- 1二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:47:44
- 2二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:47:57
甘味がそこまで好きじゃなくとも、無性に身体が糖分を求めてくる時はある。
トレーナー曰く、エネルギーが足りていない場合。タンパク質だったり、炭水化物だったり、脂質だったり。
要は眠気に負けて朝食を摂り損ね、スマホの対戦ゲームについ熱中してランチタイムに乗り過ごし、休養期間なのを良いことにまだ陽が高いっつうのに惰眠を貪った挙句、呆れた同室に蹴飛ばされ目覚めればとっくのとうに窓の外は茜色。
「怠惰にも程があるだろうが」
そう宣うのはいつもの外出着にロング丈のコートだけ羽織って部屋を出ていったシリウスシンボリの弁。
名家のお嬢様ってのは大変だよな。年末年始に帰省をしようがしまいがやんごとなき集まりには顔を出さなきゃなんねぇんだから。
平坦な室内用スリッパですら高らかに鳴らしてやるよとばかりの足音が廊下の向こうに消えるころ、掛け布団とも毛布とも違う薄手のブランケットを被っていることに気づく。……あとついでに私が身体を預けてるのがスプリングの効いたベッドの上じゃなくて、フローリングの床に敷いたラグの上だってことにも。
私の寝相の悪さは今に始まったことじゃない。それがたとえ昼寝であったとしても例外なんてない。熊みたくのそりと起き上がれば寝落ちてから数時間ほどしか経っていないにも関わらず縮こまった全身がみしみし軋むような心地がする。ともすれば先に夜の帳が降りちまいそうな瞼を震わせて瞳を開くと、あらためて黄昏が私の目を焼いた。
夕刻とは言えどこの季節はすぐ落陽する。寮食堂のディナータイムまであとどのくらい? 秘蔵のカップ麺を繰り出すか、はたまた適当に外食で茶を濁すか──ほんのりと冷えた空気にブランケットを掻き寄せたところで。
『いしやーきいもー、おいもー……おいもさんー……』
遠く窓の向こうから聞こえてきた音色に、情けなくへにゃついていた耳がぴんと立ち上がった。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:48:11
***
いつものように灰色のニット帽を被ればまともに直しもしていない寝癖も隠せるから便利だよな。それに加えて今冬買い直したばかりのモッズコートを羽織る。M-65風の安価品。同室が着るみたいなハイブランドとは天と地の差の値段だが温さも着心地も悪かねぇ。
それに何よりフィッシュテール・パーカーの名が体現する通り後ろ身頃の先が二又になってるから私たちの尻尾も窮屈にならない優れもの。
昼間はそこそこ暖かかったが日が暮れると気温も下り坂。寮は全館空調のおかげで室内だろうと廊下だろうとほどほどに最適な温度を保っているが、寮から一歩出ればそうもいかない。
「ちと出てくるわ」
「18時までには帰ってきなよ!」
談話室近く、廊下でのすれ違いざま、寮長から迸る威勢のいい返事にはひらひらと手を振って応えておいた。なんで18時かって? それ以降の外出には基本的に夜間外出届がいるからだ。
靴箱から出したいつものショートブーツを引っかけて、ポケットに手を突っ込んだ。年末の大掃除でピカピカに磨かれたばかりの玄関扉を身体で押す。その硝子扉に耳の先が触れた瞬間──耳カバー、あと手袋を持ってくりゃ良かったなと思っても、ま、後の祭りだわな。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:48:24
「さっぶ……」
首を竦めて思わずボヤけば漏れ出た息が白く棚引いて、オレンジ色の空気に溶けていく。
モスグリーンのポケットの中の手は充分な熱を宿しちゃいるが一気に二、三度体温が下がった心地。実際そんなわきゃねぇけどさ。
周囲を見据えりゃ醤油漬けした卵黄みたいにぽってりとした太陽があらゆるものに影を引いていて、その色は一見すりゃ温そうだ。なんたって橙色なんてのは問答無用の暖色だからな。
でも……実際はどうだい?
