- 1二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:53:14
「ハァァ~ン! サアサ、皆さんお待ちかね! ついにこの時がやってきました!」
マイク片手のキタさんは満面の笑顔に良く通る声で、客席に向けてそう言い放った。
観客はそれに応えるように歓声を上げて、大きく手を叩いていく。
盛り上がり会場を、僕はそれを椅子に縛り付けられたまま、ステージの上で眺めていた。
────悪い夢でも見ているのだろうか。
恥ずかしい、という感情はとうに超えて、もはや何も感じない虚無の境地。
そんな僕を尻目に、キタさんは進行を進めて行く。
「今回の司会進行はご存知お祭り娘! 不肖キタサンブラックが務めさせていただきますっ!」
再びの歓声、しかしその勢いは彼女の威勢に比べると少しだけ弱いように感じる。
それもそのはず、今回の主役は彼女ではなく、そして僕ですらなかった。
ステージの両端、ボタンが置かれている台の上にはそれぞれ、僕にとって大切な人が睨み合っている。
キタさんはまず、ステージの右手側を差し示した。
「私はお姉ちゃんだぞ! 妹の一着は譲れない! 不屈の女王、ヴィルシーナさんっ!」
割れんばかりの大歓声と黄色い悲鳴。
姉さんは青みのかかった黒髪をたなびかせると、観客に軽く手を振ってみせた。
けれど、その鋭い目だけは、向かい側の相手を捉えて離さない。
「対するは、シュヴァルちゃんのためなら地の果てまでも! シュヴァルちゃんのトレーナーさんですっ!」
困惑気味の声がぽつりぽつりと聞こえて来る。
……うん、トゥインクルシリーズ現役の姉さんとトレーナーさんでは、知名度の差が、ね?
トレーナーさんは少しだけ悲しそうな表情をしながらも、負けじと姉さんに向き合っていた。
二人の間にはバチバチと火花が散りそうなほど熱い視線が交錯している。
それを見た観客の人達も、これから始まることが尋常ではないと理解し、どよめきの声を漏らした。
まあ、ある意味それは間違っていない。 - 2二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:53:45
「ではいよいよ始まります、題して────」
キタさんは一拍おいて言葉を溜める。
そして、一瞬だけシンと場が静まったのを見計らい、高らかに宣言した。
「シュヴァルちゃんを一番愛しているのは自分だ! 新春シュヴァルグラン王決定戦っ!」
今日一番の大きな歓声が巻き起こり、会場のボルテージは最高潮に達している。
どうしてこんなことになったのか、僕は大きなため息をつきながら事の発端を思い出していた。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:54:10
切っ掛けは、トレーナーさんと共に出かけた初詣、僕達は偶然、姉さんとヴィブロスに鉢合わせした。
姉さんが生温かい目で見つめていたり、ヴィブロスから揶揄われたりはしたけど、概ね穏やかに過ごせた。
…………はずだったんだけど。
『あっ、あの! 私、シュヴァ君のファンなんですっ!』
お参りを終えた帰り道、僕は、僕のファンの人から声をかけられた。
あたふたとしながら、いくらかの会話を交わし、サインを書いてあげた。
緊張したけれど、僕なんかを応援してくれる人が確かにいるんだと思えて、嬉しかった。
『シュヴァルにもファンが増えて来たな』
『ええ、姉としても鼻が高くなってしまうわね』
そしてトレーナーさんと姉さんは、僕以上に喜んでくれていた。
そんな二人を見て、ヴィブロスがふと思い出したかのように、問いかけた。
『そういえば、シュヴァちの一番のファンって誰なのかな~?』
『それは勿論、俺だよ』
『それは当然、私よ』
『は?』
『は?』
────ピシリと、空間が凍り付いたようか気がした。
トレーナーさんと姉さんの表情がなくなり、二人はお互いにじっと睨み合った。
僕は二人に挟まれておろおろとしていて、ヴィブロスはそれを尻目に楽しそうにしていた。
どうしようどうしよう、と進退窮まっていると、そこに救いの手が現れた。
『あけましておめでとうシュヴァルちゃ────えっ、何この状況』
いや、どちらかといえば地獄に突き落とすトドメの手だったのかもしれない。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:54:31
その後、話を聞いたキタさんは何故かテンションを上げて、白黒つけることを提案した。
本来はもっとこぢんまりとしたものになるはずだったのだけど、話を聞いた某サトノ家の方々が全面協力。
学園内に会場を手配して、宣伝を行い、晴れて開催と相成ったのである────なんてことをしてくれたんだ。
「二人には、シュヴァルちゃんに関するクイズを早押しで答えてもらいますっ! 」
僕の心情を他所に、キタさんはどんどん進行していく。
ちなみに僕が縛られているのは、何度も逃げ出そうとしたから。
それを提案したのは、今、僕の隣にいる人物である。
「実況はあたし! そして解説はヴィブロスさんが担当していますっ!」
「よろしく~♡」
にこやかな表情で、猫撫で声を発しながらヴィブロスは客席に手を振った。
……冷静に考えると、全ての元凶はヴィブロスといえなくもない。
そうこうしているうちに、キタさんも席に着いて、戦いの火蓋が切られようとしていた。
「それでは、第一問、ででんっ!」
そこは自分で言うんだ。
キタさんの声に姉さんとトレーナーさんの顔が引き締まり、会場が緊張に包まれる。
少しだけ間を空けて、キタさんは台本をガン見しながら問題文を読み上げた。
「シュヴァルちゃんの初勝利レースの────」
刹那、両端から激しい連打の音と、ピンポンと少し気の抜けた音が鳴り響く。
トレーナーさんはしてやったりの表情を、姉さんは悔しそうな表情を浮かべていた。
その表情が物語るように、トレーナーさんの台の上には解答権を示す札が上がっている。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:54:46
「えっ、まだ読んでる途中なんですけど……えっと、ではトレーナーさんどうぞ!」
キタさんはあまりの早さに困惑するものの、トレーナーさんに解答を促す。
するとトレーナーさんは、全く迷いを感じさせない様子で、あっさりと答えを口にした。
「35秒8」
「せっ、正解ッ! ちなみに問題は『シュヴァルちゃんの初勝利レースのタイムは2分0秒8ですが、上がり3Fのタイムはいくつだったでしょう?』というものでしたが、これを難なく答えてみせましたっ! トレーナーたるもの、このくらいは当然なんでしょうか、こんどあたしも自分のトレーナーさんに聞いてみようと思いますっ!」
「お姉ちゃんも答えはわかっていたみたいだけど、シュヴァちの時計への意識の差が出たみたいだね~」
「ところで、何で問題の途中なのに答えがわかったんですか?」
「レース場や走破タイムだと簡単すぎて、今回の問題には相応しくないかなって思ってね」
「……ふふっ、どうやら相手にとって不足はないようね」
姉さんはトレーナーさんの言葉を聞いて、不敵な笑みを浮かべた。
そして、会場に『あれ、ずいぶん話のレベルが高いな?』という感じのどよめきが流れる。
それはそうだろう、僕自身も覚えていないようなデータが平然とやりとりされているのだから。
「では第二問、でででん! シュヴァルちゃんがこの季節好んで食べるものといえば」
「……」
「……」
「……肉まんですが、一番好きな────」
紫電一閃、というべきだろうか。
トレーナーさんに連打すらさせないほどの速さで、姉さんはボタンを押す。
そしてどこか挑発的にトレーナーさんをちらりと見やると、悠然と答えを口にしてみせた。
「横浜中華街『光朝』の世界チャンプの肉まんよ」
「正解っ! 目にも止まらす早押しでヴィルシーナさんが二問目を制しました! 後この肉まんはこないだあたしも食べました、美味しいです!」
「小さい頃から中華街に行くと毎回両手に持って食べてたもんね~」
「今でもたまに見ますよね! 美味しそうに食べるからあたしも食べたくなっちゃいます!」 - 6二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:55:07
僕の恥ずかしい情報を平然と口にする二人に、開いた口が塞がらなくなってしまう。
トレーナーさんは悔しそうに表情を歪めて、姉さんは誇らしげにドヤっとした顔をしていた。
「さあ、ドンドン行きましょう! 第三問、むむんっ! 今のシュヴァルちゃんのウエストをお答えくださいっ!」
────さも当然のように僕の個人情報が晒されようとしてた。
いや、確かに公開している情報だけどさあ!?
慌てて止めようとするけれど、僕が何かを口にするよりも早く、二人の連打の音が響き渡る。
解答権を得たのは、姉さんの方だった。
「上から85、56、80ね」
……スリーサイズ全部答える必要あった?
