【SS】同期、ダイイチルビー

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:21:06

    最初はただ、気に食わなかった。

    ダイイチルビー。“華麗なる一族”のお嬢様が何だって同じ世代に居るのか。レースを志す者ならば誰だって知っている名門。
    そこのウマ娘が同じ教室で学び、同じレースを走ると言う。普通ならばすれ違う事すらないような奴だ。

    そんなのが一緒なんだと気付いた時、なんだかまるで自分が狙い打たれたかのように思えて。
    トレセン学園に来れば今までの冴えない自分にさよならを言えると思っていたのに、その甘い考えは一瞬で打ちのめされた。
    あの時はただ、その理不尽さを呪った。

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:22:17

    あれから幾つかの日が経ち、正門の桜の花弁も落ちる頃、実践的なレースの指導が授業で行われる事になった。
    本格化は各ウマ娘によって時期が異なるが、そうでなくともこの時期の練習は重要である。

    中央に来た甲斐が有るものだ。その頃の私は根拠の無い自信に満ち溢れていたように思う。
    クラスメイトとの併走は勿論、後々億劫になるだけのゲート練習や坂路トレーニングですらワクワクが止まらなかった。

    でも、迸る情熱は、流れ落ちる滝にも似ていて。目の前で練習コースを走るダイイチルビーの姿に圧倒された時、自然と顔が俯いてしまったことをよく覚えている。
    文字通りスタート地点が違うのだ。田舎育ちの私とは何もかも。

  • 3二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:23:25

    ちくり。


    一目見ただけで分かる華麗なフォーム。幼い頃からさぞや練習してきたのだろう。
    子供の頃の私は遊んでばかりで、地域のジュニアレースでがむしゃらに勝っただけで喜んでいた。


    ちくり。


    ラップタイムが少し良くなったくらいでは満足せず、顔色一つも変えずにまた次のスタートを決めている。
    普通は立ち止まって喜ぶものじゃないのか。ストップウオッチを見て嬉しくなることなんてそうそう無いだろう?


    ちくり。


    文字通りの高嶺の花。授業の走り込みですら全力で取り組む姿に周りは感嘆の声を漏らすばかり。
    それだってのに自惚れた表情一つ見せやしない。
    同じ立場だったらついつい笑みが溢れる所だろうな。そうじゃないのはそれこそ器が違うからか。


    ぐさり、と刃物で刺されたような気分だった。
    お嬢様を見れば見る程に自分との違いをまざまざと思い知らされて。
    なんと言うか惨めで惨めで仕方なかった。ある種の諦めにも似た寂寞感がじくじくと体の内を侵食していく。
    授業中だからと無理やりにでも平静を取り繕わなければ泣き出していたのではないだろうか。

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:24:01

    ただ、私にもなけなしの自尊心は残っていた。
    ふつふつと湧いた妬みを無理やり闘争心に変えて、お嬢様に模擬レースを挑んだのだ。
    それが、全ての始まりだった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:25:48

    「貴方が本日の併走相手を務めてくださるという事で、間違いはないでしょうか」

    放課後、少し日が傾いた頃。空が赤く焼け始めた時。

    目の前に居るダイイチルビーは、抑揚の無い声で機械的に模擬レースについての確認をしていた。
    それが当時の私にはかなり癪に障っていた。
    所詮、エリート様にとってはそこらの木っ端如きとやる模擬レースなど、どうでもいいのだろう。

    「間違いないよ。私があんたに併走を申し出たんだ」
    「左様でございますか。では、アップを終えた後開始の合図を」

    そう言うや否や、脇目も振らずに準備運動を始める。
    それに呼応するかのように、お嬢様お付の執事がせっせと雑務をしている。こんなニ人だけの併走ですら学外の人間が顔を出すのか。
    担当トレーナーも居ないくせに、周りの人間にトレーナーまがいの事をさせて。それが本当に気に食わなかった。
    自分には無いものを見せつけているようで。

    「ぶっ潰す……」

    いつしか声に出してしまう程に、湧き上がる感情は大きくなっていた。
    アップ中のダイイチルビーがこちらを見たような気がするが、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
    今はこの気持ちを如何にして鎮めてやるか、だ。やり方は、私が決めさせてもらった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:27:32

    「コースは芝1600m。右回り。バ場は良。天候は晴」

    淡々とコース内容を説明するお嬢様。華麗なる一族であるあいつがティアラ路線を進むであろうというのは誰の目にも明らか。だから私はこの条件を叩きつけた。

    拒むはずも無いだろう。一族の誇りと栄誉やらがあるのだから。私のような小市民とは違うんだろう?

