- 1二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:11:56
「せんぱい、せんぱい♪ なに読んでるんですかー?」
「ん? ああ、ウマ娘のトレーナー教本だよ」
「せんぱいって、もしかしてウマ娘フェチなんですか、やだ、身の危険を感じちゃう……!」
「なんでそうなるんだよ……俺はさ、ウマ娘のトレーナーになって、世界に名を残すようなウマ娘を育てたいんだ」
赤く染まる教室の中、せんぱいはとても綺麗な瞳で、夢を語ってみせた。
ウマ娘のトレーナー、それはとても狭き門。
わたしみたいな半端なウマ娘が、トレセン学園に入学しようとするくらい、難しいことだった。
でも、せんぱいの目には、一点の曇りもない。
絶対にトレーナーになる、いや、トレーナーになって夢を叶えてみせる。
そんな想いを、強く感じて────わたしは、一瞬だけ目を逸らしてしまいそうになった。
夢を叶えることも、夢を目指し続けることも、わたしは早々に諦めてしまったから。
一度は見たG1ウマ娘の夢は、圧倒的な実力の差を見せつけられて、どこかに消え去ってしまった。
レースクラブもすぐに辞めてしまって、今のわたしは普通の学校に通う、一般ウマ娘。
こういう子は周りから腫物扱いされるのも珍しくないけれど、せんぱいは気兼ねなく話しかけてくれた一人だった。
なんで話しかけてくれたんですか、と仲良くなってから聞いたことがある。
するとせんぱいは、何てこともないと言わんばかりの顔で、さらりと言った。
────なんか、キミが寂しそうにしていたから、つい。
あの時のことを思い出して、胸が温かくなって、思わず笑みを浮かべてしまう。
するとせんぱいは怪訝そうな表情をしたので、わたしは誤解させないように、素直に言葉を紡いだ。 - 2二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:12:09
「せんぱいって優しくて、面倒見が良いから、きっと向いてますよ」
「……そりゃどーも」
「あっ、でもカワイイ後輩を甘やかすのはヘタだから、そこは要改善だと思います!」
「えっ」
「ささっ、将来のために、このわたしめを甘やかしてくださいよ、せんぱーい♪」
「……仕方ないなあ」
せんぱいは、そんなわたしを見て、顔を綻ばせた。
どこか困っているような、それでも満更でもないような、そんな彼の笑顔。
わたしが、大好きな、笑顔。
それを見るだけで気持ちがふわふわして、顔がぽかぽかして、胸がどきどきする。
きっとこれは、恋なんだろうと、そう思う。
誰かの笑顔を見て、こんなにも愛おしく感じたことは、今までなかったから。
だけど、わたしはこの想いを胸に秘め続けている。
せんぱいの夢を、邪魔したくないから。
せんぱいの夢を、見続けていたいから。
そんな言い訳で心を覆って、わたしは、『からかい半分で甘えて来る後輩』の仮面をかぶり続ける。
せんぱいの、一番のファンで、あり続けたいから。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:12:24
「そんなせんぱいが、今やG1ウマ娘のトレーナーさんですか、時間の流れは早いですねえ」
「そういうキミだって、自分のブランドを立ち上げた新進気鋭のデザイナーじゃないか」
「そーですよー? 多忙な日々のなか、わざわざせんぱいに会いに来てあげてるんだから、感謝してくださいねー?」
「はいはい、自慢の後輩でございますよ」
胸を張るわたしに対して、せんぱいは、あの頃とか変わらない優しい笑顔を見せた。
せんぱいと一緒の学校に通っていた頃から、もう何年も経過している。
せんぱいは卒業してからすぐにトレーナー学校に入学し、ちゃんとトレーナーになった。
わたしはデザインの専門学校にいって、勉強をして、運良く数年で結果を出すことが出来た。
そして一年前、わたし達は、とある縁で再開を果たしたのである。
「でも、せんぱいも凄いじゃないですか、ちゃんと、夢を叶えたじゃないですか」
「俺が頑張ったんじゃなくて、『あの子』が連れて行って、叶えてくれたんだよ」
せんぱいは、どこか嬉しそうな表情で、そう言った。
その顔を見て、そして『あの子』という言葉を聞いて、わたしの胸はずきりと痛む。
