♂モブトレは振り回される

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:21:35

    《名は体を表す》
    そんな言葉があるが……それを体現している"奴ら"に会ったのは初めてだった。



    トレセン学園とは言え、一級品の素質を備えているウマ娘は多くない。
    そして、そんなウマ娘をスカウト出来るかは運と言って差し支えないだろう。
    さらに、それを上手く育てられるかはまた別の話なのだ。

    才能だけで走っているウマ娘、それが第一印象だった。

    手元の資料を見てみると自己アピールの欄に、地元で負けなし、と書いてあった。

    「ある意味、一番難しいタイプだなぁ……」

    元より、トレセン学園はそういうウマ娘が集まる所なのだ。
    そして、そういう事をわざわざ書く子は変な自信をつけていることが多い。
    中には、ちゃんと努力をしている子もいるが、そんなタイプにも見えなかった。

    「まー、狙い目っちゃ狙い目なんだよなぁ」

    今年は素質のあるウマ娘が多く集まっている。
    恐らくその中では、一段落ちる彼女への注目度は今の所そこまで高くない。
    ということで、早速スカウトしたのだが、

    「いいですよぉ~」

    まさか二つ返事で答えを貰えるとは思っていなかった。
    間延びした口調のウマ娘の名前は、アベックドリーム。
    まさに「恋人の夢」を背負って走る子だと知るのは、それからかなり経ってからだった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:23:08



    スカウトしてから、初めてトレーナー室に集まった日のことだ。

    「私ぃ、彼氏がいるんですよ~」

    ……知らんがな。
    そう思ったが表に出さず、素直に驚いた風を装う。
    ドリームは照れたように、幸せそうに微笑む。
    正直、ごちそうさまとしてか言えない。

    「さて、まずは目標でも聞いておこうかな?」
    「G1 を~、取りたいですねぇ。できるだけ早くぅ」

    即答されて、息を飲む。
    本当に自信家だな、と思った矢先だった。

    「彼がぁ、G1のセンターに立つ私を早く見たいって言うので~」

    椅子からズリ落ちそうになるのを堪える。
    そういうことかい……。
    以前思っていたのと、別の理由でやりづらい。
    でも、誰かの為に走りたいっていうウマ娘は他にもいる。
    とりあえず、トレーニングを開始したのだが──いまいち物足りない。
    メニューをきっちりこなすが、その質があまりよろしくない。
    熱意はあるが、向上心が見えない。安全志向と言えばいいのか、G1を取りたいという割りにガツガツしてない。
    オーバーワークをするよりはいい、と言えなくもないのだが、度々惚気られる度に「G1を~」と言うのにコレだ。

  • 3二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:24:29

    どこかチグハグで、いつまで経っても才能だけで走っている印象が薄れない。
    これでは、G1なんて夢のまた夢だ。
    そこで一計を案じることにした。



    先輩トレーナーを頼って併走をお願いした。
    相手は今年、シニアクラス。格上だが、才能だけで言えばドリームの方が上だ。
    対戦相手が、G1どころかG2G3にも出走できていない事をドリームに教えてから、送り出す。
    きっと自信をつけさせる為に組んだと勘違いしてくれただろう。

    結果は予想通り、10バ身以上の差をつけられて負けた。

    ドリームは走り終えて呆然としていたが、当然の結果だ。
    デビュー前とシニアクラスでは本来、その位の差がある。
    才能がなくても、きっちり走り込んできた努力に才能だけで勝てるはずがない。
    その帰り道、明らかに落ち込んでいるドリームの横を歩きながら、俺は言う。

    「G1戦線に出てくるウマ娘は、きっと彼女以上に速い……」
    「なにが言いたいんですぅ?」
    「ドリームには、才能があるよ。今日走った彼女以上に、そしてこれから戦うライバル達に勝ち抜けるだけの才能をさ」
    「でもぉ」
    「そう、才能だけじゃ勝てない。それを知って欲しかった……」

