コーヒー【♀トレSS】｜あにまん掲示板

1二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 02:42:39

あたしはシリウスシンボリの担当トレーナーだ。そう、あたしがシリウスの持つ才能をダメにしたどうしょうもないトレーナー。彼女には才能があった。だからこそ、彼女の父親が先生と2人体制で幼い頃より手塩にかけてシリウスを育てトレセン学園へと入学させたのだろう。
――ぽどぽど、ぽどぽど
湯沸かしポットから熱々の湯がドリップコーヒーに注がれ、安っぽい香りがトレーナー室に広がる。ひとりになると、後悔の念だけがあたしを支配するように覆い被さり、重荷となった。
――すべて私が選んだことだ。ついてきたアンタを責めるなんてしねぇよ
シリウスはあたしを責めることを選択しなかった。違う、あんたはあたしを盾にしていい。あたしをどうしようもないトレーナーだと罵っていい。責めて欲しかったのに、あたしは責めてこないシリウスに甘えた。当時のシリウスを止めることもせずに、トレーナーとしての実力を過信した自身を幾度ビンタしても足りない。
「――またか……」
「また、とは何よ」
思いふけていれば、シリウスが入ってきた。自信に溢れた雰囲気は海外遠征を経ても変わることはない。彼女は揺らがない。まっすぐにあたしのもとへと近付くと気にした様子もなく、飲みかけのコーヒーを口にした。
「こんな安いコーヒーの何が良いんだか…苦いだけで何もねぇ」
「文句があるなら飲まないでくれる？あたしはこれでいいのよ」
「とっとと卒業しろ。こんなコーヒー」
「そう思うのなら、良いコーヒーとやらでも用意したらどうかしら」
「用意したところで、素直の『す』の字もないアンタが飲んだ試しがねぇ。入れ方、知ってんだろ」
言葉の通り、用意されたところであたしはそれを飲めずにいた。豆を挽くのが面倒臭いという簡単な理由ではなく、だからといってあたしはシリウスに理由を話していない。
「……帰国してから、アンタはずっとそれを飲んでる。最初はただ適当に手に取ったものを飲んでるだけだと思っていた…だが、違った」
「別に……適当に取っているだけよ」
「なら、私が用意したコーヒーでも飲むことだな。そんなもんに浸かってるんじゃねぇ」
「飲み物くらい好きにさせて欲しいわ。あたしにはこれが相応なのよ」
「私は苦いだけのコーヒー飲んでつまらねぇ顔することが相応な女を選んだつもりはねぇ」

2二次元好きの匿名さん24/02/07(水) 02:43:04

シリウスの言う選んだというのは、あたしをトレーナーとしてだけではなかった。同情でもなく、傷の舐め合いをしたい訳でもなく、あたしをひとりの女としてでもあった。あたしは甘えと自責の念も持ちつつも、彼女の隣りに居ることを選択して現在に至っている。
「過ぎたことは変わらねぇ…忘れろとも言わねぇよ。だがな、前を見ないと進む道もわからなくなる」
「そんなこと、わかって…いるわよ……」
「前を見るのが怖いか？」
あたしは思わず、シリウスから目をそらした。図星だった。海外遠征から帰国後も彼女に1着を握らせることもなかった。そんなあたしの目の前にある道は本当に進めるものなのかと。
「私を見ろ」
シリウスの手が優しく輪郭をなぞり、そのまま顎の下を持ち上げてあたしの目線を無理矢理変えた。交わる視線、赤く燃え尽きることを知らないような眼があたしを捉えていた。
「っ……」
「私についてこい。アンタが怖くて歩けないなら私が道を拓いてやる。アンタが進むべき道をこの私がな」
「……情けないったらないわ。あたしはトレーナーなのに」
「トレーナーだろうとなんだろうと関係ねぇ。私は選んだ女についてこいって言っただけだからな」
「シリウス……」
「まだなにかあるのか？」
「その……ありが、と……感謝するわ」

数日後。あたしは購入していドリップコーヒーをすべて消費したあと、シリウスの用意したコーヒーを初めて口にすることができた。自信に溢れた表情、凛とした声。それだけでなく、何一つとして揺らぐことを知らないシリウスシンボリを構成していくすべてに、あたしはただ救われ続ける。それはこの生涯ずっとなのだろう。