それを誤魔化すように、わたしは冗談めかしながら、言葉を吐き出す。
「あー、そういうこと言ったらいけないんですよー、『あの子』にチクっちゃおうかなー?」
「……そっ、それは勘弁してくれ」
「あー、なんだか喋ったら喉乾いちゃっいましたねー? へえ、プレミアムはちみーなんてあるんですねー?」
「…………お好きなだけどうぞ」
せんぱいは沈痛な表情をしながら、お財布をぎゅっと握り締めた。
トレセン学園のトレーナーは万年金欠、なんて噂を聞く、どうやら割と事実のようである。
可哀相になってきたから、この辺で許してあげようかな、そう思った瞬間だった。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:12:40
「トレっちー!」
良く通る、猫撫で声が遠くから、鳴り響いた。
ああ、来ちゃったか。
聞こえて来る足音は徐々に近づいて来て、せんぱいも、その声の主の方向を向いた。
あの頃とは少しだけ違う、優しくて、慈しむような、笑顔を浮かべて。
「お待たせトレっち……どうかなあ?」
「……ネイルを新しくしたのかな? きらきらがキミに似合ってて、とても可愛らしいと思うよ」
「……っ! えへへ、でしょ~♡」
二種のリボンが巻き付いた青毛のツインテール、猫のような口元に、特徴的な水兵帽。
せんぱいの担当ウマ娘であるヴィブロスちゃんは、嬉しそうな微笑みながら、彼に身体を寄せた。
やがて彼女は、わたしの方を見て、ぺこりと頭を下げた。
「おねーさんも、お待たせちゃって、ごめんなさい」
「待ってないからだいじょーぶですよー、おっ、そのスカート、わたしがデザインしたやつじゃないですかー?」
「そう! ちょーかわいくて、お気に入りなんだー♪ 新作も期待してまーす♡」
そう言って、ヴィブロスちゃんは人懐っこい顔で、私を見つめた。
……何の他意もなく、ただただ純粋に、わたしのことを慕ってくれている顔。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:12:53
────この子が、嫌な子だったら、どれだけ良かったか。
ぎゅっと締め付けられるような気持ちを、見ない振りをして、わたしは『後輩』の仮面を貼り付ける。
「おっまかせー! ……あっ、ヴィブロスちゃん、物は相談なんだけどうちの専属モデルとか」
「…………その手の営業はトレセン学園を通してお願いします」
「ちぇー、せんぱいとわたしの仲じゃないですかー、あっ、今度出すやつの試作品、後で見せてあげますね?」
「きゃ~っ! ありがとうございまーす♡」
ヴィブロスちゃんは、とても嬉しそうに、そう言ってくれる。
初めて出会った時と、同じように。 - 6二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:13:07
ヴィブロスちゃんと初めて出会ったのは、とあるショップ。
たまたま店を見に来ていた時、中で少しだけ怪しい子を見つけた。
グラサンにマスクの完全武装で、髪をすっぽり覆い隠すような帽子をかぶっていた。
……でも、わたしのデザインした服を楽しそうに見てくれて、どうも悪い人物には思えなくて。
わたしは、ついついその子に話しかけてしまった。
多分、そもそもの性格的な相性も良かったのだろう。
意気投合し、長々と話してしまって、そうこうしているうちに彼女の保護者と思われる男性がやってきた。
『ありゃ、トレっち? ……ってもう、こんな時間っ!?』
『時間を忘れるくらいに話し込んでたんだね、って、あれ?』
『……せんぱい?』
そんなわけで、わたしはヴィブロスちゃんと知り合い、そして数年振りにせんぱいと再会を果たした。
せんぱいの活躍は、ずっと知っていた、わたしはせんぱいの一番のファンだから。
連絡は取ってなかったけど、担当の子がデビューしたことも、レースで華々しい成果を上げていたことも。
……変装している担当ウマ娘本人と話していたのは、気づかなかったけども。
それからは時折、こうして三人で会うようになった。
ヴィブロスちゃんは、せんぱいとお出かけがしたくて、わたしの話も聞きたくて。
せんぱいは、ヴィブロスちゃんに付き合いたくて、わたしの近況も見ておきたくて。
