- 1二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:35:26
クリスマスが終わり、有馬記念、ホープフルステークス、東京大賞典も終わって、いよいよトレセン学園は年の瀬に向かって一直線。新しい年を迎える準備があちらこちらで進む中、生徒達の一部はクリスマスのテンションそのままに忘年会の準備に取りかかっていた。ある者はトレーナー室にオードブルやジュースを持ち込み、ある者達は寮の一室に集まってクリスマスの残り火であるピザやチキン、ケーキ等を広げ、あるいは突発的にDJブースを設営し即席フェス会場を拵えたりと、思い思いに一年の締めくくりを楽しんでいた。
そんな中、トレセン学園の調理室でも、気心の知れた仲間達が集う忘年会の準備が始まろうとしていた。
「さてと、任されたからには一流の鍋パーティにするわよ、フラワーさん」
「はいっ! よろしくお願いしますね、キングさん」
「こちらこそよ、今日もよろしくお願いするわ」
調理室の一角で三角巾を結び、ふんすと意気込んだニシノフラワーに、エプロンを結んだキングヘイローが応える。元々セイウンスカイとの縁で交流があったこの二人が一緒に台所に並ぶようになったきっかけは、2月のバレンタインデーまで遡る。
元々料理が上手でお菓子作りも難なくこなすフラワーに対し、キングの料理の腕は卵焼きが精一杯。
そんなキングも、一流のトレーナーの為、今年は特別なバレンタインデーに挑んだ。彼女なりに一生懸命作ったチョコレート・トライフルを受け取ったトレーナーは、特別製のチョコに大層喜んでくれた。嬉しそうにトライフルを眺める彼に、キングも一先ず安堵のため息をついたのだが、たまたま食堂でそれを食べる場面に居合わせたフラワーが、キングの作ったトライフルに興味を持ったのである。
「あの、キングさん……トレーナーさんにお渡ししていたお菓子を見させて貰ったんですけど……とっても御洒落で、素敵だと思ったんです。もし良かったら、作り方を教えてくれませんか?」
純真無垢な眼差しに、キングの胸がちくりと痛む。
彼女の作ったチョコレート・トライフルは、元々失敗してしまったチョコクッキーの内、なんとか食べられそうな部分を寄せ集め、マカロンやフルーツで彩りを整えつつ作ったものだったのだ。
お菓子としては相当に難易度の高い部類であるハズのクロカンブッシュを作って渡したというフラワーにその経緯を説明するのは、若干気が引ける思いがあったのである。 - 2二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:41:18
とは言え、ピコピコと楽し気に耳を動かし、瞳を輝かせるフラワーを無下にする選択肢などキングにあるはずも無く、そんな葛藤は即刻一流の名の下に蹴り飛ばしたのであった。
「……という訳なの。第一、ちょっとの失敗で全部処分してしまうなんて勿体ないでしょう? 元々はあり合わせで作るデザートという意味だったようだけど、工夫次第であり合わせや失敗作も、特別な日に相応しい一流のデザートに生まれ変わらせる事だってできるのよ」
「なるほど……ちょっと失敗しちゃったクッキーも、美味しいデザートに……ありがとうございます、キングさん。私も今度、やってみます!」
真剣にメモを取るフラワーを前にして、キングは決意した。"一流のウマ娘"を名乗るからには、料理の腕前が今のまま停滞し続けるというのは許せない。とは言え、独学にも限度があるのはこのバレンタインデーで嫌と言うほど思い知らされた。では、どうするか。
「その時は、キングさんも是非食べてみて下さいね!」
「ええ、ありがたく頂くわ。ところで、フラワーさん。貴方の腕を見込んで、お願いがあるのだけれど……」
"一流のウマ娘"として自身を磨き輝かせる為には、その為の砥石も当然一流でなくてはならない。飛び級でトレセン学園にやって来た料理上手で心優しい天才少女は、まさにそんなキングに相応しい一流の師であった。
頭を下げたキングの願いを、フラワーは快く了承した。
