(SS注意)キタサンブラックが頭を撫でてもらうようになってから1年後の話

  • 1二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:48:41
  • 2二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:48:57

    「えっと……そろそろお願いしてもいいですか……?」

     飛び込んできたのはそんな言葉だった。前方から聞こえてきたその声は怯えているようで、何処か熱が籠もっているように思える。
     声の主は担当ウマ娘であるキタサンブラック。綺麗な黒髪をしている皆のお助け大将だ。

    「ああ。だけど……本当に大丈夫か?」

    「だ、大丈夫です……あ、あたしだって覚悟は出来てます……」

    「そうは言っても、震えが俺の方にも伝わってくるんだけど」

    「こ、これは……その……武者震いです……!」

     そう言いながら耳の先まで震えている様子のキタサン。体全体が強張っていて、そんな姿がどこか微笑ましく思えてしまう。
     キタサンが覚悟が出来ているというなら……やるしかないよな……。

    「そっか……それならそろそろいくよ」

    「……っ! おねがい……します……」

     その言葉を最後にキタサンは何も言わなくなった。だけど口よりも体の反応が素直に現れるようで、先程よりも震えは強くなっていた。俺はそれを正面から受け止め、そのままゆっくりとキタサンの頭に伸ばしていき。

    「よしよし……」

     ゆっくりとキタサンの頭を撫でていく。
     俺達が今何をしているかというと、トレーナー室のソファーに座ってキタサンを撫でているのだ。
     それもただ撫でているだけではない。俺の膝の上に座ってもらって撫でているのだ。……何をしてるんだろうな、俺は……。呆れて物も言えないとはこういう事なのだろう。どうしてこうなったのか。その始まりを撫でながら思い返した。

  • 3二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:49:16

     始まりは1年前。ここトレーナー室で、キタサンから頭を撫でて欲しいと言われたのが切っ掛けだった。
     その時のキタサンはあまり甘えるのが得意ではなく、たどたどしく撫でて欲しいと言っていた記憶がある。
     なぜそんな事を言い出したのか? 一瞬だけ悩んでしまったが、直ぐにその理由が少し前に行った温泉旅行だと気づいた。
     キタサンとの温泉旅行。それはお助け大将ではなく、ただのキタサンブラックとして過ごした日のことだ。
     食べすぎたり、温泉で目を回すくらい長湯したり、部屋で盆踊りを踊ったり……。そんなキタサンらしからぬ行動に最初は面食らってしまった。
     だけどそれが、自分を抑えすぎてしまうことで、ブレーキが取れなくなっているからこその行動なのだと分かってしまった。

    「あまり甘えたことがないから、羽目の外し方がわからないのかもしれないな」

     そんなキタサンに伝えたのは、こんな言葉だった気がする。
     真面目なキタサンのことだ。羽目の外し方が上手くいかないと、きっと迷惑をかけてしまうと思ってしまったのだろう。そして、それを何とかしたいと考えたはずだ。
     その方法が俺に甘えることで、しかも頭を撫でてもらうことなのは考えもしなかった。
     今思えば、誰かが頭を撫でてもらえば良いとキタサンに入れ知恵をしたのかもしれない。
     ともかく、その時の俺は深く考えてはいなかった。ただキタサンが甘えてくれた事実が嬉しくて、その甘え方を受け入れてしまったのだ。

     初めの内は可愛いもので、それこそ撫でるだけで良かった。ミーティング終わりやトレーニング終わり。大体何かの終わりに頼むことが多かったかな?そんなものだった。
     だけどこういう要望は徐々に大きくなるものだ。それはキタサンも例外ではなかった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:49:37

    「その……トレーニング前とかにも撫でて欲しいんですけど……良いですか……? 」

     撫でるのが習慣になってきた時、キタサンは緊張した面持ちでそんな事を言った。
     回数が増えることくらいなんてことはない。
     そう思って、俺はキタサンからの願いを受け入れてしまう。
     この時に断っていたら、これ以上の要望は言わなかっただろうに。

    「トレーナーさん……もっと強く撫でてもらってもいいですか……?」

     暫くしたらそんな事を言うようになっていた。
     それはたどたどしさがありながら、どこか期待に満ちた声色だったと今なら思う。
     それでも俺は受け入れ続けた。それがキタサンがただのキタサンブラックとして過ごせる時間になるのなら。そう言い聞かせて。

     だからこそ、今回のような段階を踏み越えた要望に繋がったのだろう。

    「トレーナーさん……トレーナーさんの膝に座って、頭を撫でてもらっても良いですか……?」

     今回の我儘は流石に見過ごすことが出来なかった。俺は期待に満ちたキタサンに心を痛めながら、必死になってそれは駄目だと強く言い聞かせた。
     分かっていたはずだ。今まで受け入れた事を急に止められたらどんなことになるのか。

    「そう……ですよね……。流石に……駄目……ですよね……」

     分かっていたはずなんだ。そうなったらキタサンは悲しむと。俺に責任を持たせないように笑ってしまうことも。その笑顔が俺が好きじゃないものだということも。
     全部分かっていたはずなのに。
     その表情を見た後、俺はキタサンの我儘を受け入れてしまっていた。
     初めから選択肢など俺には無かったのだ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:49:54