ブーツの脚を一歩踏み出す。モッズコートの下は履きなれたいつものショーパンだったが予め体感気温を調べてきていた私は110デニールのタイツを用意済み。どこぞのギャルと違って寒気を気合で打ち倒す趣味はないからな。勝利のための準備は入念に。勝ち確に興が乗らねぇことはザラにあるがかといって勝てる勝負を逃すほどバ鹿じゃあないさ。
影法師を連れて寮玄関のアプローチを降り淀みない足取りで門へ進めば、雪でも降りそうな凍てついた風は容赦なく耳やら頬やらの露わな肌を差してきた。体温は高い方だが寒いもんは寒いし痛いもんは痛い。
乾燥しているぶん不純物がまじらない空気は澄み渡る。夕焼けがくっきり美しいのはそのせいだ。だからこそ視覚から感じる暖かさと実際の体感気温に隔たりがあるわけで。
……その感覚のズレは今に始まったことじゃあないから取立てて想いを馳せることでもねぇけども。
もうしばらくもすれば夜の始まりだっていうのに、冬枯れの梢からは名も知らない鳥の囀り。さらに耳を澄ませば学園の校舎の向こう、グラウンドから年始一発目のレースに向けた生徒やトレーナー連中の歓声やら掛け声やらも届くだろう。
と言っても……年始ゆえにどことなく静謐としたそんな空気も公道に出ちまえば働くクルマの走行音に掻き消えるもの。
元々走る気にはなかったがウマ娘専用レーンを避けて煉瓦の歩道を進む。そのうち辿り着くのは見慣れた公園──現状の目的地だ。
里帰りかはたまた時刻もあるか、子どもの声ひとつもない広場の真ん中にぽつねんと、幌を張った軽トラのシルエット。
西日に照らされる提灯に北風に揺れるのぼりに記されているのは『焼き芋』の文字。
突き出た短めの煙突からは、もくもくと煙が上がっていた。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:48:36
***
不摂生は何のタメにもならねぇことくらい解っちゃいるが、正月くらいは自分を許してやるのも息抜きってもんだよな。甘い──砂糖だとかシロップだとかのさらさらとした甘さとは違う、質量を感じる甘い香り漂う公園に足を踏み入れると、軽トラの暗がりで影が動いた。
それが先客だと気づいたのと、夕光に染まる先客の尻尾の先が揺れたのと、鉄製の焼窯の向こうキャップを被った店主が口を開いたのはほぼ同時。
「すまねぇなお客さん、丁度売り切れちまったところでね!」
「……そりゃァ残念だ」
売り切れその瞬間に立ち会えるたぁ運が良いんだか悪いんだか。スピーカーから流れる年季の入ったぼやけた宣伝文句で焼き芋の口になったのはどうやら私だけじゃなかったらしい。
折角珍しく甘味を欲する気分になってたからか梯子を外されちまったようで、空腹感も相俟って耳が無意識に外を向く。
さてこの見込み違いの大誤算、どう落とし前をつけようか。店主と先客に軽く会釈し踵を返そうとしたその手前。
淡くオレンジ色に染まった尻尾、その後ろ姿。──振り向いた先、そこにいたのが見知った相手だと気づいたのはあちらさんも同じだったらしい。 - 6二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:48:48
「おやまぁ、ナカヤマちゃんじゃない」
「……アキュートか」
何のこたぁねぇ。ターフとダート、戦場違いの同期。ラチの向こうのお嬢さん。ワンダーアキュートの姿がそこにあった。
よくある鹿毛より色味が淡いせいか影だの光だのに染まりやすい髪はひとつにまとめられ、赤提灯の隣、その細面に常と変わらない穏やかな表情を浮かべている。逢魔が時の誰そ彼じゃあねぇけど、相手が誰かを認識すればその輪郭は途端に明確になるもんだ。
細身のPコートの袖口からすらりと出るのは、手袋をしていない真っ白な手。見るからに冷えていそうなそれが、柔らかな仕草でひらひらと振られる。振られて、それから、こちらを手招きするように指先が動けば、──引き返そうとした私の脚はざりりと地面を噛んだ。
判断を誤った。まず脳裏に過ぎったのはそれだ。
行き掛け、寮の廊下でヒシアマにしたようにして軽く流して背を向ければ良かったのにこのザマだ。奴さんにペースを乱されるのは今に始まったことじゃないとはいえ、一瞬の隙は命取りだってことぐらい、頭に叩き込んである筈なのに。
今からでもけして遅くはない。ぐっと足裏に力を込める。手招きは見えなかった振りをして、もう一度踵を返せ。ある一種の情を向ける相手に偶然出会ったくらいで浮ついて尻尾を振りそうになるなんて、てんで私らしくないだろう?
