【シリウストレ】問題児達の参謀Season2【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:07:05

    シリウスシンボリとトレーナーと問題児達の強めの幻覚SSの2です

    【シリウストレ】問題児達の参謀【SS】|あにまん掲示板シリウスシンボリとトレーナーと問題児達の強めの幻覚SSです■未実装ウマ娘注意■トレウマ?注意■モブウマ娘注意bbs.animanch.com

    前作からの続き物なのでこちらを先に読んでから読むことをおすすめします


    ■未実装ウマ娘注意

    ■トレウマ?注意

    ■モブウマ娘注意

    ■史実と異なる戦績注意

  • 2二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:07:57

    「夏と言えば合宿だな」

     いつものトレーナー室。シリウスがいきなりそんなことを言い出した。サマースプリントシリーズの情報を集めていた俺は、はあと気の抜けた声で返事する。

    「夏合宿。チームなら何処もやってるだろ?」

     トレセン学園は海岸沿いに合宿所を幾つも持っている。強豪チームや、G1を走るような優秀なウマ娘は夏をその合宿所で過ごすことも珍しくない。砂浜はウマ娘の足腰を鍛えるのに最適だし、合宿所に集まることで競争意識や技術の交換が行われることも価値を高めている。

    「新入りも何人か入ったことだしな。ここらで親睦を深めるってやつだ」
    「親睦を深めるのは構わんが……もう合宿所に空きなんてないと思うぞ。うちはそもそも大所帯だしな」

     六月ももう半ばに入ろうという暦だ。合宿所はとっくに満杯だろう。もう一ヶ月か二ヶ月早く思い立ってれば間に合ったかもしれないが、その頃はそんなことをしている余裕もなかった。
     それに、チームレグルスは新たに三人のメンバーを加えて九人にもなる。飛び入りで参加するには多過ぎだ。

    「どうにかならないのか?」
    「掛け合って見るのはタダだが、希望薄だろうな」
    「アンタのポケットマネーで」
    「零細トレーナーにそんな貯蓄あると思うか?」

     シリウスがダービーを取ったのもつい先日のことだ。来年ならまだ実績で給料も上がっただろうが、今年は安月給のままだ。とてもじゃないが団体で宿を取る余裕などない。
     それに、トレセン指定外の場所を使うとなると問題が起きた時に面倒なことになる。トレセンのサポートを受けられないのだから、こじらせれば最悪、キツイ雷が落ちてきてチーム解散という事態にもなりかねない。

    「結構ややこしいんだな」

     残念とばかりにシリウスは首を振った。

  • 3二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:08:05

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  • 4二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:10:03

     一応、シリウスの頼みで学園の事務に掛け合ってはみたものの、当然ながら満席だ。合宿というものをさせてやりたいという気持ちはあるが手段が無いのではどうしようもない。

     学園内のベンチに腰掛ける。太陽が眩しい。こんな陽気な日にはそのまま眠ってしまいたくなる。

    「どうしたもんか」

    それとなく聞いた感じでは他のメンバーも、まあクライネキッスだけは及び腰だったが、合宿に興味はある風だった。なんとなく匂わせてしまったような気もするし、なんか良い妥協案はないものか。

    「十人くらい泊まれて、ウマ娘がトレーニングしても文句言われない合宿所、なんてそうあるわけ無いよなあ」
    「合宿所を探しているのかい?」

     独り言に返事が返ってくるとは思わずフリーズした。ひと呼吸遅れて自分の背後に立つウマ娘に気付く。

    「シンセダイナ」
    「こんなとこで呆けているから何かと思ったじゃないか」

     俺のかつての担当バであり、日本ダービーでシリウスとしのぎを削ったシンセダイナが呆れた顔で立っていた。

    「足は大丈夫なのか?」
    「お陰様で。秋までには完治出来ると思うよ」
    「そりゃ良かった」

     関係ないといえば関係ないが、少しだけホッとする。

    「それで、合宿所を探してるみたいだけど。トレセンのは取らなかったのかい?」
    「頭からすっかり抜けててな。うちは人数も多いし」
    「ふぅん……なら、うちの別荘使う?」

     シンセダイナはからかうように言った。

  • 5二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:10:51

    やった!続編来た!期待

  • 6二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:12:21

    「別荘、って」
    「あれ、ボクの家結構なお金持ちだって話したことなかったっけ?」
    「いや聞いたことはあるが」

     確かに金持ちだということは知っていた。高い食べ物を当然のように買い食いしてたし、時々見る私服が明らかにブランドもんだってのも知ってた。しかし、別荘地なんて言葉がぽんと出て来るとは思わなかった。ウマ娘の名家でも別荘なんて言葉が出てくるのはメジロ家くらいのものじゃないだろうか。

    「一人でトレーニングするよりも、並走相手が居た方がボクもやりがいがあるからね」
    「リハビリでトレセンの合宿には行かないのか」
    「そ、どうする? どうしてもって言うなら取り計らってあげても良いけど」

     考える。シンセダイナがしょうもない冗談を言う性格でないことは知っているから、話自体は本当と考えて良い。別荘にどれだけの設備が整っているかは分からないが、同じクラシック戦線を戦うライバルと共に練習するのは、貴重な経験になるだろう。特にリベンジを狙うトロピカルエアにとっては、間近で走りを観察する良い機会になる筈だ。

     俺個人としても、改めてこいつの今のトレーナーと話してみたいことがある。

    「うちの奴らの意見も聞かないといけないが、出来るならお願いしたいところだな」
    「ふふん、これで貸し一つだね」

     ニタニタ笑うシンセダイナを見て、判断を早まったかと少し後悔しそうになった。

  • 7二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:14:26

    「海、だー!」

     ビューティモアが楽しそうな声をあげた。バスの窓から見える景色はリゾート地のような海岸線。レグルスの他のメンバーも多かれ少なかれ目を奪われている。この一帯プライベートビーチだって言うんだから、凄い話だ。さらに芝とダート両方を走れる小さなレース場まであるらしい。シンセダイナ家恐るべし。
     楽しそうなウマ娘達とは別に俺は胃が痛くなるのを感じていた。シンセダイナの計らいで、合宿機関の一ヶ月、費用は全部相手が持ってくれるらしい。バス代に食費、宿泊費。こともなげに言われているがどれだけお金が掛かっていることか。そっちに思考が向いてしまうのは良いことか悪いことか。

     まあ、考えたところでどうにかなるわけでもない。ため息を吐き出して背もたれに体を預ける。

    「海ってのは、広いんだな」

     横にいるシリウスがそんなことを言った。さっきまで眠っていたのだが、いつの間にか目覚めたらしい。朝が早かったのだから、もう少し休んでいても良いのに。

    「海を見るのは初めてか」
    「初めてってわけでもないが……私が見たことあるのは不格好なテトラポッドが敷き詰められてるか、遠くで排気ガスに曇った姿だけだ」
    「都会の海岸と、景勝地は全く違うからな。これも一つ楽しみといえばそうだろうさ」
    「ああ、せっかくだ。存分に楽しませてもらうさ」

