- 1二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:16:24
光がよく入るよう設計され、なおかつ明度の高いインテリアでまとめられた店内。およそ私に似つかわしくないこの場所で、それなりに似つかわしい男が、見るだけでうんざりするような量のデザートを口に運んでいる。
世にときめくバレンタイン。プレゼントを贈り合う関係性でなくなった私達は、それでもなお食事を共にしていた。自分からは誘いもしないくせに、呼びつければ一も二もなく飛んで来るのはどうかとも思うが、……まぁ、好都合じゃあるよな。
度重なる甘さに苦しくなってきたらしい“元”トレーナーが、助けを求めるようにこちらを窺う。今回ばかりは手伝ってやれねぇから頑張って食えと一蹴すれば、堪えた風もなくまた食べ始めた。元から自分で食べ切れる分しか頼んでないんだから、ガキみてぇな真似してんじゃねぇよ……ったく。
二杯目のコーヒーで口を湿らせながら、ぼんやりと宙に浮かぶ照明を睨みつける。外側だけ見りゃあ年頃の女たる私とふたりきりで会うことを、アンタはどう考えてるんだろうな? 親戚の子みたいなものだから、なんて冗句で騙される奴なんざひとりしか居ない、そうだろう?
……わかってるさ。こんな生温い、ともすれば臆病だとさえ揶揄されるような状況に付き合ってやる必要なんざ一つもない。気は乗らないが、腹のうちをぶちまけてしまって先に進んだ方がいいってのもな。だが、その前に。……トレーナーには払って貰わなきゃならねぇ代償がある。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:16:52
……私が現役を退く少し前の話だ。そん時にはもう既に選択は為されていた。止める間も無く、いや、気づいてすらなかっただろうな。勝手に幕引きに向かう物語を引き留めることができたのは偶然だったが、必然でもあった。そりゃそうだ、引退ってのはいつだってできるが、カリキュラムは年度で動いてるんだからな。会う機会はそれなりにあった、って訳だ。
卒業が近づくにつれて、次を明確に設定するようになった。卒業してからもそれはしばらく続いたが、新しい担当ができたとかで、予定を抑えられなくなった。担当を最優先する姿勢には私自身も助けられていたから、いつかそうなるだろうことは理解していた。してはいたが、はいそうですかと引き下がれるほど、私は強くなかった。
押しても引いても手応えはあるのに、最後の一線は踏み越えられない。その露骨すぎる仕草に、トレーナーのやりたいことを理解してしまったときには、頭がどうかしてるんじゃないか、と思った。全てを勝ち取れと背中を押したアンタがなんで、とも。
ああでも、間違いなくトレーナーは望むものを得るために動いている。ある程度で目を閉ざしてしまえば、きっと負の感情を抱くことはなく、私に関わる資料を振り返れば、忘れてしまうことなどあり得ないだろう。……あまりにも酷いエゴイズムだ。私のことをまるで考えてやしない。
だとしても、だ。それを考慮したとしても、よく気づかないでいられるよな? ま、はしかみたいなもんだと思い込んでるんだろうけどさ。勝ちの目どころか勝負さえ始まっていない、逆境も逆境だが……どうにも唆られて仕方がないあたり、人のこと言ってられる立場じゃねぇかもな。
次が確約できないのなら、なりふりなど構ってはいられない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってのは好ましいやり方とは言えないが、他の手は打つべきものではないし、そうせざるを得ないのが実情だった。打つこと自体に意味があると信じて続けた結果は、……全弾ヒットだ。どう考えても的の方から当たりに来てやがる。そんな矛盾を起こすくらいなら、とっとと諦めちまえばいいもんをさ。強情だよな、つくづく。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:17:10
コーヒーを飲み干して、一息つく。注文したすべてを食べ終えて、満足気に頬を緩ませていた“元”トレーナーにはお構いなしで会計に向かえば、出遅れたとばかりに追いかけてきた。慌てて引っ掴んだのだろう鞄から、ごそごそと財布を引っ張り出して、大雑把にも万札を選ぼうとするのを押し留める。
悪いが今のアンタにゃ奢る権利はやれねぇよ、なんて言いやしないが、自分で食った分くらい自分で払うのが普通だしな。少しばかり残念そうな顔に込み上げてきた笑いを、溢れる前に噛み殺す。そのことがバレてしまわないように、私の目的地ではない方向へと歩き出した。
食べることに夢中になりながらも、私のことは視界に入っていたらしい。上の空だったのを心配そうにされるとどうにも据わりが悪い。まともに答える訳にもいかねぇから、アンタの好みとか知ったのは最近になってからだよな、って思ってさなんて誤魔化しておく。
私が担当だった頃に、トレーナーのプライベートな部分について興味がなかったか、と問われればそうではない。だが、昼飯に頼むのは日替わりメニューで、いつだか巻き上げたカップ麺は定番の味ばかり。気分転換に出かけたときも、休みの日に会ったときでさえ、アンタはずっと”トレーナー”だった。
足が止まる。私は大して忙しくもないが、トレーナーはそうはいかない。昼飯を外に食いに出る時間だって、本来なら惜しいはずだ。……次に会うのもきっとトレセン学園の近場で、昼飯を食うだけの時間なんだろうな。弱った心が軋んだ音を立てる。この程度で折れてるようじゃ、ステージにさえ立てやしねぇってのに。
今はまだ、杞憂も杞憂な話だが。ウマ娘の本格化に限りがあるように、花が枯れてしまうように。何事にも最盛ってもんがある。私はさほど堪え性がある方でもないし、いつかは思い通りになるのかも知んねぇけど。アンタがエゴを貫き通す腹積りでいるんなら、せいぜい後悔してくれよ、頼むから。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:18:15
おしまい
バレンタインに間に合わせる事ができてめちゃくちゃに驚愕しています - 5二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:41:26
良かった
- 6二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 19:46:51
このレスは削除されています
- 7二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 21:05:47
ありがとうございます!
楽しんで頂けたのならなによりです
お読みいただきありがとうございました
やっと前作はこちらができるようになって嬉しいので前作を貼ります
【トレウマSS】二度目は甘き熱の色|あにまん掲示板トレーナーとナカヤマが偶然合コンで会う話ですモブが喋りますbbs.animanch.comではまたいつか〜
- 8二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 22:23:43
ナカヤマの想いはいつか叶うんだろうか
叶う事を望んでいるのか?いないのか? - 9二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 23:30:33
- 10二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 23:34:24
トレから来なきゃ振り向いてやらないみたいなこと考えてるのに「予定を抑えられなくなった」があまりに可愛いね……
- 11二次元好きの匿名さん24/02/14(水) 23:37:36
押せ押せな雰囲気出してるのに気持ちを明確に言葉にできてなかったりナカヤマの天邪鬼なとこすき
- 12二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 07:47:49
おはようございます!
帰ってからゆっくりお返事しますね
少々お待ちください〜 - 13二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 18:38:24
- 14二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 02:59:00
- 15二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 08:00:15
ありがとうございます!
そのフレーズは自分でも気に入っています
呆れたような諦めたような雰囲気が伝わっていると嬉しいですね
イラストのナカヤマのぼんやりした表情や耳の先が垂れ下がっているところとか店内の明るさも、書いている時に頭の中にあったそのままでとても嬉しいです!
本当にありがとうございます!!