- 1二次元好きの匿名さん24/01/24(水) 20:50:50
- 2124/01/24(水) 20:51:12
昨日までの熱はすっかり引いたが、のどの痛みはまだとれない。
おまけに、昨日は通院以外は寝ていたため腰がギシギシと痛む。
うーん、と小さなうめき声を出しながら、トレーナーは起き上がった。
昨日の残りのお粥を温めながら、トレーナーは今日、年が明けて初めて会うはずだった担当の顔を思い浮かべた。
「きっと怒るだろうな。あるいはトレーニングがなくなって喜ぶか…」
お年玉をもらえず怒る小さなウマ娘─スイープトウショウ─を想像して、苦笑いを浮かべる。
やがて、湯気が上りはじめた粥を椀に盛り、作業台代わりのテーブルへ持っていった。
ふうふうと息を掛けながら、熱々の塩粥をすすり、時折実家から届いた梅干しをかじる。
昔ながらの塩だけで漬けた梅干しに口をすぼめながら、トレーナーは時間をかけて食べ終えた。
「…さてと」薬を飲み、食器を洗い終えると、トレーナーはPCを開いた。
いつもなら、届いたメールのチェックをするのだが、今日は真っ先にメールを作成することにした。
「宛先はたづなさんと…誰だっけな」
業務マニュアルを横目にしつつ、トレーナーは、インフルエンザになったこと、そして病休としたいことを伝えるメールを送った。
次に、同期のトレーナーへ、風邪で数日休むことと、もしスイープに何かあったらサポートしてほしい、という内容のメールを送った。
「さてと…」最後に担当であるスイープへのメッセージを考える。
病気でしばらくは休むこと、トレーニングは一緒に考えたメニューをこなすこと、困ったことがあれば別のトレーナーか自分に相談してほしいと書く。
「後は…」少し頭をひねり、トレーナーはLANEの文末に付け加えた。
『今年は一緒に初詣に行けなくてごめん。治ったら好きなところへ行こう』
誤字がないことを確認した後、トレーナーはLANEを送った。
「よしっ」んんっと腕を天井に向け背を伸ばすと、トレーナーは溜まっていた事務作業を片付けることにした。
─作業に夢中になったトレーナーはLANEが既読になったことに気付かなかった。 - 3224/01/24(水) 20:51:32
─トレセン学園には、寒さも逃げ出しそうな賑やかさが戻ってきた。
年が明け、冬休みが終わった中等部のクラスでは、冬休みに旅行に行った子がお土産を配っていたり、年末年始の特番の話で盛り上がっている。
そんな教室で、大きな帽子をかぶった少女が癇癪を起こしていた。
「アタシがこんなに心配しているのに、なんでスタンプの一つよこさないのよー!」
スイープは朝届いたLANEで、すっかりとご不機嫌になっていた。
「こんなにご主人様が心配しているのに、ホントーにだらしない使い魔ねっ!!」
目くじらを立てているスイープに、ニシノフラワーがなだめるように声をかけた。
「スイちゃんのトレーナーさんはきっと、お熱ですぐに返信できないだけですよ」
「そうだよ!マヤのトレーナーちゃんだって、風邪をひいたときはすぐには返信くれなかったよ」マヤノトップガンがフォローするように言った。
ムムム、と口をとがらせていたスイープに、ビコーペガサスが何かを思いついたように言った。
「そうだっ!みんなでスイープのトレーナーに差し入れをもっていこう!トレーナーも嬉しいと思うんだ」
「ビコーちゃん、ナイスアイデア!きっとトレーナーさんも喜んでくれるよ!」マヤがキラキラと目を輝かせながら言った。
「フフッ。ビコーの言うとおりね!風邪っぴきの使い魔にとっておきのゲロマズポーションを作ってあげるんだから」そう言うと、スイープは帽子の下で妖しげに笑った。
「私たちの考えていることと、スイちゃんが考えていることが、なんか違う気がします…」そんなスイープを見ながら言ったフラワーの言葉は周りには届かなかった。 - 4324/01/24(水) 20:51:48
─その日の夕方、早めにトレーニングを切り上げた4人は家庭科室でポーションを作ることにした。
─クズの根、ショウガ、シナモン、ナツメ、マオウにシャクヤク、カンゾウ
加えて、乾燥させたミカンの皮
これらを細かく挽いたものをスイープは鍋に次々と入れていく。
「スイープ、よくこんな植物持ってたな」干してある薬草を乳鉢ですりつぶしながらビコーが言った。
