- 1二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:10:00
トレーナー寮の自分の部屋の扉を開けると、いつもはないバレエシューズがあった。
トレセン学園の指定のその靴は、校内でこそ見るものの、ここではなかなか見ない。
だからこそ、誰が来ているのかはすぐにわかった。
「お帰りなさい、トレーナーさん」
「ただいま、グラス」
パタパタ、とスリッパを鳴らして駆けてくるのは。
担当で愛バのグラスワンダー。
こうやって時々、家事をしてくれるのは本当にありがたい。
「お風呂にします? お食事にします? それとも、私ですか?」
制服に、飾り気のないピンクのエプロンを身に着けた彼女が、悪戯っぽく聞いてくる。
新婚三択。
グラスはまだ学生だし、まだトレーナーと担当の関係でしかないけど。
「グラスにしようかな」
これも、いつもの返し。
普段と同じく、胸に飛びついてくる彼女を抱き締めて、唇を交わす。
毎日のように同じことをしていれば、目を瞑ってもグラスの唇を外すことなんてない。
「お仕事、お疲れ様でした。お風呂は立ててあるので、リビングで上着を脱いだら、入ってきてください」 - 2二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:10:35
そのまま、台所へ戻るグラス。
肉の焼ける香ばしい匂いが、食欲を刺激する。
何気なく、リビングに行くと。
「……グラスの目的は、これか」
テレビの前に置かれているブルーレイには、でかでかと『忠臣蔵』と書かれている。
そう言えば、今日は12月14日。赤穂浪士の討ち入りの日。
トレーナー寮の大画面テレビで、映画を見たいということなのだろう。
「ちゃっかりしているなあ、もう」
ネクタイを外し、背広の上着をクローゼットに掛けながら、笑みが零れる。
いささか趣味が渋いところはあるが、好きなものをよりよく見たいという願望は、年相応の学生そのもの。
むしろ、そういう子供っぽいところと、大人っぽい落ち着きが同居しているところも、グラスの魅力。
夕食を期待して、一っ風呂浴びに行くことにした。 - 3二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:11:17
窓際に鎮座する、モッコウバラの生け花。
ソファに座る自分の前に並んだ夕食は、想像を超えて豪華だった。
横目で、ちらりとグラスを見ると。
それに気が付いたのか、ニコニコとこちらを見てくる。
「今日は奮発しました」
――解説しますね、と料理を指差しながら、グラスの説明が入る。
焼いた鴨肉と、卵黄の玉子かけ御飯。
なんでも、赤穂浪士の討ち入りの夜に、堀部安兵衛の妻が大石内蔵助に出した晩餐だとか。
仄かに鰹と昆布の香りがして、醤油と砂糖、味醂で味もしっかりついている。
米が、進む。
牛肉の味噌漬け。
大石内蔵助が、精を付けるために赤穂浪士のメンバーに送っていたものらしい。
当時は彦根産だったそうだが、グラスも近江牛にする凝りよう。
なお、若者には精が付きすぎるため、勧めなかったとか。
卵白のスパニッシュオムレツ。
卵黄のみの玉子かけ御飯を作ったので、余った卵白を使用したものというが。
その純白の佇まいが、ちょいと珍しい。
一口齧れば香辛料が効いていて、フワトロ食感が返ってくる。
いぶりがっこに豚汁。
沢庵の旨い季節になった。それが、薫じてあるいぶりがっこなら、なおさら。
具だくさんの豚汁は、「鶏と牛を使いましたので、折角だから豚もと思いまして」とのグラスの弁。
人参、大根、玉葱に溶け出した豚の脂がトロリと絡む。
彼女曰く、胡麻油の一滴が隠し味。 - 4二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:11:55
――美味しそうだ。
見ているだけで、口内につばきが溜まる。
微笑んでいる、グラス。
「いかがですか? 今日は自信作なんです」
そんなことを言う彼女に、芝居がかった仕草で返すと。
グラスもすぐに、乗ってきた。
「やや、此は如何に。かくも贅を尽くした振舞、古今東西聞き覚え無し」
「トレーナーさんが為に、馳走仕り候」
「有り難き幸せ。なれど、斯様に身共に精を付けてなんとするぞ」
「討ち入り参らせ候ぞ」
「どちらに討ち入り参らせ候や」
「我に討ち入り参らせ候」
「いや、無理でしょ」 - 5二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:12:21
耐え切れなくなって、現代語で返してしまう。
「私の勝ちですね」なんて破願している彼女。
「冗談です。さあ、召し上がれ」
「いただきます」
――目が本気な気がしたが。
とりあえず、夕餉をいただくこととした。 - 6二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:13:00
夕食後の一時。
グラスもすでに風呂をもらって、太ももまでの肌襦袢1枚。
