- 1二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:12:36
「トレっちはさー、もっと私を甘やかしても良いと思うんだよねー」
トレセン学園近くの、とあるカフェテリア。
通行人が思わず目を奪われてしまうほどの美麗なウマ娘三人が、一つのテーブルを囲んでいた。
その内の一人が、カラカラと氷を鳴らしながら、半分くらいになったアイスコーヒーを混ぜる。
茶色の強い青毛のツインテール、そこに巻き付いた二種類のリボン、猫のような口元。
ヴィブロスは不満気な表情を浮かべながら、一緒にテーブルについている二人にそう言った。
「……十分以上に甘えてるだろ、見てて恥ずかしいくらいだよ、まったく」
同じテーブルにいる、帽子をかぶったウマ娘は呆れた表情を見せた。
カーキ色のショートヘア、そこに一房混じるメッシュ、どことなくボーイッシュな雰囲気。
ヴィブロスの姉の一人であるシュヴァルグランは、ため息をつきつつ、ケーキを一口ぱくりと食べる。
予想以上に美味しかったのか、彼女は目を少しだけ見開いて、耳をぴこぴこと動かした。
それを見て、隣にいた長いストレートヘアのウマ娘が嬉しそうに微笑む。
「シュヴァル、私のも一口食べて良いわよ? ヴィブロスのトレーナーさんは、節度を持って接してくれているのよ」
シュヴァルグランにケーキを薦めてから、ヴィブロスに優しく言い聞かせる。
常に他二人の面倒を見てるためか、彼女の前にあるスイーツもコーヒーもあまり減っている様子がなかった。
青みのかかった黒い髪、少しだけ垂れた菱形の流星、少しだけ吊り目がちの瞳。
彼女達二人の長女であるヴィルシーナは、母性に溢れた表情で二人の妹を見つめている。
この日────彼女達は久しぶりに、三人揃ってお出かけをしていた。
ヴィルシーナとヴィブロスは共に出かけることは、最低でも月一回はあり、珍しいことではない。
ただ、そこにシュヴァルグランが混ざり、こうしてカフェで話をする機会は、あまり多くはなかった。
そのためか会話も、買い物も弾み、彼女達の足元にはたくさんの紙袋が置かれている。
今は、休憩がてらのおやつタイムといったところだった。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:12:49
「いっ、いいよ、僕には自分のがあるから……姉さんが食べなよ」
「遠慮しなくて良いのに……それじゃあ交換でどうかしら? シュヴァルのケーキにも興味があったのよね」
「……まあ、それなら」
「あっ、お姉ちゃんたちずるーい! 私のケーキとも交換して欲しーなー♡」
「ふふっ、貴方を仲間外れなんかするわけないじゃない、ヴィブロス」
そうして彼女達はケーキをシェアし合い、しばらくの間その甘味を堪能する。
そのカフェはあまり有名ではないが、ケーキの味は高級店にも及ばない、まさしく絶品だった。
満面の笑みを浮かべるヴィブロス、気づけば蕩けたような顔をしているシュヴァルグラン。
普段は長女として大人びた態度をとるヴィルシーナですら、その美味しさに少女らしく顔を綻ばせていた。
────なお、この日以降からそのお店には行列が出来るようになったとか。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:13:04
「それでトレっちだよ、ほら、私達家族なわけでしょ? もっとお姉ちゃんみたいに甘えたいなぁって」
「いや、ヴィブロスのトレーナーさんは家族じゃないから…………あまり、困らせるなよ」
「まあでも、家に来る頻度は私達のトレーナーさんの中でも一番多いわよね、こないだ専用のコップが出来てたわ」
夢中でケーキを食べ終えて、うっかり忘れていたコーヒーを飲みながら、彼女達は先ほどの話題に戻っていた。
彼女達三人は、それぞれが別のトレーナーと契約している。
家族の予定などと合わせる関係上、彼女達はそれぞれのトレーナーともそれなりの交流があった。
とはいえ、所詮は他人のトレーナー。
やはり他所がどういう感じなのか、ということは気になってしまうものである。
ヴィルシーナは顎に手を当てながら、興味深そうな表情で、ヴィブロスに問いかけた。
「それじゃあ例えば、ヴィブロスはどんなことをトレーナーさんにしてもらいたいのかしら?」
「してもらいたいことというか、してもらえなかったことがあるんだよねー」
「……どうせ、無茶なことを頼んだろうなあ」
シュヴァルグランは顔を顰めながら、小さな声で呟く。
それを聞いたヴィブロスは心外そう唇を尖らせながら、反論を口にした。
「そんなことないよー、ちょっとトレっちに頭なでなでしてー♡ っておねだりしただけだし」
途中で可愛らしいおねだりポーズを混ぜながら、ヴィブロスはそう主張する。
それに対する二人の反応は、まるで違うものであった。
ヴィルシーナは困ったように眉をハの字に曲げながら、苦笑いをする。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:13:16
「もう、確かに私はしてあげるけど、女の子の髪や耳は異性に気安く触らせてはいけない場所なのよ?」
対してシュヴァルグランは────拍子抜けしたような、意外そうな顔を浮かべていた。
「なんだ、そんなことなんだ?」
「えっ」
「えっ」
「えっ……あっ……!」
驚きの声と共に、じっと自身を見つめる姉妹二人に、シュヴァルグランは自らの失言に気づく。
慌てて両手で口を塞ぐものの、すでに旅立ってしまった言葉が戻ることはあり得ない。
ヴィブロスはにやりとした笑みを浮かべて、ヴィルシーナはどこか圧の感じる微笑みを見せた。
「シュヴァちー♡」
「シュヴァル」
『くわしく』
「あっ、あうぅ……」
追求から逃れられないと知ったシュヴァルグランは、帽子を深く被って、目の前の現実から逃げ出した。 - 5二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:13:29
「そんな大したことはしてないって……! トレーニング頑張った時、褒めてもらっただけで……!」
「……その時、帽子はどうしてたのかしら」
「…………えっと、どうだったかな」
「シュヴァち、誤魔化すのちょーヘター♡ 帽子外して生耳なでなでしてもらったんだー♡」
