- 1◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:44:41
【その白雪に名前をつけて】
日も短くなり、年の瀬が近づく12月。
有マ記念に向けての調整に励むウマ娘や、今年の出走レースは全て終え、冬休みに向けて準備を始める方たち。
「トレーナーさま〜。クリスマスのご予定は空いておりますか〜?」
そんな慌ただしく過ぎていく師走の日々に、きらりと光る、聖なる夜。
ウマ娘やそのトレーナーさま方にとっては同日に開催される事も多い有マ記念の関係で、その前後にお祝いすることも多いですけれど。
今年はクリスマスの後が開催日なので気兼ねなくお誘いすることが出来ます。
「クリスマス? うん、今のところ予定はないよ?」
「まあ〜! ドーベルのトレーナーさまとも、でしょうか?」
「え、なんで彼と……」
「お二人は仲がよろしいでしょう? ですので、一緒に過ごされる予定を立てていてもおかしくないかと〜」
「おかしいよ!? 嫌だよ男と二人で過ごすクリスマスなんて!? それにそんな予定を立てたらドーベルに怒られちゃうでしょ!?」
ドーベルは優しい子ですから、自分の予定よりも先約を優先していただくでしょうし、怒ることはないでしょうけれど。
でも、そうなっていたらきっと、がっかりするに違いありません。
「うふふっ♪ ええ〜、もしそうなっていたらわたくし、心を鬼にしてお二人の仲を引き裂いていたかもしれませんわ〜♪」
「大丈夫だから。そんな他人の恋路を邪魔してウマ娘に蹴られるような真似はしないから」
まあ。わたくしのトレーナーさまにはこのお話はしたことがないのですけれど。
ドーベルがそのトレーナーさまに向けている気持ち、知っていらしたのですね。 - 2◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:44:52
「それで? 肝心のブライトの用件は?」
そうでした。ドーベルの心配ばかりしていられませんわ。
わたくしにも、トレーナーさまをクリスマスにお誘いしたい理由があるのですから。
「お父さまの遊園地でクリスマスイルミネーションをしておりまして。そちらをトレーナーさまとご一緒したいのです〜」
今年のクリスマス企画はわたくしもお手伝いさせていただきました。
遊園地のキャラクターたちが身に纏うクリスマス衣装や、綺羅びやかなイルミネーション。
そちらを、トレーナーさまに見ていただきたくて。
「分かった。じゃあクリスマスは予定を空けておくよ」
「うふふ〜♪ ええ、楽しみにしておりますわ〜♪」
今のわたくしは喜色満面と言って差し支えない表情をしていることでしょう。
だって、既に心がウキウキと、その日が待ち遠しくてたまらないんですもの。
「でもイルミネーションって事は夜だよね。日帰り出来ないこともないとは思うけど大丈夫?」
「ええ。その点はご安心くださいませ〜。遊園地に隣接しているホテルがありますので。トレーナーさまにはそちらに宿泊していただこうかと」
お父さまが経営している遊園地はトレセン学園からも日帰り出来る距離にはありますが、イルミネーションを楽しんでから帰るとなると深夜になってしまいます。
折角のクリスマスなのですから。ゆるりと、心置きなく楽しんでいただきたいのです - 3◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:45:04
「ああ、じゃあブライトもそこに泊まるんだ。なら安心だ。スタッフの方たちとも顔見知りだもんね」
まあ。トレーナーさまが心配されていたのはご自身が帰宅出来るかではなく、わたくしのことだったのですわね。
「どうかした?」
「はい〜、トレーナーさまがわたくしの心配をしてくださっているのが嬉しくて〜♪」
「それはそうだよ。俺としても深夜にメジロ家のお嬢様を連れ回す、って絵面は避けたいし。それに冬だからね。急に雪が降って帰れなくなった、って事が起きても不思議じゃない」
その場合はホワイトクリスマス、という事になるのでしょうけど。幻想的な景色とは引き換えに、交通面で困る可能性も出てきます。