わたしはヴィブロスちゃんと仲良くなりたくて────せんぱいと、会いたくて。
全員の利益になっている、理想的な関係なのだろう、きっと。
そして今日も、ヴィブロスちゃんの気分転換がてら、お買い物に来ていた。
彼女はせんぱいやわたしの意見を聞きながら、ひょいひょいと服を見繕っていく。 - 7二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:13:30
「トレっちー、これ、全部試着してみてもいーい?」
「ああ、構わないよ、時間はたっぷりとってあるから、ゆっくり選びな」
「さっすがー♪ トレっちありがと♡」
たくさんの服を持って、ヴィブロスちゃんは試着室へと駆けていく。
わたしはそんな彼女を見送りながらも、にやつきながら、せんぱいに声をかけた。
「ずいぶんと甘やかし上手になりましたねー? このこのー、敏腕トレーナーめー」
「俺が上手くなったんじゃなくて、あの子が甘え上手なだけだよ」
「……いえ、上手くなりましたよ」
だって、昔だったら、ネイルの変化なんて気づかなかったじゃないですか。
せんぱい、知ってますか?
わたし、せんぱいにかわいいって言ってもらいたくて、いっぱいオシャレしてたんですよ。
色んな服とか調べて、自分にぴったりなのを見繕って、一番の組み合わせを考えて。
でもせんぱいは気づいてくれなくて、でも何だかせんぱいらしいなって、納得しちゃって。
────でも、あの子の変化には、気づいてあげられるんですね。
……わかっている。
あの子はもっと自分から、積極的にアピールを仕掛けたのだろう。
普段のヴィブロスちゃんの行動を見ていれば、なんとなく予想がつく。
そうすれば流石のせんぱいだって気づくし、気づかないにしても素直に言えば、次からはわかってくれる。
せんぱいはそういう人だ、そんなこと、あの子よりもずっと前に、わかっていたはずなのに。 - 8二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:13:46
「ヴィブロスちゃんそれ超似合ってますよー! やばー! わたしが買ってあげたいくらいー!」
「やっぱ? 私もこれサイコーだと思ってたんですよねー♪ うん、これは購入決定かなー♡」
「そっか、他のはどうする?」
「そだねー、あっその前にー……トレっちー、ちょっとそこに立ってて―」
「えっ、ああ」
「……ふふっ、えいっ♡」
突然の指示に困惑しながらも、直立するせんぱい。
そんなせんぱいの隣に、ヴィブロスちゃんは足早に寄り添うと、流れるような動きで腕を絡ませた。
そしてスマホを取り出すと、電子音を鳴らしながら、ツーショットを撮影していく。
「ちょっ、ヴィブロス……!」
「トレっち、全然写真を一緒に撮ってくれないからー、たまには良いでしょ? ね、ね?」
ヴィブロスちゃんの言葉に、懐かしい気持ちになる。
昔からせんぱいは、写真を撮られるのが苦手だった。
プリクラとかに誘おうとすると、露骨に嫌そうな顔をするので、当時のツーショットは一枚もない。
そんなこと知る由もないヴィブロスちゃんは、目を潤ませながら、せんぱいに懇願する。
「……仕方ないなあ」
せんぱいは、そんなヴィブロスちゃんを見て、顔を綻ばせた。
どこか困っているような、それでも満更でもないような、そんな彼の笑顔。
わたしが────大好きだった、笑顔。
見るだけで気持ちがふわふわして、顔がぽかぽかして、胸がどきどきした、せんぱいの笑顔。
それはいま、わたしに向けられていない。
あの人の隣にいるのはヴィブロスちゃんで、わたしは今、そんな二人からは少し離れた位置にいる。
歩数にしてみれば数歩の距離、けれどそれは、途方もない距離に感じてしまう。 - 9二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:14:04
「おねーさんも、写真とろー♡」
「……うん、いいですよ」
何の悪気も、邪気もなく、ヴィブロスちゃんはわたしの下へと駆け寄ってくる。
込み上げて来るようなドス黒い何かに蓋をしながら、わたしは笑顔を作って、彼女に答えた。 - 10二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:14:25