それからあっという間に月日が経ち、今となっては台所で隣り合って料理を進めるまでになった師弟が年の瀬の晩に挑むのは、鍋料理。
フラワーとキングで大勢が食べれる鍋料理を作り、黄金世代と称されるキングの同期達を交えて忘年会と言う名の鍋パーティーをしようと言うわけだ。当初、この企画の発案者はキング一人が大鍋を作る……もとい、闇鍋を作る方向に話を進め、忘年会らしく盛り上げようとしていた。しかし、料理の師匠となったフラワーが、めっ、と待ったをかけ、企画を大幅に軌道修正する運びとなった。
フラワーも調理担当に立候補した事で、大鍋忘年会の企画は無事本決まりになり、フラワーとキングは会場設営等を他のメンバーに任せ、いざ鍋の準備に取りかかろうとしていたのである。 - 3二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:44:47
「それで、今日はどんな鍋にするのかしら?」
「折角なので、和風と洋風で二つの味を楽しめたらな、って思ってます」
「あら、素敵じゃない。そうしたら、〆の料理も二種類に分けて楽しめるのね」
「はい! 和風の方はおじやにして、洋風の方はパスタにしようかと!」
「ご飯も炊いて、〆も鍋二つ分。これならウチの大喰らい達もきっと満足するわ」
キングの微笑みに、フラワーも楽しげな笑顔で応える。そうして二人は、商店街の店主達から色々おまけして貰った食材達へと向き合うのだった。
お米を研ぐ上で大事なのは、短時間で素早く洗い、研ぎ終える事である。
お米と水を大きめのボウルに入れて、まずは手でかき混ぜながら、表面に付いた白い米ぬかを落とす。あっという間に水が真っ白になるので、手早くお米をざるに上げ、水を捨てたボウルにお米を戻す。今度は、米粒がボロボロと崩れたりしないよう、優しくこするようにお米全体を洗う。優しくかき混ぜながら水を注ぎ、浮き出た米ぬかを洗ったらもう一度ざるに上げ、再びボウルへ戻す。これを、3回程繰り返してお米を研いでいく。
普段キングが食べる程度の米を炊くだけならそれほど手間でもないが、なにせ今日の忘年会は大所帯の上、キングとは幾度もターフで刃を交えたトレセン学園屈指の大食いが参加するので、その分ご飯の量は桁違い。故に、米とぎも中々の重労働だ。
業務用の窯に洗ったお米を移し、お水を張ってお米を平らにならす。最後に、ほんの一つまみのお塩と、お出汁用の昆布を乗せて、ご飯に旨味を加え、甘みを引き立たせる。業務用の巨大な炊飯器のスイッチを入れ、キングはふうと息を付いた。
「フラワーさん、次は何をすればいいかしら?」
「それじゃあ、手羽先を半分炒めて貰っても良いですか? 私はこっちのお野菜を準備しますね」
今日のお鍋は和風、洋風共に骨付きの手羽先を使う事にしていた。それぞれ準備の仕方が異なるので、注意しなくてはならない。和風の方を担当する事になったキングは、よし、と一旦息を入れ、目の前の食材に向き合った。 - 4二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:49:16
「……骨に沿って切り込みを入れて、塩こしょうをまぶしたら、ごま油で炒める……」
鶏肉の下拵えの手順を言葉にして反復しながら、同時に両の手を動かしていく。慎重かつ正確に、けれど恐れずに。これまでフラワーに教わってきた事を思い出しながら、キングは一つ一つ丁寧に作業を進めていった。
お肉に焼き色が付いていくと同時に、ごま油を纏った香ばしい鶏肉の香りが立ち昇る。思わず、頬が緩んだ。
「美味しそうね……」
素直な感想が無意識に零れる程、目の前のお肉は魅力的だったのだろう。思わず飛び出た言葉に気付いたキングがハッとして振り返ると、フラワーがにっこり微笑みながらこちらを見ていた。思わず顔が熱くなる。
教えて貰った事が上手に出来るようになった時の『はなまるです、キングさん!』と言い、こうしてふと無意識に感嘆の言葉が飛び出した時と言い、この純真無垢な笑顔に見つめられるのには、なんとも弱い。これについては間違いなくルームメイトの影響が大きいと、キングは思う。
