【閲覧注意】クワイエット・ゼロ戦記【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 05:38:35

    原作20話で色々とif展開があったら、を仮想した上で、最終話までを再構成したSSです。どんなif展開かについては、第1話終了後に補足します。
    注意点は以下のとおりです。

    ・原作よりも強化人士5号とジェターク寮の出番が多く、ミオリネと地球寮の出番が少なくなっています。
    ・一部、設定の捏造があります。
    ・時間経過や流れが、本編と異なる場合があります。

    上記説明で合わないと思いましたらブラウザバックをお願いします。
    だいたい一度に6レス~12レスずつ投下していきます。基本的に毎朝投稿します。一ヶ月弱で終わる予定です。

  • 201_1/824/02/04(日) 05:39:05

    「兄さんが……父さんを……?」
    ラウダ・ニールがそうつぶやいたとき、彼の精神は限界近くまで追い詰められていた。

    艦の外では今も、彼の兄であるグエルと、逆賊シャディクの戦闘が続いている。本来のラウダであれば兄の待機の言いつけを破り、自身もディランザに乗って助太刀に駆けつけたことだろう。
    だが、疲弊し、疑念と不信の鎖に絡め取られた彼の足は動かない。兄の乗るモビルスーツの苦戦がモニターに映ってもなお、艦の指揮所で漫然と時間を空費している。

    半年ほど前に水星から転入生がやってきたことをきっかけに、ラウダは次々と苦難に襲われていた。
    まずは、兄であるグエル・ジェタークの転落。水星女との決闘で敗北を喫した彼は、そこから失態を重ね、父の信頼とジェターク社内での地位を失い、ついにはどこかへと失踪するに至った。
    さらには、プラント・クエタで発生したテロに巻き込まれ、ラウダの父であるヴィムが死んだ。
    たった二人の家族を立て続けに失ったラウダは、だがその事実を悲しむ暇もなく、ジェターク社を守るための政争に駆り出されることになる。
    不慣れな仕事、不慣れな環境。周囲の大人たちは誰ひとり彼に配慮などしてくれず、容赦なく要求と罵声を浴びせる。まだ20にもならぬ若者には耐え難いストレスの日々を、しかしラウダは歯を食いしばって耐え、どうにかCEOとしての役目を果たし続けた。いつか報われる日々があることを信じて、暗いトンネルの中を這い回り続けた。

    しかし運命は、彼とジェターク社を容赦なく鞭打つ。
    ヴィムの死に伴うジェタークの信用失墜と、株価の低迷。
    学園内でのテロの発生と、ラウダ自身の負傷。
    何をしようと、どう足掻こうと、状況は一向に好転しない。ジェターク寮生たちやその親からの同情と好意に支えられ、ペトラという可愛い後輩から全力でバックアップを受けてなお、ラウダの努力は空回り続け、彼の精神はただただ疲弊していった。

  • 301_2/824/02/04(日) 05:39:39

    苦悩する彼に、運命の女神が微笑んでくれたこともある。テロで負った傷を押してCEOとしての仕事を続けていた彼の前に、行方不明だった兄が戻ってきてくれたのだ。……が。
    「兄さん……! 兄さんが……!」
    久方ぶりの歓喜のあまり、ラウダは倒れてしまった。そして、兄が失踪中に何をしていたのか尋ねるタイミングを失った。
    後知恵を許すならば、彼は退院直後に兄の肩を掴み、その身に何が起こったのかを問いただすべきだったのだろう。兄の心を慮るあまりにそれを怠ったことが、結果的にラウダをさらに追い詰めることになる。

    帰還した兄は、宿敵である水星女の乗るエアリアルを苦闘の末撃破し、ついにジェタークにホルダーの座を取り戻した。
    ラウダの苦難の日々もようやく終わったかに見えた。

    だが、彼の精神をほんとうの意味で追い詰めたのは、この日からあとの出来事だったのだ。

    戻ってきた兄は、弟からCEOの座を引き継ぐと、ラウダを強引に学生の身分に戻し、学園へ帰してしまった。
    兄のそばで助けになりたいというラウダの願いはいっさい聞き入れられることはなかった。
    そしてグエルは、正式に婚約者となったミオリネをパートナーとし――ラウダにとっては信じられないような所業を繰り返していく。

  • 401_3/824/02/04(日) 05:40:10

    たとえば、ジェターク社が決して手を出すはずのない呪いの技術を注ぎ込んだGUND-ARM、ジュバルゼッテの製造。それは正確にはラウダの父であるヴィムが生前に製造を命じたものだったのだが、何も知らされていないラウダにとっては、兄がミオリネに入れ知恵されて手を出したようにしか見えない。

    たとえば総裁選のための地球行き。テロすら頻発する危険な場所に兄が向かうことにラウダは猛反対したのだが、ミオリネの当選のために必要なことだと押し切られた。ラウダは、ミオリネとともに地球に向かう兄の背を、無力感を噛み締めながら見送ることしかできなかった。

    そして、その地球でのアーシアンの大虐殺。ニュースでは繰り返しミオリネ・レンブランが虐殺を指揮したと報じられ、当然ながらその婚約者であるグエルの名前も何度も話題に登った。中には、本当に虐殺を主導したのはグエルではないかと邪推するニュースキャスターも出る始末だった。

    常に正しく、常に輝かしき道を歩んできたはずの兄の、突然の豹変。
    真相は違っていたとしても、弟の目にはそうとしか映らない。
    ミオリネという悪女に騙され、たぶらかされ、間違った道に引きずりこまれたようにしか見えない。
    ラウダの心には生まれて初めて、兄への深刻な疑念が生じていた。

  • 501_4/824/02/04(日) 05:40:36

    そのグエルは、地球から学園へとんぼ返りして来るや否や、ラウダに電話をかけ、そして怒鳴った。
    「急いでダリルバルデを寄越してくれ! 今すぐにだ! 頼んだぞラウダ!」
    虐殺の件について説明を求める暇もない。何もかもわからないまま、置いてきぼりにされた気分で、ラウダはジェターク寮艦の準備を進めるしかなかった。
    そしてグエルは弟と再会するや、何の説明もないままダリルバルデで飛び出していき、シャディクと戦闘に入り――そのシャディクと、耳を疑うような会話を繰り広げる。
    「父さんを愚弄するな!」
    「その父親を殺したのは、お前だろう?」

    ――父さんを殺したのは、兄さんだった?
    信じられない事実だった。
    何よりも信じられなかったのは、父を殺したという事実を、兄が自分に隠し通していたことだった。

    常に正道を歩んできたはずの兄が、後ろ暗い過去をこそこそと隠蔽しようとしている。
    常に自分を信頼してくれたはずの兄が、自分に何も話さず、心を開いてもくれない。
    ラウダの中でわだかまっていた兄への疑念が、その瞬間、確信に変わってしまった。兄は自分を、ジェタークを裏切ったのだ、という。

    「……なんだって? もう一度言ってくれ、カミル」

    だから、その一報は、最後の一押しでしかなかった。
    限界近くまで追い詰められたラウダの精神を、暗黒へ突き落とすとどめの一撃。

    兄とシャディクの戦闘が終わった直後、ラウダの個人端末が鳴った。
    それは、グエルとラウダの両人が信頼する同級生、カミルからの緊急連絡だった。

    学園で再びテロが発生。
    それに続く報告を耳にしたとき、ラウダの表情から魂が抜け落ちた。

    「ペトラが……?」

  • 601_5/824/02/04(日) 05:41:06

    そのときグエル・ジェタークは、次々と発生する問題への対応に忙殺されていた。
    弟からCEOの地位を引き継いだあと、彼には心休まる日どころか、立ち止まって考える時間すら与えられることはなかった。
    傾きかけた会社を立て直すためのミオリネとの密約。スレッタ・マーキュリーが駆るエアリアルとの決闘。ジェターク社の株主たちとの交渉。ミオリネを総裁選に勝たせるための地球行。そして、地球で知ったシャディクの暗躍と謀略。
    あわてて学園に取って返してみれば、シャディクは部下たちとともに逃亡する直前だった。ドミニコス隊のケナンジらの助力もあって彼らを捕縛することには成功したが、もう少しでもグエルたちの到着が遅れていれば、サリウス代表の身柄は宇宙議会連合へ引き渡され、ベネリットグループは完全に崩壊していたことだろう。

    だが、グエルにはほっと一息つく暇もなかった。

    「ベネリットグループは秩序維持のため、学園の同胞を犠牲にした。
     アーシアンの犠牲だけでは動かなかった議会連合も、これで重い腰を上げるだろう」

    捕縛された直後、シャディクはグエルにそう告げたのだ。
    それは、学園で再びテロを起こしたことを示唆する言葉だった。
    「くそっ……!」
    ラウダの待つジェターク寮艦に戻ったグエルは、慌ただしく指揮所に入室し、そして、
    ひび割れ、ぽっかりと穴が開いたような弟の表情を、目の当たりにすることになる。

  • 701_6/824/02/04(日) 05:41:46

    「ラ、ラウダ……まさか……」
    弟の表情が、すべてを物語っていた。
    それでも兄は、口に出して問わざるを得ない。
    いったい学園に何が起こったのか。ジェターク寮生たちの身に何があったのか。
    「ラウダ、どうしたんだ。いったい何が」
    「学園が、ガンダムに襲撃されて……」
    弟からの返答は、絞り出すような小声。
    シャディクの示唆した通りだった。アスティカシア学園を、二度目のテロが襲ったのだ。
    「それで、ペトラが……ペトラが……」
    可愛い後輩の名が耳に届き、グエルは瞬間的に身を硬直させる。
    弟からの無情な報告が続く。
    「ペトラが、スレッタ・マーキュリーと……」
    さらなる知人の名前を耳にして、グエルは顔を青ざめさせた。
    いったいどれほどの被害が、どれほどの犠牲が出たというのか。
    最悪の事態を想像するグエルに、ラウダは絶望の表情のまま、告げた。

    「テロリストを、ふたりで救助したって。
     そのテロリストを、いまジェターク社の病院で匿ってるって……」



    「えっ」



    グエルは目を丸くした。

  • 801_7/824/02/04(日) 05:42:25

    「ペトラがテロリストに襲われて、スレッタ・マーキュリーに救助された、じゃないのか? ラウダ」
    「……違うよ兄さん。そんな事態になってたら、僕は今頃ここを飛び出して学園に戻ってるよ」
    「そ、そうか。まあ、そうなるよな」
    そういえば、自分が失踪している間にラウダとペトラはずいぶんと仲が良くなっていたようだ。だとしたら確かに、ペトラ負傷の報を聞いたラウダがこの場に留まっているわけがない。
    納得したグエルは、質問を変えた。
    「じゃあ、ペトラもスレッタも無事なんだな」
    「カミルからの報告だと、今のところジェターク寮生に怪我人はいないって。たぶん学園にも人的被害はないって言っていたよ」
    「ああ、そうなのか。それは良かった」
    心底からほっとして、グエルは目を閉じた。どうやら、シャディクの陰謀のひとつは成就しないまま潰されたようだ。
    そして安堵のあまり、彼は弟の表情の深刻さを見落としてしまった。

    ……否。あと数秒の時間が与えられれば、グエルは気づいただろう。誰も死ななかったはずなのに、ラウダの瞳に絶望が浮かんでいたことを。天地崩壊を目の当たりにした啓典の民のごとくに呆けていたことを。
    弟を観察する余地をグエルから奪ったのは、ケナンジからの連絡だった。

    「御曹司、シャディクとその一派の捕縛と、サリウス代表の確保が完了しましたよ。急ぎ本社フロントまで運びますんで、こちらに戻っていただけますか?」

    艦の通信機から響くその声に、グエルは慌ただしく指揮所から出ていく。学園のことは任せた、と、それだけをラウダに言い残して。

  • 901_8/824/02/04(日) 05:42:53

    テロの被害のなかった学園については、弟とカミルに任せればいい。自分はすぐに本社プラントへ戻るべきだ。急ぎシャディクを尋問し、宇宙議会連合の企みを聞き出さなければならない。そして、地球での一件で落ち込むミオリネを立ち直らせ、グループの意思を統一する必要がある。

    グエルのその判断は、間違っていたとは言い難い。
    だがやはり結果論で言えば、彼はここで立ち止まり、弟の様子を観察すべきだったのだろう。
    溜め込んだストレスが精神の壁を乗り越え、外にまで溢れてしまった弟の変調に気づくべきだったのだろう。

    だが、兄は去った。去ってしまった。
    指揮所に取り残された弟は、独りその場に立ち尽くす。
    艦のスタッフたちはダリルバルデの残骸の回収で忙しく、ラウダの様子を顧みる者はいない。

    「……テロリストを匿った、だって? ジェターク社が、ジェターク寮が?
     なんてことだ。ペトラもみんなもおかしくなってしまったっていうのか?
     兄さんだけでなくて、みんなも道を間違えるっていうのか……?
     じゃあ、僕はどうすればいい? どうすればジェタークを守れる……?」

    誰の耳にも届かぬラウダの独り言は、いつまでも終わることなく続いたのだった。

  • 10スレ主より24/02/04(日) 05:43:50

    この作品は、スレ主の過去作の設定を引き継いでいます。


    ハズレ部屋のソフィ

    ハズレ部屋のソフィ - ハーメルン機動戦士ガンダム 水星の魔女 の14話でもしソフィが生存し、他のメンバーと一緒にグラスレー寮の一室に監禁されていたら、を仮想したSSです。2023/7/31完結…syosetu.org

    もしご興味がある場合は、上記を先に読んでからこちらをお読み頂ければ幸いです。

    ただし上記SSを読まなくても、以下の設定を押さえて頂ければ、このSSを楽しんでいただくことができます。




    このSSでのif展開一覧


    ・14話でソフィが死なず、ノレアと一緒にグラスレー寮の一室に監禁された

    ・その後なんやかやあり、一緒に監禁されたニカや5号らと、原作よりも深い交流を重ねた

    ・結果、ソフィは20話でノレアを5号に託してウルで出撃し、瀕死の重傷を負った。そしてスレッタに救助された

    ・5号はノレアとともに無事に逃げ、今は学園の何処かに潜伏中


    以上です。



    なおスレ主は仕事の都合のため、現在8時~23時のあいだは投稿ができない可能性が高いです。

    勝手なお願いで申し訳ありませんが、この時間帯に保守作業を手伝っていただけると助かります。


    それでは、約一ヶ月の間ですが、よろしくお付き合いください。

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 05:51:31

    面白そうなSS始まった
    頑張ってください

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 06:33:45


    ハズレ部屋のソフィ面白かったから楽しみ

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 07:44:58

    続編であり空白部の物語か
    楽しみ
    規制かかってないときに定期的に保守します

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 09:13:49

    宇宙猫グエル不意打ちで笑った
    続き楽しみにしてます

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 17:01:08

    いきなりラウダが不穏で気になる

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/04(日) 23:28:45

    期待保守

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 04:51:55

    ラウダはどんな状況でもなにかしらこじれそうなところあるのよね

  • 1802_1/924/02/05(月) 05:11:47

    夕焼けに染まる病院の裏口で、スレッタ・マーキュリーはペコリと頭を下げた。
    「ペトラさん、今日は本当にありがとうございました。ソフィさんのこと、どうかよろしくお願いします」
    「あ、うん……。まあ、どうにか……」
    頭を下げられたほうは、なんとも冴えない表情だった。

    無理もない。ペトラ・イッタは朝からずっとスレッタの救助活動を手伝い、と同時にジェターク寮生に応援を求め、やってきた生徒たちや救急車に搬送の指示を飛ばし、入院の準備を整えさせ、さらに患者の手術が終わるまでのあいだに様々な書類手続きをこなしていたのだ。さすがに疲労の色は隠せない。
    ついでに、というにはあまりにも重大だが、学園を襲ったテロリストを、自分たちの会社が経営する病院に匿わせる行為にも加担している。しかも――スレッタの勢いに押し流された形とはいえ――ほぼ彼女の独断でだ。

    「大丈夫。戦闘が終わったら敵も救護しなきゃいけないって、授業でもそう習ったし。たぶんグエル先輩もラウダ先輩も受け入れてくれる……たぶん……」
    自分に言い聞かせるようにつぶやく彼女の心労はいかばかりか。

  • 1902_2/924/02/05(月) 05:13:16

    「あの、ペトラさん……」
    頭を下げたままのスレッタがおずおずと見上げると、ペトラと目が合った。
    彼女は一つ息をつくと、気を取り直したように苦笑してみせた。
    「アンタ、本当にタフなんだね。私はもう立ってるのもしんどいってのにさ」
    そしてスレッタに顔を上げるように促したあと、
    「救助活動をやってるときのアンタ、本当に凄かったよ」
    素直な称賛を投げかけてきた。

    「心音と呼吸を確認して、コックピットに患者を座らせたまま手早く止血して、すぐさま人工呼吸して……
     こっちは患者が血まみれなのにビビってろくに動けなかったってのにさ。ホント、アンタはプロなんだねえ」
    「それは、その。この学園に来るまで、ずっと水星で救助活動をやっていたので……」
    「だから、それが凄いって言ってるの」

    そしてペトラは、申し訳なさそうに首を振った。

    「これじゃもう、アンタのこと気軽に水星ちゃんなんて呼ぶわけにはいかないね。
     スレッタって呼んでいい? これからはさ」

    それは、長く対立関係にあったペトラからの、対等な立場での和解のお願いだった。

  • 2002_3/924/02/05(月) 05:13:59

    「……はい、こちらからもお願いします!」
    しっかりとペトラと握手を交わしてから、スレッタは踵を返す。喜びに満ちた笑顔で帰り道を行きかけ、

    しかし、少女はすぐに表情を曇らせた。

    一瞬だけ考えこんでから、スレッタは身体ごと振り返る。
    「あの、ペトラさんっ!」
    「……なに?」
    「その、もしかしたら、また大変なことになるかもしれません」
    「えっ?」
    ペトラが眉をひそめる。
    「大変なことって……またテロでも起こるの?」
    「あっ、いえっ、そうじゃないです。たぶん。
     でも、もしかしたら近いうちに……いえ、だいぶ後になるかもしれないけれど……」
    「よく分かんないね。何が起こるっていうの? スレッタ」
    「うーんと……」
    スレッタは首を傾げ、考え込む。

    何が起こるか、と問われると、実はスレッタにもまだ分かっていない。つい先日、無理やり流し込まれた知識の整理が追い付いていないのだ。
    確かなのはただ一つ、自分の家族が何か大変なことをしでかすという予感だけ。

    どう説明すべきか考え込む少女に、疲れ切ったペトラがジト目を送る。
    やっぱりなんか頼りないなコイツ、とぼやいてから、彼女は告げた。
    「……ええと、スレッタ。
     何が起こるか判明したら、私の番号に連絡して。いつでも相談に乗るから。
     だけど今日はもう帰りな。こんな時間だし、地球寮の連中も心配するよ?」
    「あ、はい、そうですね……」

    夜の闇が迫る中、ふたたびスレッタは踵を返した。
    ペトラの視線に見送られ、今度こそ病院の建物を出ていく。

  • 2102_4/924/02/05(月) 05:15:56

    とぼとぼと、敷地を歩く。
    スレッタの脳裏に、ぐるぐるといろいろな光景が巡る。
    その多くは、姉であるエリクトからデータストーム経由で渡された知識だ。
    21年前の虐殺。肉体的な死を迎えたエリクト。娘の生体コードをルブリスに移すことを決断した母。そして、肉体を失ったエリクトが現実世界でも活動できるようにするための計画。
    「データストーム領域の拡大……」
    無数の知識の断片が巡った後、最後にスレッタの脳裏に浮かんだのは、今朝助けたばかりの年下の少女の顔だった。
    ソフィの頬に走る、痛々しい赤い傷跡。それが激しいデータストームの後遺症であることを、今のスレッタは知っている。
    ガンダムに乗る人間の宿命。本来であればスレッタが晒されるはずだった運命。エリクトが肩代わりしてくれなければ、自分もきっと、ああなっていた。
    そして、もし母の計画が実現すれば――

    「……………」

    唇をぎゅっと噛み締め、無言のままにとぼとぼと歩いていると、病院の門にたどり着く。
    ふと顔を上げると、見知った人影が門のそばに立っていた。

    今までずっと行方不明だった同級生。
    そしてソフィの救助活動の最中に突然姿を見せて、ペトラとともにスレッタを手伝ってくれた少女。
    ニカ・ナナウラが、元気のない笑顔を向けてきた。
    「お疲れ、スレッタ」
    待っててくれたんですか、とスレッタが声をかけると、ニカは力なく首を振る。
    「正直、一人でみんなのところに帰る覚悟が決まらなくて、さ」
    そしてニカはスレッタの隣に並び、一緒に歩き始めたのだった。

  • 2202_5/924/02/05(月) 05:17:06

    赤い光が夜の闇に変わっていく中を、二人して無言で歩く。
    会話をしようにも、二人ともがそれぞれ重い事情を抱えていて、何を話せばいいか分からなかった。

    ニカ・ナナウラ。
    スレッタの同級生である彼女は、本来この学園に入学できる人間ではない。
    会社の後ろ盾もなく、それどころか庇護してくれる両親もいない孤児の身であった。
    どこかの工場で幼いころから部品の組み立てを強制され、死ぬまでそれを続けるしかなかった。本来ならば。

    その運命から抜け出すために、ニカは違法の道を選んだ。
    地球の支援者――皆からプリンスと呼ばれていた――から偽の身分を与えてもらった上で、このアスティカシア学園に通うことを決めたのだ。
    代償として、彼女にはプリンスとテロ組織との連絡役をこなす使命が与えられた。
    そしてその行動が、プラント・クエタやランブルリングでのテロに繋がることになった。殺人と破壊活動の片棒を、知らぬままとはいえ、ニカは担ぐことになったのだ。

    救助活動がひと段落ついた後、ソフィの手術が終わるのを待合室で待つ間に、ニカはスレッタに全ての事情を明かし、そして深く頭を下げた。
    自分がもっと早く――せめて、プラント・クエタでのテロの直後にすべてを通報していれば、こんなことにはならなかった、と。

    「私がやるべきことをやっていれば、学園で死者は出なかった。
     みんなを命の危険に晒すこともなかった。
     そして、あなたを戦いに巻き込むこともなかったんだよ。
     ……本当にごめん、スレッタ」

  • 2302_6/924/02/05(月) 05:18:20

    そして、顔を上げた彼女は、手術室へと憂いを含んだ視線を向ける。

    「……私がちゃんとしていれば、ソフィもあんな目に遭わずに済んだかもしれない。
     私がすぐに通報して、シャディク先輩の計画がもっと早く明らかになっていれば、そうすればあの二人はこの学園に来ることはなかった。
     もしかしたら、今頃ソフィはガンダムを降りて、ノレアと一緒にどこかへ逃げられたかも知れない」

    スレッタたちの前から姿を消していた間、ニカはソフィやノレア、そしてエラン・ケレスの影武者とともにグラスレー寮の一室に閉じ込められていたのだという。
    その部屋の中で、ニカは彼女らと会話を交わし、その人間性の一端に触れたのだという。

    「テロは、やっちゃいけないこと。許されないこと。私はもちろんだけど、ソフィもノレアも、絶対に裁かれなければいけない。
     でも……」
    ノレアはためらうように口ごもり、そして、続けた。

    「ソフィもノレアも、ただの悪い人間じゃなかった。もう少しまともな受け入れ先があれば――ガンダムになんて乗せられなければ、きっと普通に生きられたんだと思う。
     だってあの子たちも、友達のことを思いやることのできる子だったから。
     友達の命を守るために、自分の命を危険に晒す人、だったから」

    待合室の椅子に座り、膝の上で両手を組んだニカがこぼした、そんな言葉。
    それがスレッタの心に残った。

    ……他人を思いやれる人でも、愛することができる人でも、悪いことをしてしまうことは、ある。

    スレッタは下を向き、拳を握りしめる。

  • 2402_7/924/02/05(月) 05:19:07

    と、急に隣のニカが口を開いた。
    何かを決心したように、顔を上げながら。

    「私ね、寮に帰ったら、みんなにちゃんと全て話すよ。
     みんなに謝って、そしてフロント管理局に出頭する。今度こそ、自首する」
    「えっ……?」
    「私は、みんなに嫌われたくなくて、この学園の楽しい日々を続けたくて、やるべきことをやらなかった。
     みんなに黙って、自分一人の力でどうにかできると思ってた。やり過ごして、いつもの日常を続けられると思ってた。
     ……私がやるべきことをしなかったせいで、死ななくてもいい人が死んで、苦しまなくていい人が、今も苦しんでる。
     それが私の罪」
    「…………」
    「私は、裁かれなきゃいけない。ちゃんと償わなくちゃいけない。
     何年かかってでも。
     そうしなきゃいけないから、そうするんだ。
     ……私はそう決めたよ、スレッタ」

    決然と前を向いて、同級生がそう宣言する。
    その横顔を見つめて、スレッタは再び思いを巡らせる。

    母の計画。
    そして、ソフィの顔に走る赤い傷跡。

    ――やるべき、こと。
    ――いま自分が、すべき、こと。

  • 2502_8/924/02/05(月) 05:20:11

    「あのっ……!」
    スレッタは意を決し、口を開いた。
    「ニカさん。こんなときに申し訳ないけど、聞いてもらっていいですか……っ!?」
    「えっ」
    びっくり顔の友人を真剣な表情で見つめ、スレッタは続ける。
    「わたしも……です。やるべきことをやってなかったんです。
     嫌なことから目を背けて、このままやり過ごそうとしてたんです」

    自分の家族がしようとしていることを、もっと早く直視すべきだった。
    自分の家族のことを、もっと早くみんなに相談すべきだった。

    かつてソフィ・プロネから投げつけられた言葉を、スレッタは脳裏で反芻する。

    ――なんでエアリアルは武器持ってるの?

    それは、力ずくで相手に言うことを聞かせるためだ。

    ――誰が暴力マシーンを作ったの?