    その後、なにも言わなくなった彼女にきっちり休むように告げてから別れた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:25:31

    モブウマ娘SSありがとう…

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:26:11

    少しはわかってくれればいいと思いながら。

    で、その日の夜だ。

    知らない番号から電話がかかってきた。少し警戒しながら通話ボタンを押す。

    「もしもし」
    『……あんたがアベちゃんのトレーナーか』
    「アベちゃん?」

    聞こえてきたのは、まだ声変わりしてない若い男の子の声だった。

    『あいつの、アベックドリームのトレーナーなんだろ?』

    全て、理解した。
    ドリームの奴、彼氏に泣きつきやがった……!

    『何でわざわざ自信を叩き潰す様なマネしたんだ! アベちゃん泣いてたぞっ!』

    一気に捲し立てる彼氏くん。
    あぁ! めんどくせぇっ!
    その後、一時間近く一方的な説教を食った。
    ……どっと疲れた。
    翌日、

    「おはようございます~! 今日もがんばりましょうっ!」

    つやつやした肌で顔を出したドリーム。さっそく、惚気話を始めたが彼氏に慰められた話しかしてこない。

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:27:56

    「そういや、ドリームさ」
    「はい~」
    「彼氏に俺の番号教えた?」
    「えぇ、私がG1取った時にお礼の連絡したいから~って言われて教えちゃいましたぁ~」

    あぁ、昨日のは彼氏くんの独断だったのね……。
    その後、むやみに人の番号を教えないように注意してから、トレーニングに取りかかった。
    確かに、昨日までより身が入っているように感じたが、それでもどこかブレーキがかかっているような気がした。

    何が、ドリームの壁になっているのだろう?




    そんなこんなで迎えたデビュー戦を、ドリームは難なく突破した。
    ライブのセンターに立つ彼女を、遠巻きに見ていると、ライブ最前列に車椅子に乗った少年を見かけた。
    珍しいな、と思ったがその時はそれだけだった。
    ライブを終えたドリームは、

    「彼氏が来てて~、これからデートなんですぅ」

    とか言って、さっさと出て行ってしまった。
    なんだかなぁ、と思いつつ手持ちぶさたになったので、街をぶらつく。
    ふと、オープンカフェが目に入った。
    そこには、ドリームと車椅子の少年がいた。
    あれが彼氏くんだっのか……。
    ジッと見つめていると、その視線にドリームが気づいて、大きく手を振ってくる。

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:29:27

    恥ずかしく思いながら、小さく手を振り返し、そそくさとそこを後にする。
    なぜかって?
    彼氏くんに、めっちゃ睨まれたからだよ……!

    で、その日の夜だ。

    『あんた、アベちゃんに気があるのか?』
    「ねぇよ」

    電話に出て、開口一番の台詞に思わず、素で返してしまった。

    『なっ! アベちゃんはなぁ、あんたを相当……、かなり……、ちょっぴり信頼してんだぞっ! その言い方はないんじゃないか!?』

    ダウングレードが凄まじいな、おい。
    ていうか気があってほしいのか、ほしくないのかどっちなんだ。

    『いいか、よく聞けよ……!』

    勘弁してくれよ……。
    それから惚気話が一時間半続いた。
    後半はもう、青春って素晴らしいなぁ、なんて思いながら聞いていた。
    もちろん翌日には、ドリームからも惚気話を聞く羽目になる。

    お前らさぁ……っ!