そこからポケットの中、より熱を帯びたの拳を握り締めるまで刹那も経っちゃいない。そんな一瞬の躊躇い。
日も落ち始めている最中だ。表情を窺われても私の内心なんて読み取れはしないだろう。ポーカーフェイスだって心得ているし。
それでも。
どうしてなんだろうな。
どうかした? とばかりに青い瞳を瞬かせ、ワンダーアキュートは軽トラの影から一歩出る。
「ナカヤマちゃん、おいでなさいな?」
私の逡巡に気づいてもいいが、青臭いガキのような心中はどうか察してくれるなよ、お嬢さん。 - 7二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:49:03
***
売切御免の完売御礼。誰かの口から尾鰭のついた噂を小耳に挟んだわけでもなく、万が一の希望なんていう羽鰭に縋ったわけでもない。焼き芋屋の店主のその口から届いた『丁度売切れた』よりも確実な状況証拠なんてありゃしねぇ。
踵を返せなかった無意識とそれに反駁しようとした意識、その噛み合わない矛盾を投げ棄て一歩一歩脚を進めれば徐々に空気の硬度が変わる。身を切る冷たさからかすかな温もり。よくよく見ると軽トラの荷台の上には石焼の窯の他、壺焼きの壺もあるらしい。
店仕舞いを始める店主を横目にワンダーアキュートは開口一番、こんな言葉を繰り出した。
「ナカヤマちゃん、お芋さん食べる?」
「食べねぇ」
一刀両断。
何を言い出すかはおおよその想定がついていたからな。一回転でもするんじゃないかってくらいに絞った耳をそのままに応えると、ワンダーアキュートはほんのりと眉を下げた。
あからさまに不機嫌な対応したにも関わらずビクともしない。却ってガキみたいな私の態度が夕暮れに鮮明になる。
「あら。遠慮しなくてもいいんじゃよ? 」
「遠慮とかじゃねぇし」
「でも、最後の一本だったもの。ナカヤマちゃんも買いに来たのに、得られるものがないのは悲しいじゃない。はんぶんこにしましょう?」
「……いいかいお嬢さん、私は勝負に負けたんだ。おかしな同情はよしてくれ」
しょうぶ? いかにもぴんときていない風情のアキュートは小さく呟いて小首を傾げる。
そう、勝負。これは勝負だ。
自室からシリウスが去り、ぼんやりしていた私の耳を打ったお馴染み石焼き芋の販促メロディ。出遅れまでとはいかないがテンが悪かったのは間違いない。さして急ぐこともなく着替え余裕をこいて寮を出た。定期的にこの周辺にやってくる屋台だ。どこに着けているかだって把握していたからな。
が……遅すぎなければ売り切れてることはないだろうという根拠のない自信が、私を勝ちから遠のかせた。
負け──圧倒的な、負け……ッ!
