- 1二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:20:37
このSSは下記のスレに影響を受けて書いたものになります
なおスレ主の野球知識は『たのしい甲子園』を読んだくらいです
なのでツッコミどころはたくさんあると思いますがお目溢しいただけると幸いです
トレーナー…付き合ってください…|あにまん掲示板もし僕がトレーナーから三振取れたら付き合ってください!bbs.animanch.com - 2二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:21:05
それは、強い風の吹く、暑い夏の日だった。
トレセン学園近くに設置されている草野球グラウンドに、私達はいた。
照り付ける太陽の下、マウンドに立っていたのは勝負服姿のウマ娘。
トレードマークともいえる白い帽子、栗毛のショートヘアー、帽子から除く流星。
私の大切な妹の一人────シュヴァルグランは、真剣な表情でこちらを見つめている。
いや、正確にいえば、見つめている相手に、私は含まれていない。
「トレーナーさん……約束は、覚えてますよね」
「ああ、勿論」
「もしも僕が三振を取ったら、ぼっ、僕と……つつつっ、付き合ってもらいます……からっ!」
シュヴァルは顔を赤くしながら、バッターボックスに立つシュヴァルのトレーナーさんにボールを突きつける。
その姿はとっても可愛らしくて、出来れば写真に撮って、額縁に飾ってしまいたいくらい。
けれど、今はそれをすることは出来ない。
それを悔しく思っていると、トレーナーさんは怪訝な表情でこちらを見た。
「……それでヴィルシーナ、キミは何故ここにいるんだい?」
「キャッチャー兼審判、といったところね、大丈夫よ、勝負の最中はどちらにも肩入れはしないわ」
「いや、そういうことじゃなくて」
「大事な妹の一世一代の大勝負ですもの、立会人くらい、いくらでも引き受けるわよ」
「……さいですか」
私がそう言うと、トレーナーさんはどこか呆れた様子でマウンドに向き直った。
……しかし、これは勝負になるのかしら、と思ってしまう。
シュヴァルは投球に限れば、プロは難しくとも甲子園でも通用する実力。
あくまで短い登板であれば、という話ではあるものの、プロ野球選手だったパパの折り紙付き。
一打席勝負、というシュヴァルに有利な土俵においては、ただのトレーナーでは相手になるとは思えない。
そうこうしているうちに、彼はバットを構え、数回素振りをする。
ビュン、ビュン、と風切り音。
そのフォームは特別なものではないけれど、まさに教科書通りという、綺麗な素振りだった。 - 3二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:21:19
「へぇ……」
思わず、感心したような声を漏らしてしまう。
一見すれば、普通のスイングにしか見えないだろう。
けれど見る人が見れば、それは何千、何万、何百万と繰り返し、磨き上げた動作だとわかる。
────この人、ただのトレーナーではない。
なるほど、シュヴァルの相手にとって不足無し、ということね。
私はにやりと笑みを浮かべながらキャッチャーマスクを取り付けて、プロテクターやレガースの状態を見る。
そして、全員の準備が整ったのが確認出来たら、私は空に向かって、高らかに声を上げた。
「プレイボールッ!」
この瞬間、勝負の火蓋が切られたのであった。
シュヴァルはロジンバックを置くと、無言でセットアップポジションに構える。
駆け引きは無用と言わんばかりに、間を置かず、大きく足を上げた。
身体の柔軟性を活かした、しなやかなオーバースロー。
流れるようなフォームから、シュヴァルの第一球が放たれた。
パシン、とキャッチャーミットから軽快な音が鳴り響く。
「ボール」
インハイ、ストライクゾーンぎりぎり外のカットボール。
素人に対して投げる球とは思えない初球。
これは、シュヴァルなりの信頼の証であり、挨拶代わりでもあるのだろう。
あなたに対して本気の投球をしますよ、そう、彼へ伝えるような。
……それにしても。 - 4二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:21:34
「……」
トレーナーさんは、先ほどの厳しい攻めに対して微動だにしなかった。
反応出来なかった、というわけではなく、ボールをしっかり見た上で、見逃したのである。
少し制球を違えれば死球になりかねないコースに対しても、まるで臆する様子がない。
それだけシュヴァルを信頼しているのか、はたまた、肝が据わっているのか。
恐らくは、両方だろうけれど。
そしてシュヴァルは、再度投球体勢に入る。
足を大きく上げて────そこからが、先ほどと違った。
腕を上げて、上体にしなりを生じさせ、上から下へ手首のスナップを効かした投球。
それはまるで、現役時代の、パパのようなフォームだった。
「……っ!?」
トレーナーさんもその違いに気づいたものの、時すでに遅かった。
まるで吸い込まれるように、ど真ん中のストレートがキャッチャーミットに投げ込まれる。
一球目とは速度も、キレも、伸びも、段違いの球。
何とか彼もバットを振るものの、完全に振り遅れてしまっていた。