「帽子を取って駆け寄り頭を差し出してなでなでを要求するシュヴァル……! 確かにこのおねだりは耐えられないわね……!」
「ちょっ、変な想像しないでよ……!」
「じゃあ違うのかしら?」
「………………違く、ないけどさ」
「ね、ね、シュヴァちー♡ トレーナーさんからなでなでされるのどんな感じだったー?」
「……手の感触は父さんに近い感じで、大きくてごつごつしているんだけど、父さんと比べると遠慮というか丁寧な触り方で、それが少しもどかしいんだけど、トレーナーさんから大切にされているのが伝わってきてすごい居心地が良いんだ、それに髪を梳かされたり、耳に触れられたりすると気持ちも良くて……」
「……」
「……」
「……あっ、いやっ、なっ、何言ってるんだ僕は!? ちっ、違うからっ!」
少しだけのぼせたような様子で撫でられた感想を語っていたシュヴァルグランは突然、我に返った。
そして顔を真っ赤に染め上げながら、手や耳や尻尾をバタバタと動かし、慌てふためく。
やがて、声に鳴らない悲鳴を上げながら、彼女は机に突っ伏してしまう。
それを見たヴィルシーナとヴィブロスは顔を合わせて、生暖かい視線をシュヴァルグランに送った。
「……まあ、シュヴァルが素直にトレーナーさんには甘えられているようで、良かったわ」
「うんうん、あのシュヴァちがすっかりおねだり上手になって、私も負けてられないなー♪」
「変な対抗意識燃やすなよ……あーもう、それで、他にはなにかあるの、ヴィブロス」
これ以上の追撃はないと察したシュヴァルグランは、ぐったりとした面持ちで顔を上げる。
毒を食わらば皿まで、と考えたのか、彼女は先ほどのヴィブロスの話をあえて掘り下げに行った。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:13:44
「えーっとね、あっ、ハグも断られたなー……まあ、これは正直ムリめかなーとは思ってたけど」
ヴィブロスは記憶を思い出しながら、たははと笑ってみせた。
それに対する二人の反応は、まるで違うものであった。
シュヴァルグランは心底呆れたような顔で、大きくため息をつく。
「はあ……流石にそれはダメだよヴィブロス、いくら親しい仲だからって」
対してヴィルシーナは────不思議そうに、首を傾げていた。
「それくらいなら、良いんじゃないかしら」
「えっ」
「えっ」
「えっ……あっ、いや、やっぱりハグはダメよね、ええ」
認識のズレに気づいて、慌てて繕ってはみるものの、時すでに遅し。
信じられないものを見るような妹二人の視線に、ヴィルシーナは思わず身体を震わせる。
やがてヴィブロスとシュヴァルグランは、姉に対して圧をかける、特にシュヴァルグランの圧が強かった。
「お姉ちゃーん♡」
「……姉さん」
『くわしく』
「ううっ……!」 - 7二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:14:03
「初めてのG1勝利したときに、涙でメイクが崩れたのをトレーナーさんに隠してもらっただけだから……!」
「地下バ道からなかなか戻ってこないと思ったらそんなことを……」
「あの時お姉ちゃんボロ泣きだったもんねー? じゃあそれ以降は定期的にー?」
「やってもらってないわよ…………………………たまにしか」
「……姉さんもおねだり上手になったみたいで、僕も安心したよ」
「シュッ、シュヴァル!」
「それでそれでー!? ハグってどんな感じだったのー!?」
「どんな感じって……貴方達にするみたいな感じだったわよ? ただ、やっぱり身体の大きさや骨格が違うせいか、貴方達と違って柔らかくなくてむしろ固いのだけれど、その固い感じがむしろ安心するというか落ち着くのよね、それでいてあの人の匂いや体温、心臓の音を感じてドキドキしてしまって、そんな矛盾した感覚が忘れられなくて────」
「……」
「……」
「……私の言ったことは、忘れてくれないかしら」
語るに落ちる。
自らその言葉を体現してしまったことに気づいたヴィルシーナは、妹二人から目を逸らしてそう言った。
シュヴァルグランとヴィブロスは姉のほんのりと色づいた頬を見ながら、首を大きく横に振る。
ちらりとそれを見やったヴィルシーナは、両手で、熱の上がった自身の顔を隠すのであった。
「……あれ? もしかして私はもっとトレっちに甘えても良いのかな?」
姉達の話を聞いて、ヴィブロスはふと思い至る。
先達がやっていることならば、自分がやっても問題にならないのではないか、と。
彼女が呟いた言葉をヴィルシーナ達は否定しようとするが、説得力があまりに希薄で、言葉に出来ない。
そうこうしているうちに、ヴィブロスは唇を尖らせ始めた。
姉達が享受していた『甘やかし』をお預けされていた、という事実が、珍しく彼女に不満を覚えさせていたから。
やがて彼女は、それを吐き出すように、言葉を紡いだ。 - 8二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:14:19
「私が最近やってもらったことなんてさ────トレっちに膝枕で耳の手入れしてもらったくらいなんだよ? マッサージから耳掃除、ハイブラのオイルも使ってくれてー、すっごい優しくて、丁寧で、気持ち良くってー、眠っちゃうのが勿体ないくらいちょーセレブな気分を味わえたんだ♡ トレっちの膝の上に飛び込んだ時はびっくりしてたけど嫌な顔はしてなかったし、私ももっと積極的におねだりしてみようかなあー?」
言い終えた頃には、ヴィブロスの表情からは不満の色は抜けて、どこか悪戯っぽい笑顔になっていた。
そして────ヴィルシーナとシュヴァルグランは、それを真剣そのものの表情で、じっと見つめている。
「ヴィブロス」
「ヴィブロス」
「うん? どうしたのお姉ちゃんたち? そんな鬼気迫る顔して?」
ヴィブロスはそんな姉達の視線に対して、こてんと不思議そうに首を傾げる。
それを見た二人は、声をぴったりと揃えて、一文字たりとも違わぬ、全く同じ言葉を口にするのであった。
『くわしく』 - 9二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:16:02
お わ り
2月も色々書きたいですね - 10二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:25:56
3人とも距離感がバグっとる…!
