【SS】一夜限りの大三角

  • 1各シナリオネタバレ注意24/02/02(金) 22:22:23

     トゥインクルシリーズが一段落着いた頃、私は学園から少し離れた丘に来ていた。星がよく見えるこの場所で、空を見上げている。

     彼女がいなくなってから、あまり星を見に行っていなかった気がする。だから、その間にあったこと、全部伝えておこうと思って。本当は、まだ話せないってわかってるけど、それでも、なんだか前のように、してみたくなって。

     誰もいない、静かな夜。ベンチに座ってから、街の明かりにも負けない輝きを見上げる。空は澄み切っていて、冬の大三角がよく見える。私は胸に手を当て、彼女へと語りかける。夜風が肌に突き刺さる。寒くなってきた。体が冷える前に済ませようと思った時、不意に温かい何かが腕に当たる。

    「お隣、失礼するね~」

     あの子の声じゃない。横を向くと、そこにはパーマーさんがいた。

    「今日はよく冷えるでしょ?」

     彼女は、手に持っていた何かを、こちらへ差し出す。よく見てみると、缶に入ったミルクティーだった。

    「これ、私に?」
    「そう! 私の分はあるから遠慮しないで」

     そう言い彼女は、もう一本取り出した。私は受け取った缶を開け、一口飲んでみる。体の中に、熱が染みていく。飲み込んだ後も、口の中が甘い。

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:22:40

    「アヤベさん、何かお悩み?」

     突然、パーマーさんがこちらを覗き込んできた。

    「こんな夜中に、一人でいるからさ。もしよかったら、話してみない?」

     彼女は優しい笑みを向けてくる。私を心配しているらしい。

    「いえ。ここには、妹に報告しに来ただけ」
    「そうなの? じゃあ、あのどれかが妹さんなんだね」

     そう言い、彼女も空を見上げる。私の妹のことは知っていたみたい。けど、私が時々星を見に行くのを、知らなかったかしら? そして、悩みがあるのは。

    「むしろ、あなたの方こそ何かあるの? 夜に一人なんて、珍しいと思うけど」
    「あはは、やっぱそうだよね〜?」

     返事とは裏腹に、彼女の声はわずかにこわばっていた。何か言い続けるのかと思いきや、パーマーさんはそのまま黙っていた。しばらくの間、沈黙が続く。



    「悩みがあるのは、パーマーさんの方なんじゃない?」

     仕方がないので、私から話を振った。彼女はドキリとしたようで、一瞬だけ真顔になった。

    「わ、私が? どうして?」
    「最近、なんか変だったから」

     最近……と言ったものの、実はここ一年間、彼女の様子に違和感を感じていた。一人でボーっとしているところを、度々見ていた。彼女らしくないと思って、少し気になっていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:23:16

    「やっぱわかっちゃうかぁ。普段は相談される側なんだけどなぁ」
     ため息をつきながら、彼女は遠くを見つめた。

    「実は、わかんなくなっちゃってさ~」
    「わからない?」



    「私、このまま走っててもいいのかな、って」

     顔をしかめるパーマーさん。その言葉に、思わず首をかしげてしまう。

    「どうして、そう思うの?」

     なぜかしら。私は聞いてみたくなった。なぜ、彼女が走りに憂いを感じるのか。

     私の言葉に、パーマーさんは目をパッチリさせていた。そして、再び空の方を向き、笑みを浮かべた。



    「私さ、色々やってきてさ。メジロ家を抜けて、ヘリオスと、トレーナーと、回り道して。私が本当にやりたいこと、探したんだ。フリースタイルで走ったり、動画撮ったりとかね」

     やりたいこと探し……私にも、あった。あの子がいなくなった後、私に何が残っていたのか。トレーナーさんに言われて、色々探した気がする。

    「それで、やっぱりレースで走りたいって思って、トゥインクルに戻ってきたんだよね。つらくても自分を貫いて、勝ってやりたいって」

     そういう彼女の笑顔は、憂いを帯びていた。

    「何度も沈んできたけど、それでもトレーナーとズッ友は、前へと押してくれたんだ。だからやってこれた。だけど……」
    「だけど?」

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:23:43

    「……そんな私が、勝ってもいいのかなってさ、思うんだよね」

     勝ってもいいのか?

