- 1二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:30:27
「うう~ん……全然決められない……」
一日、色々なお店を見て回った結果、僕はなんの成果も得ることが出来なかった。
今日が最後の機会だったのに、時間だけを無駄に浪費してしまった形。
お店を出て、がっくりと肩を落としながら帰路に着く。
「……男の人への贈り物なんて、全然わからないよ」
ぽそりと、呟いてしまう。
今日の目的は、お世話になっているトレーナーさんへの誕生日プレゼントの用意。
けれど、父さん以外の男の人へ贈り物をするのは初めてだった。
だから、そういうのに詳しそうな姉さんやヴィブロスにも、相談をしてみたんだけど……。
『……ダメよシュヴァル、そういうのは貴女自身でしっかり考えて選びなさい』
『私も同じ意見かな~? シュヴァちのこと応援してるよ~! 頑張れ♡ 頑張れ♡』
というわけで、助言を得ることは出来なかった。
だから頑張って考えてみたものの、喜んでくれるか、迷惑じゃないかとアレコレ考えてしまい、結局何も選べずじまい。
僕は大きくため息をつく、トレーナーさんに感謝を伝えたいと思っているのに、なんて情けないんだろう。
「────あっ、トレーナーさん、今日もつけてくださってるんですね?」
とぼとぼと歩みを進めている最中、ふと、少し離れたところから声が聞こえて来た。
トレーナーさん、という単語が気になって、悪いと思いながらも、聞こえて来た方に視線を向けてしまう。
そこにいたのは一人の鹿毛のウマ娘と、キャップをかぶった男性の姿。
ウマ娘の方が僕よりも多分年上、男性の方は僕のトレーナーさんと同じくらいの年齢かな。
先ほどの言葉から判断する限りは、担当ウマ娘とそのトレーナーという組み合わせなのだろう。
男性の方は少しだけ照れた様子で微笑みを浮かべていた。 - 2二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:30:42
「君から貰った大切なものだからね、大事に使わせてもらっているよ」
「はい……えへへ、でもお揃いをつけているの、なんだか照れちゃいますね?」
「……そう言われるとちょっと恥ずかしいかな」
「でも、それ以上に嬉しいです、いずれ、必ず、本物の月桂冠を……!」
「ああ、君を必ず、夢の舞台へと連れて行くよ」
「……ダメですよ、トレーナーさん? 二人で一緒に、なんですから」
「……あはは、そうだったね」
天下の往来で何をしているだろう────と思いながらも、少し気にかかる点があった。
ウマ娘の方はお揃い、と言っていたが彼女は帽子などかぶっておらず、揃っている点などないように見える。
首を傾げながら、彼女達の様子を横目で眺めていて、僕は気づいた。
彼女の髪に月桂冠を模した髪飾りがついていて、男性のキャップには月桂冠の意匠が施されていることに。
……なるほど、それがお揃いなんだ。
そわりと、心が騒めいた。
僕は帽子を深く被り、彼女達から視線を逸らしながら、その場を立ち去る。
あれ以上その場にいると、もっとじっと見てしまいそうだったから。
僕は彼女達の様子を見て、羨ましい、と思ってしまった。
あの人と同じものを身に着けることが出来たのなら、とても嬉しいだろうなと、考えてしまった。
「そっか……!」
そして、天啓が下りたかのように、閃いた。
僕のやりたいこと、そしてトレーナーさんへのプレゼントが一致する、素晴らしい発想。
僕は慌てて踵を返して、お店がある方へと戻っていく。
二度手間三度手間となっているのに、心はうきうきと沸き上がり、足取りもとても軽い。
鼻歌でも奏でてしまいそうな心地だった。
────後から考えれば、完全に掛かっていたとしか思えない行動だったけれど。 - 3二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:30:56
「トレーナーさん……誕生日、おめでとうございます」
「……ああ! ありがとうシュヴァル!」
数日後、トレーナーさんの誕生日当日。
僕が伝えたお祝いの言葉に、驚いた様子を見せてから、彼はとても嬉しそうにお礼を告げた・
……もしかして、自分の誕生日を忘れていたのかな。
だったらなおのことお祝いして良かったなと思いながら、彼にリボンなどで装飾した包みを手渡した。
「あの、これ、その、プッ、プレゼント、です」
「プレゼントまで用意してくれたんだ……ありがとう、上手く言えないけど、本当に嬉しい……!」
「……もう、喜びすぎですよ、えへへ」
「なっ、なあ、早速開けてみても良いかな?」
子どものように喜ぶトレーナーさんを見て、心が温かくなるのを感じながら、僕はこくりと頷いた。
彼は包みすらも大切だと言わんばかりに、ゆっくりと丁寧に開けていく。
それを、僕はドキドキと心臓を高鳴らせながら、眺めていた。
やがて、ついに、包みの中身は露となる。
「これは、帽子? ……! もしかして、これって……!」
トレーナーさんは驚いた様子で『中身』を手に取りながら、僕の方を見た。
彼の手の中にあるのは、今僕がかぶっているものと同じ────いわゆる、水兵帽子。
つまるところ、僕と『お揃い』のものである。
「トレーナーさん、晴れの日のトレーニング中も帽子とかしなから……あった方が良いと思って」
「そっか、本当にありがとう! 大切にするよ! ……って、あれ、穴が開いてる?」
「えっ……嘘……!?」 - 4二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:31:08
トレーナーさんの嬉しそうな声。
そして、困惑した声に、僕はさあっと血の気が引いてしまう。
穴が開いている? 不良品だった? せっかくの誕生日プレゼントだったのに?
