【SS】ガラスのカンバスにかける虹

  • 1◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:29:43

    【Prologue】
    〜Ardan's View〜

     休日の昼下がり。
     お屋敷の私室で読書に耽っていると、部屋を訪れてきた姉様があまりにも唐突に告げてきた。

    「アルダン、私と走りなさい」
    「姉様?」

     姉様と走る? 今からでしょうか? 準備などもありますし、それに今日は休日。
     あまり身体に負担を掛けるべきではないでしょう。
     そんな思考の間にぺらりと差し出された紙を、反射的に受け取ってしまう。

    「場所は東京レース場。日時はその紙に書いてあるわ。それじゃあ、楽しみにしてるわね」
    「姉様? 待ってください。一体どういう……」
    「あら、紙を渡したでしょう? そちらのイベントのエキシビションレース。私が選ばれたのだけれど、相手は自由に決めていいと言われたから。だから、お願いね」

  • 2◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:29:55

     ウマ娘達のレースは競技シーンとして活発なトゥインクルシリーズはもちろん、ドリームトロフィーリーグなどの存在があることからもエンターテインメント的側面も強い。
     その為各地のレース場ではレースが行われない日を使って、ちょっとしたお祭りのようなイベントをしている事もあるのだけれど。
     どうやらそのイベントのエキシビションレースに姉様が選ばれたらしい。
     受け取った告知の紙には姉様の名前もまだ載っておらず、イベントの中でエキシビションレースが行われるとしか書かれていない。
     つまりはこれから正式に決定して、誰が出走するかを大々的に告知すると思うのだけれど……。

    「姉様? 待ってください、トレーナーさんと相談しなければ……」

     私の意思としては走りたい、姉様と。エキシビションとは言え、ターフの上で競ってみたい。
     ただ当然今後のレーススケジュールもある。受けても良いかどうか、トレーナーさんに判断を仰ぎたい。
     だからそれまで返事は保留にさせて欲しいと伝えようと思った時には、姉様の姿はいつの間にか消えていた。

    「どうしましょう……LANEで相談を……いえ、今日は休日ですし、あまりお手を煩わせるのも……」

     本を読んでいたはずの両手には、チラシだけが握られていた。

  • 3◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:30:07

    【ガラスのカンバスにかける虹】
    〜Trainer's View〜

    「ということなのですが、トレーナーさん……」

     休日明けの月曜日。明らかに、困りましたという顔をして担当ウマ娘のメジロアルダンがトレーナー室に入ってきた。
     話を聞いたところ、彼女の姉であるメジロラモーヌからエキシビションレースの相手を務めるよう持ち掛けられたらしい。

    「これはまた、急だね……当日までに一ヶ月もない……」

     俺の返答に、不安げに揺れていた瞳は色を変え驚きに変わる。

    「……よろしいのですか?」
    「何が?」
    「いえ、その。以前よりもトレーニングを積めるようになったとはいえ、依然として脚が脆いことに変わりはないでしょう? なので、負担になるから避けるべきだ、と言われるかと思ったのです」

     なるほど。確かに以前と比べ物にならない程頑丈になったとは言え、それは以前のアルダンと比べての話だ。
     今も尚、他のウマ娘と比べると脆いと言わざるを得ない。過度な負荷を掛けるべきではないのは確かだろう。
     ただ、アルダン以上にアルダンの事を理解しているかもしれないラモーヌの事だ。
     今のアルダンなら自分とレースをしても問題ないと判断していてもおかしくない。
     事実、ラモーヌとのエキシビションレースを予定に組み込んでも怪我の心配はないだろう。

    「アルダンは走りたくないの? ラモーヌと」

     なので、トレーナーとしての判断はアルダン次第、だ。

    「いえ。走らせてもらえるなら、是非」

     投げかけた疑問に、間髪を入れず否定と共に出走の意思を伝えられる。

  • 4◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:30:19

    「そう言うと思ったよ。だって事情を説明してる時から出来れば挑戦を受けたい、って。尻尾に出てた」
    「そ、そこまででしょうか……?」
    「そこまでだよ」

     まあ、俺が渋い顔をしてもどうにか出来ないかと持ち掛けられそうだった事は想像に固くない。
     なんだかんだ彼女はやりたいと思ったことに対してはかなり頑固だ。
     それこそ親の反対を押し切ってまで、トゥインクルシリーズの世界に飛び込んでいるのだから。
     アルダンがラモーヌから受け取ったというエキシビションレースの概要が書かれている紙をざっと眺める。

