ドリトライ×はだしのゲン二次小説(2)

  • 1図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:20:36

     しゃあっ、クロス・オーバー! 二発目のスレを投下だあっ

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 21:22:18

    前スレを張れよ

  • 3図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:24:37
  • 4図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:26:12

     よしっ ドリトライの続きを書いてやったぜ
     これで俺が雲母坂先生を継ぐ男だ

     ということで貼っていくのん。

  • 5図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:27:11

    第7話  決戦の日と、卑劣な罠と

     そうして、次の日。
     試合前の顔見せでリングの上に立った二人は、盛大な罵声を浴びせられていた。|炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》西日本支部、その観客席を埋め尽くす極道たちから。

    「おうおうどしたんじゃフヌケがよ、おぅコラぁ!」
    「東京モンは腰抜けしかおらんのじゃのう、キン○マどこに落としてきたんじゃワレ!」
    「かーっ、これじゃけぇ東のヤクザはよぉ! わしら広島極道の爪の垢でも煎じて飲みくされやボケっ!」
    「臆病モンは血祭りじゃオラァァ!」

     リングに立った二人、青空と生野は観客席へと声を張り上げる。
    「なんだと、俺たちはそんなんじゃ――」
    「試合を見ろや、この拳で黙らせて――」
     しかしその二人の声も、さらにかぶせられる怒涛のような罵声に押し包まれ、かき消される。

     そう、二人。リングの上には二人しかいなかった。五対五の勝ち抜き戦、それに出るはずの黒岩と、他二人の姿がなかった。
     リングの外では。夕華が脂汗を垂らしながら、血の出るほどに唇を噛み。
     その横で元が、震える拳を握っていた。

     無論、黒岩も他の二人も臆病風に吹かれるような男たちではない。
     罠にはめられたのだ。西日本支部の卑劣な罠に。

  • 6図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:28:24

     ――今朝のこと。
     青空と元、生野は早く目を覚まし、軽く体を動かしつつ支度をしていたが。他の者が一向に起きてこなかった。同室の隆太やムスビはともかく、別室の黒岩たち、さらには夕華までも。

    「わりゃ何をグースカ寝とるんじゃっ、とっとと起きんか!」
     元が隆太とムスビの布団をはぎ取るが。

     二人は青ざめた顔で歯を食いしばり、手足を震わせていた。
    「ギギギギギ……」
    「うううう~……」

    「な、なんじゃ、どうしたんなら!」

    「お、おい大丈夫か、医者を……」
     青空が言う間に、生野が目を見開いた。
    「! まさか――」

     三人で別室に向かうも、そこでは黒岩たちが同じように、震えながら布団から這い出そうとしているところだった。
    「クソッタレがぁ……!」
     顔を歪めた黒岩が壁に寄りかかって立ち上がろうとするも、その膝から力が抜け、倒れた。

    「ちょ、大丈夫かよ!」
    「黒岩さん、あんたまで――」
     青空と生野が駆け寄ろうとしたとき、廊下でも誰かが倒れるような物音がした。

    「グ、ググ……あんたらは、無事かい……」
     倒れた夕華は、脂汗を垂らしながら。震える手をそれでも伸ばし、廊下を這いずろうとしていた。

  • 7図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:29:47

    「やられた……! どうやら、一服盛られたようだね……」
     黒岩たちの部屋で壁にもたれて座り、荒い息の下から夕華はどうにかそう言った。
     黒岩が歯軋りする。
    「ええ……食中毒の類じゃねえ、吐き気や腹下したりはねえ。ただ、手が、足が……クソ!」
     震えの止まらない手を、もう片方の手を振り上げて叩こうとする。だがそちらの手もまたひどく震え、的を外し。畳を叩くだけに終わった。
     他の組員二人が夕華に向かい、額を畳にこすりつけるように頭を下げる。二人の手も足も、同様にひどく震えていた。
    「組長、面目ねえ……!」
    「這ってでも、這ってでも試合にゃあ向かいます……!」

     脂汗を垂らしながらも、ぴしゃりと締めるように夕華が言う。
    「確かに、這ってなら試合場へは行けるだろうさ。でも、その後は? あんたらにゃあリングに上がって、勝ってもらわなきゃならないんだよ。――青空、生野」
     二人に目を向けて言う。
    「不幸中の幸い……あんたらだけでも、無事で良かった。どうやら薬は酒に仕込まれていたらしいね……」
     青空と生野、それに元は酒を口にしていなかった。隆太、それにムスビはいつの間にか呑んでいたようだが。
     仕込まれたのは痺れ薬の類らしいが、薬である以上、多少の苦味なりはあるだろう。それをごまかすため、味の分かりやすい食事ではなく、クセのある酒に混ぜたのか。
     黒岩は引きつった頬を、その手足以上に震わせた。
    「クソどもがああ……マズい酒だと思ったぜ……!」
     震える指で汗を拭い、夕華は言う。
    「とにかく、だ。青空と生野は医者を手配しておくれ、黒岩たちはここで治療に専念。あたいは二人と共に……試合へ向かう」

     組員らが声を上げる。
    「組長!」
    「しかし……!」
     顔を歪めながらも、ンフフ、と夕華は笑う。
    「喧嘩出入りに親分がいなくてどうすんだい? 向こうへの示しもつかない、それに言ったはず……這ってなら、試合場へは行けるさ」