そんなことを考えた瞬間、ブブーっと大きな音が会場に鳴り響いた。
驚愕の表情と共に大きく目を見開く姉さん、その隙を見逃さず、トレーナーさんがボタンを押す。
上がる解答権を示す札、トレーナーさんは少し気まずそうな表情で答えを言葉にする。
「…………58」
「お見事! 正解ですっ!」
「なっ……私がシュヴァルのスリーサイズを間違えるはずがないわ!」
「ああ、公開されているシュヴァルの数値は君の言う通りだ、でもこの問題は『今の』なんだ」
トレーナーさんの言葉に、姉さんは愕然として、顔を俯かせてしまう。
「……っ! そうだったわ、あの子は正月に、私達の倍の量のお餅をお雑煮に入れていた……っ!」
「多分、俺が先に答えていれば間違えていただろうね、これはたまたま運が良かっただけさ」
「慰めなんていらないわ…………でも、ありがとう」 - 7二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:55:24
姉さんは少しだけ顔を赤くして、お礼を告げた。
……いや顔を真っ赤にしたいのは僕の方なんだけどな、むしろ、もう顔が熱くて仕方ない。
キタさんはトレーナーさんと姉さんを見て、少し興奮した様子になっていた。
「わっしょーい! お互いを認め合うライバル関係! いやあ、盛り上がってきましたね!」
「うんうん、さりげなく私の仕事が奪われていた気がするけど、これはもう一問たりとも見逃せないねー」
「さあ、一進一退の展開、解説のヴィブロスさん、今までの流れをどう見ますか?」
「数値なんかのデータが絡むとトレーナーさん、プライベートのことになるとお姉ちゃんが優勢って感じかな?」
「なるほど! いかに得意分野で取りこぼさないかが重要になりそうですね!」
無駄に真面目な実況と解説を聞きながら、可能な限り早く終わってくれないかなと、僕は心の底から思った。 - 8二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:55:53
「正っ解っ! 『金剛八重垣流』! シュヴァルちゃんが一日だけ体験した武術の流派をヴィルシーナさんが見事答えましたっ!」
キタさんは興奮気味にスコアボードに視線を向ける。
電光掲示の数字が変わり、『25 ― 24』という数字が表示された。
現状は姉さんの優勢である────まあ、体感的には僕の一人負けという状況な気もするけど。
「さあ、ヴィルシーナさん怒涛の追い上げで3問連続正解ですっ!」
「いやあ、さすがは私達のお姉ちゃん」
「……対して、一時は大幅リードしていたトレーナーさんはこの三問、解答権すら得ることが出来てません」
「ウマ娘とのフィジカルの差がここで出てきちゃったね~、早押しって案外体力使うからさあ」
トレーナーさんは辛そうな表情で、腕を乱暴に揉んでいた。
50問近くの長期戦、その全てに対して全力でボタンを押していれば、消耗は激しいものとなるだろう。
もちろん姉さんも条件は同じだけれど、そこはウマ娘の身体能力が有利に働いていた。
……というか、なんで問題こんなに用意していたんだろう。
ちなみに、会場のテンションは天井知らずに上がり続けていた。
ステージから眺めていただけで詳細は知らないけれど、どうにもこっそり賭けも行われている模様。
そのせいもあってか、会場は解答する毎に歓声と悲鳴と野次が飛び交う魔境と化していた。
「さあ、それは次の……あっ、あれぇ?」
キタさんが台本に目を落とすと、突然、困惑した表情で首を傾げた。
そしてぺらぺらと確かめるようにページを捲るものの、その表情が戻ることはない。
「次が最終問題? おっかしいなあ、ちゃんと奇数になるよう問題を用意したはずなのに?」
「……問題の不備が指摘されて無効になった分じゃ?」
「あっ!」 - 9二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:56:24
耳と尻尾をピンと逆立たせながら、キタさんはしまった、と言わんばかりの表情をする。
確か、20問目くらいの時に二人とも全く答えようとしない問題があった。
そして二人は冷静に問題の誤っている部分を指摘し、その問題は無効になったのである。
二人の博識さ、そしてストイックさに敬意を表して、会場が拍手に包まれたのを覚えている。
というか、やっと終わるんだ……長かった……本当に長かったなあ……。
涙が零れそうになるのを必死に堪えて、僕は現実を見つめ直す。
「ええっと、とりあえず最終問題っ! ばばんっ!」
キタさんは色々の点を放り出して、まずは出題を優先した。
全てが終わるかもしれない一問、会場は静寂に包まれて、ステージを固唾を飲んで見守っている。
あのキタさんですら、つぅっと一筋の汗を流すほどの緊張感。
彼女は震える手をぎゅっと、固く握り締めると、真剣な眼差しで口を開いた。
「シュヴァルちゃんが好んで使っている釣り道具の────」
刹那、ほぼ同時にボタンを叩く音が一度だけ鳴り響いた。
その場にいる全ての人の視線が彷徨い、どちらが解答権を得たのかを探り始める。
姉さんが軽く目を閉じて、少しだけ嬉しそうに、口元を緩めた。
姉さんの前の札は────伏せられたままになっている。
「タイ魔神シリーズッ!」
トレーナーさんの、叫ぶような言葉。
吐息の音すら漏れない会場の中、彼の声はまるで地平まで届くかのように響いた。
キタさんは神妙な表情でその答えを聞き遂げて、静かに目を閉じて、身体をぷるぷる震わせる。
そして、満開の笑顔を咲き誇らせた。 - 10二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:56:40
「正解! 正解! 大正解! シュヴァルグラン王決定戦、決着は、まさかまさかの、引き分けだぁああああっ!」
勢いで全てを押し切ろうとするキタさん。
直後、会場にはこの日一番になるであろう、特大の歓声が鳴り響いた。
祝福を届ける、健闘を称える声、尊敬を告げる声、胴元に対する怨嗟の声、様々な声が溢れている。
それをBGMに、キタさんと姉さんとヴィブロス、そしてトレーナーさんはステージの中央に集まった。
……皆穏やかな笑みを浮かべているのに、トレーナーさんだけは複雑な表情を浮かべている。
それを知ってか知らずか、キタさんは何故か号泣しながらトレーナーさんにマイクを向けた
「ううっ! 素晴らしい、世紀のお祭りでしたあ! トレーナーさん、今のお気持ちは!?」
「……ヴィルシーナ、一つだけ聞かせて欲しい」
「……なにかしら?」
「何故、最終問題の時、本気でボタンを押さなかったんだ?」
その言葉に、ヒートアップしていた会場が凍り付く。
……確かに、おかしいことだった。
あの時のトレーナーさんは疲弊していて、姉さんよりも早くボタンを押せる状態ではなかった。
そして姉さんは釣りに詳しくはないけれど、父さんから僕の道具の好みを聞いて、プレゼントしてくれたことがある。
すなわち、答えられない問題ではなかったはず。
姉さんはトレーナーさんからの問いかけに、小さく笑顔を浮かべた。
「本気で、押したわよ、でもね、少し考えてしまったの」
「……何を?」
「ヴィブロスの言う通り、私がリード出来たのは私がウマ娘であったから」
「でもそれは君の持つ実力の一つに過ぎない、それを気にする必要なんてないはずだ」
「ええ、そうね、でも考えてしまったの────貴方ほどの人物を、こんな形で負けさせて良いのか、って」
「…………」
「その一瞬の迷いが、最終問題における勝敗を分けた……認めてあげるわ、この勝負、貴方の勝ちよ?」 - 11二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:57:07
そう言って、姉さんはトレーナーさんに手を差し出した。
トレーナーさんは困ったような笑顔を浮かべると、その手をがっしりと握って、姉さんを真っ直ぐ見つめる。
「それは違うよ、ヴィルシーナ」
「……えっ?」
「この勝負は俺の勝ちでも、君の勝ちでもない────俺達の勝利なんだ」
「……ふっ、ふふふっ、あははは! そうね! それは良いわね! ええ、私もそれが良いわ!」
握られた二人の手と手、そしてお互いを認め合う笑顔。
その光景に、静まり返っていたはずの会場から、まばらではあるけれど、小さな拍手が聞こえて来た。
その拍手の数は徐々に増えていき、やがて会場全体が拍手の音に包まれて、いつしか皆が立ち上がっている。
スタンディングオベーション、この日、最大の称賛は、彼ら二人に贈られるのであった。
────いや、なにこれ、僕は何を見せられているんだろう。 - 12二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:57:21
完全に僕が蚊帳の外になっているのは納得いかないけれど、今はチャンスだった。
椅子に縛り付けられてはいるけれど、全く動けないというわけではない。
キタさんもヴィブロスも今は僕の近くにいない、逃げ出すには絶好のチャンスということ。
僕は椅子ごとステージの影に向けて、こっそりと気づかれないように移動を開始した。
ふと、バレていないかが気になって、トレーナーさん達の方をちらりと確認する。
すると、そこには握手をしたまま、少しだけ恥ずかしそうに頬を染める姉さんの姿があった。
「あの、その、今度、時間があったらで良いのだけれど」
「ああ、どうかした?」
「……今度、私の実家に来てみるのは、どうかしら?」
「えっ?」
「かっ、勘違いしないでちょうだい、貴方にはもっと小さい頃のシュヴァルを知ってもらいたくて……!」
「……そっか、それならお招きしてもらおうかな、君のことも、少し知りたくなってきたからね」
「……ふふっ、そうね、私も貴方のことを、知りたくなってきたわ」
「おやおやお姉ちゃん、公衆の面前でお家デート宣言なんてすご~い♡」
「なっ、ヴィッ、ヴィブロスッ!」
姉さんは顔を真っ赤にして、ヴィブロスの抗議の視線を向ける。
ヴィブロスは、すたこらとトレーナーさんの背中に隠れて、キタさんはそれを楽しそうに見守っていた。
観客からも聞こえて来る、どこか微笑ましい雰囲気を持った笑い声。
そんな光景を目の当たりにした僕は、無意識のうちに、口から声を漏らしていた。
「────は?」 - 13二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 20:58:15
お わ り
新年から完全な与太話になりました - 14二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 21:02:23
新年早々クソ笑ったわ
初笑いありがとうございます - 15124/01/02(火) 21:37:48
自分でも何書いてるんだろうと思う話だったのでそう言っていただけると嬉しいです
- 16二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 21:48:00
すごくすごい衝撃のラストでした…!
- 17二次元好きの匿名さん24/01/02(火) 22:00:59
- 18124/01/03(水) 00:08:20
- 19二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 00:16:01
次の日、新聞の一面にはシュヴァルの現在のウエストも含めたすべてのデータが!
(by乙名史記者) - 20二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 00:19:15
この後のシュヴァち怖いわ〜…
- 21二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 00:25:07
シュヴァちにNTRが、それもヴィルシーナによるやつが似合うと思ってるあにまん民前からちょこちょこいるな…?
気持ちは分かる - 22二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 00:28:16
酷すぎて笑った
担当バカとシスコンは幾ら競わせてもいいものだ - 23二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 02:03:47
新年早々素晴らしい作品に出会えました…ありがとう…!
- 24二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 02:54:35
何だ...この...ナニ?(褒め言葉
- 25二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 05:50:40
- 26二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 08:28:17
シュヴァちvsヴィルシーナの新春シュヴァちのトレーナー王決定戦が始まってしまうのか…?