撫でられ待ちのシュヴァル想像して悶えたわ、良いSSだった - 11二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 02:42:41
ヴィブトレに抗議に行くのか
自分たちもやってもらおうと言う魂胆か
良い日常SSでした - 12124/02/05(月) 07:50:23
- 13二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 10:45:33
三姉妹全員可愛い
- 14二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 11:31:35
- 15124/02/05(月) 18:50:46
- 16二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:01:00
冷たい風が運んでくる潮の匂い。
漣の音と、砂を踏みしめる音が合わさって、心地良い調べとなって響いていく。
釣り道具を持ってこなかったことを後悔するくらいに、気持ちの良い海の景色。
「冬の海ってあまり行かないんだけど、悪くないね」
「はい、少し寒いですけど、とっても静かで、落ち着けて、僕は好きなんです」
「なるほど……うん、俺も好きになれそうだ」
そう言って、トレーナーさんはにこりと微笑みを浮かべた。
普段は穏やかで頼りになる大人の男性なのに、こういう時の笑顔だけは妙に子どもっぽい。
────そんなギャップを感じる表情を見て、僕の胸はドキリと高鳴る。
そして反射的に、いつものように帽子を深くかぶって、視線を伏せてしまう。
……ああ、またやってしまった。
僕が好きな場所を好きと言ってくれて、嬉しいはずなのに。
そう思ってくれて、嬉しいですと、伝えたいはずなのに。
何も伝えられずに、僕は恥ずかしさから、目を逸らしてしまった。
言いたいことを言えない自分が、嫌になってきて、心の中でため息一つ。
がっくりと肩を落とした────その瞬間だった。
「ひゃっ!?」
「うわっ!?」
びゅうっと、一際強い風が吹き抜ける。
服の裾が大きくはためくほどの強風は、砂や小さな袋など、様々なものを運んでしまうほど。
例えば、帽子なんかも。
頭の上にふわりとした感覚と、入り込んでくる冷たい空気。
視界の端には、舞い上がっているマリンちゃんの姿。
それを見て、慌てて駆け出そうとした刹那、横から伸びた手が帽子をしっかりと掴んだ。 - 17二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:01:14
「よっと……いやあ、凄い風だったな」
「よっ、良かった……ありがとうございます、海にでも入ったらどうしようかと……!」
帽子を救ってくれたのは、トレーナーさんだった。
僕は帽子の無事に安堵のため息をつき、そしてトレーナーさんに深く頭を下げる。
すると、くすりと笑い声が、頭上から聞こえて来た。
「そんなお礼なんていいよ、はい、シュヴァル」
僕が顔を上げると、トレーナーさんは少し困ったような笑みを浮かべていた。
そしてその表情のまま、帽子を僕の頭の上に、ぽすんと乗っけてくれる。
────帽子越しに、トレーナーさんの手の感触が伝わってきた。
大きくて、少しだけごつごつしている、でも、何だか温かくて、ほっとするような。
知らない感覚に、好奇心が騒めいて、もっとこの感覚を知りたいと、心が思ってしまう。
普段は頼りになるマリンちゃんの厚みが、今日は妙にもどかしくて、じれったい。
もっと、もっと、もっと、この手に触れてほしい。
「あー、シュヴァル? そう強く腕を掴まれると、ちょっと痛いかな」
「……えっ?」
一瞬、トレーナーさんが何を言っているのかわからなかった。
そして、気づく。
僕が、帽子をかぶせてくれているトレーナーさんの腕を、両手で抑えていたことに。
トレーナーさんの服の袖に皺が出来てしまうほど、強く、ぎゅっと。 - 18二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:01:27
「あっ、ああ、ああああ……っ! ごっ、ごめんなさい……!」
「いや、良いんだけどさ」
「……あっ」
僕が反射的に手を離すと、トレーナーさんは苦笑いを浮かべた。
そしてゆっくりと、僕の頭からトレーナーさんの手が離れていくと、思わず小さな声を上げてしまった。
微かに感じていた温もりな消えてゆき、残るのは名残惜しさと、胸いっぱいの寂しさ。
「……シュヴァル、どうかした?」
トレーナーさんは、そんな僕に何かを察したのか、笑みを浮かべながら問いかけた。
先ほどの困ったような笑みでも、その前の子どもっぽい笑顔でもない。
穏やかで、優しくて、甘えてしまいたくなるような、大人の笑顔。
────シュヴァちはさー、もっと甘えた方が良いと思うなー♡
ふと、ヴィブロスの言葉を思い出す。
あの時は、そっちは甘えすぎだろ、とか思ってしまったけれど。
……素直におねだりが出来るヴィブロスを、羨ましいと思ってしまったのも、事実で。
「あの……トレーナーさん……一つ、お願いをしても良いですか?」
「……! ああ、何でも言ってくれ!」
トレーナーさんは、とても嬉しそうに、そう言ってくれた。
もしかしたら────トレーナーさんも僕のことを、甘やかしたいと、思ってくれていたのかな。
だったら、嬉しい、かも。
……それなら、ちゃんと甘えないと、逆に失礼だよね。
僕はおもむろ帽子を脱いで、一歩、トレーナーさんに近づいて、そして頭を軽く下げた。
「……僕の頭を、撫でてくれませんか?」 - 19二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:01:47
トレーナーさんは一瞬驚いた様子を見せたけど、すぐに頷いてくれた。
でも、すぐに触れてくれたわけでもなくて。
「……本当に触って良いのか?」
真剣な表情で、何度も何度も、僕に確認をしてくれた。
僕なんかでも、一応年頃の女の子だから、気にしてくれているのだろう。
だけど、もう僕に迷いも躊躇もなかった。
確認される都度、こくりと、ただ頷く。
やがてトレーナーさんの言葉がなくなって、諦めたように小さなため息をつき、ゆっくりと手が近づいて来る。
ぴくりと全身が緊張して、心臓がバクバクと音を奏でて、耳や尻尾が勝手に動き回って。