でもちゃんと買う時に変なところはないか確認したし、店員さんだって見てくれていたはず。
頭の中で絶望感と、後悔と、疑問と、疑惑がぐるぐると交錯して、目が回ってしまいそう。
やがて彼は帽子をくるりと回転させると────僕も気づいてしまった。
帽子の頭の天辺に、二つの穴が開いていることに。
「あっ……!」
これは、僕のミスだった。
帽子そのものは不良品でもなんでもなく、設計図通りの、正しい商品。
ただ、この帽子は僕が使っているものと同じもので、そもそも最初からウマ娘用に作られているものなのだ。
だから最初から、耳を通すようの二つの穴が、開いてしまっているのである。
「ごっ、ごめんなさい……! ちゃんとしたのを、渡しますから……!」
慌てて、僕はプレゼントした帽子に手を伸ばす。
自分の浅はかさが情けなくて、申し訳なくて、涙が出そうになってしまう。
だけどトレーナーさんは僕の手をひょいっと躱すと、その帽子を自身の頭にかぶせた。
そして、少し確かめるように位置を調整すると、満足そうな微笑みを浮かべる。
「うん、大丈夫だよシュヴァル、サイズとかも問題ないから」
「でっ、でも」
「君が誕生日に用意してくれたものだから、君が良ければ、俺は『これ』が良い……ダメかな?」
「……っ! その、えっと…………ダメ、じゃない、です」
トレーナーさんの言葉に、僕は俯きながら、小さな声でそう伝える。
ちらりと上目で見つめた彼は、とても嬉しそうに帽子に触れていた。
それを見ていると、僕も何だか嬉しくなって、自然を口元を弛ませてしまうのだった。 - 5二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:31:22
それから数日後。
もしかして────かなり大変なことをしたんじゃないかな、と僕は気づいてしまった。
トレーナーさんはプレゼントをとても気に入ってくれて、外に出る時は必ずつけてくれる。
彼が喜んでくれたのは良い、問題は、彼以外の反応だった。
僕と同じ帽子をつけているトレーナーさんを見て、姉さんは目を丸くし、ヴィブロスはニヤニヤとしていた。
クラウンさんは驚きながらも感心を示して、キタさんは顔を赤くしながら問いかけて来た。
自分の担当トレーナーに、自分が身に着けているつけている物と全く同じものを、着けさせる。
……冷静に考えれば、この人が自分の物だと主張しているのを同義だったかもしれない。
そう気づくと、並んでいるだけでも恥ずかしくなってしまい、一旦返してもらうことも考えた。
でも、それは出来なかった。
トレーナーさんがとても嬉しそうにしてくれているから。
そして何より、僕が、嫌じゃなかったから。
心の奥底では、トレーナーさんと同じように、嬉しいと思っていたから。
「────あっ、シュヴァル、ちょっと提出する書類があるから、先に行ってて良いよ」
「……ううん、ここで待ってる」
「そっか、じゃあすぐに戻ってくるから、少し待っててね」
トレーニング前の、トレーナー室。
トレーナーさんは書類を手に取りながら、少し足早に部屋を出て行った。
ぽつんと取り残される僕。
なんとなく部屋を見渡すと、デスクの上に置かれた、水兵帽子が目に入った。
外にいる時は常にかぶってくれているけど、屋内に居る時はこうして外している。 - 6二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:31:34
「……」
少しだけ気になって、僕はデスクへと近づいて、帽子を手に取った。
まだ真新しいけれど、少しこなれてきていて、それでいて大事に使ってくれているのがわかる。
そのことが、すごく、喜ばしい。
「ふふっ」