- 27二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 08:35:43
(こんなにも妹の事を理解してくれてる人、初めてだわ…)
じゃねーよ(笑) - 28二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 08:37:04
シュヴァちの可愛さは罪…
それゆえの罰がBSSなのかもしれない… - 29二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 17:08:53
このレスは削除されています
- 30二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 17:14:31
続きが…続きが読みたいです…
- 31二次元好きの匿名さん24/01/03(水) 17:17:49
最後の「は?」の部分本人もびっくりするぐらいかつてない低い声出てそう
- 32124/01/03(水) 23:31:55
- 33二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 08:41:43
内気な子が見せる独占欲って素晴らしいよな
- 34二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 09:22:40
- 35124/01/04(木) 19:44:01
帰ってもろうて……
- 36二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:22:01
「これが小学校に入学した頃のシュヴァルよ」
「あっ、可愛い」
「でしょう? 今も当然可愛いのだけれど、この頃からすっごく愛らしくて……!」
「隣に立っているのは君だよね? この頃からしっかりとしたお姉さんだったんだね」
「……もっ、もう、私のことは良いのよ!」
恥ずかしそうに頬を染める姉さんと、それを見て笑みを浮かべる僕のトレーナーさん。
僕はそんな二人を、ひたすらクッキーをかじりながら見つめていた。
……一体、僕は何を見せられているのだろうか。
────あの地獄みたいなクイズ大会からしばらくして、トレーナーさんは僕達の実家に何度か来ていた。
どうやら、僕の知らないうちに姉さんと二人で来ていたと、母さんが話していた。
すごく嫌な予感がした僕はトレーナーさんに問い正し、その結果、今回の訪問では同席することとなった。
そして今、僕はもやもやとしたものを胸に抱えながら、二人の姿を眺めている。
……それにしても、ちょっと近すぎじゃないかな?
テーブルを挟んだ向こう側、ソファーに座りアルバムを持つトレーナーさんに寄り添って、姉さんは写真の補足をしている。
身体が触れ合って、姉さんの長い髪が時折トレーナーさんの手に触れたり、鼻先をくすぐったりしていた。
そしてたまに、トレーナーさんが照れるように困った表情をするのを、僕は見逃さなかった。
……ダメだ、我慢ならない。
もやもやとイライラが頂点に達した僕は立ち上がり、そのまま二人の座るソファーに歩みを進める。
きょとんとした表情で僕を見つめる二人を尻目に、ほんの少し空いているソファーの隙間、トレーナーさんの隣に無理矢理座る。
ソファーの上は僕、トレーナーさん、姉さんの順番で並ぶ形になっていた。
トレーナーさんは突然入り込んできた僕を見て、目を丸くする。 - 37二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:22:33
「えっと、シュヴァル? アルバムが見たいなら俺がどこうか?」
「……大丈夫、です。ただ、変な写真を見ないかどうか、僕が確認しておきたいだけだから」
「あら、私がいるんだから大丈夫よ?」
「そんなこと言って姉さん、僕が小さい頃にした、おっ……おねしょの写真を見せたじゃないか……!」
「……………………シュヴァルの泣き顔が可愛かったから、つい」
姉さんはバツが悪そうに目を逸らした、理由になっていない。
それを見てトレーナーさんは、苦笑いを浮かべつつ、まあまあと僕のことを宥めようとした。
トレーナーさんは姉さんの味方をするんですか────と言いかけて、何とか言葉を飲み込む。
その代わり、身体を押し付けるように、僕はトレーナーさんにくっついた。
少しでも、意識をこっちへと向けるために。
「シュッ、シュヴァル? ちょっと近すぎないか?」
「……こっ、こうしないと…………良く見えないですから」
トレーナーさんのごつごつとした身体の感触と、柑橘の匂いを強く感じて、心臓がドキドキ高鳴る。
そんな僕を見て、姉さんは微笑ましそうにしていた。
……そのことが少しだけ悔しくて、もやもやとイライラが、納まることはなかった。 - 38二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:22:47
「……あら、クッキーがなくなっているわね?」
「……本当だ、何時の間に」
「あっ、ごっ、ごめんなさい……僕が全部食べちゃった」
「ふふっ、良いわよ気にしなくて、それじゃあ別のを持ってくるわ、ついでにコーヒーのお代わりも淹れて来るわね」
「……! そっ、それなら僕も手伝う……!」
立ち上がる姉さんに、慌てて僕は付いて行く。
なんだか小さい頃に戻ってしまったみたいで、少し情けなくなってしまう。
それでも、トレーナーさんのために何かをしたくて、仕方がなかった。
台所、姉さんは慣れた手つきでコーヒーの準備をして、棚からお菓子を取り出していく。
……冷静に考えればそんな手間をかけるわけじゃない、僕の手伝うことなんて殆どなかった。
お皿の上に、きれいにチョコレートが乗せられる。
瓶の形をしたチョコレート、それは父さんたちが好んで食べている、ウイスキーボンボンだった。
それを見て僕は────口角を歪ましてしまう。
うん、やっぱり、そうだよね。
姉さんは僕のことは良く知っていても、トレーナーさんのことは、全然知らない。
「……姉さん、トレーナーさんはお酒が苦手だから、それは食べられないよ」
僕は、どこか優越感を感じながら、指摘をする。
姉さんはどんな顔をするんだろうと、少しだけ期待をしてしまう。
けれど姉さんはなんてこともない、と言わんばかりに微笑むと、口を開いた。
「少し前から食べられるようになったらしいわよ、そもそもコレは、あの人からのお土産よ?」
「……っ!」 - 39二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:23:22
かあっと顔が熱くなる。
そんなこと僕は知らない、なんで僕が知らない、僕のトレーナーさんのことを、姉さんが知っているのさ……!
叫びたくなるような衝動をぐっとこらえて、僕は姉さんの手の動きを、縋るように見つめる。
僕の方がトレーナーさんを良く知っているだって、証明するために。
「トッ、トレーナーさんはコーヒーに角砂糖を一つ入れるから、つけておかないと」
「ダイエット中だからブラックにしているって、この間、話していたわ」
「……トッ、トレーナーさんは猫派だから、こっちのマグカップの方が!」
「最近はレッサーパンダ派なんですって、ふふっ、何でかしらね?」
「あっ……うっ……くぅ……!」
あっという間に、僕の優越感はガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまう。
トレーナーさんのことを全然知らないのは、僕の方だった。
トレーナーさんは僕のことをあんなに知ってくれているのに、僕は全然トレーナーさんを知れていない。
僕の、トレーナーさんなのに、僕の、なのに。
悔しさと、情けなさと、妬ましさに押しつぶされて、俯いてしまう。
手をぎゅっと握り締めて、震える唇を噛みしめて、目から溢れそうになるのを我慢して。
────その時、ぽんと頭の上に手を置かれた。
それは、懐かしい感触だった。
小さい頃、泣いている僕を、優しく慰めてくれた思い出が蘇ってくる。
顔を上げれば、あの時と同じような慈愛に満ち溢れた笑顔で、姉さんが僕の頭を撫でていた。
「大丈夫よシュヴァル、あの人は貴女しか見えていないから」
「……えっ?」
「確かに私を褒めてくれることもあるけれど、あの人が熱心に見るのは、貴女のことだけよ」
「……そっ、そんなことは」
「きっとその目でずっと見つめられているから気づけないのね、貴女を見つめる彼の目は、キラキラ輝いているわよ」 - 40二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:23:48
本当に敵わないわよね、と姉さんはどこか寂しそうに呟いた。
姉さんは、僕達に嘘をついたりはしない。
だからこの言葉は、きっと、紛れもない真実なのだろう。
それだけで────僕の心は晴れ渡って、パアっと明るくなってしまう。
…………我ながら、単純というか、現金というか。
そんな僕の様子を見て、姉さんは満足そうに笑みを浮かべた。
「さて、私はアルバムを探してくるから、これ持っててもらっても良いかしら?」
「あっ、うん」
「ふふっ、ねえ、シュヴァル?」
姉さんは、そっと僕の耳元に顔を寄せた。
そして小さな声で、囁く。
「……私、弟も欲しいなって思う時があるのよね」
「……っ!? ねっ、姉さんっ!?」
「あはは、頑張りなさいね、シュヴァル?」
姉さんはそれだけ言い残すと、足早に台所から立ち去って行った。
残るのはチョコレートボンボンの乗ったお皿と、湯気の立つコーヒーの入ったマグカップ。
……全く、姉さんったら。
そう怒ってはみるものの、口元が緩んでしまうのを、僕は抑えられないでいた。 - 41二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:24:18
「えー! シュヴァちのトレーナーさんって、ドバイのレース見に行ったことあるのー!?」
「ああ、トレーナー学校時代に、同期と一緒にね……凄い盛り上がりだったよ、今でも忘れられない」
「いいなあ……ドバイは行ったことあるけど、レースは見られなかったんだよねー」
「それは仕方ないよ、時期もあるしね」
「もっとドバイのレースのお話聞かせて~♡ ね? ね? いいでしょー?」
「はは、俺が話せる範囲で良ければ……ところで、何で膝の上に乗っているんだい?」
「ん? なんか座り心地良さそうだなーって思って」
「そっか……そっかあ……」
「……あっ、もしかしてー、私のお尻にドキドキしちゃってるのかなあ♡」
「なっ……誤解だ、そんなことはないから」
「ふふっ、あやしー、シュヴァちにチクっちゃおうかなー?」
「それは、その、困ると言うか」
「……あはは! 冗談! シュヴァちと一緒で真面目だなあ、トレちってば!」
「トレち……?」
「ほらほら、ドバイのお話、教えて教えてー♡」
リビングに戻ると、トレーナーさんの膝の上に座ったヴィブロスが、楽しそうにお話をしていた。
トレーナーさんは恥ずかしそうに頬を染めながら、何とも言えない微妙な笑みを浮かべている。
対するヴィブロスは、目をキラキラと輝かせて、トレーナーさんの言葉を待っていた。
さっきの僕よりも、遥かに近い距離で視線を交えている二人。
そんな光景を目の当たりにした僕は、無意識のうちに、口から声を漏らしていた。
「────は?」 - 42二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:24:38
お わ り
続きというかおまけ的なお話です - 43二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:31:01
また迷う(NTRれる)こと戦うこと、(シュヴァちの)ジレンマは終わらない…
- 44二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:56:57
シュヴァルに安息の日は無いのか…?
- 45二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 01:16:16
- 46二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 02:58:28
このレスは削除されています
- 47二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 03:00:54
この流れをローテーションしてトレセン卒業まで行け
- 48124/01/05(金) 06:48:55
- 49二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 07:01:00
「私、お兄ちゃんが居てくれたらなーって思う時があるんだよねー」
じゃねーよ(笑) - 50二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 11:31:50
シュヴァちは姉妹以外の本当の敵が現れてからが本番説がある
- 51二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 14:58:48
脳が回復する…
- 52124/01/05(金) 23:47:03
- 53二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 23:51:35
ヴィブロス引き剥がしても次はお義父さんかお義母さんがおるんやろなあ
- 54二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 23:56:24
- 55124/01/06(土) 06:46:05
- 56二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 18:45:35
- 57二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 20:39:19
何って…見ての通りだが?