僕はきゅっと目を瞑り、その瞬間を待ちわびた。
そして────そっと、トレーナーさんの手のひらが、僕の頭に触れた。
大きくて、ごつごつしていて、温かい。
トレーナーさんの手は、僕の耳の間を、ゆっくりと撫でていく。
小さい頃、父さんに頭を撫でてもらったことを思い出すような、懐かしい気分。
でも父さんはわしゃわしゃと遠慮なく撫でていたのに対して、トレーナーさんの手はとても繊細だった。
ゆっくり、優しく、壊れ物でも扱うように丁寧に撫でてくれる。
もっと気安く乱暴に扱って欲しい────そう思う反面、これはこれで、と考えてしまう自分がいる。
トレーナーさんが、僕のことを大切に想ってくれているのが、伝わってくるから。
だから、これは折衷案。
「……もっと前髪や、耳とか、広い範囲を撫でてください」
「……良いのか?」
「はい……もっともっと……僕に触ってください…………お願いします」
「……わかった」 - 20二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:02:03
トレーナーさんは優しい手つきのまま、大きく手を動かしていく。
髪を梳くように指を絡ませたり、首筋をそっと触れてみたり、耳をくすぐるように擦ってみたり。
「んんっ……!」
敏感な部分にトレーナーさんの手が触れて、ぞくぞくと背筋が走り、思わず声が漏れてしまう。
でも、嫌じゃない。
むしろ、心地良くて、気持ち良くて、身体が、頭が蕩けてしまいそう。
トレーナーさんの手のひらが僕に触れる都度、僕の理性が少しずつ削れていくような、そんな気分。
顔が燃えるように熱くなり、荒い呼吸が抑えられなくなり、時折びくびくと身動ぎしてしまう。
ふと、トレーナーさんが心配そうな顔で、覗き込んできた。
「……ふあ?」
「本当に大丈夫か? ちょっと熱いし、顔も、その、熱っぽいし」
「…………っ!」
トレーナーさんが言い淀むのを聞いて、僕の顔は更に熱くなってしまう。
きっと、とても気の抜けた、だらしのない、崩されきった、トロトロの顔をしてしまっているのだろう。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
────でも、この幸せを、文字通り手放したくなくて。
「……とれーなーさん、もっとぉ」
さっきのように両手でトレーナーさんの手を掴む。
そして、おねだりをする甘えん坊な子どものように、僕は懇願してしまうのであった。 - 21二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:02:15
「いいぞシュヴァル! 自己ベストを更新だ!」
「はぁはぁ……はい、ありがとうございます……っ!」
あれから数日後。
自分の言うのもアレだけれど、最近、僕は調子が良い。
トレーニングの数字もおおむね向上しているし、先日の模擬レースも良い結果だった。
キタさんやクラウンさんも感心してくれて、何かあったのかと、聞いて来るくらい。
……まあ、それは二人には言えないけれど。
「じゃあ、今日のトレーニングはこれで終わりだ、頑張ったな」
「……頑張りました、よね」
そう、僕は頑張った。
頑張ったのなら、ご褒美があって然るべきだと、思う。
周囲をきょろきょろと見回して、少なくとも知り合いがいないことは確認し、僕は帽子を取った。
トレーナーさんが、ぴくりと反応し、困ったような表情をする。
でも、僕は知っていた。
そのトレーナーさんの顔が、嫌という顔ではないということを。
「…………また……僕の頭を撫でてもらっても良いですか?」
僕はそう言って、トレーナーさんに頭を差し出して、誘うように耳をぴこぴこと動かした。 - 22二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:02:54
お わ り
結局個別話になるという - 23二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 03:02:58
こういう良SSに出会えるのが夜更かしの醍醐味
- 24124/02/06(火) 09:34:20
そう言っていただけると幸いです
- 25二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 09:42:49
シュヴァち良い…可愛い
- 26124/02/06(火) 15:08:13
シュヴァルはかわいいよね……
- 27二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 16:41:51
凄く良いSSでした…
- 28二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 17:05:44
まさか同じスレで2つのSSが見られるとは
- 29124/02/06(火) 21:27:24
- 30二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:25:06
もう、前以外を見ている余裕なんかなくて。
それでもゴール板を通り抜けたことは、何故か感覚的に理解することが出来て。
流れる汗は雨にでも打たれたかの如く、荒ぶる呼吸は全てを吐き出してしまいそう。
しばらくしてようやく止まった脚はパンパンで、自分自身を支えるだけで精一杯。
────勝ったのか、それともまた、負けたのか。
悪夢のような記憶が蘇り、思わず顔を顰めてしまう。
けれど、直視しなくてはいけない。
それは幾多の夢を踏みにじって、このG1の大舞台に立った者の、使命だから。
顔を上げて、掲示板を見ようとしたその刹那、割れんばかりの大歓声が、レース場に響き渡った。
良く覚えている、忘れられるわけがない。
その祝福の声は、私の目の前で三度、『あの子』に向けられたものと同じだから。
「……?」
でも、今日の歓声は、あの時と少しだけ違うように聞こえた。
身体に染み渡るように声が響き、そして出し尽くしたはずの活力が湧き上がるような感覚。
私は誘われるようにふらふらと客席の方を向いて、そっと耳を傾ける。
────その声には、私の名前、『ヴィルシーナ』が含まれていて。
「……っ!」
掲示板に視線を向ければ、その一番上には、私の番号が煌々と光を灯している。
