【一応CP?注意】伊織殿、頼みがある

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:31:16

    正雪が我が家で生活するようになってから、実に半年以上が経った
    共に飯を作り、共に食い、共に皿を洗った
    献立に迷い、余りものに悩み…それでもなんとか料理した
    飢えも、渇きも…生活への不満もない
    幸福――そう、幸福な日々だった


    そんな、当たり前に感じていた日々が、いつか終わってしまうこと
    目を背けていた現実が、今俺の目の前に立っている
    その目をしっかと開き見届けろ。そう俺に訴えかけている

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:31:44
  • 3二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:32:26

    伊雪美味しいぺろぺろ続編ありがとうございます!!

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:32:38

    【体調はどうだ、正雪】
    「ああ、昨日よりは安定しているみたいだ
     すまない伊織殿…こんな、末期の世話をさせてしまって」
    【いいんだ、俺も貴殿に恩があるから】

    あれから正雪の身体は、目に見えて衰えていった
    まず物が握れなくなった。刀はおろか、鍋や包丁、日用具さえも
    次に体のあちこちが崩れやすくなった。日を経るごとにヒビや欠損が目立ち、隠し通すことも難しかった
    自分で立つことも難しくなった。常に誰かが傍に立ち、支えなければならなくなった
    今では床に臥せっていることがほとんどで…話すことも、苦しいようだった


    由依正雪は、もうすぐ死ぬ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:33:35

    堅いものが喉を通らなくなった正雪
    今では粥か、具の少ない汁物しか食うことが出来ない
    あんなに米や魚、肉や野菜が好きだったというのに
    覚悟していたこととはいえ、そうした生々しい現実を見ることが辛かった
    ただただ、辛かった

    「あむ…うん、美味しい
     伊織殿も、料理が上手になったな」
    【貴殿ほどじゃない…失敗することがほとんどだ】

    匙で掬い、口元まで運んだ粥を、正雪はゆっくりと飲み込む
    こけた頬の翳が、枯れ木のように細くなった両の腕が、彼女の背後に近づく『死』を想起させる
    耐えねばならなかった。辛くとも、ただ、耐えねばならなかった
    せめて彼女の前だけでは、強くありたいと願っていた

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:33:53

    完結編ってやっぱそういう事なんだな

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:34:22

    寿命を延ばす。そんなことを考えてもみた
    魔術や道術…東方西方各地をめぐれば、外法でも手立てはあるだろうとも思った
    だが、外法に手を染め、後ろめたさに苛まれながら生きる正雪の姿を考えると、動くに動けなくなった

    (ああ俺は、こういう時に限って弱い人間なのだ)

    そう思わずにはいられず、半ば自暴自棄になった時もある
    だがそういう時、きまって正雪は笑っていた

    「いいんだ、満足な現世だった
     好きなことをやった、やりたかったことをやった
     …伊織殿と生きることが出来た
     ほんとうに、満足だ」

    その言葉に、幾度救われたことか
    その笑顔に、幾度心洗われたことか

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:35:50

    「正雪先生、起きれる?」
    「ああ、カヤ…ありがとう、起きれる」

    カヤも、よく彼女の世話を手伝ってくれた

    風呂や、着替えまわりのことは、男の俺にはできないことだった
    …あいつも、正雪のことが大好きだったから
    辛いことをさせてしまった、と今でも後悔している
    だが一方で、いずれにせよカヤは手伝いたいと言うと思っていた
    共に飯を食い、生きた仲だからこそ、最後まで付き添ってあげたい
    その気持ちが、俺には痛いほどわかった
    …いつの間にか、俺は人の気持ちをくみ取れるようになっていたらしい
    何とまあ、ずいぶんと遅い成長期が来たものだ

    …そう、自嘲気味に笑った

  • 924/02/08(木) 16:36:21

    (レポート提出に行くので小休止)

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:37:02

    10ゲット

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:43:32

    あげ
    完結編か…

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:48:00

    >>3

    コイツ今どんな心境なんだろう

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:49:38

    このレスは削除されています

  • 1424/02/08(木) 16:55:41

    (再開します)

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:56:28

    【…】
    「伊織殿」
    【……】
    「伊織、どの」

    ついに、その時が来てしまった
    最近の正雪は粥さえも食えなくなり、水を飲めばもどしてしまう毎日だった
    かさついた口は日に数語も刻まず、会話などほとんどできない
    それでも正雪は生きていたから、俺も根気強く彼女の世話をした

    だが、いつか来ると思っていた終わりは、想像よりもずっと早く。
    「これが”そう”だ」と、教えられたわけでもないのにわかってしまうほど明確に。

    静かに、来てしまった。

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:57:23

    「伊織殿」

    掠れるような声で、肺の中の空気を絞りきったような声で正雪が呟く
    『駄目だ、無理をするな正雪』
    そんな、やんわりと諫めるような言葉すら出てこない
    枕元に座り、彼女を見つめる俺はどんな顔をしているだろうか
    きっと、己も知らない、鬼のような顔をしているだろう

    「伊織殿、頼みがある」

    ゆっくりと告げるその口を、出来ることなら塞ぎたかった
    言わせてしまえば、すぐそこにまでやってきた『死』が、牙をむいてしまうような気がした
    だが俺はそうしなかった。いや、できなかった
    (最後くらい、正雪に好きなことを好きなだけさせてやりたい)
    そんな思いが、心のどこかにあったからだろう