    お母さんだ。正確には、21年前に作られたルブリスという機体を、お母さんが全面的に改修した。
    自らの願いをかなえるために。
    みんなの反対を押し切って、力ずくででも世界を書き換えるために。

    そしてもし、お母さんの願い通りに世界が書き換えられたなら――
    ソフィの頬に走る赤い傷跡を思い出し、スレッタは拳を強く握りこむ。

  • 2602_9/924/02/05(月) 05:20:40

    「……お母さんを、エリクトを、止めなくちゃいけない。
     そうしないときっと、恐ろしいことが起こってしまう。
     でも、わたしには今、止める方法がなくて。どうすればいいかわからなくて。
     だけど、止めなくちゃ。やるべきことを、やらなくちゃ……っ!」

    「ちょっと待ってスレッタ、事情がよく分からないよ」
    ニカが慌てたように手を振った。
    スレッタの言葉が途切れたのを見計らい、彼女は優しくうなずき、そして促してきた。
    「大丈夫、話はちゃんと聞くよ。
     だから急がず、最初から説明してね」
    その言葉で、スレッタは落ち着きを取り戻す。
    ひとつ深呼吸し、そして覚悟を決める。
    自分の出生と、そして家族の秘密を明かすことを。

    夜の闇を歩きながら、スレッタ・マーキュリーは、21年前から続く物語を語り始めた。

  • 27二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 14:53:02

    スレニカ協力展開は本編でも見たかったやつ

  • 28二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 14:55:41

    一日千秋の思いで待っていた
    保守です

  • 29二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:10:07

    このスレだけは護り切る。

  • 30二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 05:09:13

    いいぞいいぞ

  • 3103_1/924/02/06(火) 05:11:04

    テロ騒動と入院騒動の翌日――早朝。
    ジェターク寮のミーティングルームにて、ペトラ・イッタとフェルシー・ロロは横並びに立ち、二人して意気消沈していた。
    彼女らの目前では、寮長代理であるカミル・ケーシンクが自らの学生証兼個人端末を握り、厳しい表情で通話をしている。
    通話相手はグエル・ジェタークCEOだ。昨日のうちに連絡を取りたかったのだが、グエルのほうも大忙しだったらしく、今日になるまで通話が繋がらなかったのだ。

    「やっぱり、叱られちゃうのかなあ……」
    カミルの顔色を窺いながら、フェルシーがそう漏らす。
    グエルやラウダに無断でテロリストを救護し、さらにはジェターク社直営の病院で匿ってしまった。ジェターク社の評判を落としかねない行為をしてしまった。
    「フェルシーは関係ない。叱られるのは私だけだよ」
    ペトラは小声で返す。叱られるだけでは済まないだろうな、と胸中で付け足しながら。
    あのテロリスト――ソフィ・プロネは、以前ランブルリングで何人もの命を奪った人間だ。ジェターク寮生にとっても、ラウダを傷つけ、フェルシーを危険な目に遭わせた仇敵だ。
    ……まあ、フェルシー自身はあまり気にしていないようだったが。「あんなちっさい子、騙されて利用されてたに決まってるじゃん!」と逆に憤慨すらしていたほどだ。

    まあ、それはともかく。
    恩人たるスレッタからの願いとはいえ、ペトラは独断でテロリストをジェターク社に匿わせてしまった。
    その行為を世間は許しはするまい。そしてジェターク社を背負うグエルも、ペトラの判断を是とはするまい。

    ……下手すると、退学処分、かなあ。
    ……ひょっとして、ベネリットグループから一家そろって追放処分、なんてことも……

    カミルは声を潜めて通話を続けているので、グエルとの会話の内容は聞き取れない。しかし彼の厳しく寄せられた眉根を見ていると、次々と暗い予想が浮かんでくる。
    寮長代理のしかめっ面の前で、ペトラは覚悟を決めた。

  • 3203_2/924/02/06(火) 05:11:39

    やがてカミルが、個人端末を耳から降ろした。
    通話が終わったのを確認し、少女二人はさっそく寮長代理に問いかける。
    「あ、あの、グエル先輩どうでした!? 怒ってました!? めっちゃ怒ってましたよね!? ええと、ペトラとわたしとで叱られてきます!」
    「フェルシーは関係ないです、ていうか私以外誰も関係ないです! 責任は私が取りますから、だから処分は私だけに――!」
    「……何を言ってるんだ? お前ら」
    きょとんとした顔を二人に向けてから、カミルは続けた。
    「ソフィ・プロネの入院の件については、グエルから事後承諾が下りたよ。いや、むしろ積極的に治療するよう依頼されたぞ。あらゆる方法を投入していいから、何としてでも元気にしてやってくれ、とな」
    意外な返答を耳にして、フェルシーとペトラは揃って目を丸くする。
    アーシアンのテロリストを匿ったことを叱られるどころか、むしろ延命してくれと頼まれるだなんて、思ってもみない展開だ。
    ペトラが呆然としていると、カミルがにっこりと、いかつい顔面に優しい笑みを浮かべた。
    「この件について、グエルからお前らへのメッセージだ。
     よくやってくれた、と。ありがとう、と。感謝が遅れてしまってすまない、と」
    「……っ!」
    ペトラは思わず両手で口を覆ってしまった。

    ああ、これだ。これがグエル先輩だ。
    行方不明から戻ってきて、なんだか少し雰囲気が変わってしまったけれど、やっぱりグエル先輩はグエル先輩のままだ。
    ジェターク寮生をひとりひとり気にかけ、その心と丁寧に向き合ってくれる、みんなの兄のような存在だ。
    ペトラは両手で口を覆ったまま、「くうっ……永遠に推せる……っ!」と呻いた。目の端には、ちょっぴり涙も浮かんでいた。

  • 3303_3/924/02/06(火) 05:12:14

    「ええと、じゃあ、どうしてカミル先輩はあんな険しい顔をしてたんですか?」
    立ったまま自分の世界に浸るペトラを横目に、フェルシーは先輩に尋ねかける。
    するとカミルは再びしかめっ面に戻った。小さく溜息をついてから、口を開く。
    「俺たち全員、今すぐこの学園から避難する準備を始めろと、グエルに命令されたんだ」
    「えっ!?」
    フェルシーが大声を上げ、感涙していたペトラも驚きで我に返る。
    テロリストの延命よりも、さらに意外な命令だった。
    「避難準備って……どんな危険があるって言うんですか!? またテロが起こるってことなんですか!?」

    ランブルリングへの襲撃後、休学して家に戻る生徒は確かに増えていた。
    被害者0に終わったとはいえ、実際に昨日テロ未遂事件も起こったばかりだ。
    だが、それらを主導していた犯人は昨日のうちに捕縛され、学園の危機はひとまず去ったはずだった。
    少なくともここにいる3人はそう聞いている。

    「わからん。あいつは理由を何も言ってくれなかった。ただ、これから厄介なことが起こる可能性がある、としか」
    カミルは力なく首を振るばかりだ。ジェターク兄弟の腹心ともいえる彼にすら事情を明かせない、ということなのか。
    「ラウダ先輩は……ラウダ先輩に事情は聞けないんですか?」
    ペトラがそう尋ねてみるも、カミルは再び首を横に振った。
    「あいつの行方はグエルも知らないそうだ。グエルと一緒に本社フロントに向かったわけじゃないらしい。
     どこに行ったんだ、あいつ……」

  • 3403_4/924/02/06(火) 05:12:52

    グエルにダリルバルデを届けるため、ラウダ・ニールは昨日の授業を早退し、ジェターク寮艦に乗って本社フロントへ出かけていた。
    その後、ジェターク寮艦は爆発したダリルバルデの残骸を回収して学園フロントに戻っていたが、それに乗っていたはずのラウダはいまだ寮に姿を見せていない。ペトラやカミルが何度か通話を試みたが、端末の電源が切られているのか一度も繋がらなかった。
    きっと、グエルを手伝うために本社フロントに行ったのだろう、とペトラは考えていたのだが。
    「こんなときに何やってるのさ、ラウダ先輩……」
    うつむくペトラの横で、フェルシーはカミルに食い下がる。
    「本当に避難準備を始めるんですか、カミル先輩!?」
    「……理由がよく分からんとはいえ、CEO直々の命令だ。従うしかあるまい」
    「でも、だって、それじゃあ……っ!」
    フェルシーは子供のように両手を振り回す。
    彼女はあまり言語化が得意ではない。豊かな感受性をもてあまし、何も言えなくなってしまうことがたびたびある。そんな時、彼女はよくこんな動作をする。
    しかし、決して頭の回転が鈍いわけではない。フェルシーはこのとき必死に頭を働かせて、ここにいる3人が心中で抱く不安をきちんと言葉にしてみせた。
    「……グエル先輩はどうなっちゃうんですか!? 今の先輩のそばにはラウダ先輩もいないんでしょう!? 何か危ないことが迫っているっていうなら、グエル先輩はたった一人でそれに立ち向かおうとしてるんじゃないですか!?」
    「…………!」
    ペトラとカミルは顔を見合わせる。
    そうだ、確かにその通りだ。
    グエル・ジェタークとはそういう人間だ。

  • 3503_5/924/02/06(火) 05:13:34

    「ダメですよ、グエル先輩を一人にしちゃあ! あの人、悪いことほど、危ないことほど一人で抱え込んじゃうんだから! 私たちが助けに行かないと、そうしないと……」
    涙目になって両手を振り回すフェルシー。
    ペトラは真剣にうなずく。
    カミルは目を閉じ、考え込む。

    思えば、数か月前にグエルが行方不明になったときもそうだった。
    決闘での敗戦を重ねた彼は、父親からの命令でジェターク寮を追い出された。多くの寮生はそれでもグエルを慕い、こっそりと応援や差し入れを申し入れていた。
    だがそのすべてを、グエルは「お前らも父さんの逆鱗に触れちまうぞ」と言って断り、ただ独りで個人用テントに住む道を選んだ。
    その結果、彼はさらに追い詰められ――そして、ついには一人で学園を脱出してしまった。

    今の事態はあの時よりさらに悪いかもしれない。
    命を危険に晒すのは自分だけだと、グエルはそう決断してしまったのかもしれない。

    その懸念を胸に、数秒後、寮長代理は目を開けた。
    「俺はこれから、寮生全員に集合をかける。全員をここに集めて、移動の準備を始める」
    「カミル先輩! そんな!」
    「早とちりするなフェルシー。移動の準備……つまり、グエルを応援に行くための準備でもある」
    にっと笑ってから、カミルは続ける。
    「グエルの命令通り避難するのか、それともグエルの応援のために本社フロントに向かうのか。それは寮生全員で決める。
     ただ、どんな判断をするにしろ、今はあまりにも情報が足りない。だから――」

  • 3603_6/924/02/06(火) 05:14:00

    寮長代理は二人を見回し、告げた。
    「お前らはラウダを探してくれないか。あいつなら、俺たちより事情を知ってるはずだ」
    「わかりましたぁっ!」
    フェルシーは顔を輝かせ、元気よくうなずいた。
    ペトラも続いてうなずこうとして、ふと気づく。つい昨日に耳にしたセリフを思い出す。

    ――もしかしたら、また大変なことになるかもしれません。

    そうだ、スレッタ・マーキュリーは確かにそう言っていた。
    きっとアイツも、これから何が起こるかを知っていたんだ!

    ペトラは慌てて個人端末を取り出した。
    昨日番号を交換したばかりの相手を画面に呼び出し、通話ボタンを押す。
    だが、何秒待っても呼び出し音は終わらない。どうやら相手は、自分の端末をカバンの中にでも置き忘れたようだ。
    「あーもう! やっぱりアイツはなんか頼りにならないっ!」
    そしてペトラは、きょとんとしている他の二人に顔を向けた。
    「カミル先輩! 心当たりがあるので、私まず地球寮に行ってみます!
     ごめんフェルシー、先にラウダ先輩を探しに行って! 私もあとで合流するからっ!」
    そしてペトラは返事を待たず、ミーティングルームを飛び出した。

  • 3703_7/924/02/06(火) 05:14:39

    巡回バスに飛び乗り、イライラしながら目的地への到着を待つ。乗り合わせた他寮の学生たちがその剣幕にビビっていたが、ペトラは気にしない。大事の前の小事だ。
    数十分の後、巡回バスはやっと僻地にある地球寮の建物の近くに辿り着いた。ペトラは慌ただしくバスを降り、地球寮の敷地内に走りこむ。
    そして玄関にたどり着く直前で、彼女は思わぬ人物とばったり遭遇した。
    「うわっ!? 経営戦略科の煽りモンスター!?」
    驚きと焦りが相まって、口から思わず率直な比喩が漏れてしまった。というか、これではただの悪口だ。
    当然ながら、煽りモンスター、否、セセリア・ドートは顔をしかめた後、じろりとペトラを睨みつけてきた。
    「誰が煽りモンスターですってぇ? グエル先輩の取り巻きその3が言ってくれるじゃない」
    その目線の強さに、さしものペトラもたじたじと後ずさる。

    どうにもこの煽りマシーンは苦手だ。口喧嘩で勝てる気がしない。否、この学園にコイツをビビらせることのできる奴は居ないんじゃないかとすら思える。なにしろあのグエル先輩すら真っ向から皮肉るクソ度胸の持ち主なのだから。
    だがペトラは気を取り直した。朝っぱらからこの煽り屋がどうしてこんな場所にいるのかは不思議ではあったが、今その理由を詮索している暇はない。

    「ちょっとソコどいて! 地球寮に急ぎの用があるの!」
    「あらあらぁ、奇遇ですねぇ。私も地球寮に用があるんですけどぉ、グエル先輩の取り巻きさんは一体どんな用があるんですかぁ?」
    「……はあ? アンタには関係ないでしょ!?」
    「ありますよぉ。なにしろ、地球寮とジェターク寮が昨日のテロ未遂に関わってるんじゃないかって噂について調査しに来たんですから」
    「なんですってっ!?」
    思わぬ言葉を投げつけられ、ペトラは反射的に聞き返してしまった。

  • 3803_8/924/02/06(火) 05:15:39

    恐ろしくムカつく煽り顔で、セセリアは続けてくる。
    「だってホラぁ、テロリストのモビルスーツの墜落現場に、スレッタ・マーキュリーがバイクを飛ばして向かっていったって目撃証言がたくさんあるんですよぉ?
     さらにはその場所に、ジェターク社のマークをつけた救急車が走っていくのを見たって人も大勢います。
     これだけ情報があれば、良からぬ噂が立つのも無理からぬコトじゃあないですかぁ♪」
    「ふざけんな! そんなモン、安直で無責任な邪推に決まってるだろーが!」
    さすがにペトラも青筋を立てた。テロリストを治療したという悪口ならともかく、テロの協力者だという誹謗中傷まで受け入れるつもりはない。
    無自覚にヤンキーじみた口調になりながら、彼女は同級生にまくしたてる。
    「スレッタ・マーキュリーは人道的理由から救助活動をした! 私たちはアイツに恩があった! だから協力したっ!
     それだけだっつーの! 私たちがテロなんかするもんか!」
    「……ま、確かにねえ。どこの筋とも分からぬモビルスーツを使ってのテロ……なんて面倒なマネ、脳筋ジェタークが手を出すはずもないか」
    「納得しつつ小馬鹿にしてくるんじゃねーよ!」
    「……が、しかし」
    煽り顔を崩さぬまま、セセリアは嬲るように質問を重ねてくる。
    「テロの件とは無関係っていうなら、アナタはどうしてこんな朝っぱらから地球寮に押しかけてるんですかぁ?」

  • 3903_9/924/02/06(火) 05:16:18

    ぬあああ、面倒くせえぇー!

    ペトラは胸中で絶叫する。セセリアに絡まれるといつもこれだ。応えづらい質問が何度も飛んできて、適当に誤魔化せば言葉の矛盾を的確に指摘され、さらに追い込まれる。
    かと言って、ジェターク寮生たるこの自分が、口喧嘩に負けて拳で反撃、なんてみっともない真似ができるはずもない。
    進退窮まったペトラは、開き直ることにした。セセリアを真正面から睨み据え、短い言葉で端的に答える。
    「わかんない!」
    「……は?」
    「今何が起こってるのか、これから何が起こるのか、さっぱりわからない。だから、何か知ってそうなスレッタ・マーキュリーに聞きに来たんだよ。本当にそれだけ」
    「……ふうん?」
    「さあ、どいたどいた! ジェターク寮のみんなが情報を待ってるんだから!」
    そしてペトラはセセリアの横をすり抜け、地球寮のドアの呼び鈴を鳴らしたのだった。



    これから思わぬ情報が手に入ることになろうとは、そして、これから怒涛の展開が待っていようとは、もちろん彼女は、予想だにしていなかった。

  • 40二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 07:34:15

    煽りモンスターw

  • 41二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 08:07:00

    いちいち見たかったやつ!となってる

  • 42二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 11:04:30

    更新乙です!

  • 43二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 20:03:34

    いろんなキャラに見せ場ありそうでワクワクするな

  • 44二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 00:30:48

    血が騒ぐ
    更新が待ちきれん
    保守です

  • 4504_1/924/02/07(水) 04:55:06

    スレッタ・マーキュリーに協力を要請するため、ベルメリア・ウィンストンを伴い地球寮を訪れたグストン・パーチェは、玄関に立ち尽くしたまま戸惑っていた。

    時刻は朝の11時すぎ。本来なら学生はとっくに登校している時刻だが、24時間前にテロ未遂があったということらしく、今日は学園は全面休校なのだそうだ。であれば、地球寮の生徒全員がこの建物内に残っていたとしても特に不思議ではない。
    だが、グストンが職務上記憶している地球寮生とは明らかに異なる人物がふたり、この場所に紛れ込んでいた。
    一人は決闘委員会に所属するセセリア・ドート。もう一人は……たしか、ジェターク寮の生徒ではなかったか。

    おまけに、その二人を含むこの場の生徒全員が、何やらどんよりとした雰囲気に沈んでいる。

    「ニカさん、何があったの?」
    「ええと……その、重い話があったというか、重い話が繰り返されたというか……」
    ベルメリアが玄関に来た生徒に尋ねているが、その少女の答えも要領を得ない。

    「重い話っていうか……重すぎるよな。地球のテロ組織、スレッタの過去と家族、んでデータストーム領域の拡大。それを昨日の夜と今朝とで2回」
    「こんな立て続けにヘビィな連打を浴びせられたら、俺たちもう受け止めきれないぜ……」
    「あ、あの、すみません……。わたしのせいで……」
    「いや、スレッタは何も悪くないからね!? ほら、ヌーノもオジェロも謝って!」
    向こうでは、当のスレッタ・マーキュリーが、同年代の男子生徒二人とぺこぺこ頭を下げあっている。意味がよくわからない。

    このまま待っていても埒が明かないと見たグストンは、玄関に立ったままスレッタに呼びかけた。
    「スレッタ・マーキュリー、私はグストン・パーチェ、宇宙議会連合の査察官だ。
     さっそくで済まないが、ベルメリアと三人で話ができないか? 君のお母上に関することなんだ」

  • 4604_2/924/02/07(水) 04:55:43

    瞬間、スレッタを除く生徒全員が、ぎらりと目を剥いてグストンに視線を向けた。
    10人以上の人間から同時に睨みつけられ、査察官は思わずたじろぐ。
    「……な、なんだ? 一体どうした、君たち?」
    「スレッタのお母さん……ですって?」
    ベルメリアの横に立つ生徒が、急に警戒をあらわにする。
    「そいつぁ聞き捨てならねぇなあ……?」
    部屋の中央に座る特徴的なポンポン頭の女子生徒が、たちまち殺気立つ。
    その生徒は椅子から立ち上がると、こちらに向けてびしりと指を突きつけた。
    「オッサン、その話、ここにいるみんなで聞かせてもらうぜ」
    「……なっ!?」
    「もうスレッタの家族の話は、スレッタだけの問題じゃあねーんだよ。この場にいるみんなの問題だ。
     何しろ、スレッタ本人から相談を持ちかけられちまったからなあ!」
    ポンポン頭の生徒――チュアチュリー・パンランチがそう断言すると、スレッタを除く生徒全員が同時にうなずく。地球寮とは無関係のはずの女子生徒二人もだ。

    戸惑いを深めながらも、グストンは部屋の中を見渡し、彼らの意志が固いことを確認した。
    言葉で全員を説得していては、時間の浪費は避けられないだろう。
    今は寸刻も惜しい。関係者以外に聞かせたい話ではなかったが、このまま話さざるを得ないようだ。
    査察官は一つ息をつくと、たった今起こっている緊急事態について話し始めたのだった。

  • 4704_3/924/02/07(水) 04:56:14

    そのとき強化人士5号が地球寮の裏手でこそこそ聞き耳を立てていたのには、もちろん理由がある。
    どうにかしてこの学園を脱出し、地球なり別のフロントなりへ向かう手段を確保するためだ。
    お人好しぞろいの寮生たちを上手いこと騙して、二人分のチケットを手に入れられないか。そんな単純な動機で地球寮に向かってみると、学園の雰囲気とは明らかに異質な男が一人、ベルメリアを連れて建物の中に入っていく。
    こりゃあ何かあるに違いない、上手くいけば強請りのネタの一つも掴めるかも――閃いた青年は、前々から目をつけていた場所に陣取り、中の会話に耳をそばだてた。
    そしてすぐ、眉をしかめる羽目になった。
    「クワイエット・ゼロ……? なんだそりゃ。穏やかじゃないな」
    不審に思いながらも青年がその場に留まっていると、建物内の会話は次第に不穏さを増していく。

    スレッタの母、プロスペラ・マーキュリーの企み。そして、その発端となる21年前の虐殺。
    さらには、生体コードの転移による人間のモビルスーツ化――エアリアルの誕生。
    そして、スレッタの生誕に関わるリプリチャイルドという禁忌の技術。

    スレッタに協力を求める男――グストン・パーチェに対し、スレッタはそれらの過去を説明していく。
    どうやらこの建物内にいる生徒たちは、すでにおおよそを当人から教えられていたらしく、スレッタの話を黙って聞いていたが、初耳である青年はさすがに動揺を隠せない。
    「まだこんな裏を隠してたのかよ、ベルメリア……」
    かつての自分の上司に吐き捨てる。
    自分たち強化人士のことなど、スレッタにまつわる血塗られた闇に比べればまだ可愛いものだ。
    「僕がエアリアルを奪い取ろうとしたときに出てきたアイツら……あれはエリクト・サマヤって娘の成れの果てと、そのクローンだったってことか」
    背筋に寒気を覚えながらも、青年は聞き耳を続ける。

  • 4804_4/924/02/07(水) 04:57:05

    建物内の話は、核心へと差し掛かっていた。
    プロスペラ・マーキュリーの野望を止めるための、スレッタ・マーキュリーへの協力要請。
    そして説得が無理と言うなら――エアリアルに唯一対抗できるモビルスーツ、キャリバーンへの搭乗要請。
    そのあたりからだんだんと、建物内で口論が起き始める。

    「ダメだよスレッタ、そんなものに乗っちゃ! 死んじゃうだけだよ!」
    「でもっ……それでお母さんを止められるならっ……!」
    「だからって、お前一人がそんな危ない橋を渡る必要はないだろっ!?」

    口論の主はニカとチュチュ、そしてスレッタだ。
    前者はどうにかスレッタを止めようとし、後者は自ら進んで危険なモビルスーツに乗ろうとしている。自分の母親と、姉を止めるために。

    「データストームの危険性は、まだろくに解明されてないんです。お母さんの計画どおりに世界が書き換わったら、地球圏の全ての人がデータストームに常に晒されることになります。そうなれば一体どんなことになるのか……っ!」

    「ああ、確かにそいつはヤバいね」
    他人事のように青年はつぶやく。
    もちろん彼にとっても他人事などではない。スレッタの言うとおり、データストームの危険性はまだろくに判っていないのだ。確かなのは、高強度の情報量を短時間浴びただけでも半身不随になりかねないということくらい。長期間データストームを浴び続けた場合に身体にどんな障害が起こるのか、なんて、誰も知りはしないだろう。なにしろ21年前からその研究は禁止されていたのだから。

  • 4904_5/924/02/07(水) 04:58:09

    「全人類がデータストームに常に晒されるとなれば、一体どれほどの人間が、どれほど寿命を縮めることになるのやら。
     僕みたいに中枢神経を強化された人間や、生まれつき耐性のある人間なら影響は少ないかもしれないけど……」

    事態の深刻さを理解しながらも、しかし青年は、あくまで他人事の表情を貫く。

    やがて、建物内の口論も終息に向かう。
    スレッタ・マーキュリーが、反対する二人を押し切ろうとしていた。
    「わたし、どうしてもお母さんを止めたいんです。
     大好きな人に、悪いことなんてしてほしくないから。
     そして、みんなに巻き込まれてほしくないから。
     だからお願いです! わたしを行かせてくださいっ!」
    ニカもチュチュも無言だ。もうスレッタを止めることはできないと悟ったらしい。
    すると今度は、別の人間が声を上げた。
    「スレッタ。だったら、僕たちも一緒に行くよ。
     僕はもう二度と、仲間を独りで戦わせたりなんかしたくないんだ」
    マルタン・アップモント。地球寮の寮長が、決然と告げる。
    「私らだって放っておけないよ。ていうか、全人類の危機に無関係を決め込めるはずがないでしょ」
    ペトラ・イッタ。ジェターク寮のメカニックが追随する。
    「……やーれやれ。確かにこれは、見過ごすことはできないわね」
    セセリア・ドート。ブリオン寮の煽り屋が、いつもの皮肉を自省しつつ協力の意志を見せる。

    この建物内にいる全生徒が、危険を承知で、スレッタ・マーキュリーに同行することを表明していた。

  • 5004_6/924/02/07(水) 04:58:53

    「カッコいいね、みんな」
    強化人士5号は、皮肉でもなくそうつぶやく。

    ペトラの言うとおり、確かにこれは全人類の危機だ。命の危険があろうとスレッタに協力するのが正しい道なのだろう。
    付け加えるなら、スレッタと青年とは似た境遇でもある。命と身体と人生を他人に弄ばれ、挙げ句、用済みだからと捨てられた。青年にとってもスレッタは、同情に値する存在となった。
    もし仮に、死にたくないという感情しか命を惜しむ理由が残っていなかったとしたら、彼もまた地球寮に乗り込み、スレッタに協力を申し出たかもしれない。
    だが。
    「悪いけど。僕はもう、むざむざと死ぬわけには行かないんだ」
    青年は立ち上がり、そして、建物に背を向ける。
    今の彼にはもうひとつ、死 ねない理由ができていた。

    幸せな生活を、両親を、家を、故郷を。
    そのすべてを戦争シェアリングによって奪われ、孤児となったアーシアン。
    流浪の果てに得た友人すら魔女狩り部隊に殺され、文字通り何もかもを失った少女、ノレア・デュノク。

    「死の危険は冒せない。
     あいつを残して、死ぬことはできない」
    物音を立てぬようゆっくりと歩きながら、青年は独りごちる。

  • 5104_7/924/02/07(水) 04:59:38

    ノレアは今、ペイル社のセーフハウスの一つで匿っている。もっと抵抗されるかとも思っていたが、友人の遺書を見てからは、完全に絶望と無力感に囚われてしまった。このまま一人残されたなら、彼女は自暴自棄の果てに自爆テロに手を出しかねない。
    「そういうわけにはいかないんだ……僕はあいつの命を託されたんだから」
    ノレアを生かすために自ら犠牲となった、ノレアの友人、ソフィ・プロネ。
    あの少女の想いに応えるためにも、青年は死ぬわけにはいかなかった。

    地球寮の玄関口を見つめ、青年は知り合いたちに、健闘を祈る、と念を送った。
    そして、そのまま建物を離れようとした、そのとき。

    「……あ、そういえばペトラさん。ソフィさんの容態はどうですか?」
    スレッタの声が、青年の耳に入る。
    彼は足を止めた。
    「え、ちょっと。このタイミングでそれを聞く?
     いやまあ、いいけどさ。
     容態は安定したって話だよ。内蔵や神経系があちこち傷んでるから、今後は移植手術が必要になるそうだけど」
    ペトラの声が、青年の意識の横面を張り飛ばす。
    彼はすぐさま踵を返した。
    「本当に良かった。ソフィがあのまま死んじゃわなくてさ。
     私がもっとしっかりしていれば、あの子の出撃だって止められたはずだから」
    ニカの安堵の声が、青年の心を加速させる。
    彼は地球寮の入り口を――ほとんど蹴り飛ばす勢いで――開け放った。
    中の人々の驚きを無視し、彼はつかつかと部屋の中央まで歩み寄ると、そこに立っていた少女二人に大声で問いかける。

    「ニカ! スレッタ! 今なんて言ったんだ!?」

  • 5204_8/924/02/07(水) 05:00:12

    「ひょえああああっ!?」
    「エラン先輩っ!?」
    びっくり仰天したスレッタが珍妙な悲鳴を上げ、意表を突かれたニカも目を見開く。
    驚きから立ち直ったのは、グラスレー寮に一緒に監禁された経験を共有するニカのほうが早かった。
    彼女は声を潜め、青年に逆に質問する。
    「ええと、学園外に逃げたんじゃなかったんですか? そもそも、ここに姿を表すのはマズいんじゃ……?」
    「あっ」
    青年が我に返る。
    確かにそのとおりだ。こそこそと身を隠しながら学園を脱出する手段を確保する計画が、これで台無しになってしまった。
    冷や汗を流す青年を見上げて、ニカは小声で説明を続けてくれた。
    「ソフィについては、瀕死の重傷でしたけれど、スレッタと私たちとで助けることができました。
     ただ、まだ意識不明みたいで。しばらくはジェターク社の病院で療養しないといけないと思います」
    「そ、そうなんだ」
    青年は生返事を返す。ソフィの生存を確認できたのは何よりだったが、この失敗を取り繕うのは難しそうだ。
    それでもどうにか誤魔化そうと必死で考え続ける青年に、ニカが申し訳なさそうに告げた。
    「それと……やっぱり、テロの罪状はどうにもならなくて。たぶん回復し次第、ソフィは裁判にかけられることになります。
     最悪、死刑もありうるって……」
    「ああ、それはそうだろうね」
    生返事ながら、青年は首肯する。
    ベネリットグループではたとえ未成年であろうと、ガンダムに乗る魔女は決して許されない。何の罪も犯していなかったとしても魔女はグループ外追放になると定められているほどだ。ましてやガンダムでテロを起こしたとなれば、よほどのことがない限り死罪は免れない。

    そう、余程のことがなければ。

    「…………」
    青年は頭脳をフル稼働させる。
    怯えたような表情でこちらを見上げるスレッタに目線で詫びを入れ、「今さら何しに来やがった」と怒鳴るチュチュを手で制し、全力で計算する。

  • 5304_9/924/02/07(水) 05:00:54

    こうして姿を見せてしまった以上、ノレアと二人でこっそり学園を脱出するのは不可能だ。だったらいっそ、ここにいる人間に協力する代わりに見返りを求めるべきかも知れない。
    たとえば、そう、自分たちの密航を見逃し、かつソフィ・プロネの減刑を求める、とか。
    全人類の危機ともなれば、報酬の額をそこまで釣り上げることも難しくはないはず。
    そしておそらく――ノレア・デュノクが立ち直るには、ソフィの生還が絶対に必要だろう。

    ならば。

    青年は一つ息をつくと、芝居がかった仕草で髪をかきあげた。
    「クワイエット・ゼロ、だっけ? 僕もそれに連れて行ってよ」
    宇宙議会連合の査察官に視線を向け、余裕の笑みを見せながら取引を持ちかける。
    「ただし、いくつか条件がある。その条件を満たしてくれるなら、僕が手を貸してやる」
    「あ、ああ」
    査察官は、何がなんだかわからないといった表情ながらも頷きを返す。
    見た目はいかついが、交渉相手としてはチョロそうだ。内心でほくそ笑んだ青年は、さっそく交渉を開始した。



    「エラン先輩、またキャラが変わってないか?」
    「なんだか、失敗したのを必死に誤魔化そうとしてるみたいに見えるね」

    視界の外から女子生徒のそんな会話が聞こえてきたが、もちろん青年は無視を決め込んだのだった。

  • 54二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 08:56:37

    ソフィが生きてたと知って飛び出しちゃう5号でちょっと笑ってしまった
    やっぱり懐に入れた人の生死が絡むと勢いで行動しちゃうところが良いなあ、その後ちゃんとリカバリーをしっかり組み直すあたりも流石5号だけど
    そしてキャラ変の会話完全無視でまたちょっと笑った

  • 55二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 15:31:53

    5号来ちゃアア!!

