【SS】幸福を呼ぶCustom

  • 11はSS初心者24/02/03(土) 13:33:17

    『次は、○○運動公園前、○○運動公園前』
    ピンポンの音がバス中に鳴り響いた。アナウンスと共にNext stopが電光掲示板に表示される。スマホの地図アプリも、ここで降りろと指示を出していた。

    「──ここか」

    土曜の朝だからか、バスはかなり空いていた。誰も降車しなさそうであることを確認して、クリスエスは「とまります」のボタンを押した。
    ぴんぽーん。次、止まります。
    隣に置いていたカバンを持ち直すと、バスがゆっくりと減速し始めた。きゅーっと身体が前に傾いて、停車する。

    「……ありがとう、ございました」

    運転手に挨拶をして地に足をつける。クリスエスを降ろして発車したバスの風は、頬を切り裂くようだった。ぶるっと身体が震える。肩をすくめてマフラーに顔を埋めた。
    2月3日、土曜日。まだまだ寒さは続いている。
    バス停近くの掲示板には、「ウマ娘のお姉さんと一緒に走ろう!○○商店街節分まつり」のポスターが貼られていた。

  • 21はSS初心者24/02/03(土) 13:33:27

    9:00 a.m、集合時間ちょうどの時間。クリスエスは運動公園のグラウンドに到着した。先にそこで待っていたのは栗毛のウマ娘。コートの襟を握り、自らが生み出す白い息を眺めている。

    「あら? クリスエス先輩……ですか?」
    「Good morning. グラス」
    「は、はい。おはようございます、先輩」

    こちらの気配に気づいたグラスワンダーは、クリスエスを見て目を丸くした。それも当然のことだ、とクリスエスは思案する。なぜならば、本来ここにいるのはクリスエスではなかったのだから。

    「ヒシアマ先輩はどうされたのですか? 今日のイベントは私とヒシアマ先輩が出ると聞いていましたが……」
    「──彼女は、行けなくなった。A cold……だそうだ」
    「あらあら〜。風邪でしたか。お大事に、ですね」
    「……誰かが、代わりに行かなければならない、と聞いて──私が、名乗り出た」

    グラス。と目の前の彼女の名を呼ぶ。じっと見つめる視線を受けて、グラスの身体がぐっと強張った。

    「──お前がいるならば大丈夫だ、と……ヒシアマは、言っていた。……So……よろしく頼む」
    「……はい! 先輩から判を押された以上頑張らないわけにはいきませんね〜♪」

    グラスは、クリスエスの差し出した右手を両手で取った。ふたりの間の空気が緩み、互いの顔に笑みが浮かんだ。

  • 31はSS初心者24/02/03(土) 13:33:40

    9:15 a.m。グラスと共に節分祭の係員──商店街の者らしい──と打ち合わせをする。イベントのスケジュール、内容を叩き込み、今回の使命を認識する。

    「節分とは、立春の前日にあたる日のことです。現在の日本だと節分行事として、焼いた鰯の頭を柊の枝に刺したものを門口の前に置く行事。そして豆まきをする追儺の儀式が行われるのが一般的です。どちらも、悪いものを追い払い幸福を祈るための行事なのだとか。特に豆まきは、『鬼は外、福は内』の言葉と共に炒った豆をまくと言います。楽しそうですね〜♪」

    日本の文化にまだまだ疎いクリスエスのために、グラスは節分行事についての説明をしてくれた。係員も、子供たちに説明する知識とほぼ同じだ、と感心している。同じアメリカ出身であるというのに、彼女は日本人と遜色ない博識っぷりを発揮していた。
    「おには〜そと、ふくは〜うち♪」と唱えるリズムか妙に耳についた。

    「──それで、私たちは、何を……?」
    「今回の仕事は……これです♪」

    節分について知識を得たところで、クリスエスは疑問を呈する。係員とグラスは顔を見合わせて、くすくすと笑う。係員は紙袋から何かをふたつ取り出した。厚紙にそれぞれ、デフォルメされた赤肌と青肌の人間の顔が印刷されている。頭部には黄色のもじゃもじゃした髪が描かれている。厚紙の裏面には、ヘアバンドのようなものがぐるりと円となって接着されていた。