    故に、罠を仕掛けるなど容易い事だった。


    ニ人きりの併走ゆえ、にべもなくスタートラインに立つ。
    正しくここが出発点なんだ。私が生まれ変わる為の。
    そう思うと嬉しくて堪らなかった。高揚感に身を包まれながらスタートの姿勢を取るのは久しぶりだった。
    だから、あの時のお嬢様の目。こちらに視線をやるお嬢様の目に気が付かなかった。
    そんな事より肝心なことが私にはあったから。

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:29:09

    「では、参ります」

    お嬢様が言葉を発するのとどちらが先か、執事が旗を勢い良く振り下ろす。
    ゲート代わりのそれを合図とし、一斉にスタート地点を蹴り上げる。
    相手の脚質が【差し】なのは調べが着いていた。
    内ラチ側に入り、悠々と先行策を取る。スタートダッシュだけは地元の誰にも負けなかった。私が誇れる唯一の武器。
    後ろをちらと見ると、普段の能面じみた無表情とは違うギラついた赤い瞳が私をマークしていた。
    それに一抹の不安を抱いてしまったが、すぐに前を向く。

    焦ることは無い。このまま行けば私の勝ち。いや、あいつの負けだ――

    中盤に差し掛かる頃、阪神レース場を模したこのコースではコーナーに入る。
    右回りということは、当然右側に寄りインを突けば走行距離は短くて済む。
    先行を行く私がそうすると思ったのは当然だろう。差し切りを狙うダイイチルビーはアウト側に膨らみ、私の外側から追い抜きを考える。

    その瞬間を待っていた。私はわざとライン取りを乱し、お嬢様の邪魔になるようにコースを塞ぐ。
    斜行による降着なんて模擬レースにある訳もない。
    あわよくば接触をも狙っていたのだが、あいつは表情を変えることもなく走行レーンの修正に入っていた。

    (クソが……!)

    いけ好かないお嬢様を滅茶苦茶にしてやりたい。当時の私はそれしか考えていなかった。
    心の中でついた悪態は走りにも現れていたのだろう。
    普段の練習とは少しだけだが確実にハイペースで、レースは終盤へと差し掛かっていた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:30:30

    コーナーを終えると後は直線勝負。
    これはどこのレースだって変わらない。誰であろうとスパートをかけるのはここだ。

    「ふっ……!」

    背後のダイイチルビーが差し切りの体勢に入る。姿勢を落とし、空気抵抗を少しでも落としてスピードを上げていく。
    さっきまでは遠かったはずの足音がどんどんと増していっているのが分かる。

    これが途轍もないプレッシャーだったのは間違いない。足が重くなった感覚さえあった。
    こんなものを直に浴びせられた事など、デビュー前の身である筈も無く。正直言って普段の私ならば耐えられはしなかったろう。

    みるみるうちに私との差は縮まり、三バ身ほどあった差はニバ身一バ身と埋まっていく。



    そうしてあいつが私を横から追い抜こうとした時、罠は作動した。

  • 9二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:32:39

    グチャりと泥濘む地面。
    快晴の筈なのにどうして。
    そう言いたげであろうお嬢様を見て、ほくそ笑まずには居られなかった。

    整備が整った実際のコースとは違い、このレース場は構造上どうしても走行中には確認できない死角がある。
    私は練習中にそれを偶然見つけていた。
    そこの芝を一旦剥がし、泥溜まりを作っておけば即席のトラップの完成だ。
    スピードは確実に落ちる。転倒などすればなお良い。