- 58124/01/07(日) 08:28:11
- 59二次元好きの匿名さん24/01/07(日) 20:27:25
シュヴァルグラン同士で王の座を奪い合うという概念が存在している…?
- 60二次元好きの匿名さん24/01/07(日) 20:49:06
アプリシュヴァちとアニメシュヴァちが対立している…?
- 61二次元好きの匿名さん24/01/08(月) 08:48:26
シュヴァルちゃんはその状況だったら、全力で脱出して下のイラストみたいな感じにシュヴァトレを取り返しそうですね。
【クイズ】SS読んでる?UG|あにまん掲示板ここの掲示板に投稿されたSS・怪文書のファンアートを貼りますので、どの作品に宛てて描いたものか当ててみてください。前回https://bbs.animanch.com/board/2724123/bbs.animanch.com - 62二次元好きの匿名さん24/01/08(月) 20:48:08
- 63124/01/09(火) 07:48:09
「シャイン、僕のトレーナーさんに、好きな食べ物を聞いて来てくれないかな?」
それを聞いて、彼女は深い青空のような瞳を大きく見開き、困惑の表情を浮かべた。
きれいに真ん中で分けられた前髪、肩にかからない程度のショートヘア、右耳の空色の髪飾り。
僕の幼馴染みであるシャインプレイズは、大きくため息をつき、とても面倒そうに口を開く。
「……シュヴァルちゃんが自分で聞けば良いんじゃないかな、あの人なら教えてくれるでしょ?」
「そっ、そんなことを聞いたら、僕が意識しているみたいで……恥ずかしいじゃないか……っ!」
「その恥ずかしいことを他人に聞きに行かせるのはどうなの?」
シャインは、何言ってるんだこいつと言わんばかりの、心底呆れた顔を見せた。
親友の思わぬ表情に一瞬挫けそうになるけれど、僕は彼女に対して、改めてお願いをする。
「お願いシャイン……! 僕のトレーナーさんを、取られるわけには行かないんだ……!」
「……ごめん、全然話が見えてこないから、一から教えてくれる?」
僕の必死さが通じたのか、シャインは少しだけ表情を優しく緩めた。
困っている時に、なんだかんだで助けてくれる、彼女の頼りになる笑み。
僕は暗闇の中、一筋の光明を見つけたような気持ちになって、事の次第を彼女に話し始めた。
────最近、ヴィブロスと僕のトレーナーさんの距離が近い。
学園内で良く話しているところを見かけるし、その姿はとても仲睦まじい。
もちろんヴィブロスは僕と違って、友達が多くて、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプではある。
でも、それにしたって、トレーナーさんと話している時のヴィブロスはいつもより楽しそうに見えた。
トレーナーさんも満更じゃなさそうで、とてもモヤモヤしてしまう。
…………もしかしたら、このままヴィブロスにトレーナーさんを取られてしまうんじゃないか。
彼が僕を見捨てるような人じゃないのは知っているのに、何故か、とても不安になってしまう。
居ても立ってもいられなくなって、僕は姉さんに、事の詳細を一部伏せて相談をしてみた。
すると姉さんはニヤニヤとした笑みを浮かべて、提案をしてくれた。 - 64124/01/09(火) 07:48:29
『そうね、まずは胃袋を掴むの良いんじゃないかしら?』
僕の料理でトレーナーさんの食事を管理し、僕無しではいられないようにするということ。
感謝の気持ちを伝えられることも合わせて、まさに一石二鳥の妙案だった。
けれど、問題点が一つ。
僕は────トレーナーさんの味の好みを、あまり知らなかった。
「という、わけなんだ」
「なおさら、シュヴァルちゃん自身で聞いた方が良いと思うけどな」
シャインは苦笑いをしながら、納得したように頷いた。
そして、仕方がないなあ、と呟きながらスマホを取り出して、操作をし始める。
「わかったよ、LANEでそこはかとなく聞いてみるね?」
「あっ、ありがとうシャイン……! 良かった、君くらいしか頼れる人がいなくて……!」
「……あなたの周りには助けてくれる人はいっぱいいると思うけどね、まあ頼られて悪い気はしないけど」
「そっ、そんなことないよ、本当にありがとう」
複雑な顔をするシャインに、僕は何度もお礼を告げる。
ところで、彼女の話の中に気になることがあった。
「そういえば、トレーナーさんのLANE知っているの?」
「うん、シュヴァルちゃんと一緒にトレーニングしてる中で、彼とも色々とやりとりする機会があって、それで」
シャインは微笑みを浮かべつつ、スマホの画面を僕に見せた。
それは僕のトレーナーさんと彼女のトーク画面で、至極事務的な会話が流れている。
へえ、僕には内緒で、二人はLANEの交換なんてしていたんだ。
なんて────素晴らしいことなんだろう。
僕にとって大切で、とっても頼りになる二人が、手を組んでくれている。
これほど心強いことはないだろう、僕は胸が熱くなるのを感じながら、改めて彼女にお礼を言った。 - 65124/01/09(火) 07:48:44
それから数日経って、少しだけトレーナーさんの行動に変化が現れる。
トレーナーさんが、自分からヴィブロスに話しかけに行くようになったのだ。
僕を通して聞くのでもなく、一目を憚るように周囲の目線を気にして、こそこそと。
……偶然、一度だけそれを見てしまって、僕の心はぞわぞわと逆立ってしまう。
でも、楽しそうに話している二人の間に、入ることなんて出来ない。
ただ二人のお喋りを見守って、別れるのを見送るだけ。
それ以来、心の奥底に何かが引っかかったまま、僕は日々を過ごしていた。
何を話していたんだろうか。
今度はどこで話すんだろうか。
もしかしたら今も話しているのだろうか。
何をしてもそんな思考がぐるぐると回り続けてしまって────。
「────シュヴァルちゃん、聞いてる?」
慣れ親しんだ幼馴染の声を聞いて、僕は我に返った。
目の前には、少しだけ困ったようにこちらを覗き込む、シャインの顔がある。
「……あっ、ごっ、ごめんシャイン、ちょっと考え事をしてて……えっと、なんだっけ?」
「シュヴァルちゃんって、中華料理とかって得意? って話だよ」
「そっ、そうだったね、うん、一般的なものだったら大体作れると思う、よ? でもどうして?」
「そっかそっか、ほら、トレーナーさんの件」
「……えっ?」
「今度ね、彼の好きな中華料理を知ることが出来そうなんだ」
そう言ってシャインは、尻尾を楽しそうに躍らせた。
……やっぱりシャインはすごい、あんな無茶な頼みでも、あっさりやり遂げてしまう。
何も出来ずじまいな僕とは、大違いだ。
そう考えると、彼女の姿が、名前の通り輝いて見えて、思わず顔を伏せてしまう。 - 66124/01/09(火) 07:49:07
「……シュヴァルちゃんなら、大丈夫だよ」
すると、頭に柔らかな手が触れて、優しい声色が聞こえて来る。
僕が顔を上げると、そこには慈愛と、そして強い憧れに満ちた、シャインの瞳。
「あなたは今まで、何度挫けたって立ち上がり、強くなってきたじゃない」
「でも」
「あなたは、私にとっての“偉大なウマ娘”なんだから、もっと自信を持って」
「……シャイン」
「トレーナーさんとの件は、私も応援しているから、頑張ろうよ、ね?」
「……うん、そうだね、僕ももっと頑張ってみるよ、シャイン」
シャインの言葉に、沈みかけていた心が、再び浮上を始めた。
そうだ、僕には応援してくれている人がいる、こんなにも支えてくれる人がいる。
だから────僕も、踏み出さないと。
シャインはそんな僕の心情を察したのか、笑みを浮かべて、頷いた。
そして、何かを急に思い出したかのように、ぽんと手を叩く。
「…………あっ、そうだ、シュヴァルちゃん、ちょっと相談に乗ってもらって良い?」
「シャインが僕に相談なんて珍しいね? どうしたの?」
「今度ちょっと、中華街にお出かけに行くんだけど、この服とこの服、どっちの方が似合うかなって?」
「……僕に聞くの?」
「うん、あなたに聞くのが一番かなあって」
照れた様子で頬を少し染めながら、シャインは服の画像が表示されたスマホを見せて来る。
どこか浮かれているようにも、緊張しているようにも見れる、珍しい彼女の顔。
でもそれ以上に、彼女が僕を頼りにしてくれたのが嬉しくて、出来る限り、服の感想を伝えるのだった。 - 67124/01/09(火) 07:49:23
「シュヴァル、ちょっと聞いても良いかしら?」
「……姉さん、教室まで来るなんて珍しいね」
「ちょっと手伝って欲しいこともあってね……この日なんだけど、家族で少し集まれないかってパパとママから」
放課後、帰り支度をする僕の下に、姉さんが現れた。
連絡なしに直接教室まで姉さんが来るのは、なかなか珍しいこと。
僕は少し疑問を感じながらも、姉さんが開いているスケジュール帳を覗き見て────そして納得した。
その予定日は、今週の週末だったから。
「……また急だね」
「パパのお休みが急に取れたからって、もう予定があったら無理しなくても大丈夫よ?」
「ううん、僕も一人で釣りでも行こうと思ってたくらいだから、大丈夫」
「そう、それなら私からそう伝えておくわ…………それで、お願いしたいこともあって、この後大丈夫?」
「うん、どうしたの?」
「ヴィブロスを探してもらいたいのよ」
姉さん曰く、LANEでメッセージを送ったのだが、既読がつかないらしい。
かなり急に出来た予定なのもあって、早めに参加の可否をはっきりとさせておきたい、とのこと。
お互いに見つけたら連絡をする、と約束をして、僕と姉さんは別れてヴィブロスを探し始めた。
僕の方からもヴィブロスに連絡を取ってみるも、やはり反応はない。
当てもないまましばらく学園内を歩き回っていると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえて来る。
見れば、そこには笑顔で楽しそうに話すヴィブロスと────僕のトレーナーさんの姿があったから。
トレーナーさんはヴィブロスにお礼を告げて、その場からすぐにいなくなってしまう。
もやもやとした想いが、心の奥底に燃え上がる。
僕は足早にヴィブロスの下へと向かい、声をかけた。 - 68124/01/09(火) 07:49:39
「ヴィブロス、探したよ」
「あっ、シュヴァち、どうしたの?」
いつもの僕なら、きっとさっきの光景は見なかった振りをして、本題に入っただろう。
ふと、脳裏にシャインの笑顔が蘇る。
うん、そうだ、僕は彼女が信じてくれている、“偉大なウマ娘”になりたいんだ。
だからこんなことで、臆してなんかいられない。
「……僕のトレーナーさんと、何を話していたんだい?」
気が付けば、そうはっきりと、僕は口にしていた。
ヴィブロスはその言葉を聞いて、ぽかんとした表情で、大きく目をぱちくりと瞬かせる。
そして、ニヤリと、口角を吊り上げた。
「ふぅ~~~~~~ん?」
「……何?」
「シュヴァちさ、もしかして、私とトレちのこと、気になっちゃってる~?」
「……っ! そっ、そうだよ、二人のことが、すごく気になってるよ……っ!」
「おおう、シュヴァちが素直だ、それをトレちの前で出せば話はすぐ終わるのに」
「えっ」
「まっ、それもシュヴァちの可愛いとこだけどねー……後、話してた内容なんだけど」
「……うん」
「ひ・み・つ♡」
「……はぁ?」
「えへへ、楽しみは最後まで取っておかないとねー? でも、これだけははっきりと伝えておくね?」
