【幻覚ウマ娘SS】あっと驚く

  • 1二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:32:30

    「っはぁ〜………」
    腕を思いっきり伸ばすと、ぱしゃんとお湯が跳ねた。
    トレーニング終わりの疲れた体がゆるゆると解けていく感覚。私はこれが案外好きだった。
    普段は部屋のシャワーだけど、今日みたいに少し重めのトレーニングをしたときは寮の大浴場でゆっくり湯船に浸かるのがいい。遅い時間に来れば人がいないから余計だ。
    ふぅ、と息をはいてぼんやり天井を見上げる。
    次のレース——秋天も近い。そろそろトレーナーさんとも相談して、最終調整に入らないと。
    「……まあ、調整なんかしたところで勝てる訳じゃないんですけどね」
    呟いた言葉は思ったより大きく響いた。
    トレーナーさんは頑張ってくれているけど、正直それじゃあどうにもならないことだってある。
    だって、今度の秋天には。
    「……あれ、ギャロップじゃん。誰もいないのかと思った」
    「……シービーさん?」
    大浴場の扉がガラガラと開いて、入ってきたのは黒鹿毛のウマ娘。
    同期の三冠バ——ミスターシービーさんだ。
    「こんな時間に誰かいるなんて珍しいなあ。トレーニング?」
    「はい。レースも近いですし」
    後ろでシャワーを浴びている音がする。しばらくするとそれも止み、ぺたぺたという足音が近づいてきた。
    「隣いい?」
    「どうぞ」
    私が返事をすると同時に、彼女は私の右側に入ってきた。
    「んー……」
    伸びをしながら気持ちよさそうにするその姿は、まるで猫か何かみたいだ。
    「この時間あんまり人いないからさ〜、ゆっくりしたいときにはいいんだよね」
    「わかります」
    ふふっと笑う声を聞きながら、私もゆっくりと肩まで浸かった。
    「……次どこ出るんだっけ。秋天?」
    「はい」
    「それで頑張ってるんだ。いーじゃんいーじゃん」
    「……出るだけですよ」

  • 2二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:32:57

    彼女が余計な期待をしないように、そう言っておく。
    私が勝てるはずがないだろう。だってあの『皇帝』シンボリルドルフが出るんだから。
    「シンボリ家に対抗して、私の実家が出させただけです。私しか出られるのがいないから」
    カールは既に引退しているし、ソフィアは同日のスワンステークスに出る。だから消去法で私。
    「もう、そんなこと言って……家の人は?当日来ないの?」
    「ソフィアのほうに行くそうですよ」
    「…………」
    「私、ソフィアやカールと違って期待されてませんし。それに、ルドルフさんの強さは貴方が一番分かってるでしょう?……貴方だって、敵わなかったのに」
    自分でも酷いことを言ったなと思う。当たるつもりはなかったのに。
    自己嫌悪に陥って黙っていると、シービーさんは静かに口を開いた。
    「……アタシはさ、君たちの家の事情はよく知らないし、君が何を考えてるかは分からないけど」
    ギャロップ表情変わらないしね、と冗談めかす彼女に、私は何も言えなかった。
    「……君は、出るんだよ。勝ちたいと思ったってアタシは出てないの。ギャロップは出るんだから勝つチャンスはあるんだよ」
    「っ……」
    思わず顔を上げて、彼女のほうを見た。
    「それにさ、最初から誰が勝つか分かってるレースなんて、面白くないじゃない?」
    その言葉に思わず笑ってしまった。彼女はこういうひとだ。
    「……ほんと、相変わらずですね」
    「あはは、褒め言葉として受け取っとくよ」
    彼女らしい返しにまた笑って、湯船を出る。
    「あの、シービーさん。ありがとうございます」
    「ふふ、アタシは何もしてないよ」
    手をひらひら振ってくる彼女に「いえ、それでも」と返すと、「そういうとこやっぱりお嬢様だねえ」と苦笑された。
    「いい顔になったじゃん」
    「……ええ、皇帝に挑む勇気が出ました」
    シービーさんは、楽しそうににっこり笑った。

  • 3二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:33:19

    東京レース場にファンファーレが響く。
    不利な大外枠でもあの皇帝さんは圧倒的一番人気だ。さっきちらっと見た限りだと本人も休み明けのくせに嫌なくらい落ち着いていた。ひとつ歳下とは思えない、流石の貫禄である。
    対する私は十三番人気。伏兵も伏兵、大穴もいいところだ。
    そんな全く見向きもされていない、未だ条件クラスのウマ娘がシンボリルドルフを破ったら。
    ここにいる観客たちはどんな顔をするだろうか。
    あっけにとられた顔をする?予想が外れて怒る?皇帝にも絶対はなかったと落胆する?
    それを想像して、思わず口角が上がる。
    『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』
    静かに息を吸う。右脚を半歩後ろに下げる。
    ガコン、ゲートが開く。地面を蹴って狭っ苦しいそこから飛び出した。
    『スタートしました!内でスズマッハ好スタート……』

    ――さあ、あっと驚くレースが始まる。

  • 4二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:33:40
    もう一度、君とミスターシービーの対決を!!|あにまん掲示板重いんだよ!!!bbs.animanch.com

    このスレの97を見て書きました。

    画像は適当に描いたうちのギャロップです。

    あにまんでSS書くの初めてなので、お見苦しいところがあったら申し訳ないです。

  • 5二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:39:25

    騎手ネタ入れててすごくいい………

  • 6二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 23:43:42

    >>5

    ありがとうございます!気に入ってもらえたのなら嬉しいです。

  • 7二次元好きの匿名さん22/01/11(火) 05:39:27

    素敵なSSだ……シービーの励まし方もそれを受けての奮起もイイ……
    そして書いた上に描いたのが驚き
    文だけじゃなく絵まで……すばらしい

オススメ

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