緩んだ頬を張り直し、こほん、と咳払いを一つ。さりげなく話題を切り替える。
「そう言えば、最近スカイさんとはどう? 変わらず仲良くしてるのかしら?」
「はい、クリスマスには一緒にガーベラの花飾りを作りました」
「あら、素敵ね」
「私達のパーティにもお呼びしたんですけれど、その時は別の用事があったみたいで。あ、でも、とっても楽しかったですよ!」
一瞬、少し困ったような笑顔を浮かべはしたものの、フラワーはすぐに花のような笑顔を見せてくれた。一先ずスカイとの仲は上手くいっているようだし、また上手くこの場を切り抜けたのもあって、キングは安堵のため息をついた。
まあ、後から聞いた所によるとそのパーティと言うのが、フラワーさんとカワカミさんが中心になって集めたメンバーで結成されたプリファイファンクラブの集まりのようなものだったらしいので、流石のスカイさんも居づらさが勝ったのかもしれないけど。
キングは内心苦笑いを浮かべながら、綺麗な焼き目に仕上がって香ばしい香りを放つ鶏肉を一旦お皿に移し、お次は野菜の下ごしらえに取り掛かった。 - 5二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:53:43
白菜は、葉っぱと軸を分けて食べやすい大きさにカット。ネギも食べやすい長さに切り分け、お出汁をしっかり吸ってくれるよう、軽く切り目をいれておく。大根は、ピーラーでスライスして、大きさを調整して一緒に煮込む。お出汁や鶏肉の旨みと、野菜の甘みをたっぷり吸いこんだ大根は、美味しいこと請け合い。
『冬のお野菜はお鍋で煮込んで食べると、とっても甘くて美味しいんですよ』と、フラワーさんは大きなマイバッグを一杯にして笑った。
商店街の八百屋さんはフラワーさんにいつも色々とおまけをしてくれるらしいけど、それは決して、お得意様だからという理由だけではない、と何となく思う。彼女は色んな料理に手ずから挑戦し、美味しければ色んな人にお裾分けして、貰った野菜と料理の感想を感謝の気持ちと一緒に伝えたりしているらしい。その小さな魔法の手で、何でも美味しい料理に仕上げて完食してくれるという嬉しさが、きっと周囲をそうさせているに違いない。
勿論、買い物カゴの隅っこに、こっそりプリファイグミを一つ、二つ忍ばせる年相応の可愛らしさも、彼女の素敵な魅力の一つ。
「お野菜はコレでよし……と、後は……フラワーさん、ちょっと聞いても良いかしら?」
「はい、どうしましたか?」
キングの問いかけに、フラワーはボールを持ちながらひょいと身体を向けた。
乾燥春雨は、熱湯で茹でて戻した後、一度水で洗ってから水気をしっかり切っておく。こうする事で、春雨のぬめりが取れて食感が良くなるのと、水気で味がぼやけるのを防ぐ。程良い長さに切り揃えたら、これで和風鍋の下ごしらえは完了。
実際、簡単な料理にさえ四苦八苦していた頃から考えると、一流の師を持ったとは言え我ながらよくここまで、とキングは自身のこれまでの努力に感慨深く頷いた。
「ありがとう、フラワーさん、こっちは終わったわ。そっちはどう?」
「ありがとうございます、キングさん。それじゃあ、お野菜を切るのを手伝っていただけますか?」
「勿論よ」
キングの手元をしっかり確認しつつ、自身の工程を澱み無く進めていく師の器用さには、毎度の事ながら目を見張る。今はまだこの領域にはとても至らないが、キングは一流ウマ娘として、いつかは自身もこうして一流の料理を教えられるような人になれたらと、心の中で常々思っていた。 - 6二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 00:56:19
ホールタイプのトマトの水煮を荒く潰し、玉ねぎは縦にして8等分くらいの程よい大きさにカット。人参は、しっかり火を通しつつ食べた時に甘さが引き立つよう、大きさを揃えつつ乱切りに。カボチャは皮をむいて種を取ったら、こちらは少し、小さめに切っておく。こうする事で、火が通りほろほろと煮崩れたカボチャが、トマト鍋にまろやかな甘みを加えてくれるのだ。キングが残っていたカボチャを切り終え、こちらも準備完了。