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:30:01

    流れ変わったな

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:30:20

    振り回されてる系トレーナーは中々珍しい気がする

  • 10二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:30:40



    その後、ドリームはオープン戦を二連勝したが、やはりいまいち実力が伸びていない。
    特に、直近の勝利は負けてもおかしくないほどギリギリの辛勝だった。
    そうして迎えた今年最後のG1レース・ホープフルステークス。
    ドリームは初のG1という事ですごく気合いが入っていたが、見事に空回りして6着に終わった。
    初めての負け。しかも掲示板も外した完膚なきまでの負け。
    彼女は控え室で、大泣きした。
    泣きながら何か言っていたが、断片しか聞き取れないほど泣いている。
    聞き取れたのは、彼氏くんの名前、約束、破って、ごめんなさい、という単語。
    安易に胸を貸す訳にもいかず、かと言って席を外す訳にもいかず、彼女が落ち着くのを待つ。

    「……すみませんでしたぁ」
    「いや、いい」

    泣き止んだ彼女にそう言った後、沈黙が流れる。

    「……彼氏、来てるんだろ?」
    「は、ぃ……」
    「どうする?」
    「今はぁ……会いたくないですねぇ」

    ドリームはスマホの電源を切っていた。

    「きっと、心配してるぞ?」

    その問いかけに彼女は答えなかった。

  • 11二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:32:22

    その後、人目をはばかるように会場を後にし、ドリームを寮まで送り届けた。

    で、その日の夜だ。

    『アベちゃん、まだ電話出ないんだ……』
    「……そうか」

    心底、心配した声だった。きっと何回も、何十回も電話をかけていたのだろう。

    『アベちゃん、どうだった……』
    「……君の名前を呼んだりしながら大泣きしてた」
    『……っ! あ、あんたのせいだぞっ、ヘッポコトレーナーっ! あんたがアベちゃんを勝たせなかったから……!!』
    「そうだな……」

    甘んじて、受け入れる。勝たせてやれなかったのは、俺のせいだ。
    ただ、聞きたいことがあった。

    「なぁ、約束ってなんなんだ? 君たちに、何があった?」
    『…………言いたくない』

    それだけ言って、彼氏くんは通話を切る。
    彼との最短通話記録を更新した。

    嬉しくも……、なんともなかった。

  • 12作者21/09/03(金) 01:32:52

    ごめん、もう眠い。明日続き書く。

  • 13二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:32:58

    続くのかよおおおおおおお!!!!!

  • 14二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:33:13

    彼氏くん…

  • 15二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:33:31

    ちくしょう!明日よろしくな!俺も寝る!

  • 16作者21/09/03(金) 01:35:51

    同じスレで続けた方がいい?

  • 17二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:36:25

    別よりは一緒の方が見やすいかな

  • 18二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:37:38

    ただ12時間しか持たないから書くならそれいないかもしくは延長させるのがいいかね

  • 19二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 01:40:34

    モブトレ好き

  • 20作者21/09/03(金) 01:41:02

    了解。

  • 21二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 06:08:11

    保守

  • 22二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 06:45:54

    さてどうなる

  • 23二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 06:46:28

    wktk

  • 24二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 07:25:05

    保守

  • 25二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 07:30:21

    頑張れアベちゃんも彼氏くんもトレーナーも頑張れ

  • 26二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 11:34:53

    昼保守

  • 27二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 11:54:35

    さてさてどうなる事やら

  • 28スレ主21/09/03(金) 12:16:50

    保守保守

  • 29二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 15:12:56

    先が気になって仕事中に居眠り出来なくなったので今晩ちゃんと責任取ってくれよな

  • 30二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 18:29:07

    ほしゅ

  • 31二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 18:35:48

    これは期待

  • 32作者21/09/03(金) 21:13:47

    待たせた

  • 33作者21/09/03(金) 21:15:23



    年が明けて、ドリームの調子は明らかに悪い。
    二人の「約束」について気にはなっているが、ドリーム本人に無理矢理聞き出すのも躊躇われた。
    これ以上、調子が悪くなる可能性がある。
    というのもあるが、それを聞き出せるほどの信頼関係を構築できた気はしていない。
    あの子は彼が大好きだから、あまりこちらに踏み込ませてくれないのだ。
    正月の間に一応、彼氏くんとは話したらしいが、いつもの惚気話を聞かなかった。
    彼女自身の持つ「壁」とは、また違った「壁」が作られていく様な、そんな気がした。
    次の目標は皐月賞トライアル・G2弥生賞。
    流石に、このままではマズイ。
    また、一計を案じることにした。
    2月上旬のトレーナー室。トレーニング後のミーティングを終えて、俺は切り出した。