最後の一個が近いと想定すらせず油断した、純然たる敗者。
それが今の私。例えクビ差、ハナ差、1/2バ身差であったとしても。負けは負け。欲した焼き芋を手に出来なかった時点で、どう足掻いても私は勝負に敗けている。 - 8二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:49:18
「勝負……」
何が勝ちで何が負けなのか一通り伝える間に撤収の準備が完了したらしい。「来週また宜しくな!」という店主の宣伝とともに去っていく軽トラを見送れば、こぢんまりした公園には私とワンダーアキュート二人だけとなった。
シリウスシンボリは言っていた。
『怠惰にも程がある』と。
実家に帰省しない年末年始。レース準備期間前の休養期間。正月くらいは自分を甘やかしてもいいだろう。そう、高を括ってはいたが──自分が思うよりもずっと、勝負勘は錆びつきかけていたらしい。
「そうだ。……ただ、アンタには感謝してるぜ。正月ボケの私を叩き起こしてくれたからな」
勝負。そう、これは勝負だ。
炉が閉まってしまう事で漂っていた温もりが寒気に散ってしまう代わりに、私の裡で炎が揺らめく。……揺らめかせる。薪を焚べて燃え上がらせる。ごうごうと、あの冷たく眩しすぎる夕日のように。
そもそも、だ。
後手を踏むのは私らしくないだろう? 向こうのペースに飲まれかけるのも当然ながら本意じゃないんだ。
しかし現実問題、私は目の前の純粋無垢なお嬢さんにペースを握られがちだ。本人にそのつもりがあるかは知らねぇが。
ならば。
勝ち筋を作るために、意地でも自分を焚き付けて建て直す必要がある。
「だがら、勝者であるアンタの施しは受けられねぇ」 - 9二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:49:30
負け犬の遠吠えめいているのは気づいちゃいるよ。それはこの際やむを得ないとして。
じゃあな、と一言告げて、行く宛もなく歩き出そうとしたその時だ。
「待ってちょうだい、ナカヤマちゃん」
がさ、と音を立てたのはアキュートの手首に吊るされたビニール袋だろうか。恐らく焼き芋、その最後の一個が入っているはずだ。こういう時のアキュートはやたらと強情で、蜜柑やら飴やらを押し付けてくる老婆の如く押しが強い。
いかにも冷え切っていそうな白磁の手指が私のモッズコートの腕を掴む。寄ろめきゃしねぇが流石にぎょっとした。
縋るとまではいかないが私を止めようとするアキュートの、真剣な青い眼差しとかち合えば──何だよ、と、言い損ねてしまう。
それは、もう少し時間を経た先の空。
天穹は青く、地平線にはまだ残光がくっきり残る、暮れる間際の空の色。
暮れゆく空の、私の心を擽ってやまない空の色。
「なら、あたしと勝負をしてくれないかい?」
……何だって?
レースなら兎も角、日頃勝負なんてものと無縁なお嬢さんだ。
まさかそんな思わぬ言葉が飛び出してくるなんて、想定外もいいところだろ? - 10二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:49:42
***
ワンダーアキュートの白い手の中、クラフトの包み紙から、少しばかり煤けた赤紫色の芋が覗く。
その大きさはぱっと見、手のひら大といったところだろうか。
カア、カア、カア、と一日終わりの情報交換をするカラスたちの鳴き声がどこかしら疲れているように聞こえるのは恐らく私の気のせいだ。その黒い翼のシルエットが過ぎる空は出かけた当初より夜の浸食が進んでいる。
目を焼く茜色からくすんだオレンジへ。そして紫、紺へと移り変わるそのうちに、二人して腰かけるベンチ傍の街灯もやがて周囲を照らし始めるだろう、そんな折。
モッズコートのポケットの中で私たちの勝負を見届けた六面体を遊ばせる。勝負の内容は単純明快ダイスロールの出目勝負。勝者は現状を鑑みれば敢えて言わなくても分かるよな?