「後は煮込むだけですけど、ご飯はどうですか?」
「そうね……今から始めると少しタイミングがズレそうだから、もう少ししてから煮込み始めるのが良いんじゃないかしら」
「分かりました。では、先に使い終わった道具を片付けてしまいましょう」
フラワーの提案に頷くと、二人は自分が使っていた調理器具や使用しない食材の皮や端を片付けにかかる。
「それにしても、お鍋は簡単で沢山用意出来て良いわね。後で〆も用意すれば最後まで楽しめるし、無駄が無いわ」
「身体も暖まりますし、冬のパーティにぴったりのお料理ですね!」
「今日はご飯も沢山炊いたし、〆の準備もしたから、流石のスペシャルウィークさんも満足するでしょう。と言うか、満足して貰わないと困るのだけど」
「ふふ、作ったお料理をお腹いっぱい食べてくれたら、私も嬉しいです」
キングが友人達の中で最も大食らいな人物の名を出すと、フラワーも口角を上げた。きっと、噂くらいはスカイから聞いていたのだろう。
料理上手な彼女の事だから、きっと、自分が作ったものを美味しそうに食べる姿を側で見ているのも、彼女にとっては最も嬉しい事の一つ。スペシャルウィークの気持ちの良い食べっぷりを見たら、きっと満面の笑みを見られるに違いない。
キングはそんなフラワーの表情を思い浮かべ、ふっ、と微笑んだ。 - 7二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:03:03
片付けを済ませたら、改めて二つの鍋を仕上げていく工程に戻る。
トマト鍋の方は、まず鶏肉とタマネギ、水とスープの素を加えて煮込む。時折灰汁を取り除き、お肉に火が通ったら残りの食材と塩、胡椒を入れて後はじっくり煮込むだけ。
鶏白菜鍋は、先に火を通しておいた鶏肉とネギ、お酒を加えて火を入れる。アルコールが飛んだら、春雨、白菜の軸、大根、白菜の葉っぱの順に加え、用意したお出汁を半分入れる。しばらく煮立ったら、後は残りのお出汁を入れて塩、胡椒で味を整えれば完成だ。
一先ず用意したお出汁の半分を加え、煮立つのを待っていたキングを横目に、不意にフラワーが声を上げた。
「あの……キングさん」
「何かしら?」
「キングさんは、スカイさんの事が好きですか?」
「……へっ?」
後はじっくり食材に火が通るのを待つばかり、という所で投げかけられた衝撃の問いかけに、キングは一瞬頭が真っ白になった。すぐさまフリーズした脳を立て直し、状況を確認。フラワーが言う所の『好き』とは、果たしてどういう意味だろうか。
フラワーは、頬を少し染めながら、キングの表情を覗き込むように見つめていた。耳をピコピコ揺らしながら、キングの答えを待っている。キングは、胸の中の空気を入れ替えつつ、フラワーに向き合った。
一応、フラワーのスカイに対する気持ちも知っているつもりなので、少し慎重に言葉を紡ぐ。
「……そうね、好きかもしれないわ。このキングに相応しいライバルとして、ね」
「ライバル……!」
その言葉に、フラワーの耳がピンと立った。得心したキングは、一気にその先を続ける。
「ええ、そうよ。一見適当で、サボり癖があって、色んな事がふわふわしているように見せかけて、勝利への闘志と情熱を心の奥底で燃やし続ける、そんな子……」
キングの脳裏に、ライバルと共に駆け抜けた日々が過ぎる。三強と呼ばれたクラシック期の事。自分だけの王道を極める為、道を違えたその先の日々。一度は折れかけた心を接ぎ直し、青空の下へ彼女が帰って来た日の事。その全てが、かけがえのない思い出だ。感慨も一入に、フラワーに向き直る。
「晴れやかな青空がよく似合う、一流のライバルよ」
「わぁ……!」
まるでキングが見たその光景を瞳に映したかのように、フラワーは瞳を輝かる。その様子に、キングはホッと胸を撫で下ろすのだった。 - 8二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:06:40
