- 1二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:11:34
「いやー、すんなりと入れて良かった良かったー」
「今になって外に列が出来ているみたいだし、タイミングが良かったね」
「でしょう? ネイチャ先生の読み通りですなあ?」
アタシがドヤ顔で胸を張ると、トレーナーさんはそうだね、と微笑んでくれた。
今、アタシ達が入ったのは、ジャズの流れる落ち着いた雰囲気のお蕎麦屋さん。
店員さんの感じも良くて、なかなか当たりのお店を引いたみたい。
アタシとトレーナーさんが席につくと、熱いおしぼりと温かいほうじ茶が運ばれてきた。
おしぼりで手を拭ってから、二人揃って一口お茶を啜って、ほっと息をつく。
「おいしい……今日は寒かったら、身に染み渡りますわー」
「本当だね、北の方だし、ある程度寒いのは覚悟していたけど、これほどだとは」
「ほらー、だからもっと厚手の服にした方が良いって言ったのにー」
「はいはい、今後はネイチャ先生の言う通りにさせていただきます」
「ふふっ、そうしてくださいな」
文字通りの茶番劇を終えて、アタシ達は顔を見合わせて笑みを零した。
────アタシとトレーナーさんは、遠征に来ていた。
今度出走する予定のレース場の下見と、リフレッシュのお出かけを兼ねた、日帰りプラン。
その帰り道、晩御飯として、たまたま見かけたお蕎麦屋さんに入ったのだけど。 - 2二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:11:48
「ねね、ここのお店さ、天麩羅御膳がオススメらしいよ~? さっきお客さんが話していたんだ」
「へぇ、さすがネイチャ、耳聡いね」
「どーも、さてさてー、早速メニューをっと」
ぱらりとメニューを開くと、ずらりと並ぶ品目の数々。
お蕎麦は勿論のこと、ご飯物や一品料理まで、文字を見るだけでも美味しそうな品揃え。
やばっ、これは目移りしちゃいますなあ。
「うう~ん、どれもなかなか捨てがたい……!」
「時間には余裕あるし、一品料理とかも頼んで良いよ?」
「……いや! ここはさっきのお客さんを信じて天麩羅御膳で!」
……ちょっとレース場で色々食べ過ぎちゃったのもあったり。
アタシは天麩羅御膳を探すべく、再びメニューをパラパラとめくり始めた。
そして程なくして、セットメニューのページにお目当てのものを見つける。
────そこには、松竹梅の、三種類の天麩羅御膳が存在していた。
グレードに合わせて、天麩羅の内容が豪華になっていく模様。
アタシはその詳細をあまり見ないで、メニューを指差した。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:12:09
「じゃあアタシは、天麩羅御膳の梅で」
「……別に、遠慮しなくても良いよ?」
トレーナーさんは、少しだけ悲しそうな表情で、そう聞いて来る。
とんでもない誤解をさせていたことに気づいて、慌ててアタシは弁明をした。
「いやいやいやいや! 遠慮とかじゃないから!」
「だったら、ほら、松には舞茸の天麩羅とか入ってるよ、ネイチャ好きだっただろ?」
「あっホントだー……じゃなくてさ、なんかね、アタシ、こういうのの『梅』って好きなんだ」
「……そらまた変わった嗜好だね」
「デスヨネー、ほら、梅ってさ、なんだか親近感が湧くと言いますかー、アタシみたいじゃん?」
────上から三番目、というところが。
アタシはそう心の中で思いながら、自嘲気味に笑ってみせて、そのまま目を逸らしてしまう。
……ああ、こんな時に、悪いクセが出てしまった。
せっかく楽しい空気だったのに、こんな冗談飛ばされても、トレーナーさん困るだろうな。
とても、申し訳ない気持ちになって、アタシはちらりとトレーナーさんを見た。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:12:24
「ああ、なるほどね」
トレーナーさんは、納得したような表情で、頷いていた。
それを見て、ずきりと、胸が痛んだ。
……いや、待って、なんでアタシは自分で言ったことに同意されて、ショック受けてるの?
まるで裏切られたように、傷つけられたかのように、感じてしまっているの?