一際大きい音が鳴り響いて、私の手がビリビリと痺れ始めた、いやはや、とんでもない球を投げるものね。
おっと、ちゃんとコールを忘れずに。
「ストライクッ!」
「……今、何キロ出てた?」
「さあ? この間、家で測った時は150越えてたけど」
「……マジ?」
「ふふっ、あの子、あなたに勝つためにパパを猛特訓としていたのよ?」
「それにしたって、ちょっと前まで140行かないくらいって言ってたと思うんだけど」
「…………全部の事情を聞いたパパが、すごい張り切ってしまって」
「…………マジかあ」 - 5二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:21:55
引き吊った表情で、苦笑いを浮かべるトレーナーさん。
その反応にはシュヴァルもご満悦の様子で、笑みを隠し切れていなかった。
これが今日の勝負のためにあの子が考えた秘策の一つ────投球フォームの改造だった。
秘密裏に特訓を重ねることによる、不意打ち。
全く違う投手と化したシュヴァルに、並みの打者であれば太刀打ちすることなど出来ないだろう。
そう、並みの打者であれば、だが。
「……次、行っていいですか、トレーナーさん」
「おっ、おう」
シュヴァルは、抑揚を出来る限り殺した声で、トレーナーさんを急かす。
きっと、彼が球に慣れてしまう前に、カウントを稼いでおきたいのだろう。
並みの打者であればこのストレートだけで押し切れる、それだけの球をあの子は投げている。
……しかし、ここまでしなければ勝てない、と判断した彼は、果たして並みの打者なのだろうか。
その答えは、すぐに明かされた。
シュヴァルの三球目、インローのストレート。
二級連続のストレートには、パパから受け継いだ投球への自信、そしてあの子自身の驕りが紛れていた。
その報いは、すぐに受けることとなる。
放たれたボールをしっかりと見つめている、彼によって。
カーン、という快音が────野球場に響き渡った。
シュヴァルの耳がピンと立ち上がって、慌てた様子で打ちあがったボールを見送る。
対するトレーナーさんは、悔しそうに渋面を浮かべていた。
これが野球場ならば観客席に飛び込んでいたであろう、放物線を描く打球。
いつの間にか集まっていたギャラリーが歓声を上げるなか、ボールは落ちていき、私はコールを告げた。 - 6二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:22:09
「ファールボール! ……風に助けられたわね、シュヴァル」
騒めきとため息が交差する中、シュヴァルは安堵の表情を浮かべて、息を吐いていた。
もしも今日の風がもう少し弱ければ、あの打球はホームランになっていたに違いない。
それにしても、まさか一球で対応してくるとは。
当ててくるのではないかと、とは私も考えていたけれど、トレーナーさんはその想像の上を行った。
やはり、この人、かなり出来る。
ワンボールツーストライク、勝負はここからが本番といったところ。
大きく深呼吸をして、動揺を落ち着かせたシュヴァルは、ロジンをつけなおして、構える。
パパ譲りの投球フォームから、微かな違和感。
それは、あの子を良く知る人にとっては、次の球種を容易に想像させる致命的な違和感だった。
遊び球の、カーブだ。
トレーナーさんの目に、力が入る。
シュヴァルはカーブをあまり勝負所で投げることはしない。
あの子が得意とする変化球の中ではどうにも頼りないというか、危なっかしい球だからだ。
ましてや事前に見抜かれたとすれば、それはもはや絶体絶命といって良い。
アウトロー寄りの、少し甘めのコースに投げ込まれたそれを、彼の目は決して見逃さない。
渾身のフルスイング────その寸前、彼の動きがピタリと止まった。
その刹那、ボールは切れ込むような急激な変化を見せて、私はそれを何とか捕球した。
ストライクゾーンからは微かに出てしまった一球、彼は慌てた様子でこちらを見る。
私は察し、答えてあげた。
「…………振ってないわ、ボールツーよ」
「……はぁ、危なかったぁ」
「知っていたの? あの子のカーブが、『遊び球』ではなくなったことを?」 - 7二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:22:22
私はトレーナーさんに問いかける。
これも、今日の勝負のための、あの子の秘策だった。
シュヴァルのピッチングを知り尽くしているトレーナーさんだからこそ、刺さる一手。
────そのはずだったのに、その秘策は失敗に終わった。
彼は、冷や汗を流しながら、口を開く。
「いや、知らなかったさ、そもそもそれを狙ってたんだろ?」
「……ええ、そうね」
「ただ投げる瞬間に思ったんだよ、シュヴァルがこの場面でそういう球を投げるか、ってね」
「…………ふふっ、呆れた、以前の変化量だったらストライクで、終わってたのよ?」
知り尽くしているからこそ、刺さるはずだった秘策。
それは知り尽くしているがために、刺さらなかった。
思わず笑みを零してしまうほどに、愉快な皮肉だった。
ツーボールツーストライク。
状況としては、ほんの僅かではあるものの、シュヴァルにとって有利な状況。
ここは決め球を用いて、勝負するべき場面だと、私は思う。