幾度となく味わった二着ではなく、一着として。 - 31二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:25:23
「ああ……ああ…………っ!」
目頭が燃えるように熱くなって、様々なものが溢れてしまいそうになる。
私は、ようやく辿り着いたんだ。
ずっとずっと見たかった、ずっとずっと焦がれていた、ずっとずっと夢に見ていた。
『あの子』が立っていたであろう、この頂きの景色に。 - 32二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:25:39
ファンの人達の声援に応えて、私は地下バ道へと降りた。
何も考えられない、どこか夢心地な、ふわふわとした感覚。
呆然と歩いていると、前からパチパチと、小さな拍手の音が聞こえて来た。
────そこにいたのは、私のトレーナーさん。
ずっと一緒に居てくれて、ずっと私を支えてくれた人。
初めて勝った時も、初めて負けた時も、『あの子』に負け続けた時も、あと一歩届かなかった時も。
一緒に喜んで、悔しがって、笑って、泣いて、悩んで、歩んでくれた人。
大切な家族達と同じくらいに、私が栄冠を、届けたかった人。
彼は優しく微笑んで、口を開いた。
「……おめでとうヴィルシーナ、素晴らしい、走りだった」
短い、ありきたりな言葉。
でも、そこには万感の思いが込められているのがわかって、胸の中が温かいものでいっぱいになる。
私はトレーナーさんに笑顔を返そうとして────それが、出来なかった。
彼の下に帰ってきた安心感から、今まで堪えていたものが、遂に溢れてしまったからだ。
ポロポロと涙を零して、子どものようにしゃくり上げながら、なんとか言葉を吐き出す。
「トレーナー、さん……わたっ……私……! やっと……ようやく……っ!」
「うん、そうだね……君はなったんだ、誰もが認める『女王』に」
トレーナーさんの言葉に、感情の昂ぶりは、更に勢いを強めてしまって。
きっと、メイクも崩れ切って、涙で塗れて、ひどい顔をしているのだろう。
そんな私を、トレーナーさんは慈しむように見守ってくれていた。
それがとても情けなくて、恥ずかしくて────何故か、少しだけ悔しくて。 - 33二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:25:53
気が付けば私は、トレーナーさんの胸の中に飛び込んでいた。
彼の、困惑した声が、聞こえて来る。
「ヴィッ、ヴィルシーナ?」
「……少しだけ、少しだけこうさせて、こんな醜態、妹達には見せられないわ」
「きっとあの子達だったら、気にしないと思うけど」
「私が、気にするのよ」
「そっか、じゃあ落ち着くまでいくらでもどうぞ…………頑張ったね、ヴィルシーナ」
「……ん」
トレーナーさんはぽんと優しく私の背中に手を置くと、小さく囁いた。
耳の中に響き渡る言葉は、じんわりと頭に染みわたって、少しだけ心が穏やかになる。
彼の身体は、私を包むように大きくて、ごつごつと固くて、ちょっとだけ怖さも感じた。
小さくて、柔らかくて、触れているだけで幸せな心地になる妹達の身体とは、全然違う。
────でも、優しい温もりを感じるのは、一緒。
鼻先から感じる、汗の匂いと薄い柑橘系の香水の匂いと、それ以外の、良い香り。
それがどうにも気になって、私は、すんすんと鼻を鳴らしてしまう。
ああ、なるほど、これがトレーナーさんの匂いなんだ。
香水よりも、こっちの方が良いのに。
理解は出来るから、言葉にはしないけれど。
ならせめて、今だけでも満喫しておこうと考えて、私は顔を更に押し付ける。
すると、彼の胸にくっついた耳が、トクトクトクと明らかな早鐘の音を拾い上げた。
まさかと思い、私は彼に抱かれたまま、彼の顔を見上げる。
遠くからは見えてなかったけれど、その目には真っ赤な、涙の跡が残っていた。
それを見つけて、嬉しくなって、私は思わず顔を綻ばせながら伝える。
「……なんだ、貴方だって、泣いていたんじゃない」
「……我慢しようとはしたんだけど、無理だったよ」 - 34二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:26:13
トレーナーさんは、恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべていた。
彼と同じ気持ちだったことがわかって、なんだか幸せな気持ちになって、ますます笑みが深くなる。
やがて彼は、安心したような表情で、私の肩を掴む。
「とりあえず落ち着いた? 君のことを皆が待っているから、そろそろ行こうか?」
「……えっ、ええ、そうね」
彼の温もりが、匂いが、感触が、優しさが名残惜しくて、少し残念な気分になってしまう。
でも、仕方ないわね。
応援をしてくれていたのは彼だけじゃない、家族はもちろん、タルマエさん達だっているのだから。
私は自分を納得させて、彼が離れるのを待つが────その時は一向に訪れない。
どうしたのかしらと、首を傾げて彼の顔を見る。
彼は、困ったような表情で私のことを見つめていた。
「……あの、ヴィルシーナ、もう離してもらっても良いかな?」
「えっ」
一瞬、トレーナーさんが何を言っているのか、理解出来なかった。
まさかとは思いつつ、私は自身の手に、視線を向ける。
そこには、彼のシャツをくしゃくしゃになるくらいに、力強く握りしめている、私の両手があった。
「…………っ!」
自分の行動に気が付いて、顔が瞬間的に、燃えるように熱くなる。
ああ、いけない。
こんな顔は、妹達には見せられない。
見せられないのだから、これは、仕方のないことなのだ。
私は再び、彼の胸に顔を押し付ける。 - 35二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:26:29
「……もう少しだけ、こうさせて?」
すると、彼はもう一度、優しく背中に手を置いてくれた。
ごつごつとした手が背中に触れて、ぴくりと微かに身体が反応してしまって。
でも布団に包まれたような安心感があって、とても良い匂いがして、とても温かくて。
身体の力が抜け落ちて、甘えるように彼に身体を預けてしまって。
────ああ、これは、癖になってしまいそう。
困ったことのはずなのに、幸せな気持ちが抜けなくて。