    「Mask……?」
    「はい。私たちはこのお面を被り鬼役になって子供たちを追いかける……鬼ごっこをします。これが今日の大きなイベントです」

    「つまりは、子供たちに楽しく走ってもらおうというイベントですね〜」と係員は補足する。その横でグラスは青鬼のお面を頭に乗せる。内カメラで顔を見つつ少し位置を調整している。

    「……ふふっ。本当はこうした鬼にはツノが二本生えているのですが、このお面にはないんです。すると、ウマ娘の耳が鬼のツノのように見えるんですよ。面白いですよね〜♪」

    グラスからお面を手渡され、それを被る。ウマ娘の全力で走ったら、あっという間に取れてしまうだろう。そうならない程度に走り、オニとしての使命を全うしなくてはならない。クリスエスはそう認識した。

    ──かくして、ここに二匹の強大な鬼が誕生した。

  • 41はSS初心者24/02/03(土) 13:33:55

    10:00a.m。グラウンドには二十人ほどのウマ娘の子供が集まっていた。その保護者もいるものだから、談笑する人々でかなり賑わっている。
    係員が、ホワイトボードに貼った模造紙を指差して節分行事の説明をしている。先ほどグラスの言っていた「焼いた鰯の頭を柊の枝に刺したもの」の図にクリスエスはぎょっとする。わずかに瞳が見開き、尻尾と耳がばさり、ぴくりと揺れる。魚の身の部分が枝に置き換わったような風貌はひどく奇妙に映った。
    先輩もですか、と隣の少女は眉尻を下げてこちらを見上げる。自分の頭より下にいるため、視線の全ては読み取れない。だが言わんとすることは伝わった。これが異郷の地で得られるSympathy──彼女も同じアメリカ出身だと思い出す。

    『では! 今日のメインイベント、ウマ娘のお姉さんとの鬼ごっこの時間です!』

    マイク越しの係員の声がひときわ明るくなった。子供たちから歓声が上がり、保護者たちは拍手を送る。

    『今回一緒に走ってくれるのは……グラスワンダーさん! そしてシンボリクリスエスさんです!』
    「皆さんこんにちは〜、グラスワンダーです。今日はみーんな全員捕まえてしまいますよ〜?」
    「Hello──シンボリクリスエスだ。……よろしく頼む」

    ダッシュするウマ娘が目の前を通りかかるくらい、ほんの一瞬。空気がしんと静まった。その後すぐ、ぱちぱちと拍手の音が鳴り響く。
    グラスの登場で和んだ空気が、クリスエスの低い声の挨拶によって凍えたものになってしまっていた。おねえさんこわい……。前のほうにいた子供が小さく呟いたのを、ウマ娘の優秀な耳はしっかりと拾う。
    これがヒシアマならばもっとVillainのように場を盛り上げることができたのだろうが。この長身や眼光から、子供に限らず同年代の生徒から年上の大人まで、“ビビられる”のはクリスエスの常であった。
    仕方のないこと、だが。No damageというわけでもない。

  • 51はSS初心者24/02/03(土) 13:34:06

    「チャンスは3回、制限時間は10分! みんなで逃げ切れたらプレゼントがありますよ!」

    デジタルタイマーのカウントが10:00に揃えられる。首を振ってモヤモヤを追い出す。今のクリスエスは子供たちを捕まえる“オニ”なのだ──そう己のなかで念じた。

    さん! にー! いち!
    スタート!

    ビーッ!

    クラクションのような音で、タイマーを乗せた机が震える。隣でグラスの尻尾がぴんと伸びた。

    「ゲートとは違う音でしたから……少し驚いてしまいました……」
    「Me too……」
    「それはともかく……。方針を決めましょう。私は、右側のほうに行きます」
    「──では私は、左側を」

    グラスの指差した先は、半分ほどの子供たちが散り散りになっていた。なかでも、青い服を着たあのウマ娘の子供はまだ始まったばかりだというのにグラウンドの反対側にまで遠く逃げてしまっている。その子を見つめると彼女はふふっと小さく笑い声を上げる。