    「……レース条件は東京芝2000mか。なるほどね」
    「ええ。姉様と私がレースをする上で、お互いに全力を出し合える舞台だと思います」

     アルダン自身、2000mのレースでレコードタイムを更新したことがある為、レースをする上でかなり嬉しい条件だろう。むしろこちらに有利に働き過ぎるとも取れる。
     レース場はイベントの関係もあるだろうが、距離に関しては全力のアルダンと走りたい、というラモーヌ側の気遣いか、あるいは……。

    「どうかされましたか?」
    「いや、昨日送られてきたLANEを思い出していてね」
    「どなたから、でしょうか」

     誰から、と話すよりも送られてきたLANEを直接見せたほうが早いだろう。
     スマホを操作して、画面いっぱいになるほどに書かれた長文を彼女に見せる。

    「これは……」
    「驚いたよ、届いたときは。熱烈なラブコールだね」

  • 5◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:30:34

     長文に渡るLANEを送ってきた来た人物の正体は、メジロラモーヌのトレーナー。
     それはもう、エキシビションレースで姉妹対決が実現すれば如何に盛り上がるか。
     自分がどれほど見たいかを、語る姿が想像できるような熱量で認めてきた。
     こんなものを見せられてしまってはこちらも折れざるを得ない。
     彼女自身が今日話してくれるよりも、このLANEが送られてきた時点で知っていたというのが本当のところだ。

    「まあ君がどうしたいかとか関係なく、最初から断れない話だった、って事だよ」
    「ふふっ、姉様のトレーナーさんはお熱い人ですから」

     笑う彼女は少し困り顔だ。熱いで片付けるには少々……いや、かなり度が過ぎているレース好きだ。
     なんとなく、事の真相はラモーヌ自らの考えではなく、彼が焚き付けたということをお互いに察してしまう。

    「よし、時間もないし明日までにはトレーニングプランを練るよ。今日はしっかり休むこと」
    「はい!」

     唐突に決まったエキシビションレースでの姉妹対決。その実現に向けて、準備が始まった。

  • 6◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:30:45

     昨夜トレーニングプランを練っていた最中、申し出を受けることをラモーヌのトレーナーに送ると賑やかな長文が返ってきた。
     なんだかんだ彼もアルダンの体質には理解がある。姉妹対決が見たいとは言え、あくまでアルダンの負担にならないのならば、という事ではあったのだろう。
     期待半分、断られてもしょうがないという気持ち半分だったのかもしれない。
     一方アルダンの方はどうだったのかと聞くと『お願いね、と言ったはずだけれど?』だったらしい。
     そもそもアルダンに拒否権を与えたつもりはなかったようだ。

    「さてと……取り敢えず作戦は決めておきたいんだけど。今回のレースは君とラモーヌの2人だけだ。普段のレースと違って他の子がいない分、展開次第で、ということは起きない。エキシビションレース、という形を取っているけれどほとんど併走みたいなものだ」

     トレーニング前、ミーティングを行いどんなレース展開が望ましいのか、方向性を探りに行く。

    「だから真正面からぶつかって勝つ方法を探さなくちゃいけないんだけど……アルダン、以前にラモーヌと併走した、って話してたよね? あの時は?」
    「あの時は私が逃げの手を打ってあっさりと差されてしまいました。姉様と私は共に先行策が得意。なので、姉様よりも劣る私では同じ戦法を取れば負けるだろう、と」
    「なるほどね……ちなみに、先行策を取れば勝てる感触はあった?」
    「そちらはなんとも……ただ逃げを打つよりかは勝算があったと。姉様からはそう言われました」
    「俺もそうだと思う。君は体質的に脆い部分があるとは言え、能力的に大きく劣っているとは思えない。だから君の得意なレース運びをすれば、勝てない勝負じゃないと思う」

  • 7◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:31:09

     問題となるのはやはりアルダンとラモーヌ、共に得意なのは先行策だという事。
     どちらがより完璧にレースを運ぶかで勝負が決まってしまう以上、彼女のミスにつけ入ることは期待出来ない。
     完璧に、レースに愛を捧げることを心情とする彼女のことだ。例えエキシビションレースであろうと確実に、完璧に仕上げてくる。

    「では」
    「ああ。ラモーヌがどう出てくるかは分からないけど、君は自信のある先行策を取ろう」

     ある意味ではいつものトレーニングと変わらない。特別な作戦なんてない。
     最も全力を出せる作戦で、全力で走り抜く。勝つために与えられた選択肢はそれしかない。

