【SS】オールボディ・オールゴースト

  • 1二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:15:38

     それは、ある日トレーナー室に届いた郵便物の整理をしていたときのこと。
     G1で活躍するようなウマ娘には、当然すごい量のファンレターが届く。グラスの場合もそれは例外ではなく、膨大な量の手紙に問題のありそうなものがないか調べてから彼女に渡すのが、トレーナーとしての仕事の一つになっていた。
     この作業もなかなかに大変だが、それより凄いのはグラスの生真面目ぶりである。彼女はファンレターのすべてに目を通して、そのほとんどには手書きで返事を送っているのだ。

     「応援の言葉を文にしたためて送って頂いたのですから、こちらも同じようにお返ししませんと。それが苦などと感じたことはありませんよ」

     以前、大変ではないかと聞いた際に返された彼女の言だ。まったく頭が下がる思いである。
     さて、そんなファンレターの山には、ごくごく稀にトレーナー宛のものが入っていることがある。大半は若い女性からで、物好きだなぁと思いながらも返事を書いているのだが。
     しかし、今日届いたのはその中でもあまりに異質な手紙。宛先は多分……俺のはずだ。というのも、航空便のその封筒は、どうやらアメリカから送られたもののようだった。

    『送り主:アメリカ合衆国ナントカ州カントカ Wonder Again』
    『宛先:日本国東京都府中市日本トレーニングセンター学園 グラスワンダーのトレーナー様』

     封筒に印字されていたのは送り主と宛先。英語で書かれていたが、流石にこれくらいは分かる。だが、ワンダーアゲインというのは聞いたことのない名前だった。アメリカの人のようだし、俺の知り合いではないとすると、グラスの友人だろうか。しかし、何故トレーナー宛に?とにかく読んでみよう。
     封筒を開け、便箋を広げると……うわっ、英語圏のネイティヴ特有のグニャグニャした筆記体の文章が書き連ねてあった。これは読むのに骨が折れそうである。
     グラスに読んでもらおうとも思ったが、万一変なことが書かれていたらマズいので、これぐらいは俺一人で頑張ることにする。

  • 2二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:16:30

     ハロー,konitiwa,ohayogozaimasu.
     突然お手紙を送ってごめんなさい。私はグラスワンダーさんのファンです。昔から彼女のことをよく知っています。そして、いつか彼女と戦って勝つのが私の夢です。
     まずはこの間の有馬記念、とても驚きました。前に観た毎日王冠よりも格段に速くなっている!トレーナーさんの素晴らしいご指導のおかげでしょうか?負けていられませんので、私もトレーニングにますます励んでいます。
     ところで、トレーナーさんはグラスワンダーさんのどんなところが好きでしょうか?もしお返事をくれるなら教えてくれると嬉しいです。
     kashiko.
     
     辞書やインターネットとにらめっこし、解読に励むこと数十分、手紙はだいたいこんな感じの内容であった。
     戦って勝つのが夢だとすると、グラスとそう年が離れていないウマ娘だろうか。G1だけでなくG2のレースまで目を通しているとは、なかなか熱心なファンであるようだ。

    「グラスの好きなところか……」

     さて、さっそく返事を出したいところだったが、問題は最後の質問だった。
     ”グラスのどんなところが好きか”?日本語で答えるのは簡単だが、アメリカ人にちゃんとしたニュアンスで伝えられる英語力は俺にはない。どうしよう。
     何かヒントはないかと、以前貰ったファンレターを机の上に広げてみる。

    『野菊咲き 少女がウマを 野へ駆らす』

     これは詩人を目指しているという青年から貰った手紙の一節だ。俳句というのは面白いが、多分意図は伝わらないだろう。ボツ。
     次の手紙を広げてみる。

    『トレーナーさんのこと、すごく好きです!すごいところが特にすごく好きです!』

     ……気持ちはなんとなく伝わるが、表現力に欠ける。何かおかしいと思って宛名を見たら、他のトレーナー宛のものが間違って届いていたらしい。彼には悪いことをしてしまった。
     次の手紙には、栗毛のウマ娘と、全身真っ黒の男(なのか?)。そして、その間に幼い少女の姿がクレヨンで描かれていた。

    「とれーなーさんとぐらすちゃんのえをかきました まんなかわたしです」

     これだ!と思わず手を叩く。イラストなら万国共通だし、最低限の注釈で意図が伝わる。グラスの絵を描いて送ってみよう。 

  • 3二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:17:25

     引き出しから取り出したスケッチブックに、走っているグラスの絵を描く。線ができあがったら、グラスだと分かるように色を塗る。髪の毛から勝負服の靴の先までしっかりと塗る。