「でも、どうして急に?」
「スカイさん、キングさんの事を話す時はとっても楽しそうに話すんですよ。『一番カッコ良いライバルなんだ』って、時々嬉しそうに笑うんです。それに、キングさんもよくスカイさんの事をお話していたので、もしかしたらそうなのかな、って」
「そ、そう……そんなにスカイさんの事、話していたかしら……」
そう言って、フラワーは頬を染めながら向日葵のように笑った。それに対し、キングは自身を言動を省みる。
そんなつもりは全く無かったが、日常の会話の中で無意識に多く話題にしていたのだろうか。今後は少し気を付けた方が良いかもしれない。内心そんな事を考えつつ、一先ずフラワーの問いかけを乗り切ったので、今度はキングがフラワーに訪ねた。
「そう言うフラワーさんはどうなの?」
「はい?」
「好きなんでしょう、スカイさんの事」
「えっ……」
嬉しそうなフラワーの表情に安心したキングは、同じ質問を返したつもりでそう問いかけたのだが、当のフラワーはと言うと、顔を真っ赤に染めて固まってしまった。鍋をかき混ぜていたおたまがフラワーの手から零れ落ちて鍋と軽快な音を響かせる有様に、キングの胸中に焦りの感情が吹き出し始める。
まさか、この流れでこの質問をそっちの意味で捉えられるとは思わなかった。図星なのは、まあ、見ていれば分かるとして、いやそういう問題では無い。一流のウマ娘として、何とかしてこの空気を立てなおさなくてはならない。
キングは、内心そう決意すると、表情から焦りを悟られないよう、慎重に口を動かした。 - 9二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:14:37
「あのね、フラワーさん、今のは……」
「……です」
繕う為の言葉の前に、小さな声がキングの耳に届いた。思わず、唇が止まる。エプロンをぎゅっと握り締めながら、一度深呼吸。そして、彼女はキングに真っ直ぐ向き合った。
「私……好きです。スカイさんの事……」
「フラワーさん……」
「スカイさんの周りには、素敵なお姉さんが沢山居ます。キングさんも、グラスさんも、ルームメイトのローレルさんも、寮長さんも……でも」
瞳を閉じて、もう一度深呼吸。刹那、彼女の瞳でアメジストが輝いた。
「それでも私は、スカイさんが一番好きになってくれるような、すてきなお姉さんになりたいって、思っています。例え、今すぐにはそうなれなくても、いつか、必ず……!」
先程までの優しい笑顔とは打って変わって、レース直前のような真っ直ぐで真剣な表情。ゲートが開く直前のあの痺れるような空気を纏いながら応えた彼女の姿に、キングの瞳にも電光が奔る。その決意に応えるべく、キングは口元に不敵な笑みを浮かべた。
「なら、やるべき事はただ一つね。フラワーさん、その想いをこの後すぐスカイさんに言葉にして伝えなさい」
「えっ!?」
思いがけない提案に驚くフラワーだが、キングは慌てる様子一つ見せず彼女の頬にそっと両の手を添え、揺れていた瞳を自身へと向けさせる。
「貴方がこれまで乗り越えてきた事と一緒よ。ほんの一握りの勇気で良い。その勇気を手に、一歩前へ踏み込んでご覧なさい。スカイさんは、そうして覚悟を決めた貴方から決して目を離したりはしないわ」
「キングさん……」
スカイがフラワーの事をどう想っているのかは、恐らくフラワー以外の誰もが知る所だとキングは思っていた。むしろ、一緒に居る時さりげなくフラワーを尻尾で捕まえて離さないような事をしておいて、気付かない方が不思議というべきか。
もしも、スカイが頑なにフラワーにその真意が伝わらないようにしていたのならば、伝えざるを得ない状況にしてしまえば良い。キングは不敵な笑みのまま、胸を張った。 - 10二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:16:07
「安心しなさい。もしこの期に及んでスカイさんが逃げの手を打とうとしたら、このキングが一流の名の下にその意気地無しの心ごと撫で切りにしてあげるわ」
「……!」