     不意に、元へと顔を向ける。
    「隆太とムスビはここで一緒に治療を。ただ、すまない……少年、いや、元。君は一緒に来ておくれ」
     倒れ込むように深く頭を下げる。
    「巻き込みたくはないが。あたいがこんなじゃあセコンドもままならない。すまない……どうか手を、貸しておくれ」

  • 8図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:30:51

     今回の試合、夕華の他にセコンドはいない。補欠の選手もない。
     仕方のないことだった、汽車賃や滞在費すら惜しいほどだ――虎威組には、金が無い。そして、金が要る。

     足抜け交渉にずいぶん金をバラまいた、そして炎涛から抜ける手前、その賞金を当てにすることはできない。今回の試合にも賞金はない。
     その一方で、現在の組屋敷を返上し、新たな土地を借りてジムを建てねばならない。金が要る。ジム建設の手付金が早急に。

     元ヤクザ――そうなる予定だ――の連中がジムを建てるなどという怪しげな話だ、契約を嫌がる者も多かった。そんな中でやっと折り合いのついた話だった。その手付金の期日を破っては、拳闘ジムとしての再出発もままならない。
     そうしたわけで――試合で負傷があったときのため、治療費として路銀は多めに持ってきたが――虎威組は総出で倹約に努め、今回の選手以外は資金捻出のため日雇い労働に汗を流している。
    決して青空たちだけが戦っているわけではない。全員で、夢のために戦っていた。
     元は慌てて夕華の手を取り、その体を起こす。
     自分の胸を、どん、と叩いた。
    「そんとな水くさいこと言いなさんな、わしに任せとけっ! おばちゃんの手足になって助けたるわい!」

    「おばちゃん……」
    「おばちゃん……」
     組員らのつぶやく中、夕華は頬を緩めた。
    「ンフ……よろしく頼むよ、元。おばちゃんを助けておくれ」

    「おばちゃん……」
    「叔母ちゃん……」
     生野と青空がつぶやくのには構わず、夕華は言う。
    「黒岩たちはとにかく治療を。具合が良くなりゃあ――いいかい、試合に勝てるほど良くなれば、だよ――車を呼んで試合場へ。青空と生野にはすまないが……この勝ち抜き戦、二人でやれるところまで……」
     そこで言葉を切り、二人の目を見る。
    「――いや。必ず勝つんだ」
     唾を飲み込み、生野はうなずく。
    「おう……いや、はい!」
     青空も強くうなずく。
    「任せてくれよ。俺は……諦めたりはしねぇ。勝ってみせるさ」
     夕華もうなずき、全員を見渡す。
    「皆……頼んだよ」――

  • 9図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:32:37

     そして、今。
    「おやおや虎威組さ~ん、どうしたんですかい? 今日の試合は五対五……お伝えしとったはずですがの~う?」
     炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》西日本支部運営の代表者であろう、恰幅のよい男がリングの上から夕華を見下ろす。にたにたと下品な笑みを浮かべて。
    「それにせっかくの顔見せ……組長さんもリングに上がりなすっちゃどうですかい? ま、具合でも悪いんならぁ~? 無理にとは言いませんがのう~?」

    「なんじゃと! おどれらが皆を――」
     拳を握る元を目で静止し、夕華は言う。
    「そうさね、ちょいと体調が優れなくてねえ……低いとこで失礼させてもらうよ。それに、選手にも体調を悪くしたのがいてね。医者に診てもらってる、それが終わるまで待っ――」
     その言葉が終わる前に、代表の男は顔を歪めた。
    「あぁん!? テメェんとこの体調管理もできんボケが何寝言ぬかしよんならボケッ! ワシなら恥ずかしゅうて首くくるとこじゃわドアホッ!」
     不意に、またにたにたと笑い出す。
    「あぁ、あぁ違いましたか~そういうことですかい。怖じ気づいたんやの~、他の三人は。いやいや使えん組員を持つと苦労しますの~う組長さん、ええ?」
    「んだと……!」
    「試合の前にてめーから右腕の餌食にしてやろうか、ああ!?」

     拳を構えかける青空と生野を、夕華が目で制する。
    「……お気遣いどうも。けど、ウチの者に腰抜けは一人もいない……それに、弱い選手もねえ」
     相手の目を見据えて言い放つ。
    「三人の治療が間に合えば、そいつらも後で出させてもらうがね。必要ないだろうね……今回の勝ち抜き戦、この二人で勝つ」
     青空は笑い、生野は重くうなずいた。

     が。
     西日本支部の男は片耳に手を沿え、夕華の方へと向けてみせた。
    「は? 勝・ち・抜・き・戦? はあぁ~~~?」
     小馬鹿にしたように、肩を揺すって笑う。
    「虎威組さん、ど~やらちゃあんと話を聞いとらんかったようじゃの? 今回の試合、『勝ち抜き戦』じゃあない……『勝ち残り戦』、言い方が悪かったですかのう? 『|生き残り戦《サバイバルマッチ》』、要は時間無制限、五人と五人で同時にぶつかる『|乱戦試合《ゴチャマン》』ですわ……!」
    「な……っ!?」
     さすがに夕華が目を見開き、歯を剥き出す。

