2:55(DXB)→17:20(NRT) 【ss・トレウマ】

  • 1二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:13:10

     ポーンという音とともにシートベルトの着用サインが消えた。
     
     深夜のドバイ発のファーストクラス。トレセン学園の補助で全くまかなえない程のお値段だったが、そんなセレブな海外遠征もほとんど終わって今は復路。
     個室の鍵を静かに閉ざす。カチャリという小さな金属音と共に僅かな人の気配も遮断される。
     静寂が場を支配すると唐突に孤独感が胸を満たした。無意識に鼻で匂いを感じようとしてみても機内は計算された微かなフローラルな香りがするだけで、特に心を慰める様なものでもなかった。

     海外遠征という激動の時間を過ごした今の自分には部屋を物色するような体力や気力もなく、ただバッグから寝間着を取り出してそのまま腕を通す。備え付けてあるアメニティで歯磨きをしていると、あまりの至れり尽くせり振りにここが飛行機の中だということを忘れてしまいそうだった。
     身支度を整えてベッドに身を投げ出すと心地よい反発が返ってくる。ごそごそと布団の中に潜り込んで一息。枕に頭を乗せて上を見上げると、白い天井は窓からの星明りに淡く照らされて少しまぶしく、寝転がりながら腕だけを伸ばしてカーテンを閉めた。
     横たわると身体に伝わる僅かな飛行機の振動が意外にも心地いい。蓄積した疲れと微かなエンジン音に誘われるがままに目を閉ざす。

     そのまま数分、そして後もう数分で意識が落ちるというところで。
     こつん、こつん、と小さなノックの音がした。

  • 2二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:14:01

    「あれ? トレっち……もしかして、もう寝てた?」
     
     意志の力を振り絞ってベッドから立ち上がってそろそろと静かに扉を開けると、そこにはヴィブロスが立っていた。
     申し訳なさそうな表情の彼女を見て、今は午前4時だぞという恨み言をそっと呑み込む。

    「いや……ヴィブロス……どうしたの?」
    「ねねっ、トレっち、お話しよ?」
     
     ささやき声で会話する。髪をおろしてパジャマ姿の彼女はどこか興奮した様子で、薄暗いライトの下で大きな目がキラキラと輝いていた。
     
    「……もう寝ないか?」
    「えぇ~⁉ トレっち~おねが~い‼」

     ヴィブロスは両手を口元で組んで上目遣いのおねだりモードに切り替わった。しかしトレーナーならばその程度の事では揺らいではいけない。

    「……ダメだ。今日はもう寝なさい。明日時間を取ってあげるから」
    「………………」

     毅然とした態度でしっかりと断ると彼女の笑顔が一瞬で悲しそうな表情へと変わってしまった。力なく両手を降ろして俯いてしまう彼女に罪悪感が芽生えるが、トレーナーとしてはここで譲るわけには行かなかった。
     海外遠征はただでさえ体調を崩しがちだ。互いに眠れる時にはしっかりと眠るに越したことはない。

    「ほら。おやすみなさいヴィブロス、自分の個室に帰りなさい」
    「……………………やだ」

     彼女は俯いたままぽつりと抵抗の言葉を漏らした。
     予想外の反応に一瞬フリーズする。ヴィブロスはお手本のような末っ子気質ではあるがワガママではない。何かを諭すとき、しっかり話せば分かってくれる子なのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:14:21

    「今……今しか話せない。お願いトレーナーさん、ちょっとだけでいいから……」
    「……分かった」

     彼女は真剣だった。
     様子がおかしい彼女を見て数秒前の自分の判断を翻す。彼女は自分に何か伝えたいことがあるのかもしれない。ならばそれを受け止めるのがトレーナーの責任だ。

    「おいで」

     静かに一歩引いて彼女を個室に招き入れる。
     どこか緊張した様子のヴィブロスは「失礼しま~す」と小声でつぶやいて部屋に入ると後ろ手で扉を閉ざして。

     カチャリと音を立てて鍵を閉めた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:15:44

    「トレっち! 一緒に写真撮ろっ♡」
    「絶対にウマスタとかに載せないでね」
     
     どんな話をされるのかと思ったが彼女は決して『伝えたいこと』には言及せず、なんてことない話をするばかりだった。
     だったら眠らせてくれとも思いながらも、隣に座る彼女があまりにも嬉しそうにしているものだからつい許してしまいそうになる。

     しかしいつまでも彼女に付き合っているわけにいかないのもまた事実だった。
     どうしたものかと考えていると、何かをごまかすように小さな声でしゃべり続けていた彼女が一呼吸入れたタイミングで、不意に話が途切れた。