しかし、あの子はそうはしなかった。
間を置かず投げ込まれた球は────外角高めのストレート。
トレーナーさんも一切反応せず、見送った球は、当然のようにボールだった。
「…………ボールスリー」
私はコールを告げながら、思わず眉をしかめてしまう。
トレーナーさんのミスを期待するかのような、明らかな逃げ球だった。
今までの打席から見ても、彼がそのようなミスをする打者ではないと、わかっていたはずなのに。
結果として自らの優位を捨てて、フルカウントに追い込まれての勝負を強制されることになった。
野球において、勝負から逃げることは決して悪いことではない。
チームのために、涙を飲んで強打者との勝負を避ける、なんてことは良くある話だ。
しかし、この場はチーム戦ではなく、一対一の勝負の場。 - 8二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:22:38
シュヴァルは、決して逃げるべきではなかった。
私は、きっと動揺しているであろう、あの子の姿をちらりと見る。
シュヴァルは、目をギラギラと輝かせながら、笑みを浮かべていた。
そしてバットを構えるトレーナーさんも、全く同じ表情を浮かべている。
それを見て、私は自分の勘違いに気づいた。
あの子は決して逃げたのではない、自ら逃げ道を塞いだのだ。
あの子は決して追い込まれたのではない、あえて自らを追い込んだのだ。
あの子にとっての勝負球は一つしかない、その球はあの子の野球人生の全てと言っても良い。
これまでの投球は、この場面、この一球のためにあった茶番にしか過ぎない。
それをわかっているからこそ、彼も笑顔で向かい合っている。
────何よ、妬けちゃうじゃない。
あの子を、私よりも理解してくれている、トレーナーさんに。
そして、それほどまでに絆を深めている、二人の関係に。
野球を通じて、ここまで熱くなれる、二人の絆に。
シュヴァルは大きく足を上げる。
何を投げるか、なんて予想するまでもない、ここで投げる球は、あの球種に決まっている。
渾身のフォークボール、それしかあり得ないのだから。 - 9二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:22:53
風を切るバットの音に、気持ち良いくらいに響き渡るミットの音。
勝負が決まった瞬間は、驚くほどに静寂に包まれていた。
……もう少し浸りたいけれど、審判の役目は果たさないといけないわね。
「ストライクッ! バッターアウト!」
「……っ! やっ、ったぁー!」
溢れる大歓声、そしてシュヴァルは目尻に涙を溜めながら、笑顔で両手を上げて飛び跳ねる。
あまりに珍しいあの子のアクションに、私も目頭が熱くなってくるようだった。
そして直後、ギャラリーから二人のウマ娘が飛び出して、シュヴァルへと駆け寄った。
黒みの強い鹿毛のツーサイドアップの子と、淡い鹿毛の長髪の子。
その二人はシュヴァルを取り囲むように抱き着く。
「シュヴァルちゃ~んっ! おめでと~! あたし、あたし感動したよぉ~!」
「……えっ、キタさん!?」
「シュヴァルさん、おめでとうございます! 野球は詳しくないですけど、凄さはとても伝わってきました!」
「なんでダイ……て、えっ!? みっ、見てる人が、いつの間にか、ここ、こんなたくさん……!?」
「あっ、ところでシュヴァルちゃんに聞きたいんだけど」
「私も、一つ聞きたいことがありまして」
キタサンブラックとサトノダイヤモンドは揃って首を傾げていた。
シュヴァルは顔を赤らめながらも「えっと、何?」と言葉を返す。
すると二人は、純粋無垢な笑顔をシュヴァルに向けて、大きな声で問いかけた。
「これって、なんの勝負だったの?」
「これは、一体どういう勝負だったのでしょうか?」
「……それは、その、トレーナーさんと、こくは、つきあ、あの、その、うっ、うわあああああああ!」
「シュヴァルちゃん!?」
「シュヴァルさん!?」 - 10二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:23:09
顔を真っ赤に染め上げながら、シュヴァルは叫び声をあげてその場から逃げ去っていった。
そしてキタサンブラック達もまた、あの子を追いかけて立ち去っていく。
それを、呆れた様子で見つめているトレーナーさんに、私は声をかけた。
「お疲れ様、トレーナーさん」
「ああ、まんまとやられちゃったね」
「……一つ、聞きたいのだけれど」
「……キミもなのかい? まあ、構わないけど」
「じゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ────何故、打たなかったの?」
最後の一球となった、シュヴァル渾身のフォークボール。
それは変化量、キレ、伸びともに、あの子の人生の中でも最高の一球だといっても過言ではない。
だけど、力が入り過ぎていたせいなのか、少しだけ高めのコースになってしまった。
高めのフォークボールは、ストレートのようなもの。
彼ほどのバッターであるならばジャストミートはともかく、当てることは出来たはずだ。
私の問いかけに対して、彼は空を見上げながら、苦笑いをした。
「そうだね、打てるはずだったと思うよ」
「……手加減をした、ということ?」