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 21:33:08

    おもしれーよ

  • 11図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:34:08

     それでも、一呼吸の後には言葉を継いだ。
    「そいつは、さすがにおかしいねぇ。確かに昨日も、それ以前の通告でも『勝ち抜き戦』って話だったろう」

     そのとき、観客らが野次を飛ばす。
    「何やってやがんだとっとと始めろォ!」
    「東京の腰抜けがゴタゴタぬかすなボケ!」
    「さっさとそこの二人殺せや、殺せやオォ!?」

     代表の男はまたも耳を夕華に向け、嘲るように眉根を寄せる。
    「あぁ~? 何ですかい、さぁっぱり聞こえませんわい! まあ何ですわ、ウチの厳正なルールに不服があるっちゅうなら~? そちらの不戦敗でも結構じゃけどの~う?」

     再び野次が飛ぶ。
    「ほうよほうよ、ルールに従えん奴は帰れっ!」
    「てめんとこの選手が逃げたんを恨めや!」
    「去ね、東京モンははよ帰れっ!」

     夕華が噛み締めた唇に血がにじむ。
     いわばここは完全なる敵陣、審判含め味方など一人もいない。西日本支部との軋轢を恐れてか――どのような力関係にあるのか、あるいは弱みでも握られているのか、夕華にも分かりはしなかったが――、東日本からの立会人などもよこされてはいない。

     それでも試合となれば。判定などではなく、はっきりとしたノックアウト勝ちならば。向こうもメンツがある、おとなしく引くだろうと考えていたが。
     甘かった。薬を盛ったあげくルールを曲げるなどとは。
     勝ち抜き戦ならまだ希望はある、だが|乱戦試合《ゴチャマン》などとなれば。こちら一人に対して向こうは二、三人で同時にかかってくることになる、あの二人でも耐え切れるとは思えない。

    「じゃかましいわっ、黙れおどれら!!」
     そのとき、声を上げてくれたのは。リング上の青空でも生野でもなかった。
     夕華の隣にいた元が大声を張り上げ、辺りの野次がやんでいた。

     元はリングに跳び乗り、さらに声を上げる。
    「わりゃヤクザもんどもが、普段は仁義だの筋通すだの言いおって、恥ずかしゅうないんかっ! 恥を知れ恥を!」

  • 12図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:34:40

    「なんじゃこのガキは――」
    「何を言うとんの――」

    「じゃかあしいっっ!! 黙らんかったらおどれら全員ソバの代わりにお好み焼きに挟んで食うぞっ!」
     再び起こりかけた野次を、元の怒声が制する。
    「おどれらが痺れ薬盛ったせいで他の奴は来れんのじゃ、おどれらじゃ、おどれらじゃ、おどれらのせいじゃ! 許さん、許さんぞわしゃ……!」
     歯を剥き出し、震える拳を握る元。

     生野が元と、凄まじい形相の観客を見回す。
    「ちょ、おい、元……! それ今言っていいのか……?」

     青空は生野の肩を叩き、次に元の肩を叩いた。
    「強ぇな、お前。心の強さが違ぇ」
     観客らに向き直り、青空は声を上げる。
    「聞いたとおりだ。俺たちの兄貴分は一服盛られた、そのせいで来られねえ。決してビビって逃げたんじゃねぇ」

     野次が上がりかけたが、そのとき。
     青空は拳を振り上げた。天へ向けて高々と。そしてその拳を、リングへと叩きつける。
     ぱん、と|叩《はた》くような音が――まるでその場の全員の、頬を|叩《はた》いたかのような音が――、会場に響き渡った。

     観客の誰もが口を開いたまま黙る。
    その無音の中で青空は言った。
    「だがよ! 試合は試合、逃げも隠れもしねぇ! 俺らだけでカタをつけてやる!  見せてやるよ五人だろうが何だろうが、俺らでブチのめすところをよ……! 俺らは! 心が強ぇからよ!」

     ざわめきの後、野次が上がる。
    「な……なんだぁっ」
    「その状況から、勝ってみせるじゃと……?」
    「面白え、やってもらおうじゃねえか!」
    「たった二人に負けるわけがねえ、やったれや!」
    「広島極道のメンツ潰すなや、そいつらに負けたら承知せんぞ!」

  • 13図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:35:07

     夕華は目を瞬かす。そして、黒岩がかつて言っていたことを思い出した。
     青空は、何度でも立ち上がるその男は。観客の心をも燃え上がらせる、最高のエンターテイナーだと。
     それが今、敵地の観客の心すら燃え上がらせている。
    今放った拳もそう。かつて青空の父親、大神夕日が放った拳『全てを諦めさせる力』の真逆。――全てを、奮い立たせる拳。