私はただただ、彼の胸の中で、彼の感触を味わい続けるのだった。 - 36二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:26:56
お わ り
もう一本書けるかな…… - 37二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:41:35
ニヤニヤが止まらん
甘え方に個性があって良き - 38二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:50:32
ブラボー……
- 39二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 00:11:53
- 40二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 00:14:36
うーん素晴らしや
ヴィルシーナはハグはOK髪触るのはNGだけど、髪長いからハグの度に髪に触れられてる(触れさせてる)だろうことに気付いているんだろうか - 41二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 03:28:54
濃厚なスレをありがとう
- 42124/02/07(水) 07:36:21
- 43二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 08:43:41
とても良きものを読ませて頂いた、感謝を
- 44二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 08:53:18
ありがとう...ありがとう...
みんな可愛いがすぎる... - 45二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 09:16:02
- 46124/02/07(水) 19:12:25
- 47二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:17:38
「このマッサージオイルちょーセレブー♡ ……でもちょーっと、お値段がなあ」
とあるウマ娘雑誌の1ページ。
そこに掲載されているのは、ウマ娘用のマッサージオイル。
ドバイの有名香水メーカーと協力して作られたそれは、香りにもこだわった逸品。
勿論、製造元はマッサージオイルにも実績のある会社で、金額に見合った商品だとは思うけど。
「いくらなんでも用途が狭すぎて、お姉ちゃんも協力してくれるかどうか」
そのマッサージオイルは、ウマ娘の『耳専用』という特殊なものだった。
お姉ちゃんと趣味の合いそうなコスメなんかは、共有前提でワリカン交渉も出来る。
でも、ここまで用途が限られてくるものだと、さすがのお姉ちゃんも乗っかってくれると思えない。
シュヴァちも、この手のものでは難しいだろう。
「う~ん、これは、とりあえず保留かな」
名残惜しいけれど一旦諦めて、私は雑誌のページをめくった。
次のページに書かれていたのは、先ほどのマッサージオイルを用いた、耳のマッサージについての特集。
自分でも出来る簡単なもので、思わず興味をそそられてしまう。
意外にも内容は本格的で、手入れの順番や耳のツボなんかが、こと細やかに記述されていた。
ただそれ以上に────とある一文が、気になってしまう。
「……大切な人にしてもらうと効果も親密度もアップしちゃうかも? かあ」
きっとそれは、特に深い意味のない文章だったのだろう。
年頃の女の子が好みそうな煽りを入れてみただけで、実際に効果が上がるわけがない。
そんなことは、わかっているのに。
私の脳裏には、トレっちに耳をマッサージされる光景が、しっかりと想像されてしまっていた。 - 48二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:17:51
「……えっ、私、トレっちともっと親密になりたいって、思っているの?」
いつかのバレンタインの時と、同じような気づきにハッとなる。
顔が急に熱くなって、胸がきゅんきゅんして、頭の中が浮ついて、トレっちのことでいっぱいになって。
困る。
トレっちはトレっちなんだから、こんな気持ち、困ってしまう。
「…………でも、嫌じゃないな」
雑誌を閉じて、きゅっと胸を抑える。
高鳴る鼓動が手に伝わって来て、感情がなかなか収まらない。
……変に遠慮をするのも、らしくない、かな。
そう考えた私は立ち上がって、衝動と好奇心の赴くまま、行動をすることに決めたのだった。 - 49二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:18:07
トレーナー室の扉の前に立つ。
いつもは気軽に行き来している場所なのに、今日は妙に緊張してしまう。
「すう……はあ……」
大きく、深呼吸を一つ。
意を決してノックをすると、少し気の抜けた、そして聞き慣れた声。
私はそれを聞いてゆっくりと扉を開けると、部屋の中にはデスクで作業中の男性の姿があった。
彼は────トレっちは、私の姿を見ると、にっこりと優しそうな笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「こんにちはヴィブロス、どうかした?」
心の底からの信頼を感じる、思わず、甘えたくなってしまう笑顔。
今回の『おねだり』を通すために、色々と考えて来たはずなのに。
そんなトレっちを前にしたら、それが全部吹き飛んで、頭の中が真っ白になってしまった。
「……その、ちょっと、あのね?」
言葉が上手く出てこない、思考が綺麗に纏まらない。
何故かまともにトレっちの顔が見られなくなって、視線を逸らしたまま、言い淀んでしまう。
……なんだか気まずい雰囲気になっているのが、すごく嫌で、誤魔化してしまおうかとも考える。 - 50二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:18:20
「────いいよ、何でも言って、受け止めるから」
その時、トレっちの声が、もやもやとした私の頭の中に吹き抜ける。
視線を彼に向けると、真剣な表情で、その純粋な瞳を真っ直ぐに私に向けてくれていた。
……トレっちはずるいなあ。
いつもはちょっと厳しいのに、時折そういう顔をするから、私は甘えたくなっちゃうんだよ?