家に帰って、わたしは化粧も落とさず、着替えもせず、そのままぽすんとベッドに飛び込んだ。
そして、手帳から、一枚の写真を取り出す。
そこに映っていたのは、学生時代の、せんぱいの横顔。
まるでカメラを意識していないような、気の抜けた、表情。
それもそのはず、この写真はわたしがせんぱいの許可なく、こっそり撮影したものだから。
誰も知らない、せんぱい自身も知らない、わたしだけの宝物。
────その宝物は、ヴィブロスちゃんにとっては、単なる日常の1ページなのだけれど。
「せんぱい」
ヴィブロスちゃんが、せんぱいをどう想っているかは、大体想像がつく。
あの子が見せる表情は、きっと、当時のわたしの表情と、全く同じものだから。
でも、彼女の想いは、すぐには届かないだろう。
せんぱいは優しくて、素敵だけど、真面目で、分別のある大人だ。
教え子に手を出したし、そういう関係になることは、絶対にあり得ない。
「せんぱい」
だからといって、わたしがせんぱいとそういう関係になれるかは、別の話。
あの二人の間には、一生切れることのない、確かな絆が紡がれている。
周りで見ているだけならともかく、その間に入る隙間なんて、これっぽちも存在しない。 - 11二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:14:49
「せんぱい、せんぱい」
ぽたぽたと、写真の上に水滴が落ちる。
熱くなった目尻から溢れるそれを、わたしは抑えることが出来ない。
なんで、ヴィブロスちゃんみたく、もっと正直に、素直になれなかったんだろう。
わたしは、あなたの一番のファンになりたかったんじゃなくて。
わたしは、あなたの一番に、なりたかったはずなのに。
「せんぱい……せんぱい……!」
もしも、わたしの足が、もう少し早ければ。
もしも、わたしの足が、もう一歩進めていれば。
せんぱい────わたしは、あなたの隣に、今もいることができましたか?
そんな無意味な疑問を、口に出すことすら出来ない。
ただわたしの口から零れるのは、虚しく響く、彼の呼び名だけだった。 - 12二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:15:54
- 13二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:20:10
脳が壊れちゃったぁ
- 14二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:20:47
なぜこの時間に投稿を…?
乙です - 15二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:21:35
後輩ちゃんルートはよ
- 16二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 01:45:37
「せんぱい」という呼び方は統一されてるのに意味が変わっているのがね…おつらいよね…
辛いよ俺は… - 17二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 07:04:23
悲しい…悲しい…
- 18二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 07:08:34
ウワーッ!書いたなコイツ!?
素晴らしい作品をありがとう… - 19二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 12:14:31
先輩が甘やかし上手になったのは後輩がきっかけなんだよね……
- 20二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 12:39:36
スレ主っていつもそうですよね!救われない人の心理描写ばっかり…その人たちのことなんだと思ってるんですか!
- 21二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 12:41:47
あ、あの…ドバイなら重婚も合法だったりしませんか…?
