(SS注意)ヒシミラクルと過ごす『お正月』

  • 1二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:02:51

    「もぉーいーくつねーるーとー……おーしょーおーがーつぅー……」

     トレーナー室に響き渡る、儚く、切なさすら感じさせる、悲し気な歌声。
     ……ちなみに、現段階においてはあと350日くらいは寝ないと次の正月にはならない。

    「お正月には餅焼いてー……おせちも添えてー……雑煮だよぅー……」

     食べてばっかりだな、と思わず苦笑してしまう。
     歌声そのもの好きだけれど、同じ部屋でこのテンションを続けられると気が滅入ってしまいそうだ。
     俺は小さくため息をついて、トレーナー室に去年導入した大きめのソファーに近づく。

     そこは実質────彼女の定位置となっているから。

     ソファーの上には、ごろんと仰向けで寝転がる、一人のウマ娘の姿。
     ふわりとした芦毛のミディアムボブ、右耳には黄色いリボン、垂れ目がちな瞳。
     担当ウマ娘のヒシミラクルは、何故か門松を抱きかかえながら、寂しそうな表情をしていた。

    「……なんですかぁ~トレーナーさん、わたしは今、お正月ロスに打ちひしがれているんですけどぉ」
    「お正月ロスて、それにその門松、抱き心地悪くない?」
    「油断すると顎に突き刺さるんですよね……でも、わたしとお正月の絆はその程度では引き裂かれませんからぁ~」
    「そっかあ、でもお正月ってそんなに良いもんかな」

     適当な返事を吐き出しながら、俺は思ったことを口にしてしまう。
     正直なところ、あまりお正月には良い印象がない。
     俺の誕生日はクリスマス直後なので、子供の頃、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントとお年玉は一括振込になっていた。
     おせちやお雑煮も小さい頃はあんまり好きじゃなかったし、友人とも遊べず退屈だった、という思い出が強い。
     大人になった今では、親戚からお年玉を強奪される日、という感じである。

  • 2二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:03:07

    「は? トレーナーさん、何を言ってるんですか?」

     突如として、ヒシミラクルの声が鋭いものに変わる。
     彼女はむくりと、門松を抱えたまま起き上がり、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。
     
    「お正月ですよ~? ふつーは待ち遠しくて、名残惜しいものじゃないですか」
    「そうかなあ、正月特番とかもあんまり見ないし、店があんま開いてない通常日って印象が」
    「…………えっ、待ってください、トレーナーさんは今年の三が日はどのように過ごしたんですか?」
    「どのように、って言われてもな」

     いつも通り過ごした、という他ない。
     適当に家事をこなして、ご飯を食べて、少し仕事消化して、ついでに去年のレース映像を眺めたり。
     そんな、いつも通りの日常を過ごしただけだよ、とヒシミラクルに話して────思わず、固まってしまう。
     彼女がぷるぷる震えながら、ジトっとした目つきで俺を睨んでいたから。

    「かっ……」
    「か?」
    「かあ~~~~つっ!」

     そして、いきなり、ヒシミラクルは叫び声を上げた。
     いや、本当にいきなりすぎる、『かつ』とは一体なんのことなんだろう。
     そのことについて思考を巡らして、そして一つの結論に辿り着く。
     俺はもしかしてと心を少しだけ躍らせながら、彼女に問いかけた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:03:21

    「……もしかして勝利宣言? 今年の抱負? 所信表明的な?」
    「違います~! ……あっ、いやあ目標ではありますよ? 今はその意味じゃないってことで、そっ、そんな悲しそうな顔しないでくださ~い!」
    「え、ああ大丈夫、真っ向から否定されたのがちょっとショックだっただけで……じゃあアレかな、トンカツが食べたいとか」
    「……………………」
    「ごめん俺が悪かった」
    「もぉ、喝ですよ! 喝! トレーナーさんはお正月の作法がなっていませんっ!」

     正月の、作法?
     全く持って心当たりのない言葉に、思わず首を傾げてしまう。
     けれどヒシミラクルの表情は真剣で、本気そのもの、決して余計なことを言える雰囲気じゃない。

    「決めました────今から、この部屋をお正月にします!」

     ヒシミラクルは抱えていた門松をテーブルの上に置いて、そう宣言する。
     なんのこっちゃ、と思いながらも俺は彼女の勢いに飲み込まれて、そのまま流されることになるのであった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:03:38

    「いいですか、トレーナーさん」
    「……ああ」
    「お正月の作法とは、これすなわち、のんびりと過ごすことにあるんですよ~」
    「……そうなんだ」
    「美味しいものを食べて、テレビを見て、スマホいじって、ダラダラ過ごす、これが由緒正しいお正月ってもんです」

     ヒシミラクルは満足気なドヤ顔をしつつ、俺に伝える。
     俺はそんな彼女の言葉に頷きながら、ちらちらと部屋の中を見回してしまう。

     あのお正月宣言の後────ヒシミラクルは部屋を飛び出して、色んなものをトレーナー室に運び入れた。

     どこからか借りて来たらしいこたつ。
     実家から送られてきたという蜜柑、寮で余っているというお餅。
     おせちやお雑煮は流石になかったのか、何故かおでんと雑炊という謎の組み合わせが用意された。
     一緒に炬燵に入る俺達の視線の先には、彼女のスマホが立てかけられている。
     その画面には、ウマチューブで適当に探して来たと思われるバラエティ番組の映像が流れていた。
     そして当の本人はというと、炬燵に入って、まるで溶けるような表情を浮かべている。