「フッフーン!立派な魔女はいろんな薬草についても知っているようにって、グランマがくれたのよ!」スイープが鍋の中身をかき混ぜながら言った。
「そっか、スイープもおばあちゃんもすごいな!あっ、こんな感じでいいか!?」
「いい感じね!そうしたら鍋の中にそれを入れてっと」スイープが開いた古い魔導書─グランマがくれた薬草図鑑─を見ながら鍋にすりつぶした薬草を入れる。
「スイープちゃん!とってきたよー!これで大丈夫かな!?」ガララとドアを開けて、マヤとフラワーが入ってきた。
「ヤツデとナンテン、これで問題ないですか?」フラワーが持っていた袋からいくつかの植物を取り出しながら尋ねた。
「そう!魔導書にはこの植物が風邪にはよく効くって書いてあったのよ」スイープは袋の中の植物を取り出し、細かくちぎった。
そして植物を水で洗い、水気をぬぐうと、スイープはもう一つの釜に放り込み火をかけた。
「スイープちゃん、何してるの?」
「こうやって、薬草を乾燥させるのよ。こうすると効果が上がるのよ」スイープが答えた。
やがて、植物を煎っていた鍋を火からおろすと、火傷しないように気を付けながら中身を取り出し、また乳鉢に放り込んでいった。
「あとはこれを煎じるわよ!マヤノ手伝ってもらえるかしら?」
スイープのお願いに、マヤはアイコピー、と軽く返事をして、乳鉢を受け取った。
「そうだ、トレーナーが退屈しないようにキャロットマンの最新の映画も入れておこう!」
「あっ!そうしたらマヤのお気に入りのアイスも入れちゃお!」
「そうしたら、こっそりお薬も差し入れておきましょう」
「何よアンタたち!スイーピーの薬があれば、使い魔にそんなものいらないわよー!」
4人の薬づくりは和気あいあいと行われた。 - 5424/01/24(水) 20:52:21
「んー」トレーナーは目を覚ますと腕を上げて、背をググっと伸ばした。
まだ腰の痛みがあるが、昼前に貼った湿布のおかげか随分と楽になっている。
壁掛の時計を見たトレーナーは、思ったより寝ていたことに気付いて顔をしかめた。
事務作業で午前中パソコンに向かっていたが、昼過ぎになると急に眠気に襲われた。
そして、そのまま布団にもぐりこんで、気が付いたら日がすっかりと落ちていた。
しまったな、と思いながらふとスマホを見たトレーナーは、あらら、と思わずつぶやいた。
そこには、スイープからのLANEの通知が何件も来ていたのだ。
「そういえば、朝からスマホ見てなかったな」頭に手を当てて、トレーナーは返信を返そうとした。
その時、ドアのチャイムが鳴った。
誰だろうと、ドアモニターを見たトレーナーは、目を見開いた。
そこには良く見知った4人のウマ娘たちがいた。
『使い魔ー。スイーピーがわざわざ来てあげたのよ!早く開けなさいよ!』
『スイープのトレーナー!風邪は大丈夫なのか?』
『どうも、お体の具合はいかがですか?』
『マヤ達ね、いろんな物を持ってきたんだよ☆』
スイープがドアモニターに向かって何やら袋を見せつけている。
恐らく、何かの差し入れだろう。
ドアホン越しに喋りかけてくる彼女たちを尻目に、トレーナーは逡巡した。
インフルエンザは治りつつあるとはいえ、まだ咳もくしゃみも出ている。
もし、彼女たちへうつしてしまったら、今後のレースにも影響が出かねない。
悩んだ末にトレーナーは、意を決して返答した。 - 6524/01/24(水) 20:53:44
『スイープにみんな、よく来てくれたね!』スイープたちの呼びかけに応じて、インターホン越しにトレーナーが答えた。
「やっと起きたのね、使い魔!まあいいわ。早く開けなさい!はーやーくー!」スイープが再び言った。だが、トレーナーの返事は意外なものであった。
『スイープ。悪いけど、それは無理だ』
スイープたちは予想外の答えに戸惑った。お見舞いを断られるとは思わなかったのだ。
「…はっ?何言っているのよ使い魔?アタシの言うことが聞けないの?」
『俺はインフルエンザにかかっているんだ。もし、スイープにうつしたりしたら大変なことになる』
「そんなの知らない!いいから早く開けなさいよ!」
なおも、難しい顔をして声を荒げるスイープにトレーナーは優しく続けた。
『スイープたちの気持ちはとっても嬉しいよ。ただ、今日はこれで大丈夫だよ』
それでも、スイープが何かを言おうとした時、フラワーがフォローするように言った。
「あの、スイちゃん。トレーナーさんの言う通りかもしれないです」フラワーが続けた。
