないかな?」
    「でも、フクちゃん先輩から命令された偵察任務は大失敗です、よよよよん……」

  • 7二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:18:18

     タンホイザは涙を拭うようなジェスチャーをしてみせる。
     ……なるほど、それでわざわざ隠れるような真似をしてた、と。
     大方先ほどのアドマイヤベガさんから話を聞いて、危機感を頂いたとか、そんなところだろう。
     やがて、彼女はにぱっと明るい笑みを浮かべた。

    「うひひ、でもとっても良い人とホイッと出会えたので、大吉ってことにします!」
    「……アハハ」

     彼女ならではの前向きな明るさに、アタシも釣られて思わず笑みを零してしまう。
     こういうところは、アタシにはなかなか真似できない、彼女の強みであり、素敵なところだと思う。
     そして彼女はきょろきょろと周囲を見回した。

    「なんだか普通っぽくて、ほわわーんと安心する感じですねー、私、結構好きかも」
    「……フクちゃん先輩とやらに怒られない?」
    「はうあっ!? ……いっ、今言ったことはしーっでお願いします、しぃーっで」
    「了解しました、ウチは秘密厳守なので」

     ヤバッ、なんだか楽しい。
     タンホイザがアタシをアタシだと認識していないので、いつもと違う感じで会話が出来ていた。
     違和感と新鮮さが混在して、なんだか不思議な気分だ。
     このまま、もうちょっとだけお喋りしていようかな。

    「せっかくなので、むんっ、とお悩み相談させてもらっても良いですか?」

     そして、彼女の一言に、一瞬で頭が冷えた。
     流石に素性を隠した状態で、友人の悩みを聞くのはどうかと思う。
     アタシはタンホイザに正体を伝えるべく、口を開いた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:18:32

    「あのー、そのー、これは私の友達の、話なんですけど……」

     ────そして、アタシは言葉を飲み込んだ。
     ほほう、タンホイザの、友達の話とな?
     それなりに友人から相談を受けてきたアタシの経験則上、この切り出し方は間違いなく、本人の話。
     しかも、恐らくは、コイバナ。
     彼女からあまりそういう話を聞いたことがなかったアタシは、ついつい好奇心が疼いて、魔が差してしまう。
     そして、彼女は少しだけ照れた様子で笑いながら、言葉を紡いだ。

    「ふらふら~ってなっているトレーナーさんと、スナックに連れ込んで、手料理を振舞ったそうなんですよ~」

     訂正、これは正しく、タンホイザの友達の話だ。
     ……というか、アタシの話だ。
     いやいやいやいや!? なんでその話をタンホイザが知ってるの!?

    「……あの、その、えっと、どこからその話を?」
    「商店街のおじちゃんおばちゃんが嬉しそうに話してましたよ? んふふ、私の友達、人気者ですから♪」

     おじちゃーん! おばちゃーん! なに話してんのー!?
     というか連れ込んだって言い方やめて! 知り合いのママに部屋を借りただけだから!
     心の中で抗議の声を上げながら、アタシはフードを深く被った、もう伸びまくってそう。
     
    「そっ、それでですね、私のトレーナーさんも、最近忙しくて、へろろ~んってなっちゃいまして」

     少しだけ、タンホイザの雰囲気が変わる。
     先ほどよりも顔が赤く、目に熱がこもっているような、そんな感じ。
     ……おや。
     おやおやおやおやおや。
     アタシは自身の誤報が拡散されている事実を一旦横に置いて、彼女の話に耳を傾ける。

  • 9二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:18:48

    「これは普段の恩を返す時、むんっ! って思って、料理を作りに行ってあげたんです」
    「……どこに?」
    「………………トッ、トレーナー寮まで」

     タンホイザは顔を俯かせて、小さく衝撃の事実を口にした。
     へえー、ほぉー、ふーん。
     わざわざ、料理を作ってあげるために、トレーナー寮まで押しかけた、と。
     アタシは彼女の言葉の意味をしっかりとかみ砕いて、一言でその感想を伝える。 