これじゃあ、まるで、トレーナーさんに、否定してもらいたくて、言ったみたいじゃん。
「……っ!」
自分の、身勝手で、浅はかな想いに気づいて、顔を伏せてしまう。
アタシってば、本当に恥ずかしくて、情けなくて、面倒臭い女だ。
目頭が熱くなって、零れてしまいそうになるけれど、顔を上げることなんて出来るわけがない。
ああ、トレーナーさんも、きっと、嫌な顔をしているんだろうな────。
「ネイチャには花も実もあるからね、梅ってのは、確かにお似合いな気がするよ」
「……ふえ?」
思いもよらぬトレーナーさんの言葉に、アタシは顔を上げる。
そこには、何故かとても嬉しそうに頷きながら、言葉を紡ぐ彼の姿があった。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:12:36
「キミは俺なんかの身体も気遣ってくれるし、梅はその日の難逃れ、って意味でもぴったりかも」
「えっ、えっと、トレーナーさん?」
「綺麗でありながら、可愛らしい花ってのも、キミみたいだ」
「ええっ、ちょっ、まっ、ストップストップ……!」
「それにしても、ネイチャがそこまで自分に自信を持ってくれるなんて、なんだか嬉しいな」
どうやら、アタシの言葉はとんでもない誤解を生んでいた模様。
なるほどぉ、アタシが自分を梅の花みたい、と言ったと解釈したのかあ。
……いや、それじゃアタシが滅茶苦茶自意識過剰みたいじゃん!?
否定しようにも、トレーナーさんの嬉しそうな顔を見るとなかなか言い出せない。
そもそも言ったところで、本当の意味も説明したくないので、八方塞がりである。
そうこうしている間にも、トレーナーさんの舌は絶好調に回り、梅と、アタシを褒め続けていた。
「────そんなわけで、梅は俺も好きだな……ネイチャ? 顔が梅干しみたいに真っ赤だけど?」
「うにゃああああああ…………!」
しばらくの間、アタシはトレーナーさんに(褒め)言葉責めをされていた。
頬は火傷しそうなほどに熱くなって、口元も明らかに弛んでしまっている。
近くのお客さんの、微笑ましそうな話も聞こえてしまって、出来れば耳も伏せてしまいたいくらい。
そんなアタシを尻目に、トレーナーさんは思い出したように声を上げた。 - 6二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:12:49
「あっ、まずい、注文しないと……ネイチャのとは別のにしとこうかな、蕎麦御膳は小料理がついて美味しそうだね」
「…………」
「えっと、ネイチャは天麩羅御膳の梅で良いんだっけ」
「……っ」
アタシの気持ちも知らずに、暢気な声で問いかけて来るトレーナーさんを、きっと睨む。
でもどうやら、そういう顔にはなってなかったみたいで、彼は笑顔のまま、首を傾げるだけ。
それが、なんだか悔しくて────アタシは、ちょっとだけ意地悪をすることにした。
「やっぱり、松が良い」 - 7二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:13:13
- 8二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:18:50
くそっ!
寝る前だってのに尊いもの見せやがってッ! - 9二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:27:32
おかしい…ただのほうじ茶のはずなのに口の中が甘ったるい…
- 10二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 00:41:04
なるほどその梅かー
自分を松竹梅の3番目の梅に重ねるネイチャと合わせて題材選びが上手い
ところでネイトレさん梅の話わざとやってません? - 11二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 01:02:11
この梅なんか甘いんだけどハチミツ漬けかな?
- 12二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 03:04:11
桃や桜よりも先に春の訪れを告げる梅の花
そして幹に苔生す樹齢になっても花を咲かせるあたりもネイチャにピッタリだよな - 13二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 07:55:43
ネイチャさんがじめじめしてる……
- 14二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 08:38:42
本当に面倒くさくて駄目だった
そしてトレーナーの神フォローが光る - 15二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 09:14:07
ちょいと意地悪したはいいもののトレーナーの余裕はなんも変わらなくてぐぬぬ…ってなる
- 16二次元好きの匿名さん24/01/26(金) 18:14:50
よいSSでした
- 17124/01/26(金) 22:38:53