    「あのように大逃げをする子はつい追いかけたくなってしまいますね〜。捉えがいがありそうです♪」

    彼女も、“オニ”と呼ばれるのに相応しいではないか。クリスエスの額に汗が滲んだ。

  • 61はSS初心者24/02/03(土) 13:34:18

    クリスエスの風貌は周りに威圧感を与えてしまう。それは、前々から知っていたことだった。先ほどの挨拶のときもそう。幼い女の子のなかには震える者もいて、それを保護者が宥めるのも目にした。
    しかし鬼ごっこが始まると、その空気は一変していた。クリスエスが一歩近づくたび、子供たちは後ずさる。だが、一度走り出した子供たちに恐れはなかったのだ。

    「おにさんこわーい! にっげろー!!」

    子供たちにとって、“オニ”は怖いもの。それは当たり前のことなのだ。だからこの厳つい印象を与える風貌が、却って逃げるべき対象のイメージを強めている。
    子供たちの柔軟な発想力か、それとも大人の発案か。どちらにせよ、クリスエスが追いかけると子供たちはきゃいきゃいと甲高い声を上げて走り出す。

    「──そうだ。……私は、オニだ。逃げるがいい、子供たち」
    「キャーっっっ!!」「おにさん足はーやーいーよー!!」

    右へ左へ、子供たちが散る。だが、子供たちも、それを見守る保護者たちも、クリスエスの顔にも恐怖感はなく。そこにはただただ走ることへの楽しさだけがあった。

  • 71はSS初心者24/02/03(土) 13:34:43

    結果は3戦1勝。走る速さに手加減はしていたものの、数が多いとそれだけで苦戦する。駆け寄ってきたグラスに持参したミネラルウォーターを渡し、労いの言葉をかけた。

    「あらあら〜。ありがとうございます、先輩。子供たちが相手とはいえ、負け越しになってしまったのは少し悔しい気分ですね〜」
    「But……とても──楽しかった。……走ることは、楽しい。それを思い出した」
    「ええ。私も、楽しかったです」
    「──こうして、走る楽しさを伝えることは……いずれ、日本のレースを盛り上げることに繋がる、だろう」
    「ええ、そうですね。もしかしたら今日追いかけっこをした子たちの中から、私たちのライバルが現れる。そんなこともあるかもしれません」

    水を飲み干して、空になったボトルのフタを閉めた。
    ふと、自分の言葉とグラスの言葉を思い返す。

    「……盛り上げる、か」
    「先輩?」
    「ならば、私たちもやってみるか。──オニゴッコ、を」
    「……ふふ。名案ですね」

    悔しかった、のだろう? そう目で語りかけた。視線が交わり、紫炎と蒼炎の火花が散る。頷きあったふたりから表情が抜ける。入念にストレッチを行い、グラウンドのスタートラインに並んだ。

    ……シンボリクリスエスとグラスワンダー。どちらも日本のレース界の蹄跡に名を残す偉大なウマ娘である。突如始まったこの二名の真剣勝負は、本日のどのイベントよりも大きい歓声が上がったのだった。

  • 81はSS初心者24/02/03(土) 13:35:17

    ふたりの勝負によって、解散が少しだけ遅くなってしまった。
    イベントの片付けを終えて、公園の東屋に腰を据える。いただきます、と声を揃える。係員から渡された弁当のフタを開け、少し遅い昼食となった。一般的な仕出し弁当だが、作りたてなのか冷えた身体に惣菜の熱がよく伝わる。目の前に座るグラスは、きっとあのお店ですね〜と、心当たりがあるようだった。
    渡されたものは弁当だけではない。もうひとつ、プレゼントの余りもだった。小袋のなかに硬い大豆がいくつも入っている。端を持って揺らすと、カサカサと豆が音を立てた。

    「これは……」
    「炒り豆ですね」
    「IRI MAME……」
    「はい。節分行事には豆まきなどのほかにも有名なものがもうひとつあって……」

    グラスは袋の封を切ると、弁当のフタに豆を広げた。ぱらぱらぱら。硬い豆がプラスチックのフタを打つ。

    「それが、歳の数だけ豆を食べる、というものです。そうすることで、身体が丈夫になって病気になりにくくなるそうですよ〜」
    「──なるほど」

    クリスエスも手に持った袋の封を切り、グラスと同じフタに豆を乗せる。彼女が豆をつまみ口にするのに合わせて、クリスエスも豆をひと粒頬張る。
    ガリ、とキャンディのように噛み締める。いや、キャンディよりは柔らかい食感だ。しかし、噛むうちに口の中の水分がなくなるのがよくわかる。目の前のペットボトルを掴むと、グラスと目が合った。

