- 1二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:48:36
「影武者、ですか?」
「そうです」
担当で愛バのファインモーションが、日本親善大使となって少し経った頃。
彼女が授業を受けている間に、トレーナー室を訪ねてきたSP隊長が言ったのが、先の言葉。
「これから、殿下は日本親善大使として、公務も多くなるでしょう。今までは正式な役目もありませんでしたし、基本的にはトレセン学園と競バ場の往復でしたので、我々も警備がしやすかったのですが、これからはそうもいきません」
向かいのソファに座るSP隊長は、出した紅茶を一口すする。
それから、向こう1週間のファインの公務スケジュールを見せてくれた。
「……今日の予定が、アイルランドでの公務になっているのですけど」
「その通りです。昨夜すでに殿下は日本を発ちました。それはともかく、問題は今後です」
こちらを、射貫くような目で見つめるSP隊長。
「残念ながら、3年間拝見してきたところですと、貴殿はあまり演技ができないだろうとお見受けします」
「ええ、まあ……」
当たり前だ。
トレーナーの勉強はそれなりにしてきたという自負があるが、演技の勉強なんてしたことがない。
小学校のお遊戯くらいでしか演技の記憶はない。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:51:16
「今後は、公務に忙しくなりますし、外出も増えます。そうなると、殿下の御身を護るために影武者を用意せねばなりません。しかし、影武者を複数用意したとしても、貴殿の態度で本物がバレてしまっては意味がないのです」
「なるほど」
言っていることはわかる。
だが、どうしろというのか。
「入ってきなさい」
SP隊長は声をかけると、ファインによく似た女の子が、トレーナー室に入ってきた。
少し、流星部分の大きさや形が違うかな、とは思うが、ちょっと見ただけでは判別は困難だろう。
無機質な瞳を向けて、名乗る彼女。
「フィーネです」
「彼女は、殿下の影武者の1人として選ばれた者です。すでに護衛としての訓練も終え、私には及ばないものの、テロリストの10人や20人程度なら、苦も無く制圧してくれるでしょう」
SP隊長からの太鼓判。
というか、テロリストの20人を制圧できる護衛の力量が及ばないって、このSP隊長はどれくらい強いのだろうか。
――きっと、前にドラゴン退治した時には、相当手加減されていたのだろうな。
「貴殿には、とりあえず殿下がアイルランドに行っている2泊3日、彼女と一緒に暮らしていただき、自然に接する訓練をしていただきます」
爆弾発言。
「いやいや、ちょっと待ってください。女の娘と一緒なんて、トレセン学園が許すはずが――」
「秋川理事長と馳川秘書の許可はいただいています。それに――」 - 3二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:51:42
ふっ、と微笑するSP隊長。
「貴殿も、殿下の夫となるのであれば、使用人を使う経験も必要でしょう。この機会は、丁度良いものであると思います」
「えっ! ファインの夫とか初耳なんですけど!」
「そうなのですか? 殿下はもう、貴殿をフィアンセのつもりでいらっしゃいますし、国元の王侯貴族一同も、殿下の説得ですでに貴殿を王族に迎えることについて了承しておりますが」
「えっ……」
絶句する。
「このような仕儀となっている以上、貴殿がアイルランド王族とならない選択肢はありません。覚悟を決めることです」
説明は終わり、とばかりに立ち上がり、トレーナー室から出ようとするSP隊長。
「フィーネ。トレーナー様に誠心誠意お仕えするのですよ」
「必ずや、ご期待に応えて見せます」
無表情に、敬礼するフィーネ。
出ていくSP隊長。
そして、このファインそっくりの娘との、共同生活が始まった。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:52:07
ファインではないので、当然午後のトレーニングはなし。
ファインのものを使用するわけにはいかないので、エアグルーヴとの部屋にも行けない。
フィーネと言うファインの影武者の住むのは、このトレーナー寮。
「どう……ですか?」
不安気に瞳を揺らしながら、こちらを見るフィーネ。
目の前にあるのは、彼女の作ったカレーライス。
肉は切り落としを使用しているから、きちんと火が入っているが、野菜の大きさは少しばかり不揃い。
「美味しいよ」
――女の子の手料理は、高校の調理実習以来だ。
――いや、ヤミナベス女王杯は、一度お裾分けに預かったことがあるが、あれは女の子の手料理として良いのか?
