- 1二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:09:22
「ハッピーバレンタインです、トレーナーさん!」
昼下がりのトレーナー室。書類仕事が一段落して伸びをしていた俺に、赤と黒が交互に混ざった箱が差し出される。
送り主はキタサンブラック。俺の担当ウマ娘で笑顔が眩しい太陽のような子だ。
さっき入ってきた彼女はこちらの様子を伺った後、早足でこちらにやって来たと思ったけど……なるほどな……。忙しさで忘れてたけどそうか……バレンタイン……。
瞳を輝かせて耳を忙しなく動かすキタサンと裏腹に、学生の頃ならドキドキしていたであろう出来事を忘れてしまう自分が少し悲しかった。
「……トレーナーさん? どうしたんですか、そんな遠い目をして……」
そんな俺の様子を不思議に思ったのか、差し出す手をそのままに首を傾げるキタサン。
おっと……変なこと考えちゃいけないよな。このままじゃキタサンからの贈り物が嬉しくなかったみたいじゃないか。
「……いや、何でもないよ。ありがとうキタサン、嬉しいよ」
俺は心に蓋をしながら小さく首を振り、キタサンの贈り物を大切に受け取る。受け取った箱は俺の両手に収まるくらいの大きさで、規格外のものが入ってるわけではなさそうだ。
丁度いい重さの箱を一旦机に置き、視線をもう一度キタサンに向ける。
「えへへ……♪」
俺の目に映ったのは、先程と同じ笑みでこちらを見つめているキタサンの姿が。
……本当に眩しいな、君は。
その眩しさに釣られて、いつの間にか俺の頬もゆっくりと口角が上がってしまう。
蓋をしていた小さな悲しみは彼女の眩しさで少しずつ消えていくようだった。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:09:48
「それなら良かったです♪ もしかしたら嬉しくなかったかなって思っちゃいましたので……」
「それだけは絶対にないよ。……なんて、さっきの反応してたら信じてもらえないかもしれないな」
「 今のトレーナーさんの顔は嘘をついてるとは思えませんっ。だから信じますよ!」
胸を叩きながら言い放った一言は何と心強いことか。
この信頼関係が築けていることが俺にとっては何よりものだと強く実感する。
「……君みたいな子を担当出来るなんて、俺は本当に幸せものだな……」
「えへへ……。そう言って貰えるのは嬉しいですがそれは中身を見てからにして欲しいです! そこにあたしの気持ちが入ってますから!」
何故か赤くなっている頬を掻いているキタサン。
それはともかくキタサン的には中身までしっかりと確認して欲しいみたいだ。
まあ、確かに贈り物で大切なのは中身の方だよな。これで満足していたらそれこそキタサンにも申し訳ない。
「それもそうだな。早速開けてみるけどいいかな?」
「はい!」
キタサンに許可を貰った後、机の上に置いた箱に手を伸ばして、緩めに巻かれた赤色のリボンを解き、ゆっくりと開いてみる。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:10:05
開かれた箱から甘い匂いがこちらに届く。
匂いに誘われるまま中身を見てみると、茶色にオレンジが混ざったような色合いの四角のお菓子がそこにあった。
このお菓子に見覚えがある……が、俺の知っているそれとは一見すると柔らかさが違うように思える。
「……これってキャラメルだよな?」
「はい、キャラメル……ですけど、ただのキャラメルじゃなくて生キャラメルです!」
首を傾げながら聞いてみると、返ってきたのは半分正解の答え。
なるほど……これが生キャラメルか……。聞いたことはあるけどこんな感じなんだな……。
さっき感じた違和感はどうやら当たっていたようだ。俺の直感も案外しっかりしているんだな。
試しに生キャラメルを一つ手に取ってみる。……うん、確かに柔らかいな。食べたら口の中で溶けてしまいそうだ。
「うん。見た目通り柔らかいなこれ」
「ふふふ……しっかりと生クリームを沢山入れましたので! 柔らかさはバッチリですよ!」
「えっ……これって手作りなのか!?」
自信に満ち溢れたキタサンとは対象的に、俺の方は驚きのあまり少し大きな声が出てしまう。
そんな……こういうのって作るのは大変だと思うけど……。
俺の心境に合わせて掴んでいる生キャラメルは小刻みに震えていた。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:10:21
「えへへ……頑張りました! ……って言いたいところですけど、そんなに難しくはないんですよ? 煮詰める火加減を間違えなければそんなでもないですから」
照れたように頬を掻くキタサン。だけど彼女が言うほど簡単ではないはずだ。
お菓子作りは料理とは違い、細かい所作が求められる。少しでも分量や調理、それに温度が変わることで出来上がりが変わってしまう。味以前に形が上手く出来ないことも当たり前に起こるらしい。
だからこそ、この生キャラメルは彼女が想いを込めて作ったのだと、味を味わうまでもなく分かることが出来た。
「それよりも早く食べてみてください! きっととろける味になってると思いますから!」
「……分かったよ。それじゃあ、有り難く頂きます」