     そんなこと、考えたこともなかった。むしろ逆。以前の私は、勝たなければいけないと思っていた。私とは、真逆の考え方。

    「私が走ってるのは、走るのが好きで楽しいからだけなんだって、思う時があるんだ。だから、必死になってやってる他の子とか見てると、申し訳なくなってさ。私なんか、そんなにがんばったわけじゃないのに」

     驚いた。パーマーさんが、そういう風に考えるタイプだとは思っていなかったから。

    「勝たなきゃいけないって追い込んでる子もいるのに、私なんかが、楽しいからって走り続けていいのかな……って、思っちゃって」

     おそらく、以前の私のようなウマ娘を見て、自信を無くしているのね。

    「ヘリオスさんと一緒の時は、そんな風に見えなかったけど」
    「それは、そうなのかも。トレーナーやヘリオスといる時って、そういうのを忘れられるんだよね。だから、一人になると、厳しいっていうか……」

     渋い顔でうつむくパーマーさん。いつもはみんなの相談に乗っていたけれど、こんな一面があったとは。
     

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:24:28

    「どうして、話してくれたの?」

     思わず出た言葉に、パーマーさんは「えっ?」と呟き、固まっている。私も、固まってしまった。どうしてこんな言葉が出たの? 私は、何を思って……。

    「どうして、って?」
    「その、話しづらいと思うんだけど、今の話」
     パーマーさんに聞かれ、たどたどしく答える。しかし、それは私の本音でもあった。彼女の悩みは、人に話しづらい内容だと思った。普段はそんな性格に見えないから、なおさら。

     やがて、パーマーさんは、はにかむように笑った。

    「アヤベさんは、誰かのために走れるウマ娘だと、思ったから……かな?」

     意外な答えが返ってきた。誰かのために走れる……今となっては、半分は正解で、半分は不正解。きっと、私は妹のためだけじゃない。私のためにもなっていると思う。

     だけど、パーマーさんは、自分のために走ることへ、引け目がある。自分の身を捨てる子達を見てしまったから。誰かのために、何かのために、走らなきゃいけないって。

     ただそれは、欲しいからと好んで手に入れるものではない。むしろ、抗いようも無く理不尽に課せられるもの。妹の生死は、私の意思でどうにもできなかった。それは求めるものではなく、背負っているもの。

     背負っているものなんて、無くてもいい。無い方が幸せかもしれない。

     ……けど、背負っているものは、パーマーさんにもあった。そこから抜け出したから、彼女は今、こうやって考えている。それに気づいた途端、彼女へかける言葉が思いつかなくなった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:25:56

    「いいんじゃない? 楽しいから走っても、自分のために走ってもさ」

     何を言おうか悩んでいると、別の声がした。

    「体や思いが強いヤツとか、背負ってるものが多いヤツが、勝たなきゃいけないなんてルールないし」

     振り向くと、そこに私服姿のタイシンさんがいた。

    「ありゃ、タイシンさんにまで聞かれてたか……」
     引きつった笑いを見せ、頭をかくパーマーさん。

    「パーマーも色々あったみたいだけど。アタシも、必死になってやってた時期あったよ」
    「え? そうなの?」
     目をパチクリさせる彼女に向けて、タイシンさんは優しい笑顔を向けていた。

    「認められたくて、認めさせたくて、でも、アタシにはレースしかないって思って。負けたら、アタシには何も残らないと思ってさ」

    「ケガをして、無理言って出た菊花賞で負けて。もう何もしたくないって不貞腐れてさ」

    「それで、しばらく休んだんだけど。アイツらは、そんなアタシでも見捨てなかったんだ」

    「だから、またがんばってみようと思ってさ。結局、アイツらと競うのが楽しいから、今のアタシがあるんだと思う」



    「そうだったんだ…」
     パーマーさんも、タイシンさんの話に聞き入っていた。普段、ほとんど話さないからわからなかったけど、そんな風に考えていたのね。

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:26:42

    「パーマーはどう? ヘリオスとか、マックイーンと一緒に走るのは」
     タイシンさんの言葉に、腕を組んで悩むパーマーさん。

    「ヘリオスとなら、本気で楽しいよ。マックイーン達とも、対等に競い合いたいって思える。でも、他の子には、やっぱり申し訳ないし……」
     パーマーさんはずっと下を向いている。まだ前向きになれないみたい。