――そう言えばつけ麺弁当も貰ったことがあるけど、あれも手料理に数えて良いものか。
そんなことを思いながら、言葉を返す。
「本当、ですか!」
パァッ、と太陽のような笑顔を浮かべるフィーネ。
口元に手を当てるその仕草は、ファインそっくり。
その手には、いくつもの絆創膏。
――可愛い女の子に、この状況で不味いと言えるはずがない。
「ああ」
カレーを、口一杯に頬張る。
その行動を見て、彼女も安心したのか、自分でも食べ始めた。 - 5二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:52:37
「お野菜、かたーい……」
今日1日、動かしていなかった彼女の繭が顰められる。
鉄面皮かと思ったが、これでなかなか表情豊か。
「……ごめんなさい。トレーナー、様に美味しいものを食べさせてあげたかったのに」
たどたどしく謝罪の弁を述べるフィーネ。
そのうなだれた頭を、やさしく撫でる。
サラサラの髪が、心地よい。
「良いよ。その手を見ればわかる。一杯練習してくれたんだろう?」
「あっ……、はい」
慌てて、手を背中に引っ込める彼女。
それでも、その顔は。
褒められた嬉しさで、はにかんでいた。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:53:10
風呂を出ると、ベッドに腰掛けてテレビを点ける。
今日の地方レースを確認。
どこも良馬場で、予後不良も出なかったみたいで、まずは何より。
「お風呂、上がりました」
フィーネが、たっぷり1時間半はかけて風呂から出てくる。
――そう言えば、寝床をどうしようか。
彼女に振り向くと。
「うわっ!」
その姿は、いつの間にかに手に入れていたらしい、俺のお古のYシャツ1枚。
上気した桜色の頬が色っぽい。
さらに、それとお揃いの色の、ピンクの上下の下着が、透けて見える。
「うふふ、どうかしましたか? トレーナー、様」
悪戯っぽく笑うフィーネ。
本当は見てはいけないのに、その美しい肢体から目が離せない。
先ほどまで後ろで結んでいたお団子が下ろされているのも、新鮮な印象。
「今宵の夜伽は、どうされますか?」 - 7二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:53:32
そんなことを言われて、引っくり返った。
横に座った彼女は、穏やかに微笑んでいるばかり。
――Yシャツの胸元からチラリと見える谷間に、ドキドキしてしまう。
「えっ!?」
「ファイン殿下とトレーナー、様との夜伽が上手くいくように、トレーナー、様の練習台になるように仰せつかっていますから」
とんでもないことを、言い出した。
狼狽しながら、首を千切れんばかりにブンブンと振る。
すると、不機嫌な彼女。
「もう、奥手なのですね! それでは私が役目を果たせません!」
「そう、言われても」
「――私から、逆ぴょいしますか?」
またまた、物騒なことを言ってくる。
……これは、譲歩案を出さないと納得しないか。
――もってくれよ、俺の理性。
「じゃあ、女性に慣れるために、今日は添い寝をしてもらえるかな」
「かしこまりました」
まだ少し不満気ではあるが、納得してくれたようだ。
その日は、トレーナー寮のベッドで、彼女を抱き締めて、眠りについた。
――若い女の子特有の、甘い桃のような香りに悩まされながら。 - 8二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:54:04
朝。
誰かの声で、目が覚める。
まだ、目の焦点がはっきりしない。
「ご……、おはようございます。トレーナー、様」
「ファイン?」
「――いいえ。フィーネです。でも、ファイン殿下に間違われるのは嬉しいですね♪」
そう言って、キッチンへ戻っていくフィーネ。
ベーコンの焼ける、美味しそうな匂い。
パチパチと油の跳ねる音まで聞こえてきて、食欲をそそられる。
「はい、召し上がれ」
朝食は、典型的なブリティッシュスタイル。
ベーコンエッグ、ベイクドビーンズ、ポテトとマッシュルームの炒め物、サラダにトースト。
いつものブロック携帯食とは、天と地ほどの差。
「――美味しい」
「えへへ」
思わず漏らした言葉に、嬉しそうな反応が返ってくる。
緩んだ口元が、手で隠せていない。
――でも、こんなに満ち足りた朝食は、久しぶり。可愛らしい女の子がいるなら、さらに倍。 - 9二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:54:34
朝食後、後片付けをすると。
フィーネは、たどたどしく掃除を始めた。
初めて使う様子の掃除機や、フローリングワイパーをとまどいながら使用して、家中を掃除していく。
「トレーナー、様がえっちな本を持っていないかどうか、チェック致します」
始まる前はそんなことを言っていたが、そんな余裕はなさそう。
だが、手伝おうとすると。
「トレーナー、様のお世話は、私がいる間は私がしますから」と言って聞かない。
それが終わったら、今度は洗濯。
それも初めての様子だったが、それでも楽しそうに洗っては干していく。
流石に、女の子の服をトレーナー寮のベランダに干すわけにはいかないので、それだけは部屋干し。
「むぅ~」
不平があるようだったが、ここは押し切った。