「今頃、みんな集まった頃でしょうね……それじゃあ、フラワーさん。こちらも仕上げにかかりましょうか」
「……はいっ!」
キングの言葉は、鍋の完成が覚悟を決める時、という意思をフラワーに問うものだったが、フラワーはその言葉に力強い声で応えた。真っ直ぐな瞳の輝きに、一流ウマ娘の光を見出したキングは安堵の笑みを浮かべると、目の前の鍋に向き直る。残りのお出汁を加えたら、もう一煮立ちさせて、塩と胡椒で味を調える。
間近に迫った完成と想いの成就を前に、キングもまた気を引き締めてかかるのだった。 - 11二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:21:46
「ちょっとぉ……すっごく入りづらくなっちゃったんですけどー……」
さて、そんな二人の会話を外からこっそり伺っていたウマ娘が一人。噂をすれば、セイウンスカイである。
一番乗りでフラワーとキングの下へ駆けつけ、キングのエプロン姿も一つからかいに、と思った矢先、フラワーの秘めた想いを先に知ってしまい、手脚が止まってしまったのであった。
キングが言うような、覚悟を決めたフラワーの前から逃げ出すつもり等、毛頭無い。だからと言ってキングやみんなが見守る前でそれを言うのは恥ずかしさが勝ってしまう。
そういう大事な告白は二人きりの時にしたかったのに、このまま食堂に戻れば間違い無く全員を証人にして私も告白させられる。仮に万が一逃げたとしても、キングが地獄の底まで追いかけ連れ戻しにかかるだろう。
よしんばフラワーが一人調理場に居る状況だったなら今すぐにでも入って行けたが、キングが一緒に居る今の状況だと、仁王立ちで入り口を固めるキングに見守られながら告白を進める、という流れが頭を過ぎってしまい、二の足を踏んでしまう。
「そりゃ、私だって言いたいよ……でも……でも、どうすれば……」
「あら、そうだったのね。なら、貴方のすべき事なんて決まっているじゃない」
「!?」
突然響いた声に振り向くと、いつから存在に気付いていたのか、キングが仁王立ちで立っていた。閻魔王のような出で立ちのキングを前に、すぐさまスカイの脚はこの場から身体を動かそうとしたが、それはキングが許さなかった。襟をふん掴み、スカイに耳打ちする。
「お鍋は無事完成。火元も片したし、台所の片付けも殆ど終わった。後は鍋とご飯を持って、今か今かと鍋を待っている食堂へ移動するだけよ。出来たての鍋も炊きたてのご飯も、今が一流の食べ頃なの。味が落ちる前に、さっさと済ませてしまって頂戴」
そう言ってキングは調理室にスカイを放り混むと、自身は扉の前に仁王立ちになり、二人を待った。二人がその想いを抱き、一体どれだけの時間を過ごしてきたのだろう。二人の思いが、勇気を伴って実る事を、キングは心静かに祈った。
時間にして、ほんの数分。けれど、今のキングにとってはとてもとても長い時間に感じられた。そして────。
調理室から、スカイとフラワーが顔を出した。敢えて、振り向かずその音に応える。 - 12二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:28:33
「済んだのね?」
「……うん」
「なら、このキングが貴方達に送るべき言葉は『おめでとう、二人とも』。そうよね、フラワーさん?」
「……はいっ!」
フラワーの晴れやかな声にキングが振り向くと、二人は頬をりんごのように染めながらも、しっかりと手を繋いでいた。その姿をしかと瞳に収め、ようやく緊張の糸が切れたキングは胸にため込んだ息を全て吐き出した。その様子に、フラワーとスカイが歩み寄る。
「本当に、ありがとうございました。キングさん」
「良いのよ、貴方達なら必ず踏み出せると思っていたから」
「あの、さ……ありがと、キング」
「……言えたじゃないの、まったく。お礼をする気があるなら、貴方にも手伝って貰うわよ。取り敢えず、食堂まであの炊飯器を運んで貰えるかしら?」
「仰せのままに」
スカイとフラワーは頷くと、それぞれ鍋と炊飯器を持って食堂へと向かった。待ちかねていたキングの友人達と、飛び入り参加数名が、登場した大きな鍋に湧いた。
