(SS注意)ロイスアンドロイスの“最強”調査

  • 1二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 18:58:10

     遅めの昼食を摂り、俺はトレーナー室に戻ってきた。
     良い感じにお腹が満たされて、眠気という名の重りが瞼にのしかかってくる。
     今日はトレーニングもお休み、仕事もそんなにないので、少し仮眠をとるべきかもしれない。
     思えばなんだか今日は心地よい静寂に包まれていて、気持ち良く眠れそうだ。
     そして俺は椅子に腰かけて、目を閉じて、身体の力を抜き────。

    「トレーナー、調査に行くわよ」

     勢い良く扉の開く音と、聞き慣れた声によって、微睡みは吹き飛んでしまうのであった。
     小さくため息をつきながら、目を開ける。
     鹿毛の編み込まれた髪、紫色のリボン、少しだけ鋭い目つきに、お洒落な眼鏡。
     担当ウマ娘のロイスアンドロイスは、冷静な面持ちのまま、俺の前に立っていた。
     ……いや、尻尾の動きが慌ただしいな、もしかして珍しく興奮しているのだろうか。
     そして何より、彼女の言葉自体にも、違和感があった。

    「……やあロイス、君が俺を調査に誘うのは珍しいね」

     俺はロイスに、素直に疑問を投げかけた。
     自身の武器は賢さと断言する彼女は、普段からレースの、そしてファンへのアピールの研究に取り組んでいる。
     それはトレーナーとして契約する前から行っており、契約してからもルーティンの如く、観察をしていた。
     そして、調査に関しては目立ちたくないという理由で、単独での調査を好んでいたはずなのだが。

    「そうかもしれないわね……確かに今回も、目立ってしまうリスクはあるわ」
    「だったら」
    「でもそれ以上に好機なの、あるカテゴリにおいて“最強”を誇るウマ娘の調査の、ね?」

  • 2二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 18:58:47

     だから一人でも多くの視点が欲しい、とロイスは付け足した。
     彼女は学園のウマ娘やトレーナーに対して、多種多様なマトリクスやランキングのデータを持っている。
     自身が今どの位置なのかを知るため、どのカテゴリなら一位になれるのかを知るため、自身の『最強』への道を拓くため。
     その分析力に関しては、トレーナーである俺も舌を巻いてしまうほど。
     そんな彼女が言う、“最強”のウマ娘────思わず、俺も興味を惹かれてしまう。
     彼女は俺の思考を見透かしたように、楽しそうな笑みを浮かべる。

    「貴方も興味を持ったようね、そのウマ娘は様々な目撃情報はあるものの、あまりにデータが少ない」
    「……どういうこと?」
    「偶然見る機会は多いのだけど、調べようとするとなかなか足取りが掴めないのよ」
    「そりゃまた不思議な子なんだね」
    「ええ、けれど今日は、その子が商店街でイベントを実施しているという情報を掴んだの」
    「……待ってロイス、その子は一体なんのカテゴリの“最強”なんだ?」

     模擬レースの情報でも掴んだと思ったら、まさかの商店街である。
     どうやら俺が思っていたのとは違うようで、俺は改めてロイスに問いかけた。
     すると彼女は、今更何を、と言わんばかりの呆れた表情を浮かべると、当然のように言った。

    「もちろん────セルフプロデュースの、“最強”よ」

  • 3二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 18:59:02

     そして、約一時間後。
     俺とロイスは商店街の人だかりの中────から少し離れて、その様子を観察していた。

    「良かった、まだいるみたいね……ほらあの子よ、トレーナーも名前くらいは知っているでしょ?」
    「うん、というか思いっきり書いてあるからね」

     人だかりの中心、そこには一人のウマ娘の姿があった。
     サイドテールの髪に、小さな王冠、くりくりとした垂れ目。
     その身体は周囲の人達よりも一回り大きく、手足は短く、貼り付いたような笑顔を常に浮かべている。
     ……というか、まあ、ウマ娘の着ぐるみが、そこにいた。
     ご丁寧に隣には立て看板があり、そこには『アストンマーチャンをよろしくお願いします』と書かれている。
     それを見たロイスは、感心したような、そして少し悔しそうにしていた。