女の子の下着を無造作にベランダに干して、変な噂をたてられるわけにもいかないし。
渋々ながら、納得してくれたのは、よかった。 - 10二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:55:10
遅めの昼食は、カップ麺に相成った。
ファインはカップ麺も好きなので、かなりの種類と量をストックしている。
ダイニングテーブルにいくつか並べると、フィーネは迷わず1つのカップ麺を手に取った。
それは、ファインの一番のお気に入り。
「容姿が似ていると、好みも似るのかな」
そう、揶揄うと。
彼女は、手の中のカップ麺を見てから、「あっ」と声を上げた。
それから、おずおずとそれを戻す。
「その……、ファイン殿下が好きな銘柄を食べてしまっては不味いですよね」
「良いよ。また買ってくるから」
「では!」
目を輝かせて、再び同じカップ麺を手に取ると、ウキウキしながらかやくを取り出す。
年相応の行動が、微笑ましい。
自分も選んでから、電気ケトルのスイッチを押した。 - 11二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:55:48
ファインは出かけていて日本にいないことになっているので、当然フィーネは出かけるわけにはいかない。
自然と午後は、ソファに並んで腰かけて、おしゃべりをすることになった。
彼女が淹れてくれた紅茶は、ファインも得意なダージリン。
「どうして、フィーネはSPになったの?」
「私は、孤児でして。そこをたまたまSP隊の方に見込まれて、勉強をしながらSPの訓練をさせていただけることになりました。ファイン殿下と容姿も似ていたので、影武者と言うことになりました」
すらすらと答えるフィーネ。
――少し、悪ふざけをしてみようか。
心持ち身体を引いて、彼女の全身をくまなく眺める。
「そうなんだ。でも、身体はファインとは違うみたいだね。見た感じ、B77-W58-H81ってところかな」
「……セクハラです。それに――」
ムッとした表情を浮かべるフィーネ。
自分の胸や腰、尻をペタペタ触った後。
こちらをねめつける。
「私は、B79-W56-H83です!」
「あはは、ごめんごめん」
笑って、誤魔化す。
――たまには、こういうのも楽しい。
その後もいろいろと歓談していると、気づけば夜。
冷蔵庫の中の昨日のカレーを、温めて食べる。 - 12二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:56:54
風呂に入ると。
脱衣所に、人の気配。
女の子のシルエットが、曇りガラス越しに見える。
「えへへ、来ちゃいました」
咄嗟に、目を逸らす。
入ってきたのは、言うまでもなくフィーネ。
後ろから抱きついて、そのタオル越しの身体を、惜しげもなく擦り付けてくる。
「――ごめん、こういうのは……」
断ろうとすると。
彼女の人差し指が、こちらの唇を塞いでくる。
続いて、一言。
「生半可な覚悟で、このようなことをしていると思ってる?」
「えっ?」
「覚悟は、とうにできています。未来の旦那様に――」
「ごめん!」
「――あっ!」 - 13二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:57:16
一瞬の隙をついて、風呂場から逃げ出す。
フィーネが追ってこないよう、乱雑に身体を拭くと、そのままリビングへ飛び出した。
――まだ、心臓がバクバク言っている。
大胆な彼女の行動に、落ち着かない。
結局、その夜も。
彼女を抱き締めて眠ることで、手を打ってもらった。
昨日よりちょっと強くなった、彼女の匂いに包まれながら。 - 14二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:57:52
2回目の朝。
「朝です。トレーナー様」
その日の目覚めは、SP隊長だった。
ハスキーでストイックな声を聞くと、身体が一瞬にして仕事モードになる。
着替えてダイニングに行くと、もう朝食の準備はできていた。
「本日は、私が作らせていただきました。それで、本日殿下がお戻りになるので、いったんフィーネをここで回収いたします」
3人で朝食を食べながら、スケジュールの確認。
メニューは昨日と同じ、ブリティッシュスタイルの朝食。
昨日より数段美味しいのは、作ったのがSP隊長だからだろう。
横目でフィーネを見ると、悔しげな表情。
――料理の腕は、及ばない。
「それで、これからの予定ですが」
「あ、その前にちょっとだけ良いですか?」
「はい」
SP隊長の言を遮ると。
隣に座っていたフィーネの頬を両手でつまんで、もにゅもにゅと揉む。
もちもちのほっぺが、気持ち良い。 - 15二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:58:18
「満足した、ファイン?」
目を見開く、フィーネ改めファイン。
SP隊長は、肩を竦めて「やれやれ」という仕草。
最後に、きゅぽん、と手を離すと。
「む~」というブーイングを上げながら、こちらを睨みつけて来た。
「もう! わかっていたなら、早く言ってよ! ――でも、どうしてわかったの?」
「簡単なことさ」
得意げに、解説を始めることにする。 - 16二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:58:46