  • 56二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 23:13:45

    すごい、全部脳内再生できる

  • 5705_1/924/02/08(木) 06:10:03

    人気のない通路を、ノレア・デュノクは押し黙ったまま歩く。

    両手には手錠をかけられ、首にはいつでも起爆できる爆薬の詰まったチョーカー。彼女が反抗できないようにするための、そして、仮に反抗したとしてもすぐに始末できるようにするための備えだ。
    そんなモノを身に着けさせてなお、スペーシアンたちはノレアを危険視しているらしい。前方を歩く少女はときおり振り返り、警戒と不安の眼差しをノレアに向けてくる。後方を歩く大柄な男は、銃を構え、いつでもノレアを取り押さえられるポジションをキープしている。

    もはや人ではなく、人食いの獣でも相手にするかのような態度。こうなることを予め覚悟していたノレアも、人間扱いすらされないこの状況に苛立ちを感じざるを得ない。
    だがそれでも、心の奥底に封じ込めた憎しみを一切外に漏らすことなく、ノレアは歩き続ける。

    そうする理由の一つは、この通路の奥にいるはずの友人の安否を確認するため。
    ソフィの無事を直接この目で確かめるまでは、周囲のスペーシアンたちの不興を買うわけにはいかない。たとえどれほど屈辱的な扱いを受けたとしても、だ。

    そして理由のもうひとつは、もちろん――

    「ダメだよ君、そんな仏頂面じゃあ。反抗を企んでるんじゃないかって疑われちゃうよ?
     ほら、笑って笑って。スマイルスマイル。きっと君は、笑顔が一番ステキさ♪」」

    軽薄なセリフを並べ立てながら隣を歩くこの青年が、あまりにも鬱陶しかったからだった。

  • 5805_2/924/02/08(木) 06:10:36

    「……この状況でへらへら笑っていられるのは、あんたみたいな無神経だけ」
    ぼそっと毒づいてみるも、青年は一向に堪えた様子もなく、標的を別の人間に変えただけだった。
    ノレアの前を行く栗色の髪の少女に、馴れ馴れしくも親しげに話しかける。
    「いやあ、それにしてもジェターク社は成金だねえ。わざわざ学園の中に直営の病院を作ったうえ、こんな重役専用の通路まで準備しておくだなんて」
    「重役専用じゃありませんよ先輩。ジェターク寮の生徒とその家族専用です」
    少女――ペトラ・イッタは不服そうな顔で訂正するが、青年は肩をすくめただけだった。
    「ジェターク寮に入れるような生徒なら、結局は重役の子息ってことだろ?」
    「違いますっ。ウチは実力主義なんですっ。カミル先輩なんて親族に会社関係者は一人もいないのに、みんなから優秀さを認められて、一年前からずっと寮のナンバースリーだしっ!」
    「へえー、そうなんだ」
    まったく興味なさそうな声で相槌を打つと、青年は今度は、後ろを行く大男に絡み始めた。
    図々しく笑いながら、問いかける。
    「ジェターク関係者専用の通路に入ることができるなんて、宇宙議会連合の査察官の権限ってのは大したモンだね。あんたを味方につければ、宇宙のどこへでも行くことができそうだ♪」
    「……査察官の権限は、あくまで捜査対象に限定される。君が想像するような便利なものじゃない」
    大男――グストン・パーチェは、青年に冷淡な反応を返す。
    「そもそも、この権限は恣意的に使っていいものじゃない。俺がこの病院に入場許可を出させたのは、協力の条件としてソフィ・プロネの安否の確認が必要だと君たちが主張したからだ。
     いいかねエラン・ケレス、査察官というのは」
    「ああ、わかってるよ。秩序の守護者たる査察官たるもの秩序を乱す真似はできない、とかそういう話だよね」
    説教が始まりそうと見たのか、青年はひらひらと手を振って会話を打ち切る。

  • 5905_3/924/02/08(木) 06:11:49

    万事がこの調子だった。
    この病院に来る前からずっと、青年はへらへらと笑みを浮かべ、常に誰かにどうでもいい話題を振り、適当なところで会話を切り上げては別の誰かに話しかけている。あまりの鬱陶しさに、ペトラもグストンも今やノレアより青年のほうに注意を引かれ、うんざりとばかりに睨みつける始末だ。
    もちろんノレアも青年の軽口には閉口していたが、しかし今は何も言わず、前に進むことに集中する。

    目的地が、迫っていた。

    「この部屋だよ」
    集中治療室と書かれた部屋を、ペトラが指し示す。
    ノレアは無言でうなずき、部屋の扉をくぐった。

    直後、ノレアは信じがたい光景を見た。
    自分の友人が、ガラスの向こうで、なにかの巨大な装置の中に組み込まれていたのだ。
    「なっ……っ!?」
    一瞬殺気立ち、しかし、すぐに見間違いだと気づく。

    確かに彼女の友人は、多数の機械に囲まれ、無数のチューブに繋がれた状態で眠っている。だが別に、生体パーツよろしく何かの部品として使われているというわけではない。

    ノレアはガラスのそばまで近寄り、ソフィの姿をまじまじと観察する。
    友人は、ベッドに丁重に寝かされていた。
    固く目を瞑り、生気のない顔で、しかし確かに胸を上下させて呼吸していた。

    ソフィを囲むおびただしい数の装置は、そのすべてが、ソフィを生かすために稼働していたのだった。

  • 6005_4/924/02/08(木) 06:12:19

    「…………は、」
    ノレアの口から気の抜けた声が漏れる。
    きっとソフィは、粗末な毛布の一枚だけ与えられて、硬い床の上に転がされているのだろうと想像していた。
    そうだとしても文句は言うまいと考えていた。ガンダムの部品であり、消耗品でしかない自分たちにとっては、他人から治療をしてもらえること自体が贅沢の極みだったからだ。

    だからこの光景は、想像のはるか外だった。
    スペーシアンが、アーシアンの、それも最底辺の使い捨てのテロリストを、可能な限りの手段で以て救おうとしている、という事実は。

    そしてノレアは、やっと実感する。

    これなら。
    こんなふうに治療してもらえているなら、必ず。
    必ずソフィは治る。必ず自分のもとに帰ってきてくれる、と。

    「……ソフィ……」
    ノレアの身体から力が抜ける。少女はガラスに額をくっつけたまま、ずるずるとその場にへたり込む。
    「……よかった……」
    喉から漏れる声は、涙混じりだった。
    背後にスペーシアンがいることなど、すでに頭から吹っ飛んでいた。
    「……よかったよぉ……」
    声になったのも、そこまでだった。

    床に座ったまま、少女はただ、泣き続けた。
    喜びの涙に、むせび続けたのだった。

  • 6105_5/924/02/08(木) 06:15:27

    集中治療室の床にへたり込んで泣き続ける少女の背を、ペトラは複雑な表情で見守る。
    あの少女が、つい十数日前にランブルリングに乱入し、ラウダ・ニールを傷つけたテロリストの一味であることは知っていた。
    そのランブルリングで、複数人の生徒を手にかけた凶悪犯だということも。
    だがその知識と、今の少女の弱々しい背中がどうしても結びつかない。
    友人を想って泣き続けるその姿が、人殺しの別の姿だという事実を飲み込めない。

    だからペトラは、小声でつぶやくしかなかった。
    「なんであんな子が、テロなんか……」
    「そういう組織に拾われたから、みたいだね」
    そして、横から言葉を挟まれた。
    ペトラが首を向けてみれば、エラン・ケレスが、否、その影武者が、軽薄な笑顔を顔に張り付けたままノレアを注視している。
    「僕も詳しく聞いたわけじゃないけど……どうも彼女、戦争で両親と家と故郷をまとめて焼かれちゃったみたいだね。
     で、一人ぼっちになったところを、子供をガンダムに乗せて鉄砲玉にしてる組織に拾われた、ということらしいよ」
    「……じゃあ、その組織に無理やり武器を持たされて戦わされてるってことですか? あの子」
    昨日フェルシーが言っていたとおり、ソフィもノレアも騙されて利用されているだけなのか。
    隣の青年にそう問いかけてみると、彼は首を横に振った。
    「そうでもないだろうね。なにしろ彼女、戦争シェアリングに何もかも奪われたわけだから。豊かなスペーシアンを憎む気持ちは本物だろうさ」
    「…………」
    「まあ、気持ちはわからないでもないかな。ある日突然家族を殺されて、飢え死にしそうな状況に追い込まれたってのに、その元凶たる連中は宇宙で平和に幸せに暮らしている……となれば、恨みを募らせても仕方ないよね」
    薄笑いのまま、どこまでも平坦な口調で、青年は淡々と語る。

  • 6205_6/924/02/08(木) 06:15:58

    何となく苛立ちを覚えて、ペトラは声を荒げた。
    「なんでそんな他人事ぶってるんですか。先輩だって、私たちと同じ側じゃないですか。そんなふうに第三者っぽい態度をとるのは卑怯ですよ」
    その言葉に深い意味があったわけではない。
    アーシアンに憎しみの原因を与えていたのが自分たちであるという自覚から、無意識に目を背けたかったのかもしれない。
    あるいは、さっきからずっとノレアに優しい声をかけ、一方で自分やグストンには皮肉を飛ばして牽制してくる青年の態度に、うっすらと不信感を抱いていたのかもしれない。
    ペトラの何気ない一言に、しかし青年は一瞬、激烈な反応を見せた。
    薄笑いを張り付けたままの顔をペトラに向け、そして吐き捨てる。

    「僕はスペーシアンだけど、そちら側じゃないよ?」

    「…………っ!」
    笑っていない目の奥に、黒い憎悪の色が見えた、ような気がした。気圧されたペトラは一歩後ずさる。
    と、青年は誤魔化すように、再びへらへらと笑い始めた。
    「まあ、色々あるのさ。アーシアンにだって真っ当な手段で学園に通えるくらいの金持ちはいるし、スペーシアンにも食うや食わずの人間はいる。アーシアンだのスペーシアンだのって理由で人を決めつけるのは馬鹿らしいと思うけどね」
    「…………」
    痛いところを突かれて、ペトラは押し黙る。
    確かにランブルリングまでは、自分もフェルシーもアーシアンという理由だけで地球寮を軽蔑していたし、水星という辺境で育ったという理由だけでスレッタを軽視していた。
    ラウダの命の危機をスレッタやチュチュに救われ、そしてスレッタの人命救助の手際を目の当たりにしたことで、その偏見も薄まったと自覚しているが――だからといって、彼らを軽蔑していた過去は取り消せない。
    そして、自分たちが地球の人々を犠牲にしてその地位を保っている側であるという現在も、取り消せない。

  • 6305_7/924/02/08(木) 06:17:18

    何も言い返せなくなったペトラが下を向いていると、青年が急に話題を変えてきた。
    あくまでも軽い口調のまま、しかし興味深げに尋ねてくる。
    「……そういえば、君たち、どうしてソフィの命を助けたんだい?
     アーシアン嫌いのジェターク寮が、よりにもよってアーシアンのテロリストを病院で匿うなんてさ。
     いくらスレッタに恩があるって言っても、そこまでする必要、あったの?」
    「それは……」
    小馬鹿にされているのかと思って、ペトラはもう一度隣を見上げる。
    しかし、青年はもう薄笑いを張り付けてはいなかった。本気で不思議そうな表情でペトラを見つめている。
    その目にあるのは憎悪ではなく――おそらくは、真剣な疑問。
    「…………」
    一瞬だけ迷い、そして、真摯に悩み。
    ペトラは答えを口にした。
    「ガンダムの墜落現場に到着して、スレッタがコックピットを開けて……で、コックピットの中が見えた瞬間に、アーシアンだとかテロリストだとか、そんな考えは頭から吹き飛びましたよ」
    「……へえ?」
    「だって、中にいたあの子……ソフィは、口から下が血だらけで、目が死んでて、息もしてなくて。
     もう絶対に助からないって、すぐに死んじゃうんだって、そう判って。そして、すごく怖くなって」
    あの瞬間まで、ペトラは人が死ぬ場面を目の当たりにしたことはなかった。
    初めて見る光景に、完全に委縮してしまっていた。
    「でも、私が何もできずにビビってたら、スレッタが凄い勢いで心音とか呼吸とか確認しだして。あっという間に人工呼吸とか始めて。その動作が機械のように力強くて、正確で……それを見てたら、ああ、ビビってる場合じゃないだろって我に返って。
     あとはもう、急げ、走れ、手を動かせ、そうしなきゃ目の前にいる人間が死ぬんだぞって、それだけを考えてました。で、訓練通りに動き回ってたら、最終的にああなったっていうか……」

  • 6405_8/924/02/08(木) 06:17:51

    別に、博愛精神に目覚めたわけでもなければ、自らの強い意志で人道を貫いたわけでもない。
    スレッタの行動に引きずられただけ。そして、目の前で人が死ぬのが怖かっただけ。
    目の前で人に死なれてほしくなかったから、学校の授業で習った通りに身体を動かしただけだ。
    自分でも情けない話だと思うが、それが事実だった。
    「ソフィを助けた理由なんて、その程度ですよ」
    また皮肉を飛ばされそうだなと思いながらも、ペトラは正直にそう告げた。
    しかし聞き終えた青年は、わずかに目を見開くと、身体ごとこちらに向き直り、少しだけだが頭を下げてみせた。

    「失礼な態度をとってすまなかった。ありがとう」

    「へっ?」
    ペトラが唖然としている間に、青年は踵を返し、ノレアのほうへと向かう。
    床にへたり込む少女に、彼は優しく語り掛けた。
    「そろそろ時間だよ。ソフィはここの連中に任せよう。僕たちは本社フロントに向かう準備をしなきゃ」
    「……わかってる。でも、もう少しだけ……」
    「すべてが無事に終われば、好きなだけここに居られるさ。でも、今は我慢しなきゃ」
    その様はまるで兄妹のよう。悲しみに沈む妹と、妹を力づけようとする兄。
    あの青年があそこまでノレアに肩入れする理由は、やはりペトラにはよくわからない。彼は結局、自分がエランの影武者であるということ以外は一切語らなかったからだ。
    もう少し身の上を明かしてくれたなら、せめて本名くらいは教えてくれたなら――とも思うが、たぶん彼は、自分たちには何も教えるつもりはないのだろうと思えた。

  • 6505_9/924/02/08(木) 06:18:13

    「なんなのさ、結局……」
    心に残る不満をそんなセリフで吐き出していると、青年に伴われたノレアがこちらに歩いてきた。
    ペトラはなんとなく身構える。さすがにまだ、このテロリストの少女への警戒心は消えていない。
    しかしノレアは、ペトラの心配をよそに、きっかり2メートル手前で立ち止まってぺこりと頭を下げた。

    「ありがとうございます。……ソフィを、ちゃんと治療してくれて」

    それだけ言い残すと、彼女はペトラの横を通り過ぎ、青年とグストンに挟み込まれるような形で部屋を出ていく。
    手錠とチョーカーを身にまとったままの少女の後ろ姿は、痛々しかった。

    「なんなんだよ、もう……」
    ペトラは天を仰いだ。
    ノレアのことも、ソフィのことも、青年のことも、どう受け止めればいいのかわからない。
    今胸をよぎるのは、自分たちがこのままでいることはできないという、そんな予感だけ。

    「……いや、今はこんなところで物思いにふけってる場合じゃない」
    ジェターク寮生たちとともに本社フロントへ向かう時間が迫っていた。早く準備に戻らなければならない。
    ペトラもまた青年たちの後を追い、集中治療室を出ていったのだった。

  • 66二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 08:04:15

    ああ、ノレアはつらいつらい
    このルートだと5号との和解がまだなんだよな

  • 67二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 09:33:12

    ペトラええな

  • 68二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 12:37:06

    >>67

    色んな意味ですごく普通なとこがいい

  • 69二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 19:58:01

    続き期待保守

  • 70二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 00:45:40

    このレスは削除されています

  • 71二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 02:15:36

    深夜の保守
    朝まで待ち切れんわ

  • 7206_01/1024/02/09(金) 06:18:54

    病院での出迎えの仕事を終えたペトラ・イッタは、急ぎジェターク寮へと取って返していた。
    出発予定時刻までもう6時間を切っている。ぐずぐずしている暇はない。出港の手続きやジェターク寮艦の始動準備などはすでに他の生徒がやってくれているはずだが、寮のドックにあるモビルスーツを艦に運び込む仕事は自分とカミルが主導しなければいけない。それに、まだラウダ・ニールが見つかったという連絡も入っていない。
    「このクソ忙しいときに何やってるんだよ、あの人は……っ!」
    ぶつくさとぼやきながら寮まで戻り、玄関に入った直後、

    「本当に済まなかったね、みんな。長いこと連絡を絶ってしまって」
    「まったくお前ら兄弟ときたら、二人揃って俺に心配ばかりかけてくれる」
    「悪かったよ、カミル」

    その当人が寮生たちと会話しているのが視界に入り、ペトラは固まった。
    大口を開けて硬直した後輩を、いち早くカミルが発見し、笑いかける。
    「おお、ペトラ。このとおりラウダが見つかったぞ。ついさっきな。
     こいつ、どこにいたと思う? 寮の格納庫だ。例の新型をじっと見上げていてな。そのまま乗り込んでどこかへ飛んで行くんじゃないかって形相だったんだぞ」
    「よせよ、カミル。僕がそんな真似をするわけ無いだろう?」
    穏やかに笑うラウダは、いつもの彼と変わりないように見える。
    それを確認したペトラは、ほっと胸をなでおろした。
    「もう、本当に心配しましたよ、ラウダ先輩……。一日半も音信不通だったんですから」
    「ごめんよ、ペトラ。いろいろと考え事があって、どうしても一人になりたかったんだ」
    ラウダが申し訳なさそうに頭を下げたので、ペトラも何も言えなくなってしまった。

    グエルがスレッタに敗北を喫して以後のラウダの苦労の日々は、身近にいたペトラも共有している。最近の兄の変わりようについて、彼がひそかに心を痛めていたことも知っている。
    それゆえペトラは、これ以上ラウダの心の傷に踏み込むことを躊躇ってしまった。

  • 7306_02/1024/02/09(金) 06:19:24

    そのラウダは、ペトラに称賛の笑顔を向けてくる。
    「僕がいない間に起こったことはフェルシーから聞いたよ。悪い大人に騙されて無理やりガンダムに乗せられていた子供の命を、君が救ってあげたんだって? 凄いよ、ペトラ」
    「い、いえ……私は大したことなんてしてないですし。
     というか、その説明はあんまり正しくないと言うか……」
    どうもあの一連の出来事について、ラウダはフェルシーからかなり不正確な話を聞いたようだ。テロリストの少女二人は騙されていたのかも知れないが、少なくとも、自分の意志でガンダムに乗っていたはずだ。
    ラウダの誤解をこの場で解くべきかペトラが迷っていると、相手はすぐに話題を切り替えてきた。こちらこそが大事と言わんばかりに。

    「それから……兄さんを止めに、これから本社フロントに向かうんだってね?」

    そう確認してくるラウダの瞳の奥に、一瞬、何か黒いものがよぎったような気がした。
    なんだ? と疑問に思うも、ペトラにはその正体がわからない。不安を覚えながらも、首を縦に振るしかない。
    「みんなで決めたんです。グエル先輩がやろうとしていることが、どう見ても無謀だったら全員で止める。勝算があるならみんなで助けるって」
    「ジェターク寮は皆、兄さんのことを心から心配してくれているんだね。本当にありがたいよ」
    ラウダの声は、先程と変わらぬ穏やかなもの。だが、その表情はどこか不自然に思える。
    胸騒ぎを覚えたペトラだったが、相手の感情に探りを入れることはできなかった。カミルが出発準備の再開を促してきたからだ。
    「よし、そろそろメカニック連中はモビルスーツの搬入作業に戻るぞ!
     ペトラ、俺たちは例の新型の仕様書をもう一度確認だ。ダリルバルデで試験したアレ、使えるかもしれん」
    「あ、はい! 複座型コックピットですね!」
    カミルにうなずきを返すと、ペトラはラウダに顔を向け、頭を下げた。行ってきます、と。

    ああ、と答えたラウダの表情は、やはり穏やかなままだった。
    彼が次の瞬間にぼそりとつぶやいた言葉も、誰の耳にも入らなかった。
    「必ず止める。必ず連れ帰るよ、兄さん。どんな手を使ってでも」

  • 7406_03/1024/02/09(金) 06:19:53

    クワイエット・ゼロという突発的な危機に際し、ブリオン社は急遽幹部会を開いて対応を協議したが、積極派と消極派で意見が対立し会議は紛糾、結論は出なかった。上層部の方針が定まらないままでは、パイロットやメカニックなどの会社スタッフを本社フロントに派遣することは不可能。
    しかしながらこのまま事態を座して静観するようだと、問題解決後にグループ中から吊るし上げを喰らいそうで嫌だ。
    よって、ブリオン社の機材を現場判断でグループ関連企業に貸し出す行為については黙認する。各自やりすぎない程度に適当に新総裁に助力すべし。

    「――ってのが、ウチの会社の現在の方針ってワケ」
    セセリア・ドートがやれやれと首を振ったところで、マルタン・アップモントは全力でツッコミを入れた。
    「ざっくりしすぎじゃないかな!? 説明も方針も!」
    「呑気すぎるしいい加減すぎるし日和見すぎるだろ……大丈夫なのかよブリオン社」
    マルタンの隣に立つチュアチュリー・パンランチも、呆れたような表情で同意する。
    だがセセリアは鼻で笑っただけだった。
    「ウチの会社なんてこんなモンよぉ。平和な日常に慣れきって、緊急事態にはろくな対応もできやしない。
     御三家に尻尾を振るのがお仕事の連中に期待するだけムダムダ」
    平然と自社をくさすセセリアに、さしものチュチュも唖然とする。さすがは経営戦略科の煽りモンスター、たとえ相手が身内であろうと遠慮はないらしい。

    チュチュとマルタンが立っているのは学園フロントの宇宙港だ。本社フロントへの出発に向け、株式会社ガンダム所有の宇宙船に必要な荷物を積み込んでいる最中だった。
    そこへ、セセリアとロウジの二人がカーゴに乗ってやってきた。そして、助手席から降りたセセリアが開口一番に述べたのが、保身的にもほどがあるブリオン社の方針だったのだ。

  • 7506_04/1024/02/09(金) 06:20:59

    「まー、とはいえ。機材の貸し出しについては現場の判断に任せるって明言してくれたわけだから」
    にんまりと笑うと、セセリアは乗ってきたカーゴを親指で示した。
    「テストのために学園に持ち込んでた新型モビルスーツとその予備パーツを、応援として貸すことにしたのよ。私の判断でね」
    おお、とマルタンが感嘆の声を上げる。流石セセリア、普段から態度がデカいのは伊達じゃない。会社からの許可があるとはいえ、こうも迅速に新型を差し出す判断を下すとは。
    が、セセリアの話はそこで終わらない。
    「ただねえ。ちょうど今、ブリオン寮の船がどれも出払ってて……すぐに本社フロントへ移動させることができないのよね」
    そして彼女は、地球寮の船を指で指しながら、悪びれもせずに言ってのけた。
    「てなわけで、アンタらが本社に行くついでに、ウチの新型を運んでやって頂戴。ロハで」
    「はあっ!?」
    即座にチュチュが青筋を立てた。頭上に拳を振り上げて怒鳴る。
    「ウチの船をタダで使おうってのかよ! ふざけんな! 運送代、耳を揃えて払いやがれ!」
    「それくらいサービスしてよね。全人類の危機でしょ? 今」
    「それとこれとは話が別だっ! あーしらの財政は常にカツカツなんだ、タダ乗りなんか許すかよっ!
     ……実はもう許しちまってるけど、あいつで最後だっ!」
    振り上げた拳とは逆の手で、チュチュは船の搬入口を指さした。
    そこでは二人の人間が、ニカの指示に従って作業に勤しんでいる。片方は長身の青年、そしてもう片方は――
    チュチュの指差す方を見やったセセリアが、へえ、と声を漏らした。

    「ノレア・デュノク、だっけ? 例のテロリストの。
     あんたらの船で運んであげることにしたんだ?」

    既にあの少女については、昨日のテロ未遂の経緯とともにセセリアもニカからあらましを聞いた。
    スペーシアンを憎み、安全な学園を憎み、そしてその学園に通う地球寮の人々に憎しみを募らせていた少女。だが今は、友人であるソフィの命を救うために憎しみを捨て、スペーシアンに協力を申し出たのだという。

  • 7606_05/1024/02/09(金) 06:21:24

    とはいえ、
    「ランブルリングのときにアンタらも襲われたんでしょ? よく乗せてあげることにしたわねぇ」
    そう水を向けると、チュチュは頭上の拳をぶんぶんと振り回し始めた。
    「仕方ねえだろっ!? すごい低姿勢でひたすら頼み込まれて、あーしがどんなに怒鳴ってもすいませんご迷惑をおかけしましたどうかお願いしますって平謝りされてよぉ! あとなんかエランの野郎が何度もフォロー入れてきてウザいしっ!
     あーしだってニカ姉を傷つけたヤツなんか絶対に受け入れたくなかったけど、最後はあーしが虐めてるみたいになっちまったし……っ!」
    拳の勢いとは裏腹に、チュチュの声がだんだんと力を失っていく。
    きまり悪げに黙り込んでしまった彼女のあとを、マルタンが引き継いだ。
    「もちろん僕たちとしても、ノレアの行為を許したわけじゃない。
     でも、今は状況が状況だ。スレッタの助けになってくれるなら、過去のことはいったん脇において、彼女の協力を受け入れるべきだって結論になったんだ。
     いちおうは、ノレアも心を入れ替えてくれたみたいだし」
    「へえ……」
    セセリアは改めてノレアを観察する。

    ニカの指示に従って忙しく荷を運び込むその姿は、確かに真面目に働いているように見える。一見すれば改心したように見えなくもない。
    だがその顔を遠目から見る限り、明らかに周囲と打ち解けた表情ではない。あの口を引き結んだ仏頂面は、自らの本心を喉の奥に押し込めていることの現れだろう。

    つまりあの少女は今、すべての不満を飲み込んで、なりふり構わずどんな手段を使ってでも自らの友人を救おうとしている、というわけだ。

    ふふ、とセセリアは笑った。
    いつもの嘲笑ではなく、納得するような笑みだった。
    「誰も彼も、強者も弱者も、金持ちも貧乏人も。事ここに至って、みんな必死ってワケか」

  • 7706_06/1024/02/09(金) 06:22:42

    だったら私も、少しばかり必死にならなきゃいけないのかもね。
    胸中でひとりごちたあと、セセリアは首の向きを元に戻した。
    不機嫌に黙り込むチュチュと、その横に立つマルタンに告げる。
    「てなワケで――ウチの新型と一緒に、私とロウジも本社フロントに輸送して欲しいんだけど」
    「はああああっ!?」
    チュチュの怒りが再度爆発した。
    「モビルスーツだけじゃなくお前らまでタダ乗りかよ!? ていうか、てなワケってどういうワケだよっ!? ぜんぜん意味がわかんねーぞ!?」
    「えっと、君たちも本社に行くの……? なんで……?」
    二人からの問いかけに、セセリアは背後のカーゴの運転席をちらと見やる。
    「ロウジはクワイエット・ゼロってのに興味があるんだってさ。で、私は」
    セセリアは制服の内ポケットに手をやった。
    端末を取り出し、その表示を一瞥する。画面には新着メールが来たことを知らせる文章が表示されていた。
    「ちょうど今、転職希望者から相談を受けててね。ソイツからいろいろと役立つ情報を引き出せそうなのよ。
     でも情報はスピードが命。私がここからメールを転送するより、本社で直接指揮官に伝える方がいいと思ってね」
    そして彼女は頭を横に傾けた。約15度、他人を挑発する角度だ。
    「今は状況が状況でしょ? 乗車料も運搬料も無料サービスでお願いするわねぇ」
    「ふッざけんなああああああ!!! 金持ってるヤツが貧乏人相手にタカってんじゃねぇぇぇ!」
    「余計な出費を極力カットしてるからこそ、お金持ちになれるのよぉ?」
    「タダ乗りを要求した上に金持ちマウントまで取ってくるんじゃねぇーよ! ブン殴るぞコラぁぁぁ!」
    かくて、おろおろするマルタンをよそに二人の少女の口論が始まる。
    とはいえセセリアは余裕綽々。値切りは彼女の得意技の一つだからだ。