    「多分だけどアルダンが前を行く展開になると思う。君はスタートが上手いから。無理にラモーヌの後ろにつけようと思うとペースが乱れかねない。ならスタートの良さを活かして、自分でペースを作る方向性で行こう」

     当日どうなるかは分からないが、可能性の高い展開を重く見たほうがいい。ラモーヌより前を走る展開で、彼女に差し切られない完璧なペースで走る。方向性は、定まった。

  • 8◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:31:23

     それからはアルダンと共に、ラモーヌに勝つべく最も全力を出せるペースを探る。

    「今のはどうだった?」
    「少し脚を余している感覚がありました。もう少し全体のペースを早めにしてもいいかもしれません」
    「よし、じゃあ次はこんな感じのラップを刻むイメージで行こう」

     完璧に仕上げてくるであろう彼女に対して。

    「最後少し伸び悩んだね……となると前の方が適してるか……いや、それよりもスパートの位置を変えようか」
    「はい。どの辺りから仕掛ければ良さそうでしょう?」
    「そうだな……」

     こちらも完璧に。完全に、徐々に近付いていく。

    「うん。いい感じ……」

     アルダンがスタートから1ハロンを通過したタイムを見て手応えを感じる。正確にタイムは刻めてる。この調子なら……。

    「今、よろしくて?」
    「今はアルダンの練習を……ラモーヌ?」

     掛けられた声に振り向くと、いつの間にかメジロラモーヌがそこに居た。
     いや、俺がアルダンの走りに集中し過ぎていたのかもしれない。

    「どうかしら、トレーニングの調子は」
    「順調だよ。きっと君も、君のトレーナーも満足出来ると思う」
    「そう」

  • 9◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:31:34

     突然の来訪に驚いたものの、いいレースが出来るかどうか気になったのだろう。
     彼女達は対戦機会もあまりない。その貴重な機会を完璧なレースにしたいのは、彼女からすれば当然なのかもしれない。

    「今回のレースは、彼の提案?」
    「あら、どうしてそう思ったのかしら」
    「彼からラブコールが来たから」
    「そう」

     肯定とも、否定とも取れない返事。ただまあ、状況を鑑みても概ね間違いないと思う。
     違っていた場合もっと不機嫌そうな顔をするだろう。
     あまり変わらないということは彼の提案半分、自身も面白そうだと思ったから乗っかった半分と言ったところか。
     アルダンが快調に半分ほどの距離を走ったあたりでこちらではなく、アルダンを見ながらラモーヌが投げ掛けてくる。

    「ねぇトレーナーさん。あの子の走りを見て、何色だと思うかしら」
    「色? そうだな……」

     何が目的だろう。いや、特に意味なんてないのかもしれない。俺とアルダンの関係は今更値踏みされるようなものではない。
     単純に俺から見た彼女の印象が知りたいと受け取っておこう。
     しばし考え、二つに絞られた選択肢のうちの一つを彼女へ話す。

    「白、だね」
    「……理由を聞かせてもらえて?」

  • 10◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:31:44

     ラモーヌの声色は変わらない。だが答え方次第ではその色は鮮烈な赤にもなりそうな、そんな雰囲気を孕んでいた。
     しかし臆することはない。アルダンはこれまで共に駆け抜けてきたパートナーだ。自信を持って、理由を答える。

    「今の彼女の走りは、見る人によっては色鮮やかものに見えると思う。今まで共に走ってきたウマ娘達から、色を貰って。彩たる光を、集めたものだから」

     そう。今のアルダンの走りは、元々彼女が持っていた色だけじゃない。だからこそ、彼女の色は白だ。

    「あらゆる色を集めても、それを混ぜてしまえば濁ってしまう。だから、集めた色を綺麗に映し出す、カンバスのような白色。それがアルダンの色だと思う」
    「そう……」

     満足したのかどうかは分からない。ただ少なくとも機嫌を損ねるような答えではなかったはずだ。
     何か値踏みするように、こちらに視線を向けてきてラモーヌが口を開く。

