【SS】乱れ染めにし我ならなくに

1二次元好きの匿名さん23/12/21(木) 02:09:59

　月日が巡る中で、私の中で秘めていたはずの思いは静かにその熱を増していたようです。現役を退いて久しいというのに、あなたはトレーナーとしてではなく、一人の大人として私に向き合ってくれました。生まれ育った母国ではなく、この国で生きていくと決めていたものの現実は中々厳しく、時に彼の力を借りながら、こうして今も過ごすことが出来ています。
「折角の誕生日なのに、家族と過ごさなくても良かったのかい」
「昨年の感謝祭に一度帰ってますから。それはあなたもご存知ですよね」
「一度は挨拶する機会があればと思っていたけれど、まさかレース場じゃなくてご実家になるとは思ってなかったよ」
　そんな会話をしながら、私はトレーナーさんと自分の杯に清酒を注いでいました。レースからは既に遠ざかり、過去の担当でしかない私のために、こうして時間を割いてくれるのはあまりにお人好しが過ぎると、誘われた私でも思ってしまいます。
　引退後の私は大学への進学を決め、前から学びたかった日本の文化をより深く学ぶことにしました。今日はそんな私の、最後の冬休みにトレーナーさんが用意してくれた思い出づくりのための旅行です。朴念仁な彼は最後まで部屋を別々にしようと言ってましたが、こういう宿は一人での宿泊を想定していないということぐらい、私も知っていますので。
「こうして教え子とお酒を飲み交わすようになれるまで、トレーナーが続けられると思ってなかったよ」
　そう言いながら、ほんの少しだけお酒を口に含むトレーナーさんの姿を見つつ、私も一口。口からはほんのりと酒精をまとった息がこぼれ、頬が紅くなる感覚がやってきました。それは彼も同様なようで、いつもの凛とした表情が少し崩れてきていました。
「あなたの思っている以上に、トレーナーとして優秀ですよ。少なくとも私にとっては」
「グラスにそう言ってもらえるなら、間違ってないんだろうね」
　まだ残雪が街灯に照らされ、白く輝くような山奥。窓の外に広がる景色を眺めながら広縁で酌を交わす私たち。これまではっきりと伝えきれなかった想いも、今なら伝えられるような気がしました。

2二次元好きの匿名さん23/12/21(木) 02:10:20

「……既にお見通し、でしょうか」
「思い出づくりがしたい、と言われた時から薄々感じていたよ」
　一度、卒業前にも同じようなやり取りをしたことがありました。その時はまだ学生の身で大それたことは言うものではないと諭され、その口を封じられてしまいましたが。それから幾年が過ぎ、私も十分に独り立ちしたつもりです。
「ずっとお慕いしてました。良ければ、これからもずっと傍にいさせてください」
「……初めて会った時から、それは変わってないよ。これからもよろしくお願いします」
　彼の大きな背中に抱きつき、耳元で再度の決意を伝える。胸の鼓動は今までにないほどに早まり、そして痛いほどに脈打っていく。これまでの長い付き合いの中で、この想いが遂げられるという自信がなかったといえば嘘になります。きっと彼も同じ気持ちなのだと。だとしても、言葉にするまで不安だったものが溢れて、自然と彼の背中にしがみつくような形になってしまっていました。
　これまで願い、焦がれていた返事。目をつぶり、再度彼の温もりを確かめるように背中に抱きつく。思えば遠い回り道、これまで幾度となく心を乱されるような思いをしてきましたが、今のこの瞬間が嬉しくて。
「はい、よろしくお願いします」
　ようやく、あなたに思いを伝えられた。今はただ、それだけで満足です。

3二次元好きの匿名さん23/12/21(木) 02:13:08

連日の深夜SSでした。

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