    適当にチュチュをあしらいつつ、セセリアはもういちど地球寮の船の搬入口を見た。
    あのテロリストの少女は、長身の青年と、さらにもう一人――スレッタ・マーキュリーを伴って、船を出ていくところだった。
    その組み合わせが何を意味するのかは、セセリアにはよく分からなかったが。
    「ま、がんばって」
    誰にともなくそうつぶやいてから、セセリアは値切り交渉に戻ったのだった。

  • 7806_07/1024/02/09(金) 06:23:05

    「強化人士はガンダムを扱うための消費パーツだからね。ソフィやノレアと同じさ。
     ……それでもアイツは、少なくとも僕が見た限りでは、最後は満足げだったよ」
    夕暮れの色の空の下で、青年は、語りを終えた。
    ベンチに座って聞き入っていたスレッタ・マーキュリーが、袖口で涙を拭う。

    本社フロントへの出発予定時刻まであと3時間。
    その最後の時間を使って、青年はスレッタとともに宇宙港近くの公園に出向き、そこで自分の前任者――強化人士4号とナンバリングされた人間のことを伝えていた。
    命を削ってガンダムに乗り続け、スレッタに決闘を挑み、そしてその身に限界を迎えたために処分された同僚のことを。
    「アイツは、君と知り合えてよかったと思うよ。
     それまでは生きることに何の意味も見いだせなかったのに、君と決闘してからの数日は、とても充実してた――少なくとも僕には、そう見えた」
    青年がそう言って慰めるも、スレッタは下を向いたままだった。
    「本当に、そうなんでしょうか……。もっとわたしが、ちゃんとエランさんと話せていれば。わたしが決闘を拒否していたら、もしかしたらあの人は、命を落とさずに済んだかも知れない」
    青年が予想していたよりもずっと、少女の自責の念は強かったようだ。
    気休めに過ぎないと自覚しつつも、青年は言葉を重ねる。
    「なんでもかんでも自分のせいにしちゃいけない。アイツの場合、君一人が頑張ればどうにかなるような状況じゃなかった。それにアイツは、一言も恨みなんて口にしなかったよ。
     ……だから、君が責任を感じる必要はないさ」
    その呼びかけに、返答はない。
    青年がちらりと見やると、スレッタはまだ、ぐしぐしと涙を拭っていた。

  • 7906_08/1024/02/09(金) 06:23:34

    「…………」
    青年は天を仰ぐ。
    スレッタ・マーキュリー。何の義理もないにも関わらずソフィの命を救ってくれた恩人。実の母親に人生を弄ばれ、捨てられた少女。そんな境遇に置かれながらも、誰のせいにもせず、開き直りもせず、自らの意志で家族の暴挙を止めようとする人間。
    できれば、少しでも力づける言葉を与えてやりたかった。だが彼には――自分の命を守るために逃げ続けてきた青年の中には、少女に示せるような信念は培われていない。
    結局彼は、中途半端なセリフを口にするしかなかった。
    「君も、逃げないんだな。
     逃げたって構わないのに、死ぬかもしれないのに、自分のせいじゃないのに、守るために踏みとどまるのか。
     ……あいつみたいに」
    脳裏をよぎるのは、さきほど見舞ったばかりの知り合い。
    生まれた直後に親から捨てられ、ろくに教育も受けられず、使い捨ての部品としてしか扱われなかったのに、それでも友人の命を守るためにガンダムに乗って戦った少女、ソフィ・プロネ。
    スレッタもそれを察したのか、こくんと一つ、うなずいた。
    「わたしも、守りたいんです。みんな大好きだから。ミオリネさんも、ニカさんも、チュチュ先輩も、リリッケさんもアリヤさんも、マルタンさんもティルさんもヌーノさんもオジェロさんも……あと、ペトラさんやフェルシーさんも、グエルさんも」
    この学園で親しくなった人々を指折り数えてから、
    「みんなを命の危機に晒したくない。だから、わたしができることをしたいんです。やるべきことをやらずに後悔するなんてこと、もう二度としたくないから」
    指を拳の形に握りしめ、スレッタはそう断言する。
    彼女が水星で歩んできた人生が、少しだけ垣間見えた気がした。

    ……参ったなあ。

    青年は嘆息する。
    どうにもこの娘にはかなわない。逃げてばかりだった自分には、かける言葉すら見つからない。

  • 8006_09/1024/02/09(金) 06:24:40

    なんてことを思っていたら、急にスレッタが話しかけてきた。
    「あなたも、ですよね? ……守るために、踏みとどまった……んですよね?」
    「えっ?」
    意外なセリフに、疑問符を返す。するとスレッタは微笑み、公園の入り口のほうを見やった。
    青年もつられてそちらに顔を向けてみれば、もう一人の知り合いが、こちらをじっと見ていた。少しばかり憮然とした表情で。
    ノレア・デュノクは、改めてスレッタに感謝を述べたあと、プライベートに立ち入ることはしたくないと、ずっとそこで自分たちの用事が済むのを待っていたのだった。
    青年は苦笑する。
    「……バレてた?」
    「バレてたというか、バレバレというか……。エランさん、ずっとノレアさんの傍から離れないし」
    「えーと……僕、そんなに引っ付いてたかな?」
    「ずっとつきっきりでしたよ? リリッケさんなんて、あの二人絶対にデキてますよね、って真剣に語ってましたし」
    「そういう仲じゃないかなあ。残念ながら」
    少し元気が戻ったらしいスレッタは、年頃の少女らしく恋バナに持っていこうとする。だが、青年は微笑みながら首を横に振った。

    ソフィから、守ってくれと託された。
    何よりも、臆病で繊細なその心を、放っておくことができなかった。

    「僕はあいつを守らなきゃいけない。だから踏みとどまった。
     それは確かに事実だけど、でも、それだけだよ。それ以上もそれ以外もないさ」

    そう言い置いて、青年は立ち上がった。そろそろ時間だ。

  • 8106_10/1024/02/09(金) 06:25:09

    「悪いけど、僕はもう港に戻るよ。積み荷がまだ少し残ってるから」
    「あ、はい。わたしも……」
    「君は落ち着くまでゆっくりしていくといい。くれぐれも無理はしないで。大変なのはこれからだしね」
    そう言い残して、青年は少女の元を離れる。

    もう自分からスレッタに伝えることは残っていない。今は悲しみに暮れる彼女も、いずれベンチから立ち上がり、本社フロントへ向かう船に乗り込むだろう。
    ならば今、自分がやるべきことは――

    「やあ、お待たせ。さ、港に戻ろうか」
    「……ずいぶんと楽しそうに会話してたわね」
    「別に楽しい話なんてしてないけど……あれ、もしかして妬いてる?」
    「何をバカなこと。私が貴方に妬くはずがないでしょ。決戦前にあんな呑気な顔ができることに呆れてるだけ」
    「はいはい、そういうことにしとくよ」

    この傷つきやすい少女を守ってやること。スレッタに宣言したとおり、それが今の自分の役目であるに違いない。
    青年はもう一度苦笑したのち、横にノレアを伴って、宇宙港への道を歩き始めたのだった。

  • 82二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 08:53:34

    ラウダ怖いよぉー
    こんな時でも気ぶるリリッケに笑った

  • 83二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 14:54:47

    ラウダはグエルと肉体言語で説得(物理)すんのかね……その方がまだ平和なんだよな

  • 84二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 23:11:17

    順調だな(ラウダ除き)

  • 8507_1/924/02/10(土) 07:26:24

    先生、私たちは間違っていたのでしょうか。
    ここ数日、ベルメリア・ウィンストンはそんな自問を続けている。

    先生――カルド・ナボ博士の提唱する理念に、若きベルメリアは大いに魅了された。
    ワクチンやインプラントアプリといった高額で不完全な技術に頼らずとも、GUND医療によって、宇宙開発につきまとう身体の危険を排除できるようにする。そして、富裕層に独占されている宇宙開発の門戸を貧しき者にも広げることで、宇宙と地球の間に横たわる貧富の差を縮め、ゆくゆくは二者を隔てる深刻な分断を解消する。
    カルド博士の理念が実現すれば、貧困と紛争、差別とテロで覆われたこの世界に、きっと平和で豊かな未来を築くことができる。そう信じたベルメリアは、ヴァナディース機関に集った多くの俊英たちとともに情熱的に研究を続けた。斬新で先鋭的な技術がいくつも提唱され、そのいくつかは実際に実現し、世界に送り出すことができた。

    だが、先生の理念を体現したはずの技術は、実際には何を生み出したのだろう。
    義肢との一体性を高める技術は、医療ではなく兵器に転用され、ガンダムという乗り手の命さえ奪うマシンとして結実した。
    データストームを利用して超密度情報体系を構築する技術は、全人類を一方的に支配するための装置を作り上げた。
    平和で豊かな未来どころか、さらなる暴力と抑圧と分断をこの世に生じさせたのだ。

    21年前のヴァナディース事変さえ無ければ。先生と皆が健在だったならば。
    目の前の現実を受け入れられなかったベルメリアは、最初、そんな夢想にふけった。拾われた先のペイル社で半ば強制的にガンダムの研究を続けさせられ、結果として何人もの強化人士を死に至らしめたときも、これは自分たちの本意ではない、自分たちのせいではないと自らに言い聞かせ続けた。

    だが――

    数日前、自分の手のひらにべったりとついた赤い血の色が、現実から目をそらす彼女の肩を強引に掴んだ。
    宇宙議会連合のフェン・ジュンが、ベルメリアを庇って銃で撃たれたときに流れ出した血。武力衝突の回避のために己の命をかけた調査官の最期の姿が、ベルメリアを自分勝手な夢想から目覚めさせるきっかけとなった。

  • 8607_2/924/02/10(土) 07:26:53

    そして、今。
    ベルメリア・ウィンストンは、本社フロントへと向かう株式会社ガンダムの船の中で、スレッタ・マーキュリーに向き直る。
    デッキで配られた夕食パックを手に自室へ戻ろうとしたところを、背後から少女に呼び止められたのだ。
    ベルメリアに正対したスレッタは、感謝の笑顔を浮かべて頭を下げてきた。
    「ありがとうございます、ベルメリアさん。キャリバーンに乗りたいっていうわたしのワガママを聞いてくれて」
    ベルメリアは表情を曇らせる。
    キャリバーンもまた、パイロットの命を削る欠陥マシンに過ぎない。自分が感謝されていいはずがなかった。
    「違うのよ、スレッタさん。違うの。
     そもそもこれは、私のせいなのよ」

    クワイエット・ゼロを生み出したのはヴァナディースの技術。そして、その完成に協力したのはベルメリア自身だ。プロスペラに脅されてのこととは言え、先生の理念に反するはずのモノを、ベルメリアは自らの手で稼働状態にしてしまった。そしてそのクワイエット・ゼロは、今や全人類に牙を剥こうとしている。
    スレッタは、これからそれを止めに行こうとしているのだ。
    「私がもっと勇気を持てていたら、あなたに命の危険を冒させることはなかったのよ。
     お願いだから、私に礼なんか言わないで」

    だが、ベルメリアがそう断っても、スレッタは重ねて感謝の意を示してきた。
    「クワイエット・ゼロでみんなに迷惑をかけようとしているのは、わたしの家族です。ベルメリアさんは、わたしの家族を止めるための方法を用意してくれている。わたし一人じゃ、クワイエット・ゼロへ行くための手段すら見つけられませんでした」
    スレッタは、決してこちらを責めようとしない。
    少女のその優しさが、よりいっそうベルメリアの良心を苛む。
    「ごめんなさい、スレッタさん……!」
    ベルメリアは深々と頭を下げる。
    自分が魅了され追い求めたGUND技術が、心優しい一人の少女に残酷な試練を与えている。その現実から目をそらすことは、もう彼女には不可能だった。
    事ここに至って、ようやくベルメリアは、自分の罪と向き合う覚悟を持つことができたのだった。

  • 8707_3/924/02/10(土) 07:27:43

    「……で、手始めに、僕に謝りに来たってワケ?」
    「…………」
    強化人士5号から皮肉げな笑みを向けられて、ベルメリアは目線を落とした。
    株式会社ガンダムの船は中古かつ小型であり、居住空間に余裕がない。しかも今は外部からの客を3名ほど乗せているため、社員の人数分の居住空間を確保することができなかった。社員のうちの何人かは臨時で倉庫を自室代わりに使うような状況だ。
    株式会社ガンダムの中では一番下っ端である強化人士5号も、当然のように窮屈な部屋――おそらく、元々は自衛用の武器を置いていた場所――に押し込められていた。とはいえ本人はあまり気にしていないのか、妙に機嫌が良さそうではあるが。
    「まあいいや、心変わりしたってんなら聞いてやるさ。入りなよ、狭いけどね」
    青年は、ベルメリアを室内へ通すために横に下がる。
    と、青年が退いた背後に、こちらを不審そうに見つめる少女がいた。部屋の隅の椅子に腰掛けて何かを書いていたのか、鉛筆と手帳を手にしている。
    「……彼女は?」
    「ん? あ、そうか。アンタはまだ直接対面してなかったか。
     ノレア・デュノク。地球のガンダムのパイロットだよ。プラント・クエタを襲撃した2機のガンダムのうちの1機のね。
     ペイル社の報告書にあっただろ?」
    「……彼女が!?」
    まだ14歳かそこら、下手するとさらに2年は若いかも知れない。子供と形容するしかない幼い外見に、ベルメリアは衝撃を受ける。
    「こんな小さな子をガンダムに乗せていたの、オックス・アースは……!?」
    テロリストのガンダムの正体については、フェン・ジュンとグストン・パーチェから聞かされていた。宇宙議会連合の上層部は、破綻したオックス・アース社を密かに接収して工作機関として存続させ、ガンダムの開発と運用を続けさせていたのだ。
    つまり、アスティカシア学園の入学年齢にすら達していないであろうあの少女を、ベルメリアのかつての同僚たちはガンダムに乗せ、生体パーツとして使い潰していたのである。

  • 8807_4/924/02/10(土) 07:28:15

    「なんて酷いことを……!」
    口元に手を当て、ベルメリアは呻き声を上げる。
    そして、強化人士5号の視線に気づいて押し黙る。
    人間をモルモット代わりに――否、生体電池代わりにしていたのはベルメリアも全く同じだ。かつての同僚を非難する資格は、今の彼女にはない。

    ベルメリアが沈黙したのを見てとってから、青年は部屋の奥に視線を転じた。
    まだ事情を飲み込めていない様子のノレアに対して、部屋の入口に立つベルメリアを手の平で示す。
    「こちらはベルメリア・ウィンストン。僕の元上司にしてペイル社のガンダムの開発責任者。そして、君たちのガンダムを運用していた連中のかつての同僚なんだってさ」
    「その人が……ガンダムを……?」
    複雑そうな表情でノレアがつぶやく。
    かつて彼女はソフィとともに、ペイル社のガンダムであるファラクトを調査したこともあったのだ。プリンスの計画の障害になりそうなら破壊せよという命令を受けてのことで、開発者当人に用があるわけではなかったが。
    今のノレアはプリンスに裏切られ、友の命のためにスペーシアンに投降した身だ。今さらファラクトの開発者に敵意を向けるつもりはない。だが、ガンダムの関係者に対して思うところがないわけでもない。
    「…………」
    どのような態度をとるべきか分からず、少女もまた黙り込む。

    挨拶も交わさないまま沈黙を続ける二人を横から眺めて、青年はやれやれと首を振った。
    「僕の部屋でコミュニケーション不全を起こされても困るんだけどね。
     ……まあいいや。せっかくだから、自己紹介と事情説明と行こうじゃないか。二人とも」

  • 8907_5/924/02/10(土) 07:30:53

    強化人士5号に促されるまま、ベルメリアは自分の過去と自分が知りうるすべての事情を、ノレア・デュノクに伝えることにした。
    カルド・ナボ博士の提唱した理想。資金難に陥った末のオックス・アース社への身売り。GUND技術の軍事への転用。ルブリスの誕生。ヴァナディース事変。魔女狩りを逃れて隠れ潜む日々。……そして、ペイル社に拾われ、孤児たちをモルモットにしてのガンダムの研究の日々。
    それはベルメリアにとっては、自分の犯した罪の告白でもあった。
    「……これが真相。
     貴方たちを苦しめているのは、かつて私たちが研究した技術が、この世に生み出した代物。
     私は、貴方たちに何をされても仕方のないことをしてしまった」
    二人に向けて、深々と頭を下げる。どれだけ怒りの声を浴びたとしても、ましてや暴力を振るわれたとしても、仕方がないと覚悟して。
    だが、二人の反応は、ベルメリアが予想だにしなかったものだった。

    「別に、アンタの研究については、僕はそれほど怒っちゃいないけどね。
     僕がムカっ腹立ったのは、アンタがいつまでも被害者ヅラしてたことだし」

    「私たちが乗っていたガンダムに、そんな由来があったとは知りませんでした。
     ……ただ、あなたに怒りはありません。純粋な感謝もできかねますが」

    ――なぜ?
    ベルメリアが驚いていると、強化人士5号がひらひらと手を振った。
    「身体を弄られ改造されても文句は言いません、ってのが、僕とペイル社との元々の契約だからね。で、どん詰まりのド底辺から抜け出すためにそんな契約をしたのは僕の意志。アンタを恨みようもないってことだよ」
    そしてノレア・デュノクという名の少女は、わずかに目を伏せつつも、きっぱりと断言した。
    「オックス・アースに拾われなければ、私もソフィも間違いなく野垂れ死んでいました。ガンダムの性能が無ければ、私もソフィもとうの昔に戦死していました。私たちがここまで生きてこれたのは、ガンダムを開発したあなたたちのおかげです」

  • 9007_6/924/02/10(土) 07:31:20

    ベルメリアは絶句する。
    強化人士5号が怒らないのはまだ理解できる。彼とはそれなりに長く顔を合わせてきたし、彼が自分に深刻な憎しみを抱いていないことは察していた。
    だが、地球の少女が自分を恨むどころか礼を述べてくるのは、さすがに理解の範疇を超えている。彼女はガンダムに自分の命を削られることが怖くないのだろうか?
    「別に、死ぬことなんて、恐くは――」
    そこまで言いかけてから、少女は口を閉ざし、そして青年の方をちらりと見やった。
    青年は少女にニコニコと微笑んでいる。少女は何故か、少しばかり不服そうな顔で青年を睨んでいる。
    やがて少女は根比べに負けたように嘆息すると、ベルメリアに向き直った。
    「死ぬのは、怖いです」
    どういう理由なのか、ノレアは一転してあっさりとそう認めた。
    「怖いし、理不尽だと思っています。
     でも、私たちが乗るのがガンダムでなかったなら、とうの昔に私たちはベネリットグループに殺されています。私たちに入手可能なモビルスーツの性能は、残念ながらスペーシアンのそれより何段も劣っていますから」
    悔しそうな表情を浮かべたあと、少女は首を振り、そしてベルメリアをまっすぐに見つめた。

    「地球では、ガンダムは抵抗と解放の象徴です。ベネリットグループに唯一真正面から対抗できる兵器。スペーシアンの暴力と支配から、いつか地球を解放する力を持ったモビルスーツ。ガンダムは確かにパイロットの命を吸う呪いの兵器ですが、同時に、私たちの希望でもある」

    だから、私たちは怖くても乗り続けた。乗り続けなければならなかった。
    私たちが逃げ出せば、ベネリットグループに故郷を焼かれ家族を殺された人々の頭上を、絶望の闇が覆うことになるから。
    少女は最後に、そう締めくくったのだった。

  • 9107_7/924/02/10(土) 07:31:46

    ――違う。
    目の前の少女に、ベルメリアはそう言いたかった。

    ヴァナディースの理念はそうではない。
    暴力に暴力で対抗するのではなく、平和と安全とを世界にもたらすこと。
    地球と宇宙の断絶をさらに深めるのではなく、地球と宇宙の架け橋になること。
    それが自分たちの理念だったはずだ。
    少女の言い分は、カルド・ナボ博士の理想を真っ向から否定するものだ。

    だが、結局ベルメリアは何も言えなかった。
    地球の人々にガンダムを横流ししたのは、他ならぬ自分の同僚たちだったから。
    そして、ベネリットグループの地球に対する仕打ちの過酷さについては、ベルメリア自身も多少ならず聞き知っていたからだ。

    富裕層の集まる街や、宇宙ではなかなか採掘できないレアアースの産地はまだいい。
    しかしそういう特別エリアから外れた街は、基本的人権どころか生存権すら蔑ろにされていた。
    富を収奪するだけ収奪しておいて、還元されるのは雀の涙の額の援助金のみ。
    過酷な税金の取り立てに抗議する非暴力のデモ隊に対して、容赦なく実弾を発砲し、何千人もの人間を死傷する。
    自分たちが治安維持活動で破壊したインフラに対しては一切の補償をせず、電気や水道が断絶しようとただ放置するだけ。
    ベネリットグループへの攻撃を企てる運動家や、地球独立を掲げる思想家に対しては、モビルスーツ部隊を差し向け、周囲の民間人ごと抹殺する。

    地球寮の少年少女たちの口から、ベルメリアはそれらの事実を聞かされていた。
    人類の歴史上でもおよそ類を見ないレベルの暴政でもって、ベネリットグループは地球の人々を虐げていたのだ。
    ガンダムになど乗るな、抵抗せずに大人しく死んでいくべきだ、などと、眼前の少女に言えるはずがない。

  • 9207_8/924/02/10(土) 07:32:33

    ベルメリアは、両手で顔を覆った。
    「やはり……私たちは……」

    間違っていた。
    地球と宇宙の間に横たわる断絶の深さを見誤っていた。
    たかが技術一つで埋められるようなものではない。そこを見誤ったがために、自分たちは地球と宇宙の架け橋にはなれなかった。流血と混乱を広げるような道具しか作れなかった。
    GUNDは結局、呪いでしかなかったのだ。

    すべてを悟ったベルメリアは、人目をはばからず泣き始めた。
    尊敬する恩師、ともに学んだ同僚たち、青春のすべてを掛けた日々。それが害悪しか生み出さなかった事実に、完全に心を折られたのだった。


    「……ちょっと。この人いきなり泣き始めたんだけど。どうすればいいの」
    「あー、うん。まあ、しばらく待ってあげてよ。どうも21年前のことが大分トラウマになってるみたいでね」
    「……ヴァナディース事変。この人も結局はデリングの被害者。スペーシアンの企業に協力したのも、死ぬのが怖かったから、か……」
    泣き崩れるベルメリアの横で、少女と青年がひそひそと会話を交わす。
    二人はベルメリアの気持ちが落ち着くのを待ちつつ、今後について相談を進める。


    泣き続けたベルメリアが我に返ったのは、それから3分ほどが経過したあとだった。
    あわてて懐からハンカチを取り出し、目元を拭う。
    「……ごめんなさい、わんわん泣いちゃって……迷惑だったわよね」
    ベルメリアが顔を上げると、地球の少女は、待ち構えていたように口を開いた。
    「もしあなたが、ガンダムを作ったことを悔やんでいると言うなら。
     すべてが片付いたあとで、私の友人を診ていただけませんか」
    ノレアの友人であるソフィ・プロネは、ノレアを無事に逃がすためにルブリス・ウルに乗って魔女狩り部隊に挑み、パーメットスコアを上げすぎたために危篤状態に陥った。ジェターク社の病院での治療で一命はとりとめたが、恐らくこのままでは、回復したとしても重い後遺症を残すことになるだろう。
    「あなたはデータストームによる障害について深く関わり、そしてその治療方法をひそかに研究していたと聞きました。なら、その知識を私の友人に使ってほしいんです」

  • 9307_9/924/02/10(土) 07:34:06

    少女に指摘されたベルメリアが、はっと目を見開く。
    確かにそうだ。ガンダムのデータストームによって弱っていく強化人士を見かねて、ベルメリアは上層部には無断でその治療を何度か試みていた。時間も設備も限られる中では、誰ひとり救うことはできなかったが。
    そして、ベルメリアがそんなことをしていたのを知っているのは、今はこの世にただ一人。
    彼女が視線を向けると、強化人士5号は肩をすくめた。
    「アンタはさ、人の体を改造したり兵器の開発をするのには向いてないぜ。
     これからは人助けに生きなよ」
    「…………」
    ベルメリアは無言のまま、青年と少女とを交互に見やる。

    GUNDの呪いの被害者たちは、加害者である彼女に対して提言したのだ。
    呪いを世界に振りまいたことを後悔しているのならば、その呪いを解くことで己の罪を償え、と。

    「……ええ、そうね」
    ソフィ・プロネだけではない。目の前の少女と青年の二人にも、まだ重くないとはいえデータストームの障害は出ているはずだ。
    そして、これからキャリバーンに乗るスレッタも、大量のデータストームを浴びる可能性は高い。
    強化人士たちの犠牲を無駄にしない方法があるとするなら、それはきっと、彼らを救うことであるはず。
    「私は必ず、そうするわ」
    やるべきことを見つけたベルメリアは、やっと微笑むことができた。

    ――先生、私たちは間違っていました。だから、私は必ず、その罪を償います。

    ベルメリアは決意の光を瞳に宿らせて、二人にうなずいてみせた。

    「約束する。貴方の友人も、貴方たちも、そしてスレッタさんも。私が全力で治療するわ。
     だから、絶対にこの戦いをみんなで生き残りましょう」

  • 94二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 08:54:16

    水星世界の厄介なところはベネリットグループどころかスペーシアンの企業達が地球をリングにしているしなんなら地球でもその恩恵を受けている人もいて宇宙にも貧民に該当する人がいてと現実世界並みに複雑なのがまた
    ノレアとベルメリアの邂逅が今後さらにどう影響していくんだろうか気になるな…

  • 95二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 14:55:40

    面白い
    今一番熱いSS
    支援

  • 96二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 19:51:55

    子供が犠牲になってるから仕方がないとは言い難いけれど、ベルメリアも生き抜く選択肢がなかったから、じゃあどうしたら良かったんだよと思ってしまう

  • 97二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:34:33

    各キャラの掛け合いが良すぎる
    グッと来る
    こういうのが見たかった

  • 9808_01/1224/02/11(日) 07:22:42

    クワイエット・ゼロに対する宇宙議会連合の第二波攻撃は、失敗に終わった。
    その光景を映像で目にしながら、グエル・ジェタークは暗澹たる思いに囚われる。
    遠距離からの大出力ビームはすべて弾かれ、誘導ミサイルは制御を乗っ取られて逆に反撃に使われる。モビルスーツでの攻撃が無意味、どころかただ犠牲者を増やすだけということは、宇宙議会連合の一回目の攻撃ですでに証明済みだ。
    打つ手が見当たらない。このままクワイエット・ゼロがこの本社フロントに襲来すれば、自分たちも宇宙議会連合の二の舞いになるのは明らかだ。

    そもそも、人手が足りない。

    剛腕でグループを強引にまとめ上げていたデリングは、未だ意識不明。新総裁であるミオリネは地球での出来事にショックを受けて自室に閉じこもっている。トップがこんな有様では、離反者や逃亡者が続出するのは当たり前だった。クワイエット・ゼロを迎え撃つ戦闘従事者どころか、敵の戦力を分析するための技術官にも事欠く始末。クワイエット・ゼロの設計図や仕様書は手元にあるというのに。
    幸いにしてジェターク社からは離脱者の報告はまだない。だが折悪しく、クエタ・テロ以降のトラブルや業績不振を解消するために多くの社員や技術者が遠方のフロントに散っており、本社フロントへの集結はまだ時間がかかりそうだ。

    ――打つ手なし、か。

    グエルが苦々しくも胸中で認めた、ちょうどそのときだった。
    「宇宙議会連合の査察官から、面会の申し出が」
    彼のいる会議室に、そんな連絡が入った。
    さらには、別の来客の知らせも。
    「アスティカシアの学生が、ジェタークCEOにお会いしたいと」
    「俺に? ……誰だ?」
    怪訝に思いながらも、グエルは椅子から立ち上がる。

    このまま会議室で座っていても時間の無駄だ。ならば――

    彼はそう判断し、自分から宇宙港に出迎えに行くことにしたのだった。

  • 9908_02/1224/02/11(日) 07:23:06

    ジェターク寮艦が本社フロントの港に係留されるやいなや、ラウダ・ニールは積み荷の搬出に携わる予定の生徒たちを残して、寮の主要メンバー全員で港に降り立った。その数、10人以上。
    彼らの目的はただ一つ。