     飛行機のエンジン音がかすかに響く室内で、彼女と目が合ってしまう。

    「………………」
    「………………」

     ヴィブロスは無言でふいと目をそらしてしまい、場が居心地の悪い空気で満ちる。
     この段階になって初めて、自分が担当ウマ娘と二人きりでベッドに座っているという非常に不健全な現状に置かれてることに気が付く。

  • 5二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:16:41

    「……ね、いい?」

     こちらの返答も待たずにポスンとこちらに身体を預けてくる彼女を受け止める。
     こちらが何の反応も返さないままにヴィブロスは体重をこちらに預けてくる。

    「……それはダメ。そういうことをするのなら、やっぱり部屋に帰りなさい」

     少し遅れて我に返り、彼女を押し返して距離を取った。
     彼女はさしたる抵抗も見せなかったため取り敢えず安堵する。
     しかしすぐに自分が致命的な間違いを犯したことに気が付いた。

     しかし時は既に遅く引き離した彼女からは酷くショックを受けたことだけは伝わってきて。
     そして彼女の反応はこちらの想定をはるかに上回るほど激しいものだった。
     
    「……ごめんね」

     小さく謝る彼女の声は震えて痛々しい。
     分かっていたというような諦観、こんな事をしなければ良かったという後悔、マイナスの感情が多分に含まれた言葉で貫かれ、心臓が悪い跳ね方をする。
     そこにはドバイやレースについて楽しそうに話していた彼女はおらず、ただ拒絶されて傷ついた女の子がいるだけだった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:17:38

     ……こうなってしまうともはや白状されているようなものだった。
     前々から薄々とは感じていたが、まさかここまで距離を詰めようとしてくるとは思わなかった。そしてこれは彼女をここまで追い詰めたこちらのミスだ。

     もしかして彼女のそれを受け止めてあげるべきだっただろうか? 難しい判断の連続で自信が無くなってくる。
     甘えん坊の彼女はすがるような瞳で自分を見つめてくる。あそこまではっきりと拒絶されても彼女はまだ諦めきれていないようで、部屋から出ることもなくただこぶしを握り締めてベッドに座り込んでいた。
     
     (しょうがないか)

     海外遠征を、彼女の中でいい思い出にさせてあげたかった。
     何故このタイミングだったのかは聞いてみないとわからないが、帰りの飛行機でこのような出来事があったとなれば旅はいろいろと台無しだろう。

    「ヴィブロス、ハグしよう」
    「……へっ?」

     捨て身。色々と本末転倒というかこの流れでの発言としては意味が分からないものであったが、これしか思い浮かばなかった。
     彼女は一瞬相当混乱した様子を見せる。しかしみるみるうちに表情が明るくなっていくものだから、彼女の分かりやすさに思わず苦笑してしまった。

  • 7二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:18:06

    「……っ‼ トレっち~~♡」
    「うおっ」

     勢いのまま彼女が胸元に飛び込んでくる。
     恐る恐る抱きしめるとその何倍もの力でギュッと抱き返された。
     そのまま安堵したかのようにグズグズと泣かれてしまい、慌てて自分は彼女の頭を撫でる。
     
     彼女の柔らかい体を全身で感じてるとこれはこれで大丈夫なのかという別の疑問が浮かび上がってくるが。
     とにかく彼女を抱き続けていると、彼女は少しずつ落ち着いてきたようだった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:18:57

    「一緒に寝ようよお……」
    「ダメ、帰りなさい」

     微妙に図々しい三女を必死に説き伏せて部屋から追い出そうとする。
     そもそもドバイにはヴィブロスの姉二人と親御さんと共に来ているのだ。仮に彼女と同じ部屋で一晩過ごしたと知られたらどう言い訳すればいいか見当もつかない。
     ……今の時点で相当グレーな気がするが、何だかんだで賢い彼女はきっと黙っていてくれるだろうと信じる。
     
     無理やり部屋から追い出されてちょっと不満そうな彼女に相対する。
     互いに見つめ合うと、彼女は少し困ったように目をそらしてしまう。
     
    「おやすみ、ヴィブロス」
    「……おやすみ」

     別れの挨拶はしたが、彼女から何か言いたげな雰囲気を感じて少し待つ。
     彼女は目を泳がせたり指先を弄ったりと挙動不審になりながらも、覚悟を決めたようにこちらを見据えた。

