- 1二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:34:20
香港ヴァーズ前夜、俺は滞在先である香港のサトノ家の邸宅にいた。日本にある本家には少し劣るが、それでも途方もないほどの大きさだ。担当ウマ娘のサトノクラウンはここで育ち、日本へとやってきた。
今夜はクラウンには家族と水入らずで過ごしてもらい、俺は離れのだだっ広い客室で一人、机に向かっていた。既に作戦や対戦相手の情報は頭の中に叩き込んでいるから、今更レースのことでどうこうしようというつもりはない。
では何をしているのかというと――スマホとにらめっこしながら折り紙を折っていた。先に言っておくと、千羽鶴の類ではない。
『Cの穴にダボを差し込んでしっかりと固定してください』
今回の香港遠征は、春に京都記念を勝ち、上り調子でやってきたときとは訳が違う。
そのレースでも見せ場なく大敗し、その後も日本では不振続きで、サトノ家に初のG1をもたらすという役目もサトノダイヤモンドに譲り――もう残る場所はここしかないという、背水の陣での帰郷だ。
だが、思い詰めるのは俺だけでいい。二人揃って悲壮感を漂わせていては参ってしまうから、クラウンには家族や旧友の前でいい走りをしたいという、それくらいの気構えで臨んでもらいたい。
だから、香港に着いてからはわざと明るく振舞うことにした。他のウマ娘たちよりも少し早めに現地入りし、トレーニングはゆとりを持たせ、休日は連れ立って観光にも出掛けた。
クラウンは言葉にこそしないものの、本当にこれでいいのかという疑問を感じていたようだが、最後の最後まで余裕は持っていたかったのは俺のわがままだ。
『最後にここを谷折りすれば完成です。ね、簡単でしょう?』
簡単ではない。スマホで再生中の動画には綺麗な王冠が映っているが、手元にあるのはあちこちひん曲がったヘロヘロの王冠。きっと革命のときにボコボコにされた王様の遺品なのだろう。
言っておくが、これでも数時間前よりはマシになったのだ。最初にできたのは名状しがたいクリーチャーだった。
『では、もう一度おさらいしてみましょう……』 - 2二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:34:43
発端はこうだ。作戦の立案やアドバイスといった、トレーナーとしての仕事以外に、クラウンに何かしてやれることはないかと思った俺は、日頃世話になっている先輩に電話で相談をした。先輩は、自信を持てずに伸び悩んでいたあるウマ娘に献身的に寄り添い、見事にその素晴らしい才能を開花させた名トレーナーである。
その先輩によれば、どうやら折り紙を贈るのがいいとのことだった。メダルだとかトロフィーだとか、とにかく担当ウマ娘が喜びそうなものを作って渡してみる。手作りだからきっと気持ちは伝わるし、出来が悪くても緊張を和らげるのには役に立つ。少なくとも、彼はそれでうまくいったらしい。
「彼女には散々笑われたけどね。まあ、よかったら試してみてよ」
「なるほど」
幸い折り紙なら子供の頃に慣れ親しんでいる。どうせなら、クラウンの名前になぞらえて王冠を作ってみよう。と、息巻いたまではよかったのだが、初心者向けの動画ですら作り方が理解できない。折り紙に空間の概念があるなどとは知らなかったのだ。
単純な紙を折り曲げる動作の繰り返しが、まるで3DCGの制作のように高度かつ難解に感じられた。だが、やるしかないのだ。これを投げ出してしまえば、きっと俺は後悔することになる。
かくして格闘すること数時間。ようやく”らしい”形にはなってきたが、まだまだ人に見せられる出来ではない。
『Bを谷折りし、先ほど作ったベアリングを――』
思えばクラウンとの日々もこんな感じではなかったか。
慢心しかかっていたところに大きな障害が訪れ、それをきっかけに出口の見えないトンネルに迷い込んでしまう。もがけばもがくほどに光明は遠ざかっていって――
「トレーナー、ちょっといい?」
動画の解説役のオネエサンではない、背後からの聞き馴染んだ声に思わず身体が跳ね上がる。
「クラウン……ノックくらいしてくれ」
「したわよ。でも、返事がなかったから」
天井にぶつけた頭を擦りながら振り返ると、そこにいたのはやはりクラウンだった。
今日は家族と過ごしているはずだったが、何かあったのだろうか。 - 3二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:35:28
「ああ、悪かった。それで何か用か?」
「ええ。ちょっと明日のことで相談が――」
そう言ったクラウンの視線が動く。つられて俺も視線を追う。
その先、机の上には今も動画が流れ続けるスマホと、犠牲となった折り紙たちの残骸があって――慌てて隠そうとした手を掴まれた。
「ノックも気づかないくらい熱心に何してたのかしら?」
「いや、その、これは」
本当は当日に控室でさりげなく渡すつもりだったのだが、そのプランは早くもご破算となったようだ。
別に悪いことをしたわけでもないのに何故か詰め寄ってくるクラウンに、俺は事の次第を全て話した。
「なるほどね。うんうん唸ってる声がドアの向こうからも聞こえたから何かと思っちゃった」
クラウンは机の上から、先ほど作ったヘロヘロの王冠を取り上げた。
「ね、これ貰うわね。私のために作ったんだからいいでしょ?」
「え?いや、別にいいけど……こんな出来の悪いのでいいのか」
「いいのよ。その代わり、一緒にもう一つ作りましょ?それはトレーナーにあげる」
そう言ってクラウンは折り紙を一枚机の上に広げ、俺の手を取った。
「まず、最初の半分に折るところからちょっと曲がってるんじゃないかしら」
「折り方分かるのか?」
「完成品を見ればなんとなくね。ほら、まずは端を持って」
「おお……」 - 4二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:36:00
そのまま二人羽織のような体勢で、クラウンに文字通り手取り足取り、折り紙のレクチャーを受ける。
レースではオペラグローブに包まれた柔らかい指の感触、そして視線を右に動かせばすぐ傍に彼女の顔があり、とても集中などできたものではなかったが、完成した王冠はそれはもう見事な出来栄えだった。
「はい、じゃあこれ。私があなたにあげる初めての”クラウン”、大事にしてね」
その言葉と共に頭に乗せられた重みはきっと、本物と比べても劣らなかっただろう。
「本物はいつか、俺から君に渡すよ」
俺は思わずそう言った。すると、クラウンはヘロヘロの王冠をそっと胸に抱えて。
「うん、期待してるわ」 - 5二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:37:13
『サトノクラウン!並んだ!並んだ!並んで捉えました、ゴールイン!』
言うなればウマが変わったような激走だった。
相手は前年覇者。凱旋門賞2着からBCターフを勝ち、欧州最強といっても過言ではないウマ娘。クラウンにとって香港が決してアウェーではないとはいえ、日本よりもずっと厳しい戦いのはずだった。