彼女に急かされるまま、震えていた生キャラメルを口の中へと放り込む。
口の中にキャラメルが溶け込んでいき、甘さがふんわりと広がっていく。それが体全体に染み込んでいき、心の奥まで温かい感覚に包まれる。
俺は安らぎを噛み締めながら、ゆっくりと飲み込んでいった。
どこか幸せな気持ちのままキタサンに視線を戻すと、そこにはこちらの様子を伺うキタサンの姿がそこにあった。
よく見るとどこか不安そうな表情をしていて、俺の言葉を今か今かと待っているように見える。
……そうだな。こういうことはしっかりと伝えなきゃだよな。
俺は改めてキタサンの瞳を真っ直ぐと見つめ返す。
「うん……凄く美味しいよ」
「! ……えへへ♪」
俺の言葉に安心したのだろう。不安そうな顔は消えていき、光り輝く笑顔をもう一度見せてくれた。
その笑顔を見たせいだろうか? さっきのキャラメルが胸の奥でまた広がっていくのを感じる。 - 5二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:10:43
「何て言うのかな……変な話かもしれないけど安心する味がして良かったよ」
「えっ……安心……ですか?」
「ああ。生クリームを沢山入れているからかなり甘いはずなのに、それ以上に安心するというか……。ごめん、変なことを言ってるよな……」
「…………っ」
こういう時に上手く言葉に出来ない自分にもどかしさを感じてしまう。
本当に変な話だとは思うが、このキャラメルに対する感情は安心なのだ。
それはまるでキタサンと一緒にいるような感覚で、そこにいるのが当たり前なんだと勘違いしてしまいそうになる。……なんて、何を考えてるんだろう俺は。
「いや、今の言葉は忘れてくれ。自分でもよく分からないこと言ってるみたいだ……って、キタサン?」
まとめられない答えを一旦横に追いやりキタサンに意識を戻す。するとキタサンは何かを噛みしめるような表情で、体を震わせながらこちらを見ていることに気づいた。
もしかして傷つけたかな……? そんな風に思っていたが、それは違うみたいだ。
耳は倒れるどころか左右に動かしているし、瞳の輝きは来た時よりも強く輝いている。そして何よりも、噛み締めているのは苦虫ではなく幸せだと言わんばかりの表情。
そこにいたのは間違いなく、幸せに満ち溢れている一人の少女の姿に他ならなかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:11:00
「……嬉しいな」
「えっ?」
「トレーナーさん、あたし凄く嬉しいんです。……キャラメルに込めた気持ちに気づいてくれて」
「気持ち……?」
キタサンからポツリと溢れた一言。
それは紛れもなく、彼女の心の底からの言葉に違いない。だけど、その言葉の真意がどうしても俺には分からなくて。
もどかしさを感じながらキタサンに言葉を返してしまう。
俺の言葉にキタサンは少し困ったようで、それでいてどこか安心したような表情で、こちらを見つめ返していた。
「……えへへ、何でもないです! ……はい、今はまだ何でもないんです。あたしの想いはこのキャラメルそのもので、トレーナーさんはそれに気づいてくれた。それだけで今は十分なんです」
「キタサン、何を――」
言ってるんだ? そう言いたかった。
だけどそれは、キタサン自身の口元に人差し指を持っていく動作で止められてしまう。
今は何も言わないで。
口には出さなくてもそう伝えられたら、俺は何も言ってはいけないのだろう。
「ごめんなさい。今度はちゃんとキャラメル以上の言葉を伝えます。だから今はまだ分らないで下さい。……キャラメルで伝えるのが、今のあたしの精一杯だから」
キタサンらしからぬあやふやな言葉を聞きながら、空いていた俺の手を優しく何かが包みこんだ。……いや、見なくても分かるか。
この温かさと優しさに満ちたものはキタサンの手のひらだ。
彼女が何を言いたいのか。それはまだ分からない。でもなんとなくは分かるような気がする。
それでも俺は何も言わずに、その温かさに身を委ねることにした。
君との間にあるこの『安心』感。それだけは絶対に変わることはないのだから。 - 7124/02/14(水) 18:13:25
気づけばもうバレンタイン……色々と忙しかったですがなんとか書くことが出来ました……。
キャラメルにしたのはキャラメルの意味が好きだからなのと、このふたりの関係がそうだったらいいと思ったからです。 - 8二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 18:39:20
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- 9二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:26:43
隠しきれてない愛情が溢れ出てて良い
- 10二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 20:34:57
バレンタインにキャラメルを贈る意味は
『貴方といると安心する』…
この二人にピッタリのチョイスですね - 11124/02/14(水) 20:52:56