    「兄さんを――グエル・ジェタークを、止める。そして、連れ帰る」
    「グエルが無謀なことをやろうとしているのであれば、だぞ」

    横からカミルに釘を差され、一度はラウダもうなずいた。
    だが、彼の中に秘められた意志は揺らがない。
    漆黒の感情を乗せて、ラウダの瞳が暗く光る。

    必ず止める。
    あの女に誑かされ、利用され、危険な道を突き進む兄を、どんな手を使ってでも止める。

    ラウダはただ前だけを見据え、生徒たちの先頭に立って宇宙港の通路を進んでいく。
    懐に隠し持った武器の重さだけが、今の彼の味方だった。

  • 10008_03/1224/02/11(日) 07:24:09

    本社フロントに到着してから20分ほどが経過していたが、ノレア・デュノクは未だ地球寮の船の積み荷の搬出に追われていた。
    なにしろ人手が足りなければ機械も足りない。自分と同じくタダで乗船してきたスペーシアンの二人組は、なんだかんだと理屈をつけて肉体労働への参加を拒んでいた。別に遊んでいるわけではなく、二人とも別々の方法で情報収集や手続きに明け暮れているようではあるが――
    「金持ちは安全な場所でのんびりと過ごし、私たちは積荷作業。本当に、気に食わない」
    率直な感想を口にすると、ノレアと並んで荷物を運ぶ長身の青年が苦笑した。
    「ま、こればかりは同感だね。人が宇宙に出る時代になっても、肉体労働への評価は不当に低いままだ。こんなことだから貧富の差はますます広がり、宇宙に不幸がバラまかれていく――」
    茶化すように軽口を繰り広げる青年を、ノレアはじろりと睨み、そして、

    青年のすぐ向こうを歩く、学生服の一団に目を留めた。

    彼らはこちらに目もくれず、一直線に通路を進んでいく。
    それはいい。だが、先頭を行くあの生徒の表情と、その懐。

    「あいつは……?」
    ノレアのつぶやきに、隣の青年が足を止めて答えた。
    「ラウダ・ニール。グエルの弟だけど……なんだ? あの思いつめたような顔」
    彼もラウダの様子がおかしいことに気づいたようだ。だが、服装の不自然な膨らみまでは見落としたか。
    ノレアは小声で青年にささやく。
    「ラウダ・ニールの左脇。何か武器を隠し持ってる」
    「…………!」
    すぐに青年も事の重大さを悟った。いつもの軽薄な雰囲気はどこかへと消えうせる。
    静かな緊張感を身にまとった青年は、身をかがめ、低い声でノレアに話しかけた。
    「どうする? あいつが何をするつもりかは知らないけど、この場でコトを起こされたら、きっとまずいことになる」
    「……追いかける。まずいことになりそうなら、私たちが未然に防ぐ」
    最低限のやり取りで方針を決定すると、二人は荷物をその場に置き、ジェターク寮生たちを追って歩き始めた。

  • 10108_04/1224/02/11(日) 07:24:39

    会議室から宇宙港までは目と鼻の先だ。グエルはすぐにその場に到着し、そして、港の通路を歩く学生服の一団に気づいて愕然とした。
    「全員ジェターク寮生か!? あんなに大勢……!」
    ラウダやカミルが一人でやってきたのであれば、グエルはここまで狼狽しなかっただろう。だが、いずれ戦闘が始まる可能性の高いこの場所に、これほど大勢の知り合いが乗り込んできたのは完全に想定の外だった。
    今の自分がCEOの身分であることも忘れ、彼は全速力で駆け出した。学生の頃の彼を思わせる勢いで、制服姿の集団のもとまで走り寄る。
    「何やってるんだ、お前らっ! ここには来るなと命令しただろうっ!?」
    開口一番、彼は大声で怒鳴った。
    さらに、集団の戦闘を歩く二人を激しく詰問する。
    「ラウダ、カミル! お前たちがいながら何故こんなことになった!?
     ここは危険だと伝えたはずだ! それなのにこんな大勢の生徒を……! 何かあったらどうするつもりなんだ!」
    その剣幕に、寮生たちのほとんどがたじろいだ。
    だがジェターク寮の柱である二人は身じろぎもしない。まずはカミルが一歩前に出た。
    「その何かっていうのは、人類全体の危機なんだろう? 俺たちだけ逃げるなんてことはできるのか?」
    「なっ……!? お前ら、知ってたのか!?」
    驚くグエルに、今度はラウダが諭すように語りかける。
    「クワイエット・ゼロ。もうみんな知っているよ。いま何が起こっていて、兄さんが何に立ち向かおうとしているのか。
     知った上でみんなここに来てくれているんだ。それなのに、兄さんは僕たちを追い返そうというのかい?」
    そしてラウダのセリフを合図にしたかの如く、他の寮生たちも堰を切って声を上げ始めた。

    「事情はスレッタや宇宙議会連合の査察官から聞きました! 私たちも先輩に助力します!」
    「あんなことが起こってるって聞いて、じっとなんてしてられないですよぉ! わたしにも手伝わせてください、グエル先輩!」
    「俺たちも手伝います! 俺たちにもできることはあるはずです、グエル先輩!」

  • 10208_05/1224/02/11(日) 07:25:07

    「お前ら……」
    同級生や後輩たちから口々に呼びかけられ、グエルは立ち尽くす。
    正直、彼らの申し出は嬉しい。光明の見えないこの状況で、気心の知れた彼らの助力を得られることがどれほど心強いことか。
    思わず口元を緩めたグエルの脳裏を、しかし、血まみれの光景がよぎる。

    口から血を流しながら、グエルの身を案じる父の姿。
    彼の腕の中で静かに死んでいった、一人の少女の姿。

    「――駄目だっ! 絶対にっ!」
    両の拳を強く握りしめ、グエルは絶叫する。
    もうこれ以上、大切な人々を死なせるわけにはいかない。死ぬのは自分だけで充分だ。
    「帰れ! 帰るんだ! ラウダ、カミル、みんなを連れてここを出るんだ。ジェターク社の避難施設へ行けっ!」
    「おい、グエル。落ち着け。まず俺の話を聞け」
    「もう話すことなんてないっ! さっさと行け、カミルっ!」
    自分の腹心にも等しい同級生を怒鳴りつけたのち、グエルは背を向けた。交渉も会話も拒否すると言わんばかりに。
    こうなってしまっては、彼は梃子でも動かない。それをよく知る寮生たちは言葉に詰まり、意気消沈する。
    気まずい雰囲気が漂う中、ラウダは一人、悲しげにつぶやいた。

    「……やっぱり兄さんは、変わってしまったんだね。昔の兄さんなら、僕たちを頭ごなしに否定するなんてことはありえなかった」

    その声は小さく、周囲の学生たちには聞き取れなかった。背を向けているグエルも気づかなかった。
    誰にも気づかれることなく、ラウダは右手を制服の中に入れる。
    そこに隠し持ったものを、しっかりと握りこむ。
    「兄さんは変わってしまった。あの女に囚われ、惑わされ、誑かされ……道を間違えた。
     そして今、あの女に利用され、破滅へ突き進もうとしている」
    彼は兄の背に向かって足を踏み出す。
    「――僕が止めるよ。どんな手を使ってでも、絶対に、兄さんを止める」

  • 10308_06/1224/02/11(日) 07:25:37

    ノレア・デュノクはそのとき、学生服の一団のすぐ横で様子を窺っていた。
    幸いにも学生たちはグエルのほうしか見ていない。ノレアたちのことは眼中にもない。
    彼らの表情をじっくりと観察しながら、ノレアは隣の青年と小声で会話する。
    「ラウダの狙いはグエル・ジェターク。協力者はいない。間違いないわね」
    「ああ、他の生徒の顔色はふつうだ。おかしいのはラウダだけ。単独犯だね。
     だがラウダのやつ、さっきからずっとグエルの顔を凝視してる。間違いなくこの場でやる気だ」
    「……阻止するよ。絶対に」
    ノレアは静かに青年に告げる。

    なぜラウダがグエルに攻撃を仕掛けようとしているのか、その理由はわからない。
    だがもしここでグエルが倒れてしまえば、クワイエット・ゼロへの攻撃計画が大きく狂うことは確実。そして何より、ソフィを治療し、匿うことを決定した責任者が不在となってしまう。そうなればソフィの治療の継続も危うくなる。
    できればラウダが動き出す前に二人がかりで飛び掛かりたかったが――それでラウダの動きを一時的に封じたとしても、おそらく自分たちは周囲の生徒たちに引きはがされ、拘束されてしまうだろう。そのあとでラウダが兄に襲い掛かれば、止める術は完全になくなる。
    となれば、ラウダが動き出した後、攻撃が届く直前に割って入るしかない。

    「私が盾になる。あんたはラウダを取り押さえて」
    「おいおい、ちょっと待て。盾になるなら君じゃなくて僕だろう?」
    「私の体格でアレを止められるわけがないでしょ。あんたがラウダ、私がグエルよ」
    役割分担を決めるや否や、ラウダが動き出した。懐に右手を入れている。
    ノレアは即座に駆け出した。青年も舌打ちとともに少女に続く。

  • 10408_07/1224/02/11(日) 07:26:15

    「――兄さんっ!」
    小さな絶叫とともにラウダが突進する。グエルの背中に向けて、右手に持ったものを押し当てようとする。
    「……!?」
    グエルが殺気に気づいて振り返る。だが、身をかわすほどの時間はなかった。無防備な背中を晒したまま、彼は目を見開く。
    刹那、小柄な人影がグエルを庇うように割って入った。攻撃が届く直前にそれに気づいたラウダは驚き、一瞬動きを止める。
    直後にラウダは地面に押し倒された。片羽締めの形で首と右腕を極められ、完全に身動きが取れなくなる。
    「……なっ!?」
    「はいはい、物騒なことはやめようねラウダ。僕としては別にそこの筋肉ゴリラを助けるつもりはあまりないっていうか、ちょっと痛い目にあってくれてもまあいいかなって気分なんだけど、今この状況でそいつにくたばられると困るんだよ、いろいろ」
    「エ、エラン・ケレス!? ……いや違う、影武者の方か!」
    「あれ、バレてる? ああそっか、ペトラから聞いたのか。そう、僕はエラン・ケレスの影武者さ。……おや、君が持ってるのはスタンガン? 君もこの武器を選んだの? 意外だなあ、君とは気が合いそうだ♪」
    「やかましい! さっさとこの手を放せ!」
    「悪いねえ、それはできないんだ。いや僕としても野郎と密着するのはゴメンだし、君が襲撃を諦めてくれれば今すぐにでも離れるんだけどね。だから考え直そうよラウダ、兄弟は仲よくするもんだぜ?」
    ラウダを引きずり倒したままの姿勢で、エランは勢いよく軽口を連ねる。その異様さに呑まれ、周囲の生徒たちはしばし押し黙るが――
    やがて彼らは我に返り、一斉にエランに非難の声を浴びせ始めた。
    「おいコラっ! ラウダ先輩に何やってるのさ!」
    「ジェタークに喧嘩を売るつもりか!? 離れろテメー!」
    ラウダとエランを引きはがそうと周囲から手が伸びる中、青年は落ち着き払って周囲を見回した。
    場違いなまでに綺麗な笑顔で、告げる。
    「ああ、すぐに離れるさ。ただその前にぜひとも、彼が右手に持ってるものを没収しておくれよ」

  • 10508_08/1224/02/11(日) 07:26:42

    その言葉で、色めき立っていた学生たちも気づく。
    ラウダ・ニールがスタンガンを握っていたことを。そしてそれを、たった今グエルに向けようとしていたことを。
    無論、襲撃の対象であるグエルもまた、自らの弟が信じがたい行動をとったことに気づいた。
    「ラウダ、お前……なぜそんなことを……?」
    その場にいる人間すべてが、ラウダの意図を測りかね、戸惑いの表情を浮かべる。
    一瞬の沈黙。それを破ったのは、ラウダ本人だった。

    「決まってる……兄さんを止めたいからだ! ここで兄さんを止めないと、兄さんは死んでしまうじゃないか!」

    地面に引きずり倒されたまま、ラウダは兄だけを凝視し、大声を上げる。
    怒りと悲しみに満ちた、鬼気迫る声を。
    「CEOになってからずっと、兄さんはろくに話を聞いてくれなかった! 僕だけじゃなくて、ジェタークのみんなの話を!
     みんな兄さんを助けたかったのに、誰の助けも借りようとしなかった! それがどんなに悲しかったか、悔しかったか……兄さんにはわからないのか!?」
    ラウダは全身全霊で兄を非難する。
    その瞳には、大粒の涙がにじんでいた。
    「今もそうだ! 命の危険が迫っているっていうのに、僕らを安全な場所に逃がして、自分だけが危機に立ち向かおうとしている……!
     なんでそんなことをするんだ!? どうして僕らを頼ってくれない!? どうして僕らに何も話してくれない!?
     兄さんにとって僕らは……僕はその程度の存在なのか!? 答えろよ兄さん!」
    「…………!」
    弟の気迫に、兄がたじろぐ。
    自分の行動がどれほど弟を傷つけたのかを、やっとグエルは悟ったのだった。

  • 10608_09/1224/02/11(日) 07:27:05

    「ラウダ……」
    謝罪の言葉を口にしかけて、しかしグエルは、歯を食いしばる。
    血まみれの記憶が、二人の人間の死の光景が、彼の心を捕えて離さない。

    ――親しい人間をあんな目に遭わせたくない。自分のせいで大切な人を失うことは、もう二度としたくない。

    何よりも強固な思いに突き動かされ、再びグエルは、両の拳を強く握りしめる。
    「……駄目だ。」
    決然とラウダを睨みすえ、グエルは別離の言葉を投げつけた。
    否、投げつけようとした、そのときだった。

    「聞いてあげられませんか。弟さんのお話」

    視界の外から少女の声が響き、グエルは言葉を止めた。
    顔を下に向けると、ついさっき自分をかばった少女が、こちらをじっと見上げている。
    彼女は――
    「私はノレア・デュノク。あなたに助けて頂いたソフィ・プロネの友人です。ソフィのこと、本当にありがとうございました」
    少女はぺこりと頭を下げると、再びグエルを見上げ、言葉を続けた。
    「あなたは私の恩人です。それなのに差し出がましいことを申し上げるのを許してください。
     ……どうか、弟さんの話を聞いてあげてください。でないと、きっとみんな、一生後悔することになります」
    「みんな……後悔する?」
    「はい」
    ノレアがこくんとうなずく。

  • 10708_10/1224/02/11(日) 07:27:42

    一つ息をついてから、少女は語り始めた。
    「ソフィは、自分の身を犠牲にして私を助けました。止めようとする私を引きはがして、一人で自殺的な戦いに行ってしまった。
     確かに、そのおかげで私は死なずに済みました。でも私は、ソフィを一人で行かせたことを後悔しています。
     ……今でもずっと、後悔し続けています。ソフィが死なずに済んだ今でも、ずっと」
    ノレアが目を伏せる。
    悲しみを湛えたまま、彼女は続けた。

    「もしソフィがあのまま死んでいたなら。あなたに助けて頂けなかったなら、きっと私は、この世のすべてを呪っていた。
     あなたたちを憎み、この世界を恨み、たくさんの人間を道連れに自殺していたと思います」

    そして彼女は、再びグエルを見上げた。
    「――このままだと、あなたの弟さんやペトラさんがそうなってしまうかも知れない。
     皆を巻き込みたくないという気持ちはわかるつもりですが、けれども、どうか」
    ノレアは真摯にグエルを見つめ、そして自らの思いを口にした。
    「どうか、あなたが死地に赴く前に、親しい人とだけでも話し合ってください。
     ……どうか、お願いします」
    再びノレアがぺこりと頭を下げる。

    「…………」
    グエルは無言だった。何か言い返そうとして、しかし何も言えず、ただ天を仰ぐ。

  • 10808_11/1224/02/11(日) 07:28:11

    重い沈黙が、しばし周囲を満たす。
    それを破ったのは、ジェターク寮のナンバースリーだった。
    「このお嬢さんの言うとおりだ、グエル。これからどうするにしろ、まずはラウダと腹を割って話し合わなきゃな。そうだろう?」
    「カミル……」
    今にも泣きだしそうなCEOの肩を一つ叩いてから、カミルは床を見下ろす。
    「エラン、悪いがラウダを離してやってくれ。これからグエルと二人で話し合いなんでな。
     ――ああ、すまんペトラ。まずはスタンガンの没収だったな」
    「そうですよ! こんな物騒なもの……!
     いったいどこでこんなモン仕入れてきたんです、ラウダ先輩!?」
    おかんむりな様子でラウダから武器を取り上げるペトラを、カミルはまあまあとなだめる。彼女の怒りはもっともだったが、ここでラウダを吊し上げたところで事態の解決にはならない。
    エラン・ケレスから解放されたラウダに、カミルは手を貸し、その体を引き上げる。
    まだ思いつめた表情のままのラウダの肩を平手で強めに叩いてから、彼は周囲を見回した。
    不安げに見守る寮生たちに、落ち着いた声でジェターク寮としての方針を告げる。

    「皆はベルメリア氏およびグストン氏と合流し、お二人とともにクワイエット・ゼロの情報や設計書を入手。そのまま全員で攻略方法の検討に入ってくれ。
     一年二年も関係なく、可能であれば地球寮やブリオン寮の連中とも協力し、各自遠慮なくアイディアを出し合うように」

    そしてカミルは、傍らに立つ二人の後輩に小声でささやく。
    「お前たちには悪いが、ラウダたちのことはひとまず俺に任せてくれ。いいか?」
    「……そりゃ、まあ……」
    「カミル先輩がそう言うなら、お任せしますけど……」
    二人がうなずくのを見て取ると、カミルはさらに言葉を続けた。
    「では、俺が戻るまでの間、ペトラはメカニック科を、フェルシーはパイロット科のまとめ役を頼むぞ」
    「……え、私たちだけで話を進めるんですか?」
    「で、できるかなぁ……?」
    自信なさげに顔を見合わせる二人に、カミルは力強く笑いかける。
    「なに、授業でやった机上演習と同じ要領だ。ちょいと条件が特殊だが、今まで聞いた話のとおりなら、要塞攻略のセオリーのいくつかは通用するさ」

  • 10908_12/1224/02/11(日) 07:28:46

    そうして寮生たちを送り出したのち、カミルは部外者二人に向き直った。
    エラン・ケレスの影武者と、地球出身のテロリストの少女。並んで立つ二人に対し、その場で深く頭を下げる。

    「本当に助かりました。ジェターク寮を代表して、お二人に感謝を申し上げます」

    グエルを上回るほどの大男が、小柄なノレアよりも低い位置に頭を置いている。
    スペーシアンのエリート学生が、アーシアンに丁重な礼を見せている。
    その事実に虚を突かれたノレアは、一瞬だけだが呆然となった。

    気を取り直すのにしばしの時間を使った後、少女はカミルを見つめ、小声で返答する。
    「……私のことはいいです。どうか、ソフィの治療の継続をお願いします」
    「もちろんです。可能な限り力を尽くさせていただきます」
    もう一度、カミルは深々と頭を下げる。
    それは非の打ち所のないほど、誠実で、心のこもったお辞儀だった。

    最後にカミルは、自分の級友二人に苦笑を向けた。
    「まったくお前ら兄弟は、二人そろって何度も苦労をかけてくれる」
    「……すまない、カミル」
    「…………」
    謝罪する兄と、押し黙る弟。二人を交互に眺めてから、カミルは両手を大きく広げた。
    そのまま、二人の背中に腕を回す。
    「CEOの部屋へ直行するぞ。そこでじっくりと話し合いだ。ジェターク寮伝統の方法でな」
    「ジェターク寮、伝統……?」
    「そうだ。お前らは寮生とは喧嘩をしなかったから知らんだろうが、こういうときにぴったりの方法があるんだ」
    戸惑う二人を、その太い腕で強引に引きずっていく。
    単純な腕力勝負なら、グエルですらカミルには敵わない。二人の兄弟は、そのままなす術もなくジェターク社のオフィスまで連行されていったのだった。

  • 110二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 08:03:15

    5号がある意味一番ガンドの呪いと向き合ってたキャラだもんなーってなった

  • 111二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 08:28:38

    カミル先輩のまとめっぷり最高だな……非常事態ではあるけれどうまくこれまでの経験に繋げて解決策を導いていく感じ
    そして思ったより5号とノレアが活躍してて楽しい

  • 112二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 08:58:12

    本当カミルがグエルの頼もしい腹心してて嬉しいわ
    5号とノレアのコンビも息があい始めてていい
    ノレアが徐々に怒りのフィルターを外して人やの世の中を見始めてるところも

  • 113二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 15:26:26

    これでラウダ暴走はなくなったかな

  • 114二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 15:35:18

    ……ん?そうなると23話の兄弟喧嘩がなくなるわけで、となるとどういう作戦で行くんだろう?
    グエルは本編動揺グエンザで出そうだけど、浮いたゼッテとかジェターク寮のみんなはどこ配置になるのかな

  • 115二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 22:45:44

    色んなキャラの活躍期待保守

  • 11609_01/1024/02/12(月) 03:43:43

    「この先が総裁の自室になります。ここからは一人でお願いします」
    「あ、はい」
    事務役と思しき中年の女性に一礼され、スレッタ・マーキュリーは戸惑いながらも頷きを返す。
    宇宙港の受付でミオリネに会いたいと願い出た彼女は、20分後には目的の場所のすぐ前に通されていた。どうも、自分が来たらここに案内するよう誰かが手配してくれていたらしい。
    「グエルさん、かな……?」
    特に理由もなく、そう直感する。
    そのまま少女は、一人で廊下を歩き始めた。

    ほどなく、閉ざされた扉の前にたどり着く。
    この先にミオリネがいる。先程の中年女性が説明するところによると、ここ半日ほどはずっとこの中に引きこもり、婚約者であるグエルの呼びかけにも返事がないらしい。

    そんなミオリネに対し、自分が伝えるべきことは何か。
    未だ心の整理がつかないながらも、スレッタは扉の前に正座して、その向こうへと語りかけ始めた。
    「ミオリネさん、スレッタです」

  • 11709_02/1024/02/12(月) 03:44:06

    長さ60センチ、幅50センチはありそうな分厚い打撃用ミットを示しつつ、カミルは説明を始めた。
    「ルールは簡単。防御側はこのビッグミットを持って構える。攻撃側はそのミットに向かって突きなり蹴りなり打撃を放つ。と同時に、相手に向かって文句や罵倒を好きなだけ言うことができる。防御側は一切反論してはならない。
     ただし制限時間15秒を過ぎたら攻守交代だ。攻撃側だったほうがミットを構え、相手の打撃と文句に黙って耐えることになる。
     この攻防を、二人のどちらかの体力が尽きるまで繰り返す」
    な、簡単だろ? と笑うカミルに、トレーニングシャツに着替えたグエルは怪訝そうな表情を向ける。
    「本当にこんなのがジェターク寮の伝統なのか……? 初耳なんだが」
    「俺は一年の頃、このルールで先輩たちに何度か喧嘩を売られたぞ。体力差で全員返り討ちにしたら誰も挑んでこなくなったが。今から思えば、あの先輩たちが後輩を痛めつけるために適当にでっちあげた嘘八百かも知れんな」
    「おい」
    「だが、今のお前たちには最適な方法だ。そうだろう?」
    カミルは、同じくトレーニングシャツに着替えたラウダに水を向ける。
    今まで黙りこくっていた弟は、静かに闘志をみなぎらせ、顔を上げた。

    「そうだね、カミル。確かに今の僕にはぴったりだ。これなら兄さんを怪我させずに殴り倒して、翻意を促すことができる」

    その手には既にオープンフィンガーのグローブが装着されている。弟のほうは完全に臨戦態勢だった。
    カミルはグエルに視線を戻す。
    「ラウダはああ言っているが、お前はどうだ?」
    「…………」
    兄はしばし険しい表情で沈黙する。
    だがやがて、カミルの持つミットを受け取ると、
    「やってやるさ。言うべきことを言って、その上で返り討ちにしてやる」
    弟に向けて構えを取る。

    二人の準備が整ったことを見て取ったカミルは、その場から5歩離れると、制服のポケットから耳栓を取り出した。
    「俺はこいつを装着するから、お前たちの会話を聞くことはない。お互い体力の続く限り、好きなだけ言いたいことを言い合ってくれ。
     ……では、ラウダの先攻で開始だ。舌は噛むなよ?」
    自身の個人用端末をタイマー代わりに、カミルは二人に試合開始を宣告する。
    二人の兄弟の腹を割った話し合い――否、話し合うついでの兄弟喧嘩が、始まった。

  • 11809_03/1024/02/12(月) 03:44:40

    「自分で選んで、決めて……そのせいでたくさんの人が傷ついて……死んじゃって……。
     あんたを母親から引き離したことも、全部……間違ってた。
     私はもう、間違いたくない……」

    扉の向こうからのミオリネの返答。それを受けてスレッタは、下を向く。
    間違い。
    脳裏をよぎるのは、この学園にやってきてからの数カ月間。
    たくさんの出会いがあった。得るものもたくさんあった。けれど、
    「わたしも、たくさん間違えました。
     エランさんやグエルさん、ソフィさんとの決闘。……プラント・クエタ。
     きっと全部、間違ってた。決闘の前にできることはあったはずなのに、戦って勝てばぜんぶうまくいくって思い込んで、安易な方法を選んじゃって。それで取り返しのつかないことに……」
    エランは決闘に負けて、会社に処分され、命を失った。
    グエルは立場を失い、家出し、行方不明になった。その後のジェターク家とジェターク社を襲った不幸を、スレッタはペトラから耳にしたばかりだ。
    ソフィはデータストームによって重篤な後遺症を負った。もし意識が戻ったとしても、元の健康な身体は取り戻せないだろう。
    さらには、プラント・クエタ。エアリアルの手で潰してしまった人のことは、今更語るまでもない。

    「勝ち続けて、みんなに喜んでもらえて、有頂天になってたんです。
     お母さんに後押ししてもらって、誰でも守れる正義の味方にでもなったつもりだったんです。
     悪い人相手なら、殺しても仕方ないんだって……そう、思いこもうとしてたんです」

    そんな馬鹿げた話はない、ということを、スレッタはよく知っていたはずだった。
    殺された人間は、もう二度と生きることはできない。死んでしまった人はもう二度と元には戻らない。
    そして――人はみんな生きたがっているのだということを、水星で何度も目の当たりにしていたのに。

  • 11909_04/1024/02/12(月) 03:45:00

    「戦う前に話し合えば回避できたかもしれないのに。
     もっと手を尽くせば、お互いにとっていい結果にできたかもしれないのに。
     わたしが簡単な道ばかりを選んで進んだから、たくさんの人が傷ついて……死んでしまった。
     そして、それはもう二度と元に戻せない。償いようがない……」
    扉の向こうから返答はない。
    でも、きっとミオリネは無言で聞き入ってくれている。そう信じてスレッタは、言葉を続ける。
    「……今、お母さんとエリクトが、わたしと同じ間違いをしています。
     どんな被害が出るかわからないのに、大勢の人をデータストーム領域の中に取り込もうとしている。たくさんの人を傷つけて、死なせて、無理矢理に、強引に。
     わたしはそれを止めたいんです。それがきっと、わたしのやるべきことだと思うから。
     ……今までやるべきことをやらずにたくさんの人を傷つけてきたからこそ、絶対に、今度こそ、手を尽くして止めなきゃいけないって思うから。
     だから、わたしはクワイエット・ゼロに行ってきます」

    そして、とスレッタは付け足す。

    「ミオリネさんにも、それを助けてもらいたいんです」

    いちばん言いたかったことを言い終えて、スレッタは口を閉じた。
    正座の姿勢を維持したまま、返答を待つ。

    扉の向こうから答えが帰ってきたのは、きっかり10秒後だった。

    「……わかってる。私もそれをやらなきゃいけないって……
     やるべきことをやらなきゃいけないって、わかってるの。
     でも、怖い。また失敗したら、また大勢の人が死んでしまう。私はそれに耐えられない……」

  • 12009_05/1024/02/12(月) 03:45:24

    スレッタは身を乗り出した。
    「わたしも、怖い、です。死んじゃうかも知れない、失敗してしまうかも知れないって。
     わたし一人だったらきっと、ここに来る勇気も持てなかったと思います。でも、」
    一度だけ背後を振り返り、この場所に集う人々を想う。
    「みんなが来てくれました。わたしたちを助けるために、大勢の人が来てくれました。
     地球寮の人たち。ジェターク寮の人たち。ブリオン寮の人たち。それと、ノレアさんも。
     ……みんなのおかげで、わたしは今、お母さんを止めるための勇気を振り絞ることができる」
    スレッタは扉に視線を戻した。
    「わたしは一人じゃない。そして、ミオリネさんも一人じゃない。
     だから、わたしと一緒に戦ってください。
     わたしがミオリネさんを支えます。だからミオリネさんも、わたしを支えて……くだ、さい」
    最後の部分は、言葉にするのが気恥ずかしくて、尻すぼみになってしまった。
    もう一度言い直そうかとスレッタが思案していると、ミオリネの声が帰ってきた。
    覚悟を決めた声だった。
    「……10分だけ待って。準備を整えるから。」