「まず、SP隊長がファインと離れ離れになって最初に残っていたこと。そんなこと今までなかったし」
「なるほど。その時点でお疑いでしたか」
頷く、SP隊長。
「ええ。それから、カレーが拙かったこと。他のSPの方々は上手ですし」
「ふむふむ」
「一緒に寝た時の、匂いがファインと一緒だったのもありますね。嗅ぎ慣れた匂いだったので、すぐにわかりました」
「……さすがに、そこは気にしてなかったかな」
「他にも、挙げればきりがないかな。名前も単純だったし、紅茶の淹れ方も同じだったし、取ったカップ麺がファインの好きなものだったし、家事に不慣れなのも違和感があったし」
「殿下……」
頭を抱えているSP隊長。
「でも、どうしてこんなことをしたの?」
その問いに、真剣な表情になるファイン。
SP隊長も姿勢を正す。
それにつられて、こちらも姿勢よくなるよう座り直した。 - 17二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 19:59:40
「こないだの誕生日のときに、お願いしたの」
「お願い?」
「そう。トレーナーと、普通の女の子として過ごしてみたいって」
「そんなこと、言ってくれれば」
ファインの人差し指が、俺の言葉を止める。
「ううん。キミが知っていたらダメ。だって、そうしたらキミはやっぱりファインモーションとして扱ってしまうから。だから、ファインじゃない誰かになる必要があった」
「それが、フィーネってこと?」
「そう。そしてキミは、わかっていても3日間、私を普通のフィーネとして扱ってくれた。凄く楽しかった。日本の普通の女の子が、好きな人にするみたいなことができて」
「――ファインが、楽しそうだったから」
「ありがとう。だから、凄く嬉しかったんだ。改めて、この場を借りて、ありがとうございます」 - 18二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:00:08
深々と頭を下げるファイン。
見れば、SP隊長も頭を下げている。
「俺も楽しかったんだ。だから、お礼なんて言わないで。お互い様なんだから」
顔を上げる2人。
そこに、ファインの爆弾発言が飛び出した。
「じゃあ、今度は、トレーナーが2泊3日で王族になろうよ、ね?」
「良いですね。トレーナー様にはファイン殿下の夫君となるべくきちんとした所作を身に着けていただきたいところですので」
「決まり! 今度の3連休は、みんなでアイルランドだね!」
当事者を置いて、トントン拍子に話が進んでいく。
だけど。
目の先には、満面の笑みのファイン。
「また、3日間、ずーっと一緒だね、トレーナー」
――この笑顔を見ていられるなら、それも良いと思った。 - 19二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:00:49
これで終わりです。
ありがとうございました。
至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。 - 20二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:09:00
これはとても良いものだ。
- 21二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:12:09
普通の女の子として過ごしてみたいっていうのがいじらしくていいね…
トレーナーはやっぱり担当ウマ娘を見分けてこそだよなぁ! - 22二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:15:46
すごく・・・すごいよかったです!
- 23二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:21:30
これは…いいな…お気に入り登録して何度も読み返したくなる…
- 24二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:21:44
いいじゃん
- 25二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 20:23:07
- 26二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 02:05:08
あっ、すき……
- 27普通に憧れるファインは可愛い24/02/06(火) 03:06:27
- 28二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 08:01:09
ほしゅ
- 29二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 16:25:23
- 30二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 23:31:33
- 31二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 00:12:59
緊迫かと思えば平和な日常のため…良いな