     それは娯楽の意味か、それとも。シリウスは不敵に笑った。

  • 8二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:22:00

    「やあ、よく来たね。ボクの別荘へようこそ。一ヶ月間楽しんでいってくれ」

     別荘と言うには広過ぎるというか、何処のリゾートホテルかと困惑するレベルの建物の前で、シンセダイナは自慢げに俺達を出迎えた。その隣には彼女のトレーナーも居る。

    「あー、今回はお招きいただきありがとうございます」
    「変に畏まった言葉遣いをする必要もないよ。今年は使用人も最小限だしね。とりあえず、部屋のキーを渡すから荷物を置いてきなよ」
    「あ、ああ」

     一人一人に番号のついたカードキーを渡される。他のメンバーもはしゃぎながらそれを受け取って建物の中に入っていく。二○一号室。豪奢なカーペットが敷かれた階段を上り、二階のずらっと並んだ部屋、一番端の扉にカードキーを開ける。

    「うわ、ひろ……」

     ホテルみたい、ではない。これはまさしくホテルだ。それも高級な。うちのトレーナー室より広いワンルームにベッド、それからベランダ。ユニットバスではなくトイレと浴槽も別々に用意されている。これで大浴場もあるらしいのだから驚きだ。

    「一人で三万くらいはするのか……? 一万切るビジネスホテルぐらいしか泊まらねえから分からん……」

     それを一ヶ月。気が遠くなった。

  • 9二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:23:45

    続編やったああああああ
    ssまとめ保守忘れちゃった

  • 10二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 20:51:33

     正午頃に到着。すぐにトレーニング、という訳ではない。こんなところに来たのだ。少しくらいあいつらも遊びたいだろうし、チームレグルスだけで練習するわけでもない。今日のところは自由行動で、トレーナー同士でミーティングを行う運びとなっていた。

    「コンテストアバターもあいつらと一緒に遊んでて良いんだぞ」
    「いえ、他のトレーナーさんのお話を聞けることなんてめったにないですしぃ」

     確かに、あのトレーナーは実力は確かだ。トレーナーを目指しているコンテストアバターには良い経験になるかもしれない。それに、俺だって吸収できるものは幾らでもある筈だ。

     馬鹿みたいに広い会議室をノックして開ける。シンセダイナのトレーナーは既にノートパソコンを開いて待っていた。

    「ハイバラさん。今回はよろしくお願いします」
    「ああ、椅子にかけなさい。そちらの子は?」
    「コンテストアバターと言います。今回無理言ってお話を聞かせてもらいにきましたぁ」
    「…………君もそっちに座りなさい」

     どうするべきか少し悩んだ結果、そのまま参加させることにしたようだ。シンセダイナのトレーナー──ハイバラトレーナーはこほんと咳払いをした。

    「では先ず。お互いの、今回における最終目的の話をしようか」

  • 11二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 23:18:25

    「こちらの最終的な目的はシンセダイナくんの脚部不安解消、そして今夏まで出来なかった実践的なトレーニングによって勝負精神を鍛えることにある」

     シンセダイナはダービー以降また休養に入っていた。本人は完治できると息巻いていたが、トレーナーにとってはまだそれは努力目標であるらしい。

    「こちらはチーム全体の目的としては、異なる環境による練習効率の上昇。特に砂浜を使ったトレーニングの経験をさせることが一つの目的。また、そちらのシンセダイナは様々な走りが出来るウマ娘ですから、彼女と共にトレーニングすることによって、自分達の脚質やレース展開について学んでもらう予定です」
    「彼女の走りを盗む気かな」
    「ええ、もちろん。そちらも盗めるものは盗むつもりでしょう?」

     人数はこちらの方が多い。シンセダイナ自身の吸収力もあって、彼女はこの夏で大きく伸びることになるだろう。

    「特に、結成後に新しく加入した子達は、まだ自分の脚質が完全には定まっていないですからね」
    「なるほど、理解した。では具体的なトレーニングメニュー。特に君達との交流トレーニングのプログラムに話を進めよう」

     ハイバラトレーナーはプロジェクターを起動して、詳細に作られたプレゼン資料を提示する。
     一ヶ月間のトレーニングスケジュール、ゆとりを持たせながらも効率性を求めた、俺の想像よりも数段上の計画だ。

     これを盗みに来たんだ。俺はメモを開き、彼の声に耳を傾けた。

  • 12二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 23:23:17

    ウワーッ!続きありがてぇ!

  • 13二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 23:27:54

    続きだ!!うれしい

  • 14二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 01:24:50

     ハイバラトレーナーとのミーティングは三時間に渡って続いた。それでも時計の針はまだ四時にもなっていないし、夏の夕方は長い。部屋に戻ってデータをまとめても良かったがせっかくとコンテストアバターに誘われ……いや誘われというか連行されビーチまで来ていた。

     メンバー達は皆学校指定の動きやすい競泳水着だが、体のラインがくっきり出るそれは目の保養もとい目に悪い。

    「お、トレーナーもコンも来たな」
    「水ぶっかけるなよ。俺水着じゃねえんだから」
    「ちぇっ」

     スタンバイしていたビューティモアに釘をさすと渋々水の入ったバケツをその場にひっくり返す。やると思っちゃいたが危なかった。

    「他の奴らは?」
    「シリウス達はあっちでビーチバレーしてる。トロは一人で沖まで泳いでんな」

     ビーチ自体はシンセダイナの家の従業員が監視してくれているから、一人で泳いでいても危険があれば気付くだろう。

    「で、お前はクライネキッスとアクアスワンプ連れて城作りか」
    「おう、凄いだろ」

     三人で作っている砂の城の出来栄えは驚嘆に値するものだった。

  • 15二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 09:24:34

    成り立ちを考えるとちょっと湿度が高い娘が居そう

  • 16二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 09:31:58

    「あ、アクアちゃんそんなところに居たんだぁ」
    「最初から居ましたよ!」

     俺の言葉で存在に気付いたらしいコンテストアバターの言葉に涙目になって抗議する、新しく入ったアクアスワンプはなんというか、存在感の薄いウマ娘だ。本人は性格も家庭環境も特に問題を抱えていない普通のウマ娘なのだが、何故か不思議なことにうっかり忘れられやすい。

    「うぅ……私に気付いてくれるのはトレーナーさんとクライネ先輩だけです……」

     申し訳ないが、正直な話俺もよく気が付かなかったりする。そう思われているのは、レグルスのメンバーを集める時に欠かさず点呼を取るからだ。元々そういうのはきっちりやっておきたいタイプではあるのだが、アクアスワンプが加入してからはよりしっかりやるようにしている。

    「クライネキッスはよく見つけられるな」
    「ぴぇ……私が隠れたいって思ったところに、いつもアクアちゃん居るので」
    「うぐっ」

     とどめをさすような一言を言われ、アクアスワンプはその場に崩れ落ちた。

    「二人も混ざるか?」

    ビューティモアは特に気にせず城のディテールに精を出している。

    「いや、遠慮しとく。ハメ外しすぎてないか見回りに来ただけだからな」
    「じゃあ、私は参加しようかなぁ」

     コンテストアバターが城作りに混ざったのを見て、俺はシリウス達の方へと向かった。

  • 17二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 10:06:13

    続編助かる

  • 18二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 10:37:47

    新鮮な続編助かる

  • 19二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 18:03:53

    「はい、シリウスちゃん、ダイナちゃんチームが十点先に取ったので勝利ですね」

     ビーチバレーしているというシリウス達の元へ向かうと、ちょうど試合が終わったところのようだ。しかし、メンバーを組み替えてすぐに次の試合が始まる。話し掛けるタイミングを見失ったので、審判をしているザッツコーリングに話し掛けた。