     青空は息を強く吹き出し、ウォームアップに拳を振るってみせる。
     その動きに観客らはさらに野次を上げたが。それでも、誰もが青空を見ていた。

     生野は頬を引きつらせた。
    「だが、だがよ……実際勝てんのか、二人で五人相手によ」

     ウォームアップを続ける、青空の視線は揺るがない。
    「じゃあ|闘《や》らねぇのか」

    「いや|闘《や》るわ、|闘《や》るけどよ!」

     青空は口の端を吊り上げて笑う。
    「じゃあ。同じじゃねぇか」

     何か考えた後舌打ちし、生野も拳を振るい始めた。

    「強ぇな」
     つぶやいた青空の頭を、生野の太い右腕がはたく。

  • 14図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:35:36

     元が言う。
    「ほうじゃほうじゃ、その意気じゃ! 心配しなさんな、わしも|闘《や》ったるけぇ!」

    「……ん?」
    「え?」

     青空と生野が目を瞬かせる中、元は拳を振るう。
    「わしも|闘《や》ったる。わしが虎威組……三人目の助っ人じゃ!」

    「いやお前、そこまでは……だいたい素人だろ」
     生野がそう言うが。

     夕華は真っ直ぐに元を見つめる。
    「……元。あたいは今こう考えてる。『五人対二人で乱戦の理不尽な試合』『相手に囲まれて殴られりゃそれで終わる』『だから。的が増える分、素人でも突っ立っててくれりゃあ御の字』」

     両拳を打ち合わせ、元はうなずく。
    「ほうよ、わしも同じ考えじゃ。おばはんとは気が合うのう」

     わずかに苦笑した後、夕華は表情をこわばらせる。
    「けどね。……あたいら、それに充分な礼をできるって保証は無い。どころか、あんたが無事にリングから降りられるって保証もね。……それでも――」

     元は、どん、と胸を叩く。
    「ごちゃごちゃ言わんとわしに任さんかい! わしはただの素人じゃないわい……踏まれて強くなる麦のように何度でも立ち上がる! ド級の素人! ド素人じゃ!!」

     生野が目を瞬かせる中。
     青空は拳を掲げ、元へと突き出した。
    「……頼むぜ」

    「おう!」
     元はその拳を叩く。

  • 15図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:36:10

     そのとき、リングサイドで。
     未だリングに上がっていない、西日本側五人の選手。入念なウォームアップ後のためか、全員がタオルを頭にかけており、顔も定かではなかったが。

     そのうち一人、二十歳前と思われる選手が、元に目を向けて歯軋りをした。
    「あいつは……中岡、元……!」
     右拳を握り、つぶやく。
    「返してやる……百倍にして返してやるぞ、中岡元……この右手の借りをのう……!」
     歯軋りの音が、再び響く。

    (次話に続く)

  • 16図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:46:57

    第8話  宿命の再会と、新たな「技」と

     元が見様見真似でバンテージを拳に巻き、夕華が震える手でそこにグローブをかぶせ、どうにか紐を結んだ後。
     三人はリングに並び立った。試合着姿の二人とは違い、元は学生服のままだったが。

     そして西日本側の五人がリングに上がり、三人と向かい合う。かぶっていたタオルをリング下に放った。
     いずれも鋭い目つきをした、一癖も二癖もありそうな男たち。中には力士と見まごうような巨漢もいたが、元は別の男を見て目を見開いた。

    「お、お前は……!」

    「久しぶりじゃのう……こんとな所でおんどれに会うとはの……!」
     頬にそばかすを散らした、潰れたような低い鼻の男。元より三、四歳上と見える年格好。

     元はつぶやく。
    「鮫島、竜吉……! 町内会長の息子……!」


     ――かつて、広島に原爆が落とされる前。
     平和主義者である元の父親は戦争に反対していた。また、日本の国力では戦争に勝てないと予見し、そのことを周囲に公言していた。
     そのため、軍国主義に染まった鮫島町内会長に目をつけられ、いびり倒されていたのだった。
     元より四歳上、町内会長の息子である竜吉もまた、元たちを非国民と罵り、嫌がらせを繰り返していた――。

  • 17図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:47:19

     頬を震わせながら歯を剥き出し、竜吉はグローブをはめた右手を掲げる。
    「会いとうて会いとうて仕方なかったわい……この右手の礼をせんといかんけえのう……!」

     元にも覚えがある。
    ――父親が絵付けした下駄を納品するため、元が姉弟とともに荷車で運んでいたとき。竜吉と子分らに押しかけられ、荷車を奪われて荷物もろとも川に落とされてしまったのだった。
     怒った元は竜吉と乱闘になり、竜吉の右手に噛みついた。何度殴られようとも元は放さず、結果、竜吉の指先はちぎれてしまった――。

     元は言葉を詰まらせたが、それでも言う。
    「じゃ……じゃかあしいわっ! だいたいおどれが――」

     そのとき、リング外から声が上がった。
    「竜吉! しっかりやれ、ええ機会じゃ! いくら殴ろうがこれは試合……ボクシングという健全なスポーツじゃ。たとえ死ぬほど殴ったとしてものう……!」
     竜吉に似た顔つきの、年かさの男。口ひげをたくわえ、紳士然とした身なりではあったが、その顔は歪んだ笑みを浮かべていた。

     元はまたも目を見開く。
    「町内会長の、鮫島……!」

     ウォッホン、と鮫島は咳払いをする。
    「かつてはそのような立場でもあったが……市会議員を経て今は広島県会議員、愛と平和の戦士、鮫島伝次郎! 鮫島伝次郎じゃ!」

  • 18図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:48:19

     聞いて、青空は昨日のことを思い出していた。
     ――元と出会った後、生野らと合流して宿に向かっていたとき。
     ある立て看板を見て、元の足が止まった。『愛と平和の戦士』『鮫島伝次郎』という議員の、講演会の告知だった。