    「フォレストグリーン」
    「え?」
    「日差しを受け止める柔らかな深緑。高く羽ばたくための止まり木」

     色、ということは彼女から見たアルダンの走りの事だろうか。いや、それにしては理由が噛み合っていない気がする。

    「これからも、あの子の良き支えで居てくださいな」

  • 11◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:31:56

     やはり明らかにアルダンに対するものではない。ということは……。

    「では」

     言い終わると、用は済んだと言わんばかりに去ってしまった。

    「……俺のこと?」

     それと入れ替わるように、コースを走り終えたアルダンが少々息を荒くしつつ戻って来る。

    「はっ……はっ……ふぅ……トレーナーさんっ……? 先ほど姉様がいらしたようですが、何を話されていたのですか?」
    「いや、トレーニングは順調か、って様子を見に来たみたいだけど」
    「そうですか。それで、タイムの方はどうだったでしょう?」
    「ああ、その事なんだけどちょっと話したいことがあるんだ。今日の練習はこれで終わりだし、トレーナー室に戻ろう」

     突然の来訪者に驚いたが、ラモーヌとのレースに向けての準備は着々と進んでいった。

  • 12◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:32:06

    〜Ardan's View〜

     エキシビションレースの当日。地下バ道からコースに出ると、先に姉様がターフの上で待っていた。

    「今日の貴女は桜色なのね」
    「桜色、ですか?」

     一体どういうことでしょう。姉様は物事を色に例えられることはありますが、桜色。
     柔らかく、温かみを感じさせるその色が、姉様から見た今の私の色。
     レース前には似つかわしくない雰囲気の色に、どうにも腑に落ちない。

    「いいレースが出来ることを、期待しているわ」
    「はい。今日のレースは必ず、姉様が満足のいくものになると思います」

     きっと以前までの私なら、姉様の期待に応えられるか臆していたことでしょう。けれど、今の私なら。
     自信に満ちた返事に姉様も満足いったようで、ゲートの中へと入っていった。私も姉様に続いて、隣の枠に収まる。

    (エキシビションレースという形とはいえ、姉様と走ることになるだなんて……)

     病床に伏せ、窓から公園で遊ぶ子供たちを眺めていた頃では考えられない。思えばウマ娘の姉妹らしい、かけっこなんてしたことがなかったのだから。

    (いえ、今はこのレースに集中しましょう。干渉に浸るのは、後からでも出来るのだから)

     意識を切り替え、眼前のゲートが開くのに集中する。
     ガコン! と音を立て、開いたゲートから両者勢いよく飛び出した。

  • 13◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:32:18

    (やはり出足は私の方が速い。なら、作戦通りこのまま前に……!)

     トレーナーさんの読み建て通り、私の方がスタートを早く切り、流れで姉様の前に陣取る。
     他のウマ娘はいない二人きりのレース。前を走る存在がいない為、完全に己の感覚でペースを作らなければならない。

    (大丈夫。何度も走ったのだもの。落ち着いて、ただ自分の走りをすればいい)

     姉様の気配は近くには感じられない。私のペースは特別早い訳でもないことから、姉様が奇策でも使っていない限り2〜3バ身ほど後ろの位置にいるはず。
     前半のタイムが掲示板に表示されたらしく、一瞬観客席が湧く。私の刻んでいる体感時間とも相違ない。

    (走れてる。姉様に囚われず、ちゃんと、自分自身の走りで……!)

     確実に。手応えを感じる前半を走り終え、いよいよレースは終盤に突入する。
     共に得意な走りが似ていることから、レースが始まってから状況は動いていない。
     だから、本番はここから。ここまではその布石でしかない。

    (スパートを掛けるのは、今!)

     徐々に、徐々に脚のギアを上げ、コーナーを回りながらトップスピードに乗っていく。
     そして、曲線を描いていた軌道は一閃となる。風を切り裂き、最終直線を薙いでいく!

  • 14◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:32:30

    「ふふっ、あははははっ……!」
    「っ!」

     直後、聞こえてくるのは終幕を告げる笑い声。
     恐らく、おおよそ1バ身後ろ。いる、姉様が、そこに。
     人によってはオニキスのような漆黒にすら感じられる、塗り潰されそうな圧。
     それを今、背後から一身に受ける。

    (けれど、私にとっては)

     私にとって、姉様の走りは虹そのものだった。初めて姉様が走ることが出来るようになったのを見たのは、そんな、極光の萌芽。
     けれど私が焦がれ、憧れたその走りには手が届かないことを無情にも突きつけられた。
     どうして私はそうなれなかったのかと、嫉妬混じりの、諦めと共に。
     だけど、今は違う。嫉妬では追いつけない。憧れでは届かない。
     私は、私なのだから。ガラスの脚でだって輝けるんじゃない。
     ガラスの脚だったからこそ、私の走りは輝ける!