私と然程大きさの変わらないその手が焼き芋の上半分に添えられれば、ぐっと力が込められて芋は中心から真っ二つ。
はい、どうぞ。と、すこぶるにこやかに、包装紙に包まれた下半分を差し出されそうになったから、問答無用でその冷えた指先から外気に晒された上半分を奪ってやった。
「あら」
「冷める前に食っちまうぞ」
それから日が落ちきってしまう前に。夕空は相変わらず冷たい風情。空が夜を完全に迎え入れちまえば更に体感温度は低くなる筈だ。
火が入り脆くなった表皮をめくるように剥いて、ぎゅっと詰まった実にかぶりつく。包装紙から少し顔を覗かせていたぶん若干冷めはしていたが、完全に冷え切っているわけでもない。舌先に柔らかな熱と甘さが導かれれば自然と肩の力も抜け、喉に触れ肺に落ちる温もりが、突発の勝負とその敗北による溜飲も多少は下げてくれる。
そんな私とは対象的に、ワンダーアキュートは大輪の笑顔そのものだ。 - 11二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:49:55
「ちょうど買い物帰りでねぇ。お芋さん、食べたくなって寄ったんだけど、よくよく考えたらお夕飯前でしょう?」
かすかに湯気の上がる真っ二つの断面を、アキュートは少しずつ食べ進める。はふはふ。細い指先一本残らず半分の芋を支えるその様子は、まるで小動物か何かだ。
つまるところ、この焼き芋一本を今日の晩飯にしても良かった私と違い、減量時を除けば極端な不摂生をしないタイプのアキュートからすれば、私の存在は渡りに船と言ったところだったんだろう。
焼き芋を買ったはいいが夕食を食べ切るのに不都合が出るかもしれない。だから半分だけにしたかった。そこに丁度ブツを買いそびれた敗北者がいて──いらねぇと駄々を捏ねる私に再び勝利し、全てはアキュートの思惑通り。
まんまとしてやられはしたが、理由なく真っ向の善意で分け与えられるよりは幾分マシだろう。
けどな。
「だったら半分食って後は温め直して夜食なりアレンジなりに使えただろ。わざわざ勝負まで吹っ掛けて私に食わそうとしなくても」
「ふふ、それもそうじゃねぇ……」
幾ら私が勝負事を好むからって全てに立ち向かうわけじゃない。ヒリつかねぇ勝負は御免だぜ? ……まァ今回は結果的に乗ったんだが。
そんな風に湧き上がるのはくだらねぇ反骨心。……その割には冷めた芋のようにぼそぼその声音になって、そのザマに我ながら焦げ目でも食った心地になる。
分かってるよ。敗者は勝者に従うものさ。既に降された決定にグダグダと異を唱えるわけじゃねえが、──つい子どもみたいな言い訳を探してしまう。
だってさ。
約束もなしに遭遇して、無意識に浮足立ったのを自覚して。いとも簡単にペースを握られて、挙げ句の果てにガキをあやすみたくトドメを刺されて。
そういうのを、嬉しいだとか、簡単に認めるのは……あんまりにも癪だろ。
与えられるよりも掴み取りたい。こと勝負においては、勝ち取っていきたいじゃねぇか。
甘味が苦手とは言わねぇが、甘やかされると立つ瀬がなくなる。偶に摂取はしたくなるが、無意識にでもそれを受け入れちまいそうになると、背中が痒くなるだろう? - 12二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:50:08
「美味かったよ。ごちそうさん」
一足先に食い終わり、溜息一つ。小さなビニール袋をアキュートのロングスカートの膝の上から取り上げる。剥いた皮だの除いた焦げ目だのを袋の中にぶち込んで、そのまま手首に引っ掛けた。
頬を打つ風は変わらず刃先のように細い音を立て、じくじくと落ちていく夕日は暖かい筈なのにやっぱりどこか冷たい色。
寂寞として、体の中心がざわめくような。
なるべく真正面を。公園入口、歩行者道路、ウマ娘専用レーン、自動車道路、そのあたりを見るようにして、つとめて視線は固定する。
ああ、よく考えればさ、ビニール袋をきっちり返して、先に帰れば良かったんだ。
それでも私の脚は動かない。
無意識であっても。
そこに意識があったとしてもさ。
私たちの間に横たわっていたのは夕暮の静寂か気まずい沈黙か。半分の芋を食べきって、ワンダーアキュートは丁寧に両手を合わせた。ごちそうさまでした、と言い終わると同時にビニール袋を開いてやると、分厚い皮をまとめたクラフトの包装紙を細い指先がそっと捨てる。