そして、蓋を開ければ鶏白菜鍋の旨みさえ感じる豊かな香りと、トマト鍋の甘みに満ちた香りが広がり、その場に集まった全員から感嘆の声が上がる。
「オーッホッホッホ!! 待たせたわね貴方達! フラワーさんとキング特製の鶏白菜鍋とトマト鍋よ!」
「ご飯も〆も用意していますので、お腹いっぱい食べて下さいね!」
「残したりしたら承知しないから、覚悟なさい!」
「いただきまーす!!」
こうして、全員が大盛りのご飯茶碗を携えて始まった年末の大鍋忘年会は、用意された二種の鍋が〆の雑炊とパスタで汁一滴も残らない程の大盛況となった。
盛大な忘年会の最中、フラワーとスカイはずっと隣り合って互いの尻尾をキュッと結び、嬉しそうに笑顔を向け合っていた。その様子を横目で眺めるキングもまた、満足げな笑みを浮かべつつ、これから一緒に新しい年を迎える二人の門出を胸の中で祝福するのだった。 - 13二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 01:39:47
以上です。ありがとうございました。
フラウンスキンは個人的に大好きな三人組なので、一緒に登場するお話が久しぶりに書けて満足しています。ホームだけじゃなくもっと絡まないかしら……。
個人的に、あと一歩まで迫ったフラウンスの背中を最後に押すのはキングだと思う次第です。 - 14二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 02:00:57
フラウンスキンの供給助かる
扉の向こうの数分でどんな告白をしたのか……! - 15二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 02:38:06
乙、フラウンス+キングはいくらあっても困りませんね
私も好きな組み合わせです、またこの子達でSS書きたいなって - 16二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 09:01:16
お互いがお互いの導き手になってるフラワーとキングがすごくすごい好き
後、時々お耳ピコピコさせるフラワーがかわよ - 17二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 13:04:58
読んで頂き、ありがとうございます。
フラワー側は覚悟完了しているので、結構ストレートな告白をしたのではないでしょうか。
あるいは、フラワーが言いかけた所に先に言わせて、とセイちゃんが勇気を出したのかもしれません。
ありがとうございます、フラウンスキンから得られる栄養素はいくら摂取しても問題ないとされる。この尊さはDNAに素早く届く。
同好の士が居てくれて嬉しく思います。15様のSS、完成した暁には是非読ませて頂きたいと思います。
このお話ではキングから見てフラワーは料理の師匠ですが、個人的にはフラワーから見たキングが目標にしたいすてきなお姉さんの一人だといいな……と思います。
フラワーに限った話ではありませんが、お耳ピコピコは見る栄養です。
- 18二次元好きの匿名さん23/12/31(日) 17:44:33
フラウンス&キンを摂取しつつ鍋も食べたくなるよきSSであった
>「あの、さ……ありがと、キング」
「……言えたじゃないの、まったく」
ここ好き、キングがやれやれって感じで笑顔向けてるのが目に浮かぶ
- 191(17も1です)23/12/31(日) 23:39:10
尊み摂取に加え飯テロに成功したのであれば狙い通りでもあります。ありがとうございます。
シナリオ等見ていて、キングはセイちゃんを信じているからこそ発破をかけてたりするのが良いよね、と思います。
これが今年最後のお返事かな、と思いますので……今年も拙作をお読み頂きありがとうございました。
皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。