     今までのことを思い返していたら、少し時間が経っていたようだ。
     思い返すまでは緊張している様子だったキタサンも、いつの間にかリラックスして背中を預けていた。尻尾はゆらゆらと動き、まるで俺の腹部を撫でていて少しくすぐったい。それに耳も俺の手に合わせてゆっくりと左右に動き出している。

    「はふぅ……」

    「ふふ……」

     気の抜けたキタサンの声に思わず笑みが溢れてしまう。
     表情を伺うことは出来ないけど、きっと声と同じなのだろう。何となくだがそれは間違いないはずだ。

    「…………」

     撫でる手を止めてふと思う。このまま続けていくと彼女の要望は今以上に強くなるだろう。
     今回のことも恥ずかしがってはいたが、それもすぐになれるだろう。そうなると、これ以上のことが待っていることも考えられる。

    「だけど……」

     元はといえばその枷を外したのは俺だ。彼女の欲望を大きくしてしまったのは俺自身に他ならない。この事実だけはどうやったって消えない。それを忘れてはいけないんだ。
     思考が暗く沈んでいく。もう二度と登ってこれないくらいに底に沈む感覚。

    「……いてて。……?」

     突如手に感じた小さな痛み。俺は何だろうと思い、痛みの方向へと視線を向ける。
     そこにあったのはキタサンの耳が俺の手を叩いているという、何とも奇妙な場面だった。
     えっと…… どうしたんだろう? とりあえず声を掛けなくては……。

  • 6二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:50:14

    「キタサン?」

    「むぅ……」

     声を掛けてみると、頬を膨らませるキタサンがこちらを振り返っていた。
     その表情はあたしは睨んでいるというよりは、悲しんでいるように思えて、心が痛くなる感覚に襲われてしまう。

    「手が止まっています……」

    「えっ? あっ……」

     キタサンの言葉を聞いて思い出す。そういえば後ろ向きなことを考えていて、撫でるのを止めてたっけ。

    「ごめん、ごめん。ちょっと考え事しててさ……」

    「いえ、あたしが我儘を言ってるのに……ごめんなさい……」

     膨らせていた頬を萎ませて、より一層悲しそうな顔をするキタサン。
     早く笑顔にさせなきゃだよな……。急いでもう一度頭を撫で始める。
     キタサンの髪はいつも通り撫で心地が良い。

    「あっ……えへへ♪」

     俺の撫でる手が再開したことに驚くも、すぐにそれを受け取り頬を緩ませるキタサン。その表情は最初に思っていた通り、幸せで遠くまで行っているようだった。
     これまでも見てきたキタサンの表情。これを見るために俺は今までやってきた。

  • 7二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 18:50:32

    「……今更だよな」

     そう、今更だ。
     彼女が欲望が強くなるのも、それを幸せそうに受け止めるのも、彼女が迷惑かと思って悲しそうな顔をしてしまうのも全部今更だろう。

    「それなら……もう迷っちゃ駄目だ」

     言葉にすると不思議と心が晴れてきた気がする。
     そうか。俺に足りなかったのは、本当の意味で彼女を受け止める覚悟だったんだな。
     こんな簡単なことに気づかなかったなんて……。何とも情けない話である。
     そうだ、元々キタサンのためにやってきたことだ。例え間違っていても、彼女の幸せの為に受け止める。俺に出来るのはそれだけなのだから。
     もう一度決意と覚悟を決めて撫でる手を強める。そんな俺の決意を知らないキタサンは、幸せそうな顔で耳を何度も俺の手に当て続ける。

    「ありがとう……ございます……♪」

     安らぎに満ちた穏やかな声とともに、キタサンは俺に体重を預けるのだった。

  • 8124/01/12(金) 18:54:17

    気づけば書き始めて1年になりました。なので初めて書いた話の続きを書くことにしてみました。

    続きを書くのって大変ですね……続き物が書ける人は凄いです。

    色んな話をキタちゃんで書いていきたいです。

  • 9二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 19:11:09

    もう一年経つのですね……いつも可愛いキタちゃんをありがとうございます

  • 10124/01/12(金) 19:14:27

    >>9

    ありがとうございます。

    可愛く書けていたら嬉しいです……読んで下さって本当にありがとうございます

  • 11二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 19:17:11

    前スレのも読まなきゃならんのか……

  • 12二次元好きの匿名さん24/01/12(金) 19:30:13

    あなたがここで書き始めたのがまるで昨日のことのようだ
    どこから目線になってしまうが本当にお上手になられましたね。あの頃よりも書きたいものが表現できるようになったり、ストンと文章が出るようになったでしょうか
    これからも応援しています。ご自身にとって満足できる作品を沢山生み出すことができますように!

  • 13124/01/12(金) 19:32:34

    >>11

    読んでなくても大丈夫だと思いますが、一応続きなのでそこは申し訳ないです


    >>12

    ありがとうございます。

    まだまだ未熟なのでそのようなことを言って頂けると照れてしまいます……。

    これからも頑張っていきたいと思います。

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