    「……だっちじゃん」
    「ななっ、なんと!? いやいやっ、本当に料理作っただけで!?」
    「じょーだんじょーだん、それで、どうなったの?」
    「むぅん……それで、料理を食べてもらっただけ、なんですけど」
    「けど?」
    「トレーナーさんが美味しいって言ってくれて、心の中がほわわ~んってなって、とにかくその」

     タンホイザは両頬に手を当てて、ふにゃっとした笑みを浮かべる。
     それはいつもの彼女の笑顔とあまり変わらないはずなのに、どこかより魅力的に見えた。

    「……やったー、ってなっちゃって、本当に嬉しかったなあ」

     彼女の言葉に、アタシもふにゃっとした笑みを浮かべてしまう。
     良かったね、タンホイザ。
     ……それで、相談イズどこ?

  • 10二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:19:04

     今度お弁当でも作ってあげたら?
     と適当に伝えたらタンホイザは目を輝かせてお礼を言い、去っていった。
     ……お弁当かあー、アタシも、トレーナーさんに作ってあげても良いかもね。
     なんとなくスマホを取り出してみれば、ここで待機する時間も後15分程度。
     これ以上は流石に来ないだろうし、お弁当向けのレシピでも調べて────。

    「ほほう、ここが今話題の、お悩み相談室ですか」
    「うにゃっ!?」

     忽然と、という表現がこれほど似合う状況もないだろう。
     気づいた時には、アタシの目の前には、椅子に座る一人のウマ娘がいた。
     サイドテールの髪型に小さな王冠、そしてくりくりとした垂れ目。
     手には彼女自身を小さくしたかのような人形、可愛らしいのに、どこか儚げな雰囲気。
     誰だろう、と思う前に、彼女はアタシの視線に気づいて、自身の顔を両手の人差し指で示した。

    「こんにちは、アストンマーチャンです、よろしくね」
    「……あっ、はい、よろしくお願いします」
    「……急に現れてびっくりしましたか? しましたよね?」
    「いや、まあ、その、びっくりしました」
    「ふふっ、どっきりマーちゃん大成功なのです、どやっ」

     そう言って、アストンマーチャンさんは両手でピースをした。
     ……なんだろう、掴みどころのない、アタシの周りには何気にいなかったタイプな気がする。
     そして、彼女は背筋を伸ばして、行儀良く姿勢を正した。

    「それでは、マーちゃんの相談に乗ってもらっても良いですか?」
    「……普通に相談はするんですね」
    「奇を衒うばかりでは営業戦略としてはNG、時には王道も必要ですので……マーちゃんは王冠を被ってますから」
    「なっ、なるほど?」

  • 11二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:19:16

     アタシは困惑しながらも、襟を正す。
     相談があるというのなら、この場におけるアタシの役割は相談に乗ることなのだから。
     ……今まで一回もその役割を果たせていない気がするけれど。

    「今、一部のウマ娘の間では、自分のトレーナーさんに折り紙で作ったトロフィーを作ってもらうのがトレンドだとか」
    「…………」
    「そうしてもらうと、レースで掲示板に入りやすくなるとか、長く走れるようになるとか……おや、震えてどうかしましたか?」
    「いっ、いえ、気にしないでいただけると、ありがたいデス」
    「がってんマーちゃん」

     アタシは恥ずかしさのあまり、震える身体をなんとか抑えようとする。
     何故、今日はひたすらに過去が蘇って襲いかかってくるのだろうか。
     というか、そもそもなんで広まってるの!?
     またトレーナーさんが誰かに話したとか? それはちょっとショックなんデスケド……。

    「それを作ってもらってから好調になったウマ娘がいたそうで、インフルエンサーですね」
    「……なんでそんなことがわかったんですかね?」
    「嬉しそうに眺めているところを、頻繁に部屋の窓から目撃されてたと、マーちゃんは聞いてます」

     ────すいません、完全に、アタシのせいでした。
     えっ、そんなに見られてたの!? 確かに窓開けて眺めてたこと、何回もあったけども!?
     恥ずかしさのあまり、フードを深く被ってしまう、もう破けてしまいそうだ。