ヴィブロスは揶揄うような微笑みを浮かべて、僕に一歩近づいた。
そして顔を、僕の耳に近づけて、そっと囁くように告げる。 - 69124/01/09(火) 07:49:58
「私は、シュヴァちを、ずっと応援しているつもりだよ?」
「……ヴィブロス?」
「ふふっ、私ねー、実はお兄ちゃんが欲しいなあ、って思ってるんだー♪ シュヴァち、頑張れ♡ 頑張れ♡」
「……ヴィッ、ヴィブロス!?」
いつぞやの姉さんを思わせるようなエールに、僕は思わず慌てふためいてしまう。
するとヴィブロスはするりと距離をとって、悪戯っぽい表情で、僕を楽しそうに眺めた。
……どうやら、またしても、僕の一人相撲だったみたい。
僕はトレーナーさんのことになると、すぐに掛かっちゃうなあ。
思わず、大きなため息をついてしまうのであった。
「そういえばシュヴァち、私を探してたみたいだけど、どうしたの?」
「あっ、そうだ、姉さんからLANE入っていると思うから、すぐ確認して」
「えっ、あっ、やばっ、全然気づかなかった……!」
「父さんのお休みが急に取れたから、集まれないかって連絡」
「りょーかーい、お姉ちゃんには悪いことをしちゃったなあ……シュヴァちは行くの?」
「うん、予定も入ってないし」
「そっか、それなら皆揃いそうだし、元々の予定をキャンセルしても────えっ?」
突然、ヴィブロスは驚きの声を漏らし、目を丸くしたスマホを見つめて、固まってしまった。
何かニュースでもあっただろうかと思い、僕もスマホを見てみるが特にそんな様子もない。
やがてヴィブロスはすんとした顔で、僕の方を見た。 - 70124/01/09(火) 07:50:14
「シュヴァちは、この日、予定入ってないの?」
「うん、一人で釣りにでも行こうかなって思っていたくらい」
「…………気が変わった、シュヴァち、さっき私がトレちと話してたこと教えるね」
「えっ、それは良いけど、急だね?」
「うん、ちょっとね……この日、トレちは中華街に行くらしくて、その服の相談に乗ってあげてたんだ」
「ああ、ヴィブロスはセンスが良いからね、でも奇遇だな、シャインも中華街行くって言ってて」
「シャインさんも? そういえば、お話の中で、シャインさんの名前がちらほら出てたような……」
でも中華街かあ、最近行ってないなあ。
光朝も肉まんも食べたくなってきたし、他のも色々と、久しぶりに味わいたい。
今度のお出かけでトレーナーさんに提案してみるか、シャインと一緒に行くのも良いかもしれない。
僕がそんなことを考えて、心を躍らせていると、ヴィブロスは神妙な表情で呟いた。
「……私、もしかして敵に塩を送っちゃった?」
「……ヴィブロス?」
良く意味の分からない言葉に、僕が問いかけると、ヴィブロスは真剣な表情で顔を上げた。
再び近づいて来て、僕の両肩を正面からがっしりと掴むと、妙に圧の強い目線で見つめて来る。
そして、はっきりと、真面目な声色で、僕に告げた。
「シュヴァち────真の敵の存在から、決して目を逸らしちゃダメだよ?」
「……ヴィブロスはいったい何と戦っているの?」
「どっちかっていうとそれ私の台詞なんだけどなあ……」 - 71124/01/09(火) 07:50:32
週末の夕方。
家族の集まりを終えて、学園に戻ってきた僕は、一人で散歩をしていた。
……今までは、なんだか気まずくて、あまり楽しむことが出来なかったけど、今日はすごい楽しかった。
きっと、トレーナーさんが僕に自信と勇気をくれたからだと、僕は思っている。
それがとっても嬉しくて、なんだかふわふわ浮き上がってしまいそうだったから、落ち着くための散歩。
でもなかなか気持ちが収まらなくて、少し遠くの公園まで足を伸ばしてしまって。
その公園のベンチで、僕はシャインの姿を見つけた。
声をかけようと思って、寸前で思いとどまる。
選んであげた服を身に纏うシャインは、スマホで電話をしている最中だったから。
そしてその時の彼女は────僕が見たことのないような姿をしてたから。
尻尾はゆらゆら揺らめいて、耳はぴこぴこ忙しなく。
頬はほんのり赤く染まって、目は微かに熱っぽく、顔には愛おしそうな微笑みが。
まるでそれは、恋する乙女のように、見えてしまって。
思わず僕は、近くの物陰に隠れてしまう。
まさか、シャインにそんな人がいたなんて……!
何時からなんだろう、どんな人なんだろう、どこまで行ったんだろう、そんな疑問が次から次へと湧き上がる。
いけないことだと思いつつも、耳が抑えきれずに、僕は物陰からシャインの言葉を拾い上げてしまった。 - 72124/01/09(火) 07:50:47
「はい……今日はとても楽しかったです……お金出してもらっちゃって…………結構なお値段だったのに……」
シャインは申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにしている。
言葉は敬語、僕らよりも懐具合が良さそうとなると、年上の人なのだろうか。
「ふふっ、ちゃんとお返しはしますから……またご飯…………作りに行きますね?」
ご飯作り……!? もう、相手のお家にまで通い詰めている、ってこと!?
どうやら、僕が想像しているよりも、全然進んでいる関係みたい。
胸が高鳴り始めて、僕の耳もぴくぴく反応してしまいそうになる。
「……ええ…………このことは二人の秘密ということで…………はい」
シャインは楽しそうに、口元に人差し指を立てて、そう告げた。
それは少し大人びて見えて、思わず、どきりとしてしまうほど。
……秘密にしないといけないってことは、結構歳が離れている人だったりするのかな。
でも、なんだか、羨ましいな。
僕とトレーナーさんみたく、子どもと大人ではなくて、大人同士の対等な関係に見えて。
いつか、僕も、そんな関係に。
「────シュヴァルちゃんに、怒られちゃいますから」
刹那、世界の全てが凍り付いた気がした。
考えていた全てが吹き飛んで、真っ白になった思考の中、単純な疑問だけが浮かび上がる。 - 73124/01/09(火) 07:51:06
なんで?
なんでそこで、ぼくのなまえが、でてくるの?
答えはわかっているくせに、それを理性が受け入れを拒んでいた。
けれど、現実は残酷で。
シャインは無慈悲なまでに、答え合わせを口にする。
「それじゃあまた…………トレーナーさん」
そしてシャインはピコンと通話を停止して、大きくため息をついた。
その顔には暖かな充足感と、深い後悔、そしてほんの少しだけ背徳感が紛れている。
「すっかり楽しんじゃったな……楽しかったな……」
シャインは、胸の上で、スマホをぎゅっと両手で握り締める。
余韻を名残惜しんで、僅かに残るであろう温もりは、最後の一辺まで堪能するかのように。
あるいは、祈りを捧げるかのように、懺悔をするかのように。
そして彼女は、小さく呟いた。
「……ごめんね、シュヴァルちゃん」
そんな光景を目の当たりにした僕は、無意識のうちに、口から声を漏らしていた。
「────は?」 - 74124/01/09(火) 07:51:29
お わ り
王道展開はやっぱいいよね - 75二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 08:17:52
シュヴァル…そろそろちゃんと動かないとまずいぞ
- 76二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 08:18:28
ガード甘すぎて無限に恋敵ができるシュヴァちは可愛いなあ……
- 77二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 08:25:27
深刻度と緊張感が姉妹の比じゃなくて笑った
割と読んでてドキドキする - 78二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 09:06:27
- 79二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 09:14:18
ごめシュヴァが無ければシュヴァトレじゃなかったっていう叙述トリックが使えたのに!!
- 80二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 09:19:45
🤯
- 81二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 09:32:45
バリバリスリーアウトだよ!!!
- 82二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 12:18:43
その言葉宣戦布告と判断する
当方に迎撃の用意あり - 83二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 12:24:39
(シュヴァちが)真に戦うべきものは何?(『liveDevil』より抜粋)
- 84二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 12:34:11
堕とされたものたちの声が響く……
- 85二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 17:16:38
このレスは削除されています
- 86二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 18:32:25
アッアッアッ…
- 87二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 18:45:26
最初はギャグみたいな感じだったのに…どうして…
- 88二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 18:54:02
シュヴァトレモテすぎィ!
- 89二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 19:29:03
ごめシュヴァは脳に効く
- 90二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 21:05:06
「何でも真摯に相談に乗ってくれるスパダリトレーナーなんて羨ましいねシュヴァルちゃん…」
じゃねーよ(真顔) - 91124/01/09(火) 22:56:39
シュヴァルちゃんの次回作にご期待ください
まあ今回は自分からくっつけに行ってるようなもんでしたからね……
姉妹は最初から狙っているわけじゃないからね……
チェンジもの
そんな甘い話があるわけないんだ……
😊
シュヴァルちゃんも覚悟完了しないとね……
探し続けるまでもなく勝手に増えてるんでがそれは
NTRを制すにはNTRを盛らんと……
定期的破壊して再生しないと
シュヴァルグラン王だけじゃ話が続かなくて……
変なフェロモン出てそう
いいよね……
料理作ってあげるのも中華街行くのもシュヴァルちゃんのためだから……
- 92二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 23:47:56
- 93二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 23:52:37
シュヴァルグランの王を決めながら新しい春が(シャインに)来てる!ほらおかしくないぜ!!!