    「なぁ、ドリーム」
    「なんでしょ~?」
    「……2月14日に外泊許可取っといた」
    「え……」

    ドリームは突然の事に、普段の口調を忘れるほど驚いた。

    「勝手したことは謝る。でも、ちゃんと会って話してこい」
    「でもぉ……」

    渋る彼女に、さらに背中を押す。

    「彼氏くんが大好きなのは、変わらないんだろ?」

    はっきり問いかけると、彼女は顔を赤らめてうなづく。

  • 34作者21/09/03(金) 21:16:45

    「ちゃんと会って、はっきり想い伝え合って……また惚気話でも聞かせてくれ。調子が狂う」
    「っ! わかりました~!」

    元気よく返事する彼女に、何とかなりそうだと安堵する。
    その時、不意に思った。
    ……惚気話、聞きたかったのか、俺?

    で、2月14日の夜だ。

    『ありがとうな、おっさん! アベちゃんの背中を押してくれて!!』
    「……嬉しそうだな」

    まだ20代なのに、おっさん呼ばわりされたのにちょっとショックを受けつつ、そう言うと、

    『そりゃあ、もう!』

    と今まで聞いたことがない。まさに喜色満面という感じの声が返ってきた。
    その後、二時間たっぷりと惚気話とお礼を聞かされた後、また不意に思った。

    これ、トレーナーの仕事だろうか……?




    見事に復調したドリームだったが、まだ自身の「壁」を越えられた印象はない。
    しかしそれでも、レースはやってくる。
    控え室でのドリームの様子は、落ち着いていた。
    ホープフルステークスの失態はだけは繰り返さない、という決意が見える。
    その姿に、頼もしさすら感じた。

  • 35作者21/09/03(金) 21:18:22

    「落ち着いてるな」

    そう話しかけると、

    「トレーナーのおかげですよぉ~」
    「……彼氏くんのおかげじゃないのか?」
    「機会を作ってくれたのはトレーナーじゃないですかぁ~。とても感謝してるんでよぉ?」

    いい笑顔でお礼を言うドリームに、やっと彼女の心に一歩近づけた気がした。

    そうして始まった弥生賞の結果は──3着。

    6人がもつれて、本当にギリギリもいいとこだったが、それでも皐月賞への優先権を手に入れた。
    ドリームは喜びのあまり、ターフから観客席の前まで躍り出て俺の首に抱きついてくる。
    その頭をぽんぽん叩きながら祝福してやると、横から鋭い視線を感じた。
    観客席の手すりに身を乗り出し、目を見開いてこちらを睨み付ける彼氏くんがいた。

    「おーい、ドリームさーん」
    「なんでしょ~!」
    「彼氏くんの所にも行っておやり~」

    テンションの高い彼女に、なんか出た変なキャラでそう言うと、彼女は素直に離れて彼の下に向かう。
    その後ろ姿を見送りながら、天を仰ぐ。
    今日は長くなるなぁ。

    で、その日の夜だ。

    『おっさん、わかってんだろうな……?』
    「断じて君が危惧する様な事は一切合切全く存在しない」

  • 36作者21/09/03(金) 21:19:50

    怒気を孕んだ声に、釈明するも許してくれず、たっぷり二時間半付き合う事になり、最長通話記録を更新した。
    それはそれで、全く嬉しくもなんともなかった。
    翌日、やはりドリームから惚気話をたっぷり聞かされる事になる。

    この、似た者同士が……っ!