    「まさか着ぐるみを纏ってアピールとは……確かにウマ娘本人よりもマスコットの方が一般的には推しやすい……!」
    「そうかな……そうかも……」
    「……ところでアレって経費で落ちるの? そんな安いものじゃないとはずだけれど」
    「……そんなわけないでしょ」
    「そうよね……ということはパトロンがいるのかしら……人形もなんか配っているし……」

     ロイスはスマホを操作しながら、ぶつぶつ、考え込むように呟いた。
     そして、ふと思い出したかのように、彼女は俺に問いかける。

    「貴方はあの子に関して、何か知っている情報はある?」
    「うーん、短距離やマイル戦で結果を出して来たウマ娘なのは知っているけど、君と路線が被ってないからなあ」
    「なるほど、じゃあなんでも良いから彼女に対する印象を教えて」
    「……難しいこと聞くなあ、遠くから見たことある程度だけど、君とは違った方向で可愛らしい子だなって思ったくらい?」

  • 4二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 18:59:24

     小さく言葉を返して、ロイスは目を逸らした。
     どうやら俺の情報提供はお気に召さなかった模様、まあそれはそうか。
     
    「しかし、着ぐるみはなかなかのインパクトね、私は銅像でも作ろうかしら」
    「……やめた方が良いんじゃないかな」
    「冗談よ、そんなことする人いるわけないじゃない」

     一時、担当ウマ娘の銅像を作ってたづなさんに怒られたトレーナーがいる、という噂があったことは黙っておく。
     そして彼女はスマホの画面をこちらに向ける。
     見ればそこには、いわゆる四コマ漫画のようなものが表示されていた。
     描かれているキャラクターはどこかで見覚えのある人物、というか……。

    「……これもしかして、アストンマーチャン?」
    「そうよ、彼女はトレーニングは勿論、カメラに辻映りしたり、今日みたくアピールをした上で、漫画まで描いているの」
    「そりゃ凄いな、絵も専門の人みたいだし」
    「えへへ、そうでしょうそうでしょう、マーちゃん自慢の専属レンズの作品ですので」
    「……あら、この漫画は本人が描いているわけではないのね、それは良い情報を聞いたわ」
    「ついでに言うと着ぐるみも、その人が作ってくれたものなのです、どやや」
    「えっ、あれって自作なのか、それにしては良く出来て────」

     俺とロイスはハッとなって、慌てて後ろに振り向く。
     そこには、鹿毛のサイドテールに王冠を被り、くりくりとした大きな垂れ目の、ウマ娘がいた。
     彼女は両手でピースすると、柔らかな笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。

    「どっきりマーちゃん大成功────ところでお二人は、マーちゃんの秘密を探りに来た、スパイさんでしょうか?」

     アストンマーチャン(本物)は、笑顔のまま、じっと俺達を見つめていた。
     ……冷静に考えれば、着ぐるみに本人が入っている方がおかしいよな。

  • 5二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 18:59:48

    「マーちゃーん! 前のヤツやってー!」
    「『アストンマーチャンです、よろしくね』」

     録音されていたであろう音声が再生される同時に音楽が鳴り響き、子ども達の歓声が巻き起こる。
     それをロイスは、近くの喫茶店の窓から、釘付けになって見ていた。

    「すごい……! 本人音声の上、出走したレースのファンファーレが再生されて、おまけに目が光るだなんて……! こんなの、小学校男子のハートを鷲掴みにするに決まっているじゃない……!」
    「ふっふっふっ、近い将来には小型化して『CSM(超すごいマーちゃん)人形』として企画を出すのです」
    「なるほど、あの着ぐるみは将来を見越した技術サンプルでもあるのね……!」
    「……はあ」