「ということはイブとクリスマス当日、両方空けておけばいいのか」
「ええ。お願い出来ますか?」
「俺の方は何も問題ないよ。むしろ宿泊先とか手配してもらっちゃってちょっと申し訳ない気分」
「いいえ〜。わたくしの方こそ、クリスマスを共に過ごしていただけるのですから。ありがとうございます〜」
1年に一度の特別な夜。その時間を共に過ごしたいというのはわたくしとトレーナーさま、どちらも同じみたいで。
その事実がぽかぽかと、心に明かりを灯します。
「では、24日と25日。よろしくお願いしますわ♪」 - 4◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:45:16
クリスマスイブ当日。
わたくしの家からお迎えの車を手配してもらって。遊園地に着いたのはお昼を少し過ぎてから。
「クリスマスだけあって人が多いね……」
「うふふっ♪ 賑わっていてなによりですわ♪」
週末や行楽シーズンに見せる賑わいとは少し違った、もっとふわふわとした雰囲気。
目の前のアトラクションではなく、もっと別の楽しい何かを待ち侘びているような。独特の空気が園内に漂っています。
それもそのはずでしょう。だって今日ここにいる方達は遊園地そのものを楽しみに来たのではなく、特別な日に、大切な人と過ごした思い出を作りに来ているのですから。
「そっか。ブライト的にはそうだよね。お父さんの遊園地なんだし」
「はい〜。皆さまに楽しんでいただけているなら、わたくしも嬉しいですわ〜」
この場所が、幸せな時間を過ごした思い出として刻んでいただけるのなら。とても素敵な事だと思います。
「もちろん、トレーナーさまも、ですわ?」
今年のクリスマス企画をお手伝いする上で、忘れられない、特別な思い出を作って欲しいと。
そんな願いを込めていたのですが、頭に浮かぶのはトレーナーさまのお顔ばかりでした。
もしもトレーナーさまと、クリスマス衣装に身を扮したキャラクター達にときめくことが出来たら。幻想的な星の海を、共に歩けたら。
そんな想いが込められたこの企画、わたくしが一番楽しんでいただきたいのは、きっとトレーナーさまですわ。
「……うん。そうだね。今日は仕事を忘れて楽しませてもらうよ」
ウマ娘とそのトレーナーさまのお出かけですから。完全なプライベート、という訳には本来いかないのでしょう。
保護者として、という部分が出てくるのは致し方ない事だと思いますわ。
けれどお仕事を忘れられる、ということはプライベートな時間として過ごされる、ということでよろしいのでしょうか?
わたくしは……そちらの方が嬉しいですわ。もやもやと形を成さない、ぼやけた感情ですけれど。 - 5◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:45:28
「その服を着てるということは……今日のブライトはサンタさん?」
「はい〜。折角のクリスマスですから。わたくしもクリスマスらしい格好を、と思いまして」
「前にも言ったかもしれないけどお人形さんみたいで可愛らしいよ」
「うふふ〜♪ ありがとうございます〜♪」
今日着ているお洋服は『メジロ・クリスマス・ナイト』でサンタさんに扮する為に用意したものですけれど、普段着てもおかしくない、スウィートロリィタにしましたので。今ではお気に入りのひとつです。
トレーナーさまにも褒めていただいて、気持ちもぽかぽかになったところでぐぅ〜、っと低い音が響きます。
「……ご飯食べない?」
「ええ、そうしましょう〜♪ そうですわトレーナーさま! クリスマス限定メニューがありまして。折角ですから、そちらをいただきませんか?」
「どこのフードコートかな?」
「こちらですわ〜」
トレーナーさまをご案内して、少し遅めの昼食をいただいて。それから日が落ちるまでの間、アトラクションを楽しみます。
とはいえどこも長蛇の列。アトラクションを本格的に楽しむ、というのは難しいです。
けれど、不思議と待ち時間も退屈ではなくて。トレーナーさまと一緒なら、どのような時間を過ごしたとしても幸せなのです。
「ブライト、手、寒くない?」