「スイちゃん、今度大事なレースがありましたよね?トレーナーさんはそのことを言っていると思いますよ」
フラワーの言葉を聞いて、あっ、と呟いたスイープは俯き、帽子の縁で顔を隠した。
少し悩むように唸っていたスイープだが、やがて顔を上げると、インターホンに向かって言った。
「ふんっ、分かったわよ!ほんっとうに世話のかかる使い魔なんだから!」
そう言うと、持っていた袋をトレーナーの部屋のドアにかけた。
「ちゃんと、中のポーションを飲みなさいよ!それで早くアタシのところに戻ってきなさい!それに、お年玉もたくさん用意しておいてよね!」
『ああ、分かった。ありがとう、スイープ』トレーナーはそう言うと、インターホンを切った。 - 7624/01/24(水) 20:53:59
外にいるスイープたちが去っていくのを待ち、トレーナーはそっとドアを開けた。
ドアノブには、パンパンに膨れたビニール袋が入っていた。
やれやれ、と微笑みながら独り言ちたトレーナーは、袋の中を覗いた。
中には、特撮キャラの描かれたDVDやらアイスやら市販薬やらと一緒に、濃緑色をした液体の入った小瓶が入っていた。
「スイープの言っていた、ポーションってこれのことかな?」そう言ってトレーナーが蓋を開けると、中から漢方薬と生草を合わせた匂いがした。
恐る恐る一口飲んでみたトレーナーは思わず吐き出しそうになった。
(な、なんだこの味…!?)まるで、レース場のターフとダートをまとめて噛みしめたかのような味が口の中に広がった。
苦みが口中をぐるぐると巡り、飲み干しても口腔から渋みが消えない。
せめて、何か甘い物を飲もうと台所に向かおうとした時、スマホが鳴った。
スマホを取り上げてみると、帰っていったスイープからの着信だった。
仕方なく、トレーナーは電話に出た。 - 8724/01/24(水) 20:54:22
『使い魔、あの薬を飲んだかしら?』スイープの声がした。その声はどことなく楽しげであった。
「ああ、すごく変な味だけど、なにが入っているんだ?」トレーナーは苦みが残る口で答えた。
『ふふん!とーってもマズいでしょ?でも飲めば風邪なんてあっという間に治っちゃうんだから』
あっああ、とトレーナーは相槌を打った。確かに体が温まってきた…ような気がしてきた。
『早く、スイーピーのところに戻ってきなさい!ご主人様を待たせるなんて、ホントーなら使い魔失格よ!』そう言うと、スイープは一呼吸おいて言葉をつづけた。
『でもアタシは心が広いから、待っていてあげる。その代わり、戻ってきたらアタシを遊園地に連れていきなさい!』
分かった、とトレーナーが頷く。そのまま電話を切ろうとした時、スイープの声がした。
『ああ、言い忘れてたけど、その薬は砂糖を混ぜると効果がなくなるわよ。ちゃーんとそのまま飲みなさい!』そう言い切ると電話が切れた。
そのまま飲まなくてはいけなくなったトレーナーは苦笑いした。
再び着信音がした。見るとスイープからのLANEであった。
LANEを開くと、そこには1枚の写真が載っていた。
─学園の家庭科室だろう、コンロの上には鍋がおいてあり、その周りを4人のウマ娘が並んでいた。
手前にはスイープ、鍋の横にビコーとフラワーが、そして奥にはマヤノが写り、思い思いのポーズをしていた。
鍋の中にはさっきの薬が入っている。
写真の中のウマ娘たちは、楽しそうに笑っていた。
トレーナーは、フッと笑った。
そして、再び小瓶を口にした。
飲んだ薬は、不思議と少し甘く感じた。
(了) - 9あとがき24/01/24(水) 20:54:48
読んでくださり、誠にありがとうございました。
久しぶりに、SSを書きました。
前作では多くの人が拙作を読んでくださり、重ねてお礼申し上げます。
まさかの、イラストまで描いていただき、うれしい驚きでいっぱいです。
このSSは、私が今年の正月休暇をインフルエンザでふいにしたときに思い付いたものです。
休暇の時に風邪になり仕事が始まることには治る、わが身の社畜体質に辟易しております。
まだまだ寒さが続きますが、どうぞご自愛くださいませ。
いつも以上に、皆様の健康をお祈りして筆を擱かせていただきます。 - 10あとがき_224/01/24(水) 20:55:06
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