- 94二次元好きの匿名さん24/01/09(火) 23:56:58
なんて事だ、もう助からないぞ(脳が)
- 95124/01/10(水) 07:55:42
- 96二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 08:45:00
シュヴァルもなんか行動起こさないとそろそろマズイ……
- 97二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 17:46:39
救いはないのですか…?
- 98二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 18:48:55
もうシュヴァルグラン王っていうかシュヴァルグランのトレーナー王決定戦みたいになってる…
- 99二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 22:12:57
- 100二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 22:20:59
シュヴァちはもういっそそういう”癖”に目覚めたほうが楽かもしれない
- 101二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 08:40:08
- 102二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 09:58:52
- 103二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 14:29:38
捕手
- 104二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 14:50:38
- 105二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 15:16:53
このレスは削除されています
- 106二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 17:32:05
あ…頭が…頭が爆発する…
- 107二次元好きの匿名さん24/01/11(木) 23:15:51
保守
- 108124/01/12(金) 04:13:48
- 109二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:14:19
「お待たせシュヴァルちゃん! あっ、トレーナーさんの好きな料理を調べて来たよ!」
「……シャイン」
放課後。
憎らしいほどに真っ赤な夕焼けに照らされた、誰もいない、トレセン学園の屋上。
僕に呼び出されたシャインは、一切の邪気を感じさせない顔で、手を振りながら現れた。
スキップをするような軽い足取りで僕に近づくと、メモ帳を取り出して、彼女は話し始める。
「えっとね、中華料理は全体的に好きだけど、四川風麻婆豆腐が一番好きなんだって」
「……そうなんだ」
「他の料理だと、肉じゃがが好きだって言ってくれ……言ってたよ、ふふっ♪」
「……へえ」
シャインは少し照れた様子で、微笑む。
周囲を明るく輝かせてくれるのような、彼女の笑顔。
いつも眩しいなと思っていたその笑顔が────今日は、妙に白々しく感じられる。
知っているんだよ、君が僕のトレーナーさんと中華街でデートしていたことを。
知っているんだよ、君が僕のトレーナーさんの家に、料理を作りに行ったことを。
知っているんだよ、君がそれを、心から楽しんでいたことを。
知らないのは、君が今、どういう気持ちで僕に笑顔を向けているか、それだけなんだ。
見て見ぬふりをして、笑顔を作ることも出来る。
きっと、今までの僕だったらそうしていた。 - 110二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:14:37
『あはは、頑張りなさいね、シュヴァル?』
『私は、シュヴァちを、ずっと応援しているつもりだよ?』
けれど、今の僕には、ちゃんと背中を押してくれる人がいる。
だから、退くことなんて出来ない、逃げることなんて出来ない。
それが大切な幼馴染で親友であろうとも、真の敵の存在から、目を逸らすことなんてしない。
「もっ、もう良いよ、シャイン」
「……えっ?」
「僕、知ってるんだから……君が僕に隠れて……トレーナーさんと……っ!」
「へぇ?」
シャインは、薄い笑みを浮かべる。
それは長い付き合いの中でも見たことがない、薄ら寒さすら感じさせる、怖い顔。
思わず背筋がぞくりとしてしまうけれど、決して、視線は外さない。
それを見たシャインは少しだけ意外そうな顔をしてから、納得したように頷く。
「そっか、覚悟は決めたんだね、間違った覚悟な気もするけど」
「シャイン、トレーナーさんのことを調べてくれてありがとう、もう、大丈夫だから」
「あなたのトレーナーさんには近づくな、って? それはちょっと都合が良すぎるんじゃないかな、シュヴァルちゃん?」
「……そう、だよね」
普段のシャインからは考えられない、冷たく突き放すような声色。
俯いてしまいそうになるけれど、決して、頭は下げない。
震える身体は手を強く握り締めて、震える唇はきゅと噛みしめて。
僕は大きく深呼吸をしてから、頑張って彼女を睨みつけて、口を開く。
君とは親友のままでありたい。
君とは争いたくなんてない。
けれど、諦めるなんてことは、僕には出来ないから。 - 111二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:14:55
「シャイン────決着をつけよう」
何とかお腹の奥から、その言葉を絞り出す。
それを聞いてシャインは、待ち望んでいたと言わんばかりの表情で、微笑んでみせる。
「良いね、良いよ、シュヴァルちゃん…………でも、どうやって決着をつけるの?」
「僕は、全てが始まった場所で、全てを終わらせたいと、そう思ってる」
「そっか、それじゃあ、今から私達は敵同士だねシュヴァルちゃん────いえ、シュヴァルグラン」
目を鋭く細めて、重く響くような低い声を出すシャイン。
ずっと僕と仲良くしてくれて、味方でいてくれて、辛い時も励ましてくれた、僕にとってかけがえのない存在。
そんな彼女が敵になるという事実に、胸は張り裂けそうなくらい痛くなって、息が詰まりそうなほどに苦しい。
だけど、彼女はそれでもちゃんと、僕を見てくれている。
そんな彼女の想いに、僕だって、応えないといけない。
「うん、そうだよ、シャインプレイズ」
ぴゅうと、一陣の風が、僕とシャインの間に吹き抜ける。
僕らの尻尾を揺らすそれは、これから巻き起こる大嵐を予感させるものだった。 - 112二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:15:14
数日後。
僕とシャインは、決戦の場に立っていた。
全てが始まって、そしてこれから全てを終わらせる場所、そう────。
「シュヴァルちゃんのトレーナーさんを愛しているのは自分だっ! 第二回! 新春シュヴァルグラン王決定戦!」
キタさんの言葉と共に、会場には割れんばかりの歓声が巻き起こる。
客席の中に目をやればたくさんの観客、そしてその中には姉さんやヴィブロスも含まれていた。
会場の中央にはマイクを持って会場を盛り上げているキタさん、そしてその隣には困惑した表情の、僕のトレーナーさん。
「司会進行は前回に引き続き、キタサンブラックが! そして今回の解説は前回覇者、シュヴァルちゃんのトレーナーさんに来てもらっていますっ!」
「……どうも、あの、ここにいるのが俺なのは何かおかしいんじゃ、それに題目が矛盾しているような」
「あたし達の尊敬する先輩は言ってました、担当ウマ娘とトレーナーは、一心同体のような関係だと!」
「……それで?」
「なら実質シュヴァルちゃんのトレーナーさんはシュヴァルちゃんみたいなものなのでセーフですっ!」
「理論が強引すぎる……」
呆れた声色のトレーナーさん。
けれど、そんなことを気にしている余裕は一切なかった。
何故ならば会場の端、僕の反対方向には悠然とこちらを見据える、シャインの姿があったから。
彼女は落ち着いたようすで、周囲の雑音を一切気にせず、ただ僕のことを見つめていた。
何か言おうかと思って、すぐにやめる。
もうこの期に及んで、言葉なんて必要ないから。
「前回生徒会にかなり怒られたので、今回は10問先取の短期決戦ルールになっています!」
「それでも結構長いと思うけどね」
「そして反省も活かし、今回はちゃんと余裕をもって30問用意しました!」
「……問題作りって大変なんだなって思ったよ」
「……えへへ、あたしとあなたの二人で三日間一緒に考えましたもんね、楽しかったです」 - 113二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:15:31
とくんとくんと、心臓が高鳴る。
耳はピンと張り詰めて、尻尾はゆらゆらと動いてしまう。
僕は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。落ち着きはしないけれど、少しはマシになった。
「ハァ~ン! それではいよいよ始めて行きます! 第一問、ババンッ!」
────刹那、会場の空気がピンと張り詰める。
いや、会場の騒がしさは一切変わっていない、変わったのは、シャインの纏うオーラ。
落ち着いていながらも、その瞳はぎらぎらと輝きを放っている。
まるでレース直前のゲートにでも居るかのような彼女に、思わず気圧されそうになってしまう。
……でも、負けられない。
僕は改めて背筋を伸ばして、パチンと両頬を叩く。
シャインはそんな僕を見て、少しだけ嬉しそうに、笑みを浮かべていた。
「トレーナーさんが好きなおせち────」
ボタンを連打する音が鳴り響き、僕の台から軽快な音が鳴り響き、ランプが点灯する。
トレーナーさんが好きなおせち料理、お正月に話していたのを覚えている。
僕はすかさず、答えを口にした。
「数の子っ!」
「……正解! まずは一問目をシュヴァルちゃんが先取! ちなみにどういうところが好きなんですか?」
「えっ、そういうこと聞くの? いや、プチプチしているところいうか、単純に数の子が好きなんだよ」
「なるほどぉ、そういえば松前漬けもいっぱい食べてましたね、では第二問、じゃじゃん!」
まずは一問。
上がる悲鳴と歓声の中、ほっと息を吐く。
シャインは不思議そうな顔でボタンを見つめているが、気にする余裕なんてない。
問題を聞き逃さないために、しっかりと耳を澄ませていく。 - 114二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:15:47
「トレーナーさんが最近見ているドラマ────」
「LOVEだっちセカンドシーズンッ!」
ピンポン、という音が聞こえてすぐに答えを口にする。
……元々は僕が最近見始めてハマったドラマで、それをトレーナーさんに薦めたのだから間違えるはずもない。
キタさんは少しだけ間を置いてから、にこりと笑って、口を開いた。
「せいかーいっ! 早くもシュヴァルちゃんは二問のリードです! 本当に熱心に語ってましたからね!」
「……いやあ、あれはちょっと忘れて貰えると」
「目が子どもみたいにきらきら輝いていて可愛かったですよ、サアサそれでは第三問!」
「…………すいません、ちょっと良いかな?」
会場が盛り上がりを見せていく中、突然、シャインがすっと手を上げる。
全員の視線がそちらに向かい、キタさんもまたきょとんとした表情でシャインを見た。
注目を集めたシャインは、ポンポンと何度か手元のボタンを押す。
────すでにこちらのランプは消えているのに、シャインのボタンは一切反応を示さない。
「あの、私のボタン反応しないみたいで」
「……えっ」
「ええ!? ごっ、ごめんなさい! すぐに確認をしますね!」
キタさんは耳と尻尾をピンと逆立たせて、慌てた様子でシャインの下に向かう。
しばらくの中断の後、裏にいた他の人とも協力をして、ボタンが正常に動くようになったのを確認した。
そして、キタさんは困ったように腕を組んで考え始める。
ボタンが故障していたということは、最初の二問、シャインには早押しする権利すらなかったということ。
公平を期すならば、ここはノーカウントからやり直すべきだろう。 - 115二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:16:03
「うーん、正解したシュヴァルちゃんには悪いけど、最初からやり直した方が」
「────良いよ、このまま再開で」
「へっ?」
「……シャイン?」