- 22124/01/27(土) 19:48:45
- 23二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 22:41:24
まーたヴィブロスと俺らの脳を破壊して…
- 24124/01/27(土) 23:33:41
今回はヴィブロスの脳は破壊されてないからセーフ
- 25二次元好きの匿名さん24/01/27(土) 23:41:01
こんなにぐちゃぐちゃになっちゃってても将来には良い思い出って笑えるようになれてたらいいね……なれていてくれ……
- 26124/01/28(日) 01:46:33
慣れていてくれると思います
- 27二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:47:42
「せんぱーい! 一緒にプリクラ撮ってくださいよー!」
「……えー」
わたしはゲームセンターの前で、せんぱいに向かって精いっぱいのおねだりとしてみる。
でもせんぱいは露骨に嫌そうな顔をして、近づいてこようとしない。
……うーん、これは無理め。
諦めの大きなため息をついて、後ろ髪を引かれながら、わたし達はゲームセンターを通り過ぎる。
「せんぱいって、本当にプリクラとか、カメラとか苦手ですよねー?」
「……ごめんね」
「あっ、いえいえー、別に謝られることじゃないですけど、なんでかなーって」
「正直言うと俺も良くわからないんだけど、なんか撮られたくないんだよなあ」
「まあそういうのありますよねー、わたしも今回の小テストの結果、なんか見たくないんですよー」
「それはちゃんと直視しなよ」
「ううー、せんぱいがきびしいー、ヨヨヨ」
わたしは泣き真似をしてみせると、せんぱいは呆れ半分の苦笑を浮かべた。 - 28二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:47:57
────今日、学校は半日で終わりの日。
いつも通りせんぱいに構ってもらおうとしたら、欲しい本があるから駅前に行くとのこと。
……わたしのお誘いよりも本が優先されたことにショックを受けつつも、付いて行くことにした。
「……またトレーナー関係の本ですかー? 前も買ってませんでしたっけ?」
「レースやトレーニングの常識は日々更新されるからね、これでも足りてないくらいだよ」
「はえー、やっぱり、トレーナーになるって大変なんですねー」
「そうだね、大変なんだよ、でも、少し勉強するだけでも奥深くて、楽しくて、わくわくするよ」
せんぱいはそう言いながら、本の入った紙袋をちらりと見た。
本は、駅前に来て、最初に購入を済ませている。
きっと、すぐにでも家に帰って、買った本を読み進めたいだろうに。
せんぱいは何も言わないで、わたしと一緒に、街を歩き回ってくれている。
……こういうところ、本当にずるいなあって、いつも思う。
油断すると顔が緩んでしまいそうになるのを押さえながら、わたしは口を開いた。
「でもでもせんぱーい、トレーナーを目指すなら、写真克服した方が良くないですかー?」
「……その心は」
「女の子は写真を撮るのが大好きなんです、お出かけでぱしゃり、ご飯でぱしゃり、何もなくてもぱしゃぱしゃり」
「……そう言われると、確かになんか常に写真撮っているイメージあるな」
「好きな人の写真を枕元にー、手帳にー、なんておまじないとかも少しは聞いたことありませんかー?」
「……あるね」
「でしょー? ウマ娘のトレーナーってことは、年頃の女の子の相手をするわけでしてー」
「ううーん……」 - 29二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:48:12
せんぱいは、腕を組んで真剣に考え込み始めた。
……正直、ちょっとした冗談のつもりだったけど、かなり本気で受け止められてしまった。
悪いことをしちゃったなあ、と思いつつも、ワンチャンあるのでは、とも思ってしまう。
やがてせんぱいは、苦渋の表情をしながらも、搾り出すように言葉を吐き出した。
「まずは……トレーナー学校の試験に合格することが……優先だと思う……!」
「……おやおやー? 何時の間にせんぱいは逃げ脚質が得意になったんですかねー?」
「うぐ」
痛いところを突かれた、と言わんばかりの顔をするせんぱい。
あまり見ないレアな表情だ、なんだか心が弾んできてしまう。
もうちょっと楽しみたいところだけど、可哀相だからこれくらいで勘弁してあげよう。
わたしは脳裏に焼き付いた、大好きな笑顔を思い出しながら、表情を作る。
「仕方ないなあ────えへへ、せんぱいのまねー」
