- 1二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:08:28
朝の闇の中、身体を起こして上に伸びる。時計を見てみるとまだ6時半で普段でも起きるにはちょっぴり早い。
寝直そうかどうか考えたけど、せっかく元日に早く起きたわけだし何か発見があるかもしれないと食堂に行ってみた…けど。
「…ま、誰もいないわよね」
目的地はもぬけの殻…というかウマ娘一人もいなかった。電気だけがついていて、程よく暖房も効いているけど誰かがいるわけでもない。
それも当然、アタシ以外の栗東寮生は皆実家に帰っちゃったもの。あのタキオンも実家に顔を出すかって、冗談交じりに言うから嘘と思ってたけど30日には寮を出てたみたいだから意外。
「フジさんもいないのは新鮮よねー…」
普段なら誰よりも朝早くに食堂前に立ち、爽やかスマイルで挨拶をしてくるフジさんも大晦日の夕方に帰っちゃったからアタシと寮を管理する人しかいない。
つまり、明けましておめでとうを交わす相手もいない異質の元日。こんな新年の幕開けは初めて迎えるかもしれない。
…新年ってこんなにも静かだったかしら?
「いただきます」
食堂のおばちゃんが出してくれたお雑煮を受け取り、だだっ広いテーブルの端っこに座って手を合わせる。やけどに気を付けながらちびちびすすっていると、備え付けのテレビでは今日は1日中晴れると言っている。
「…あったかい」
無人の室内に響くアタシの声。いつもならフラワーが美味しいですねって相槌を打ったり、マヤノがお雑煮から話を広げたり、ビコーが元気いっぱいにおかわりを貰いに行ったりするのが当たり前の光景である食堂も、今はアタシしかいない。
「おばちゃーん、ここ置いとくわよー!」
さっきお雑煮を出してくれたおばちゃんもどこかに行っちゃったのか、またしてもアタシの声が室内に響くだけ。トレイを返却口と書かれた所に置き、勢いよく蛇口から水が出る音を聞きながら食堂を後にするのだった。 - 2二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:09:12
「何しようかしら」
食後、歯磨きと身支度を整えた後に何となくベッドに寝転がる。空はようやくおひさまがのぼり始めた頃だから店はどこ行っても閉まってるだろうし…朝の森も神秘的だけど寒いのはイヤ。
身体を大きく伸ばしてほぐし、ボーッとしてからふとあることが頭をよぎった。
「あ、そういえばまだ年賀状…」
この2日間はやりたいことを優先しすぎて年賀はがきを一切見てなかった。年賀状がどうこうにこだわりはないけど、もらった年賀状をグランマのおうちに持ってきておみくじが当たらないかワクワクしながら見てたっけ。
ここに入ってからはパパとグランマくらいしか送ってこなくなっちゃったけど、今年は栗東寮生だけじゃなくてロブロイとかにも送ったはずだからもしかしたら向こうも送ってくれているかも。
暇つぶしにはちょうどいいかもしれないと思い、立ち上がる。目指すはポストのある玄関だ。
「…思った以上にいっぱい来てる」
送られてきたハガキを全部持ってきて思わずため息が出る。だって、5枚とかそれくらいかなと思ったらレース関係者の人からも来てた。数えて30枚くらい、多分過去最多かもしれない。
レース関係者には使い魔経由で送らせるように指示を出したから返信は使い魔に任せるとして…他の子達ね。
「あ、フラワーから!…お互いお姉さんたちに負けないくらい頑張りましょうって。まじめねえ」
「これは…シービーさん。えーと、今年も走ろう…いや、年中走ってるでしょうに」
「こ、このキラキラしたのはカレンね…。相変わらずなんだから」
「うそっ、タキオンからも!?…善良なる研究協力者に愛を込めて…う、うさんくさ…」
「キタサンはビシッとした感じねえ。サトノも同じ感じだし似た者同士ね」
「…まあそんな気はしてたけど。エアグルーヴさんのは堅苦しすぎるわ…小学校の校長先生みたい…」
「ロブロイからも来たわね!えっと…今年は貴方の好きにはさせません…ふふん、センセンフコクってわけ?」
「…パワー強すぎてにじんじゃってるわよ、カワカミ。ま、あの子らしいけど?」
どれもこれも、宛名を見なくても何となく誰かわかる個性的なのばかり。裏面はレースで勝った時の写真や干支にちなんだイラストと種類は豊富だったけど皆手書きのメッセージを書いてくれてるのはちょっぴり嬉しかった。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:09:43