    ぴったり10分後、扉が開いた。
    そこに立っていたのは、一部の隙もなくスーツ姿で固めたミオリネ。
    戦闘準備を終えた少女は、凛とした声で告げる。

    「行くわよ、スレッタ。私たちのやるべきことを果たすために」
    「はい! ミオリネさん!」

    力強く返答したスレッタは、ミオリネとともに駆け出したのだった。

  • 12109_06/1024/02/12(月) 03:45:47

    「あの女に……ミオリネに誑かされて、兄さんは変わってしまった!
     ガンダムに手を出し、地球に降りて暴徒と接触し、そして僕らを遠ざけた!
     いい加減ミオリネから離れろ、兄さん!」
    怒声とともにラウダはミットに何度も拳を打ち込む。猛烈な連打だったが、ほどなく制限時間を告げるタイマーの音が鳴り、やむなくラウダは手を止める。
    呼吸を乱す弟とは対象的に、グエルは何事もなかったかのような顔だった。そのままラウダに向けてミットを放り投げる。
    舌打ちした弟がミットを受け取って構えるや否や、今度は兄の打撃が深くミットに突き刺さった。
    その拳は重く、一撃でラウダはたたらを踏む。
    「全部お前の誤解だ、ラウダっ!
     シュバルゼッテの製造を命じたのは父さんだし、地球とはいずれ和解しなきゃならん! ミオリネがいなければ俺一人でも地球に降りていた!
     そして、お前らを遠ざけた理由は……っ!」
    勝負がついてしまうかと思えるほどの重い連打が、しかしそこで止まる。
    兄が言葉に詰まっている間にタイマーが鳴る。弟はすぐさま兄にミットを投げつけ、ここぞとばかりに反撃に出た。
    「僕たちを遠ざけた理由はなんだ!? ミオリネじゃないというなら何なんだ!
     僕たちが力不足だからか!? それとも、」
    ラウダは兄の肩を両手で掴んだ。
    首相撲の要領で相手の身体を固定し、ミットに向けて膝蹴りを放つ。
    「兄さんが、父さんを殺したからか……!?」
    「…………っ!」
    瞬間、兄の顔が苦痛に歪んだ。
    と同時に、みたびタイマーが鳴る。

  • 12209_07/1024/02/12(月) 03:46:16

    15秒が過ぎたというのに、グエルは歯を食いしばり、ミットを持ったまま動かない。
    弟は攻撃の手を止め、兄の肩から手を離した。
    「どうした、兄さん。もう体力が尽きたのか、それとも反論できないのか」
    「…………」
    逃げるように下を向くグエルに、ラウダが言葉で畳み掛ける。
    「答えろよ! 父さんを殺したから、それが後ろめたくて何も言えないのか!?」
    直後、ラウダの手元にミットが飛んできた。
    それを構えるよりも早く、激昂した兄が踏み込んでくる。
    「何も知らないくせにっ! 知ったような口を聞くなぁ!」
    ラウダが胸の前で持っているだけのミットに向けて、兄は何度も何度も右の拳を突き立てた。

    「あの時……プラント・クエタで! 俺はテロリストから逃げるために敵のモビルスーツを奪った!
     そこに、テロリストを討伐するためにディランザに乗った父さんがやってきた!
     ジャマーのせいで通信が繋がらず、相手が誰かを確かめることができないまま、俺たちは殺し合いになっちまったんだっ!」
    「…………!」
    「俺は怖かった……! 殺されることが怖かった。殺すのはもっと怖かった!
     でも、死ぬのが怖くて、死にたくなくて、無我夢中で反撃して!
     そっ、その結果が……っ!」

    直後、グエルは後ろから羽交い締めにされた。
    カミルが大声でグエルに怒鳴る。
    「タイマーが聞こえないのか、もう止めろ! 15秒はとっくに過ぎてるぞ!」
    その声で、やっとグエルは我に返る。
    激昂しすぎて周りが見えなくなってしまったようだ。ラウダを見やれば、ミットを構える暇もないまま無茶苦茶な連打を浴びせられた弟は、衝撃を受け止めきれずに苦悶の表情を浮かべている。
    だが兄が謝罪の言葉を口にするより早く、弟は顔を上げた。
    余裕を装う笑みを浮かべ、ミットを胸の前で構え直す。
    「カミル、僕はどうってことないさ。今の兄さんはとても弱いからね。
     さあ、兄さんを離してあげてくれ。ハンディキャップとして、もう少し殴らせてあげるよ」

  • 12309_08/1024/02/12(月) 03:46:56

    無論その言葉は、耳栓をしているカミルには届かない。グエルに聞かせるために――兄を挑発するために、あえてラウダは口にしたのだ。
    「なんだと……!?」
    それを悟りながらも、グエルは無視できない。カミルをはねのけ、再びラウダに襲いかかる。
    「ラウダ! お前は知らないんだっ! 殺されることの恐怖も、殺してしまうことの恐怖も!
     ……人を殺してしまう罪も!」
    もはや完全に頭に血が上っている。
    一切の手加減のないフックの連打を、ミットの上から弟に叩きつける。
    「人を殺してしまえば……許されないんだ! 決して、絶対に!
     だって、殺してしまえば、その人は戻ってこない……償いようがないんだっ!
     ましてや俺は、父さんを……俺たちの父さんを殺してしまったんだぞ!?」
    全力で叫ぶグエルの瞳に、涙が浮かぶ。
    「俺はもう、許されない……絶対に許されない。
     みんなからも……お前からも、許してはもらえない……」
    そして、兄の手が止まった。
    フックを打ち込んだ体勢のまま、呆然と涙を流す。

    「そうだ。許されないのが怖くて、憎しみを向けられるのが怖くて、俺はお前たちを遠ざけた。お前に打ち明けることができなかった……」

    グエル・ジェタークは悟った。
    殴り、叫び、感情の限りを尽くした果てに、やっと自分は、自分自身の本心と向き合えたのだと。

    ああ。
    だから、もう逃げられらない。逃げてはいけない。
    弟の断罪を、皆の憎しみを、自分は受け入れなくてはならないんだ――

  • 12409_09/1024/02/12(月) 03:47:26

    直後、兄に向けてミットが放り投げられた。
    反射的に受け取ったグエルを、弟が睨みつける。
    「構えろ、兄さん。ここからは僕が言いたいことを言う番だ」
    直後にラウダは、全力のストレートをミットに打ち込む。
    それは、これまでのどの攻撃よりも重い一撃だった。

    「誰が許さないだって!? 誰が誰を憎むって!? 兄さんは僕をそういうふうに見ていたのかっ!?」
     ふざけるなよ! 兄さんがどんな罪を犯そうとも、この宇宙の全てが兄さんの敵に回ろうとも、僕は兄さんの味方だっ!
     兄さんと初めて会ったときから、ずっと……ずっと僕は、兄さんの味方だ!」

    なぜ信じてくれないのか。なぜ頼ってくれないのか。なぜ打ち明けてくれないのか。
    今まで溜めに溜め込んできた激情のすべてを乗せて、ラウダはミット越しに兄を打ち据える。
    「泣くほど怖かったんだろ!? 泣くほど辛かったんだろ!?
     だったら、話せよ! 頼れよ! 相談しろよ!
     僕は、僕らは、いつだって兄さんが相談してくるのを待っていたのに!」
    左腕で兄の肩を掴み、ラウダは右の拳を打ち付ける。
    そうしながら、ラウダの目にも涙がにじむ。
    「兄さんは隠してるつもりかも知れないけど、兄さんは本当は弱いんだ! 繊細なんだ!
     兄さんは独りじゃ無理だ……僕らやジェタークの皆の助けがなけりゃ、兄さんはやっていけないんだ!
     兄さんは弱いから……だから僕らは皆、兄さんを助けたいと思ってるんだ!」
    そして弟は右手でも兄の肩を掴み、腕力だけで強引に引き寄せた。
    涙を流す兄を真正面から見据え、告げる。

    「お願いだから言ってくれよ……! 助けてくれって。力を貸せって。
     頼むから独りで泣かないでくれよ……!
     僕を孤独から救ってくれた人が、誰の助けも借りられずに泣くなんてやめてくれ……!
     頼むよ、兄さん……っ!」

  • 12509_10/1024/02/12(月) 03:47:58

    見開いた目から、弟は大粒の涙をこぼす。
    グエルもまた、ミットを取り落とし、両手で顔を覆った。
    やがて、絞り出すように己の願いを吐き出す。

    「……助けてくれ、ラウダ。
     俺だけじゃクワイエット・ゼロを止められない。皆を守れない。
     俺は、大切なものを守りたいんだ……」

    ラウダは兄を抱きしめた。
    かつて自分が、初めて出会った兄にそうしてもらったように。

    「任せてくれ、兄さん。
     兄さんのために、みんながここに集まってくれた。
     だからなんとかなる。絶対になんとかしてみせる」

    あとは両者とも言葉にならなかった。ただお互いを抱きしめ、感情の赴くままに涙を流す。

    ――兄弟喧嘩は終わった。兄弟のすれ違いも、また。

    ひとまずの区切りがついたことを見届けて、ジェターク兄弟を見守ってきた男は、安堵の吐息を漏らした。
    もはや必要のなくなったタイマー機能を切り、端末を制服のポケットに戻す。
    泣き続ける二人を横目に耳栓を外しつつ、カミルはふと、苦笑したのだった。

    やれやれ。本当にお前らは、支え甲斐のある兄弟だよ。

  • 126二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 08:26:11

    やはりカミル先輩は格が違う

  • 127二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 08:57:41

    泣いた

  • 128二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 12:07:20

    やはり本編はカミパイをナーフしてはいけなかった

  • 129二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 17:32:09

    このレスは削除されています

  • 130二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 18:10:10

    マジで面白い
    冗談抜きで日々の活力になってるわ

  • 131二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 18:35:54

    わかる
    朝起きて仕事が待ってるのはつらいけど、これが更新されているという喜びはある

  • 132二次元好きの匿名さん24/02/12(月) 23:19:34

    >やれやれ。本当にお前らは、支え甲斐のある兄弟だよ。


    やだ…かっこいい…

  • 133二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 01:21:45

    熱いね
    こういうのが見たかった、を地で行ってくれてる

  • 13410_01/1124/02/13(火) 05:18:46

    ジェターク兄弟とカミルが薄暗い作戦会議室に足を踏み入れると、部屋の一角からわっと歓声が上がった。
    「グエル先輩! ラウダ先輩! 仲直りできたんスね!?」
    「良かった! みんな待ってましたよ!」
    フェルシーやペトラらが口々に喜びの声を上げる。それを手で制してから、グエルは部屋の中を見回した。
    ジェターク寮生たちは、モニターに映るクワイエット・ゼロを見ながらベルメリアやグストンと検討を続けている。
    それらの面々に混じって地球寮やブリオン寮の生徒たちが、個人端末を覗き込んだり周囲と相談を交わしている。
    さらには集団から少し離れたところでは、エラン・ケレスの影武者と地球から派遣されてきたガンダム乗りの少女が、ケナンジ司令と何やら言い合いをしている。

    ミオリネとスレッタはまだ姿を現していない。
    だが先程、港の受付から、スレッタがミオリネのもとに向かったという報告を受け取った。
    時間がかかろうとも、二人は必ずここへやってくるだろう。

    ならばそれまでの間に、クワイエット・ゼロ攻略の突破口を見出す。
    グエルはそう決意し、ペトラを促した。

    「ここまでの進捗を教えてくれ」

  • 13510_02/1124/02/13(火) 05:19:33

    うなずいたペトラが、モニターに映る目標を指し示しながら説明を始める。
    「まず、あのクワイエット・ゼロですが。
     宇宙要塞というよりは、超巨大な実験施設と呼ぶ方が正しいみたいです」
    「……実験施設、というと?」
    「対空砲や対空ミサイルといった迎撃兵器や、対空レーダーのような監視システムが存在しないんです。
     内部侵入に備えた警戒装置とかも最低限しか備えてないようで……
     あと、外部に剥き出しになっているシェルユニットも、その強度には特筆すべきものはないようです。通常の兵器でも問題なく破壊できますね」
    「どうも、データストームを人類圏全域に広げるための設備が巨大化しすぎてあのサイズになっただけで、要塞としての機能は最初から想定していなかったみたいです」
    ペトラのあとを引き取って、ニカがそう結論づける。
    ということはつまり、

    「クワイエット・ゼロに攻撃さえ届けば、あるいは本体に取り付くことさえできれば、陥落させるのはそう難しくないってことか……?」

    ラウダが声を上げる。
    だが、グエルは首を横に振った。
    「それが困難なんだ。データストームによって戦艦のビームは弾かれ、ミサイルもモビルスーツも制御を奪われて逆用される。通用する兵器がない」

  • 13610_03/1124/02/13(火) 05:20:08

    「その通りです」
    ベルメリアがグエルにうなずいた。
    「データストーム領域の中でオーバーライドされずに動けるのは、パーメットリンクを一切使わない兵器か、オーバーライドを拒否するスコアに到達可能なガンダム――キャリバーンのみです」
    「だがそんなスコアのデータなんて浴びたら即死しちまう。僕らみたいに神経中枢を強化した人間でもね」
    横槍を入れたのは、エラン・ケレスの影武者だった。
    彼のほうをちらりと見やって、ベルメリアは申し訳なさそうにうつむく。
    だがその表情のまま、彼女は淡々と結論を述べた。
    「そのスコアに耐えられる可能性がある人間は、エリクト・サマヤと同じ遺伝子を持つスレッタさんだけです」
    「…………」
    告げられた事実に、グエルは沈痛な表情で目を閉じる。

    パーメットリンクなしのモビルスーツは、外部情報の把握・処理にも機体動作の制御にも困難が生じる。人間で例えるなら、目隠しをした上で数十kgの重りを背負ってボクシングに臨むようなものだ。エアリアルどころか型落ちのモビルスーツにも対抗できはしない。
    データストーム領域の中でエアリアルに対抗できるのは、スレッタの乗ったキャリバーンだけ。だがそれは、あの少女が命を削って戦う以外に方法がないということでもある。

    「それしかないのか……!?」

    無念とともにグエルは虚空に問いかけた。
    答えは、すぐ真横から返ってきた。

    「可能性はもう一つある。そうだろう? ペトラ」

  • 13710_04/1124/02/13(火) 05:21:25

    「はい! その通りです、カミル先輩」
    ペトラが力強く頷き、そしてモニターを操作した。映像が切り替わり、白いモビルスーツが表示される。
    それはグエルもかつて見たことのある新型だ。だが、胸部の形が記憶と少し違う。
    「これは……シュバルゼッテ!?」
    先代CEOであるヴィム・ジェタークの命令のもと、極秘に開発が進められていた次世代コンセプトモデル。シン・セー開発公社からの技術提供により完成にこぎつけ、本社フロントのジェターク社ハンガーにて組み立てを完了し、最終調整と運用テストのために学園フロントのジェターク寮の格納庫へ運び込まれていたはずだが――
    「こっちで物騒なことが始まりそうだと聞いて、俺が独断でジェターク寮艦に積んでおいたんだ」
    にやりと笑うカミルに、グエルは戸惑いの表情を向ける。

    シュバルゼッテは確かに最新鋭機であり、そしてGUND-ARMでもある。だが、オーバーライドを防ぐスコアまで到達できるのだろうか? たとえそれが可能だとしても、その負荷によってパイロットが即死することは避けられないのでは……?

    しかしカミルは、自信ありげな態度を崩さないまま、モニターを右手で指し示す。
    「こいつはダリルバルデでの様々な実証試験を反映したモビルスーツだ。そして先代CEOの、エアリアルを倒すモビルスーツを完成させるという執念の結晶でもある」
    「父さんの……執念……?」
    唖然とするグエルに、カミルは片目をつぶってみせる。
    彼はジェターク兄弟の腹心であり、そして、先代CEOからジェタークの次代の技術班のエースとして期待された存在でもあった。ゆえに極秘の新型モビルスーツの情報にも、ごく一部ではあるがアクセスできる立場にあった。
    「先代は、エアリアルの決闘の映像を社内の技術班に分析させていたんだ。そしてペイルやグラスレーとの決闘時に見せた能力――オーバーライドこそがエアリアルの切り札だと見抜いた。
     以後、ウチの社の技術班は、オーバーライドに対抗できる方法をずっと模索していたらしい。ダリルバルデの予備機も使って、ありとあらゆるプランを試していたんだ」

  • 13810_05/1124/02/13(火) 05:22:00

    カミルの言葉を受けてペトラがモニターを操作すると、シュバルゼッテの隣にダリルバルデが映った。そしてその下を、無数のプランが流れていく。
    操縦系統の独立化、パーメットリンクの多重化、意思拡張AIの強化……
    やがて画面の動きが止まり、プランの一つが拡大表示される。
    「この状況で有効と思われるプランがこれだ。パーメットリンクを一切使わない方法。
     情報把握と処理のタイムロスはパイロットの増員で、機体動作のタイムロスは意思拡張AIで補う……複座式コックピット案だ」
    「複座式……!?」
    ああ、とカミルはうなずき、そして兄弟に向き直る。
    「ただし、こいつは先代CEOに正式採用されなかったプランだ。パーメットリンク無しというハンデが大きすぎてな。
     ウチの社のテストパイロット二人が複座式ダリルバルデに乗り込んでディランザと何度か模擬戦をしたが、あまりにも操縦が困難で、結果は散々だったらしい」
    カミルはまずグエルを見やり、そしてラウダに視線を向ける。
    挑むような笑顔を浮かべ、彼は二人に告げた。

    「だが、お前らの腕ならどうだ?」

    そしてカミルは、2時間あればシュバルゼッテを複座式コックピットへ換装できる、と付け加えた。こうなることを見越して、彼は本社フロントに来るまでの道すがら、ペトラらとともに機体の仕様確認を済ませてきたのだ。
    「いつもながら手回しがいいな、カミル」
    「何かあると弾丸みたいに飛び出していくお前と付き合っていると、自然とこうもなるさ」
    「ほっとけ」
    「で、どうなんだ。乗りこなす自信はあるか?」
    改めて問いかけられたグエルは、弟へ振り向いた。
    弟も兄を見返し、そして、うなずく。

    ――僕は大丈夫だ。やろう、兄さん。

    無言の応援に力を得て、グエルはカミルに視線を戻した。唇の端を、ほんの少しだけ不敵な形に釣り上げ、宣言する。

    「もちろん、やってやるさ」

  • 13910_06/1124/02/13(火) 05:26:36

    本社フロント宙域に光が走る。
    無数のドローンが漂い動き回る中を、白い機体が駆け抜ける。
    ドローンから放たれるレーザー光線を巻くようにかわしつつ、手に持った巨大な剣状の武器からビームを放ち、ドローンを次々と撃破していく。
    ドローンの群れから抜け出たその機体は、巨大な剣を一振りした。と、剣が7つのパーツに分離し、そのうち6つがバラバラに浮遊、機体の各所ハードポイントに接続される。

    「ガーディアン・マリオネット形態に移行……ビットへの電力補充を開始」
    複座式コックピットの後部に収まったラウダが、機体全体の様子をモニターしながら告げる。
    前部座席に座るグエルは、荒い息をつきながら弟に尋ねた。
    「被弾と撃墜はどれくらいだ? ラウダ」
    「被弾8、うち致命打判定3。命中16、うち撃墜12。
     ……正直、これだとエアリアルどころか、ガンドノード相手も厳しいよ」
    「そうか……」
    グエルはため息をつく。
    ガンドノードを模したドローン相手のテストの結果は、芳しいとは言えなかった。これが実戦であれば、とっくに自分たちは撃墜されていただろう。

    パーメットリンクなしでのモビルスーツの操縦は、想像をはるかに上回る難事だった。
    パーメットで「繋がる」ことで全周を直感的に認識できていたのに、繋がりを絶たれた今は、ドローンとの相対位置を把握することすら一苦労だ。裸眼で確認できる前方はともかく、側面や後方は各種計器で間接的に視るしかない。これではどうしても状況変化への反応が遅れる。
    操縦においても、軌道を変えるたびに生じる慣性にいちいち振り回される。せっかくシュバルゼッテに与えられた高い機動性も、これではろくに活かせない。
    ダリルバルデで培われた意思拡張AIは、パイロットの癖や未来予測をもとに、様々な補正をかけて操縦の補助をしてくれている。そのうえで尚これなのだ。父がこのプランを対エアリアルのオプションとして正式採用しなかった理由を、グエルはその身を以て理解していた。

  • 14010_07/1124/02/13(火) 05:27:03

    息を整えながら、グエルは後部座席のラウダに水を向ける。
    「そっちはどうだ? 有効な武器は見つかったか?」
    「まあね。こっちは大丈夫だよ」
    機体そのものの操縦を担当する兄に対し、弟は兵装と各種モニタリングを担当する。
    今の操縦テストの中で、ラウダはシュバルゼッテの武器をひととおり試し終えていた。
    「ビットを分離しての遠隔操作攻撃は、やっぱりパーメットリンクなしじゃ無理だね。でもそれ以外のモードは問題なく使える。
     全ビットを一つにまとめての砲撃形態、ガーディアン・シース。
     電磁バリアを展開しつつビットへ電力・推進力を補給するガーディアン・ドロウ。
     手元の操作から実際に動き出すまで少々タイムラグはあるけど、この程度なら十分に修正可能さ」
    「ふっ。頼もしいな、ラウダ」
    弟の方は、早くもシュバルゼッテの持つ大剣――ガーディアンと名付けられた多目的攻防プラットフォームの操作のコツを掴んだようだ。
    この弟の攻撃センスは、時に兄を凌駕することさえある。後部座席で武器の操作に専念できるこの操縦方法は、あるいはラウダにもっとも適したやり方なのかもしれない。

    「ならば――あとは俺が、パーメットリンクなしでの操縦に習熟するだけだ」

    グエルは再び前方を見据えた。
    たとえエアリアルに抗することができなくとも、この機体でガンドノードを駆逐することができるなら、クワイエット・ゼロ攻略の足掛かりになる。
    何より、スレッタ・マーキュリーの負担を減らすことができる。
    彼女はこれから、乗り続けるだけで命を削る機体を操縦しなければならないのだから。
    「…………」

  • 14110_08/1124/02/13(火) 05:27:44

    グエルの視界に本社フロントが入り、彼はふと、物思いにかられた。
    今スレッタはフロント内の試験場でキャリバーンの起動テストに入っている。オーバーライドを防ぐため、パーメットスコアを上げようと必死になっているはずだ。
    エラン・ケレスの影武者が「普通の人間なら即死」と断言したデータ流入量が、今スレッタにどれほどの苦しみを与えているのか。グエルには想像することしかできない。それが何より、もどかしい。

    悶々としていると、グエルの背後から再び声がかかった。

    「どうする、兄さん? 休憩がてら、スレッタ・マーキュリーの様子を見に行くかい?」

    思わぬ提案に、兄は驚く。
    より正確に形容すれば、仰天する。

    弟がスレッタに対して隔意を抱いていることを――はっきり言えば毛嫌いしていることを、兄はとっくに察していた。ラウダ自身は自らの感情を押し殺しているつもりらしかったが、言動の節々からあからさまに敵意が覗いていて、兄にはまるわかりだった。だからグエルは、弟の前ではスレッタの話題は避けていたのだが――

    「どうしたんだラウダ、急にそんなことを言い出して。まさか、戦闘機動中に頭でも打ったのか?」
    「さすがにその言い草は僕でもムッとするよ、兄さん」
    弟は後部座席で口を尖らせたようだ。気配が剣呑になったのが、前を向いていても判りやすく伝わってくる。
    だがラウダはすぐにふうと息を吐くと、事情を説明してきた。

    「実は、シュバルゼッテに乗り込む直前に、ペトラに釘を差されたんだ。
     ……いや、そうじゃない。激怒された。兄さんにスタンガンをつきつけたことも含めて、諸々、たっぷりと絞られた」

    なるほど、付き合い始めた後輩から説教されたことで、弟も色々と反省をしたということらしい。スレッタへの態度を改めたのも、その一環ということか。

    「推しに対して迷惑をかけてはならない。ましてや危害を加えようとするだなんて、どんな理由があっても絶対に許されない。……ペトラに胸ぐら掴まれて、そう怒鳴られたよ」
    「……胸ぐらを? ペトラが?」
    「ああ。ちょっとびっくりした。彼女にそこまでさせてしまったことに反省もしたけど」

  • 14210_09/1124/02/13(火) 05:29:06

    本当に、ラウダは厳しく叱られたらしい。胸ぐらを掴みながら怒鳴るなんて、グエルたちの父であるヴィムですら滅多にやらなかったことだ。ペトラがそんな怒り方をするとは思ってもみなかった。
    ……いや待て。その前に、推しって何だ?