だが、先に抜け出した相手をしぶとく追い詰め、差し切ってみせた。善戦止まりですらなかったウマ娘が、まるで魔法のように鮮やかな逆転を果たしたのだ。
『サトノクラウン、逆境を跳ね返しての大金星!サトノ家に初めての海外G1勝利を届けました!』
「やった、やったわーっ!」
両手を掲げて喜びの叫び声を挙げるのはクラウンだ。その喜びように観客も一層沸いた。
俺はというと、喜ぶのも忘れて立ち尽くしていた。この三年、願っても手に入らなかった栄冠が今、この手の中にある。俺の、いや、俺たちだけの”王冠”が。
ふつふつと沸いてくる実感を抑えながらウイナーズサークルに向かうと、興奮冷めやらぬクラウンが駆け寄ってきた。
「トレーナー、遅かったじゃない!ウイナーズサークルで待ってなさいって言ったのに!」
「悪かった。本当におめでとう、クラウン」
「……うん!」 - 6二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:37:47
差し出された手を握る。俺はふと、控え室に置いてきた折り紙のことを思い出した。
「君に本物を渡せる日が来たみたいだ。こんなに早くて、だけど待たせることにはなったけど」
「ごめんなさい、トレーナー。それはやっぱり受け取れないの」
「……どうして?」
自分だけ勝手に盛り上がっていたような気がして、思わず握った手を放そうとすると、それはできなかった。クラウンがもう片方の手も俺の手に添えてきたからだ。
「だって、今日の勝利は私たち二人で勝ち取ったものだから。どちらかが渡すも渡さないもないじゃない」
そう言った彼女の笑顔は、中等部とは思えないほどに大人びたもので。
「そうか、そうだよな」
そうだ、今度は香港ヴァーズのトロフィーを作ろう。きっと参考になる動画はないだろうから、クラウンと二人で。 - 7二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:38:37
- 8二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:39:43
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- 9二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:44:01
ネイトレはさあ……出すとこ出したら捕まらない?
- 10二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 22:57:44
おつ
手を握るとこの描写いいね…クラトレちょっとフェチじゃない? - 11二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 23:13:55
距離の近いトレウマはなんぼあってもいい……
ありがたや……… - 12二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 23:27:52
実装前にこれほどの理解度を…!
- 13二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 23:30:45
- 14二次元好きの匿名さん23/12/10(日) 23:32:35
ソースはない気がするから多分集団幻覚
- 15二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 00:07:15
寝る前に良いSSが読めた、ありがとう
オペラグローブごしに感じるクラウンの手の感触が大変エッッですね
クラウンのシナリオどうなるのかな…12時間後が楽しみだぜ - 16二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 01:00:05
明日の12時には分かるからそこで修正すれば行ける行ける!
- 17123/12/11(月) 06:42:14
- 18二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 07:00:39
>>そのまま二人羽織のような体勢で、クラウンに文字通り手取り足取り
ほわぁ!
>>レースではオペラグローブに包まれた柔らかい指の感触、
ほわぁぁぁ!?
>>そして視線を右に動かせばすぐ傍に彼女の顔があり、とても集中などできたものではなかったが
Allons enfants de la Patrie,Le jour de gloire est arrivé !
感動しました王党派に鞍替えして革命派の血で耕地を染め上げます
- 19二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 09:08:52
- 20二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 09:14:09
なんで折り紙にダボとかベアリングが登場するんですかね……?
- 21二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 09:17:25
スレ主が10連で引けることを祈ってるよ
- 22二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 18:11:46
クラちゃん実装ということは近いうちに続編が出来上がるということぢゃん!(掛かり)
- 23二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 19:59:22
自信を持てずに伸び悩んでいたあるウマ娘に献身的に寄り添い、見事にその素晴らしい才能を開花させた名トレーナー……いったい何者なんだ
- 24123/12/11(月) 20:21:02
- 25二次元好きの匿名さん23/12/11(月) 20:29:23
引けたので良し
- 26二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 01:36:23
- 27二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 02:06:36
ウワーッ!素敵な絵!素敵なSS!!
- 28二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 09:19:03
うおっ!?部屋着がスケベェ
- 29二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 19:57:05
うおっ可愛い
- 30二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 21:44:12
こんなのと夜のホテルの部屋で2人きりになっても冷静でいなくちゃならないなんてトレーナーってすげえな…(最大の賛辞のつもり)
- 31二次元好きの匿名さん23/12/12(火) 21:46:55
出たわね。