    「はぁ~……これですよこれ、これがお正月の醍醐味ですよぉ~……うわぁん、何でいなくなっちゃったのぉ~」
    「情緒が不安定だね……」
    「まあ、それはさておき、トレーナーさんも今日はまったりしましょ~? もう予定はなかったですよね?」

     少しだけ顔を引き締めて、ヒシミラクルはそう聞いて来る。
     今日はトレーニングはお休みでミーティングだけの予定、そしてそのミーティングもすでに終わっていた。
     彼女はそのまま帰ってもらっても良かったのだが、ソファーで門松を抱きながら、寝転がり始め、先の状態に至るのである。

  • 5二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:03:50

    「……確かに、今日の予定はないけどさ」

     今日やらなくてはいけないことは終わっている。
     だけど、ヒシミラクルの明日のために出来ることは、数えきれないくらいに存在していた。
     俺は、彼女に来年の正月も、笑顔で過ごしていて欲しい。
     だからこそ俺は────そんなことを考えていると、俺の手の上にぽんと、暖かくて柔らかいものが触れた。

    「トレーナーさん、力を抜いてください」

     それは、ヒシミラクルの手のひら。
     その言葉を聞いて、俺は自分の手を強く握りしめていたことに気づいた。
     彼女はどこか慈愛すら感じられる微笑みを浮かべていて、俺は少しだけドキリとしてしまう。
     
    「あなたは、去年一年間、ずっとわたしのために頑張ってくれたじゃないですか」

     ヒシミラクルは両手で、俺の手をそっと包み込む。
     大切なものを扱うよう、優しく、丁寧に。
     じんわりと彼女の熱が伝わって来て、まるで心まで温かくなってくるような、そんな気がした。

    「だから、お正月くらいはゆっくり過ごして欲しいなあ……なんちゃって」

     そして、最後は冗談めかした口調と共に、へにゃりとした、ヒシミラクルらしい笑顔を見せる。
     それがなんだかおかしくて、俺も口元を緩めて、思わず頷いてしまうのであった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:04:02

    「いやあ、お餅とおでんって案外合いますねえ~……」
    「まあ、餅巾着とかは定番だしね」

     そんなわけで、俺とヒシミラクルは炬燵でだらだらとしていた。
     彼女が持ってきてくれた食べ物を味わい、バラエティ番組を眺めながら、のんびり時を過ごす。
     なるほど、確かに悪くない。
     こういう正月を教えてくれた彼女には、感謝しないといけないな。
     まあ、門松を抱きかかえるほどに正月を熱望していたのだし、Win-Winといえるかもしれないけど。
     …………そういえば、何で門松なんて抱きかかえていたんだろう。

    「雑炊もお出汁が効いてて……あは、この芸人さんめちゃ面白い~!」
    「……ふふ、確かになかなか良いなこの人達、コンビ名とかわかる?」
    「え~っと、ちょっと待っててくださいね~少し戻しますからぁ~」

     そう言って、ヒシミラクルは炬燵から少し出て、スマホに向けて身を乗り出した。
     何となく、そんな彼女の姿をじっくりと見つめてしまう。
     そして、気づいてしまう────あれ、なんか腹出てない?

    「……ヒシミラクル」
    「あっ、戻し過ぎちゃった、まあまた見ればいっか……なんですか、トレーナーさん?」
    「正月休み終わってから、体重って測った?」
    「…………」

  • 7二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:04:17

     俺の言葉に、ヒシミラクルはすーっと顔を逸らした。
     耳と尻尾がぴょこぴょこと落ち着きなく揺れ動いて、その頬は恥ずかしそうに真っ赤に染まっている。
     ……なるほど、なんで門松を抱えていたのかは、理解出来た。門松である必要性は知らないけれど。
     まあ、こんなのんびりと過ごせるのなら、少し食べ過ぎちゃうのもしかないのかもしれないな。

    「『お正月』が終わったら、また一緒に頑張ろうね、ヒシミラクル」

     ヒシミラクルはピコンと耳を反応させた後、こくりと小さく頷いた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:05:24
  • 9二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:09:02

    ミラ子がかわいかった(小学生並みの感想)

  • 10二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:10:58

    ありがとうございました
    こんな正月が送りたかったなあ、と

  • 11二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:16:04

    ミラ子とのんびり過ごす正月いいよね…

    それはそれとしてトレーニングは頑張ろうなミラ子

  • 12二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 02:18:09

    クソッ寝ようって時にミラ子のssなんて読ませやがって!


    よかった…

  • 13124/01/13(土) 07:52:12

    >>9

    ミラ子がかわいいのが全世代共通だから……

    >>10

    一緒にのんびり正月を過ごしたいですよねえ

    >>11

    新年早々特に理由のあるプールがミラ子を襲う

    >>12

    そう言っていただけると幸いです

  • 14二次元好きの匿名さん24/01/13(土) 17:20:59

    流石癒しウマ娘Tier1……

  • 15124/01/13(土) 19:04:05

    >>14

    いいよね……

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