    が、いいことは続かなかった。
    それは皐月賞に向けてトレーニングを開始してのことだった。

    「きゃあっ」

    そんな悲鳴が練習場に響く。

    「ドリームっ!」

    慌てて駆け寄って──怪訝に思った。
    その後、保健室に担ぎ込んだ。
    保険医の診断結果は軽度の捻挫だったが、皐月賞は回避せざるをえなくなった。
    その事を告げると、彼女はひどく狼狽した。

    「いやですぅ! 絶体、皐月取るんですぅっ! そう、彼と約束したんです~っ!」
    「そうは言ってもな……」
    「もう、約束破るのは嫌なんですぅ……」

    泣き出してしまった彼女に、とにかく安静するよう伝えた。

  • 37作者21/09/03(金) 21:21:51

    で、その日の夜だ。
    俺は初めて自分から彼氏くんに、電話をかけた。

    『……別れろ、とか言わないよな』
    「いや、流石にそれはないから」

    一体、何を勘違いしてんだ?
    俺はドリームが怪我をして、皐月賞を回避することを伝えた。

    『そうか……』

    彼氏くんは落ち着いている。
    その時、今なら聞ける。いや、聞かなければならないと、そう思った。

    「なぁ、これはトレーナーとして聞きたいことなんだが……」

    聞きたいのは、怪我をした直後のドリームの様子だった。
    顔色が一気に青ざめて、呼吸が早く、それにひどく混乱していた。
    普通の反応じゃない。
    何かあると、そう思った。

    『俺の、せいだ……』
    「何があった?」
    『おっさんは遠くからしか、俺を見てないから知らないだろうけど……』
    「あぁ」

  • 38作者21/09/03(金) 21:23:22

    確かに直接顔を合わせた事はない。
    ライブも、オープンカフェも、観客席でも遠目だった。

    『俺、片足、ないんだ』

    息を飲む。そこまでの状態だとは思ってなかった。
    彼は続ける。

    『事故でさ……、アベちゃんと下校してた時に乗用車がこっちに突っ込んで来てさ……アベちゃんは固まっちゃって』

    絞り出すように、

    『俺が突き飛ばして、自分も避けようとしたけど……間に合わなかった』

    泣きそうに、

    『アベちゃん、俺の片足が潰れるのはっきり見てたんだ……』

    後悔のにじみ出ているような声だった。

    「そう、だったのか……」
    『それに俺、バスケットボールやっててさ、プロ目指してたんだ……。もちろん、アベちゃんも知っててさ……あんまり謝り続けるもんだから、無責任な約束させちまって……』
    「約束、か」
    『俺の代わりに、頑張ってくれって……G1でセンターに立つ姿をみせてくれって……』

    色々繋がった。

  • 39作者21/09/03(金) 21:24:57

    ドリームがG1にこだわる理由は彼との約束で、トレーニングで全力出せない理由は無意識に怪我を恐れていたから。
    アベックドリームは、まさに「恋人の夢」ために走っていたのだ。
    その身に傷を抱えながら、一生懸命に。
    俺はしばし考えた後、

    「なぁ、バスケットボール好きか?」
    『……っ! 最低だな、おっさん! 好きだよっ、好きに決まってんだろっ! でも、もう……』
    「二週間後の日曜日、こっちに来い。いいな?」
    『──は?』

    そう言って、俺は一方的に通話を切った。いつぞやの仕返しだ。
    そして、俺は大学時代の友人に電話をかけるのだった。



    二週間後、トレセン学園からさほど離れていない体育館の敷地前に俺はいた。
    そこに車椅子を押すドリームと、それに座る彼氏くんがやってくる。

    「よっ、直接ははじめましてだな」

    間近で見た彼氏くんは膝の上にタオルケットをかけていた。
    無いのを隠すためだろう。

    「……おう」
    「あれ、直接ですかぁ?」
    「いや、こっち話だ」

    首を傾げるドリームに、手を振ってごまかす。
    二週間も開けたのは、彼女の足の回復を待っていたからだ。

  • 40作者21/09/03(金) 21:26:52

    「なんだって、こんな所連れてきたんだよ」

    不機嫌を隠さずに彼氏くんが言った。

    「まぁ、社会科見学だな。2人の」
    「社会科見学ですか~」
    「おっさんは先生か?」
    「似たようなもんだよ──世界の広さを教えてやる」

    俺は二人を促し、敷地に踏み入れた。
    が、

    「おっさん、その言い回しカッコつけたつもりか?」
    「漫画みたいですね~」

    早速、出鼻をくじかれた。
    心に傷を負いながら、体育館に近づいていく。
    すると体育館から何か弾む音と、何かがぶつかり合う様な音が聞こえてくる。
    彼氏くんはそれを聞くなり顔をしかめた。