「あはは……まあでも心配してくれてありがとう、色々考えておくよ」
「まあ、世界に名を残すようなウマ娘を育てたら、嫌でも撮られますからねー……あっ、そういえば」
「ん、どうかした?」
「せんぱいって、目指しているレースとかってあるんですかー?」
ふとした疑問。
世界に名を残すようなウマ娘を育てる、というせんぱいの夢。
でもそれって、どうすれば、夢を叶えたことになるんだろう。
わたしからの質問に、再びせんぱいは、腕を組んで考え始める。
けど、その表情はさっきとは違って、子どもみたいに楽しそうな表情に見えた。 - 30二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:48:27
「そうだなあ……国内のレースを軽視する気はないけど、やっぱり海外のG1レースで勝ちたいよな」
「海外っていうと、凱旋門賞とか、ブリーダーズカップとか?」
「うん、後は、そう、ドバイとか」
ドバイ。
正直にいえばドバイという国はあまり詳しくないけれど、そこでG1レースが行われているのは知っていた。
今も、日本を含めて世界中からたくさんのウマ娘が挑戦している、世界最高峰のレースが行われる場所。
「ドバイ、ドバイですかー、なんかこう、セレブな感じですよねー?」
「想像が雑……まあでも、そういうところで、自分の担当ウマ娘を勝たせてあげたいんだ」
せんぱいは、まるでドバイの光景を見ているかのように、目を輝かせてそう言った。
勿論、簡単な話では、決してない。
海外G1どころか、国内の重賞も勝てずに辞めてしまうトレーナーが殆ど、そういう世界だ。
せんぱいがいくら頑張ったとしても、それだけでは、いけない。
そこには────運命の出会いが必要。
海外のレースを夢見て、それ相応の実力を秘めて、周囲にも恵まれたウマ娘との出会いが。
……まあでも、せんぱいなら、大丈夫かな。
だってせんぱいは、わたしなんかを見つけてくれたから。
きっと、キラキラと輝くウマ娘を、見つけ出すに違いない。
「……せんぱいなら、きっと出来ますよ」
「まあ、まずはトレーナーになるのが前提だし、担当契約も大変らしいからなあ」
「ふふっ、せんぱいは優しいですから、もしかしたら向こうから声かけてくるかもしれませんよー?」
「あはは、そんなわけないって」 - 31二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:48:40
せんぱいは、前を向きながら、楽しそうに笑った。
未来を真っ直ぐ見つめているかのような、そんな顔で。
いつもとは違う顔で、でも、見ているだけで胸が高鳴るような、そんな素敵な顔で。
────写真に、残したいな、と思ってしまった。
わたしはスマホを取り出して、カメラをこっそり起動させる。
せんぱいがこちらを向いてないことを良いことに、レンズを、先輩の方へと向けた。
……撮ったらさすがにバレるよね、怒られるかな、叱られるかな。
…………仕方ないなあ、って笑ってくれるかな。
色んな思惑が混ぜこぜになって、気が付いたら、撮影ボタンに指が触れようとしていて。
その時、大きなクラクションの音が鳴り響いた。
あまりの音量に、わたしやせんぱいだけでなく、周囲の人達もびくりと身体を震わせた。
どうやら、道路の方で、ちょっと乱暴な運転があったみたい。
でもすぐに何事もなかったように、人も車も、日常を流れて行った。
そんな中、わたしのスマホの画面には────非日常が切り取られている。
「びっくりしたなあ……って、そんなスマホをじっと見つめながら歩いたら危ないよ」
「ふぇ!? あっ、そっ、そうですねー! 歩きスマホダメぜったいー!」
「ちょっ、声が大きい……!」 - 32二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:49:01
わたしが発した、無駄に大きな声のせいで、周囲の視線がわたし達に集まってくる。
急に恥ずかしくなってきて、わたしとせんぱいは小さくなりながらも、道の端っこに移動した。
その最中、もう一度だけ、ちらりとスマホを見やる。
そこには、少しだけ気の抜けた、せんぱいの横顔が映っていた。
きっと、クラクションが鳴らされた瞬間に、びっくりしてそのまま撮ってしまったのだろう。
素直に言うべきなのに、わたしは何故か、スマホを隠すように仕舞っていた。
「まったく……」
せんぱいはそんなわたしの行動には、全く気付くことなく、小さくため息をついていた。
そして、わたしのことをじっと見つめて、やがて、その顔を綻ばせた。
どこか困っているような、それでも満更でもないような、そんな彼の笑顔。