    「よう、楽しんでるか」
    「あら、トレーナーさん。お陰様で楽しませてもらってます」
    「こんな良い場所使わせてもらえるのはシンセダイナのお陰だけどな」
    「それもトレーナーさんのコネということで」

     始まった試合は、シリウスとジュエルビスマス、シンセダイナとツヴァイスヴェルのコンビか。ジュエルビスマスもツヴァイスヴェルも、横で縦横無尽に動く先輩についていくのがやっとのようだ。

    「さっきはシリウスちゃんとダイナちゃんが一緒になっちゃったから、すぐに終わっちゃったんですよ」
    「そりゃお気の毒に」

     G1ウマ娘二人のパフォーマンスに、メイクデビューもしていない後輩についていけと言うのは酷な話だろう。実際、今の分かれた試合では展開は拮抗している。強いて言うなら、あがり症のジュエルビスマスが少し鈍いか。

    「お前は選手側には行かないのか?」
    「さっき一試合やりましたよ。ちょっと疲れてしまったので、休憩ですけど」

     病弱故に全力で遊べない、ザッツコーリングの横顔は少しだけ寂しそうに見えた。

  • 20二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 23:29:33

     ビーチで散々遊んで、うまい飯を食って、殆ど一人貸し切りの大浴場にも入って。合宿というよりはツアーのような一日が終わりを迎える夜。俺は眠れずに砂浜を歩いていた。普段なら、考えをまとめるときは部屋にこもりきりなのだが、俺も少しは浮かれているらしい。

    「都会と違って星がきれいだな」

     適当な場所に腰掛ける。夜空はトレセン学園から見る空とは比べ物にならない程たくさんの星が瞬いていた。
     波の音がざあ、ざあとくり返し聞こえる。それに混じって誰かの足音が聞こえた。

    「早く寝ないと、明日に響くぞ」
    「アンタ、その言葉そっくり返されるとは思わなかったのか?」

     隣にシリウスが座る。振り返らずともなんとなく分かった。

    「ありがとな」

     いきなりシリウスがそんなことを言った。

    「何か礼を言われるようなことをしたか」
    「この合宿だよ。私だって、迂闊なことを言ったって自覚くらいはあるんだぜ」

     シリウスは、合宿をしたいという気持ちを、自分でもワガママだと思っていたのだろうか。まあ、今回は偶然シンセダイナが手引してくれたが、無理難題に奔走していたのは間違いない。

    「気にするな。俺だって、お前らに何かさせてやりたかったんだ。それに、まだ初日だぞ。礼を言うなら、この合宿で何か掴んでからにしてくれ」
    「言ってくれんじゃねえか」

     星空の下、シリウスは一等強く輝く星を指差す。

    「この合宿、やって良かったって思うことになるさ、絶対にな」
    「……俺も、そうするつもりだ」

     俺とシリウスは、顔を見合わせて笑った。

  • 21二次元好きの匿名さん22/01/09(日) 07:31:52

     合宿二日目。朝からハードなランニングスケジュールが組まれている。俺は直接ついていく訳ではないから少し気が楽ではあるが。原付の運転なんて出来ないし、自転車じゃ追い付けないからな。そっちの方はコンテストアバターが見てくれるので、その間に合宿前のデータを一元化して、後々比較しやすいよう整形する。

    「ぜー……はー……」
    「ら、ランニング終わりました……」
    「これ、毎朝やるんですか……?」

     一足先に、アクアスワンプとジュエルビスマス、ツヴァイスヴェルの下級生三人組が帰ってくる。彼女達はまだメイクデビュー前で体もできていないということもあり、他のメンバーよりも軽いメニューで調整していた。ランニングも、他の奴らの半分少しくらいだ。

    「お疲れさん。もう少ししたら先輩も帰ってくるだろうから、休憩で体冷やすなよ。風邪引くだけじゃなく、後の練習が辛いぞ」
    「はーい……」
    「先輩方凄いっすね……コンテストアバター先輩も平気な顔でついていってるし……」

     まあ、コンテストアバターはレースだったり加速を求められる場面でなければ、今でもレグルス上位のペースランナーだ。クライネキッスやザッツコーリングよりも長距離走のタイムは良い。
     とはいえ、ただ先輩が凄いという話で終わらせてしまうとモチベーションに影響が出るかもしれないな。

    「まあ、あいつらも最初から凄かったわけじゃない」

     そう言ってこいつらに見せるのは、去年の秋。チームレグルスが発足した当時のデータ。

    「……シリウス先輩以外、今の私達とそんなに変わらないですね」
    「あいつらも練習を続けて速くなったんだ。焦るなよ」
    「……はい!」

     上手いこと元気づけることが出来たようだ。三人は目を光らせて、次のトレーニングメニューに向かっていった。

  • 22二次元好きの匿名さん22/01/09(日) 14:55:19

     合宿の成果は目に見えて上がっていた。特に新入りの三人はメキメキとタイムを上げている。シリウス、トロピカルエア、シンセダイナは秋からのレースに向けて鎬を削っているし、怪我から完全復帰したビューティモアも夏終わりの短距離に照準を定めている。

     その中で伸び悩んでいるのは、クライネキッスとザッツコーリングの二人だった。質の良いトレーニングがそのまま成長に直結するわけではない。必ず全員が伸びることはないと分かっていたが、伸び悩んでいる彼女達を放っておくわけにもいかない。

     どうしたものかと考えている昼休憩。ザッツコーリングがこちらに向かってくるのが見えた。

    「トレーナーさん。一つ相談があるんです」
    「……どうした」

     ほんわかした彼女らしくない真剣な表情だ。彼女なりに伸び悩んでいることに何か思うところがあるのだろうか。何かアドバイスが出来ればとデータを開いた俺に対して、彼女は言う。

    「ダートに、転向しようかと思うんです」

     ダート転向。それは、ある意味では今まで磨いた技術の殆どを捨てる選択だ。芝とダートでは求められるものがまるで違う。ダートで活躍したウマ娘が鳴り物入りで芝のレースに出て結果を出せないことも、その反対も見たことがある。そして、それは何よりも本人の適性に依存する。

     ザッツコーリングにダート適性があるかどうかという話ならば、俺は、あると感じてはいた。

  • 23二次元好きの匿名さん22/01/09(日) 22:21:47

    支援

  • 24二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 01:44:31

    「理由を聞いてもいいか」

     ザッツコーリングがダートを走れるとして、本人がそれを望んでいるとして。手放しでそれを受け入れる訳にはいかない。ダートに進むという言葉の意味を彼女が理解しているのか、確かめる必要があった。