    「……Thirsty、だな」
    「Thirstyですね」
    「だが、悪くない」

    ふたりして水を飲むと、豆に再び手を伸ばす。ぽりぽりとした食感はクセになる。
    One, two, three ……と頭のなかで数えつつ、豆を放り込む。しかし歳の数だけ食べると、豆がいくらか余りそうである。

  • 91はSS初心者24/02/03(土) 13:35:33

    「これは……余るか?」
    「そうでしょうか? 私は29粒食べればいいですし……」
    「──そう、だな。……私もtwenty-one──食べれば良いのだった」
    「……? にじゅうきゅう?」
    「Twenty-one……?」

    グラスの言葉を聞いて心配感は霧散した。しかし意識せず口に出た数字は、自分の年齢とは程遠いもので。どちらも頭を傾げた。
    かといって行事を律儀に守って豆を余らせ、捨てるのももったいない。自分たちの言葉の謎はわからないままであるが、余った炒り豆も食べきった。

  • 101はSS初心者24/02/03(土) 13:35:43

    弁当のフタを閉じ、ごちそうさまでしたと挨拶をしたところで、スマホのアラームが聞こえた。どうやら自分の音ではないらしい。クリスエスが再びスマホをしまう横で、グラスはアラームを止めていた。

    「あらあら〜。もう時間ですか」
    「時間、とは?」
    「東京7レースの時間なんです。このあと、後輩が走りますから、応援したくて」

    なんとか間に合いました。安心しきった顔で、彼女はレース観戦サイトを開く。スマホを横にすると、発走のファンファーレが鳴ろうとしたところだった。
    グラスの言う後輩の名前には心当たりがある。かつて親しかったクリスエスの後輩。その妹。

    「福は内、であるといいな──」
    「はい。私も祈っています」

    『各ウマ娘、ゲートに入って……スタートしました!』

  • 111はSS初心者24/02/03(土) 13:41:56
  • 121はSS初心者24/02/03(土) 13:44:12

    ペリファーニア勝利🎉🎉おめでとうございます!!!前回に引き続き呪いにならなくてよかった!!

    このスレ見てから慌てて書き上げたのでSSにわかりづらい点がありましたら申し訳ないです。

    【?報】ペリファーニア|あにまん掲示板レース前日の時点ですでに単勝1.1倍、複勝は元返しになってしまうhttps://race.netkeiba.com/race/shutuba.html?race_id=202405010307bbs.animanch.com
  • 13二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 13:48:45

    このレスは削除されています

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 13:49:24

    うーん、ちょっと文が固いかもしれない
    もっといい感じになるかも

    弁当のフタを閉じ、ごちそうさまでしたと挨拶をしたところで、スマホのアラームが聞こえた。どうやら自分の音ではないらしい。

    ここを

    私は自分が食べ終わった弁当に向かって
    両手を合わせて「ごちそうさまでした。」と言った直後、プルルル…と私ではない誰かのスマホが鳴り始めました

    とかにするといいかも

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 13:50:08

    >>14

    直したやつも最初の文の『自分が』いらないですね

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 13:52:31

    出来る事ならウィンディちゃんのスレに貼ってな

  • 171はSS初心者24/02/03(土) 13:55:12

    >>14

    >>15

    アドバイスありがとうございます!自分の文章を他の方に見ていただく機会がそう多くないので非常にありがたいです……

    次はもう少しすっきりとした文章にできるよう頑張ってみます


    >>16

    アドバイスありがとうございます!創作応援スレにもリンク貼ります

  • 18二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 14:01:13

    ブックマークしますね……。

  • 19二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 14:11:38

    正直グラスとクリスエスの絡みは実際あると思ってた

  • 20二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 19:02:34

    >>14

    好みでしかないけどそこはスレ主の表現のほうが好きだな

    一人称が多いと野暮ったくなりがち


    文章の硬さはクリスエスとグラスの話だからあまり気にならなかった

    これがミラクルとエルの話だったら硬いかなってなりそうだけど

  • 21二次元好きの匿名さん24/02/03(土) 23:14:02

    淡々とした文章から紡ぎ出される日常がかえって彩りを持つようで素敵だと思います
    描写と会話のバランス良くてサクサク読めました!

  • 22二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 01:49:28

    良作をありがとうございます

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