見ているだけで気持ちがふわふわして、顔がぽかぽかして、胸がどきどきする。
「……仕方ないなあ」
そんな、わたしの大好きな笑顔を、せんぱいは見せてくれた。 - 33二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:49:15
後日、テスト勉強で少し気分が落ち込んでいたわたしは、気分転換に屋上へとやってきた。
良い風が吹いていて、気持ちの良い時間。
珍しく今日は誰もそこにいなくて、わたしはこれ幸いと、ベンチに座り込む。
そして手帳を取り出して、その中から、一枚の写真を取り出した。
「……えへへ」
そこに映っているのは、せんぱいの横顔。
この間スマホで撮った写真を、現像したものだった。
……実は、この学校にはちょっとした言い伝えがあって。
手帳の中に好きな人の写真を入れて、それを誰にもバレなかったら、恋が成就する、というもの。
正直、良くあるおまじないの類だし、あんまり興味はなかったのだけれど。
「なんか、見てるだけで元気が出ちゃいますね、せんぱい」
これは、思わぬ効果だった。
先ほどまで沈んでいた気持ちは、気が付けば上向きになっている。
なるほど、おまじないを抜きにしても、これは良い収穫だった。
……まあ、もちろん、おまじないが効果を発揮してくれるなら、それに越したことはないけど。
ただ、一つだけ問題点があって。
「……っ」
ずっと見ていると、胸がぎゅっとなって、せんぱいの顔が頭から離れなくなって。
尻尾はぱたぱたとうるさいくらいに暴れ回って、耳はぴこぴこと忙しなく動き続けてしまう。
ほっぺに触れてみれば、燃えるように熱い。
ここに、せんぱいがいないという事実が、とても切ない。
わたしは小さくため息をつきながら、無意識のうちに、ぽそりと呟いてしまった。
「はあ、早く、せんぱいに会いたいなあ」 - 34二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 01:52:37
お わ り
後輩ちゃんが可哀相だったので幸せな後輩ちゃんを書いてみました - 35二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 02:00:37
ねぇ未来!未来!!!!
- 36二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 03:13:20
良質なBSS/WSS小説で脳破壊されるの気持ちいい……頭ん中がパチパチする
- 37二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 03:21:07
想い出はいつも綺麗だけど
それだけじゃお腹が空くわ - 38124/01/28(日) 08:22:17
- 39二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 08:39:56
壊れちゃった(2回目)
- 40124/01/28(日) 19:30:16
2回目は幸せな話だからセーフ
- 41二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 19:39:28
追加攻撃がきてる〜?!いいSSなだけに破壊力がまた増すのよ…
- 42二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 22:20:12
あのさぁ…
- 43二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:45:37
破壊力抜群のSSでしたね…
- 44124/01/29(月) 07:10:30
- 45二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 07:54:25
- 46二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 16:43:20
いい話なのにおつらい
でもありがとう - 47二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 22:53:37
このジクジクした感じ、本当に大好きだ。
より子。の、『ほんとはね』を思い出した。 - 48二次元好きの匿名さん24/01/30(火) 08:09:41
人の心の壊し方が解るのは人の心を持つ者だけなんやなって
- 49124/01/30(火) 13:19:31
- 50二次元好きの匿名さん24/01/30(火) 18:08:35
脳が破壊されたわ