    「芝をこのまま走っても、私は満足出来ないと思いました」

     ザッツコーリングはまだ未勝利戦でしか一着を取っていない。それが才能の無いことだとは思わない。内容は悪くないし、俺にとっては未勝利戦を勝つだけで十分過ぎる程に頑張っていると思う。だが、トロピカルエアは皐月賞を走り、ビューティモアも怪我で回避したとはいえ桜花賞への切符を持っていた。そしてシリウスは日本ダービーを獲った。仲間が前へと進んでいって、彼女が焦りを感じるのもよく分かる。

    「だから間違っていたとしても、新しい可能性に賭けたいんです」
    「ダートは芝とは全く違う。最悪の場合、どっちつかずになってマイナスの結果になる可能性だってある」
    「それでも、今のまま立ち止まっていたくない」

     決意は本物のようだった。後ろ向きでも自暴自棄でもない。それならば、全力で応えるのがトレーナーの義務であり使命だろう。

    「……分かった。ダート向けのトレーニングを考える。他のメンバーにもこのことは伝えるぞ」
    「ありがとうございます。それと、もう一つだけいいですか」
    「なんだ?」
    「ツヴァイちゃんにも、ダートを勧めてみてくれませんか」

  • 25二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 01:45:59

    保守
    ちょっとシリウストレレスになってたから嬉しい

  • 26二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 08:36:07

     ツヴァイスヴェルの夢は有馬記念や、宝塚記念。グランプリレースだ。人気投票で選ばれた最高峰のウマ娘達が雌雄を決する、トゥインクルシリーズの中でもトップクラスの人気を誇るレース。それを目指すのは何もおかしなことではない。

     ただ、不幸というべきか。ツヴァイスヴェルは、芝への適性が無かった。それは相マ眼に優れているとは言えない俺だけでなく、本職ではないウマ娘にも分かる程に顕著だ。

     本当は一度、彼女にダート転向を勧めたことはある。といっても、ダートを試してみるか、なんて軽く聞いてみただけで準備も何もしていなかったが。その時彼女は、自分に才能が無くても夢に向かって走り続けたいと答えた。コンテストアバターのように傷付きながらもがいているのなら、その場で意地でも止めたが、まだ彼女は夢見続けていた。だから何も言わなかった。

    「一人でダートに向かうのは嫌か?」

     自分でも酷い言い方だった。反省するも、飛び出した言葉は戻らない。

    「いえ。私一人でもダートは走ります。ただ、ツヴァイちゃんが走っている姿も、私は見たいんです」

     ザッツコーリングは真っ直ぐな眼差しで言った。

    「……それなら、お前からツヴァイスヴェルに言ってやれ。俺が言うよりも効果はあるだろう」

     彼女の言葉はワガママで、俺はそれに手を貸すわけにはいかなかった。

  • 27二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 17:11:32

    ワクワク

  • 28二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 18:09:10

     二人分のダートメニュー。自身のレースがあるシリウスに任せるわけにも、勉強中のコンテストアバターに投げるわけにもいかない。彼女達にさらなる負担をさせてしまうなどトレーナー失格だろう。
     だが、俺自身もダートの走り方を教えられる程の知識を持たない。今まで担当したウマ娘は全員芝を走っていた。芝とダートを走るウマ娘が違うように、それぞれの走りを教えるのにも別の知識が要る。

     俺に取れる手段は、一つしかなかった。

    「ハイバラさん、ダート用のプログラムを俺にください」

     ミーティング終わり、ハイバラトレーナーに頭を下げる。この人は、シンセダイナの前にも様々な才能あるウマ娘を担当してきた人だ。その中にはダートの重賞で活躍したウマ娘も居る。俺よりも、間違いなくダートに関する知識を持っている。

    「…………君は、本気でそれを言っているのかね」

     ハイバラトレーナーは、高級そうな眼鏡を外して机に置いた。

    「トレーナーが持つ知識は、それ自体が価値を持つ財産であり、実力だ。交流会というものも存在するが、それはあくまで相互に利益を得られるからに過ぎない。一方的な譲渡は、乞食と何も変わらない」

     お前は何を差し出すのか。ハイバラトレーナーは言外にそう聞いていた。

  • 29二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 18:33:46

    灰原兄貴かっこよ…

  • 30二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 00:06:11

    等価交換か…

  • 31二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 01:04:13

    「俺は……トレーナーとしては未熟です。俺が集めたデータは、あなたにとっては全く価値の無いものでしょう」

     それは、シンセダイナの為に用意した治療施設の情報を見れば分かる。自分が得意だと思っていたデータ収集においても、俺はまだこの人には敵わない。いつか戦えるようになるのかも分からない。

     だから絶対に俺しか持ってないものをベットするしかない。

     バッグから取り出した、プリントアウトされた大量のデータに、ハイバラトレーナーは目を見開いた。

    「俺が今まで記録してきた。レグルスのメンバー全員のスコアです。特に、シリウスシンボリや、トロピカルエアのデータはあなたにとって有用な筈だ。俺は……これをトレードに出す」
    「……君は馬鹿かね」

     呆れ返ったような声だった。

    「仮に最終的に全てを出すとしても、小出しにしようは考えなかったのかね」
    「それは」
    「もし私がこれで満足しなかったらとは考えなかったのか? 交渉の手札を最初に全て見せるのは下策中の下策だ。仮に今回通ったとしても、次に続かないだろう」

     言われてみれば、返す言葉もない。目先のものに囚われて、将来的に彼女達の損になるようなことをしている。それでも、ここで引き下がることは出来ない。

     ハイバラトレーナーは深いため息をついた。

  • 32二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 06:56:21

    交渉って難しいよね

  • 33二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 14:37:42

    「ダート用のプログラムが必要なのは誰かね」
    「えっ……」
    「誰かと聞いている」
    「……ザッツコーリングと、ツヴァイスヴェルの二人です」
    「ならば、その二人のデータを渡しなさい」

     言われた通りに、二人のデータをハイバラトレーナーに手渡す。

    「これは貸しだ。早くに返さなければその分利子が嵩むと思いたまえ。それが嫌ならば、実力を積むことだ」
    「……! ありがとうございます」

     また一つ、未熟な自分は誰かに助けられた。その事実を噛み締め、深く頭を下げる。そして頂いたデータを飲み込み自分のものにしてみせると強く決意する。

    「ついでだ、プログラムの他に、一つ忠告しておこう」
    「忠告、ですか」
    「支えてるつもりで、寄りかかるな」
    「それは、どういう」
    「意味は自分で考えたまえ。無能の烙印を押されたくなければね」

     この人が言うからには、きっと必要なことなのだろう。
     寄りかかるな、誰に。その答えは、考えるまでもなかった。何に、という問いには答えは出なかった。

  • 34二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 18:27:16

     ツヴァイスヴェルから話がしたいと連絡が来たのは、その翌日のことだった。他の人には聞かれたくないということで夜のテラスを集合場所に指定する。テラスまであるのは本当に凄いなここ。

     俺が定刻十分前に着くと、ツヴァイスヴェルは既にそこで待っていた。

    「待たせたか」
    「いえ……まだ時間になってませんし」

     ツヴァイスヴェルは沈痛な面持ちだった。何の話をしに来たのかは、聞くまでもない。

    「一応先に言っておくが、ザッツコーリングの言葉は彼女が感じたことを、彼女の意思で伝えたものだ。それだけは念頭においてくれ」
    「……はい」

     納得も理解もしている。だが、心はそれでは済まない。

    「夢を追いかけるの、って駄目なんでしょうか」

     彼女の夢は、グランプリレースだ。しかし、少なくとも今のままではその願いは叶わない。そして、ダートに転向すれば永遠に叶うことはないだろう。それを、聞こえの良い言葉で誤魔化すつもりはない。

    「夢を追いかけるのは自由だ。それが呪いに変わるまでは」

     脳裏には、コンテストアバターにあの言葉を告げた時の記憶が過ぎっていた。

  • 35二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 23:35:32

    夢と呪いは表裏一体ってか

  • 36二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 23:40:29

    夢と呪い、ファイズでも言われていたな...