寒空の下、長時間並んでおりますので心配になったのでしょう。幸いわたくしは体温が高い方だと思われるので、指先が冷えて動かない、という経験はあまりございませんが。
なのでわたくしとしてはトレーナーさまの方が心配です。
「わたくしは平気ですわ〜。トレーナーさまこそ、冷えてはおりませんか?」
「俺はまあポケットに手を突っ込んで凌ぐなり」
そう言って、外気からチェスターコートのポケットに逃げていく右手を、わたくしの右手で捕まえてしまいます。
わたくしの手よりもひんやりとしていて、ゴツゴツとした感触の手。左手も重ねて包んでしまいましょう。 - 6◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:45:41
「まぁ! と~っても、冷えておりますわ。これなら温かいでしょうか?」
「え!?」
急に手を取られた事に動揺したのでしょう。少し強張っていたものの、すぐに力が抜けて、わたくしの手に握られるがままに。
「ブライトの手はあったかいね」
「ふふっ、ええ。よくドーベルにもしておりますのよ?」
「ああ〜、確かにあの子は冷え症っぽいしね」
「でもドーベルの手はもっと細くて、それにわたくしと同じくらいの大きさですわ」
「俺も男だしね。女の子の手とは全然違うよ」
そうなのです。トレーナーさまの手はわたくしの両手を重ねてようやく包み込めるくらいの大きさで。
片方だけだとトレーナーさまの手にわたくしの手が包まれてしまいそうです。
「ほら、ちょっと前進んだよ。流石に両手で握ったままだと歩けないよ?」
「まあ〜。そうですわね、手を離しませんと」
確かに両手でトレーナーさまの手を包み込みながらだと横歩きになってしまいます。ですので、パッと手を離したのですが。
「……片方だけでいいんじゃないの?」
左手だけは、トレーナーさまの右手に捕まったままになってしまいました。
それがどこか、嬉しくて。トレーナーさまの手のひらから、少しだけはみ出た指を折りたたんで。
「なかよしの手、ですわ♪」
「そうだね、なかよしの手だ」
「うふふ〜♪」
やっぱり、わたくしの手が包まれているみたいで。トレーナーさまではなく、わたくしの方が温まってしまいそうです。 - 7◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:45:52
日にち的に冬至の直後ということもあり。5時を回る頃には夜の帳が下りて来て。
ライトに照らされる吐息が、黒くなり始めた空気に白く映えます。
イルミネーションの点灯も始まり、光の絨毯が敷き詰められた園内は、星の海に迷い込んでしまったようです。
そして、夜空からは淡い雪がふわりと舞い始めました。
「ホワイトクリスマスだね……」
「ほわぁ……」
舞い降りる雪華をひとつ手に乗せて、さっと溶けて消えていく、淡いきらめき。
イルミネーションに照らされて、色を纏うその光景が、とても幻想的で。しばらくの間、ぽぅっと呆けてしまいます。
「ねぇブライト。おすすめスポットとかはあるの?」
「そうでしたわ。では、まずはこちらの方から〜」
ですがあまりのんびりもしていられません。
観覧車に乗って、上からの風景も見たいのですから。待ち時間も考えて行動しませんと。
「綺麗だね、本当に……」
「はい〜。大切な方と過ごす幸せな時間。そのイメージをデザイナーさまと一緒に考えていただきましたが、とても良いものになったと思いますわ……」
もちろん、わたくしは事前にどのような風景になるのかを確認しております。
けれど……やっぱり、トレーナーさまと一緒に見ることが出来ているというのが。同じ景色を共有出来ているのが、とても嬉しくて。
わたくし一人では、こんなにも胸の奥がじんわりと満たされることはなかったのだと思います。 - 8◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:46:03
「そっか。ならドーベルやライアンと一緒に過ごせないのは残念だね」
「ほわぁ? どうしてですか?」
「いや、だって大切な方と過ごすって……」
「トレーナーさまのことですわ?」
なぜトレーナーさまはそのような疑問を抱かれたのでしょう?
