♂モブトレは言い間違える

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:34:45

    その事に気づいたのは、声をかけてすぐだった。


    トレーナーになって数年、もうそろそろ中堅に足を踏み入れる年頃になり、次のウマ娘を見定めるべく、学園内のレース場に足を運んでいた。
    そして、その日の選抜レースの後、2着になったウマ娘をスカウトしようと思ったのは、バランスが良く、レース運びがうまかったからだ。
    差し戦法は総合力が求められる。才能があっても馬鹿にはできない。
    いかにバ郡に埋もれず、いい位置を確保し、どのようなタイミングで仕掛けるか、それを走りながらできる賢さが必要だ。
    無論、賢さだけでもダメだ。中団から抜け出すパワー、終盤疲れても抜かずに走り切れる根性も必要だが、彼女はその点も優れている。
    観客席から腰を上げ、その子の所に向かう時、ふと疑問に思った。
    彼女の所に行くのが、何故か俺しかいなかった。
    彼女程の才能があり、レースで結果も出したのに不思議な事だ思いつつ、クールダウンでストレッチをしている彼女の前に立つ。

    「あの……」

    ビクッ、と肩が大きく動いた。
    警戒されている?

    「さっきのレース素晴らしかった。2着だったけど、気にしないでいい。君は力を示した。素晴らしい素質を持ってるね? という事で君をスカウトしたいんだけど、いいかい?」

    とりあえず、そう話かけると、彼女は少しためらった様な仕草を見せて、口を開いた。

    「────っ、──?」

    全く聞き取れなかった。
    少し後になってわかったのは彼女はインドから単身日本にやってきた留学生で、英語は片言、日本語は単語程度しかわからず、どちらも長文になると理解出来ないという事だった。
    他のトレーナーは彼女の素質には気づいていたが、スカウトしなかったのは、語学が堪能になるのを待っていただけだった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:36:17

    翻訳アプリでのやり取りも可能だが、トレーニングには細かなニュアンスを正確に伝えなければならなくなる。その点を考えると、明確なデメリットだった。

    「あ、あー……」

    思わずそうこぼすと、彼女は涙目になった。

    『君をスカウトしたい、いい?』

    さほど得意ではない英語で話かけると、彼女はうつむきながら答えた。

    『私、英語も、日本語も、全然得意、違う。それでも?』
    『それでも』
    『なぜ?』
    『君を、他の人に、取られたくない』

    語学の上達を待っていたらライバルが増える。せっかく見つけたのに、それはできない。
    そういう思いから言ったのに、彼女は何故か顔を赤らめた。
    俺、単語間違ったか?





    最初はまぁ、苦難の連続だった。
    語学は元より、食事の問題もあった。これは半分、宗教というか家系の問題だが。
    彼女──ジェバトの信仰するヒンドゥー教は菜食主義的な面を持ち、その程度は家系によって異なる。
    ジェバトの場合は肉禁止、魚・卵・乳製品は大丈夫という物だった。これはまだ軽い方らしく、家系によっては根菜も禁止というから文化の違いに舌を巻く。

  • 3二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:37:37

    食事指導自体は割りと簡単だったが、一つだけ学園に掛け合ったことがある。
    メニューにシーフードカレーを追加してもらった事だ。
    実は彼女、某カレーチェーン店のシーフードとチーズのトッピングが大好物で、よく通っているらしい。
    追加してもらった事を告げた時の驚きようと、喜びようは実に可愛らしかった。

    「エー、今日のトレーニングはダートで、の走りすぎ、ですか?」
    「走り込み、な」

    日本語の言い間違いを指摘して、俺は続ける。

    《ダート、走る時、足裏を、注意深く厳格にして、教わりながら走ってくれ》
    《んー、足裏をちゃんと意識して……ですかね?》
    《ごめん》

    ヒンドゥー語の言い間違いを指摘され、謝る。
    基本的にトレーニング前のミーティングは、ジェバトが日本語を俺がヒンドゥー語を使って行っていた。
    語学の上達もあるが、こうやって教え合うことでコミュニケーションを図っている。
    少し時間はかかるが、この方がお互いの理解に繋がる。
    どうしても伝わらない時は、英語を使っていた。
    そしてトレーニングの後は、彼女を車に乗せて外国語教室に向かう。
    マンツーマンで教えてくれるインド人講師を見つけるのにかなり苦労したが、苦労に見合う結果は出ている。
    正直、秋川理事長から支援金を頂けたのは、懐的にすごくありがたかった。
    彼女が講師から日本語を教わる傍ら、俺もヒンドゥー語の勉強に勤しむ。

  • 4二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:38:18

    続けてくれ

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:39:27

    帰りは、いつも門限ギリギリになってしまうがのが問題だ。
    その事を詫びると、ジェバトは笑顔で首を振った。

    「トレーナーの、オカゲで、クラスメイトと楽しく、お喋り、できるよう、なりました。感謝です。それより、無理、してませんか?」
    《心配、するな。惚れた弱味って、奴だ》

    なんでもないように言うと、彼女の顔が赤くなった。
    あれ、なんか言い間違えたか?