     ロイスの反応を満足そうに見ているアストンマーチャンを眺めながら、俺はため息をつく。
     あの後、注意でもされるかと思いきや、彼女は俺達をお茶に誘った。
     怒っているわけではなさそうで、断ることも出来そうだったがロイスの強い希望により、共に喫茶店へ入って現在に至る。
     ……しかし、先ほどからこんな調子で、あまり話が進んでいない。
     俺のため息を聞いてロイスは我に返ったのか、こほんと恥ずかしそうに咳払いをして、アストンマーチャンに向き合った。

    「……あの、少し聞いても良いかしら?」
    「ダメです」
    「えっ」
    「マーちゃんのラブリーさの秘密を知りたいのですよね? そうですよね?」
    「……えっと」
    「でもダメです、ばってんマーちゃんです、トップシークレットですので──もちろん、アピール戦略についても」
    「……うっ」

     にっこりと微笑むアストンマーチャンに、ロイスは言葉を詰まらせた。
     ……ロイスが振り回されている姿はなかなかに珍しい。
     我が道を行く、というタイプはサウンズオブアースを始め、彼女の周りには何人かいる。
     しかし、アストンマーチャンのように掴みどころのないタイプはあまりいないせいか、押され気味のようだ。
     やがてアストンマーチャンは、ピンと人差し指を立てる。

  • 6二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:00:03

    「ですが、これも何かの縁でしょう」
    「……?」
    「ぱんぱかぱーん、今なら特別アストンマーチャンス、一つだけ質問に答えてあげますので」
    「ほっ、本当!? それなら……!」

     ロイスは降って湧いた機会に、思考を巡らせて、考え込む。
     そしてしばらくして、何かを思い至ったように目を見開いて、彼女は一つの質問を口にした。

    「────貴女の、セリフプロデュースのコツを教えてくれる?」

     明晰なロイスにしては、抽象的な問いかけのようにも感じられる。
     けれどその表情は真剣そのもので、少なくとも彼女にとっては大切なことなのだとわかった。
     アストンマーチャンはちらりと俺の方を見てから、ロイスに視線を向ける。

    「マーちゃんは、マーちゃん一人の力で、やってきたわけじゃないのです」

     思い出を語るように、アストンマーチャンは小さな声で、はっきりと言葉を紡いでいく。
     
    「マーちゃんの魅力を伝えるため、いっぱいマーちゃんを見てくれて、助けてくれた人がいます」

     その言葉と共に、アストンマーチャンは外の着ぐるみを見やる。
     着ぐるみを眺める彼女の表情は、愛おしいものを見るような、優しい目をしていた。
     そして、少し照れたように笑いながら、彼女は言う。

    「だから、まずは身近にいる人に魅力をわかってもらうのが大事だと、わたしは思うのです」

     ロイスはその言葉聞いて、ちらりとこちらを見てから、なるほどと頷くのであった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:00:18

    「『ローちゃんは、最強ラブリーなウマ娘を目指しているのです、よろしくね?』」
    「……君はキャラ被りを許さないんじゃないのか?」
    「…………『マーちゃんパターン』の検証よ、これも効果無し、と」

     アストンマーチャンとの邂逅から数日が経過した。
     あの日から、どういう風の吹き回しか、ロイスは俺に対して様々なパターンを試すようになった。
     いわゆるツンデレ風だったり、病んでいる女の子風だったり。
     自らを血に飢えた猟犬と称して『ウマ娘に生まれていたら犯罪を犯していた』とか語ったり。
     お金持ちイケメン彼氏募集中と言いながら、だぜと語尾に付けて喋ってみたり、色々だった。
     ……まあ、意図がわからず、ひたすらに困惑するしかなかったのだけれど。
     彼女は小さくため息をつき、じっとこちらを見つめる。