    とにかく俺は、正雪に何もかもをさせたかった
    それと同時に、何もかもをして欲しくなかった

    そうしたせめぎ合いの中、ただ前者を選んだだけだったのだ

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:58:16

    【頼みとは何だ、正雪】

    声が震えていないだろうか、狼狽が目に見えてはいないだろうか
    気を遣わせないように、細心の注意をはらって尋ねる
    口元に耳を寄せ、声があまり出なくても聞き逃さないよう、耳をすませる
    すると正雪は安心したように笑って、ゆっくりと口を開いた

    「最後に、」

    そうして彼女の口からまろび出た、恐らく生涯最後の願いは、

    「手を、握ってくれないか」

    何とも素朴で、平凡な願いだった

  • 18二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 16:59:09

    このレスは削除されています

  • 19二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:00:13

    …正直、拍子抜けした
    半年前の彼女の言葉を正と取るならば、口吸いでもしろと言われるかと思ったが
    案外幼げのある願いだ。そう思った瞬間、なんだか笑えてしまった

    【ふ、はは
     あはははは…】

    「?何を、笑っているんだ?伊織殿…」

    小さく、しかし長く笑う俺を見て、正雪が怪訝そうな顔をする
    それもそうだ、向こうは人生最後の頼みなのだから
    だが俺は、その一見「幼げ」な彼女の願いを聞いて…少しだけ嬉しかった
    そう、嬉しかったのだ

  • 20二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:01:19

    この半年で、俺はずいぶん人の気持ちがわかるようになったと思う
    その中で俺は、今まで正雪が縛られてきた使命や、塞ぎ込んできた感情を垣間見ることが多々あった
    造られ、使命を背負わされ…一体、いくつの夢を諦めて来たのか
    一体いくつの、捨てなければならない願い(よぶん)があったのか

    思えば盈月の儀の最中、正雪はいつも急かされていたように見えた
    使命を果たせと、心の内で誰かに命令されていたのだろうか
    …詳細はわからない
    だが、とにかく俺は、正雪がわがままを言えるようになったことが
    何よりも、嬉しかったのだと思う

    だからこそ、肩の力が抜けた今、俺は笑っていた

  • 21二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:03:08

    「笑い事ではないのだが、伊織殿…」

    ようやく笑い終えた俺を見ながら、正雪が恨みごとのように言う
    だが、その顔は少しも恨めしそうではなかった

    【すまない正雪、手を握ってほしい、だったな】

    俺もどこか晴れやかなものを感じながら、彼女の手を握る
    枯れ枝のようだ…かつてはそう感じた手も、いざ握ってみれば暖かな血が流れている
    ああ、人間の手だ
    生きている人間の手だ
    確かに正雪はもう死んでしまうし、俺も正雪もそれをわかっている

    だが彼女は今、今この瞬間だけは生きている
    その事実を俺は今、この手で直に感じている

    「ありがとう、伊織殿」

    「今度こそ、悔いはない」

    そう言って、まるで久方ぶりの眠りにつくように。
    由依正雪は、その目を閉じた。
    もう動かない手の平から失せる熱を、俺は最後まで感じていた。

  • 22二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:07:50

    【ふぅ…これくらいでいいか】

    ほうと息をつき、筆と紙を直す
    正雪が死んでから二年ほどの時が過ぎたころ、俺は奉行所で働き始めた
    カヤや助ノ進、その他諸々から「職を持て」と言われたので、適当な所に仕官したところ、これが案外性に合っていたのだ
    もう刀を振るうことはほとんどなくなり、もっぱら金やら情の揉め事やらを追い掛け回す日々だが…
    …意外と、つまらなくはない
    むしろなぜ俺はあれだけ刀を振っていたのか…あの夜見た剣が、二年半前の俺をどれだけ焦がれさせていたのかが、今ではわからなくなってしまった

    何かを失ったような感覚は、ある
    研ぎ澄まされた刀が欠けたような、澄んだ泉が澱むような感覚は、確かにある
    だが、今の俺にその刀を研ぎ直すほどの余力はない
    何しろ、今の俺は以前よりやることが増えた

    【さて、飯の時間だな
     今日は何を作ろうか】

  • 2324/02/08(木) 17:09:03

    完結です
    個人的に終わりがないのはしっくりこなかったので書きました
    心の中のアンデルセンに叱咤してもらいながら書きました
    お付き合いいただき感謝です

  • 24二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:24:06

    おつかれさまでした

  • 25二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:40:30

    終わりはビター系だったか…わかってはいたけど

  • 26二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 17:50:13

    めちゃ良かった…!寂しく切なくも美しいおはなしをありがとうございました🙏🙏

  • 27二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 18:38:27

    滅茶苦茶いい終わりだと思う
    スレ主の思ったエンドでいいんじゃないかな

  • 28二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 19:28:05

    結局伊織殿は自分で食事を作るくらいに…
    良い終わり方だァ…

  • 29二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 19:28:43

    美しいお話をありがとうございます…

  • 30二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 20:49:48

    善いものを見た

  • 31二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 21:22:32

    何もかもうまくいって大団円!ハッピーエンド!!よりもこっちの方が好きだな

  • 32二次元好きの匿名さん24/02/08(木) 22:16:28

    命は限りがあるからこそ美しい…

    ありがとうイッチ…

  • 33二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 06:40:09

    ありがとうございました!

  • 34二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 07:05:18

    とてもいい概念を見た
    お疲れ様でした…

  • 35二次元好きの匿名さん24/02/09(金) 07:34:14

    ありがとうございました!
    伊織殿は最後まで泣かずに正雪先生を看取ってあげたんですね…

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