他にもたくさん来た。マヤノ、ビコー、スカーレット、ウオッカ、ファイン、マルゼンさん、フジさん、チケゾーさん、水玉リボンのあの子、テイオー、パパ、グランマ…。色んな人からの新年を祝うお手紙がこんなにも来るなんてちょっとびっくり。
トレセン学園に入ってからアタシにはそういう友達がいっぱい出来て、競うライバルはもっと多く出来た。レースの魔法がもたらしたものだとしたら、こんなに素敵なことはないだろう。
「さて、一番最後は誰かしらね〜」
そうこう言ってる内に年賀状も最後の一枚。あとで書いてない人の分を送らないとなあとか思いながら差出人を見ると、よく知るアイツからだった。
「えぇ、トリが使い魔?なんか拍子抜けねえ…」
使い魔からの年賀状をひらひら揺らしながらも、まあ何を書いたかくらいは見てやろうと裏側を見てみるとなんともマカフシギなデザインだった。
新年あけましておめでとうございますという文字が上部を占拠し、ど真ん中にはドラゴンに巻き付かれた鏡がどーんと置いてあるだけ。下の方には貴方のこれからに溢れんばかりの光があらんことをと記されている。
「光ねえ…む?」
堅苦しいことを書くなあと思いながら年賀状の角度を変えると、鏡の中に一瞬何かが浮かんだように見えた。でも、そう見えたってだけで覗き込んでもそれが何かまではわからない。
間違いない、この鏡の中には何かが隠されている…!
「へえ、ナマイキにもアタシを試そうってわけ?」
だったらこの使い魔の挑戦状、受け取ってやろう。何ならノーヒントで使い魔の魔法を解き明かして自慢しに行ってやるのもありかもしれない。
それでパフェとか美味しいご飯を奢ってもらえばこの暇な時間を解消出来るし、一人寂しくお正月を満喫してる使い魔もご主人さまと過ごせるんだからイッセキニチョウよね。
「やってやるんだから…!」
そうと決まればと使い魔の魔法のからくりを解明してやろうと、勉強机の上に置いてじっくり観察し始める。絶対にアイツにデカい顔はさせないぞと固く決心しながら。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:10:24
「ふふん、使い魔がアタシを欺くなんて100年早いんだから!」
「わざわざ言いに来たんかい」
時は移って夕方。アタシの姿は使い魔の部屋にあった。あの後、考えても知恵を振り絞っても見えそうで見えない悶々とした感じから抜け出せなくなる程度には難問だった。
このままじゃダメとお昼ごはんを食べて一旦リセットし、またにらめっこを始めたけど結局わからないまま。このままじゃ使い魔の魔法に踊らされただけの一日になっちゃうって焦り始めた時に、天啓は突然降り込んできた。
「まったく、西日が差さなかったら分からず終いだったわ」
「お、あれがヒントだったってのがそこで理解した感じ?」
頬杖を付いてニヤニヤする使い魔の顔がちょっぴりムカついたからツーンとしてやるけど…実は図星。ご飯を食べても眠くなっただけで集中力も減る一方でヤバいかもって時に、部屋の窓から飛び込んできた西日が運命を分けた。
おぼろげではあったけど一瞬見えた鏡の中の何か。食い入るように見つめるけどまた見えなくなっちゃって、さっきと同じ状況を作り出すにはどうすればと思った時に下に書いてある“光”というワードが目に入った。
これだと思ったアタシは窓側に行き、西日に当てるように年賀状をかざしてみて…ようやく魔法のからくりを解明してみせた。
「電灯レベルじゃすぐバレちゃうしならいっそと思って太陽光…というか紫外線に反応して浮き上がるのをチョイスしたんだよ」
「ふんだ、こしゃくな真似しちゃって」
ぷくっとほっぺを膨らませてやるけど使い魔は楽しんでもらえたなら良かったって顔でニコニコしてるからついアタシも笑っちゃう。だってすっごく嬉しそうな顔をしてるんだもん、緊張感のなさがそのまま移っちゃったに違いないわ。
「ま、いい暇つぶしにはなったでしょ。正月ってどうしてもヒマに感じる時ってあるし」
「…そうね。次はもっともっと難しいのを期待してあげる!」
実際、使い魔の年賀状にかまけてたらいつの間にか夕方手前になってたからいい暇つぶしになったってのはホント。だからその辺は認めてやってもいいかもしれない。
…それにしても、コイツもニクい事をするもんね。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:10:59
「あのスイーピー、もしかして使い魔が描いたの?」
「うん、描いてから印刷業者に特殊透かしの加工お願いしますって」
見えそうで見えなかった鏡の中の何かの正体、それは箒に乗って空を駆けるスイーピーの姿だった。サイズの都合で顔までは描けなかったけど、勝負服を着たスイーピーを描いてるのはちょっぴり嬉しかった。