    「あの子の言う通り、まずは貴方に私の魅力を理解してもらおうとしたけど、どうも上手くいかないわね」
    「えっ、そういう意図だったのか?」

     ロイスの言葉に、思わず素で聞き返してしまう。
     アストンマーチャンの言葉は、ファンでいてくれる人達にもっと魅力を伝えろということだと思っていた。
     要はコツなんてないから、今の努力を積み上げていきましょう、みたいな。
     しかし、どうやらロイスは彼女の言葉を別の解釈で受け止めていたようである。
     ……まあ、セルフプロデュースの話ならロイスの方が詳しいし、そっちが正しいのかもしれないが。

    「私の分析したマトリクスから予測される貴方の好みは、大体試したはずなのだけど」
    「……そんなデータまで取ってるのに、まず驚きだよ」
    「でも効果はほぼ皆無ね、何がいけないのかしら?」

  • 8二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:00:33

     そう言って、ロイスは首を傾げていた。
     ……彼女は頭脳明晰で、分析能力にも長けているが、根本的な部分で誤っている時がある。
     そういうところをフォローするのが、俺の仕事。
     というわけで、彼女に対して、俺は一つの指摘をすることにした。
     
    「まず、君は一つ勘違いをしてるね」
    「……勘違い?」

     きょとんとした表情をするロイス。
     ちょっと面白い顔だなと思いながらも、俺は言葉を続けた。
     ────彼女と出会った時から、今日までのことを思い出して、はっきりと伝える。
     
    「俺は君と出会った時から、ずっと君を魅力的なウマ娘だと思っているよ?」

     初めてロイスの走りを見た時から、初めてロイスの真の顔を見た時から。
     初めてロイスの想いを聞いた時から、初めてロイスの目指すものを知った時から。
     そして、ロイスと契約した時から今までずっと。
     俺は彼女のことを、誰よりも、一番魅力的なウマ娘だと思い続けている。
     だから俺に魅力を伝えようとしても意味はない────そんなこと、最初から知っているのだから。

    「…………っ」

     ロイスはしばらく俺のことをぽかんと見つめた後、凄い勢いで顔を背けた。
     耳はぴこぴこと忙しなく動き、尻尾はぶんぶんと勢い良く左右に揺らめいている。
     そして頬を隠すように、顔に両手を当てながら、彼女は小さく呟いた。

    「……こんなの、私のデータにはないわ」

     ロイスが言いそうで、言わなそうな言葉。
     それ故に、その言葉が本音なのか演技なのか、俺には判断することが出来なかった。

  • 9二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:01:02

    お わ り
    おもしれー女感がもう少し出したいですね

  • 10二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:05:31

    おもしれー女が押されてることでしかえられない栄養がある
    ありがとう…ありがとう…

  • 11二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 19:26:18

    おもしれーやつにおもしれーやつをぶつければもっとおもしろくなる

  • 12123/12/20(水) 20:03:18

    >>10

    読んでいただいてありがとうございました

    >>11

    こいつの周りおもしれー女が多すぎる……

  • 13二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 20:11:07

    誤字脱字ぽいのを発見したので
    余計なお世話かもだけど

    「……ところでアレって経費で落ちるの? そんな安いものじゃないとはずだけれど」
    ←じゃないはず?
    『ウマ娘に生まれていたら犯罪を犯していた』
    ←生まれていなかったら?
    「────貴女の、セリフプロデュースのコツを教えてくれる?」
    ←セルフプロデュース?

  • 14123/12/20(水) 20:12:29

    >>13

    ありがとうございますー

    直せないがつらいところですねー……

  • 15二次元好きの匿名さん23/12/20(水) 20:32:31

    実装前にこれほどのデータキャラ描写を……!?
    こんなの僕のデータにないぞ……!?

  • 16123/12/20(水) 21:06:34

    >>15

    俺のデータにもないからセーフセーフ

  • 17二次元好きの匿名さん23/12/21(木) 02:10:07

    データキャラやめちまえ定期

    ところで同じチームの方、黒歴史蒸し返されてうにゃってませんか(小声

  • 18123/12/21(木) 10:04:24

    >>17

    無関係の人の黒歴史も晒されているから大丈夫!

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