ベッドに腰掛けるこちらの横に、寄り添って座ってくる。
映画を見るには、ソファだとテレビに近すぎて、見にくいのもあって。
2人で、ベッドで寄り添って映画を見る。
3時間弱で終わった後は、気怠げな時間。
グラスの耳が、ゆっくりと左右に揺れて。
彼女の尻尾は、穏やかに回って振られている。
見るからに御機嫌で、ほぅ、と満足気な溜息を漏らしている。
「映画は、楽しかった?」
「ええ。期待以上でした。演技も良かったですし、セットも本格的で。脚本にもケチのつけようがありません」
「それは、良かった」
グラスの柔らかな鹿毛の髪を、静かに梳く。
甘えた表情の彼女は、しとやかにその顔をこちらの胸に預けてきた。
と……。 - 7二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:13:28
「えいっ」
突如として。
グラスが、こちらに抱きついてきたかと思うと、そのままベッドに押し倒してきた。
のしかかったまま、俺の胸に頭を擦り付けて。
「トレーナーさん、討ち取ったり」
そんなことを、言い出した。
彼女の髪から、微かに香る甘くてすがすがしい、朝顔の香り。
上気して桜色の肌に、白い肌襦袢のコントラストが艶めかしい。
――でも。
トレーナーとして、簡単に負けるわけにはいかない。
グラスを抱き締めると、半回転。
彼女をベッドに組み敷く。
「グラスワンダー、討ち取ったり」 - 8二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:13:51
すると、頬を染めて。
「速やかに私を好きにしてください。トレーナーさんのためには良い女だと自負しております」
そんなことを言い出したので。
つい、と額の流星をつつく。
「討ち入りはしないからね。というか『忠臣蔵』が『平家物語』になってる」
「トレーナーさんが熊谷直実のように後悔しませんように、今ここで抱いてくださいませ。熊谷直実のように極楽浄土を拝まずとも、この世の極楽を体験させてあげます」
「却下」
力を抜いて、グラスを上から押さえつけるように抱く。
2人の距離は、もう指呼の間。
それから、耳元に囁く。 - 9二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:14:18
「抱いて欲しかったら、もっと良い女になってね。俺が抱きたくなるくらい。待っててあげるから」
「……はい」
残念そうなグラス。
だが、瞳に決意の表情。
――このままでは、明日に差し支えるな。
彼女の抱き締めなおすと、額に、瞼に、頬に、鼻に、唇に、耳に。
啄ばむように、唇を触れさせる。
徐々に、落ち着いてくるグラス。
「今夜は、もうお休み。眠るまで、抱き締めていてあげるから」
「……眠っても、抱き締めていてください。貴方の夢が、見られるように」
「良いよ。夢を見て、明日の朝に目が覚めた時、グラスの目の前にいてあげる」
その言葉に安心したのか。
凪いだ瞳が閉じられる。
ほどなくして、安らかな寝息が立て始めた彼女。
薄手の肌襦袢の上から、規則正しく、その可愛らしい胸が上下しているのがわかる。
「おやすみ、グラス」
――グラスと、同じ夢を見られますように。 - 10二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:14:45
これで終わりです。
ありがとうございました。
至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。 - 11二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:15:23
嗚呼よきかなよきかな
お美事にござりまする - 12二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:28:04
ぐらす殿がとても叡智でまことによろしゅうございました
- 13二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:30:31
これじゃチュウ姫グラスじゃん
- 14二次元好きの匿名さん23/12/14(木) 21:33:20
蔵すわんだぁ
- 15二次元好きの匿名さん23/12/15(金) 08:05:50
ほしゅ
- 16二次元好きの匿名さん23/12/15(金) 11:38:26
ブラボー…おお…ブラボー
- 17二次元好きの匿名さん23/12/15(金) 19:21:55
- 18二次元好きの匿名さん23/12/16(土) 01:56:58
- 19二次元好きの匿名さん23/12/16(土) 10:54:07
ありがとうございます。
長谷川一夫に市川雷蔵、さらには鶴田浩二、勝新太郎、川口浩がいらっしゃって、
女性陣も、大映の看板女優な、京マチ子、若尾文子、山本富士子、若き日の中村玉緒とくれば、
キタちゃんのところにも負けませんね!