    「ぼくは、これが好きです」

     紙の余白はまだ十分にあるので、もう一つ絵を描いてみる。思い返すのは、ある日の――何の変哲もないトレーニング後の、それでいて未だ脳裏に強く焼き付いている光景。
     季節は夏に移り変わろうというのに、熱いお茶を飲んで笑顔のグラスを描く。お茶を飲んでいると分かるようにちゃんとコップも描く。そして矢印を引き、こう付け加えた。

    「ぼくは、これをずっと見ていたいです」

     よし、これならワンダーアゲインにも一目でグラスの魅力が完璧に伝わるだろう。流石は担当トレーナーである。
     最後に走っているグラスの絵に”全身全霊 ”と英語で書き足し、さっそくその日のうちに郵便局で手紙を送った。

     一週間後、またファンレターが届いた。その中には、ワンダーアゲインの名前も。
     さっそく開けてみると、小さな封筒と手紙が入っていた。手紙の文字は、あのグニャグニャの筆記体ではなく、小学生でも読めるようにアルファベット一つ一つがしっかりと書かれていた。

     ハロー,konitiwa,domoarigato.
     トレーナーくん、おへんじをくれてありがとう。きみのグラスワンダーさんへのおもい、おねえさんにはよくつたわったよ。
     おれいにとてもめずらしいしゃしんをおくったから、ぜひみてほしいな。でも、グラスワンダーさんにはないしょだよ。
     keigu.

     もしかして、子供か何かだと思われただろうか。まあ、いいけど……
     それより、珍しい写真とは何だろう。小さい封筒を開けてみると、数枚の写真が出てきた。

    「えっ、これって……」

  • 4二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:18:03

     ある夜の美浦寮。その一室で、学園ではなかなか耳にすることのない流暢な英語で電話をするウマ娘がいた。
     相部屋のウマ娘が長期の海外遠征に出ているため、彼女は久々に、同級生やトレーナーにも明かさない”素”の顔を見せている。

    「それじゃ、本当に手紙を送ってしまったの!?」
    『そ。返事が来たと思ったらさ、子供みたいな絵にカタコトの英語が書いてあって!オールボディ・オールゴーストだって!笑い死ぬかと思っちゃった』
    「まったく、もう……あなただって簡単な日本語くらいは分かるでしょう?どうしてこんな意地悪をしたのよ」

     電話の相手はおかしくてたまらないといった様子でゲラゲラ笑っている。

    『そっちの方がいいと思ったんだもん。姉さんのことどう思ってるのか、日本語で聞いたら誤魔化されちゃいそうでしょ?まあ、実際に帰ってきたのはナナメ上の回答だったけどさ』 
    「……余計な気は利かせなくていいのよ。今はまだ、変わらなくても大丈夫だから」
    『そんな悠長に構えてていいの~?今ここに、姉さんのトレーナーさんに興味を持ってるウマ娘が一人いるけど』

     静かな部屋にぴしり、と音が鳴る。比喩ではなく、実際に窓ガラスにひびが入ったのだ。

    「あらあら、では私にレースで勝ったら考えてあげましょうか」
    『うわっ、電話越しでも分かる殺気。……ところで姉さん、私ったらちょっとミスをしてしまって』
    「どうしたの?」
    『家でアルバムの整理をしてたらね、姉さんの昔の写真が出てきて。今みたいなヤマトナデシコに染まってない、ガムとか噛んでた頃の。それでね、せっかくだから記念に送ってあげようと思って、エアメールで送ったの』
    「あら、そんなものは届いていないわよ?」
    『うん。実は間違えて姉さんのトレーナーさん宛に送っちゃったみたい!』
    「……は?」
    「トラッキングしたら今日のお昼に届いてたみたいだよ!もしかしたらもう見ちゃっ――」

     今行くか、いや、まだか。いや、今か。
     栗毛のウマ娘グラスワンダーは、美浦寮を文字通り飛び出し、標的たるトレーナー室へと駆け出した。
     

  • 5二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:18:43

    オワリ。お姉ちゃんしてるグラスが見たいのでガンホーは早く3着目グラスちゃん出してください。

  • 6二次元好きの匿名さん23/12/29(金) 20:30:32

    英語だと幼女みたいな語彙のくせに日本語だとポエムになるんだよね…

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