気が付けば肩の力が抜けて、心臓の音は静かになって。
私は、雑誌をトレっちに見せながら、『おねだり』を口にした。
「……トレっちに、お耳のマッサージをしてもらいたいなあ♡」 - 51二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:18:35
「いいよ」
「えっ?」
帰ってきたのは、意外なまでにあっさりとした承諾だった。
ナデナデや腕組み、あ~んですらやってくれないトレっちからは、考えられないこと。
思わぬ自体に、私は困惑の声を上げてしまう。
すると彼は、がさごそと何やら道具を取り出しながら、口を開いた。
「最近、ウマ娘の耳の手入れの専門書を読んでさ、俺もちょっと気になっていたんだ」
「……そうなの?」
「うん、だから君が嫌じゃなければ、ちょっと試させて欲しいんだ……あっ、本当に無理はしなくて良いからね?」
トレっちは慌てて、そう言葉を付け足した。
こっちからおねだりしたことなのに、真面目だなあと少しおかしくなってしまう。
……それと同時に、私が断ったらどうするんだろうと、想像する。
そうしたらトレっちは、他のウマ娘に、協力してもらったりするのかな。
トレっちの性格的に、そういうことは考えづらいけど、万が一そういうことになったとしたら。
────それは、とても、嫌だな。
「…………だいじょーぶ♡ ほらほらトレっち~早くやって~♡」
心の奥底から湧き出た粘ついた感情を誤魔化すように、私は長椅子に腰かけた。
トレっちはそれを嬉しそうに眺めながら、道具や資料を抱えつつ、同じ長椅子に座る。
そして私は────ごろんと、彼の膝の上に寝転がった。 - 52二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:18:53
「えっ」
「えっ」
トレっちはきょとんとした表情で、私のことを見下ろし、驚きの声を上げる。
多分私も同じような顔をしているだろうなと思いながら、私も彼を見上げて、驚きの声を上げた。
しばらく見つめ合った後、彼は少しだけ渋い表情をする。
「……膝枕は、どうなのかな」
「でもでも~、お姉ちゃんが耳の手入れしてくれる時は、いつもこの姿勢だよ?」
「その万能カードは禁止にして欲しいなあ……う~ん」
腕を組んで、悩まし気に、トレっちは唸り声を出す。
確かに、いつものトレっちだったら、ダメ判定を出すような行為かもしれない。
……ただ、なんというか、妙に居心地が良い。
お姉ちゃんの膝枕みたく柔らかくないし、甘い匂いもしないし、寝心地は決して良くないはずなのに。
お姉ちゃんの膝枕と同じくらい、安心している自分がいる。
だから、このまま、離れたくなくて。
私はじっと彼の瞳を見つめて一言、『おねだり』ではなく『おねがい』をした。
「……ダメ?」
トレっちはそれを見て、困ったように微笑んだ。
「今回だけ、だからね?」
「……うん、えへへ、ありがとトレっち♡」
私は顔を綻ばせて、トレっちの太腿に体重を預けた。 - 53二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:19:08
「まずは耳掃除からしていくね」
「えっ、私の耳、汚れてる?」
「いや、ヴィブロスはとてもきれいだよ」
「…………そっか」
「だから掃除というかマッサージの一部だと思って、痛かったらすぐ言ってね?」
トレっちの言葉に一瞬どきりとして、そしてさらにもう一度違う意味でどきりとさせられた。
多分、自覚がないんだろうなあ。
彼は綿棒を手に取ると、私の耳を少しだけ引っ張る。
そして真剣な表情のまま、ゆっくりと綿棒を私の耳に差し込んでいく。
「……んっ」
すりすりと優しく耳の中を擦られて、身体がぴくんと反応してしまう。
ただ驚いたのは最初だけで、その後は絶妙なくすぐったさと気持ち良さが、神経に走っていった。
外側をくるくると少しずつなぞり、中の方まで丁寧に撫でて、時折グッと押し込む。
背筋がぞくぞくとして、身体を動かさないようにするので、精一杯になってしまう。 - 54二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:19:22
「トレっちって……意外と……テクニシャン?」
「誤解されるようなこと言わないで」
トレっちは少しだけ顔を引きつらせながら、耳掃除を続けてくれる。
綿棒の丸っこくて柔らかい先端は、とても優しいのだけれど、どうにももどかしい。
傷つけるくらい、もっと強く掻いてくれれば、もっと気持ち良いのに、そう思ってしまう。
勿論、私のことを想って、そうしてくれているのはわかるから、何も言わないけれど。
「……綿棒ってトレっちに似てるよね?」
「それ褒めてるのかな」
「…………ふふっ♡」
私は笑ってはぐらかす。
こんなこと、言えないもんね。 - 55二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:19:35
「じゃあ耳掃除はこれくらいにして、マッサージに入るよ」
「うん……待ってた~♡」
耳掃除もすごい良かったし、すでに頭はぽやぽやし始めていた。
でもここからが本番だったことを思い出して、私は背筋を伸ばす。
その時、ふわりと、エキゾチックな香りが鼻先をくすぐった。
雨上がりの土を思わせるような重厚な匂い、そこにフローラルとシトラスな香りがマッチして。
私の理想に、ぴったりな、香り。
あまりに気になって、トレっちの手元を見てしまう。
「……それ」
「ん? ああ、なんか君が好きそうだなって思って、衝動買いしちゃったんだ、役立つ日が来て良かったよ」
ちょっと高かったけどね、とトレっちは苦笑する。
彼の手元には、オイルというには少しだけゴージャスな、セレブっぽい容器に入ったマッサージオイル。
