- 1カメノテ24/01/06(土) 21:37:21
誇りを胸に、大地を蹴り上げ、風のごとく駆け抜け、見る者の熱を掻き立てる。
少し大げさかもしれませんが……私はそんな現役期間を走り抜き、それまでになかった予定も含めて完遂することができたと、そう言えるでしょう。
そして今では実家のケーキ屋を継承すべく、両親の技術を受け継ぎながら二人三脚で頑張っています。
充実していながらも忙しい日々なのですが、これからは日常に輪をかけて忙しくなります。
結婚の報告も兼ねて新年のご挨拶に行くのですが、私はドイツ出身で、元トレーナーさん……彼は日本の出身。
それぞれの国にそれぞれの親戚・家族・友人がいるため、日本とドイツを行ったり来たり。
しかも新年という事で行って挨拶して終わりということは考えにくく、数時間、場合によっては一日滞在することになるでしょう。
滞在して、場合によっては数時間かけて移動して、行き来の際は半日以上飛行機に乗って……
想像するだけでも大変なハードスケジュールであり、実際は想像以上に大変だったと言えるのですが、私はそれ以上に喜びを感じていました。
というのも、結婚の報告ということで、元トレーナーさん……今の夫が私を皆さんに紹介するという事でもあります。
『紹介するよ、この娘が例の担当してたエイシンフラッシュで……今は俺の奥さん。』
『お久しぶりです。あ、はい。俺の妻です』
『そう、この美人さん、俺のお嫁さんなんだ』
妻。奥さん。嫁さん。
それぞれ微妙に意味が違うそうですが、すべて共通して女性の配偶者、パートナーを意味する日本語。『担当です』と紹介されていた頃とは大違いです。
――妻です。俺の妻です。
彼が私を紹介した時の言葉を噛みしめ、反芻し、何度も脳内で再生するたび……私は幸せのあまり、喜びが表に溢れ、顔中の筋肉がとろけてしまいそうになるのです。
しかも私を紹介していた時の彼の顔や声色も合わせて思い出せば……全く、本当に愛らしいクマさんです。 - 2カメノテ24/01/06(土) 21:37:55
「……ふふふ」
「……余裕そうだね?」
思わず微笑んでいると、話題の主が語り掛けてきました。あまり疲れの見えない私とは対照的に、彼の方はかなり疲れが顔に出ているようでした。
親戚の方々から質問攻めに遭っていたこともあり、精神的にも少し疲労しているようです。
しかしそれは仕方のないことです。
まさか親戚が久々に新年のあいさつに来たと思いきや妻を連れて来ていたのですから、驚きと混乱は想像を絶するものでしょう。
そういう背景もあり、挨拶をするだけで一苦労。親戚一同との挨拶が終わった後も私たちの関係や出会いなどを酒の席で色々と根掘り葉掘り聞かれたのですから、疲れてしまうのは無理からぬことだと思います。
「そうでもありませんよ。質問攻めに遭っていたのは私も同じですから、相応に疲れてはいます」
「その割には元気そうじゃないか……まあ、フラッシュが元気でいてくれるなら、嬉しいよ」
「ありがとうございます。あなたも疲れは見えますが……顔色自体は悪くありませんね」
「フラッシュが隣に戻ってきてくれたからね。フラッシュの笑顔さえあれば疲れなんて吹っ飛んぶよ」
「……っ、もう……」
夫からの不意打ち。この程度の言葉は日常茶飯事なのですが、何度聞いても慣れることはありません。
まったくもう、この人は……相変わらず私を陥落させるのがお上手なことで。
「……それにしては随分機嫌がいいみたいだけど……何かあった?」
「ふふ。知りたいですか?ふふふふ」
不自然なほどに上機嫌な私を見て、夫が疑問を浮かべます。それほどまでに上機嫌になるようなことがあったのかと不思議に思っているようですが、それはむしろ逆。
起こったこと全てにおいて、上機嫌にならないわけがないというものです。 - 3カメノテ24/01/06(土) 21:38:50
「先程まであなたは私の事をずっと『自分の妻だ』とご紹介していましたね」
「実際、そうなったからね」
「それですよ」
「んん……?」
私の返事に、夫はきょとんとしました。
彼にとっては当然の事実であり、それは私にとっても嬉しいことでしたが、しかし彼にとっては思いがけない返答だったようです。
彼のお嫁さん。妻。奥さん。嫁さん。
私の気分をここまで高揚させる、私の中で最上の言葉。それらを全て独占し、独占させてもらうことがどれほど幸せか。
「私は晴れてあなたの妻となりました。その事実を、あなたの口から宣言してもらうことができた。それが嬉しくて嬉しくて……堪らないのです」
「……」
「私が、あなたの妻。あなたが、私の夫。だから私は今とても気分が良いのです」
「……あぁ、それでかぁ……なるほどなぁ……」