    「バスケじゃん。おっさん話聞いてなかったのかよ……。俺はもう……」
    「トレーナー」

    なくなった方の足を撫でながら彼は言い、ドリームは俺を非難するように見た。

    「残念だけど、バスケではねぇよ」
    「あん?」

  • 41作者21/09/03(金) 21:28:50

    体育館の中に入ると、音がより鮮明になり、彼氏くんは眉を寄せる。

    「なんか、変な音混じってねぇか?」
    「見りゃわかる」

    そう言ってドアを開け放つ──広いコートの中で、車椅子に乗った多数の男達が、バスケットボールを追いかけていた。
    激しくぶつかり合い、時に倒れ、弾き飛ばされ、それでもすぐに起き上がる。
    二人とも、目を見開いて、その光景に見入っていた。

    「おっさん、これって……」
    「車椅子バスケは知らなかったか?」
    「いや、知ってはいたけど……」

    こんなに激しいもんだと思わなかった、と小さく呟きのが聞こえた。
    そしてドリームが、あることに気づく。

    「あれ、あの人……」

    彼女の見つめる先には、一人のウマ娘。
    年は30代中盤ほどで、そのウマ娘も車椅子に乗り、ボールを追っていたが、彼女には両足もなければ右腕の肘から先がなかった。

    「あの人な、元トレセン学園の生徒なんだ。今は、ここでコーチをしてる」
    「……」

    ドリームは食い入るようにその姿を見ていた。

    「二人とも、この後時間もらってるからさ。……色々話して来るといい」

  • 42作者21/09/03(金) 21:30:11

    その後、彼氏くんは選手達に色々聞いて実際に体験したりしていた。
    ドリームはコーチと先ほどまでは真剣に話していたが、今は楽しく談笑している。
    二人とも、とてもいい顔をしていた。
    俺は用事があったので先に帰ったが、二人は随分遅くまで残っていたことを、後になって取り次いで貰った友人から聞いた。

    で、その日の夜だ。
    珍しく、ドリームから電話が来た。

    『トレーナー、ありがとうございましたぁ。いい経験ができました~』
    「なら、よかったよ。彼氏くんはどうだった?」
    『すごく元気でした! あんな姿を本当に久しぶりでしたよ~!』

    本当に嬉しそうに話すドリーム。あのコーチと何を話したのかは、あえて聞かなかった。
    彼女の中で、どういう変化が起こったのか。それはトレーニングの中で見極めるべきだと思ったから。
    そして惚気話が、三時間続いた。

    彼氏を超えてくるとは思わなかったよ……。

  • 43作者21/09/03(金) 21:31:45



    そうして迎えた東京優駿、または日本ダービー。
    あの日を境に、ドリームは自分の壁を乗り越えようともがき始めた。
    トレーニングへの熱が以前とは段違いで、オーバーワーク気味なのを止めることもしばしばあった程だ。

    「なぁ、おっさん。アベちゃんは勝てるか?」

    観客席で、俺の隣にいる彼氏くんが聞いてきた。
    彼はあの後、地元で練習できる所を紹介して貰ったらしく。
    時々、俺に意見を求めてくる。
    俺はお前のトレーナーじゃねぇーよ、と思いつつ出来る限りの事はしてやった。
    ある日、電話で、