    「もう、限界かしら?」
    「まだっ! 届かせませんっ!」

     残り2ハロンを通過してからゴールがただただ遠い。さらに鋭さを増す姉様の走りに必死に抗う。
     しかし残り1ハロンを通過したあたりで、姉様の姿がチラリと横に、視界に映る。
     ええ、分かっています。姉様と私の実力なら、この位置で確実に差し切られると。
     そしてふたりの身体が完全に並び、このまま姉様の差し切り勝ちに──。

  • 15◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:32:52

    『なら、このあたりでもう一度差し返す余力がないかな?』
    『差し返し……』
    『そう。君とチヨノオーとのダービー。本当に、どこにそんな力が残っていたんだ、って差し返しだったけど。あれと同じように、最後に少しだけ余してる脚で差し返せないかな』
    『なるほど……確かに全体のペースを調整して、余すことなく力を出し切る事には限界を感じていました』
    『ただ当然、瞬間的に脚に力を込めればその分負担は大きい。出来れば避けるべきだけれど、今の君なら。出来ると思う』

     脚はまだ残ってる。大丈夫、貴方がそう言ったのだから。
     だから私は貴方の言葉を信じて、ありったけの力を脚に込める!

    (チヨノオーさん、貴女の力、お借りします!)

     絶対に! 届く、姉様に! その極光に!
     ガラスが割れる音も厭わず、疾く、速く! 鋭く刹那に駆け抜ける!

    「やっぱり、桜色ね」

     ゴール板を駆け抜ける直前。虹に、手が届いた。

  • 16◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:33:03

    【Epilogue】
    〜Trainer's View〜

    「やっと解放されたね……」
    「ええ、姉様のトレーナーさん、凄い熱の入りようでした」

     アルダンとラモーヌのエキシビションレースの後、普通にイベントを堪能して。
     いや、普通じゃないな。レース後に合流したラモーヌとそのトレーナーと一緒に。普段よりも熱のある空間だった。主に隣から。
     そしてイベントの後はエキシビションレースお疲れ様でした会と称して4人で食事をする運びになった。
     まあ、大方今日の感想含め話し相手が欲しかったのだろう。
     それからもようやく解放されアルダンとふたり、少し肌寒い、街灯に照らされた夜道を歩く。

    「まあ、あの人があんなに興奮する理由も分かるけど」
    「ふふっ。」

     アルダンとラモーヌの姉妹対決は大いに盛り上がった。
     終盤までは状況が中々動かない焦れた雰囲気ではあったが、互いにスパートをかけた最終直線はまさしく鎬を削る、見応えのあるものだった。
     特にラスト1ハロン、ラモーヌに差されたアルダンが図った差し返しは手に汗握る展開だっただろう。

    「今日は負けてしまいました」

     ただ、写真判定にまでもつれ込んだ勝負はラモーヌに軍配が上がった。
     一瞬でもタイミングが違えば、という接戦ではあったが勝負にたらればは存在しない。
     こちらも完璧に仕上げてきたとは思っていたが彼女の方がより完璧だった。
     しかしエキシビションレースという観点から見れば、今回のレースは大成功と言って差し支えないだろう。
     最後までどちらに軍配が上がるか分からない、熱いレースをしてくれたのだから。

  • 17◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:33:18

    「でも、楽しそうだった」

     それに何より、きっとあの場で一番楽しそうに笑っていたのは観客やレースを深く愛するラモーヌではなく、アルダンだった。

    「……はい。とても、楽しかったです。姉様とのレースは」
    「君もレース中にあんな顔で笑うんだね」
    「どんな顔でしょう?」
    「君のお姉さんと同じ顔。やっぱり姉妹なんだな、って思ったよ」

     幼い姉妹がかけっこに興じるような、そんな、純粋な笑み。

    「私が……」
    「気付いてなかったの?」
    「はい。焦がれたそれが、すぐにでも触れられそうな距離にあったので。手を伸ばすのに夢中でした」

     自分自身でもレース中に笑っていた事が信じられないのか。少し呆けたような顔をした後、ぽつりと告げてくる。

    「虹に、触れることが出来たんです」
    「虹?」
    「はい。私が姉様の走りが好きな事はご存知だと思いますが。私にとって病床から飛び出し、走ることが出来るようになった姉様の走りは、極光の萌芽のようでした」

     ラモーヌの走りに惹かれ、憧れたのが理由で両親の反対を押し切ってまでレースの世界に身を投じたのは知っている。
     ただ良い思い出ばかりではないであろう幼少期の話を聞くのは憚られ、こちらからはあまり聞いていない。