    グエルが疑問符を浮かべている間も、ラウダは淡々と反省の弁を述べ続ける。
    「今後は兄さんに対して私情を挟んだり、妙な迷惑をかけないよう、ペトラから念入りに注意されたんだ。
     だから兄さんがスレッタに会いに行きたがったとしても、僕はもう兄さんの邪魔はしないよ。兄さんのしたいように任せる」
    そう前置いてから、弟は改めて尋ねてきた。
    ここで休憩を入れ、そしてスレッタの様子を見てくるか、と。
    「…………」
    グエルはほんの少しだけ考えたが、すぐに首を横に振った。否、と。

    今あの本社フロントでは、スレッタだけでなく、大勢の人間が準備を進めている。
    カミルやペトラらのメカニック班。
    フェルシーやチュチュらのパイロット班。
    ケナンジらの突入班。
    そして、無数の裏方たちも。

    「俺だけが役目を放棄するわけにはいかないさ。俺もここで、やるべきことを果たす」
    「……わかったよ、兄さん。さあ、もういちど模擬戦だ」

    すでに30分前、クワイエット・ゼロが再始動したという報告が届いていた。
    こちらの目論見通りにプラント・クエタに寄り道する軌道を選んでいるようだが、おそらく12時間後にはプロスペラらは本社フロントに狙いを定め、この宙域に現れるだろう。

    決戦の時は間近だ。グエルは再び操縦桿を握ったのだった。

  • 14310_10/1124/02/13(火) 05:29:49

    暗い操縦席の中で、スレッタ・マーキュリーは耳を澄ます。
    聞こえてくるのは、モニタールームにいるベルメリアの声だけだ。
    「聞いて、スレッタ。オーバーライドを回避するには、スコア5のクリアが必要よ。キャリバーンにはデータストームのフィードバックを軽減するフィルターが搭載されていない。その代わり、同量のパーメットで高いスコアを発揮・維持できるの」
    ベルメリア以外にはモニタールームに知り合いはいない。
    ジェタークの人々は、本社フロントのあちこちで戦いの準備を進めている。
    地球寮の人々も、それに混ざって忙しく働いているはずだ。
    そしてミオリネも――少しでも状況を有利にするため、複数の人間と交渉を重ねている最中だ。

    親しい人々がそばにいないことに、心細さを感じないわけではない。
    けれどそれ以上に、自分を助けるために大勢の人が動いてくれることが、心強い。

    だからスレッタに焦りや気負いはない。
    少しでも良い方法を見つけるために、暗い操縦席でひとり思慮を重ねる。

    そこへ、再びベルメリアの声が届く。
    「エリクトとほぼ同じ身体のあなたには、強い耐性がある。けれど、あの子のようにデータストームと共存はできない。絶対に無理はしないで」

    ……そうだ。エラン・ケレスの影武者も言っていたとおり、普通の人間はデータストームと共存はできない。それができたのはエリクトだけだ。ただスコアを上げるだけでは、自分もまたデータストームに身体を焼かれるだけだろう。

    たとえば、一度たりとも会うことができなかった父であるナディムのように。
    ……たとえば、友を救うためにドミニコス隊と戦い、無理なスコアアップの果てに重症を負ったソフィのように。

  • 14410_11/1124/02/13(火) 05:30:12

    「データストームと同調できるのは、先天的な才能……」
    本当に、それだけなのだろうか?
    スレッタは静かに思慮を巡らせる。
    何度も辿ってきた記憶を――エリクトに焼きつけられた、21年前の記録をたどる。
    それは、わずか4歳だった姉が、エアリアルの原型機であるルブリスと初めて接触したときの光景だった。

    「エリクトはただ、ルブリスのAIに話しかけていただけだった。ルブリスとリンクするつもりなんて無かった……」

    カルド・ナボ。GUNDフォーマット理論の提唱者である彼女は、幼いエリクトに対し、一向に起動しようとしないルブリスのAIに語りかけるよう促した。
    この世界は怖くない、と。
    博士の言葉を真に受けたエリクトは、ルブリスのAIに語りかけ、自己紹介し、そして……

    スレッタは、自分とパーメットリンクで繋がるモビルスーツのモニターを見つめた。
    怪物と呼ばれて恐れられ、21年間封印されたままだったガンダムを。

    こんなことに意味はないかも知れない。けれど今は、思いつく手を全て試してみなければ。
    決意した少女は口を開く。

    「こんにちは、キャリバーン。わたしは、スレッタと言います」

  • 145二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 07:19:42

    キャリバーンに話しかけるスレッタ!
    エアリアルを家族と呼ぶスレッタなら、キャリバーンにも人と同じように接するよね
    なんで本編ではやってくれなかったのか……

  • 146二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 07:35:12

    MSに乗らないで本音を語り合うジェターク兄弟が見たかったからとても嬉しい
    グエルが弱音を言えたのも、やらかしを反省した上で兄を支えようとするラウダもいいね

  • 147二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 08:24:04

    グエル強火担…

  • 148二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 08:33:44

    カミル及び学生組の頼もしさ
    本編とまた別の成長を見せるグエルラウダスレッタ
    そしてオーバーライドの驚異を見抜いて対策を考えてたヴィムの鬼才っぷり
    素晴らしい

  • 149二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 09:18:52

    推しに迷惑かけるなは草

  • 150二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 18:41:21

    このレスは削除されています

  • 151二次元好きの匿名さん24/02/13(火) 20:15:27

    良い感じに皆がまとまって来てるな
    更新乙でした

  • 15211_01/1124/02/14(水) 05:53:06

    デリング・レンブランが目を覚ました。

    交渉がひととおり終わった直後、その一報を受け取ったミオリネは、本社フロント内の病院へと向かう。
    集中治療室に入室すると、主治医が待ち構えていた。
    「まだ、声を出すのは難しい状況です」
    そう断りつつ、彼はベッドに横たわるデリングを指し示す。
    ミオリネはうなずき、父を見下ろした。

    長い間病床に伏していた父は、かつての精悍さを失い、弱りきっていた。確かにこれではまともな問答など不可能だろう。
    だがそれでもミオリネは、デリングに確認しておきたいことがあった。
    目を開けた父に問いかける。
    「クワイエット・ゼロは、全人類から武器を奪い、そしてインフラを支配するための装置だった。
     ……あれが、あんなものが、本当に私のお母さんが望んでいたものだったの?」
    こちらを見上げた父は、すぐに首を横に振る。
    否定の反応が返ってきたことに安堵しつつ、ミオリネはもう一つ質問をした。
    「だったら……クワイエット・ゼロがあんなものになったのは、私を守るため?」
    父はじっとミオリネを見上げ、そして、こくりとうなずいた。

    ああ、やはり。
    ミオリネは嘆息する。
    クワイエット・ゼロの主は、全人類の生殺与奪を握ることができる。まるで神のごとくに。
    そして、恨みと憎しみと陰謀の渦巻く宇宙の只中で、自分だけは好きなだけ安全と安寧を享受することができる。
    完璧な揺り籠というものがこの世にあるとしたら、クワイエット・ゼロはまさにそれだった。

  • 15311_02/1124/02/14(水) 05:54:11

    あのおぞましい装置は、父がなんとしても娘を守ろうとして心血を注いだ結果、母の理想が捻じ曲がって生み出されてしまったのだろう。
    そしてあの装置を完成させるため、父は戦争シェアリングを問答無用で推し進め、地球の人々をモビルスーツで踏み潰してまで強引に富を収奪したのだ。

    つまり。
    地球と宇宙の無数の犠牲者についても、プロスペラとシャディクが巻き起こしたいくつもの惨劇についても、その責任の一端は、やはり自分にあるのだ。
    長年デリングに反発してその病んだ心と向き合おうとせず、さりとてデリングのもとから逃げ出すこともできず、中途半端にその庇護のもとに留まっていた、この自分に。
    そしてなにより、父の始めたホルダー制度に自分がそのまま乗ったことで、スレッタまで争いに巻き込んでしまった。あの子の手を汚させてしまった。

    ならば――

    「この暴力の連鎖……私が責任持って終わらせなくちゃ、いけない」

    独りごちたあと、ミオリネは商談に向かうときのように居住まいを正した。
    弱りきった父を見下ろし、ビジネスライクに徹した冷徹な声音で告げる。
    「お父さん。もう聞いていると思いますが、ベネリットグループは崩壊寸前です。宇宙議会連合からは強制捜査を宣告され、ペイル社はその連合に寝返った。それ以外の会社の離脱も相次いでいます。
     いまや私たちは、クワイエット・ゼロを鎮圧するどころか、本社フロントを守る戦力にも事欠く有様です」
    正直に現状を伝えたあと、少女は父を真正面から見据えた。
    「ですが、株式会社ガンダムやジェターク社、ブリオン社から協力を得ることができました。私は彼らの力を借り、クワイエット・ゼロを制圧するつもりです。
     ……私も加担してしまったクワイエット・ゼロの反乱は、私が責任を持って収拾いたします」

  • 15411_03/1124/02/14(水) 05:54:36

    だから、と、少女は付け加えた。

    「貴方も生きて、自身の行いに対する責任をお取りください」

    それは、娘から父への最後通牒。

    お前はもう終わりだ。
    だが、死んで責任逃れをすることは許さない。
    幕引きは私がしてやるから、お前は生きて償い続けろ。

    デリングはわずかに目を見張り、やがて、観念したように目を閉じた。
    さすがにかつては英雄と呼ばれた男、弱り切ってはいても理性まで失ってはいなかったらしい。
    娘の言葉の意味を正確に理解し、そして敗北以外に道はないことを悟ったのだ。

    デリングが負けを受け入れたことを確認すると、ミオリネはすぐに踵を返した。
    やるべきことはまだ山ほど残っており、残り時間は少ない。

    「そろそろ作戦ブリーフィングが始まる。会議室に戻るわ」

    主治医にそれだけ言い捨てて、ミオリネは集中治療室を出たのだった。

  • 15511_04/1124/02/14(水) 05:56:07

    作戦の最終ブリーフィングが終わり、照明の落とされていた部屋に明かりが戻る。
    集まっていた人々が一斉に会議室を出ていく。ある集団はお互いに指示を飛ばしながら駆け足で、ある集団はささやきを交わしながら徒歩で。
    何十名もの人間がざわめきとともに移動する中、ノレア・デュノクは、無言でモニターを見上げていた。
    映っているのは、作戦目標であるクワイエット・ゼロ。本社フロントまで4時間の場所に接近してきたそれは、無数の無人機を従え、傲然とその威容を宇宙に示している。
    「…………」
    これから乗り込む予定の要塞を睨みつけていると、横から軽口が割り込んできた。
    「随分とご機嫌ななめじゃないか。武器の携帯はケナンジに認めさせただろ? 学生に武器を持たすのはどうのって最後までゴネてたけどさ」
    無論それは、いまや常に隣に立つようになったエランの影武者のものだ。
    この軽薄な声を完全に聞き慣れてしまったことに嘆息しつつ、ノレアは横の青年を見上げた。
    「……そんなことで不機嫌になっているわけじゃない」
    「じゃあ、僕たちをアレに運ぶパイロットの人選? 君の気持ちはわかるつもりだけど、他に適当な人間もいないし」
    「そっちでもない。……私も色々と文句はあるけど、この際仕方がない」
    じゃあ、何さ? と青年が問いかける。気軽さが6割、そして心配が4割といった塩梅。……案外と、こちらの精神状態を本気で気にかけてはいるようだ。
    正直に答えるべきか、少しだけノレアは迷い――結局、自分の気持ちを素直に吐露する。

    「さんざん地球の人たちを殺して、財産を無理やり奪って。そうして積み上げた金で作り上げたものがアレだってこと……それが胸糞悪いのよ。吐き気がするほどにね」

  • 15611_05/1124/02/14(水) 05:56:33

    ベネリットグループが、否、デリング総裁が積極的に推進した戦争シェアリングで、何百もの街が破壊され、何十万人もの人間が殺され、何百万人もの人々が難民となった。そのやり方に抗議する人間はことごとくモビルスーツで踏み潰された。
    そうまでしてかき集めた富でデリングが建造したものが、あのクワイエット・ゼロ――自分を完璧に守りながら他人を好きなだけ踏みにじるという、歴史上の暴君たちが夢見たであろう悪魔の装置だったのだ。
    ずっと地球でベネリットグループの暴政に抵抗してきたノレアにとっても、グループのトップの魂胆がここまで邪悪で醜怪だとは想像していなかった。
    「やはりあのとき……プラント・クエタで、私たちはデリングを殺さなければいけなかった。失敗してはいけなかった……」
    ここがデリング・レンブランの根城であることも承知で、ノレアはそう吐き捨てざるを得ない。さすがに声は潜めたが。
    あの人間は、この世に居ていいモノではない。存在するだけで不幸を振りまき、地球の人々を地獄に引きずり込む呪われた化け物だ。
    憤怒するノレアの肩に、青年がそっと手を置く。
    茶化すのではなく、ただ、鎮めるように。

    「……そうだね。デリング・レンブランは抹殺されなければいけない。少なくとも社会的には。
     けど、もう奴は死んだようなものだよ。いくら奴がスペーシアンの英雄でも、全人類をデータストーム領域に無理やり叩き込もうなんて暴挙、他のスペーシアンが許しはしないさ。
     それに、奴の権力を支えていたベネリットグループは崩壊寸前。奴の持つ暴力装置だったカテドラルも、モビルスーツ開発評議会ごと宇宙議会連合に寝返った。奴を庇う人間は残っていない。あとはもう、世間の憎しみと糾弾を一身に受けて破滅するだけ……」

  • 15711_06/1124/02/14(水) 05:57:48

    ノレアにだけ聞こえるよう、ノレアを落ち着かせるよう、青年はそうささやき――
    しかし、ふと何かに気づいたように疑問符を上げた。いや、待てよ?
    「あの空気を読めないジェタークは、デリングを庇うかもしれないな……なにしろあいつら脳筋だし。特にCEOは、完全に時代遅れの武士って感じだし」
    「……声が大きい」
    唐突にジェタークに矛先を向けた青年に、ノレアは眉をひそめた。
    しかしノレアの制止をよそに、青年はわざとらしく首を振る。
    「まあ確かに、ジェターク社にはソフィを助けてもらった借りがあるけどね? でもだからって信じ過ぎちゃいけない。特にあそこのCEOは脳筋を極めた脳筋で、もう人類というよりはゴリラだからね」
    「ジェタークCEOって、あの赤髪の人でしょう? 確かにかなり大柄だけどゴリラってほどじゃない。あと声が大きい」
    「いやいや、僕はそれなりにあいつと付き合いがあるし、それにペイル社から任務のためにパーソナルデータも貰ったからね。あいつがどれだけ腕力任せの乱暴者なのかはよく知ってんだよ。それに世間知らずだし、女の子の前でかっこつけするタイプだし」
    調子に乗ってぺらぺらと悪口を並べる青年に、ノレアは白眼を向けた。
    なんとなくだが、彼の本心が見えたような気がした。
    「……嫌いなの? ジェタークCEOのこと」
    「違うよ。ああいうお坊ちゃん全般を好かないだけで、あいつ一人が嫌いなわけじゃない」
    白々しく、そして憎々しげに、青年はそう吐き捨てる。
    やっぱり嫌いなんじゃないか。ノレアがツッコミを入れようとしたところで、背後から声がかかった。

    「そいつは良かった。俺もお前のような本心を見せないやつは苦手だが、今のお前は嫌いじゃない」

    「……!」

  • 15811_07/1124/02/14(水) 05:58:22

    慌てて振り向いてみれば、長身の青年が立っていた。隣の青年が悪口を向けていた当人だ。
    グエル・ジェタークCEO。ソフィの治療を命じた人間であり、今回の作戦の要の一人でもある。当然ながら、彼の機嫌を損ねて良いことなど何一つ存在しない。
    ノレアは急いで謝罪の言葉を述べようとし――しかし、いきなり自分の前に出てきた青年に遮られた。
    「おやおや。もう取り巻きたちと一緒にハンガーに行ったかと思ったよ、グエル・ジェタークCEO。立ち聞きなんて社会人としてあるまじき行為じゃないか?」
    ノレアをほぼ覆い隠すようにしてグエルに対峙する青年に、しかしグエルは苦笑を向けただけだった。
    「弟たちはシュバルゼッテの最終調整があるんで、先に行ってもらった。俺は礼を言うために残っただけだ……お前と、お前がいま庇った子に」
    「へえ、君にしちゃ殊勝じゃないか。でもねえ、君みたいなガサツな男に礼を言われたって誰も嬉しくないんだよ。当然僕もノレアも……痛ぁっ!?」
    非礼に非礼を重ねる青年を、ノレアは背後から足を踏みつけて黙らせた。カカトで思い切り踏み抜いたので、しばらくは痛みをじっくり味わうことになるだろう。
    しゃがみ込んで悶絶する青年の前に出て、ノレアは深々と頭を下げた。
    「このバカが大変失礼しました、ジェタークCEO。この無礼はどうか……」
    「ああいや、気にしてないさ。だから顔を上げてくれ」
    口調からして、目の前の青年は本気で気にしていない様子だった。その度量の広さにひとまずホッとしつつ、ノレアは顔を上げる。
    パイロットスーツに包まれたがっしりした体格と、それを感じさせないすらりとした背の高さがまず目に入り、優しげな、しかしどこか寂しげな笑みが印象に残った。

    実のところ、ノレアはプラント・クエタ近海で家出中の彼とニアミスしていたのだが、捕らえた捕虜には関心を持たなかったので、彼の顔を記憶していなかった。その直後にアスティカシア学園への潜入任務に入ったため、地球に連行されていく彼とも顔を合わせていない。

  • 15911_08/1124/02/14(水) 05:59:22

    かつて自分が武器を突きつけた相手であるとも知らず、ノレアは改めて感謝の意を示した。
    「ソフィの件、本当にありがとうございます。私たちが任務を果たした暁には――」
    「ああ、そっちの件も大丈夫だ。何があろうと君の友人の治療は継続させる」
    そしてグエルは膝を折り、ノレアと視線の高さを合わせた。真剣な表情で語り始める。
    「俺はつい先日、地球に行った。そしてそこでベネリットグループの……俺たちの所業と、地球に住む人々の怒りの大きさを目の当たりにした」
    グエルが言っているのは、ミオリネとともに地球のデモ隊に会いに行ったときのことだろう。ノレアはすぐにそう見当をつけた。
    実はその前にも彼は捕虜として地球に降りているのだが、無論ノレアに判ろうはずもない。
    CEOは膝を折ったまま、話を続ける。

    「君たちの怒りは当然だと思う。きっと君も、俺たちに怒りを抱いていると思う。
     それでも……怒りを乗り越えて真摯な助言を俺にしてくれたこと、心から感謝する。
     まったくもって君の言う通りだった。弟ときちんと話し合えなかったら、俺も弟も一生後悔するところだった」

    膝を折ったままグエルは頭を下げた。
    ノレアが今までに見たこともないほどに丁寧な感謝の態度。それを目の当たりにして、少女は戸惑いの声を上げる。

    「……いえ。あれは……
     貴方たちに仲違いされると困るから、です。
     貴方たちのためというわけでは……」

    あのとき少女はただ、友人を助けるためにどうすればいいかしか考えていなかった。ジェターク社が仲間割れとなれば、ソフィが死刑を免れる前提条件であるクワイエット・ゼロ攻略が瓦解してしまいかねない。
    だから必死で頭を巡らせ、セリフを紡いだ。
    こんなとき、ソフィだったら――しょっちゅう子どもたちの喧嘩を仲裁して回っていたあいつなら、どうやってこの場を収めただろう。
    脳内で必死にシミュレーションしながらグエルに話しかけていたら、自然とああなった。それだけのことだ。スペーシアンたちの所業を許したわけでも、グエルたちに心を許したわけでもない。

  • 16011_09/1124/02/14(水) 05:59:44

    「だから別に、その……」
    セリフは尻切れトンボで終わった。今の自分の気持ちをどう伝えるべきか分からず、ノレアは黙り込む。

    それをどう受け取ったのか。
    グエルは静かにうなずくと、立ち上がり、そしてモニターの方を見やった。
    相変わらずその威容を誇示するクワイエット・ゼロを睨み、
    「アレを破壊しないと、俺たちは未来に進めない。だから今は未来のことなんて語りようがないが……
     だが、もし俺が生きて未来を迎えることができたなら、地球への暴力的な仕打ちは必ず止めさせる。
     それだけは、ここで約束するよ」
    詫びるように、そう告げてきた。
    「…………」
    ノレアは無言のまま、グエルの横顔を見上げる。

    彼は、長年地球を弾圧してきたスペーシアンの一員にして、ベネリットグループの頂点に立つ者の一人だ。彼がこれまで口にした食べ物も、彼が身にまとう衣服も、地球の人々から無理やり奪い取った富で賄ったものに違いない。
    「この人だって、デリングの同類……」
    けれど、それでも彼は、ソフィの命を救ってくれた。
    そして、上から目線で謝罪するのでも、他人事のように語るのでもなく、当事者として地球の状況を改善すると約束してくれた。
    ならば、少しは信じてもいいのではないか。無暗に敵意を向ける必要はないのではないか?
    「…………」
    少し逡巡したあと、ノレアは声を上げた。
    ひとつだけ聞かせてほしい、と。
    こちらに振り向いたCEOの顔を見つめて、少女は問いかける。
    「どうして、ソフィを助けてくれたんですか? あいつも私も……あなたにとっては、敵なのに」

  • 16111_10/1124/02/14(水) 06:00:16

    スペーシアンは地球を敵視し、軽視し、踏みにじる存在。ノレアはずっとそう信じていた。
    目の前の人物だってその一人のはずだ。グエル・ジェタークが地球との友好を願う人物だなんて評判は、今まで一度も聞いたことがない。
    であれば、なぜ彼は、急に意見を翻したというのだろう。

    ノレアの疑問に対して、CEOはなぜか、急に目を見開いた。
    傍目でもはっきりと分かるほどの悲しみが、その瞳に満ちる。
    5秒ほども沈黙した後、自分を落ち着かせるように一つ息をつくと、彼は右手を開き、それをじっと見つめた。

    「……地球で、助けられなかったんだ。助けてほしいと……きっとあの子は、そう思っていたのに。でも、助けられなかった……」

    自身の右手を、グエルは遠い目で見つめ続ける。
    まるでその手に誰かを抱きしめていたかのように。誰かの重さを再確認するかのように。
    「……だから、死なせたくなかった。助けられる命を、今度こそ……どんな手を使ってでも、助けたかった」
    それだけだよ、とグエルはつぶやき、そして口を閉ざす。

    そのセリフの意味は、ノレアにはよくわからない。誰を助けられなかったのかも、そして、どうしてソフィの命を救ったのかも、結局は不明瞭なままだ。
    だが、それ以上追求することは躊躇われた。それほどにグエルの悲しみの色は深かったのだ。

    深く詮索する代わりに、ノレアはひとつうなずき、そして返答した。
    「あなたを信用します、グエル・ジェタークCEO。ソフィのこと、そして地球のこと、どうかよろしくお願いします」
    「……ああ」
    短く相槌を打つと、グエルは踵を返した。出撃の準備のためにパイロットルームへと向かうのだろう。
    その大きな、しかしどこか寂しげな背中を、ノレアは黙って見送ったのだった。

  • 16211_11/1124/02/14(水) 06:00:50

    「待て、ノレア。あいつの雰囲気に騙されるな。
     一皮剥けばその正体はむさ苦しい体育会系だぞ。汗臭いし鬱陶しいし筋肉だぞ。だからあいつなんか信用するな」

    グエルの背中が見えなくなったところで、地面にしゃがみ込む青年が、真剣な表情でそう告げてきた。
    はあ、とため息をついて、ノレアは青年にジト目を向ける。
    「……さっきから一体何を言ってるのよ、あんたは」
    この青年は間違いなく腕は立つ。頭の回転も早い。口も回る。相当な実力者と言っていい。短い付き合いながら、ノレアは本心からそう評価している。
    だが、意外と迂闊だ。そしてけっこう馬鹿だ。べらべら喋ってるうちに調子に乗って口を滑らせるし、喧嘩を売ってはいけない相手にも平気で喧嘩を売る。能力の高さに反比例して、その脳みそはだいぶガキ臭い。
    こういうタイプの人間を、ノレアはとてもよく知っている。誰かがフォローしてやらないと、この手の連中は必ず大ポカをやらかすのだ。

    「……こいつといい、ソフィといい……
     なんで私が組む相手は、毎回こんな感じなの?」

    ノレアは頭痛を抑えるように、こめかみに手を当てたのだった。

  • 163二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 09:20:25

    5号かわいい

  • 164二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 09:23:19

    この皆の足並みが揃って来てる感じが凄く良い
    更新乙っした

  • 165二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 09:44:37

    根に持つタイプの5号笑った
    ノレアとグエル、シーシアとの関係をお互いに知らないの切ないな

  • 166二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 10:02:02

    5号ってギャグもシリアスもこなせる良キャラだよね

  • 167二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:35:46

    シリアスとギャグのギャップ差が楽しいなw

  • 168二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 22:57:45

    飲まず食わず明けに鉄筋コンクリートのがれきに埋もれていたのに生還(二人は知らない)
    重心前にした姿勢を片手で後ろに引きはがす
    それも180㎝のパイロット科ということから体格もそれなりにあると考えられる
    そして難なく抑え込む...
    うんゴリラだ

  • 169二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 00:35:20

    深夜の保守
    毎朝、起床と同時にこのSSをチェックするのが日課になってます

  • 17012_01/1024/02/15(木) 05:36:24

    作戦開始2時間30分前。
    グエル・ジェタークは、本社フロントのハンガーを歩いていた。
    ディランザを始めとした複数のモビルスーツが並び、その足元で何人もの人間が作業を続けている。
    武器の換装とOSの修正。作戦にあわせた最終調整だ。今頃はシュバルゼッテも弟たちによって最終調整が進められていることだろう。あまり彼らを待たせる訳にはいかないと、グエルは足を早める。

    その途中で、ひときわ目立つ白いモビルスーツの前を通りかかる。キャリバーン――搭乗者の命を奪う呪いの機体にして、スレッタ・マーキュリーの今の乗機。

    そういえば、スレッタがこの本社フロントに来たあとも、自分は彼女と一度も会話をしていない。クワイエット・ゼロ攻略の準備に追われ、まともに顔を合わせる暇がなかったのだ。

    せめて一言、声をかけてやりたい。

    そう思った直後、グエルは気づいた。距離にして数メートルほどの場所に設置された椅子に、見覚えのあるくしゃくしゃの赤髪が座っていることを。
    ……そして、パイロットスーツに包まれたその背が、短く震えたことを。

    グエルは静かに彼女の背に近づき、そして小声で尋ねた。
    「……体調は大丈夫か、スレッタ」
    少女がびくりと身をすくめ、こちらに顔を向ける。そして、ほっとしたように笑顔を浮かべた。
    「はい。大丈夫です、グエルさん」
    いつもの弾むような声、ではなかったが、その口調はしっかりとしたものだった。頬にも赤い傷跡は浮かんでいない。今のところスレッタは、ソフィ・プロネのような危険な状態にはなっていないようだ。
    だが、
    「克服できてはいない……んだよな。データストームは」
    作戦会議前にベルメリアから受けた報告を思い出しながら、グエルは確認する。

  • 17112_02/1024/02/15(木) 05:37:06

    わずかに笑顔を翳らせながら、スレッタはうなずいた。
    「……はい。エリクトの記憶をたどりながら色々アプローチを変えて試してみたんですけど……キャリバーンと完全に同調することはできませんでした」

    遠くから声が聞こえる気はする。
    少しずつ、キャリバーンの気持ちがわかってきた気がする。
    けれども、あと一歩、手が届かない。
    そんな感覚だと、少女はグエルに説明した。

    「やっぱりわたし、エリクトのような特殊な力は持っていないみたいです」
    「……ってことは、お前がキャリバーンに乗り続ければ、やっぱり」
    「ソフィさんみたいに、なる……と思います」
    控えめな表現ながらも、少女は断言した。
    戦いが長引けば、自分にも重篤な障害が発生する、ということを。

    天を仰ぎたくなるのを、かろうじてグエルはこらえる。
    ここで自分が嘆いてみせたところで何の意味もない。キャリバーンがなければエアリアルには対抗できないし、キャリバーンをオーバーライドされずに戦わせることができるのはスレッタだけだ。そしてスレッタはもう、母を止めると決めてしまった。たとえ自分たちが白旗を掲げてプロスペラに降伏したとしても、スレッタは一人でクワイエット・ゼロに乗り込むだろう。
    無論グエルとしては、スレッタにはもうガンダムに乗ってほしくはない。だがいくら引き留めようと彼女は行くだろう。少なくとも自分では彼女を止めることはできない、と、そうグエルも自覚している。
    彼にできるのは、自らの力不足を詫びることだけだった。
    「すまない。結局、お前にガンダムに乗ってもらうしかなかった。キャリバーン以外にエアリアルを抑える方法を見つけられなかった……」
    ベネリットグループの不祥事の尻拭いのために、一人の少女に命を削らせる。これほど非道な話もない。
    だが当の少女は、大慌てで両手を振ってきた。
    「い、いいえ! グエルさんが謝らないでください! 謝るのはわたしのほうです!
     グエルさんとラウダさんがやるのは、わたしよりずっと危険な任務じゃないですか!」
    そして少女は両手で自分の胸のあたりを押さえると、申し訳無さそうに下を向く。
    「グエルさんやラウダさんやみんなに、こんなにたくさん協力してもらって……。
     わたしの家族が起こしたことのために、いっぱい迷惑かけちゃったのに。
     謝るのはわたしのほうです、グエルさん……」

  • 17212_03/1024/02/15(木) 05:37:39

    落ち込んでしまった少女をなだめながらも、家族、という単語が、グエルの記憶を刺激した。
    爆発する寸前のコックピットで、最期までこちらの身を案じていた、自分の父の姿。

    グエルはそうとは知らず、自分の父と殺し合いをする羽目になった。そして相手が父だと知らぬままに自らの手で相手を殺し――その絶望から、今も抜けきることはできていない。
    ならば、最初から家族を相手に戦う覚悟を決めなければならないスレッタはどうなのだろう。自分よりも遥かに深い絶望にその身を捩っているのではないか。

    いまこの場で聞くべきではないと思いつつも、グエルはそれを口にする。
    「家族と戦わなきゃならん、かも知れないんだよな。お前は。
     ……つらくは、ないか」
    いつかスレッタと乗り合わせたエレベーターで、彼女の母について教えてもらったことを思い出す。
    これから彼女は、尊敬している母親に真正面から立ち向かわなければならないのだ。その少女の表情を、グエルは注視する。

    返ってきたのは、静かな声だった。
    「つらい、というより、怖い、です。お母さんの言うこと、ずっと信じてたから。お母さんが正しいんだって、ずっと思ってたから。
     ……でも、わたしはお母さんと戦います。お母さんが今やろうとしていることは、絶対に間違っているって、そう、思うから」
    少女は両手を、腰だめに強く握りしめる。
    「いくらエリクトのためでも、たくさんの人を無理やりデータストーム領域に閉じ込めて、命を危険にさらすなんてこと、絶対にやっちゃいけない。
     だって、それでみんなが死んだり、寿命が縮んだりしたら……もう元には戻せない。
     みんな死にたくなんてないのに、みんな生きていたいのに、死んでしまったら……もう、生きることはできない」

  • 17312_04/1024/02/15(木) 05:38:37

    スレッタは、グエルを真正面から見つめた。
    決意を秘めた、迷いのない顔で。

    「お母さんが大好きだから。お母さんのことを尊敬しているから。
     エリクトのことが大好きだから。また仲直りしたいと思うから。
     ……だからこそ、二人に間違ったことをさせたくない。
     だからこそ、わたしはどんなことをしてでも、お母さんを、エリクトを止めます」

    愛しているからこそ、家族と戦う。
    それが少女の答えだった。

    「……そうか。強いな、お前は」
    心からの感嘆を、グエルはスレッタに捧げる。これほどの覚悟を持つことは、自分にはとてもできそうにない。
    死ぬことの恐怖も知らず、人殺しという行為が取り返しのつかないことだということすら分からぬまま、父に褒めてもらうためにモビルスーツに乗り続けてきた自分には。

    「つ、強くなんかないですよぉ。みんなが一緒に来てくれなかったら、きっとわたし、途中で挫けていました」
    「強いさ。そう、お前は最初から強かった。ミオリネの温室で暴れていた俺の尻を叩いて、間違ったことをするなと叱ってくれたしな」
    微笑みとともに、グエルは思い返す。
    あれが彼女とのファーストコンタクトだった。あの出会いがなければ、自分は今も外の世界を知らぬまま、狭い学園の中でエリートごっこを続けていたのだろう。
    「お前みたいに強くあることが、俺にできていたのなら。もしかしたら……」
    父に真正面から言い返すことができたのかも知れない。
    こそこそと逃げるのではなく、堂々と対立した上で、父といったん距離を置くこともできたのかも知れない。
    そうなっていたなら、あるいは――自分が父を手に掛けることも、なかったのかも知れない。
    すべては、自分の無知と弱さが招いた結末だった。