  • 37二次元好きの匿名さん22/01/12(水) 00:53:50

    「俺はお前の判断を尊重する。お前がグランプリを目指したいというのなら、その為に全力を尽くす」

     それは、彼女の願いによって彼女自身が傷つくことにならなければ、の話だ。ツヴァイスヴェルはまだ本格化を迎えきったわけでもなく、むしろこれからどんどん伸びていく。夢を諦めるにはまだ早い、という気持ちは本心だ。

    「ただ、ザッツコーリングはお前のダートでの活躍に夢を見た」

     ザッツコーリングがダートへ挑む時に共に切磋琢磨し、きっと自分の先へ行くだろうからこそ、越えるべき目標となる姿を夢見た。それは、ツヴァイスヴェルからすれば勝手な押し付けに思えるだろう。

    「だからあいつは俺に、ダートを勧めるよう願ったし、俺はそれを断った。あいつのエゴで誰かの進路を変えようとするのなら、あいつ自身の言葉で変えなきゃ意味がない」
    「……トレーナーさんは、私がグランプリを目指すのを否定しないんですね」
    「ウマ娘の夢を支えるのがトレーナーの仕事だ。間違った道から引き戻してやるのも仕事だけどな」

     ついでにワガママを聞くのも、とおどけると彼女もつられて笑う。

    「夜遅くに相談乗ってもらって、ありがとうございます」
    「答えは出たか?」
    「まだですけど……ちゃんと出せると思います」

     ツヴァイスヴェルの目は、月に照らされて光を取り戻していた。

  • 38二次元好きの匿名さん22/01/12(水) 08:27:53

    保守

  • 39二次元好きの匿名さん22/01/12(水) 17:47:43

     ツヴァイスヴェルが出した答えは、芝を走り続けるというものだった。ザッツコーリングは残念そうにこそしていたが、二人の関係性が(俺が見た限りでは)悪くなるということもなく、腹を割って話し合えたのだろうと思う。そこにまで首を突っ込むのは流石に野暮というものだ。

     基礎トレが終わると、ザッツコーリングは一人ダート用のトレーニングをこなす。ハイバラトレーナーから貰ったものを俺とコンテストアバターの二人で噛み砕いた内容のお陰か、トレーニングの進み具合は順調のようだ。

    「トレーナーさん、今のタイムどうでしたか?」
    「50秒7。平均が51秒1だからかなり良いタイム出てるな。安定してタイムは縮んでるぞ」

     ダート800mのタイムはぐんぐん伸びている。URAで800mの短さはそうないが、ザッツコーリングはスタミナに不安があるタイプでもない。この調子で仕上げていけば、きっと良い成績が残せるだろう。

    「トレーナーさん、ありがとうございます」
    「なんだ急に」
    「私のワガママを聞いてくれて。それでズルをしようとしたら叱ってくれて」

     礼を言われると、なんだか急に気恥ずかしくなる。当たり前のようにこういうことができるシリウスは、本当に凄いんだな。なんともなしにそんなことを思った。

  • 40二次元好きの匿名さん22/01/12(水) 22:56:01

    トレーナーも成長するのだ

  • 41二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 01:27:20

    「トレーナーさーん!」

     シンセダイナの別荘地で仕事するのにも慣れてきた頃、ラウンジでノートパソコンを開いていると、ジュエルビスマスとアクアスワンプがこちらに向かって走ってきた。

    「どうした」
    「クライネ先輩見ませんでしたか?」

     休憩中にクライネキッスを探しに来たらしい。見ていないと返すと、二人は礼を言って他の場所へと走っていく。
     それを見届けると、俺は足元に話しかけた。

    「行ったぞ」
    「あ、ありがとうございましゅ……」

     俺の荷物の陰に隠れていたクライネキッスが、のそのそと這い出てきた。二人が来る数分前に助けてくれと走り込んできたのだ。ビューティモアの悪戯に巻き込まれそうにでもなったのかと思ったがそうではなかったらしい。

     どうやら、クライネキッスは他のメンバーと比べても下級生に慕われている。シリウスはリーダーとしての憧れが先に来る、トロピカルエアはストイックだ。ビューティモアは悪戯が過ぎるし、ザッツコーリングは普段の独特なテンポに幻惑されているのをよく見る。コンテストアバターはよく分からないが、後輩からは恐れられているらしい。

     そういうわけでクライネキッスは三人組から慕われているのだが、当の本人は未だに慣れていないようだ。隠れる程に逃げてきたのは初めてだが。

    「にしてもどうしたんだ。別にキレてる感じでも無かったが」
    「ええ、と……その」

     言いにくいことなのだろうか。シリウスに任せるべきかと考えていると、予想以上にしょうもない理由が返ってきた。

    「アドバイスを求められて……」

  • 42二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 10:59:50

    トレーナーもいい関係築けてるようで何より

  • 43二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 13:01:08

    「いやそれは別に受けてやっても良いんじゃないか……?」

     別に二人も完全無欠な答えを求めているわけではないだろう。わざわざシリウスやコンテストアバターではなくクライネキッスに聞いたということは、彼女にしか答えられないものだ。或いは、彼女にこそ答える意味があるものだ。しかしクライネキッスは首をブンブンと振る。

    「む、無理ですよ、私が、アドバイスなんて」
    「あー、どうして無理なのか聞いてもいいか」
    「だ、だってシリウスちゃんみたいに自信もないし、コンちゃんみたいにちゃんと言葉にできる気もしないし、と、とにかく無理です!」

     思わず眉間を押さえる。嫌なら無理強いすることもないとは思ってはいたのだが、クライネキッスの自己肯定感の低さは中々凄い。バ群に弱かった差しから逃げに戦法を変えたとはいえ、これでよくレースを走れるものだ。
     そしておそらく後輩達は、特にジュエルビスマスはその部分を詳しく聞きたがっている。

    「あー、分かった。とりあえずいつ二人が戻ってくるか分からんし、早めに他のところに逃げた方が良いぞ」
    「そ、そうですね。ありがとうございましたー!」

     走り去っていく後ろ姿を見届ける。それから考える。クライネキッスと後輩達を合わせることは、もしかしたら上手く化学反応を起こすかもしれない。

     ちょっと荒療治試してみるか。トレーニングの内容を少しだけ修正した。

  • 44二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 20:58:49

    可愛い

  • 45二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 00:32:58

    「で、あの組み合わせになったのか」

     シリウスが玩具を見るような目でクライネキッスの方を指差した。二つのチームに分かれてのグループトレーニングは元々あったプログラムだ。本来はクライネキッスの人見知りを鑑みて、仲が良く引っ張っていけるビューティモアと同じチームにするつもりだったが、直前でそれを変えた。
     シリウス、ビューティモア、ツヴァイスヴェル、シンセダイナのAチーム。クライネキッス、トロピカルエア、ジュエルビスマス、アクアスワンプのBチーム。少し偏った構成にはなったが、これでやる価値は十分にある。

