【文章・若干のトレウマ要素注意】喉元過ぎれば熱狂を忘れる

  • 1◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:05:05

    「別にどうとでも扱ってくれりゃ良いとは思ってはいたが、引退すりゃその辺にいるウマ娘に過ぎないって実感することには少し寂しさを覚えるね」

     ニット帽を被った鹿毛のウマ娘は、そう言いながら日本酒を一口呷った。

  • 2◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:05:40

     隣に座っているのは、かつてトゥインクルシリーズを走っていたナカヤマフェスタその人である。何かを追い求めるような表情は、少しだけ和らいだのだろうか。

    「ま、目立つのは性分じゃあねえからこれでいいとも思ってるがな」

     そうしてまた一口。
     宝塚記念を勝って一躍時の人に、そしてそこから凱旋門賞に挑んで二着と健闘したことからまた更に有名になった。その着差は、現在に至るまで日本のウマ娘が最も近づいた頂への距離として、未だ埋められずにいる。

  • 3◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:06:14

    「それでも、引退してみりゃ一般人と変わらねえ。みんないつだって新しいスターを求めてるのさ」
    「知ってるだろ、オルフェーヴルってやつ。私が意気揚々と挑んだ二年後にアイツも挑んで、アイツの方が嫌らしいくらいに夢を見せやがった」

     オルフェーヴルの凱旋門賞は、普通なら勝ててる展開だっただろうと様々な人が口を揃えて言う。
     悠々と抜け出して、このまま行けば勝てる。そう思われたところに、何故かよりによってあのタイミングで何かと喧嘩するように内ラチにもたれてしまったのだ。そこをまんまと出し抜かれて、二着と惜敗した。

    「それでもアイツはスターだったのさ。翌年に湧いてきた例のアイツと共にそう扱われてたかね」

  • 4◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:07:08

     翌年に湧いてきた例のアイツ、というのはゴールドシップの事だろう。芦毛を靡かせて、我々を翻弄するような走りを披露する、オルフェーヴルが栗毛の暴君だとすれば、こちらは芦毛の暴君だ。
     ナカヤマフェスタも、オルフェーヴルも、ゴールドシップも、何となく似たような雰囲気を感じるスター性があり、それらが近い期間に固まって出てきたのは良かったのか悪かったのか、と思う。
     それでも、それでもとナカヤマはまだ同じことを口にする。

    「結局、引退すりゃみんな一般人さ」

     タレントでも目指せばいいじゃあないか、GIウマ娘ともなれば誰もが欲しがるだろう。と思ってみても、まあみんなしてそういう性分じゃなさそうだ。そこを突っ込んでやるのも野暮かもしれない。

  • 5◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:08:07

    「私も表舞台に立つようなことはしなくなったね。だけど、あの走ってる時のヒリつく感覚はどうにも忘れようが無かった」

     そうしてナカヤマは私に一つの小物を見せた。これなら見たことがある、この職業で、酔いが回って口が多くなる奴なら大抵見せてくれるものだ。

    「私もトレーナーになってみたんだ。まあ、大して実績も残せなかったんだがな」

     トレーナー業もそこそこに引退しようと思ってたんだよ、と言いながら、ナカヤマは何故か同じ小物──トレーナーバッジをもう一つ出した。

    「予備って訳じゃあねえ。トレーナーも辞めて御隠居になろうかと思ってたら、一人頑固者みてえなウマ娘が来やがった」
    「『ナカヤマさん、私が重賞勝ったらもう一回トレーナーやって』なんて言われた時はまだ私も意地を張ってみたモノだが、本当に勝たれたら素直に折れてやるしか無かったよ」

     自嘲してるような、或いは親心の少しでも芽生えてるような笑顔を浮かべる。
     ナカヤマはその後トレーナー業を再開し、トレーナーバッジを何故かもう一度貰ったらしい。
     そして、もう一人重賞ウマ娘を輩出し、細々とだが今も続けている。

  • 6◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:08:35

    「こんな私でも、恩人には恵まれたもんさ」

     そうしてナカヤマは私に左手を見せた。なるほど、身持ちはもう固めているらしい。

    「私と私の恩師との縁をずっとつなぎとめてくれた男がいたんだ。流れに乗せられるのは癪なんだがな、もっと困ったことに私もそれを良しとしてしまった」

     どこまでも表情も情緒もコロコロ変わるウマ娘だ。強いて言えば、現役時代ではなかなか見なかったような、穏やかな雰囲気が見え見えになってるところは段々と隠せなくなっていたか。

  • 7◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 02:10:09

    以上です。えっもう終わり?


    文章の心得は一応あれど、ここに投げるのは実は初めてだったりします。
    御清覧ありがとうございました。

  • 8二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:19:35

    とても良い雰囲気だった
    大人になったナカヤマはすごく深みが増してそうで良い……
    なんだかんだバッジ2個とも持ち続けてるのもらしいなって

  • 9二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:21:04

    このレスは削除されています

  • 10二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:22:47

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:26:00

    再会からの会話がなんかとてもすごくムードでオシャレな雰囲気
    かつての教え子が1人の大人になって成長した感じの雰囲気が良い

  • 12二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:31:40

    >>8

    なんか物持ちは良さそうなんですよね、ナカヤマって

    >>11

    バーで偶然隣りになった人とこういうやり取りしてみたいもんですけど、現実はそんなこと無いですよね

  • 13二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 02:33:17

    このレスは削除されています

  • 14二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 09:16:25

    夜に感想書くので保守

  • 15二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 18:07:11

    これは良文

  • 16二次元好きの匿名さん24/01/10(水) 22:16:48

    とても良かった
    ガンコ者のウマ娘ちゃんとかそのままでニッコリ
    ナカヤマが指輪見せてくれて微笑んでくれるのまるで今の実馬の柔らかさのようでとても素敵でした
    読めて良かった有難う!

  • 17◆Vsb1IJhbMs24/01/10(水) 23:37:37

    >>15

    ありがとうございます。


    >>16

    ありがとうございます。バの字成分も入れてやりたかったんですが、そこまで突っ込み始めるとだらけてしまうんで省いてしまいました。ごめんよバビット。

    実際ガンコくんがどんな気性だったのかなと気になりはします。

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