    「それで、ですね、マーちゃんもトレーナーさんに、作ってもらいたくなりました」

     一瞬、アストンマーチャンさんの儚げな雰囲気が、揺らいだ気がした。
     どこか浮世離れした様子だった彼女が、アタシや、アドマイヤベガさんや、タンホイザと近しい感じになった、そんな気がする。
     もしかしたら、気のせいかもしれないけど。
     そして、彼女は自分自身を自慢するかのように、トレーナーのことを話し始めた。

  • 12二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:19:30

    「トレーナーさんはマーちゃんの専属レンズで、とっても器用なんです」
    「……専属レンズ?」
    「このマーちゃん人形やマーちゃん着ぐるみ、マーちゃん漫画にマーちゃん銅像まで、メイドイントレーナーさんですので」

     アストンマーチャンさんが誇らしげに掲げた人形へ、視線を向ける。
     確かにハイクオリティだ、お高めの既製品だとばかり思っていた。
     銅像やらなんやらは流石に話を盛っているのだろうけど、手先が器用なのは伝わってくる。
     ……アタシのトレーナーさんとは大違いだね、まあ、それが良いところでもあるんだけどさ。

    「それで、トロフィーを作って欲しいと頼んだら、一週間の納期を、トレーナーさんは要求しました」
    「……ん?」
    「マーちゃんはるんるん気分でした、アスルンマールンと改名しても良かったくらいです」
    「呼びづらそうですね」
    「そして一週間後、トレーナーさんが作ってくれたのはコレでした、ぱちぱち」

     そう言うと、アストンマーチャンさんはスマホを操作して、画面をアタシに向けて来る。

     ────先ほどの彼女の話に、少し違和感があった。

     折り紙のトロフィーを作るのに、ぶきっちょなトレーナーさんは少し時間をかけている。
     けれど当然一日どころか一時間にも満たない時間であり、人形を自作するほどの彼女のトレーナーが一週間もかかるわけがない。
     そんな疑問を持ちながら、アタシは彼女のスマホの画面を見る。

    「……マジですか」
    「ええ、マジです、マーちゃんもこれにはびっくり」

  • 13二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:19:43

     アタシは、呆気に取られてしまう。。
     その画面には、URAファイナルズのトロフィー、によく似たものが映っていた。
     しかし細部は異なっており、大きな違いは走るウマ娘の造形が、目の前にいるアストンマーチャンになっていること。
     つまりは、この画像に写っているトロフィーは、恐らく彼女のトレーナーが自作した、オリジナルトロフィーなのだろう。
     ……いや、こういうのって、むしろ一週間で作れるもんなの?
     そして彼女はそのトロフィーを見ながら、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

    「エクセレント、とても素晴らしい出来栄えです、これにはマーちゃんも大絶賛」
    「……そうですね」
    「ですがここで問題発生、これは立派過ぎてマーちゃんの部屋に飾ることが出来ませんので」
    「なんか、サイズ感すごいですもんね」
    「本当は枕元に置いたり、抱き枕にしたかったんですが」
    「怪我しそう」
    「試しに学園のトロフィー展示に紛れ込ませてみたら、三日で呼び出しを受けてしまいました……マーちゃん大失敗です」
    「……三日は持ったんですね」

     確かにチラ見程度では見分けがつかないかもしれない。
     まあ、気づいたら即座に誰の仕業かはわかってしまうのだけれど。
     
    「結局、トロフィーはトレーナー室に置くことになりました、がっくし」
    「まあ、そうなりますよね」
    「ですが、トレーナーさんは少しだけ嫌な表情をしました、何故だかわかります? わかりませんよね?」

     確かに、その理由はわからなかった。
     トレーナーさんも、昔作ってくれた分を見せたりすると照れたりするけど、嫌な顔はしない。

  • 14二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:19:56

    「不満、なんだそうです」
    「……何がです?」
    「トロフィーの出来栄えが、です」
    「……これだけ良く出来ているのに?」
    「クオリティも十分なのに、何が不満なのでしょうか? マーちゃんクエスチョン、制限時間は5秒です」
    「えっ」
    「マ・マ・マ・マー・ちゃーん♪ 残念、時間切れ、答えはですね」