彼の口から妻だと言ってもらえたことで幸福感を得たことに加え、これからもずっと言ってもらえるのだという事実が私を嬉しさのあまり舞い上がらせてしまうのですから。
私の言葉を受けて、ようやく合点がいったようでした。彼は納得したように頷くと、気恥ずかしそうに頭を掻きました。
なるほどと納得し、頷く彼。しかし夫には私が説明した内容とはまた別のことで合点がいっているように見えました。
「……フラッシュも、同じ気持ちだったんだ」
「同じ、ですか?」
独り言のように彼が呟いた言葉に、私が反応します。彼は構わず、そのまま言葉を続けていきました。
次に彼の口からはどんな言葉が飛び出してくるんだろう、とワクワクしながら次の言葉を待ちます。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:39:17
甲殻類のくせに大層なSSを書きやがって……
- 5カメノテ24/01/06(土) 21:39:18
「いや、さ。前にフラッシュのご両親に結婚の挨拶をしに行っただろ?」
「そうですね……もう、随分前のことに思えますが」
それは、かつて追加されたスケジュールを走り終え、改めて彼を連れて帰国した時の事。
思い返すと、彼は長時間のフライトでの疲労に加え緊張していたこともあり、かなり疲労困憊だったように思います。
しかし両親と顔を合わせて話し始めてからはそんな様子を見せることなく、むしろ普段よりも生き生きとしていたような気がします。
「あの時、最初にフラッシュが『この方が私の夫……に、なってほしいと思っている方です』って紹介してくれただろ?」
「……あっ、そうでしたね」
そういえば、そんな紹介をしていました。勢いのままにそんなことを口走ってしまうほどに、当時の私は浮かれていたようです。両親に恋人として紹介するよりも前に……自分の伴侶として両親に紹介していたのですから。
恋は盲目とはこのことを言うのでしょう。
「その時、疲れが取れていたように見えたのは私の気のせいではなく……そういった理由があったからなのですね」
「疲れはあったけど、それ以上にフラッシュが俺を大切な人だって紹介してくれたことが嬉しかったからね」
「ふふふ、あの時の私たちは同じ気持ちだったのですね」
最愛の人のパートナーとして紹介された喜びは計り知れません。同様に、紹介した時も。
「フラッシュも?」
「はい。私も、あなたを夫として両親に紹介できたことが嬉しくて仕方ありませんでした。『私の夫だ』と、堂々と言えたことが幸せで仕方ありませんでした」
「フラッシュ……」
「だから、あなたも……私をパートナーとして紹介してくれたことを嬉しく思います。……あなたの妻になれて、本当によかったと思います」
「……はは、これは参ったなあ……」
私が率直な気持ちをそのまま伝えると、彼は照れ笑いを浮かべました。彼も私と同じように……いや、もしかしたら私以上に幸せを感じていたのかもしれません。だとしたらそれはとても素敵なことですし、そうならば私もとても嬉しいです。 - 6カメノテ24/01/06(土) 21:40:08
「似た者夫婦だなぁ」
「そうですね」
夫婦。夫と妻。
どれほどの言葉を並べられても、どんな称賛を浴びようとも、生涯を通してあなたとだけしか共有しないもの。
やはりその言葉は何度聞いても、何度言っても……格別な嬉しさがあります。
この嬉しさを共有できる喜びもまた格別で、私は今、世界で一番の幸せ者なのではないかと錯覚するほどに心が躍ります。
「ではあちらに戻った際には、存分に私があなたの疲れを吹き飛ばすこととしましょう。……あなたがしてくれたのと、同じやり方で」
「それは嬉しいな。お願いするよ、meine hübschen」
「っ……」
彼の口から紡がれる、私が教えたドイツ語の愛のKozename。その言葉の意味を噛み締めながら、私は彼に微笑みを向けました。
あぁ、もうダメ。嬉しすぎて、今にも弾けてしまいそう。
あなたといるといつもこうです。どんな時でも、どんな場所でも、いつでもどこでも嬉しくって楽しくて幸せで……溢れるほどの喜びを注いでくれます。
どれだけ心の中で言語化して整理しても、感情は昂る一方。気づけば私は、彼の唇に自分のそれを押し当てていました。
目を閉じて、唇を触れ合わせるだけの、軽いキス。しかしそれだけで私の感情は十二分に満たされてしまって。
しかも彼は特に驚くこともなく頭から背中にかけてゆっくりと手を滑らせ、撫でてくれています。
唇の触れている時間がどれほどかはわかりませんが、きっとそれは数秒の出来事だったのでしょう。しかしそれはまるで時が止まったようにも感じられましたし、永遠にこの瞬間が続いて欲しいと願うほどでした。 - 7カメノテ24/01/06(土) 21:40:22
「……もう、夜も遅いですから。続きは帰って落ち着いてからにしましょう」