「いや、実際打つつもりでバットを振ったんだけど、掠りもしなかったんだよ」
「…………つまり?」
いまいち要領を得ない言葉に、私は念を押すように問い続けてしまう。
トレーナーさんは照れたように頬を掻いて、言葉を紡ぐ。 - 11二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:23:24
「────多分、打ちたくなかったんだよ、きっと」
そして彼は、シュヴァルを追いかけて来るね、と私に告げて、走り去って行ってしまう。
残されたのは私と、ざわざわと騒めいているギャラリーと、転がっている野球道具の数々。
私は大きなため息をついて、呟いた。
「全く……これこそ、とんだ茶番劇じゃないのよ」 - 12二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 00:25:02
お わ り
野球難しいですね - 13二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:09:57
野球は詳しくないけど面白かった!
- 14二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:31:01
夜更かしのご褒美に素晴らしいSSをありがとうございます
- 15二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:32:11
このレスは削除されています
- 16二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:39:04
ウマ娘の膂力で投球したら甲子園どころかプロも目じゃないのでは?
- 17二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:39:07
乙でした
とても面白かった - 18二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:44:50
いいものでした。ノーサインでシュヴァルの変化球を捕れるシーナは、さすが姉ですね。
- 19二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 01:47:17
このレスは削除されています
- 20二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 02:15:38
多少の粗は仕方ないだろ。面白かったよ
- 21二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 02:17:25
トレウマの出汁にするだけなら野球持ち出さないでほしい
- 22123/12/09(土) 05:34:04
- 23二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 06:24:22
正直知識が乏しい所はツッコまれるまでは言わんくてええんちゃう?これが俺の野球なんや!とでも言っておけば案外勢いで押し切れるもんやでな
あのスレ見てたんで展開はなんとなく読めたけどどういう道筋でそうなるかなってワクワクしながら読んでました - 24二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 07:14:49
神経質なお人がおるな…そして言葉が強い
選手には野次を飛ばすんじゃなくて応援を投げかけて欲しいところ
ウチの妹みたいに、打ったあといきなりセカンドに走り出したりしない限りは許容するぜ
表現が難しかったと思うが良いチャレンジだった - 25123/12/09(土) 07:48:51
- 26二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 08:18:09
超次元野球ということで勝手に納得しますた。真剣勝負の中で互いの思いや考えが通じ合う・読めるシチュ好き
- 27二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 08:20:13
相棒、半身に相応しいある意味で絶妙なコンビネーション、ごちそうさまでした。
暖かな茶番と言うとおりきっちり決まったのも良かったです! - 28二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 08:28:36
このレスは削除されています
- 29二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 09:06:06
難癖つけたいだけの輩がおるな
引っかかるだけならブラバすりゃいいのにわざわざ何の生産性もない強い言葉使ってるのはカッコ悪すぎる
SS面白かったです - 30二次元好きの匿名さん23/12/09(土) 09:48:24
面白かったよ!野球好きだけど特に引っかかる描写なかった
また書いてな!つよつよシュヴァちからしか取れない栄養素あるから - 31123/12/09(土) 20:25:58