    「なにが愛と平和の戦士じゃ……戦争に反対する者は非国民じゃ、国賊じゃ、とののしって、一番戦争することを喜んでいた奴が……!」
     頬を歪ませて語る、元の拳は震えるほどに握り締められていた。
    「今も戦争と原爆のために、黒崎やわしらや多くの人が苦しみでうめいとるのに……。こんな戦争を喜ぶ奴が偉そうに、日本の政治を動かしていると思うと、わしゃ悔しくて腹が煮えくりかえるわい……!」
     くそったれが。そう言うやいなや、元は看板を殴りつけていた。

    「お、おい……」
     生野が身を引いてつぶやいたが。

     構わず元はさらに殴り、そして語った。
     町内会長、そしてその息子竜吉から、非国民といびられ続けた日のこと。
    さらには原爆が落とされた日のこと、建物に押し潰されかけていた鮫島父子を元は助けたというのに。
    元の家族が家の下敷きになり、火災が迫っていたというのに、鮫島父子は助けようともせず逃げたこと。元の家族は母親と元を残し、火に巻かれて死んだこと――。



     そして今。
    「元……」
     生野が心配そうに声をかける中、青空は言う。

    「元。……俺は安易に共感できる立場にいねぇし、しちゃいけねぇと思う。お前にも、向こうの奴にも。……だから、できるか。一人でよ」
     元は黙っていたが、やがて強くうなずく。
    「おお……! あいつとはケリをつけたる、正々堂々一対一でのう!」

     青空はうなずいた。
    「他の四人は俺と生野が倒す、そっちには行かせねぇ。だから、そっちは頼んだ」
     返事代わりに、青空のグローブを元のグローブが叩いた。

  • 19図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:49:56

     そうして青空たち三人、西日本側五人が向かい合い、拳を構え。
     今、ゴングが鳴った。

    「行くぞおんどりゃあ!」
     竜吉へ向けて駆け出す元。

     一方、青空と生野はその両側をカバーしつつ、三人互いに背を向けた形でついていく。

     乱戦において最も警戒すべきは『死角からの、すなわち背後からの攻撃』。正面の敵と戦っているときに後ろから別の敵に攻撃される、それが最も危険だった――本来の拳闘では背後からの打撃は反則となる。しかし、今回の乱戦試合に限っては解禁されていた――。
    こうした形の戦いは拳闘では経験がなかったが。虎威組とて極道だ、抗争なり喧嘩出入りの機会はある。そうした経験が、二人に自然とその陣形を組ませていた。

     そしてリング上、八人もが入り乱れるとなればどうしても手狭になる。
    結果、一対一の形になった元と竜吉はそのままだったが。青空と生野に対しては、一対二で自在に拳を振るうには狭くなり。まるで順番待ちのように、先に一人が向かってきて、後の者はその後ろで隙をうかがう状態となった。

     生野がつぶやく。
    「まずは上々……っと!」

     そこへ殺到する、角刈りの男。生野のジャブをかいくぐり、一息に距離を詰めてきた。
     男は密着するかのような間合いで生野に素早い連打を浴びせる。

     生野の頬が、ぴくりと震えた。
    「こいつ……!」

     観客から声が上がる。
    「来たぜ……あいつの得意な間合いじゃ」
    「『|近接連射《ショートシューター》』の|五日市《いつかいち》、その名はダテじゃないわい」
    「五日市! お得意の“技”【|散弾銃撃《ショットガンラッシュ》】、東京モンにごちそうしたらんかい!」

  • 20図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:53:53

     角刈りの男は笑みも見せず、生野に連打を浴びせ続ける。まるで全身に散らすように、反撃も回避も許さないかのように。
    決してリーチの長い選手ではなかったが、それだけに打撃の戻しが早く、次の一打が早い。それを間断なく浴びせてくる。

     典型的な|接近型《インファイター》。かつて、生野が敗れた青空のような。いや、それ以上に接近戦に特化した選手だった。
     無論、生野のような|遠距離型《アウトボクサー》にとっては、接近されてしまえば圧倒的に不利。そして今、とっくに接近されてしまっている。

     散弾銃の弾丸の如き無数の拳が降り注ぐ中。防御を固めながら、それでも生野は下がらなかった。下がれば後ろにいる青空や元に体が当たってしまう、それもあったが。
     下がる必要などなかったから。

     つぶやく。
    「黒岩さんよ……役に立つぜ、あんたから教わった『基礎』。そしてこれが――」

     左腕を曲げ、思い切り後ろへと振るう。まるで背後に迫る敵への肘打ち、空手の【|猿臂《えんぴ》】のように。
     そして。同じく空手の【|逆突《ぎゃくづ》き】のように、左手の引きに連動するかのように。踏み締めた足の力、腰の回転と左手を引く勢いを乗せて。右腕を繰り出した。
    自慢の太い右腕を、遠くへ打つのではなく。短く|鉤《かぎ》のように曲げて、体に沿わせるように左へと振るう。