    「しかしトロとか。保つのか?」
    「まあ、本当にヤバそうならストップかけるが……実は案外大丈夫なんじゃないかと思ってる」
    「ハハハッ、私もだ」

     シリウスは俺よりずっと前から同じことを思っていたらしい。

    「トレーニングの最後はリレー形式のレースだろ?」
    「ああ、アンカーはお前とクライネキッスだ。ハイバラさんと話し合って決めた」

     ちなみに一番手はトロピカルエアとシンセダイナだ。菊花賞を巡る前哨戦と言ったところか。

    「トロピカルエアには、クライネキッスをリーダーとして立てるように言ってある」
    「良いな。どう殻破るのか、今から楽しみだ」

     そう言ったシリウスの顔は、何故だか少しだけ不満そうに見えた。

  • 46二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 06:33:50

    おや…?シリウスの様子が…

  • 47二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 15:00:27

     クライネキッスをリーダーに据えたBチームのスタートは酷いものだった。音頭を取れない彼女はすぐに助けをトロピカルエアに求めたが、トロピカルエアはこれを拒否。ビューティモアだったら耐えきれずに助け舟を出してしまっただろうが、トロピカルエアは必要だと思えばその辺りはシビアに判断できる。後輩からは期待の視線を向けられ、コンテストアバターに見張られているから逃げ出すこともできない。結局、泡を吹くように練習メニューを進めていたが、予定の半分もこなせなかった。

    「半分弱はこなせた、の間違いなんだよな」

     休憩時間にデータを入力しながら独り言で修正する。初日は全く動けないことも考慮に入れていた。しかし、クライネキッスはたどたどしくもリーダーとしての役割を果たして見せた。
     荒療治だが、本当に性格的に出来ないのであればその段階にすら進まない。ストレスで体調を崩すか、逃げ出すかのどちらか、クライネキッスは立ち向かって見せている。それは間違いなく彼女は次のステップに進むのに必要となる。あとは、後輩二人がどれだけ動くか。

    「シリウスの方は見た感じ問題無いな」

     Aチームはリーダーとしてシリウスを立てているものの、実際にはシンセダイナとのツートップだ。彼女達はしばしば意見をぶつけ合わせていたが、すぐに妥協点を見つけて練習に戻っていく。残りのビューティモアとツヴァイスヴェルの二人は自分で考えて動くよりも言われたことを純粋にこなす方が得意で、ロスなくトレーニングを続けている。

    「グループトレーニングは後五日。それまでにどれだけ進むか」

     そして、グループトレーニングには参加していないザッツコーリングの練習も見なければと、パソコンを閉じた。

  • 48二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 15:58:25

    ふぅむ楽しみ

  • 49二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 23:18:47

    トレーナー可愛いな

  • 50二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 10:16:00



     どうしてこんなことになってしまったんだろう。クライネキッスは後悔に使える事柄を思い浮かべようと頭をひねる。しかし、こんなことになってしまうような心当たりは無い。

    「クライネ先輩、今日もよろしくお願いします!」

     後輩二人が、きらきらとした眼差しでクライネキッスを見る。今の自分はグループのリーダーなのだ。シリウスシンボリにも、ビューティモアにも頼れない。唯一の助けだと思っていたトロピカルエアも、彼女に手は貸さなかった。

    「え、あ、えっと……まず、は15kmの、ラン、ランニングから……」
    「分かりました!」
    「お願いします」

     どもりながら渡されたメニューをそのまま口にすると、無邪気な後輩は勢いよく返事をした。あまりに元気が良くてクライネキッスはさらに縮こまる。

    「アップはしなくていいの?」
    「あ、そう! うん、えと。まず準備運動から」

     トロピカルエアの言葉で忘れていたことを思い出す。やっぱりこんなこともすぐ抜かしてしまうなんて、自分はリーダーには向いていない。トレーナーは何を思って自分をリーダーにしたのだろうか。

     それでも、なってしまったからにはやるしかないと、クライネキッスは後ろ向きに覚悟を決めていた。

  • 51二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 18:13:32

    「クライネキッスがリーダーで、どうだ?」

     ジュエルビスマスとアクアスワンプを呼び出して尋ねるのは、クライネキッスのリーダーとしての評価だ。俺が見た限りでは、ちゃんとやれているように見えても、当人達の間では不満が溜まっていることもある。

    「どうだ、って普通に練習してるだけですよ」

     いまいち質問の意図が分かっていないのか、頭に疑問符でもつくような声でジュエルビスマスが答える。賢しくおべっかを使われるよりも、ずっと生の声だ。

    「トロピカルエアがリーダーだったら良いのに、とは思わないのか?」
    「……決めたの、トレーナーさんですよね」

     そんなことを思っていたのか、と言いたげな顔だ。まあ、トロピカルエアにリーダーをしてもらいたいとメンバーが思っているのに、わざとクライネキッスをリーダーにしたのだとしたら、嫌がらせの類いにもなるだろう。

    「ただのヒアリングだ。トレーニングに支障が出るようなら変えなきゃならないしな」
    「別にそうは思いませんけど。トロ先輩がリーダーは嫌だって話じゃなくて、その……」
    「俺しか聞いてないから気にせず言ってくれ」

     続きを促すと、ジュエルビスマスは視線を宙にしばらく漂わせた後、意を決したように言った。

    「クライネ先輩がリーダーなの、シリウス先輩とかよりも、良かったって思うんです」

     そこまでの好評価は少し意外だった。俺の見立てだと、リーダーが出来ないわけじゃない、くらいでシリウスやビューティモアより評価が高いとは思わなかった。

    「それはどうして?」
    「クライネ先輩、一番色々見てくれてるから」

     それはある意味で納得の答えではあった。

  • 52二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 23:54:16

    「シリウス先輩やモア先輩って、前に立って引っ張ってはくれるんですけど、こっちを振り返ってみてくれることってあんまりなくて」

     俺が力不足なせいもあるが、シリウスはレグルスのメンバー全体を見回した上で自分の走りも磨かなければならない。目立つ問題ならばまだしも、個別個別に事細かく見ている余裕はあまり無いだろう。ビューティモアは行動力があって周りを巻き込んでいくから、支えるというより支えられるタイプのリーダーだ。

    「トロ先輩とかは、真面目で融通がきかないっていうか」
    「ザッツコーリングは?」
    「あの人はよく分かんないです……」

     よく分からないは流石にかわいそうだと思いつつ。

    「クライネ先輩って、私が靴紐解けたとか、ちょっと足つったとかそういうのにもすぐ気付いてくれて」
    「私が置いてかれそうになっても気付いてくれます!」

     横からアクアスワンプが口を挟む。すまん俺も話してる間ちょっと忘れてた。

    「贔屓っていうか。リーダー選ぶなら、やっぱり私達のことちゃんと見てくれる人が良いなって」
    「なるほどな。それ、クライネキッスにちゃんと言ってやれ。お前達の言葉じゃないと、信じられないだろうからな」