「え? 俺一人のことだったの?」
「はい。わたくし、最初から大切な方たち、とは言っておりませんわ?」
確かにドーベルやライアンお姉さまと過ごすクリスマスも、大変幸せな時間だと思います。
けれどドーベルはドーベルのトレーナーさまと。ライアンお姉さまはメジロ家の名代として、クリスマスパーティーに出席されているはずですわ。
なので最初から、今年わたくしが共にクリスマスを過ごしたい相手はトレーナーさまだけだったのですけれど……。説明不足だったのでしょうか。
「待って? ということはこのイルミネーションって……」
「はい〜。トレーナーさまと見るのなら、と考えてデザインしていただいたものですわ」
並んで歩いていたところ、急に立ち止まられたので思わず振り向きます。
気の所為でしょうか、心なしか瞳が潤んでいるように見えます。
「……凄く素敵なクリスマスプレゼントだよ」
「わたくしがお渡ししたいクリスマスプレゼントはこちらではございませんわ?」
「そうだったとしても。……目に焼き付けておかないとね」
「トレーナーさまに喜んでいただけたのなら、なによりですわ」
不思議です。イルミネーションを見るトレーナーさまを見ていると、胸の奥が熱いのです。
貴方が今噛み締めている幸せが、わたくしのものになったように。貴方が幸せなことが、わたくしの幸せなのだと。
けれどひとりで抱え込むには熱すぎて。この熱を冷まして欲しいと、分け与えるようにトレーナーさまの腕に抱き着きます。 - 9◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:46:27
「ど、どうかした?」
「なんだか、胸の奥がとっても熱いのです。なので、トレーナーさまにも。この熱を少し受け取っていただきたくて」
「そっ、か……なら、仕方ないね……」
「はい〜……」
それでも、熱が冷めることはなくて。いくら腕にぎゅ〜、っと抱き着いても、むしろ熱くなるばかりで。今にものぼせてしまいそうです。
「……一通り見終わったのかな。最後、観覧車に乗りたいんだよね?」
気付けばイルミネーションを一通り見終わっていたようで。イルミネーションを見に出発した地点に戻ってきていました。
「はい。きっと、素敵な思い出になると思いますわ」
「そうだね。そうだと思う」
遊園地で、周りから遮断されて二人きりになれる空間。周囲の幸せに満ちた空気もいいですけれど。
クリスマスプレゼントをお渡しするのは、そこがいいと思いましたから。
一時間ほど並んで、ゴンドラの中で向かい合って座り。上空から星の海を眺めます。
「今頃、皆もクリスマスパーティーとか楽しんでるのかな」
「ドーベルは上手くいったのでしょうか〜?」
「あはは、どうだろうね。彼からクリスマスデートすることになったとは聞いたけど」
「プレゼント選び、わたくしも手伝ったんですのよ?」
「えっ? そうなの? ちょっと羨ましいな、ブライトに選んでもらえてるなんて」
少しずつ高度を上げていくゴンドラの中で、夜景を見てふと思ったのでしょう。
皆もという言葉から、今日トレーナーさまに楽しんでいただけていたのは十分伝わってきました。
ですが今日はクリスマス。一番の楽しみは、やはりプレゼントだと思うのです。
「ですので、わたくしもドーベルと一緒に選びました」
「あっ、なるほど」 - 10◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:46:40
先ほどイルミネーションを見ている時に、プレゼントを用意してる事はお伝えしてるのでびっくりはされておりませんが。
少しだけそわそわとされる様子は少し可愛らしいです。
やはりいくつになっても、プレゼントをいただくのは嬉しいことなのだと思います。
小さめの鞄から、可愛らしいラッピングの施された小包を取り出します。
「以前のクリスマス、トレーナーさまからペンをプレゼントしていただいたでしょう? わたくし、あの時とても嬉しかったのです。なのでわたくしからも」