    「これが。俺の『応用』」

  • 21図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:55:38

     ぼ、と空を切る音を立て。ごく短い半径を描いて放たれたショートフックは。|戦槌《せんつい》の如き重さを持って、目の前の敵を打ち抜いた。

     生野の新たなる“技”、【|旋牙短槌《スピンハンマー》】。
    それはもはや、苦手な接近戦をカバーするという域を超えていた。ショートフックとはいえ、全身の連動と生野の巨大な右腕の質量を持って打ち出されるそれは。接近戦での決め手となり得る奥義。

    「ひ……!?」
     そして。それを受け、倒れかけた敵は。どうにか体勢を立て直すものの、最悪の選択をしてしまった。
     すなわち。|遠距離型《アウトボクサー》から真っ直ぐに距離を取ってしまった。生野が最大の一撃を放ち得る間合いへと。

    「行くぜぇぇ……こいつが俺の代名詞!」

     先ほどと同じ、いやそれ以上に、全身の力を連動させた一撃。今度はフックではない、真っ直ぐに打ち砕く最大最重のストレート。
     【|戦牙大槌《ウォーハンマー》】が有無を言わさず、相手の体を吹き飛ばし。ロープを乗り越えて、場外へと打ち倒した。

     観客たちがどよめく中、テンカウントが取られる。相手は起き上がってくることはなかった。

     生野は右手を掲げてみせる。
    「太くて長くて固くて凄い……右手の強さが違ぇんだよ」
     声を張り上げた。
    「さあ次はどいつだ、かかってきやがれ! この『|戦牙大槌《ウォーハンマー》』の和泉生野と! 『心が強ぇ』大神青空の敵じゃねえ!」

     観客から妙などよめきが起こる。
    「いや、右手は確かに強ぇんだろうが……」
    「心が……? そこ強調するとこなのか、そんなに強ぇのか……?」
    「そんなに……心が強ぇ敵なのか……!?」


     どよめきが続く中、試合もまた続いていく。

    (次話へ続く)

  • 22図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:57:34

    第9話  青空の「技」と、元の戦いと

     一方、青空もまた目の前の敵と戦っていた。
     だが妙なことに、敵はわずかに拳を繰り出す他、のらりくらりとかわすばかり。カウンターを狙っているのかとも思えたが、そもそも打ってくる気配がない。

     あるいは体力を消耗させ、別の敵にとどめを刺させる作戦か。だとしたら、むしろ一気に叩くべきか。

     青空がそう考えていたとき、観客が声を上げる。
    「どうした福山! 見せてやれよお前の『コレクション』を!」
    「そいつもとっととお前の『コレクション』に加えちまえ!」
    「期待してるぜ、『|生まれついての収集癖《ナチュラルボーン・コレクション》』の福山!」

     福山と呼ばれた敵は、緩く波打つ茶色がかった髪をかき上げる。
    「ああ、あんたの“技”見たかったんだけどな。こっちから行くか、五日市さんの“技”……少し借ります」

     素早く踏み込む敵が放ったのは、全身に散らすかのような間断ないジャブの嵐。生野の相手が放った【|散弾銃撃《ショットガンラッシュ》】、それと全く同一の技。

     観客が歓声を上げる。
    「ヒューッ! 出たぜ自慢の『コレクション』の一つ!」
    「あいつの【|了解術《スーパーコピー》】は一度喰らった技を完全に自分のものにしちまう……!」
    「行け、そいつの技もいただいてやれェ!」

     敵はさらに連打の速度を上げる。
    「そらそら、そら、そ……らっ!?」
     が、その目を見開いた。

     打撃の嵐を、青空はいくつも被弾していたが。防御を固め、前へ出。さらに前へ出。さらに前へ出る。

  • 23図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:58:13

    「くっ、コイツ……!」
     さらに連打が繰り出されるが。青空がその一つをかわした。次は防御し、その次はまともに食らい、だがまた一つかわした。また一つかわす。また一つ。次は防御し、その次は拳でさばく。またかわす、さばく、かわす、さばく――

    「な――」
     相手がつぶやいたときには、繰り出した拳は完全にかわされ。代わって、青空の拳がその顔を打ち抜いていた。カウンターの“技”【|瀑受転巌《ばくじゅてんがん》】。

     相手の拳が下がり、膝が力を失い。崩れ落ちるようにその場へ倒れた。

     観客からざわめきが上がる中、しかしカウントエイトで相手は立ち上がる。
    「ぐ……ふ、ふはははは! それか、そのカウンターがあんたの“技”か! 覚えたぜ、次はそれであんたを倒す! そしてトドメは俺の最大奥義【|髑髏咬撃《がしゃどくろ》】で――」

     笑いながらも相手は構えていた、打ち込まれる隙などはなかった。
     が。青空の拳は、相手の顔面を打ち抜いていた。

     相手には見えなかっただろう、青空の拳が。それほど速かった、のではない。それは意識外から飛んできた。相手の死角から。

     相手の前に踏み込んだ青空は突如、その場で身をかがめていた。相手の視界から一瞬消えるほどに。
     そして、相手がそれを目で追おうと、視線を下へ向けたときには。青空の右拳は天高くへと孤を描いていた。
     肩を支点に横から振り出す、大振りな右フック。身を沈める動きとは裏腹に高々と繰り出されるそれは、相手の視界を外れ。横合いから相手の顔面を打ち砕く。