    『俺は日本代表を目指すよ……。アベちゃんにもちゃんと話した。一緒に、一番目指そうって』

    それを聞いた時は、素直に嬉しかった。
    彼は彼女と並び立つ事を選び、そして通話時間の上でも並び立った。
    嫌な記憶を消しつつ答える。

    「難しいな、今年は強いウマ娘が多い」
    「はっきり言うんだな……」
    「お前もアスリートなら、現状を真摯に受け止めることを忘れるなよ。でなきゃ進歩できない」
    「わかってら……、そんくらい」
    「でも、掲示板入りの可能性はある。レース展開によってはライブだってな」
    「……おっさん、言ってること違くないか?」
    「上を目指さなきゃ、上に行けねぇよ」

    そう言った所で、ファンファーレが鳴り響く。

  • 44作者21/09/03(金) 21:32:54

    ゲート入りが完了し、日本ダービーが始まった。
    ドリームは中団外で脚を貯めている。いい位置だ。幸いな事に上位人気のウマ娘が、バ郡に囲まれている。
    第4コーナー、ドリームは外から一気に躍り出る……!

    「イケーっ! アベちゃーんッ!!」
    「がんばれドリームッ!」

    声援を送りながら、ドリームの走りが変わったように──「壁」を超えた様に見えた。



    結果は、また3着。
    7番人気だった事を考えれば、大金星ってやつだ。
    しかし、これからは本物の自信を携え、勝ちを狙えるウマ娘になる。
    控え室とライブでの振る舞いを見て、そう信じる事ができた。
    今は三人で集まって、ドリームを労っている。

    「しかしまぁ、この一年間半の間で色々な事が起きたなぁ」
    「どういう意味ですか~?」
    「なんか、余計おっさんっぽいぞ?」

    若者は辛辣だ。
    俺だってまだ20代なのだが……、いや十歳も離れてりゃおっさんか。

  • 45作者21/09/03(金) 21:34:41

    くだらない事を考えつつ、

    「いやさ、俺らがこんな感じになるとは思わなかったぞ?」

    俺は言った。二人は少し考える仕草をして、

    「まぁ確かに?」
    「トレーナーは私達のキューピッドみたいになりましたしねぇ~」
    「えー、嫌だよおっさんのキューピッドなんて」
    「でも~、本来のキューピッドはおじさんなんですよ~」
    「マジで?」

    そんな風にいちゃいちゃし始める。
    本当に色んな事があった。数々の惚気話で睡眠時間を削られた事もいい思い出だ。
    これに関しては、これからもそうだろうが……。
    ただ、この二人に関わってからずっと思っている事がある。
    二人には絶対に聞かせられない、ずっと貯まってきた想いだ。


    「あぁ、彼女欲しい……」


    ボソッと、本当に小さく俺は呟いたのだった。

  • 46二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:36:12

    滅茶苦茶よかった!!!!
    お疲れ様です!!!

  • 47二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:37:57

    ええもん見せてもらった
    お疲れ様です!

  • 48二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:41:21

    良い良い、素晴らしかった。

  • 49二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:44:43

    よかった
    アベちゃんにはこれからもトレーナーにアベックができるドリームのために頑張って欲しい

  • 50二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:53:58

    名作やんけ~~~~!!!

  • 51二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 21:54:59

    こういうG1とかで主役にはなれなくても頑張るモブウマ娘の物語結構すきだからもっと増えてほしい

  • 52二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 23:05:04

    めっちゃいい話だった
    ありがとう

  • 53作者21/09/04(土) 05:02:49

    感想ありがとうございました。

    こんなに長くなるとは思わなかったよ。

    裏設定としては、彼氏くんはタイシンの育成出てくるバスケ選手の親戚。
    彼女に憧れて、バスケを始めた。

  • 54二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 07:50:13

    >>53

    お疲れさまでした!

  • 55二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 08:40:27

    欠損熟女ウマ娘が出てきて、妄想が止まらないよ……!
    ありがとうございますっ!

  • 56二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 09:10:08

    >>55

    正直、車椅子バスケの流れは予想できたけど、これにやられた。

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