使い魔にとってのアタシは制服でも私服でもなく、勝負服を着てターフを飛ぶ魔法少女こそがスイーピーだと思ってるのがひしひしと伝わってきたから。
「光の中でどこまでも飛んでほしいって願いを込めさせてもらった」
「眩しい世界の中、君の魔法が全てを魅了しますようにって───」
「…ふん、レースの魔法に光だ闇だなんて関係ないわ。だから光がなくてもアタシは魔法を掛けて、どこまでも飛ぶつもりだけど?」
だからこそ、憎らしい感じで使い魔の想いに異を唱えてやる。レースの魔法を見つけることだって簡単じゃなかったし、使うのだって大変だった。それはアタシの後ろをついてきた使い魔ならよく知っているはず。
つまり、これはアタシから使い魔に向けての挑戦状。
「光の中のアタシだけを見たいならそうすればいいけど…どうする?」
「…イジワルなこと言うね、君も」
レースの魔法をこれからも間近で見たいんだったら四の五の言わずについてこい。隣に立って励ましてくれなんて言わないし、困難から守る盾になれとも言わない。
それは使い魔もわかっていた。
「ついていくさ。許される限り、君の魔法を間近で見届けさせてくれ」
「ふんだ、ウソついたら許さないんだからね」
アタシはアタシの思う道を征くけど、後ろについてくるって言うならいるものとして考える。当然、いるんだったら前と変わらず面倒事は押し付けてやるしヤッカイバライも同じくやってもらう。
「ついてきなさいよね、言ったからには」
…でも、ほんのちょっぴりだけ。どこまでもついてくる根性を見せられるなら、スイーピーの使い魔筆頭兼冒険の相談相手として認めてあげる。 - 6二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:11:36
元日どころか三が日も過ぎてるですよね
どうか許し亭 - 7二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:16:51
いいじゃないですか…お互いのことをリスペクトしているがゆえの気安い関係っていいよね…
- 8二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:19:51
許される限りってトレーナーは言うけど、多分スイープはもう許し続けるんでしょうね、ずっと
ちょこちょこカタカナになってるワードが彼女の幼さの残る語彙を表しており、解像度がより上がる良いものでした - 9二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:25:57
スイープのツボをちゃんと押さえたものを送るあたりトレーナーの理解度が高いのが伺えるしコイツならそう答えるとわかっていながら、あえて問うスイープのいじらしさと後述する覚悟の両立
流石のクオリティですね
元日投稿はまあその、どんまいということで…… - 10二次元好きの匿名さん24/01/04(木) 23:31:22
使い魔くんの願いも素敵だけどそれを凌駕するスイーピーの野心に感化されるあたり惚れ込んでるなと
離れるのが想像出来ない良いコンビですね - 11二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:12:25
なるほど、挑戦状とはそういう…!
良いものを見せていただきました☺️ - 12二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 00:16:55
許し亭氏の新作助かる
まだ松の内だしセーフということで…… - 13二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 01:23:58
問題が解けたことをわざわざ自慢しに来る幼さ
それでいて茨の道でもついて来ると決めたなら最後まで付き合ってもらうと言い放つ女傑の気概
ウマ娘のスイープトウショウ、ここにありといった感じで感服しました。日常の表現も情景を上手く映し出していてとても好きです - 14二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 09:25:18
幼さと逞しさの両立こそスイープって感じがして理解度の高さを伺えますねえ
新年早々良きものだ - 15二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 09:42:33
仕事始めで憂鬱だったけど良いもの読ませてもらって回復した
- 16二次元好きの匿名さん24/01/05(金) 12:59:04
さっくり読めて関係の深さもちゃんと描写されてる
おせちの箸休めの如く、良い塩梅ですね