     ――かつて虎威組へ入るきっかけとなった、ヤクザとの乱闘。
     ――炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》会員証を手に入れるための戦い。
     ――生野との試合、虹村凶作との試合、そして父親との死闘。
     それら全ての戦いで決め手となった、青空の『右フック』。
     それを昇華し、幻惑自在、必殺の妙技と化したのがこの“技”。
     |大鎌《シックル》の如く相手の意識刈り取る奥義、【|疾駆流撃《しっくりゅうげき》】。後世で『ロシアンフック』と呼ばれるものに近い打撃だった。

     横殴りに倒れた相手は、もはや何も言うこともできず、ぴくぴくと震えるのみでカウントテンを迎えた。
     青空は音を立てて両拳を突き合わせる。
    「もう心だけじゃねぇ。技も体も、強ぇんだよ」

  • 24図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:58:46

     観客からどよめきが上がる。
    「強ぇ……」
    「強ぇぞあいつ……!」
    「ああ、なんて強ぇ奴なんだ……心が」
    「やっぱり心が強ぇ敵なのか……!?」

    「だーかーら! 心だけじゃねぇっつってんだろが!」
     目を吊り上げて青空は吠えたが。

     そのとき、吹っ飛ばされた何かが目の前を横切る。コーナーへと激突し、床へずり落ちたそれは。生野だった。

    「!? 生野!」

     駆け寄ろうとするが、その足が止まる。試合前の――一応の――ルール説明で聞かされていた。乱戦とはいえ、ダウンした味方が起き上がるのに手を貸すのは重大な反則、その場で失格とする、と。

     生野は何かをつかもうとするように右手を伸ばすも、横たわったままカウントテンが数えられた。

     係の者によって生野や福山が運び出されるのを横目に、青空は残る相手と向き合う。
     一人は力士の如き巨漢。もう一人は細身ながら、岩から削り出したような筋肉を|具《そな》えた男。その男は、視界に入る全ての者をにらみ殺そうとしているかのような凶相をしていた。



     一方、元は。
    「ぐぐぐ……くそっ、おんどりゃあ!」
     力まかせに拳を振るうも、軽々と竜吉にかわされる。それでも次々に殴りかかるが、それもまたかわされる。
     竜吉は涼しい顔で手招きすらしてみせた。
    「ほらほらどうした、非国民!」

    「お・ん・どりゃあ~~っ!」
     駆け込みながら拳を繰り出すもかわされ、去り際に素早く一撃を入れられる。さながら力だけの猛牛と、巧みな闘牛士との試合だった。

  • 25図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 21:59:08

    ――炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》西日本支部の『|超新人《スーパールーキー》』鮫島竜吉。彼がその地位に登り詰めたのはいくつかの幸運あってのことだった。

    まず一つはあの原爆の日、父親ともども――元のおかげで――生き延びたこと。
    そして父親が戦後のどさくさにまぎれ、所有者の死んだ土地を自分のものとして登記、売買。また米兵にワイロを渡し、物資を横流しさせて闇市に売りさばくなどして財を築いたこと。
    また、政界に打って出ようとする父は対立候補の妨害などに利用するため、金でヤクザとつながっていた。
    そうして充分な金を持ちつつ、米兵とヤクザにつながりを持った父のつてで。竜吉は炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》を知り、米兵から拳闘を習い出した。

     拳闘を習ったのは、元に右手の指先を噛みちぎられた肉体的なコンプレックスと、敗北のコンプレックスを拭うための行動であったが。竜吉は大いにその腕を上達させた。
     彼自身は必ずしも才能に溢れていたというわけではないが。指導者が良かった、本格的なボクシングを身につけた米兵で、指導にも熱心であった。さらに言えば、竜吉と体格の近い軽量級の選手でもあった。

     体格が違い過ぎてはそもそも感覚が違い、使える技術も違ってくる。たとえば古流剣術においても、開祖に近い体格の者が伸びやすい、などと俗に言われている。
    さらには当時、重量級におけるテクニックの概念は希薄であった。華麗に攻撃をかわす技術などは軽量級の遊びであり、大きな体の男たちがパワーと根性で殴り合うのが重量級の醍醐味、という観念が米国においてさえも支配的であった。拳闘史的に見て、重量級にテクニックという概念が広まるにはその後の『蝶のように舞い、蜂のように刺す』モハメド・アリの活躍を待たねばならなかった。

     そうして。他の炎涛選手とは一線を画す技術を持った新人として、竜吉はすでに何度かの試合を制していた。それは彼のコンプレックスを大いに拭ってはいたが。
    そこへ、元が現れた――。

  • 26二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 21:59:46

    スレでやられると読みづれーよ
    情熱は買ってやるからピク・シブとかはーっメルンにでも投稿してくれって思ったね

  • 27図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:01:10

    >>26

     あざーっす まあハーっメルンとピク・シブにも投稿してるからバランスは取れてるんだけどね

  • 28図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:01:52

     竜吉は顔を歪ませて笑う。
    「ほらほらどうした、もう終わりかぁ? 向こうの奴みたいに心の強さで頑張ってみろや! ほら中岡! 心の強さでもう一丁!」

     リング外から愛と平和の戦士、鮫島伝次郎が声を飛ばす。
    「そうじゃそうじゃ、もう一丁! ええぞ竜吉!」

     元は頬を歪め、再び構えを取る。すでに息は上がり、肩が大きく上下していた。
    「くそっ、くそったれ……!」

     ケンカなら決して負けはしない、元はそう思っていたが。それはお互い手段を選ばない、どちらも訓練していないケンカでの話だった。
     ルールという枷があり、その中での練習など積んでいない元にとっては、本来の力など発揮できるわけもなかった。ボクシングの基本的な技は青空や生野から昨日教わってはいたが。半ば遊びのようなものだった、決して身についているとはいえない。