「そうだな……明日も早いからな」
「……それに、続きは落ち着いてからでないと……あまりにも幸せすぎてどうにかなってしまいそうですから」
「確かに、それは大変だ」
ふふっ、と笑い合う私達。
唇は離れても体は離れません。そのまま二人で、身を寄せながら親戚一同が用意してくださった一枚の布団の中に潜り込みました。
「それじゃあおやすみ、フラッシュ」
「はい。おやすみなさい、der Süßer……」
それにしても、幸せすぎて困るだなんて贅沢な悩みです。それを彼も分かっているからこそ、笑って受け入れてくれているのでしょう。
今の私と同じ気持ちにさせて、本当に困らせたいくらいです。愛してやまない夫を困らせるなんて妻として失格かもしれませんが、幸せすぎて、という事であればいいでしょう?
あなただってそうしてくれたのですから。
あなたが私にそうしてくれたように、今度は私があなたを同じ気持ちにさせます。
パートナーとして、妻として……そして。
これからの人生すべてを共有する人として、精一杯あなたを愛しますから……あなたも私を、目一杯愛してくださいね? - 8カメノテ24/01/06(土) 21:41:51
- 9二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:44:30
いい出汁が取れましたね
まだ煮詰めれば出てきそうだな? - 10二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:46:04
もうそこにありますね
- 11二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:47:12
その手に握っているものは何?
- 12二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:48:51
いいじゃないか、まだ溜め込んでるものがあるんだろ?全部ここに吐き出すんだ
- 13カメノテ24/01/06(土) 21:48:54
他の産地から来たものはありませんかね
- 14二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 21:50:54
- 15カメノテ24/01/06(土) 21:54:54
あぁ~浸透圧の音ォ~
- 16二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:01:12
- 17二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:08:38
- 18二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:12:57
イチャイチャカレカノ期なら大歓迎だが…外野の五月蝿くなりがちなイチャぴょいを書くのは止した方がいい
チキンレースをしなくても良いSSは書けるからね
炎上して筆折りが1番不毛だからね…安全圏で楽しませてくれ
- 19カメノテ24/01/07(日) 00:14:25
ちなみに出てきたドイツ語の解説をすると
・meine hübschen
「可愛い人」みたいな意味
・der Süßer
英語でいう「cutie」「sweetie」に該当
ここでは「愛しい人」という意味で使っている - 20カメノテ24/01/07(日) 00:17:24
あとフラッシュが元トレをクマさん呼びしてるけど
これはドイツには恋人の事を動物で呼ぶ文化があるから
クマの他にもウサギ、ネズミ、トラ、かたつむりなどいろいろな呼び方がある - 21二次元好きの匿名さん24/01/07(日) 08:59:54
フラッシュとトレーナーのイチャラブSSはいくらあってもいい
- 22二次元好きの匿名さん24/01/07(日) 18:22:11
クマ、ウサギ、トラは良いにしてもネズミとカタツムリは良いんだろうか…
ネズミはハムスターとかそっち方面に解釈できるけどカタツムリはあまり良いイメージない気が - 23二次元好きの匿名さん24/01/07(日) 18:23:05
暖冬だけど海産物界隈はお元気そうで何より
- 24カメノテ24/01/07(日) 22:05:18
- 25二次元好きの匿名さん24/01/08(月) 09:38:05
こたつむりのフラッシュか
- 26二次元好きの匿名さん24/01/08(月) 19:14:29
カメノテ…浸透圧に負けずに書いてくれ…
- 27二次元好きの匿名さん24/01/08(月) 19:17:29
そう言えば最近海産物さん見ないなと思っていたけど
ロブスターとか付けてた方
今回はカメノテだったのね