ふと、笑みが零れてしまう。
その時、開いていた窓から風がさあっと吹き抜けて、僕の髪を小さく揺らす。
────それと同時に、鼻先を、とある匂いがくすぐった。
とても慣れ親しんだ、心を落ち着かせてくれる、とても良い香り。
その匂いは窓の外からではなくて、今、僕の手の中にある帽子から流れて来たものだった。
「…………すんすん」
ついつい、帽子を顔に近づけて、鼻を鳴らしてしまう。
ふわりと漂って来るトレーナーさんの匂いと、微かに感じる汗の匂い。
胸の奥がじんわりと熱くなって、頭の中がとろりと蕩けてしまいそうになって、少し呼吸が荒くなって。
……ハッと我に返り、慌てて顔から帽子を離す。
すると、今度は、僕にとっては苦い記憶でもある、大きな二つの穴が見えてしまった。
「……夏には、ちゃんとした帽子をプレゼントしないと」
苦笑いを浮かべながら、軽く帽子を撫でる。
そのサイズ感は、普段僕がかぶっているものと、全く同じだった。
ウマ娘用の帽子は耳の関係もあって少し大きめになっていて、トレーナーさんも僕と同じサイズを着用出来ている。
つまり────これは、僕も問題なくかぶることが出来る、ということ。 - 7二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:31:46
そのことに、気づいてしまった。
一度気づいてしまうと、そのことが、とても魅力的なことに感じてしまう。
早鐘を鳴らす胸の鼓動、僕はそっと自身の帽子を取って、デスクの上に置いた。
そのまま、震える手でトレーナーさんの帽子を、そっと、かぶる。
「……はふぅ」
頭全体を撫でられているかのように、トレーナーさんの匂いで包まれて、思わず息を吐いてしまう。
きゅっと帽子を深くかぶると、その芳香はより強く、より濃くなって、僕の神経をぴりぴりと刺激した。
脳の理性が直接侵食されていくような感覚に、僕の思考はどんどん虚ろなものになっていく。
優しくて、穏やかで、温かで、心地良くて、頭も、心も、身体も、全部、抱き締められているみたいで。
これは、とても、すごい。
でも、これは、とても、まずい、よくない。
こんなの、ぼく、おかしくなってしまう。
「────お待たせ、シュヴァル」
「ひゃああ!?」
「うわ!? ごっ、ごめん、驚かせちゃったか!?」
突然の背後からの呼びかけに、自分でも聞いたことのないような大声を出してしまう。
振り向けば、戻ってきたトレーナーさんが目を丸くしてこちらを見ていた。
見られた見られた見られた見られた見られた見られた……!
バクバクと爆音を奏でる胸を抑えながら、僕はふるふると首を左右に振る。
怒られるだろうか、呆れられるだろうか、心に深い絶望を感じながら、彼をちらりと見た。 - 8二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:31:59
「そ、そっか? まあそれなら、良いけど……じゃあ、トレーニングに出かけようか」
トレーナーさんは不思議そうな顔をしつつも、僕から視線を外し、デスクの上にある帽子を手に取った。
……あれ? 絶対に僕の行動を見ていたはずなのに、なんのリアクションもない?
そして思い出す、僕はトレーナーさんにプレゼントした帽子は、僕のものと同じもの。
すなわち、かぶったところを見ただけでは、いつもの僕と同じようにしか見えないのだ。
ほっと、安堵のため息をつく。
良かったぁ、トレーナーさんから他人の帽子を勝手にかぶる子だと思われたりしたら、どうしようかと思った。
……いや、それはただの事実だった。現に今だって、僕はトレーナーさんの帽子をかぶっているわけで────。
あれ? それじゃあ、僕の帽子はどこに?