「ということは……中身は」
「はい。普段の生活でも使っていただきたくて。ペンを選ばせていただきましたわ♪」
はじめは時計を差し上げようかと思ったのですけれど。ドーベルが『絶対に重い』と言うのでやめました。時計はそんなに重くはないと思うのですけれど。
「ありがとう。中身はホテルで確認させてもらうよ。観覧車の中だとよく見えないしね」
「はい、そうしてくださいませ〜♪」
でも、ペンで良かったのかもしれません。今のトレーナー様のお顔を見ていると。とっても、嬉しそうですもの。
チラリと外の景色に目を映すと、間もなく頂上を迎える頃で。
もう一つ、イルミネーションで見ていただきたかった事があったのを思い出します。
「じゃあ俺──」
「トレーナーさま、外を見てくださいませ」
「外? あっ、ああ……なるほど……」
地上からでは気付けない、イルミネーションに隠されたメッセージ。観覧車から見ることで、初めて読むことが出来るあのフレーズ。
「メリー・クリスマス、ですわ♪ トレーナーさま♪」
「ああ、メリー・クリスマス、ブライト」
伝え合えば今日が特別な聖夜だと実感できるこの言葉は、まるで魔法のようです。 - 11◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:46:51
観覧車が下まで戻ってきて、二人で外に出る頃には閉園時間が迫っていました。
「よし、じゃあ帰ろうか? と言っても俺はホテルの場所あんまり知らないからブライト任せなんだけど」
「はい〜。ディナーも楽しみにしていてくださいな♪」
もう少しだけ続く聖夜に意気揚々と、観覧車乗り場の階段を降りようと足をかけると。
「あら?」
「ブライト!?」
空から降る薄雪が溶け、そして薄氷へと変わっていたのでしょう。
摩擦の少ない階段に足が滑り、支えを失った身体はそのまま倒れ──。
「大丈夫!?」
「ええ〜。ご心配には及びませんわ〜」
──ることはなく。トレーナーさまが上手く支えてくださいました。
「ありがとうございます、トレーナーさま〜」
「足元気をつけないとね。雪が溶けて滑りやすくなってるみたい」
掴まれていた腕が離され体勢を立て直すと、すぐに左足首の違和感に気づいてしまいました。
「っ!」
滑った時に体重を支えようとした影響でしょう。捻ってしまったのか、ズキズキと痛んでいます。
けれど今話してしまえば、きっとご心配をおかけしてしまう。
折角ここまで楽しく、幸せな雰囲気で過ごせていたのですから。だから最後まで。
そう思って歩いていたものの、トレーナーさまの目には不自然に映っていたようで。 - 12◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:47:02
「ブライト、足、痛めてない?」
「ほわぁ? いいえ〜、大丈夫ですわ〜」
あと少し。ホテルに着けば、座ってディナーを楽しむだけなのですから。
「ブライト。正直に言って。本当に、なんともない?」
けれど、トレーナーさまの目は誤魔化せませんでした。
少し険しい目つきをして、こちらを見るトレーナーさまに力なく笑って答えます。
「……少し、足首を捻ってしまったみたいですわ」
わたくしが正直に答えたことに安心したのでしょう。すぐに優しい顔に変わりました。
「……うん、分かった。そこのベンチまで歩ける?」
「肩を少し、お借りしてもよろしいでしょうか〜?」
「うん。ほら、掴まって?」
まだ園内だったことから、幸いにも休憩用のベンチが近くにありました。
そちらまで向かい、腰掛けるとすぐにトレーナーさまが足元にしゃがみ込みます。
「ちょっとごめんね。足、見させてもらうよ。こっちで合ってる?」
「はい〜」
庇っている仕草を目聡く見ていたのでしょう。ズキズキと痛む左足から、靴とソックスを脱がされて。
トレーナーさまの太腿の上に乗せられて確認されます。
「見た感じ腫れてはいないね。あんまり赤くもなってないし、軽い捻挫だとは思うんだけど」