持ち手を結んでモッズコートのポケットに突っ込めば──アキュートは一瞬瞳を見開いて、それから唇に笑みを乗せた。
「あのね」
囁くようにそっと、その口許が綻ぶ。白く膨らむ呼気を連れて、そっと。
「勝負に勝ってでも、……あたしが、お芋さんを、あなたとはんぶんこ、したかったのよぉ」
幾つか理由は並べたけれど、本当の本当は。
「だからきっと、こんなに温かくて、美味しかったんじゃねぇ」
夕日のように温かな声音で、夕日のように冷たい指先が、そっと、私の腕に添えられる。 - 13二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:50:21
***
たとえば夜明けが誕生を象徴するのなら、夕暮れが何を擬えるのか、考えた事があった。
夜行性の奴らはいるが大概の生命は日の入りとともに鈍くなる。息を潜め、静かな眠りを享受する。日の終わり。太陽の死。明瞭だった空が徐々に光を失い、夜に飲み込まれていく。
明日目覚めるかもわからない、凍てつく暗闇の中へ。
夕暮れってのはそういう感情を想起させる。寂しさだとかそういうもので。
特に冬の夕暮れは顕著なもんでさ。芽吹きの春に対しての冬は死だとか枯野だとか暗いもの。
視界に満ちる熱と冷えきった空気が感覚のズレを引き起こすから尚更だ。
冬の夕暮れは、酷く心がざわめいてしまう。
温かいくせに冷えるから。
冷たい太陽が、全てを包んで沈んで行くように思えるから。
「寄り道は必要か?」
「お買い物帰りだから、大丈夫じゃよ〜」
モッズコートのポケットから手を出して、細くて白くて冷たい手指を握り込む。半分の焼き芋に手を添えて暖を取っていただろうに、芯までは届かなかったのか凍てつくのは一瞬だ。
並んで歩く二つの影は、とっくのとうに、生まれたばかりの夜に溶け込んだ。見上げた薄紺の空だけがわずかに陽の所在を訴えかけるが、それもやがては夜に飲み込まれていくだろう。 - 14二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:50:33
「これは例え話なんじゃけど……」
寮までの道を、ゆっくり歩く。
ウマ娘専用レーンは避けて、夜の蔓延るレンガ道を、靴を鳴らしてゆっくりと。
たらればなんて何の足しにもならねぇから嗜まないが、だからといって拒絶するほどでもない。
多少は温もったその手のひらを擽って続きを促せば、この暗がりの中でもわかるくらいに柔い微笑みが向けられる。
「もしも焼き芋の最後の一本を買えたのがナカヤマちゃんだったら、どうしてた?」
おいおい勝者の余裕かお嬢さん。勝ちのたらればならともかくとして負けのたらればなんて非生産的にも程がある。
私が見事に差し切り勝ち。熱々の焼き芋を手にした状態で、二位入線の夕暮れみたいなお嬢さんを振り返る。
おそらくはそんな情景で。
ポケットの中では勝敗を決めたダイスが踊る。
そうだな、きっと、その時は。
「ダイス勝負、してやらんこともないかもな」
冷たいばっかりの夕暮れなんて、心臓がざわめくだけだしな。 - 15二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 22:51:48
おしまい。
なんかこういうつかず離れずでナカヤマがガキっぽいアキュナカちゃんが欲しいですお恵み下さい……。
(ようやく分かったSSを書ける人は凄いのだ)30|あにまん掲示板「初めてSSを書いてみたら難しすぎて一作品完成させる事ことすらできなかったのだ。スレでハートを50近く貰う人…pixivでランキングに乗る人は雲の上の存在なのだ」 という初代の嘆きに応えて文字書き達が…bbs.animanch.comはんぶんこで思いついたからはんぶんこだと嬉しいと言って二ヶ月経ったのだ……。
- 16二次元好きの匿名さん24/01/06(土) 23:13:20
手招きを見て足を止めた時点でアキュートの勝ちはほぼ決まりだったねえ
「勝負に勝ってでも、……あたしが、お芋さんを、あなたとはんぶんこ、したかったのよぉ」はそれとなく情熱的 - 17いち◆xn7VzWEhyM24/01/07(日) 08:34:52
- 18いち◆xn7VzWEhyM24/01/07(日) 19:14:15