    「はっ!はははっ!お嬢様ぁ!お先に行ってるよ!」


    幾ら相手が格上だろうとこうすれば問題ないのだ。
    今思えばあまりにも醜悪な顔だったろう、それでも喜びが隠しきれず、淀んだ笑いが自然と喉から零れた。

    私だけが知っている本来の良バ場を駈ける。

    スピードはぐんぐんと増し、自己ベスト更新すら狙える。ここまで清々しい気分で走れたのは何時ぶりだろうか。
    後はゴール板を目掛けて走るのみ。






    の、はずだった。

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:33:59

    「華麗であれ」



    この声は。そんなはずはない。あいつは後ろで無様に転倒しているはずだ。




    「至上であれ」




    嘘だ。私が自分で試した時は転倒して無様にも怪我をしてしまった。猛スピードで駆け抜けられるはずがない。




    「常に最たる輝きを」




    それが、何故。
    私の横に居る。

    気が付けば、私はゴール板を駆け抜けるダイイチルビーを見送っていた。

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:35:02

    「どう、して」

    息も絶え絶え、脚は笑っている。
    結局ダイイチルビーから遅れること三秒。
    時間としてはたったそれだけだが、埋めようもない差であることも確かで。
    私はようやく辿り着いたゴールで問いかけていた。

    「どうして、とは」
    「わかってんだろ!私があんたを嵌める為にやったんだよ!なんで平気な顔してんだよ!」

    取り繕うことすら出来ず、ただ感情をぶつけるだけ。
    不義理を働いた方が癇癪を起こしてしまう始末。それでも問わずには居られなかった。
    そうしないと、最後に残った僅かな自尊心さえ流れ落ちてしまう気がしたから。

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:36:08

    「確かに、今回のコースには泥濘があったと存じます。
    それに足を取られ、胸を衝かれたのも事実」

    「ですが、私は足を止める訳にはならないのです。
    我が一族の誇りを示す為、研鑽は十全に。不慮の事態にこそ鷹揚と」

    そう言い切った彼女の姿は、あまりにも眩しくて。
    私はただ、湧き出したちっぽけな妬みに身を任せて、こんなことをしたのがとても情けなかった。

    それからはあまり覚えていないが、泣き叫ぶ私に彼女が掛けた言葉だけが頭の中に残っていた。



    「何かを成そうとするのなら、常に堂々たる姿勢で」



    夕暮れ。赤く燃える空。
    彼女の名。紅玉と同じ色をしていた。

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:37:07

    これを境に、私は只管に練習へと励むようになったのを覚えている。
    以前のような嫉妬の炎に突き動かされるだけの哀れなウマ娘ではなく。
    彼女のような誇りを胸に抱いてレースをしたいと、そう思うことが出来るようになったから。


    歴史に名を刻むような走りなんて出来なかったけど。
    ここに来て良かったと、そう思えるようになれた。

    それだけは、確かだった。

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:37:40

    このレスは削除されています

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:39:23

    以上、ありがとうございました
    一度テレグラフで投稿したものを加筆修正したものなので見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません

    ルビーの魅力の一端でも書けていれば幸いです

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/05(月) 23:54:35

    とてもいいですね……
    モブから見た、ネームドウマ娘の圧倒的な強さ! ワクワクしますね!
    そして、ルビーの強さと姿勢で感化されて救われるのがとてもいいです……

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 00:06:58

    >>16

    ありがとうございます

    言葉足らずなイメージがある娘ですが、こうして姿勢で語っている所もあるよなあと思ったのが発端です

    常に最たる輝きを見せているのがダイイチルビーなんだろうなって

  • 18二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 00:21:14

    モブとはいえ中央トレセン所属なだけあってか、ちゃんと実力者ではある描写が良いね
    練習用とはいえコース特性を把握してるとことか

  • 19二次元好きの匿名さん24/02/06(火) 00:28:13

    >>18

    ありがとうございます


    地元じゃ強者だった彼女がいかにして鼻っ柱をへし折られたか

    それでも中央に足る資格は持っていたのか

    その辺りが伝わっていると幸いです

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