    「勝っていいのかって言ってたけど、タイシンさんも私も、そういう風に悩んだことはないわ。逆ね。勝たなければいけないって考えてた」

     今度は私から話をしてみるが、彼女の表情はまだ変わらない。

    「やっぱり、普通はそうなんだよね。勝たなきゃいけないって必死になってる子が、学園にはたくさんいるんだ……だから、私は……」



    「それは違う」



     食い気味に言った瞬間、パーマーさんの見開いた瞳が、私に突き刺さる。

    「それは、違うの」

    「……違う?」

     首をかしげる彼女に、私は言い続ける。

    「勝たなければいけないって考え方は、違ったの」

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:27:29

     説得し得るかはわからないけど、私は、私に言えることしか言えない。

    「私は、ずっと妹のために走るんだと思っていた。走らなきゃいけないって思ってた。妹は、私のせいで生まれなかったから。そうじゃなきゃ、私はここにいちゃいけないって思ってた」

    「でも、ダービーで勝った私は、妹を蔑ろにしてしまった。自分のために走りたくなった。そんな時に、ケガをして私は負けたの。天罰だと思った。妹のために生きなかったことの、罰だと」

    「なのに、妹は、私のことなんて恨んではいなかった。それどころか、私の足のケガを、どこかへ持ち去っていったの」

    「そこで初めて、私は自分の足で走り始めた。私自身の人生を、生き始めた」

     私がここまで来れたのは、勝ち続けたからじゃない。私のために、走っていいと、思えたから。あの時の負けは、そのためにも、必要だった。あの時の苦しみは、そのためにも、必要だった。



    「だから、勝っちゃいけないってことは、無いわ」

     ここまで話しておいて、上手くまとめられなかった。しかし。

    「そうなんだ……負けても、そうやって走り続けられるんだ……」

     パーマーさんの表情から、憂いが引いていく。伝わっている。私の、言いたかったこと。

  • 9二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:27:57

    「そもそも、パーマーもすごいがんばってるんじゃない?」
     再び、タイシンさんが口を開く。

    「探したんでしょ? やりたいこと。その上で、レースに戻ってきた」

     そう言われ、パーマーさんも「あっ」と呟く。

    「楽しいことが他にあるのに、結局レースに戻ってきた。それって、結構覚悟が必要だと思うけど」

    「……でも、覚悟なんて、そんな大したものじゃないよ。私のは、ただ選んだだけだし」
     笑ってそう言うパーマーさんに、タイシンさんは首を振る。



    「つらい道を選んだのは、すごい覚悟でしょ。アタシの負けたくない思いよりも、ずっと立派だよ」

     確かに、タイシンさんの言う通りね。

     パーマーさんの姿勢は、立派なもの。やりたいことを悩みながら、メジロ家としての重圧を抱えながらも、自らをつらい舞台へと進めている。

     私の抱えていたものは、妹のことだけ。タイシンさんも、自分のことだけ。でも、パーマーさんは、自分と他人、両方のことを抱えていた。それも、大勢の人間の期待と向き合って。そんな中、体も心も削る、つらい道に進むのは。