     アストンマーチャンさんは、恥ずかしそうに、はにかむ。
     今の彼女からは、特有の儚げな雰囲気は失われて、ただただ幸せそうに見える。
     その表情は間違いなく、タンホイザやアドマイヤベガさんが見せたものと、同じものだった。
     彼女は少し時間をためてから、とっておきを披露するように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

    「わたしの走る姿はもっと格好良くて、綺麗で、素敵だから、だそうです……えへへ、変な人ですよね?」

  • 15二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:20:08

    「ネイチャ、ありがとう! 本当に助かったよ~!」
    「アハハ、まあ力になれてよかったデスヨ……」
    「……なんか疲れてる? 相談に来た人、そんなにいっぱい来た?」
    「…………いや、相談に来た人は、一人もいなかったかな」

     全員、一方的に惚気話を披露しに来ただけだったと思う。
     アストンマーチャンさんが立ち去った後すぐ、クラスメートは他のメンバーを引き連れて、来てくれた。
     そしてそのメンバーにお悩み相談室を任せて、アタシ達はお店を回っていた。
     焼そばやたこ焼きなどの定番アイテムからクレープなどのスイーツまで、幅広く取り揃えられている。

    「さあ、今日はいくらでも奢るよ! ケーキでも、パフェでも!」
    「……うん、それなんだけどさ」

     彼女はそう言ってくれているし、アタシも最初はがっつり奢られるつもりだった。
     だけど、今の状態では、とてもスイーツなんてお腹に入りそうにもない。
     口の中が、頭の中が甘ったるくて、胸やけを起こしそうなのだ。
     アタシは、喫茶店をやっている教室の前に立ち止まって、指を差す。
     
    「とりあえずコーヒー奢って────ブラックで、出来るだけ濃ゆいやつを」

  • 16二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:20:23

    お わ り
    インガオホー!

  • 17二次元好きの匿名さん23/12/04(月) 23:48:38

    面白かった!
    モノ作る人間的に出来栄えが気に入らないやつ良くわかる…
    それはそれとして惚気まくる娘達カワイイ

  • 18二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 00:12:35

    このあとネイチャもイチャついててほしい

  • 19二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 00:34:21

    おつです!ほのぼのしててよき

  • 20二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 07:07:34

    ネイチャが何をしたって…してたわ

  • 21二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 08:31:44

    良い惚気が沢山聞けて実際助かる

  • 22二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 13:26:20

    マートレはなにしとん…?

  • 23二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 13:38:22

    危なかったなネイチャ……これでネイトレ本人に某ウマ娘についてのお悩み相談されてたら完全に爆散していたところだった……

  • 24二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 13:50:07

    良い惚気だった
    全部発端自分なの草。流石初代ギャルゲーシナリオ呼ばわりは伊達じゃなかった

  • 25二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 13:53:58

    >>22

    何って

    マーチャンのためにトロフィーを作っただけだが?

  • 26123/12/05(火) 21:11:55

    感想ありがとうございます

    >>17

    その時点で出来ることはしても納得出来ないことはありますよねえ

    >>18

    ネイチャさんはこの前からイチャイチャしてるから……

    >>19

    ネイチャさんの血糖値はボロボロ

    >>20

    過去が墓から蘇ってくる系女子

    >>21

    カワイイ女の子の惚気はイイ……

    >>22

    通常営業

    >>23

    実は神回避だった……?

    >>24

    初期の中でも一際目立つネイチャシナリオ

  • 27二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 21:28:04

    惚気相談口として有名になってそう
    幸せそうなウマ娘ちゃんからしか得られない栄養素はある

  • 28123/12/05(火) 22:32:56

    >>27

    ネイチャさんを特に理由のない惚気が襲う……!

  • 29二次元好きの匿名さん23/12/06(水) 00:07:28

    ネイチャ先生の恋愛お悩み相談室

  • 30123/12/06(水) 07:15:18

    >>29

    大体今回の話のイメージです

オススメ

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