     竜吉は歯を剥いて獰猛に笑う。
    「つまらんのう……ほいじゃあこっちから行くぞ……!」

     隙のない構えのまま踏み込み、コンパクトな動きで左右の拳を放ってくる。
     元は拳を上げたが、その防御をかいくぐって拳が腹に突き刺さる。
    「ご……お、ぉ……!?」

     口を開け、目を見開き、腹を押さえ。元はひざを床についていた。

     ダウンとみなされ、カウントが取られる。
     それを聞きながら竜吉はつぶやいた。
    「どうじゃ、重いじゃろう……わしの“反則技”【|鮫鉄荒喰《さてつあらばみ》】は……!」

     才能の優れているわけではない竜吉が拳闘において活躍できた、もう一つの理由。
    それがこの改造グローブだった。
     中綿の奥、拳頭にあたる部分に『砂鉄』を詰めた革袋を仕込んである。
    拳を握って力を込めれば、砂鉄はぎちりと目が詰まり、鉄の塊同様になる。さらには、力を抜いた状態ではばらけた砂となり、レフェリーに外から触られても反則がバレるおそれはない。
     本格派のテクニックによる回避と防御。そしてこの、人工の鉄拳による重打撃。これが竜吉を『|超新人《スーパールーキー》』たらしめていた。

  • 29図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:02:24

     元が歯を食いしばり立ち上がる。
    「ギ、ギギギギ……! まだじゃ、何度でも立ち上がったるわい……踏まれても芽を出す、麦の――」

     構えを取ったそこへ。竜吉は軽やかに踏み込み、ワンツーを放つ。さらにもう一撃、左拳を脇腹へと入れる。

    「お……ごぉ、お……」
     湧き出るような声を残し、元は再び崩れ落ちる。

     にたにたと笑いながら竜吉は言った。
    「どうじゃ、右脇腹……|肝臓打ち《レバーブロウ》は効くじゃろう? 内臓の急所じゃけぇのう」
     脇腹を押さえて脂汗を流す元に、なおも声をかける。
    「立つんだったら立ちゃあええぞ、炎涛にダウン回数の制限はないけえのう。ほいじゃが……もう寝転がって、楽~になった方がええんと違うか、えぇ?」

     顔中から汗を垂らし、震えながら。元はそれでも立ち上がった。
    「何を言うてけつかる……心の強さで、わしじゃって何度でも――」

     そのとき。元の背後で、誰かが倒れる音がした。
     見れば。二人の敵に囲まれた、青空がダウンしていた。

    「青空さん……!」

     駆け寄ろうとする元を手で制し、立ち上がる青空。だがその膝は打撃の影響か、震えていた。
     元は敵を見回す。竜吉はもちろんのこと、青空と対する巨漢も、凶相の男も呼吸一つ乱れてはいない。

     それでも、何度倒されても立ち上がるだろう、青空は。元も。
     それでも。勝てるのか? この三人の敵に。満身創痍のこの二人で。
     息を整えつつ相手を見据える青空。
     その背の後ろで身構えながらも、拳が震える元。

     三人の敵が、じり、と間合いを詰めた。

  • 30図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:02:52

     そのとき。
    「バカだろてめえら」

     声と共にその男はロープを乗り越え、リングに乱入し。挨拶代わりとばかりに、巨漢の顔面へと拳を打ち込む。
     巨漢がしりもちをつくように倒れる音の中。
    乱入した男は、顔に傷の走る偉丈夫は。竜吉をにらんだ後、凶相の男へとグローブを向ける。
    「何やってるバカどもが。主役を、この俺を待たずにおっ始めるなんてよ」

     |炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》東日本五強の一人『“五光”の松』こと、虎威組最強の男、黒岩啓示。
    その男の下半身にはなぜか、入念に何重にも長い布が巻きつけられていた。ヤクザが出入りの際に巻く、防具としてのサラシ、ではなく。トランクス代わりに、まるでオムツのように。

    (次話へ続く)

  • 31二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 22:06:35

    >>27

    そのリンクも貼ってくれよ

  • 32図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:26:26
  • 33図書委員◆3807WhQ6Ak24/02/10(土) 22:27:28

     というわけで今日はここまでで。お付き合いいただき あざーっス!

  • 34二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 22:30:09

    >>32

    あざーっすガシッ

    気合入ってるのがわかる分読みづらいのがマジの減点要素だったんだよね

    スマホならともかくPCだと横に伸びすぎるんだよね

    ゆっくり読ませてもらいますよクククク

  • 35二次元好きの匿名さん24/02/10(土) 23:39:25

    これから読むけど、どんな感想になろうがまずこれだけ長文を書いたあなたの熱意と努力にリスペクトしたいですね

オススメ

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