  • 17412_05/1024/02/15(木) 05:39:04

    そして、少女が自分の家族との戦いを覚悟しているからこそ。
    痛々しいほどに強いからこそ。
    グエルは祈らずにいられない。
    彼女が戦わないで済むことを。彼女の家族が、こちらとの交渉を望んでくれることを。

    「……お前の母さんを、説得できればいいんだがな」
    父を手に掛けたときの絶望を回想しつつ、グエルはそう吐露する。あの断崖絶壁から真っ逆さまに転落するような思いを、目の前の少女に味あわせたくないと願いながら。
    スレッタもまた、沈痛な面持ちでうなずく。
    「そうですね。お母さんが止まってくれれば……それが一番、いいんですけど」
    だが、きっと母は、クワイエット・ゼロを手放しはしないだろう。
    彼女の表情がそう物語っている。

    恐らく戦いは避けられない。少女が命を削ることも、また。
    だからグエルは、せめてもの願いを口にした。
    「死ぬなよ、スレッタ。何があっても、絶対に無事にここに帰ってきてくれ。でないと……」
    少しだけ言い淀んでから、グエルは残りの言葉を告げた。
    「みんなが、悲しむ」
    「……はい!」
    花が咲くような笑顔を見て、グエルはその眩しさに目を細める。
    この笑顔を守りたい。この笑顔を曇らせたくない。
    だから、必ず守ってみせる。自分が、否、自分たちが。

    「またここで会おう、スレッタ」
    「はい。グエルさんも、絶対に無事に帰ってきてくださいね」

    二人で笑顔を交わし合ってから、グエルは再び自らの乗機の元へと歩き始めた。

  • 17512_06/1024/02/15(木) 05:40:04

    そして、充分に少女から離れた後。
    グエルはぽつりと呟いた。

    「すべてが終わって、俺が生き残ることができたなら。
     俺は、今度こそ逃げない。
     お前のように、正しく在り続けてみせる」

    自らの手で、父を殺した。
    その事実を、ラウダだけでなく、近しい人すべてに明かす。
    彼らの怒りと嘆きと憎しみを、逃げることなく受け止める。

    そして、会社を立て直し、宇宙と地球の和解への道筋をつけたなら。
    出頭し、裁かれよう。
    全てを明るみに出して、司法に全てを委ねよう。
    そうする以外に、自分の犯した罪を償う方法など無いのだから。

    シュバルゼッテのもとに向かいながら、グエルは静かに、そう決意したのだった。





    作戦開始時刻、すなわちクワイエット・ゼロがこの宙域に到達するまで、あと2時間。

  • 17612_07/1024/02/15(木) 05:41:09

    「本社フロント宙域まで、あと2時間です」
    全長数キロにも及ぶ巨大な要塞の司令室――とは思えぬほど狭い部屋の中に、ゴドイ・ハイマノの声が響く。
    彼の隣に立つプロスペラは、忠実なる秘書の言葉にうなずいてみせた。
    「やっとか……長い時間だったわ」
    プラント・クエタで建造されていたコアユニットを、先回りされて押さえられ、本社フロントに運ばれてしまった。
    宇宙議会連合の艦隊と二度にわたって交戦する羽目になった。
    それらの余計な妨害がなければ、今頃自分たちは当初の目的を果たし終えていたはずだ。
    歯噛みするプロスペラに、ゴドイも同調する。
    「2日ほど、無駄な時間を奪われました。
     ……いえ。奪われたというなら、21年ですな。あなたは」
    感慨交じりの同情。それに、プロスペラも無言で首肯する。

    21年前のヴァナディース事変で、恩師を、同僚を、そして夫を奪われた。
    唯一助け出すことができた娘も、その後の放浪生活で衰弱し、身体を失うことになった。

    ありとあらゆるものを奪われたプロスペラは、そのとき誓ったのだ。
    一つだけ。たった一つだけでも、絶対に取り戻す。
    どんな手を使ってでも、何万の人間を踏みにじってでも。
    エリクトの身体を取り戻し、彼女が自由に生きていける世界を作ってやるのだ、と。

    その悲願を叶えるまでに、時間がかかりすぎた。
    データストームに蝕まれたプロスペラの身体は、あと数年のうちに全身が使い物にならなくなる。エリクトと親子の触れ合いができる時間は、もうわずかにしか残っていない。
    「……奴らに奪われた時間は、あまりにも長すぎたわ……」
    プロスペラの声に憤怒が混じる。

  • 17712_08/1024/02/15(木) 05:42:20

    だが彼女は首を振ると、すぐに冷静さを取り戻した。
    「けれど、それももう終わり。やっとエリィに取り戻してあげられる。
     自由な世界を。自由に動ける身体を」
    それと引き換えにできるなら、この身体などいくらでもくれてやる。師と同僚を奪われた怒りも、夫を失った悲しみも、復讐の心すらも捨てて、ただそれだけを求めてきたのだから。
    プロスペラは前だけを見据え、指令室に立ち尽くす。

    ……と。
    「本社フロントより通信が入っています。通常の光無線通信のようです。繋ぎますか?」
    指令室詰めの技術者が、プロスペラにそう伝えてきた。
    傍らのゴドイがいぶかる。今更何を話そうというのか。
    だがプロスペラは彼を制し、通信を繋ぐよう命じた。もしかしたらベネリットグループからの降伏の申し出かも知れない。ラジャンあたりが白旗を掲げてコアユニットを差し出すと決意したというなら、こちらとしても願ってもない話だ。

    だが、指令室に響き渡ったのは、ラジャンではなく聞き慣れた少女の声だった。

    『……お母さん。エリクト。聞こえてる? わたしだよ。スレッタだよ』

    瞬間、プロスペラは仮面の下で目を見張った。学園に残してきたはずのもう一人の娘が、まさか本社フロントに来ていたとは。
    母の戸惑いをよそに、スレッタは光通信を介して言葉を続ける。

    『聞いて、エリクト。ミオリネさんが約束してくれたんだよ。あなたに身体を取り戻させるための研究、株式会社ガンダムでやってくれるって。GUNDの技術を利用して、人間と同じ大きさの、自由に動かせる身体を作ってくれるって。
     だから、クワイエット・ゼロなんて必要ないんだよ。そんなものなくても、エリクトはきっと自由を取り戻せるよ』

    ――今更、何を言っているのだ。

    プロスペラはため息をつく。エリクトの意識を別の身体に移し替える研究なら自分自身もやってきた。そして、自分が生きているうちには成就しないという事実を思い知らされただけだった。だから皆の仇であるデリングに協力することを決意したのだ。

  • 17812_09/1024/02/15(木) 05:42:45

    何も知らぬ娘は、さらに言葉を続ける。

    『聞いて、お母さん。もうこんなことは止めて。データストームが有害だってこと、お母さんはよく知ってるんでしょう? たくさんの人にデータストームを浴びせ続けたら大変なことになるってこと、お母さんはもう知ってるんでしょう? そんなことしちゃダメだよ。
     自分がされたら嫌なことは他の人にしてはいけないって、お母さんもそう言っていたじゃない。ねえ、もう止めようよ……!』

    「もういいわ、通信を切りなさい」
    苛立ちとともに吐き捨てたプロスペラに、ゴドイは視線を向けた。よろしいのですか、と。
    「構わない。21年前、デリング・レンブランは交渉どころか一切の警告なしで皆を虐殺したのよ。全面降伏ならともかく、それ以外の言葉に耳を貸してやる必要などないわ」
    「……スレッタお嬢様のことは、よろしいので?」
    重ねて問われたプロスペラは、一瞬だけ口ごもった。
    だがすぐにゴドイの問いかけに返答する。己の中のためらいを振り切るように、冷徹な声で。

    「あの娘だって危険は承知のはず。スレッタは、学園に留まって安全に生きるのではなく、自分の意志でこの場所にやってきたのよ。
     ……けれど、相手にはしないわ。通信を無視してこのまま進んで頂戴。
     どうせ大した戦闘は起こらない。あの娘が巻き込まれる可能性はさほど大きくはないわ」

    「……承知しました」
    ゴドイは技術者たちに、通信を切断するように命じた。
    交渉を拒否するという、それは明確な意思表示だった。

  • 17912_10/1024/02/15(木) 05:43:49

    「クワイエット・ゼロとの通信が途切れました。むこうが回線を閉じたようです」
    本社フロント近海で警戒態勢を取る戦艦。その指揮所に、オペレーターの報告の声が響く。
    部屋の中央に設置された椅子の上で、ラジャン・ザヒは表情を曇らせた。
    「……やはり、聞く耳を持ってはくれないか」
    もはや戦いは避けられない。
    アスティカシア学園の生徒たちを、ミオリネの命を危険に晒したくはないが――ここで引き下がる訳にはいかない。
    このまま見過ごせば、プロスペラはクワイエット・ゼロにコアユニットを搭載し、全人類をデータストーム領域に閉じ込める。そして世界に絶対者として君臨し、逆らう者たちを皆殺しにするだろう。
    そんな事態だけは絶対に防がねばならなかった。

    ラジャンは自分の右手に顔を向ける。そこにはアスティカシア学園の生徒達が数人待機していた。
    その中のひとりであるブリオン寮の女子生徒に、ラジャンは問いを投げかける。

    「君の端末には連絡はないな?」
    「はい、ラジャン臨時司令。転職希望者からの連絡は6時間前が最後です。向こうに動きはないと見てよろしいかと」

    宇宙議会連合の艦隊は、クワイエット・ゼロのさらに後ろを、一定の距離を保って追尾していた。クワイエット・ゼロへの攻撃中にその艦隊に横槍を入れられたら厄介なことになるが、今のところその心配はなさそうだ。
    ラジャンは前方に視線を戻し、そしてオペレーターに告げた。

    「全ての艦艇、および本社フロントに通達せよ。作戦を開始する、と」

    狼煙は上がった。
    ベネリットグループ残存戦力によるクワイエット・ゼロ攻略が、ここに始まったのだった。

  • 180スレ主より24/02/15(木) 05:51:43

    皆様、ここまでお読みいただきありがとうございます。
    お寄せいただいた感想、たいへん励みになっております。ただ、細部の直しや画像探しに追われており、返信することが難しい状況です。申し訳ありませんが返答は控えさせてください。

    物語はここから折り返しに入り、クワイエット・ゼロ攻略戦へと突入します。物語自体はほぼすべて書き上げておりますが、規制やプライベートの関係で一時的に投稿できなくなる可能性がありますので、その際はどうか保守にご協力をお願いします。

    それでは皆様、また明日。

  • 181二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 08:17:32

    >>180

    更新乙です

  • 182二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 11:34:33

    お疲れ様です
    いつもありがとうございます

  • 183二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 13:45:25

    後半も楽しみです
    このグエルは救われそうでいい

  • 184二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:27:34

    >>180

    乙です

    スレ主さんのペースで頑張ってください

  • 18513_1/924/02/16(金) 05:52:12

    エリクトは、ガンドノードを通じて周辺宙域を監視する。
    クワイエット・ゼロ周辺を飛び交うすべての無人機は、データストームを通じてエリクトと繋がっている。エリクトが簡単な命令を下せば、機体に搭載されたAIが優先順位を変更し、スラスターの向きを変え、センサーの方向を調整する。クワイエット・ゼロの中心に居ながらにして、エリクトは周辺の空間を自由に見ることができるのだ。

    あと2時間弱で、クワイエット・ゼロのコアユニットが置かれた本社フロントにたどり着く。周辺一帯をデータストーム領域に包み込んでしまえば、全てのモビルスーツ、全ての兵器、全ての機器はガンドノードと同様にエリクトの支配下に置かれる。そうなれば最早、ベネリットグループは抵抗することすら不可能になる。
    そしてコアユニットをクワイエット・ゼロに組み込めば、データストーム領域は全人類圏まで広がる。人類の持つあらゆるインフラ、あらゆる機械がエリクトの手の中に収まるのだ。
    エリクト自身は、人類の支配にそれほど興味はない。だが、母がそれを望むなら――そして、常に争いの絶えないこの宇宙で自分と母の身を守るために必要というなら、人類を服従させることに躊躇いはない。
    クワイエット・ゼロの真ん中で、エリクトは静かにその時を待つ。

    ――と。

    本社フロント方面を監視するガンドノードが、複数の艦艇を発見した。
    いずれもベネリットグループ製の戦闘艦だ。明らかにこちらの方を向き、そして戦闘の準備を終えている。何らかの抵抗をするつもりだろう。

    彼らとて、宇宙議会連合との2度に渡る会戦は監視していたはずだ。現状の兵器はクワイエット・ゼロに一切通用しないことは判っているはず。それでも向かってくると言うなら、何か秘策でもあるのか、それとも単なる自暴自棄か。

  • 18613_2/924/02/16(金) 05:52:39

    いちおうの警戒とともに、エリクトはガンドノードに命令を発した。するとクワイエット・ゼロの間近に遊弋するすべての機体がたちまち機動を変更し、無数の三角形を描くようにフォーメーションを取る。
    ガンドノードは、データストーム空間を増幅させる中継器としても機能する。一定の間隔で配置することで、データストームによる防御領域を強化・拡大することができるのだ。今の状態であれば、人類の所有するすべての艦艇が四方八方からビームを撃ち込んできたとしても完璧に防ぎ切る。
    無論、20隻を越える程度の眼前の艦隊など話にもならない。
    「あの人たち、それをわかってるのかなあ?」
    エリクトが首を傾げていると、果たして彼らは宇宙議会連合と同様に、一斉にミサイルを放ってきた。違いを挙げるとするなら、モビルスーツ2体ぶんはありそうな超大型の弾頭――おそらく対要塞用ミサイル――が混じっていることくらいか。
    だが結局は無意味だ。20年以上も暴力に頼り続けてきた彼らは、この期に及んでも旧来のやり方に固執している、ということらしい。
    「本当に、馬鹿だなあ」
    素直な感想を漏らしつつ、エリクトはミサイルを待ち構える。
    データストーム空間境界面に達した百以上のミサイルを一斉にオーバライドし、目標を書き換えて投げ返す。
    クワイエット・ゼロを破壊すべく直進してきたミサイルは、そのすべてが反転し、自分を発射した艦に向かって突入していく。
    ミサイルが戻ってくるのを見て、ベネリットグループの戦闘艦はあわてて対空機銃を連射し始めた。だが落としきれるはずもない。防空網をかいくぐったミサイルは、狙い違わずすべての艦に命中していく。
    先程の宇宙議会連合との戦いと同様、ベネリットグループの艦隊も一瞬にして壊滅したことを、エリクトは確信し――

  • 18713_3/924/02/16(金) 05:53:42

    「えっ」
    そして次の瞬間、唖然とした。
    確かにミサイルは命中した。だが、爆発して中の人間ごと艦艇を引き裂くはずのそれは表面装甲であっさりと弾かれ、推進力を失ってデブリと化している。
    一発二発が不発弾となったのではない。全てのミサイルが、ただ敵艦に衝突するだけで終わってしまった。
    「どうして……?」
    エリクト自身は命令を書き換える以外のことは一切していない。あのミサイルは、最初から敵艦の付近で爆発しないよう仕組まれていたのだ。
    「でも、どうやって? 敵味方の識別だってちゃんと書き換えたはず」
    ほとんどの誘導兵器には誤射を避けるための仕組みが施されている。だがエリクトはそういったシステムすら上書きし、敵のミサイルを敵に向けて爆発させてやることが可能なのだ――パーメットを用いているならば、例外なく。

    「パーメットを使わない認識システムが、別に存在した、ってこと……?」

    敵の使ってきたカラクリの種が分からず、エリクトは混乱する。
    そうしている間に、ベネリットグループの戦闘艦は、次のミサイルの発射準備を終えようとしていた。

  • 18813_4/924/02/16(金) 05:54:09

    「予定通りミサイルは爆発せず。全艦健在です」
    指揮所にてラジャンはオペレーターから報告を受け取り、そして胸をなでおろした。
    爆発しないと判ってはいても、味方艦へのミサイルの直撃という光景はあまり心臓によろしくない。
    「やれやれ。上手くいったからいいようなものの……」
    一人でぼやいていると、横で控える生徒のうちの一人――カミル・ケーシンクが自信ありげに笑った。
    「大丈夫です。信管のないミサイルは、艦にぶつかった程度では絶対に爆発しません」

    カラクリの種は実に単純だった。ミサイルを含めた爆発性の兵器はすべて、信管がなければ決して作動しない。それらの兵器は信管を外されて保管され、艦やモビルスーツに搭載される直前になって初めて信管を取り付けられる。
    よって、最初から信管を取り付けずにミサイルを放てば、衝突時の衝撃以外には何ら害のない兵器になる、というわけだ。
    無論そんなミサイルをいくら放ったところでクワイエット・ゼロを破壊することはできない。だが、この第一射の目的は別のところにあった。

    「ミサイルに信管が取り付けられていないことを、向こうは察知できていません。爆発しないと確信していたなら、艦の指揮所めがけて集中的にぶつけるような軌道をとらせたはず。
     つまり、向こうはミサイルの制御を奪うことはできるが、その内部構造を読み取ることまではできない、ということです」
    カミルの提言に、ラジャンはうなずく。
    それは想定通りの結論でもある。データストームに関するデリングの極秘研究は、オーバーライドの達成が主目的であり、それ以外の機能は求められていなかったのだから。
    「ならばこのまま予定通りにいけるな」
    「はい」
    カミルから肯定を得たラジャンは、再びオペレーターに目を向け、命じた。

    「よし、第二射を放て!」

  • 18913_5/924/02/16(金) 05:54:38

    爆発しないミサイルの謎に首をひねっている間に、敵が再びミサイルを放ってきた。
    戸惑いながらもエリクトは空間に侵入してきたミサイルをオーバーライドし、そして先程よりも入念に制御機能を分析する。
    通常のパーメットを使う敵味方識別システムは、やはり完璧に掌握できている。となればやはり敵は、パーメットを使わない方式でフレンドリーファイヤを防いでいるということか。
    「でも、どんな手で……?」
    謎は解けぬままであったが、エリクトは一度目のときと同じくミサイルをそのまま撃ち返すことにした。カラクリの種を見抜けぬままなのは癪だが、致し方ない。このままミサイルをガンドノードの付近で遊弋させていては誘爆の危険がある。
    だがエリクトがミサイルを反転させた直後、いきなり戦局が動いた。データストーム空間境界面でフォーメーションを形成するガンドノードの1機が爆発したのだ。
    「……なっ!?」
    エリクトは驚き、すぐさま爆発が起こった周辺の機体に認識を飛ばした。センサーがとらえた情報を確認する。敵か、それとも偶発的な事故か。
    だが分析している間に2機目が爆発した。周囲のガンドノードは僚機の爆発の原因を特定できず、その場でただ混乱するばかりだ。彼らのAIには既存の兵器の情報がすべてインプットされており、ほぼあらゆる攻撃に対して高度に自律的な対応ができるはずなのだが。
    「既存の兵器じゃ、ない……?」
    エリクトは混乱を深める。超長距離からの大出力攻撃ならば、センサーに捉えられないはずがない。機動兵器による接近しての攻撃ならパーメットパターンを検出できるはず。だがこれはそのどちらでもない。

    4機目が落とされる頃、やっと彼女は敵の正体を見抜いた。
    パーメットリンクを使わぬまま高速で移動し、ガンドノードの間を駆け抜け、すれ違いざまにビームを放って叩き落していく、全長18メートル強の白い巨人。その影が、複数のガンドノードのカメラに捉えられていたのだ。
    「シュバルゼッテ……! どこから、いつの間に!?」

  • 19013_6/924/02/16(金) 05:55:11

    機体の存在じたいは知っていた。母がくれてやった技術を取り入れてジェターク社が完成させた、最新鋭のモビルスーツ。だがアレはあくまでGUND-ARMの系譜に過ぎないはず。パーメットリンクなしで戦闘ができるなんて聞いていない。
    それにそもそも、どうやってデータストーム空間の中に侵入したというのだ。どれほど高速で接近したとしても、空間境界面を監視するガンドノードのカメラが捉えるはず――とまで思考を進めたところで、エリクトは気づいた。

    「ミサイルの影に隠れて接近した? いや、大型ミサイルのガワを被って、ミサイルのフリしたまま境界面に侵入したの?」

    あの超大型の弾頭なら、弾薬や信管を外せばモビルスーツも余裕で収容できる。そしてミサイルにカモフラージュして接近されたなら、こちらには見抜く手段はない。侵入者に対して対空射撃で撃ち落とすのではなく、まず制御を奪って利用しようとするこちらの対応を逆手に取られた形だ。
    「やってくれるじゃないか、あいつら」
    歯噛みしている間に5機目を落とされる。データストーム領域拡大のためのフォーメーションを維持する間、ガンドノードはまともな回避行動が取れない。シュバルゼッテにとってはいい的だろう。
    ガンドノードの総勢は数百機。クワイエット・ゼロの中にも100機近い予備がある。5機や10機程度落とされたところで、データストームによる防御領域には大した影響はない。
    だが、破壊された機体の補充まで考えるとなると話は別だ。クワイエット・ゼロ自体に生産能力はなく、外部の工廠で製造させる必要があるのだ。それ自体の手間と、納品されるガンドノートに何らかの仕掛けを施される危険性を考えると、あまり大量に落とされることは歓迎できない。

    それにそもそも、不愉快だ――ベネリットグループの連中から、今更こんな被害を浴びせられること自体が。

    「乗っているのは、グエル・ジェタークかな?
     ……スレッタには悪いけれど、消えてもらうよ。今すぐね」

    警戒用に遊弋させていたガンドノードの部隊に、データストームを介してエリクトは命令を下す。
    自分たちの領域に入り込んできた愚かな害虫を、今すぐ殲滅せよ、と。

  • 19113_7/924/02/16(金) 05:55:41

    8機目を叩き落した直後、シュバルゼッテのコックピット内に警報が走った。敵の火器管制レーダーに補足された合図だ。
    グエル・ジェタークは舌打ちする。
    「もっと沈めておきたかったが……さすがに対応が早い!」
    少しでも敵の数を減らしてスレッタの負担を軽くしてやりたかった。敵が動く前こそがもっとも効率よく撃墜できる時間帯だったのだが、ボーナスタイムは早々に終了してしまったようだ。回避行動を取りながら、グエルは焦りの色を深める。
    そこへ、落ち着き払った声が飛んだ。
    「兄さん、大丈夫だ。こいつらの最高速度は今のシュバルゼッテには及ばない。想定した通りの戦術で問題なく行けるよ」
    敵機からのビームが至近距離をかすめ、コックピットの中を明るく照らす状況下で、ラウダ・ニールは当たり前のようにいつもの冷静さを保っていた。彼にとってはこれが初めての実戦だったはずなのだが。
    忙しく操縦レバーを操りつつも、グエルはプラント・クエタ近海での自らの最初の実戦を思い出す。味方の機体に追い回され、殺す覚悟も殺される覚悟も持てないまま、涙を浮かべてひたすらに逃げ回っていたあの戦闘を。
    そんな場合ではないことを自覚しつつも、兄は弟に向けてポツリと漏らす。怖くはないのか、お前は、と。
    「怖いさ」
    端末を操作しながら、しかし、弟の返答は明瞭だった。
    「ここにいるのが僕一人だったなら、とっくに恐怖のあまり失神してるよ。でもね」
    回避行動のために上下左右に振り回されるコックピットの只中で、ラウダは慎重に狙いを定め、そして引き金を引く。
    データストームの中継機となっているガンドノードが、またひとつ棒立ちのまま撃墜された。
    9機目、とつぶやいてから、弟は静かに続ける。

    「いまシュバルゼッテを操縦しているのは、僕の兄さんだ。グエル・ジェタークだ。
     だったら、あんな意志を持たぬ人形どもなんかに、僕の乗るこの機体が撃墜されるはずがない。
     だから僕は、何の心配もしてないよ」

    震えもなく。怯えもなく。気負いもなく。
    場違いなまでに平穏な声で、弟は断言したのだった。

  • 19213_8/924/02/16(金) 05:56:12

    「……そうか」
    対して、兄の口調はやや乱暴だった。
    いや、不敵だった。
    かつて27連勝していた頃のような――否。
    それよりさらに前、3年に進級して寮長を任された直後の、自信と責任感の調和がとれていた頃の声だった。

    「その通りだラウダ。俺は絶対に、こんな連中に落とされはせん」

    グエルはレバーを押し込んだ。シュバルゼッテの脚部に増設されたブースターが火を拭き、背後から迫る無人機を引き離す。
    別のガンドノードの一団が、逃走路を塞ごうと進路の前に回り込む。だがその動きは、シュバルゼッテに組み込まれた意思拡張AIが既に読み切っていた。グエルは敵の逆を巻くようにシュバルゼッテを旋回させ、完全に包囲網を突破する。
    なおも追いすがってくる迎撃部隊を一切相手にすることなく、グエルは次の目標、中継機として使われているガンドノードへと突進する。
    「俺は絶対にお前を死なせはしない! だから……」
    「ああ、判ってるさ! 任せろ兄さん!」
    ラウダが引き金を引いた。直後、シュバルゼッテが掲げる大剣が閃光を放ち、10機目のガンドノードを爆散させる。
    「兄さんの、僕らの未来を阻む奴らを……ひとつ残らず、僕が叩き落とす!」
    そしてラウダの声に呼応するようにシュバルゼッテのモニターが光り、兄弟が向かうべき進路を描き出す。

    意思拡張AIは、インプットされたガンドノードの性能と、敵機体の向きと速度とを照らし合わせ、予知と言っていい精度で敵の未来位置を予測する。さらには、敵に囲まれる可能性の少ない進路をも瞬時に割り出してモニターに写し出すのだ。
    父が製造を命じ、カミルをはじめとしたジェタークに関わる人々が改良に改良を重ねたAIが今、二人の兄弟を導く道しるべとなっていた。

    20機を超える敵機に追撃を受けながらも、シュバルゼッテは無人の荒野を行くがごとくに宇宙を駆け抜け、次々と中継機を撃ち落としていく。

  • 19313_9/924/02/16(金) 05:56:42

    12機目のガンドノードが落とされた直後、エリクトは苦々しげに吐き捨てた。
    「そっか。狙いは僕やお母さんじゃなくて、ガンドノードなんだ」
    敵は迎撃部隊との白兵戦を徹底的に避け、中継機役のガンドノードを集中的に狙っていた。合理的な選択であると、エリクトも認めざるを得ない。
    パーメットリンクを使わない兵器は、周辺情報の認識や機体の制御に大きなハンデを抱えることになる。しかし動かない相手に攻撃を当てるだけなら、リンクなしでもさほど難しい話ではない。
    そして中継機を多数落とされたなら、データストーム領域による防御もその効果を大きく減じることになる。
    「こうなったら、全部のガンドノードにシュバルゼッテの撃墜を命じようか」
    しかし、エリクトはすぐに首を横に振った。
    前方に遊弋するベネリットグループの艦艇は今も戦闘態勢を保ったままだ。フォーメーションを崩した直後に全艦から一斉攻撃を浴びせられたら、一部の攻撃がクワイエット・ゼロに届く可能性がある。
    忌々しいが、敵の狙いは確かにこちらの痛いところを突いていた。とはいえ――
    「結局は、無駄だよ」
    3分足らずで12機の被害は確かに驚異的だ。このペースが続けば、クワイエット・ゼロが本社フロントに到着するまでに400機以上のガンドノードが宇宙の藻屑となる計算だ。
    しかし、そんなことができるはずがない。モビルスーツの物資は枯渇する。人間もまた疲労し、消耗し、判断を誤る。どんな幸運が続こうと、100機ばかり落としたところで力尽きて終わりだろう。このまま傍観したとしてもこちらの勝利は揺らがない。

    「でも、僕たちのものが次々と撃ち落とされていくのを見るのは、やっぱり気分が悪いや。指をくわえて眺めてる気にはならないよ」

    エリクトは、エアリアルの腰部に接続されたアームを切り離す。
    データストーム領域を活性化させた今なら、ここからしばらく離れても、クワイエット・ゼロの運用に支障は出ない。

    「僕が直々に、害虫を退治しに行く」

    エアリアルのブースターがゆっくりと火を放つ。
    最新鋭の技術によって改修された最強の機体が、愚かな敵を叩き潰すべく発進する。

  • 194二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 10:14:57

    めちゃくちゃ面白い
    シュバルゼッテ複座式はロマン

  • 195二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 11:02:05

    エアリアル(盾)vsシュバルゼッテ(剣)まさかの実現か
    当然キャリバーン(魔女)も出てくるんだろうな

  • 196二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 22:08:45

  • 197二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 22:11:50

    やだ、兄さんの頼もしいパートナーになったラウダくんめちゃくちゃかっこいい……!背中預け合って支え合う兄弟最高だな……!

  • 198二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 22:11:55

    次スレ待機保守

  • 199二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 01:52:38

    このレスは削除されています

  • 200二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 01:52:49

    このレスは削除されています

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