    「いつか私もああなれるのではないか、と。希望を抱いておりました。……現実は、トレーナーさんの知っての通りですが」
    「……君が体質の弱さを克服していたら、俺は君を見つけられなかっただろうから内心複雑だけどね」
    「ええ。今では脆い我が身にも意味はあったのだと思います。ただ幼い私にとっては姉様の走りは憧れでもあり、同時に嫉妬する存在でもありました。私には、手に入れられなかったものですから」

  • 18◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:33:31

     無理もないだろう。幼い身で、己に降り掛かる不条理を飲み込むなど出来る訳がない。

    「手を伸ばしても届かない。決して麓に辿り着く事は出来ない、虹のような走り。それが、私から見た姉様の走りなんです」
    「でも、今日触れることが出来たんだ?」

     だが、今のアルダンは違う。出会った頃に感じていた諦めが混じったものとは違う、確かな覚悟がそこにある。
     ガラスの脚でも輝けるのではなく、ガラスの脚だからこそ輝けるのだと。

    「はい。嫉妬では追いつけなかった。憧れでは届かなった。そんな姉様の走りに今日、一瞬でも手が届きました」
    「じゃあ今度は……掴んで離さないようにしないとね」

     憧れの姉の走りに触れた君は、次にどんな走りを見せてくれるのだろうと。今から期待が膨らむばかりだ。

    「……はいっ!」

     清らかな笑みを称えて、澄んだ夜の空気に凛と返事が響き。弾む足取りで、少しだけ先を行く彼女の後ろ姿にふと思う。

    (君の行く道は、まるで……)

    「どうかされましたか? トレーナーさん」
    「……いや、なんでもないよ」

     いつ、教えようか。

    (ああ……そうだったね。君にとってのラモーヌは、虹だったんだから)

     虹に惹かれ、麓を目指して手を伸ばし。
     触れた君の道のりに、虹がかかっていることに。

  • 19◆y6O8WzjYAE23/12/05(火) 22:33:46

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください。

  • 20二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 22:36:40




  • 21二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 22:38:00

    完成品引っ提げて要求はレギュレーション違反なんすよ

  • 22二次元好きの匿名さん23/12/05(火) 22:49:56

    いつもながら高クオリティの後に要求するな

  • 23二次元好きの匿名さん23/12/06(水) 00:37:31

    素晴らしい作品

  • 24◆y6O8WzjYAE23/12/06(水) 01:14:47

    アルダンは色鮮やかなものが好き
    アルダンにとって姉様の走りは極光の萌芽のようだった(特定の色をもたない、色鮮やかなもの)
    =アルダンは色鮮やかな姉様の走りが好き
    という論法を証明したかったので書きました

    それとアルダンの育成ストーリーがガラスの脚“でも”輝ける、ではなく
    ガラスの脚“だから”輝けた、になるのが好きでその辺拾って書きたいと思っていたので今回の話で消化することに
    ここまで読んでいただきありがとうございました

  • 25◆y6O8WzjYAE23/12/06(水) 01:17:09
  • 26二次元好きの匿名さん23/12/06(水) 10:09:06

    アルトレがフォレストグリーンに例えられるのすごくいい…本質を見抜くラモーヌ姉さん素敵です
    あと喋ってないのに何故かやかましさを感じるラモトレも好きです

  • 27二次元好きの匿名さん23/12/06(水) 10:49:50

    レースssだ!貴重な栄養素だ!ありがとう!

    その時その時のレースを愛してるラモーヌにはチヨノオーとのレースを再現するような走りが桜色に
    レースに向けてトレーニングを積ませてレースに送り出すトレーナーには桜色に塗られる前の白いキャンバスに

    立場が違いからアルダンが別の色に見えてどっちも正しくアルダンを見てるんだろうなってすごくすごいと思いました

  • 28◆y6O8WzjYAE23/12/06(水) 21:53:11

    >>26

    アルトレがアルダンから見ての止まり木なのでまあこの人緑だよねぇ……

    と当て嵌めた結果ラモトレ(バーミリオン)とふたりで赤と緑になってポケモンじゃん……



    >>27

    育成秋天後のイベント名が『彩たる光集めて今』なこととオグリからの印象が「色々な輝きを抱えているみたいで」なことからもアルダン本人だけの輝きではない文脈だったので

    アルダン自身を象徴する要素としてのガラスが本来透明な事からも誰かから色を貰って初めて鮮やかなものになる、という解釈で書いてます

    なので色に例えるならば、で白という事にしたのは作品内で書いた通りです

オススメ

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