  • 9二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:19:25

    「ねえトレーナーさん……」
    「?」
    「だ~い好きっ♡」

     これを言いたかったんだよ? と彼女は照れながらも打ち明けて。
     こちらに何も言う隙を与えないまま、彼女は逃げて行った。

  • 10二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:19:55

    終わり
    ヴィブロス引いてホントに良かった

  • 11二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:21:57

    素晴らしい…ちゃんとトレっち耐えてるの偉い

  • 12二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:22:17

    ブラボー
    おぉブラボー…
    甘え上手な末っ子はいいぞ…

  • 13二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:23:43

    トレーナーが鉄壁だからこそ堪能できる甘酸っぱさというのも良いね

  • 14二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:27:53

    どことない非日常感と密室の空気感が滅茶苦茶好き

  • 15二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:28:05

    >>11

    ちゃんと抱いてるからセーフ()

  • 16二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:28:59

    ヴィブロスのここぞというタイミングで出てくる「トレーナーさん」呼びは劇薬ですよ

  • 17二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:29:40

    これあれか。
    告白しようと思ったら強めに怒られちゃって心が折れたのか……?

  • 18二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:35:59

    壁が足りねぇ

  • 19二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:39:17

    一緒に撮った写真はウマスタとかに載せるなと言われた
    でも身内に見せるなとは言われてないんだよね……

  • 20二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:41:43

    しっかり大人なトレーナー良い……

  • 21二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:42:18

    参考までにエミレーツA380のファーストクラス貼っておきますね

  • 22二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:44:24

    ヴィブロス、こういう時はな
    フロントに言って部屋番号とゲスト名を言えば簡単に新しい鍵作ってくれるからそれを利用するんだぞ
    多分父親名義で予約しているはずだから簡単に侵入できるぜ

  • 23二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:46:58

    提案するのがハグなのすごくいい

  • 24二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 21:56:51

    スレタイこれ飛行機の運行時間か……凝ってるなあ……

  • 25二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:04:37

    実質うまぴょいやこんなん

  • 26二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:07:14

    このレスは削除されています

  • 27二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:11:50

    A380でもこっちのほうがそれっぽいかな……

  • 28二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:36:25

    ヴィブロス引こうかな……

  • 29二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:40:40

    トレーナー強い…

  • 30二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:42:07

    すごくよかった
    ヴィブロスの気持ちになったらちょっと胸が苦しかった

  • 31二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:42:26

    >>21


    >>27

    空飛ぶホテルは伊達じゃねぇな。

  • 32二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:43:27

    あぁ^~いいっすね^~

  • 33二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:47:07

    飛行機と考えると広々だけど、個室と考えるとかなり狭いからすごく密着してるなこれ。

  • 34二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 22:53:45

    普通に途中まで逆ぴょいが始まると思ってたから浄化されてる

  • 35二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 23:06:46

    すごく良かった…良ければ他の作品も教えてください…

  • 36二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 23:15:54

    スレタイがNTRに見えて実装してからすぐなのに気合入ってるなと思って開いてみたらただ俺の心が無限に汚れているだけだった
    すごくいいssでした

  • 37二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 23:23:27

    >>21

    料金185万とか出てきたけど大魔神家なら余裕なんだろうな

  • 38二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 23:31:27

    ちなみにこっちのスイートだったら部屋の仕切りを取っ払ってダブルベッドにできるらしい。

    いつかしれっとやりそう。


    https://www.singaporeair.com/ja_JP/jp/flying-withus/cabins/Suites/

  • 39124/01/21(日) 23:45:37
  • 40二次元好きの匿名さん24/01/21(日) 23:47:42

    ハグNG、なでなでもダメだったトレっちが温泉でなでなで解禁、ドバイでハグ解禁と着々と攻略されていってますね…

  • 41二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 00:16:38

    >>39

    ありがてぇ…読ませてもらいます

  • 42二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 00:18:29

    ガチャしたくなるSS投稿するのやめてもらえます?

  • 43二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 00:22:41

    >>42

    我慢できずに回したら、なんかこのヴィブロスバブリーなんだけど。

  • 44二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 00:38:35

    結局これは飛行機の上位個室なのか帰る前のホテルなのかどっちなんだ
    多分前者な気がするがそれで手を出さなかったのはトレっちエライ

  • 45二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 00:45:23

    >>39

    貴方でしたか……湿度高めなウマ娘の表現力が天才的

  • 46二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 01:05:30

    ブラボー…嗚呼ブラボー…
    ヴィブロスは絶対こういうことするしトレっちだってハグくらいはして良いと思うんだ、いやしろ

  • 47二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 01:42:51

    ヴィブロスの♡は万病に効く……

  • 48二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 03:27:19

    貴方のおかげで決心できたよ
    出会えてよかった…ありがとう…

  • 49二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 09:13:59

    注意書き草

  • 50二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 11:38:53

    ヴィブロスは可愛い

  • 51二次元好きの匿名さん24/01/22(月) 12:06:58

    >>44

    ドバイ発の飛行機内の個室ファーストって書いとるやろ

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