それはまさしく────私が雑誌を見て欲しいと思っていた、あのマッサージオイルだった。
すごく、嬉しかった。
トレっちが、私の欲しかったマッサージオイルを買ってくれたから、ではない。
トレっちが、私の好きを、理解してくれていたから。
嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになって、思わず感情が言葉となって漏れてしまう。
「トレっち、私、好きだよ?」
「そっか、喜んでもらって何より……じゃあ、これ使っていくから、ちょっとひやっとするよ」
トレっちは私の言葉を軽くスルーして、マッサージオイルを手に出し始めた。
……まあ、今は良いんだけどね。
そして私の耳に、冷たくて粘度のある液体に包まれた彼の指先が触れる。
私の好みの香りがより強くなって、耳の中をぬちゃぬちゃとした音が響いて、それでいて快感が走っていく。
なんか────ちょっとだけ、変な気分になりそうで、顔が熱くなってしまう。
そんな恥ずかしい心の内には全く気付かないで、彼は容赦なく私の耳を解していく。 - 56二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:19:51
「ひゃ……ふあ……んんっ……!」
トレっちの指が耳の中を撫でる度、耳の中で押される度、声が漏れ出して身体がびくびく跳ねてしまう。
オイルの効能なのか、トレっちの腕前なのか、トレっちだからなのか、あるいはその全部か。
私の身体は、頭は、その暴力的な心地良さに、支配されていってしまう。
やがて────彼の手の動きが、ぴたりと止まる。
どうしたんだろう、そう思って私は薄めでトレっちの顔を見る。
彼は、とても心配そうな、不安そうな表情で、私のことを見つめていた。
ああ、なるほど、私の反応から不愉快に思っているんじゃないかと、考えてしまったのだろう。
もう、トレっちらしいなあ。
「ねえ、トレっち────」
私は手を伸ばして、トレっちの両頬に触れて、その顔を私に近づける。
そして、恐らくはふにゃふにゃになっているであろう表情筋で、出来る限りの笑顔を彼に向けた。
「────嫌っていう顔に見えるかな?」
何度か彼に交わしたやり取りを、今日は反対にする。
それを聞いたトレっちは、笑顔で首を横に振って、再び手を動かしてくれた。 - 57二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:20:06
数分後、私の身体は、完全に骨抜きにされてしまった。
耳はじんわりとした熱がこもったまま、全身もほんのりと火照っている状態。
多幸感に包まれていて、まったく力が入らず、動こうとする気すらおきない。
落ちてしまいそうな瞼の隙間からは、優しく微笑みながら、私を見守るトレっちの顔があった。
ああ、これは耐えられない。
眠ってしまうには、この幸せな感覚は勿体ないけれど、とても耐えられそうになかった。
ふと、このまま眠りに落ちたらどうなるか、考える。
きっとトレっちは、私を起こさないように離れて、毛布をかけてくれるのだろう。
そして寝起きの飲み物なんかを用意して、仕事をして私が起きるのを待ってくれるに違いない。
それは、嫌だなって思った。
目が覚めた時、トレっちが傍にいないのは嫌だなって。思ってしまった。
だから私は遠のいていく意識の中、最後の力を振り絞ってトレっちの服の寿司をぎゅっと掴む。
少しだけ驚いた表情をする彼に対して、私は最後の『おねだり』を敢行する。
ちょっとだけ、禁じ手を使いながら。
「…………トレーナーさん……ずっと……傍にいてほしいなあ」
彼はその言葉を聞いて、何かを言いながら、こくりと頷いてくれる。
私はそれを見て、心の底から安心して、ゆっくりと意識を落とすのであった。 - 58二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 06:20:38
お わ り
これで派生話まで終了になります
スレ内全部書けて良かった良かった - 59二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 07:20:06
すげぇいい...んだけどトレっちの服に寿司がついちゃってる...
- 60124/02/08(木) 07:44:53
草
- 61二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:46:59
- 62二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:08:59
トリプルNice SS!もうほんとヴ姉妹可愛すぎて……!なでなでが癖になったシュヴァルも、勝利の喜びをハグで分かち合うヴィルシーナも、お耳マッサージでトロトロになってるヴィブロスも……みんな可愛いです!
- 63124/02/08(木) 19:34:24
- 64二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 07:33:26
神スレ&神ssに感謝!
ヴィルシーナさんがプレイアブル化された時にヴィルシーナさんのトレーナーさんがどんなキャラになるのか楽しみになってきました! - 65二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 13:18:57
盛りだくさんで良き良き
- 66二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 15:39:19
3つのSSお疲れ様です
- 67124/02/09(金) 20:13:54