シャインの言葉に、会場は静寂に包まれる。
僕も、キタさんも、トレーナーさんも、その場にいる全員が驚きの表情を、シャインに向けていた。
唯一、余裕の笑みを浮かべているのは、当のシャイン本人だけ。
彼女は挑発するかのような目で僕をちらりと見つめると、さも当然のように言い放った。
「このくらい丁度良いハンデだから、このまま続けてくれると、むしろ嬉しいかな」
「そっ、そうなんですか? そこまで言うなら……じゃっ、じゃあこのままで、第三問! ぽぽぽぉーん!」
キタさんは困惑しつつも、元の席に戻って、声を上げる。
一体、シャインは何を考えているのだろう。
舐められているとか、そういうことを考えるよりも先に、疑問の方が浮かんでしまう。
……いけない、まずは勝負に集中しないと。僕は雑念を振り払って、キタさんの言葉に耳を傾けた。
「トレーナーさんの今の体重は────」
ボタンを反射的に押しそうになって、一瞬、躊躇してしまう。
これは前回の時にもあった引っかけ問題、以前の身体測定の時の体重ならば僕も知っていた。
けれど今の体重となると少し考えなければいけない。
その、はずだった。
解答権を得たことを示す音が鳴り響き、僕は慌てて顔を上げる。
そこには、解答者を示す赤いランプに照らされるシャインがいた。 - 116二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:16:22
「70キロ」
「せっ、正解! ボタンが直った途端、シャインさんが早速一問取り返しました! ……トレーナーさん、ちょっとお腹出てましたね?」
「……正月にちょっと食べ過ぎちゃって、これからダイエットする予定で」
「あはは、運動するなら言ってくださいね、お助けしちゃいますから……さあ! 再び勝負はわからなくなってきましたー!」
トレーナーさんの言葉も、キタさんの言葉を耳に入らない。
僕の意識は、完全にシャインに奪われていた。
今の彼女からはまるで────名立たるウマ娘を彷彿とさせるような、圧倒的なオーラを感じる。
いや、キタさんやドゥラメンテさんと走った時ですら、ここまでの恐ろしさは感じなかった。
勝てない。
レースにおいて最後の一秒まで決して考えなかったことを、考えてしまうほどには。
僕の視線に気づいたシャインは、ぞくりとするほどに深い笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。
「さあ、シュヴァルグラン……ここから本番だよ?」 - 117二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:16:39
「越後製菓」
「せっ……正解です」
震えるような、キタさんの声。
会場は、静寂と微かな騒めきに包まれていた。
それはまるで畏怖すら感じさせるような、そんな声。
煌々と輝く、カウントを示す電光掲示には『9-5』の文字が表示されている。
「シャッ、シャインさんがリードを広げて、王手をかけました! シュヴァルちゃんはここから巻き返せるのかー!?」
キタさんは盛り上げようとしてくれているが、会場には少し白けた空気が漂っている。
それはそうだろう、ここまでの差をつけられて、僕が逆転できる可能性なんでほぼない。
悔しさと、情けなさで、手がわなわなと震えてしまう。
「ねえ、シュヴァルちゃん」
その時、いつものような優しい声色で、シャインの声が響いた。
シャインは日頃から僕に見せてくれているような眩しい笑顔で、こちらを見ている。
つまり────すでにシャインは僕を敵として見ていない、ということ。
その事実に、思わず奥歯を噛みしめてしまう。
「……シャイン、どうしたの?」
「どうして私とシュヴァルちゃんで、ここまでの差がついたのか、わかる?」
「……っ! 知らないよ! 何が言いたいのさ!」
語気を強めてしまう僕を、シャインは、少しだけ悲しそうな表情で見つめた。 - 118二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:16:55
「あなたは、誰を見ていたの?」
「……えっ?」
「第一回新春シュヴァルグラン王決定戦、私も見ていたよ、最後にショックを受けるあなたの姿も」
「…………」
「あの後、あなたはトレーナーさんに対して、何か行動を起こしたの?」
「そっ、それは……」
シャインからの指摘に、僕は動揺を隠せなかった。
危険を感じて確かに行動はしたものの、それは姉さんに対してのものだった。
その後もヴィブロスのことを気にして動いたり、シャインに頼んで探ってもらったり。
────僕自身が、トレーナーさんに対して行動を起こすことは、なかった。
「あの後、すぐにトレーナーさんに対して行動をしていれば、こんな話は長くならなかったんだよ?」
「そっ、そんなこと、やってみないとわからないじゃないか……!」
「そうだね、わからない……シュヴァルちゃんは、やってみることすら、しなかった」
「でっ、でも」
「シュヴァルちゃん」
「……!」
シャインは、一言僕の名前を呼んで、怖い表情をした。
それは怖いけれど、敵意などは一切感じない、まるで僕を叱りつける母さんのような顔。
思わず顔を伏せてしまいそうになるけれど、それはダメなんだと強く感じて、堪える。
「私やヴィルシーナさん、ヴィブロスちゃんは敵じゃないよ────真の敵は、あなたの中にいるんじゃないかな」 - 119二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:17:09
────真の敵の存在から、決して目を逸らしちゃダメだよ?
いつかのヴィブロスの言葉が脳裏に蘇る。
そうか、そういうことだったのか。
僕は今の今まで、ずっと勘違いをしていた。
真の敵とは姉妹のことでも、親友のことでもなく、勇気を出せずに踏み出せない、僕自身のことだったんだ。
「それなのに無駄に傷ついて、無駄な時間を過ごして、だからこうなっちゃったんだよ?」
「……そう、だね」
「そうじゃなければ、そうじゃないと、私だって」
「……シャイン?」
「────終わらせよう、シュヴァルグラン、私がトドメを刺してあげる」
シャインが、表情を変える。
鋭い目つきで、口元を引き締めて、しっかりと僕自身を見つめてくれる。
僕はそれを見て、ああ、このシャインになら、負けても良いかなって、思ってしまった。
腕の力がだらりと抜けて、立っているのも辛くなって、身体中に張り詰めていた緊張が抜けてしまう。
身体は、完全に、諦めてしまっている。
燃え上がっていたはずの激しい想いだって、もはや見る影もない。
でも────まだ、微かにくすぶっている。
諦められない想いと、否定したい言葉が、まだ確かに残っていた。
だけど、もう無理だ。こんな小さな火種じゃ、どう頑張っても、目の前の輝きに勝つことなんて出来ない。
ついに、僕は頭を下げてしまう。 - 120二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:17:25
「シュヴァル」
ふと、声が聞こえて来た。
優しくて、暖かくて、頼りになって、僕なんかをずっと支えてくれた、僕の大好きな声。
トレーナーさんは、心配そうな顔で、僕の名前を呼んでくれた。
きっと、諦めかけてしまっている僕を見て、声をかけずにはいられなかったのだろう。
僕なんかには勿体ないくらいに、優しい人だから。
「シュヴァちー!」
観客席から、大きな声が響き渡る。
いつもの甘えるような声じゃなくて、どこか必死な、泣きそうな声。
見れば、客席のヴィブロスが、目尻に雫を溜めて、僕の名前を叫んでいた。
その鏡のように純粋な瞳には、負けたりなんかしないよね、という想いが強く込められている。
……まったく、ヴィブロスはお兄ちゃんが欲しいだけだろうに。
「……シュヴァル」
小さいけれど良く通る声が、鋭く突き抜ける。
いつも僕やヴィブロスに向けるような声じゃないけれど、どこか温もりを感じる声。
姉さんは、腕を組みながら、真剣な表情で僕のことをじっと見つめ続けていた。
その視線からは、貴女なら諦めたりなんかしないわよね、という信頼を感じる。
姉さんってば、僕らに対して期待し過ぎだよ……。
────あなたは今まで、何度挫けたって立ち上がり、強くなってきたじゃない。 - 121二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:17:39
いつかのシャインの言葉が蘇る。
そうだ、こんなにも応援してくれている人がいるのに、何で僕は勝負を諦めようとしていたんだ。
僕がここまで頑張ってこれたのは、何度負けようとも、決して勝利を諦めなかったからじゃないか。
絶望しても前を向け、そう言い聞かせるように僕は顔を上げて、シャインを見つめた。
すると心の中の夢の火が再び燃え上がり、胸の鼓動が大きく鳴り響き、激しい想いが迸る。
勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい────君に勝ちたい。
「……シュヴァルちゃん?」
「シャイン、まだ終わらせない、諦めない……僕は、『偉大なウマ娘』になるんだ……!」
「……! うん、それでこそだよ、シュヴァルグランッ!」
「さあ、異様な雰囲気に包まれてきましたが第15問目! トレーナーさんの好きな動物────」
鋭くボタンを押して、解答権を得る。
脳裏に浮かぶは、姉さんの優しい笑顔。
「レッサーパンダッ!」
「正解! シュヴァルちゃんが一問取り返すッ! このまま次の問題、トレーナーさんがコーヒーを淹れると────」
迷いはない、再びボタンを押して、ランプが点灯するのを確認する。
「角砂糖をいれない!」
「……正解! シュヴァルちゃんが反撃の狼煙を上げ、点差を縮めていく! 盛り上がってきました、わっしょーい!」
シャインは、信じられないようなものを見る目で、僕を見つめている。
きっと、このことを彼女は知らなかったのだろう。
僕も本来ならば、きっと知ることはなかった。
この問題は、姉さんに目を向けて傷ついたからこそ、答えられた問題だ。 - 122二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:18:32
「さあ第17問目、むんばばー! トレーナーさんがトレーナー学校にいたに行った旅行先────」
「ドバイッ!」
「せっ、正解!? えっと、第18問目ですっ! トレーナーさんが最近買った服のブランド────」
「ナノネオユニヴァースッ!」
「正解正解大正解ッ! シュヴァルちゃん、怒涛の追い上げを見せて、勝負は最終問題までもつれ込みまーす!」
会場が、怒号のような悲鳴と歓声に包まれていく。
シャインの顔に、ようやく焦りの色が見えて来た。
直前の二問は、僕がヴィブロスと時間を過ごしたからこそ、解答することが出来た問題。
僕は、シャインに伝えたかった。
挫折しても、傷ついても、脳が破壊されそうになっても、それは一歩を踏み出すための糧なのだと。
決して────シャインや、姉さんやヴィブロスと過ごした時間は、無駄なんかじゃないと。
「それでは、最終問題ですっ! トレーナーさんが好きな中華────」
それは、シャインが良く知っているはずの問題だった。
けれどここまでの僕の勢いに呑まれてしまったのか、一瞬だけ反応が遅れてしまう。
この場において、それは出遅れよりも、致命的な遅れ。
僕の手元からピンポンと音が鳴り響き、赤いランプが点灯する。
────シャイン、これは君と共に過ごして、傷ついたからこそ、答えられる問題なんだ。
「……四川風、麻婆豆腐」
シン、と会場が静まり返る。
全ての視線が、マイクを握り締めているキタさんに集中する。
そしてキタさんは全身をプルプルと震わせてから、目に涙を溜めて、大きく口を開けた。 - 123二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:18:48
「せいかーいっ! サアサ、皆さんご照覧あれ! 二代目シュヴァルグラン王の、誕生だあああぁぁぁぁああっ!」
溢れる、大歓声と大喝采。
その日最大の盛り上がり、会場中が揺れるほどの絶叫が響き渡る。
僕はそれを受け止めて、ようやく自分が勝ったのだと、実感することが出来た。
そんな轟音の中、小さな拍手の音と、少しずつ近づいて来る足音が聞こえて来る。
「さすがは私の“偉大なウマ娘”だね、シュヴァルちゃん」
「……シャイン」
「完敗だよ、やっぱりあのトレーナーさんには、あなたが一番相応しい」
「……うん、あの人は僕の、僕だけの、トレーナーさんだから」
「……ふふっ、その言葉が聞けて良かった、これで私も安心してオーストラリアに行けるなあ」
「えっ?」
あまりに馴染みのない言葉が聞こえて、思わず聞き返してしまう。
シャインが、オーストラリアに?