「ほわぁ……」 - 13◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:47:14
恐らく、そうだとは思っておりました。歩ける程度の痛み通り、軽症のようなのは幸いでしょうか。
少し思案した様子のまま、トレーナーさまがソックスと靴を履かせていただいて。
考えがまとまったのか、わたくしの目を見ながら口を開かれます。
「ここからホテルまでどれくらい?」
「歩いて20分程かと〜」
「なるほど。なら大丈夫かな」
言いながら、着ていたチェスターコートをわたくしに羽織らせて。
「ブライトに雪が積もっちゃうから。それは羽織っておいてね」
「ほわぁ? どういうことでしょう?」
「こういうこと。ほら、乗って?」
背中を向けて、わたくしの前に屈まれます。
「そのまま歩かせるわけにはいかないでしょ?」
「ほぁ……うふふっ……トレーナーさん、トナカイさんですわ」
「えっ……ああ、ブライトがサンタさんだからか。そうだね。プレゼントを届ける為にも、運ばれてくれるかな?」
「はいっ、お願いしますわ♪」
トレーナーさまのコートに袖を通して、背中に乗ります。わたくしよりも背が高いですし、当たり前なのは分かっています。
けれど、思っていた以上に。その背中はとっても大きくて。なんだか安心してしまいます。
「トレーナーさま? 寒くはございませんか?」
「ブライトが背中に乗ってるから。むしろあったかいよ」
「わたくしも……トレーナーさまの背中、とっても暖かいですわ」 - 14◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:47:25
歩くリズムに合わせて揺られながら、わたくし自身の鼓動を強く感じます。
確かにトレーナーさまの背中は暖かいです。でも、違うのです。今わたくしが感じているこの温かさは。
もっと別の、クリスマスイブという特別な一日の中で、ずっと感じていたもの。
暖炉に薪を焚べるように、灯され続けていた揺れる熱。
「そう?」
「ええ〜。心地良くて、眠ってしまいそうです〜」
「ふふっ。うん、寝ててもいいよ。ちゃんとホテルまで連れて帰ってあげるから」
聖夜に降る雪も、羽織るコートに積もっては溶かされ。
まるで、トレーナーさまのぬくもりに包まれているようで。その背にきゅっ、としがみつきます。
「トレーナーさまぁ……?」
「なぁに? 甘えたさん?」
「はい〜」
ずっと、こうしていられたら。どんなに幸せなのでしょう。
どうすれば、この温もりがクリスマスだけの特別にならないのでしょう。
「もしも……サンタさんにプレゼントを持ってきていただけるならわたくし、トレーナーさまが欲しいですわ」
願うのは、あなたさまの未来。欲して止まないのは、あなたさまとの幸福。積もる白雪のような、清らな想い。 - 15◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:47:36
「うん、いいよ」
軽やかに、けれど軽薄ではなく。透き通った声音が澄んだ空気に響きます。
「だってとっくに……俺のその先が欲しい、って君は言ってくれてたじゃないか」
確かに、以前のクリスマスでそのようなことを言いました。けれどそれは、トレーナーさまの全てではなく……。
「わたくし、トレーナーさまにはわけていただきたいと……」
「そうだね。だから、全部あげてもいいと思ってるのは俺の意思だ」
トレーナーさまは、これから先もずっとわたくしと一緒に居てくれるということなのでしょうか?
だとしたらそれは……どういう意味で、なのでしょう? メジロの未来の為?
わたくしの想いは……違うと思います。メジロの為ではなく、わたくしの為に。トレーナーさまの未来をいただきたい。
「それにそれがクリスマスプレゼントになっちゃったら、俺が用意したプレゼントが渡せなくなっちゃう」
「いただけるのですか?」
わたくしとしては今日お時間を割いていただいただけでも十分なプレゼントでした。その上で、わたくしは何をいただけるのでしょう?