    彼女と歩み出したトゥインクル・シリーズは、ジュニア期こそコミュニケーション不足もあって出遅れたが、それでもオープン戦をいくつか取ることが出来たし、クラシック期ではG2G3を二つずつ取ることが出来た。
    勝利者インタビューに、毎回つい癖でヒンドゥー語で答えてしまったのも、今ではいい思い出だ。
    そうして、年末に差し掛かった頃、トレーナー室にやってきたジェバトは浮きだった顔をしていた。

    《どうした? 何か、いいことでも、あったか?》
    「ハイ! 里帰りの日程、決まりました!」
    《あぁ、去年は、合わせる顔がない、って言ってたからな……》

    単身送り出してくれた家族に会うには重賞に出ていい結果を残さないいけないと、そう思い詰めていた事を思い出す。
    いい結果どころか、4つも勝ち上がれたのだから今年は大手を振って帰れるだろう。

    「それで、トレーナー。……お願い、があります」

    浮わついた顔から一転、真剣な顔をする。

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:40:39

    《どうした?》
    「親族が、どうしてもお礼したい、言ってます。インド、付いてきてくれませんか?」
    《何回か、電話で話した、けどそれじゃダメなのか?》
    「ハイ。会って、お祝い開きたい、言ってます」

    去年辺りに、ジェバトに頼まれて伸ばし始めた髭をいじりますながら、少し考える。
    確か、予定は空いている。
    パスポートも、実は用意してある。飲み友達になったインド人講師に薦められたからだ。
    それに、やたらインド人との付き合い方も教えてもらってきた。

    「ジェバト、少しインド人らしくない。ちょっとネガティブだし、厳格な所がある。本場のインド人はもっとポジティブでルーズ。彼女の基準で接すると痛い目見るよ?」

    そこら辺はあんたと付き合って重々わかってるよ、と返したのを覚えている。

    《うん、いいぞ》
    「ホント……ですか?」
    《……何か、問題でもあるのか?》
    「あ、あー……」

    いつぞやの俺の様に、ジェバトは言葉を濁す。

    「もしかしたら、色々、聞かれるかも、です」
    《色々、というと?》

    聞き返すと、ジェバトは顔を赤らめながら言った。

    「ソノ、お金の事とか、男女的なこと、聞かれると……思います」
    「……なるほど」

    思わず、日本語になってしまった。

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:42:03

    親御さんの娘を心配する気持ちもわからなくはない。
    金に対し尊敬するからこそ、金に対してズバズバ聞くインド人の気質も理解している。

    「ジェバト、これから大事な時期だってわかってるな?」
    「ハイ……」

    来年、G1戦線に乗り込むつもりでいる。

    「法律とか色々あるのは、理解しているよな?」

    彼女は頷くだけだ。

    「その上で、だ」

    一旦、そこで止めて、少し緊張しながら続けた。

    「俺は……、髭を剃る気はないとだけ言っておく」
    「………………え?」

    意味不明な事を言う俺に、彼女は少し戸惑った後、意味に気づいて顔を真っ赤にした。



    髭を伸ばし始めた頃の話だ。
    インド人講師に指摘されて、彼女に頼まれたのを話すと、彼はにやにや笑っていた。

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:45:10

    重賞複数とらせるクソ有能トレやん

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:45:15

    「なんだよ?」
    「インド人女性から見た魅力的な男性って知ってるか?」
    「は?」

    困惑する俺を余所に、彼は続ける。

    「背が高くて、マッチョ。それと──髭だ」

    自身の立派な髭をなぞりながら。
    絶句する俺を楽しむ様に彼は言った。

    「その気がないなら、剃る事をオススメするよ」

    そうして、俺は今まで髭を剃らずにいる。
    つまりそういう事だ。

  • 10二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:46:19



    林檎みたいになっているジェバトに、俺はさらに告げた。

    《卒業までは待ってほしい》
    《はい……》
    《親御さんには、俺から言うから》
    《は、い……》

    とうとう泣き始めたジェバトに近寄り、抱き締めて、耳元で囁く。

    《君を愛している、ジェバト》

    今回、俺はなにも言い間違えていない。
    ジェバトは俺の背中に手を回して、ギュッと抱き絞め返し、

    「私もっ、愛しています」

    そう、幸福そうな声で囁いてくれた──。

  • 11二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:47:02

    乙 ウマ娘純愛いいっすね…

  • 12二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:52:26

    いいねぇ

  • 13二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 02:59:43

    フラッシュの官能小説があったかと思えば、モブウマ娘のイチャラブもある
    ちょとヤベェよ

  • 14二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 03:59:16

    アスリートが恋愛してる場合か!って意見あるけど、結婚してから良い結果残してるプロとかも普通に多いんだよな

  • 15二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 04:03:10

    言い間違えてないじゃない!うそつき!
    しゅき!!!!

  • 16二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 04:05:13

    幸せな気持ちになるね

  • 17二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 06:20:22

    いいね

  • 18二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 06:26:03

    良い………

  • 19二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 06:33:36

    最高か?最高だわ。

  • 20二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 08:18:26

    確かにそれっぽい名前と容姿だな。

  • 21二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 08:28:33

    レース後に踊るウマ娘。
    映画の途中で踊るインド人。
    つまり!ウマ娘のルーツはインドにあったんだよ!!

  • 22二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 08:32:34

    良い‥‥

  • 23二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 09:09:47

    このレスは削除されています

  • 24二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 09:50:34

    ヒンドゥー語を使うトレーナーを周りはどう見てたんだか……。

  • 25二次元好きの匿名さん21/09/02(木) 12:25:26

    ええな

オススメ

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