    「それは、普通じゃできないこと。私よりも、ずっと多くのものを抱えながら、あなたはがんばったんだと思う」

     自覚が無くても、それだけのものを持って走り抜けた。それは、パーマーさんが誇るべきもので、パーマーさんの魅力だと、感じた。

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:29:48

    「そっか……そうなんだ」

     パーマーさんの口角が、少しずつ上がっていく。

    「私、自分が思ってたより、がんばってたんだ。がんばってたんだね……!」

     噛み締めるように、パーマーさんは言う。同時に、彼女の瞳の煌きが、動いた気がした。

    「そう。だから、もっと自分をほめな」
    「うん! うん……!」
     タイシンさんに肩を叩かれ、パーマーさんは強くうなずいた。



    「そうだ! タイシンさんにもこれ!」

     パーマーさんは、手元のミルクティーをタイシンさんへ差し出す。

    「アタシはいいよ。アンタが飲みな」
    「えっ、でも……」

    「自分へのご褒美、あってもいいんじゃない?」
     そうタイシンさんが突き返すと、パーマーさんは驚いて固まった後、目元を拭った。

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:30:44

    「優しいね、二人とも!」

     そう言い、パーマーさんは返された缶を頬に着け、にかっと笑った。さっきまでの暗い雰囲気は、もう無かった。



    「優しくなれるまで、何年もかかったけどね」
    「ええ。長かったわ」

     私は、タイシンさんと顔を見合わせた。誰かを許せるようになるまで、自分を許せるようになるまで、こんなにも長く時間がかかってしまった。

    「あのうるさいのがいなきゃ、アタシはもうここにはいなかったかも」
    「そうね。騒がしいのは嫌だけど、そこは感謝してるわ」

     再び、タイシンさんと笑い合う。勝手に巻き込んでくるのは勘弁だけど、彼女がいなければ、私も今、どうなっていただろうか。



    「そっか。二人にもいるんだね、ズッ友!」

     ズッ友……それも勘弁だわ。そもそも、そういうのはガラじゃない。

     でも、そうね。悪くない。

     なんだかんだ、長い付き合いにはなりそうだし。悪くはないわ。

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:31:33

    「あ! せっかくだからさ、写真撮ろうよ! 星空をバックにしてさ!」

     雲一つない笑顔で立ち上がった彼女は、私達の肩を引き寄せてくる。私もタイシンさんも、パーマーさんに言われるがまま、並んでしまった。不思議と、悪い気はしなかった。

    「寄って寄ってー! ハイ、ウェ~イ!」

     そうして撮られた写真には、ニコニコのパーマーさんと、ちょっと困った表情の私達、その後ろに冬の大三角が写っていた。

     子犬と大犬は、天の川に阻まれて会えないけれど。写真に収めれば、一つになる。そんな風に、見方次第で会うこともできる。そんな夜が、あってもいいと思った。



    「んじゃ。怒られないうちに帰りなよ」
     写真を共有した後、一足先に、タイシンさんは帰路についた。

    「あれ? アヤベさんは、まだ帰らないの?」
    「ええ。報告することが増えたから」

     私は、再び空を見上げる。

     ずっと、私は、一人だと思っていた。

     私の苦しみは、私にしかわからないと思っていた。それはそうだったと思う。

     でも、一人じゃなかった。

     私だけじゃなかったって、やっと気づけた。

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:32:24

     
    ―――――――――
     
    「アヤベさん、朝ですよ! 起きてください!」

     聞き慣れた声がする。気が付くと、窓から日差しが入ってきていた。いつもは私の方が早く起きるのに。時間を見るため、咄嗟に点けたスマホには、あの写真が出てきた。

    「あ! 待ち受け変えたんですね! いつ撮ったんです?」
    「…………秘密」
    「ええー? 教えてくださいよー!」

     声に構わず身支度を整えた後、空になった缶を持って、部屋を出た。

     たとえ、あの一夜だけの甘さだったとしても。

     たとえ、もう出会うことが無かったとしても。

     冬の大三角は、いつでも私の中にある。

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:33:36

    おしまいですぅ

    推し3人を絡ませたかった

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:35:03

    乙でした。
    なかなか見ない組み合わせかと思ったら推しでしたか。
    静かで暖かくて、とても良い雰囲気でした。

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:37:33

    乙です
    こういうSSすき

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:38:14

    なかなか珍しい組み合わせで新鮮
    アヤベさんもタイシンも、寡黙なイメージ先行しがちだけど、なんだかんだ面倒見いいもんね
    相談される側の立場が多いパーマーも、ちゃんと感情吐き出せてよかったねぇ…

  • 18二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 22:54:42

    良いね…
    俺も好きな推し3人だから最高だった

  • 19二次元好きの匿名さん24/02/02(金) 23:16:26

    そっかぁ…アヤベさんもタイシンも面倒くさいくらいに絡んでくる友人に恵まれてるよなぁ…
    良いものを読ませてもらった

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