彼女は僕の言葉に、優して、明るい笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「もう少し先の話だけど、私、トレセン学園を退学して、オーストラリアに行くことにしたの」
「なっ、そんなこと、なにも……!?」
「うん、ごめんね……でももう決めたんだ、夢に向かって挑み続ける、あなたが勇気をくれたから」 - 124二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:19:03
シャインは、ゆっくりと、話し始める。
空にも届く大喝采の中心に。
シャインが昔から、僕に語ってくれた夢の話────彼女が、諦めかけていた、夢の話。
夢を叶えるため、彼女は新天地で、新しいトレーニングを取り入れて、もっと強くなることを、選んだ。
その決断をするための勇気を、僕の走りからもらったのだと、彼女は言う。
全てを語り終えて、シャインは肩の荷が下りたような表情で、冗談めかした笑みを浮かべた。
「……残していくシュヴァルちゃんが心残りだったけど、もう、大丈夫だよね?」
「シャッ、シャイン……!」
「あっ、もうシュヴァルちゃんなんて呼び方は、失礼だね」
全ては、僕のため、だったんだ。
トレーナーさんとデートをしていたのも、トレーナーさんの家に料理を作りに行っていたのも。
全部、全部、全部、僕のためを思っての、行動だったんだ。
全てに気づいて、涙が溢れそうになって歪む視界の中、シャインは僕に向けて手を伸ばす。
そして彼女は、尊敬するように、誇るように、新たな僕の名前を呼んだ。
「二代目シュヴァルグラン王────シュヴァルグラン」
……………………えっ、シャインは何言ってるの?
不幸にも、僕は最後の最後で、我に返り、冷静になってしまった。 - 125二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:19:23
「ああああ……! 僕は一体何を……何をしていたんだ……!」
全てが色んな意味で終わりを告げた後、僕は学園の裏庭に逃げ込んだ。
そしてうずくまり、頭を抱えて、唸り声を上げてしまう。
シュヴァルグラン王ってなに!? それに僕がなるのは意味わからないでしょ!?
というかこれに勝ったから一体なんだって言うんだ!?
シャインもこんなトンチキイベントの中であんな大事な話をしないでよ!?
「はあ……明日から、どんな顔してトレーナーさんに会えば良いんだ」
大きく、ため息一つ。
恥ずかしさのあまり顔は熱くて、頭の中はぐちゃぐちゃ。
でも不思議なもので、胸の中は妙にすっきりとした気持ちになっている。
……正直、しばらくの間、トレーナーさんから逃げようかなと、思っちゃったけど。
「……またシャインに、心配かけるわけにいかないよね」
僕は立ち上がって、空を見上げる。
雲一つない美しい青空が、そこには広がっていた。
その色は姉さんの色であり、ヴィブロスの色であり、シャインの色でもあった。
見ているだけで、なんだか背中を押されて、勇気をもらったような気分になる、素敵な景色。
そんな光景を目の当たりにした僕は、しっかりと意識して、口から決意を吐き出した。
「明日、トレーナーさんをお出かけに誘ってみようかな、えへへ」 - 126二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:20:36
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 127二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:20:53
「ええっ、キタちゃんが一目惚れ!?」
「しっ、しぃー! ダイヤちゃん声が大きいよぉ……!」
色々と放り出してしまったので、嫌々ながらも会場に戻ろうとする最中、僕は聞き覚えのある声を聞く。
物陰からちらりと声のする方を覗き込むと、そこにはキタさんと、その親友のダイヤさんがいた。
キタさんは、顔を赤らめて、どこか恥ずかしそうに。
ダイヤさんは、そんなキタさんを見て、楽しそうに目を輝かせている。
……二人が一緒にいるのは日常風景だけど、こんな顔をしているのはちょっと珍しいな。
それに、一目惚れという言葉。
確かに良く見れば、今のキタさんの表情は、以前シャインが見せたような、恋する乙女に見える気もする。
「ずっと一緒にいて、彼のことを考えていたら、なんだか離れなくなっちゃって、こんな気持ちは初めてで……!」
「それは絶対に恋だよ! わっ、私も良く知らないけど……間違いなく、絶対にそう!」
「そっ、そうかなあ……? でもでも、その人にはもう、大切な人が……!」
「だけど、まだそういう関係じゃないんだよね?」
「……そう、みたいだけど」
────聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいで、胸がドキドキする。
あのキタさんが、恋? しかも、他の人から奪うような危険な恋?
本当はすぐにでも立ち去らなくてはいけないのに、好奇心が勝ってしまって、聞き耳を立ててしまう。
キタさんが一目惚れするなんて、一体、どんな人なんだろう。
「他の人のトレーナーだから諦めるなんて、キタちゃんらしくないよ!」
「ダイヤちゃん……うん! そうだね! あたしは、お祭り娘ッ! 恋も激しくエンヤコラッ!」
「……それに三日間もキタちゃんと生活して、一緒に問題考えていたんだから、向こうも意識してるんじゃないかな?」
「ありがとうダイヤちゃん、優しさが沁みるなあ……あたし、頑張ってみるよ────シュヴァルちゃんには悪いけど」
そんな光景を目の当たりにした僕は、無意識のうちに、口から声を漏らしていた。
「────は?」 - 128二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 04:21:51
お わ り
なんだか迷走しまくってましたがこれでお終いです、大団円だな! - 129二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 07:11:10
モテモテすぎぃ!!!!!!!
- 130二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 07:28:05
「あれだけ深く理解し合ってる二人の仲を引き剥がすのは不可能にも思えます」
「ですので」
…(手で顔を覆ってじゃねーよとはもう言えない) - 131二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 08:13:27
とりあえず大団円なのか…?シュヴァルが頑張らないと延々と続きそうだなぁ
- 132二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 08:17:06
- 133二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 08:52:14
シュヴァルの逆転シーンめっちゃ熱かった!
脳内で ソシテミンナノ が駆け巡りました!
それはそれとしてオチで草です
シュヴァルの明日はどっちだ - 134二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 09:30:51
姉さんやヴィブロスに嫉妬してた時間が回答の助けになる展開上手すぎて惚れる
- 135二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 11:00:50
シュヴァトレが魔性の男過ぎる
- 136二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 12:32:13
シュヴァルはキタちゃんがレース中に叫ぶほど大好き
キタちゃんはシュヴァルのトレーナーが好き
シュヴァルのトレーナーはシュヴァルと一心同体なので実質シュヴァルグランと考えると実は両想いのハッピーエンドなのでは(頭グルグル) - 137二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 12:42:34
- 138二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 13:15:37
無限ループって怖くね?
- 139二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 13:54:52
まだ続くんですか!?
- 140二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 14:24:51
サトノが渦中に加わった以上はダイヤクラちゃんサトトレあたりもワンチャンあるのでまあ...無限ループってこ
- 141二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 14:28:16
予測可能回避不可能
- 142二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 15:37:17
流石にこれで一安心、と思ってたら!
好きなものは大抵一目惚れだったなあ! - 143二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 17:08:19
結局ガチのBSSは無いんですね
…正直ちょっと見たかった(小声) - 144二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 19:19:41
果たしてシュヴァルは本当にちゃんと向き合えるのか
- 145二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 21:32:17
- 146二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 00:16:51
正直ヴィルシーナの時点で満腹って感じだったのにさらにさらにおかわりが来て…幸せな気分になった
ありがとうございました - 147124/01/13(土) 07:44:32
- 148124/01/13(土) 07:48:59
- 149二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 19:47:27
- 150124/01/14(日) 03:41:07
各地で脳破壊的が連鎖的に起きてそう
- 151二次元好きの匿名さん24/01/14(日) 12:27:45
大逆転Vロード…大逆転Vロード?
これVはVでもVやねんじゃない?大丈夫? - 152124/01/14(日) 22:38:44
アレ待ったなし!
- 153二次元好きの匿名さん24/01/14(日) 23:26:29
このレスは削除されています
- 154二次元好きの匿名さん24/01/14(日) 23:26:47
シュヴァルが勝ったら栄光の歌が流れるんだろ