「クリスマスにプレゼントを用意しない男はいないよ。本当は俺も観覧車の中で渡そうと思ったんだけど渡しそびれちゃって。羽織ってるコートの右ポケット、探してくれる?」
言われるがまま、ブカブカな袖の中から手を出して、コートの右ポケットに手を入れます。すると掴めたのは、片手くらいの大きさの小箱。
「これは……?」
「ネックレスなんだけど……イヤだったかな? 実はドーベルのトレーナーにも相談したんだけど重いからやめとけ、って言われててさ。でも……どうしてもピンと来たのがそれだったんだ」 - 16◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:47:48
箱を見ただけで、有名なブランドの商品というのはわたくしでも分かります。
軽い気持ちでは贈れないようなプレゼントであることも。
それなのに、ドーベルのトレーナーさまの静止を振り払ってでも選んだという事実が、とても嬉しくて。
「……いいえ〜。トレーナーさまからいただけるものなら、どんなものでも嬉しいですわ。ホテルに戻ったら、着けてくださいますか?」
「もちろん」
トレーナーさまがどのようなお気持ちで、これからも一緒に居てくれるのかは分かりません。
けれど確かな、わたくしの想いだけは今日、はっきりと分かりました。
「トレーナーさま……のんびり帰ってくださいませんか〜……?」
「それは……どうして?」
しんしんと降り積もり。
「……わたくし、まだトレーナーさまの背で揺られていたいですわ」
その温もりに溶かされていく、白雪の名前は。
(そうですわ……この幸せな気持ちこそが……)
きっと、恋と呼ぶのでしょう。 - 17◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 20:48:00
みたいな話が読みたいので誰か書いてください。
- 18二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 20:53:33
高品質の完成品引っ提げて要求はレギュレーション違反なんすよ
それはそれとして良き - 19二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 21:05:18
無茶言わないでくれませんかね…
- 20二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 21:51:14
スレタイ見てどんなもんかと見に来たら、とんでもない量の砂糖の山に埋められた
- 21二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 21:53:40
ベルちゃんとベルトレが似たような思考回路してるのもほっこりした
- 22二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 21:55:53
そこにもうありますね…
なかよしの手とか甘えたさんとか語彙が2人とも可愛いのすき - 23二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 22:07:23
なんでこのしっとり甘い良作がクソスレタイなんだよ!?
- 24二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 22:08:57
スレタイであなただと思ってました(多分)お久しぶりです
- 25◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 22:20:37
歳を取るとくっだんないギャグにブレーキが効かなくなるというのは本当なんですね
というのを今日歳を取った事で証明してしまいました
昔なら絶対にブレーキ踏めてた
という訳でクリスマスネタでした
クリスマス衣装でもあんまりトレーナーへの感情が恋愛的な好きには結びついてなさそう、そうだったとしても気づいてなさそうだったのでこの方向性のお話になりました
季節衣装の育成イベントは大体トレウマ色強めなので、それでこの反応はかなりその辺の情緒が幼めに見えたので
一年以上前に書いたドーベルのSSとおんぶネタ被ったなぁ……と思いつつ雪が被らないようにコートを羽織らせる絵面が浮かんじゃったので仕方ないね
ここまで読んでいただきありがとうございました - 26◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 22:21:17
- 27◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 22:32:26
ブライトがそもそもバレンタインにカカオの樹をあげちゃうような子なのでブレーキ役が必要なのは当然として
ブライトトレも変にその辺の割り切りがいいイメージがあるので手先不器用でも気遣いは細やかなベルトレよりかは自分が渡したいから、で渡しちゃう人かなぁとは思いました
プレゼントでネックレスを贈る意味を知ってたらやりそうにないですけど、まあその辺は多分知らないという事で……
- 28二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 22:34:11
糞みてぇなスレタイからのストレートは内臓に効くのよ
- 29◆y6O8WzjYAE23/12/22(金) 22:35:33
- 30二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 22:55:05
日高屋のラーメン食べようと思って店入ったらフレンチのフルコース出されて困惑してる
- 31二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 23:02:24
いやでもジャンル的には求めていた路線だから銀座アスターのラーメンみたいな感じだな
- 32二次元好きの匿名さん23/12/22(金) 23:11:33
時計のプレゼントの意味は
「あなたと同じ時間を過ごしたい」
「同じ刻を刻んでいきたい」
……たしかに重いけどこの2人には合いそうだな - 33◆y6O8WzjYAE23/12/23(土) 10:25:53
あげあ〜げでうぇうぇーいですわ〜
- 34二次元好きの匿名さん23/12/23(土) 22:04:20
age
- 35二次元好きの匿名さん23/12/23(土) 22:56:17
(˘ω˘)(100点満点)