星の花の栞

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 18:53:32

    私は昔から学校が苦手だった。人の輪に同調出来ない者を除け者のようにする、あの感じが好きになれなかった。でも引きこもりになれるほど世の中に絶望は出来ず、親にも先生にも相談しなかった。私個人の性質の問題を他者に相談した所でどうにかなるとは思わなかったから。

    そんな私は気休めにいつも本を読んで現実世界に感じている仄暗い感情から逃げた。小学校低学年の時はあまり分厚いものは読めなかったけど、少しずつ詩集や小説も読むようになった。私がいた小学校の図書室はいつも人があまりいなくて、人のたくさんいるところが苦手な私には好都合の場所だった。なので、もっぱら昼休みは図書室に直行した。

    だけどひとりだけ、私以外にいつも図書室にいる女の子がいた。その子はウマ娘だった。黒髪を一本の三つ編みにした、眼鏡の奥のクリっとした青い目が特徴的な可愛らしい子。「ウマ娘」というと運動が好きな明朗快活な子が多いイメージだったので、読書が趣味な子もいるものなのか、と初めて彼女を見かけた時は思った。でも基本図書室にいる子というのは1人で読書に集中するものだろうと思い、彼女と話すことは無かった。小学校6年生の時、その子と同じクラスになるまでは。

    (続きます)

  • 2121/09/03(金) 18:56:33

    クラス替えとなると毎回周りはザワザワしていたのだが、私は毎回何も感じなかった。同年代と誰かと仲良くなれた経験のない人間が、今更誰かと仲良くなれる事は無いだろうと思っていたから。そう、教室の隅の机で誰とも話さずぼんやりしていた私にあの子が話しかけてくるまでは。
    「あ、あの。」
    私はこの時とてもびっくりした。体育等でペアを作る時以外に学校で誰かから話しかけられるのは久しぶりだったから。顔を上げると、そこにはいつも図書室にいたあのウマ娘の子がいた。同じクラスになったことに、私はその時初めて気付いた。今思い出すと、我ながらどれだけ新しいクラスに興味がなかったんだと思う。
    「えっ、あ、はい。な、なんですか。」
    思わず声が上擦った。挙動不審な自分が恥ずかしくて、穴があったら今すぐ入りたい気分になった。
    「あの、貴方いつも図書室にいる子、ですよね。私、実はいつも話してみたいなって思ってたんです。」
    そこからそのウマ娘…ゼンノロブロイと私の関係は始まった。

    共通の趣味というものがあるとこんなにすんなり他者と仲良くなれるのかと拍子抜けするほど私とロブロイはすぐに仲良くなれた。ロブロイとは色んな話をした。私の好きな宮沢賢治の詩集の話、ロブロイの好きな英雄譚の本の話。
    そして、ロブロイが実は走ることが好きな事。
    これが話した色んな事柄の中で1番私がびっくりした事だった。てっきり私は彼女はたまにいるウマ娘だが走ることにあまり興味が無いタイプなのだと思っていたから。彼女は、彼女の好きな英雄譚に出てくる英雄のような競走ウマ娘になりたいと、少し照れくさそうに話してくれた。私は生まれてこの方目標らしい目標を持ったことがなかったので、そんな明確な夢を持っているのかと感心した。そんな素敵な目標があるなんていい事だ、と彼女に伝えると、彼女はまた照れたようにはにかんでいた事を今でも覚えている。

    (続きます)

  • 3121/09/03(金) 18:57:58

    そうやって彼女と過ごしていく中で、1年が過ぎて私は小学校を卒業した。彼女は中央のトレセン学園に合格し寮に入り、わたしは地元の中学校に行くことになった。卒業式の日、彼女は「もしよかったら、私が出るレースを見に来てくださいね。」と言ってくれた。私は「もちろん。」と答え、彼女のお守り代わりにと作った私とお揃いの金木犀の押し花の栞をプレゼントした。彼女がとても喜んでくれたのを今でも覚えている。
    でも内心、もう彼女と同じ学校、同じ教室、同じ図書室に通えない事が寂しくて寂しくてしょうがなくて、胸元を掻きむしりたくなるような気持ちになった。

    中学校での生活は、ロブロイと親しくなる前の生活に逆戻りしたようなものだった。昼休みに図書室に行く度、私はあの小柄なウマ娘を要るはずもないのに探した。
    そんなある日彼女のデビュー戦がある事を知った。これは約束通り見に行かなければ不義理だ。私はネットで観戦チケットを申し込み、初めて一人で少し遠出をした。

    関東地方住みではあるが、千葉県自体に行ったことがまず家族旅行の遊園地以来だったので中山レース場に着くのは大変だった。駅の乗り換えでどぎまぎしながらなんとかレースの開始時間に遅れずに辿り着けた。卒業してから数ヶ月ほどしかたっていないのに、もう何十年も彼女にあってない気分だったのだ。話すことができなくても、せめて顔だけでもみたい。こんな邪な気持ちでレースを見るのは、純粋な競バファンには失礼だろうか。

    (もうちょい続きます)

  • 4121/09/03(金) 19:00:16

    9人のウマ娘がゲートに入る。6枠にいるのがロブロイだ。芝2000。運動が苦手な私にとっては長い長い距離だが、ロブロイ含めウマ娘にとっては閃光の如く一瞬の距離なんだろう。
    もうすぐスタートだ。私は思わず両手を握りしめた。

    ゲートが開いてウマ娘達が一斉に駆け出す。
    走る。ウマ娘達が風をきって走る。一心不乱に、ただ勝利のために。そんな彼女達はあまりにも私には眩しく、遠かった。最後の直線、ロブロイが仕掛けた。どんどん他の子を追い抜き、彼女が1着を手にした。

    彼女のトレーナーらしき人がゴール後のロブロイに駆け寄っていった。ロブロイは、ロブロイは勝った。この輝かしい場で、彼女は頂点に立った。ここはまだ若手のウマ娘しかいない場で、競バの中では小さなレースなのかもしれない。それでも彼女達は、ロブロイは私からすればあまりにも眩くて手の届かない星のようだった。あの時一緒に話していたロブロイはもう、私と同じ目線にいる存在では無くなってしまったのだ。私にとってそれは嬉しいことなのか、悲しいことなのか。ぐちゃぐちゃな気持ちだった。

    ウイニングライブの席はとても後ろで、ロブロイを間近で見る事は出来なかった。それでもモニターで見たロブロイの表情はとても笑顔で、それだけで安心だった。もう私は、彼女と自分から交わることはしないだろう。
    彼女は自分が輝くための場所を手に入れた。それに対して私はどうだろう。未だに暗がりでうじうじと、教室の隅で惰性で生きている人間だ。きっと今彼女と話すことで私が少しでも心の劣等感を滲ませてしまったら、優しい彼女は傷つくだろうから。彼女と私のお話は、ここで終わりなんだ。

    今となっては金木犀の栞だけが、あの子と私のかつての繋がりの証だ。あの子はまだ、この栞を持っていてくれているのだろうか。

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:05:40

    乙!良かったよ!!

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:07:44

    友達が遠くに離れていく、切なさを感じるいい話でした。

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:10:40

    素敵な文章をありがとうございました…

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:12:49

    これは、切なくも素敵な文章、ありがとう、ありがとうございます……

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:17:39

    ハートを押した後俺はクールに去るぜ!

  • 10二次元好きの匿名さん21/09/03(金) 19:18:51

    心が洗われました…ありがとう…

  • 1121/09/03(金) 19:38:34

    すっぱーい…切なーい!

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