     思いの外クライネキッスの評価が高かった理由を知れて良かった。だが、一人だけ名前が出ていないことに気付き、聞いてみる。

    「そういやコンテストアバターは」
    「あの人鬼なんで嫌です」

     即答だった。

  • 53二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 04:23:52

    鬼扱いは草

  • 54二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 08:25:32



    「クライネ先輩。リレー、絶対に勝ちましょう」

     ジュエルビスマスの言葉に、クライネキッスは目を回しかけた。リレーに勝つ。それは、シリウスシンボリに勝つという意味だ。

    「そ、それは負けたくないとは思うけど、勝てるとは、その」
    「勝ちたいんです。今しか無いから」
    「い、今しか?」

     今、という言葉の意味が分からずオウム返しになる。合宿は終わるが、トゥインクルシリーズとしてはこれからが本番だ。けして今しか出来ないことない。

    「クライネ先輩がリーダーで良かった、って証明したいんです」

     この後どれだけ結果を残そうと、この合宿でクライネキッスがリーダーだったことの正しさを示さない。シリウスシンボリではなく、シンセダイナではなく、ビューティモアでもなく。クライネキッスだからこそ、が欲しい。

    「私も、アクアも。勝つ為に全力で繋ぎます。だから、最後勝ってください。シリウス先輩より先にゴールしてください」
    「ちょ、ちょっとねえ……ト、トロちゃん」

     真剣だと理解したクライネキッスはトロピカルエアに助けを求める。決意に満ちた眼差しにどう答えれば良いのか分からない。

    「私だけ蚊帳の外にはしないでよね。勝つなら、第一走の私だってコケるわけにはいかないでしょ」
    「ト、トロちゃん……」

     乗り気のトロピカルエアを前に、クライネキッスはへなへなと座り込んでしまった。

  • 55二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 18:31:17

     合同トレーニングの最後のプログラム。合計8000メートルのリレー形式のレースがやってきた。レース場を走るが、バトンではなくタスキを繋ぐ形式だ。

     一番手、2000mを走るのはトロピカルエアとシンセダイナ。皐月賞と同じ距離ということもあり、リベンジの意味もあってトロピカルエアは燃えているだろう。惜しむらくは、後輩のバランスを鑑みて5秒のハンデがあることか。

     第二走はデビュー前の二人、アクアスワンプとツヴァイスヴェル。この二人は1500m走り切ることが目的だ。スタミナだけならば問題はないだろうが、実際のレース形式という感覚が不必要に体力を消耗する可能性は高い。ハンデ的には競り合う可能性は低いが、何が起こるか分からない区間だ。

     おそらく両者が隣になるのは第三走。ジュエルビスマスとビューティモアの2000m。ジュエルビスマスは実力は光るものがあるとはいえ、極度の緊張しいだ。息が上がって急ブレーキがかかる可能性が高い。対するビューティモアは距離の短い方が得意とはいえ、中距離もこなせる。5秒のハンデはここでなくなる。

     そして最終走者。クライネキッスとシリウスシンボリの2500m。実力、という話をするならばシリウスの方が間違いなく速い。だが練習とはいえレースに絶対は無い。ジュエルビスマスが粘ってクライネキッスがより先にタスキを受け取るようなことがあれば、シリウスも簡単には捕まえられないだろう。

  • 56二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 23:35:32

    いやいや毎日ありがとうございます

  • 57二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:02:33

    追いついたぜ…まさか続編が出るとは

  • 58二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:49:12

    「コンテストアバターはどっちが勝つと思う?」
    「んー、賭けるならやっぱりシリウスちゃんも居るAチームですけどぉ」
    「けど?」
    「そんなに、差は出ないんじゃないかなって思いますねえ」

     コンテストアバターは勝敗を半々寄りにとらえているようだ。

    「やっぱり5秒は重いか」
    「それもありますけどぉ」

     その視線はクライネキッスでもシリウスシンボリでもなく、ジュエルビスマスに向いている。

    「結構面白いことしてくれるんじゃないかなぁ、って」

     ジュエルビスマスは、三人の中では一番タイムも速いし、コース取りや仕掛けるタイミングも一つ抜けている。確かにポテンシャルを発揮できればビューティモアに競り合える逸材だろう。距離の適性を考えれば有利でもおかしくない。だが、彼女は彼女自身が嘆いて直そうと努力する程に本番に弱い。今回の合宿で、きっかけを見つけることが出来たのだろうか。勝負根性の部分はデータを見るだけでは分からない。

    「じゃあ私はBチームに一票でー」

     ザッツコーリングが、俺はどちらに賭けるのかと目で聞いてくる。トレーナーとしてどちらかに肩入れするつもりもない、俺は苦笑しながら首を振った。

  • 59二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 09:00:07

    援護射撃
    毎日の楽しみ

  • 60二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 17:56:11

     スタートの合図。トロピカルエアが先にスタートした。一般に一人でペースを刻むのは難しいと言われている。トロピカルエアは元の脚質が差しなのもあって、誰かが前に居た方が良い走りをするが、それは一人では走れないというわけではない。
     5秒遅れてシンセダイナがスタートする。好スタートを切れたこともあり、ハイペースで上がっていく。5秒のハンデを自分だけで埋めてしまおうとする勢いだ。追う側は前の目標が分かりやすいが、追われる側は難しい。徐々に差が縮まっていくのが分かる。トロピカルエアもそれに気付いてギアを上げた。皐月賞の時みたいな破滅する走りではなく、無理なくペースを上げていく。
     トロピカルエアからアクアスワンプにタスキが渡る。それから遅れてシンセダイナからツヴァイスヴェルに。縮んだタイムは1秒弱、バ身に直せば3~4バ身と予測通りといったところだろう。逃げが得意でないトロピカルエアも、走りの勉強になった筈だ。

     後輩二人。第一走者のトロピカルエアとシンセダイナに比べれば当然荒削りだが、合宿始めに比べれば格段にフォームが良くなった。特にツヴァイスヴェルはシンセダイナから様々聞いていた姿を見ている。普段は一緒にトレーニングしない相手から学んだ技術は、彼女を仲間より一歩先に進ませているようだ。苦手だった芝を克服して、成果としては申し分ない走りだが、見た目よりも差は縮まらない。ツヴァイスヴェルはアクアスワンプの広いストライドを意識し過ぎて、詰めきれていない。結局1バ身縮んだかどうかというところで第三走者へとタスキが渡った。

  • 61二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 01:48:47

    「……速い。かかってるのか?」

     ジュエルビスマスはスタートから一気に前に出た。先行につける走りだったのは間違いないが、こんなに前のめりになるタイプではない。これではまるでクライネキッスと同じ逃げじゃないか。
     意図的にやっているのか、それとも。最初に浮かんだのは精神的にかかってしまって、配分が崩れている可能性だ。ベテランのウマ娘でも逃げられないかかりは、スタミナを非常に消費する。あがり症の彼女はしばしばかかってしまって、失速することが多かった。しかし、こんな早いタイミングからエンジンをふかすことは初めてだ。それに、フォームが全く崩れていない。最初からこの走りをするつもりだったのか。