その居所に気づいて、慌てて彼を制止しようと思うものの、時すでに遅し。
彼はすっぽりと、僕の帽子をかぶってしまっていた。
「……~~っ!」
「あれ? なんか良い匂いがするような……気のせいか、よし、じゃあ……ってシュヴァル!? 顔真っ赤だぞ!?」
「…………気にしないで、ください」
「いや、気にするなって、風邪とかじゃないのか?」
「大丈夫です、あの、本当に大丈夫ですから……!」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくるトレーナーさん。
その近すぎる彼の顔を目を合わせることが出来なくて、僕は両手で顔を抑えながら、俯くしかなかった。 - 9二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:32:13
しばらくして、なんとか僕が落ち着いた後、一緒にグラウンドへ向かった。
僕達が一緒に歩くときは、基本的にトレーナーさんが前に行き、僕が後ろから付いて行く形になる。
……いずれは、隣で寄り添って歩きたいな、とは思っている。
「……ん、あれは」
急にトレーナーさんが何かに気づいたように声を出す。
彼の視線の先には、青色のリボンを巻き付けたツインテールのウマ娘の姿。
一瞬でわかる、それは僕の妹の、ヴィブロスの姿であった。
少し歩調を早めて彼はヴィブロスに近づいく、恐らくは挨拶をしようとしているのだろう。
僕が担当ということもあって、彼は姉さんやヴィブロスとも、親交があるのだ。
彼が手を上げて声をかける────その直前、ヴィブロスの耳がピンと立ち上がった。
「あっ、シュヴァちー! …………ってあれ? シュヴァちのトレーナーさん?」
「……あっ、ああ、こんにちはヴィブロス、君がシュヴァルのことを間違えるなんて、珍しいな」
「あれー? おかしいなあ、確かにシュヴァちの気配がしたんだけどー……?」
────とても、嫌な予感がした。
ヴィブロスは僕ら姉妹の中でも天才肌というか、勘が鋭いところがある。
僕は駆け足で二人の下へ行き、トレーナーさんの手を引いて、ヴィブロスとの距離を離した。
それは紛れもなく、悪手であったと気づかずに。
「ヴィブロス、僕達はこれからトレーニングだから、もう行くよ?」
「えっ、別にもう少しゆっくりでも」
「……行きますよね?」
「あっはい」
「んー……?」 - 10二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:32:29
ヴィブロスは、少しだけ鼻を動かしながら、僕とトレーナーさんを見比べる。
そして────にんまりと、満面の笑みを浮かべた。
ぞわっと背筋が入り、思わず身体が硬直してしまう。
彼女はその隙を見逃さず、踊るような足取りで僕の隣に立つと、耳元で、僕にだけに届く声でそっと囁いた。
「────シュヴァちのえっち♡」
「ヴィッ、ヴィブロス!?」
かあっとなって大声を上げるものの、すでにヴィブロスは駆け足で離れてしまっていた。
心の底から楽しそうに笑顔を浮かべながら、あっという間に建物の中に入って、見えなくなってしまう。
僕らの様子を呆然としながら見ていたトレーナーさんは、小声で僕に問いかける。
「……なんかあった?」
「なんでもない、です……っ!」
真っ赤になった顔を見られたくなかったから、僕はトレーナーさんを置いてグラウンドへと駆ける。
ふわりと漂うトレーナーさんの匂いが、少しだけ薄まっていることに気づいてしまった。
……きっと、これからトレーニングして、汗をかいたりすれば、殆ど消えてしまうのだろう。
「まっ、待ってシュヴァル!」
慌てた様子のトレーナーさんの声と足音が、後ろから聞こえて来る。
今、彼がかぶっているのは本来は僕の帽子、僕がかぶっているのは本来は彼の帽子。
だから、ちゃんと、元に戻さないといけないよね?
自然と口角が吊り上がっていることに気づきながらも、それを抑えることは出来そうになかった。 - 11二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:33:40
お わ り
シュヴァル実装やったー!
明日になったら破綻しそうな話だったので今日書き上げました
……実際あの帽子の構造ってどうなってるんですかね イヤーカバーも一体化しているのかな - 12二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:42:25
シュヴトレはスパダリなのかそれとも…
シーナの時も解像度高かったしシュヴァルも外してないとみた
素敵なSS感謝! - 13二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:46:02
- 14二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 20:48:01
甘酸っぱくて可愛い…。
素敵なSSをありがとうございます!
そして月桂冠の髪飾りのウマ娘
おやおやー? - 15二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 21:09:17
- 16二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 21:34:43
一般通過🌸
- 17二次元好きの匿名さん23/12/19(火) 22:14:14
個人的には耳カバー一体型かなぁ
隙間からゴミやらなんやら入り込んじゃいそう
それはそれとして文字通りお揃いの帽子かわいいねシュヴァち… - 18123/12/19(火) 23:29:01
- 19二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 08:32:08
えっちえっち!シュヴァちエッチ!
- 20123/12/20(水) 14:45:15