     ビューティモアが走り出す。当然、差はじわりじわりと縮まっていく。いくらジュエルビスマスがハイペースで、なおかつ余力を残しているとしても、相手は重賞で掲示板にも入るウマ娘だ。地力の差はどうしようもない。

     残り500m、差はおよそ10バ身。このままビューティモアがスパートをかければ差はさらに小さくなる。だいたい2バ身まで追い付いてシリウスにタスキが回るだろう。そして2500mという距離で2バ身というハンデは余りに小さい。

    「トレーナーさん、これからですよぉ」

     コンテストアバターは悪戯が成功したように笑う。その目の前で、ジュエルビスマスは──もう一段階加速した。

  • 62二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 09:55:23



     肺が熱い、心臓が熱い、足が熱い、脳みそが熱い。散々走った後でまた一歩踏み込むのは体が千切れそうだ。それでもジュエルビスマスは走る。一つは自分の為。スタミナは足りている筈なのに、いつも焦って仕掛け時を間違えて、後悔し続けている自分を変えたい。その為には、ここでビューティモアに勝つ必要があった。

     敵わない相手なんかじゃ、ない!

     確かに今までは自分より速かったかもしれない。それでも、少し早く生まれて、少し早く走っていたからってけして抜かせないわけじゃない。先輩達にとっては練習で、本番とは思っていない。しかし、ジュエルビスマスにとっては、自分が自分を認める為の一世一代の大舞台。

     ビューティモアが後ろから迫ってくるのを肌で感じる。まだ遠い。だけど、すぐに追い付いてくる。捕まってはこの走りをした意味が無い。

     強く足を踏み込む。破滅的な逃げからのスパート。限界まで削ったスタミナをさらに燃やし尽くす。それは、クライネキッスから教わった走り方だった。

     人見知りで臆病なクライネキッスは、だからといってレース本番で慌てふためくことはない。彼女にあって、自分に無いものはなんなのか。ジュエルビスマスはそれが知りたかった。もし、それが分かれば自分はもっと先に進めると信じていた。

  • 63二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:44:17



    「レースで、緊張、しない理由?」

     グループトレーニング中のある日、ジュエルビスマスの問いにクライネキッスは首を傾げた。

    「わ、私もいっつも緊張してるよ。そんな凄いことできない、から」
    「でも、クライネ先輩いつも崩れずに走り切ってるじゃないですか」

     クライネキッズは逃げウマでありながら、後半で失速することが少ない。差しきられて一着を逃すことは多けれど、いつも掲示板内に居る。

    「何か、コツとかないんですか?」
    「コツ、コツかあ……」

     クライネキッスは目を泳がせながら言葉を探す。

    「あれこれ考えないこと、かな」
    「考えないこと?」
    「あのね……私、最初は逃げじゃなくて差しだったの。でも、近くで他の子が走ってると怖くて……頭真っ白になっちゃって」

     それは、ジュエルビスマスとは似て非なるものだった。彼女の場合は、周りを考え過ぎて、レースの組み立てをシミュレーションし過ぎて本題を見失ってしまう。

    「それで、逃げに転向したんだけど。最初は上手く行かなかったの」

     シリウスやトレーナーが手応えありと感じた転換も、彼女にとっては光の見えない暗闇で一歩踏み出しただけだった。

    「ここでスパート、ここまでのタイムはこれくらい。周りに他の子が居なくなったら何も分からなくなっちゃって。真っ白なりに、考えて走ってたんだなって、その時気付いたの」

     無意識の内に体に刷り込まれたレース感覚。それが狂った歯車として彼女を苦しめていた。

  • 64二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 00:19:26

    オラァ!死守して保守じゃぁ!

  • 65二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 08:46:49



    「そんな時、シリウスちゃんが言ってくれたの。一回何も考えずずっと全力で走ってみろ、って」

     前へ、前へ、ひたすらに前へ。余力なんて考えるな。スパートなんて考えるな。ただ1000m、2000m全部をトップスピードで走れ。
     もちろんそんなことは出来る筈が無い。それが出来たなら、きっと最強のウマ娘だろう。しかし、死にそうな程に、全力で頭を完全に真っ白にした先には、走る快感だけが強く焼き付いていた。

    「私は走るのが好き。私は勝ちたい。私は先頭に立っていたい。考えるのは、それだけ」

     そう話すクライネキッスの目には、いつものおどおどした揺らぎが無かった。まるでG1を勝ったウマ娘のような、真っ直ぐにあって、翳ることのない光があった。

    「あ、これは私の場合だからね! あの、ビスちゃんにはビスちゃんの走り方があると思うし、私のって、ただ何も考えてないだけだから」

     すぐにいつもの調子に戻ったが、ジュエルビスマスは、その残像が目に焼き付いていた。

    「クライネ先輩。お願いがあります」
    「へっ、な、なに?」

     ジュエルビスマスは頭を深く下げる。今から頼むことが自分の為になるのか分からない。クライネキッスの言葉が自分に当てはまるのか分からない。だからこそ、今試してみたかった。

    「私に、逃げを教えてください」

  • 66二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 17:08:10

    トレーナーが暫く出てこないとは珍しい
    チームメンバーも成長してるんですね

  • 67二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 17:31:24

    どんどん好きな娘がふえる

  • 68二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 23:41:51

    支援

  • 69二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 02:07:38

     ジュエルビスマスの末脚は、何処からその底力が出てくるのかと問いたくなるほどに素晴らしいものだった。競る相手もなく、一人でこれだけの力を出せる。逃げとして最も必要な、誰も居ない景色を全力で走り続ける心の強さ。こんなにも逃げの適性があるだなんて知らなかった。

    「トレーナーとしてまだまだだな……」

     気付かぬ内に言葉が漏れていた。彼女を逃げさせるなんて発想頭にかけらも浮かばなかった。ハイバラトレーナーなら気が付いていただろうか。或いは、マンハッタンカフェを育てたあの人なら導き出したのだろうか。
     考えても詮無いことだ。俺は俺で、どうやってもあの二人にはなれない。今するべきは後悔することではなく、彼女のトレーニングを逃げ向けに調整し直すこと。そして、それよりも先に、このリレーレースの結末を見届けること。

    「そう来ねえとなあ!」

     ビューティモアが楽しそうに叫んでいるのが聞こえた。彼女は、目標が遠ければ遠い程、追うのに全力を出せる。レースの組み立てが上手いトロピカルエアとも、競り合いが強いシリウスシンボリともまた違ったタイプの差しウマだ。むしろロングスパートの掛け方は追込に近い。ジュエルビスマスの末脚を見て、彼女も早いタイミングでスパートを開始した。

     差は縮まらない。ビューティモアと、重賞レベルのウマ娘と同じスピードで走り続ける。それでも、最後にはスタミナが尽きたのだろう。一気にブレーキし、クライネキッスに託された。

     最終走者。その差はおよそ、5バ身。

  • 70二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 10:03:34

    良いね楽しみ

オススメ

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